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33 【小話】俺と弟 byアベル

 晴れ渡る空の下、花々は鮮やかな活気に満ちた色彩と日溜まりの色が混ざりあって咲き乱れる。


 区画整形された花壇や生け垣を過ぎてもなお、どこまでも広がる庭園は、先の見えない未来のように続いた。



「……あいつが、俺の相手だったのか……っ」

 芝生が敷き詰められた小径を進みながらぼやく。


 そして、あんな人物のことを先ほどまで考えていたのかと自分を殴りたい気持ちになっていた――。




 俺は数日前に突然お茶会の誘いを受けたものの、これも使命とすぐさま承諾している。それはゲストが、自分の第一婚約者候補だったからだ。


 ――その人物の名は、ティアナ・レハール。

 彼女が何度か王宮を訪れているのは把握しつつも、今まで顔を合わせたことはなかった。


 なぜなら、どの令嬢もただプリンセスになりたいだけで俺自身のことはどうでもよいのだという思いがあり、対面を避けていたため。

 だからこれまでは、ティアナ嬢を含める候補者すべてと会わずにきたけれど……。

 二ヶ月ほど前にラウレンツ自ら第一婚約者候補を選定したと知る時より、俺も兄として直ちに向き合うつもりでいたことから今回はおとなしく参加を決めた。


 そして、お茶会を設けたラウレンツもそうすることを望むのだと潮時に心を決めて迎えた本日、……ではあったが俺は今朝方、来賓室で少しだけ思い出していた。



 それはあの日――、警備の確認に向かう森で出会った令嬢……。


「――と、なぜ思い浮かべたっ、俺!」


 ああーっ! と思わず頭を抱えてのけ反りながら叫ぶ。

 まさか婚約者候補の一人とすでに遭遇してるとは気づかず、回想していた自分を叱責した。


「あれだな、めずらしさに気を引かれただけだ。あいつはこれまで見てきた令嬢とは違う……にもほどがあるっ」


 俺は、考えてしまった理由を吐き出すと、再び大きく歩き始めた。

 思い直してみればすぐに納得は出来たが、腹立たしくなるのも当然と言えるほど最悪な再会だった。


 もう会うこともないはずの令嬢と対面して目を疑ったのは、――そこに魔物がいたからだ!



 いつの間に知り合ったのか、ラウレンツとは随分親しそうではあったが、状況を踏まえたら尚のこといさめるべきだろう。

 それなのに寛容している意味がわからない。

 後から、チョーカーを装着するため大丈夫だと聞かされたものの、共生を許す宰相もどうかしてる。


 ティアナという令嬢は、そうやって甘やかされてきたとわかる、噂通りの高飛車で我が儘な人物だった。


 約束を破っておきながら悪びれもせずティータイムに興じるだけでなく、自分の行いは棚にあげて、俺がまるで男として小さいかのように言い放つ。



「本当に、あの憎たらしい態度は何なんだ……っ。平然と魔物を連れて王宮に来ること自体がおかしいだろう?!」


 不満をぶちまけながら、こだわって当然だと思っていた。



 なぜなら俺は、いつも守るために生きてきたのだから――。



***



 ……気づけば庭園の奥まる場所に踏み入れていた俺は、辿り着く小さな噴水の前で足を止めた。


 落ちてゆく水を眺めれば、思いがけず映り込む自身の姿を目にして顔をさっと反らす。

 次いで背を向けて縁の石垣へ腰を下ろしたら、重力に引かれるまま脚に腕をのせて項垂れさせた。



「……違う、そうじゃないな。守るべきは俺なのに……いつも守られるのは、……――俺だった」


 サア――と流れる落水のようにこぼす呟きは、とめどなく響き渡る水音に紛れた。


 そんな穏やかさに満ちる中で、俺は一人、止まった時の針をゆっくりと戻していった。




 ――いずれこの国を背負わなければならない、それは生まれた時に決まった。


 時期王となる第一王子の位置にいた俺は、軽んじられて足元をすくわれる隙を与えないようにと、常日頃から己を高め続けた。

 周囲の期待に応じて、ただ怠らず努める日々を当たり前に過ごす――……これが自分の役目なのだと。



 そうして、物心つく前から厳しい教育を受ける俺には弟がいた。

 弟は他の人より少し小柄であどけなく、柔らかな光に包まれた天使のようで。

 いつも後をついて回り、俺を真似て自らの向上を欠かさず、「アベル、アベル」となついてくる姿はとても……(うと)ましかった。


 第二王子である弟は、単に順番が違っただけで至極自由そうに見えていた。

 ――たった一つしか違わないのに。屈託ない笑顔を向けられるほど、知らずにその思いは蓄積されていく。

 まだ幼かった俺に自国や民を家族のように愛して守る王としての自覚など芽生えておらず、どころか本心では弟さえも煩わしく感じてる。


 だけど、そんな胸の内に誰も気づくことはなく、自分自身も無視をし続けたある日のこと――。



 馬術の練習で弟と共に常歩をしていた際……、俺はいきなり駈歩に切り替えて発進させた。


「え……どこに行くの? 待って――っ!」


 そして、ろくに馬を乗りこなせない弟が止める言葉も、周りの声も振り切って全速で走り去った。


 なぜそうさせたのか無意識の行動だったけれど、瞬間的に俺はすべてを投げ出していた。

 どこを目指すでもなく勢いにまかせて風景を駆け抜け、眼前に森が現れれば迷うことなく、そのまま先へと進ませるのだった。



 ……やがて落ち着いてくる気持ちに合わせて、歩を弛めつつ森の中をさまよう。

 いつしか迷子になっていた俺は馬から降り、次いで木の根元にもたれて座り込んだ。


 今頃きっと王宮では捜索を始めてるに違いない、俺が第一王子だから――。


 俺はふっと皮肉げに笑うと、それも無駄なことで誰も見つけられないだろうと考えながら、もう、どうでもいい――と静かに目を閉じた。



「アベル…………っ」


 しばらくして幻聴のような呼びかけが聞こえ、薄っすらと開いた目を即座に見張った。


 映るのはカサカサと草を踏み締めて、ゆっくりと近づいてくる弟の姿。

 どうやってここまで来たのだろうと驚きながら凝視すれば、弟は膝を擦りむき、体や顔のあちこちを土で汚している。


「……馬は、どうした」

「はぐれちゃった……。ごめんなさい」


 何とか尋ねれば答える弟が、目視で大きな怪我はないとわかり、わずかにほっとした。

 その間にも弟は側まで来ると、目の前でしゃがみ込んだ。


「アベル、アベル……一緒に帰ろう?」


 俺の両手にしがみつき必死に涙をこらえて笑う。

 きゅうっと指を握る手は俺よりも小さくて、それでもしっかり掴んでくる。


「髪、ぐちゃぐちゃになってるぞ」

 片手を緩く振りほどいて髪を整えるように撫でてやれば、えへへと嬉しそうに頬笑む。


 どうしてここだとわかったのか、たった一人で薄暗い森を歩くのはどれほど心細くて怖かっただろう。


 それでも弟は……ラウレンツは俺を探しに来てくれたんだ――。



「ありがとう。俺と帰ろうな、ラウレンツ」


 言いながら抱き締めたラウレンツはとても温かくて、背中へまわされた手のひらの柔らかな感触に頬が緩む。

 この小さな存在を守れるならば悪くないかも知れない。



 その時に初めて、俺は自分の使命を受け入れたのだ。



***



 ラウレンツを守りたいという思いは王となる自覚にも繋り、俺は率先して向上に励んだ。

 今までは与えられるものこなすだけでいたが、大切なものを守るために強く、賢くなりたくて自発的に学ぶ。


 その中で、政治や辟易するような貴族社会についても知れば自ら盾となる。穢れないラウレンツが平穏に過ごすためならば、苦にも感じることなく出来たことだった。


 こうして、俺がずっと守っていくと信じていた、なのに――。


「おはよう、兄上(・・)

「っ……!」



 ……あの日から、ラウレンツが人前で俺を『アベル』と呼ぶことはなくなった。



 それは二年前、王族中心に行われた小規模のお茶会での話。

 会場の王宮庭園でラウレンツは、毒に倒れた。

 この世界の醜さなど何も知らないラウレンツが、俺を守ったのだ。


 すぐに生まれ持った光の性質を備える魔力で癒す俺は、何が光だと内心で罵倒した。

 周りを照らすではなく、自身の目を眩ませていては世話がない。

 鍛練に費やした日々で生まれた自負やプライド、それらで思い上がっていたのかと腹が立ってくる。


 ラウレンツが苦しんでいるのが辛くて悲しくて、守れなかった自分が情けなくて悔しくて、許せない。

 俺の考えは甘く、何よりラウレンツを守れるほど……強くなれてはいなかったのだ。



 それからラウレンツが何とか助かったことに安堵する間もなく。

 目覚めた後、貼りつけるようになった綺麗な笑顔に――自分の無力さを思い知る。



***



 俺は、もっと強くならなければと己を鼓舞した。


 向上に励むことであの日の許せない自分を消し去ろうと、より強く、賢くなる志だけを胸に生きる。


 急に大人びたラウレンツの背丈は、その生きる姿勢と合わせるように伸びて、もう俺とほぼ変わらない。

 そして俺に今までと同じく微笑みかける姿にも、いつも笑っていた幼い頃の無邪気な様子はなくなった。


 そうさせたのは俺自身で、決して崩れることのない綺麗な笑顔が犯した過ちの大きさを表す。

 だからこそ、なくしたものを取り戻そうと更に強さを求め、出来る限りの努力をした。



 こうして何があっても守ることを誓いながら過ごす日々の中で俺は――。


『アベル王子はみんなを守る自信があると思ってたのに』


 ――どこかで置きに行くように距離をとる。

 もう二度とあんな涙を流しはしない、心に決めたその思いも誰かを守るためではなく、本当はきっと……。


『これくらいのことで不安になっちゃうんだね――』


 自分自身を守るために、出来たものだったかも知れない。



「あいつの言う通りだな……」


 思い返す言葉に、ハッと自嘲して呟いた。



 そう。俺はどれだけ強くなれていたとしても、――あの日から心はずっと臆病なままだった。

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