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35 【小話】俺と婚約者候補 byアベル(前編)

 日常はますます陽が高くなり、傾き始めた西日もいまだ緑を眩しく照らす。

 そんなどこまでも白く光る庭園を、応接室の窓辺にもたれながら眺めていた――。



 ここ最近、俺たち家族は各自(せわ)しなく、全員揃って顔を合わせる機会がなくなっていたけれど。その事を(うれ)えた母の呼び掛けで、これから共に夕食会を過ごすことになっている。


 そのため、段取りにあった『ひとまず応接室で集まる』という指示に従ってここへ来たものの、ティーセットが用意された室内にはまだ俺しかいない。


 勿論、互いの時間を調整するための待合なので仕方がないとは思ってる。だが、フィオンも厨房へ準備の進行具合を確認しに行った現状は、ただ暇を持て余すばかりだった。



 こうした理由で、とくにすることもなく庭園を目に映していれば……、――ふと、昨日そこで開かれたお茶会(ティーパーティ)の情景が思い浮かぶ。


 それから俺の中で広がってゆく回想の景色には、一際自由に振る舞う彼女がいた。



「……ほんっと。ティアナはいつも、自分に素直だったな」

 思わず笑顔で呟いたのは、泣いたり笑ったりと忙しく表情を変えていた令嬢のこと。


 そしてここが王宮であることも気にせず、魔物連れで現れたティアナの姿を思い出して振り返った――。



 お茶会(ティーパーティ)の登場シーンを見れば一目了然だが、ティアナはいつも気持ちの赴くままに行動していた。


 俺が王子と知ったところで己を飾りも偽りもせず、まるで決められた道などないというように呆れるほど自分を貫く。

 その動向は、置かれた立場を使命と受け入れて生きる俺の目に身勝手なものとして映り、当然のごとく反発を覚えたが。接していくうちに、彼女はただ何事にもとらわれない思考を持つだけとわかる。


 そうした本性に、俺が初めから気づけなかったのは、勝手な思い込みや決めつけで周りを見ていたからだ。



『もう、ほんとこだわりが強いなあ。私、アベル王子はもっとみんなを守る自信があると思ってたのに、これくらいのことで不安になっちゃうんだね――』


 ……あのセリフは、俺のことをよく言い表してる。

 事実、俺はずっと持ち続けた過去へのこだわりで自分を縛り、身動きが取れなくなっていたのだから。


 強くなろうと前を目指したはずなのに。

 強くありたいと思うほど心を強ばらせ、同じ場所に立ち竦んでしまっていれば本末転倒だろう。


 それでもどうして良いかわからず、行き詰まり霞んでゆく視界を晴らしたのは……ティアナだった――。



 そう考えて思い出す、曇りない眼差しと真っ直ぐな言葉を届ける姿に、俺はひっそりと笑った。



***



「――失礼いたします」


 にわかに聞こえたフィオンの言葉に、俺は(ふけ)っていた思考を引き戻す。

 次いで声のした方へ向き直ると、開かれた扉からはフィオンだけでなく、ラウレンツもエトガーと共に入室して来ていた。


「先ほど廊下でこちらへ向かうラウレンツ王子とお会いしたので、ご一緒させていただきました」


 そして入口付近で立ち止まり、経緯(いきさつ)を告げるフィオンとエトガーを置いて「遅くなってすみませんでした――」と言いながら近づくラウレンツは、どことなく楽しそうに見える。


「いや、気にするな。俺が早く来すぎただけだ」


 つられて頬を緩ませて答える俺は、伝えた言葉通りで少し逸る気持ちがあったと思う。


 それは今日――、改めて父に話しておきたいことがあるからだ。



「ありがとうございます……と、それはさておき。アベルに渡さなければならない物があるんです」

「俺に?」

「はい。ティアナから預かってきました」


 唐突に何だろう? と考える間もなく、『ティアナから』と言われてわずかに胸が高鳴る。


 ――その瞬時、差し出された物に思わず目を見張った。



「これは……」


 ラウレンツが手にするのは、綺麗にたたまれたストールだった。

 それを見て思い出す光景は、初めてティアナに会った森でのこと――。



 ――そう。あの日もティアナは自分の心だけに従い、魔物を助けようとしていた。


 対して俺が排除に挑んだから、彼女は不満をあらわに必死で逃げ回ってる。

 その令嬢とは思えないちょこまかとした動きもさることながら、繰り出すつたない攻撃には、つい気が抜けそうになったものだ。

 ……まあ、それで蹴りを食らってたら世話がないけれど。


 とはいえ、まさか人を蹴る令嬢に出会う日が来るとはな――と思い返せば笑えてくる。



 本当に、自由気ままだとは思うが……。

 たとえ魔物であっても、同じ生あるものとして懸命に守ろうとする強い姿勢には心を動かされた。


『――魔物だからって一括(ひとくく)りにしないで、ちゃんと自分の目で見て判断して』

 そのように訴えた彼女の方が、魔物を害と決めつけた俺よりよほど正当に物事を捉えている、と思いもした。


「アベル、どうぞ。ティアナは『ありがとう』と、大変喜んでいましたよ」

「そうか――」



 ――強い思い込みは、本質を見誤らせる。


 あの時からティアナはそう教えていたと気づき、ふっと笑いながら俺は渡されたストールを掴んだ。


 …………掴んでいる、のだが。



「……おい。『どうぞ』と言いつつも、お前が握り締めていたら受け取れないだろう」


 にこにこと笑顔ではいるのだけれど、なぜか手放そうとしないラウレンツにそこはかとなく違和感を覚える。



「どうした、ラウレンツ。……お前、ひょっとして拗ねてるのか? 昨日、一人にしたから」

「嫌ですね。そんなことで機嫌を損ねたりしませんよ」

 ――もしかするとこれが原因か? と思うことを尋ねてみたが、どうやら違うらしい。

 おかげでますます謎を深めていれば、頬笑むラウレンツは俺をじっと見つめながら口を開いた。


「それよりアベル。昨日ティアナに、……変なことはしてないですよね」

「はあ?! 変なこと……」


 意外なセリフで一時停止した思考は、ふとティアナの泣き顔が頭に浮かんだ途端、高速で駆け巡る。

 だが、そうしたところでとくに何かあるはずもなく、すぐさま我に返った俺の前には……明らかに白い目を向けるラウレンツがいた。



「っ……て、するわけないだろう!」

「今、一瞬考えたでしょう。……いやらしい」

「いやら……っ」


 とんだ濡れ衣に言葉がつまり唖然とするも、俺は何とか気持ちを落ち着けるよう努めた。


「……お前は、俺をティアナと仲良く……対面させたかったんだろう?」

「ええ。いずれ家族になる方ですので、是非会っていただきたいと思っていました」



 返ってきた答えは、あらかじめ見当をつけていた内容と一致する。

 それなのに、なぜか心はすっきりしなかった。


 ラウレンツは俺と違い、常日頃から社交的に周りと関わっている。面倒なパーティなども嫌がらずに出席していたので、二人が知り合う機会は十分にあっただろう。

 そして、ティアナは噂ほどの酷い令嬢ではなかったので、ラウレンツが親交を持つこと自体はおかしく思わない。


 けれどそれ以上に……やや固執してるような感じを受けたのは気のせいか――。


 そんなことを考えて、俺はラウレンツの態度に一人疑問を湧かせた。



「――二人とも、待たせてしまったようだな」



 俺が思案する正にその時、深みのある声が室内に響き渡った。


 場の空気が、突如明るさを増すのに反応して顔を上げれば……そこには、穏やかな笑みをたたえた父と、にこやかな顔で後ろに控えた母が見える。



 まさしく応接室の様相を一瞬にしてきらびやかに彩らせたのは、立ち現れた王と王妃の存在だった。



***



 ――こうして家族は(あつま)り、さっそく「お茶で一息入れよう」と言う父に続いて席へと移動する。



 間もなく両親が並んで腰掛けた後、俺たちもテーブルを挟む対面の一人掛けソファに各々(それぞれ)座したところで、ようやく食前のティータイムは始まった。


「個々には会っているが、このように(つど)うことは久しくなかったな」

「はい。数ヵ月ぶりになります」

「最後がいつだったか、すぐに思い出せないしな。ともかく、今日は時間を合わせられて良かった」

「急な申し出にも関わらず、聞き入れてくださった王とあなたたちにはとても感謝していますわ」


「このくらい当然に叶えるべき願いだろう。それに私は今、皆でゆっくり紅茶を愉しむことで、やはり家族で過ごす時間は良いものだと感じている。すべて王妃のおかげだ」


 他愛もなくそう()いて優しい目線を送る父へ、母はふふと嬉しそうに笑っていた。



 ――そんな光景を『本当に仲がいい』と微笑ましく眺めるほど、あのこと(・・・・)を早く告げたいという俺の気持ちも高まってゆく。



「私は幸せ者ですわね。そう、紅茶といえば……時にアベルとラウレンツは、昨日庭園でお茶会(ティーパーティ)を開いたと聞いていますよ」

「そうであったか」

「確か、出席者は他にお二人いらして……お一方はご令嬢でしたかしら?」


 何気ない会話の中で、急に思い出したようにする母は、すましながらも心なしか面白そうに話す。


 お茶会(ティーパーティ)については、つい先日もラウレンツが婚約者候補たちと開いているので、催しとしてはめずらしくない。

 ……しかしながら今回は、これまで令嬢との対面を避けていた俺も参加した、という異なりはある。



「ほう。それは興味深いな」


 だからこそ父が放つ言葉のように、おそらく母も興味をそそられたのだろう。

 俺は愉しげな二人を見て苦笑するも、むしろ都合のいい展開だと思った。


「実はその事で……父上に、伝えたい話があるんだ」

「ん? 何だ、アベル」


 いざ、俺が本題に入るための前振りをしてみると、がぜん好奇心に満ちたまなざしを向けられた。



「あ――……それは、俺も……そのっ、どうしてもと言うなら、第一候補との婚約を成立させてもかまわない!」



「おお、なるほど。婚約の話だったか」


 心ならずも気恥ずかしさのせいで、随分と偉そうな物言いになったことを悔やむ。

 けれど、ひとまずちゃんと意思を告げられたことにはほっとした。


 それより肝心の両親たちの様子はどうかと伺ったところ、眩しいものを見るように目を細めた父の隣では、「あら」と口許を押さえた母が表情をぱっと輝かせている。



「まだ()かすつもりは全くなかったが、自ら決断したことなら良い。ところで、……――どの令嬢だ?」



 ……すんなり認められてひそかに喜んだのも束の間、続く的外れな問いに力が抜ける。


 俺は内心で『複数の候補すべての順位を知らずとも、王なら第一候補が誰かは絶対的に心得ていることだろう』という思いが込み上げた。



「昨日、王宮に来ていた令嬢。……ティアナのことだ」

「ティアナ……? もしや、宰相の娘であるティアナ・レハールのことか」

「そうに決まってるだろう」



 わざわざ尋ねてくる意図は測れないが、ともかく話を進めようとあえて名を述べた。


 そして何のことなく会話を進めてはいるものの、父の態度にいよいよ怪訝な気持ちが強まる。



「……ふむ、どうも話がよく飲み込めないな。レハール家の令嬢なら、二ヶ月ほど前にラウレンツの第一婚約者候補へと移行したであろう」

「はっ?!」


 思わず素っ頓狂な声が出る。

 それもそのはず、目的を果たせたと思う矢先に聞かされたのは、認める認めない以前の話だからだ。



 そんな予期せぬ言葉を投げかけられた俺は、呆気に取られながらも動揺せずにはいられなかった――。

35 【小話】俺と婚約者候補 byアベル(後編)に続きます。

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