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31 【小話】私と大切な人 byラウレンツ(前編)

 霞がかるやわらかな明かりの中で、彼はいつも優しく頬笑む。

 それはとても温かな……もう手が届くことのない思い出――。



 ――窓越しに降りそそぐ光が、床に広げた小さなガラス素材をきらめかせ、辺りを淡く白い光で包む。


 そんな王宮の一室で、私はクルトとガラス細工を作った。

 わずか二センチメートルほどの糸状のガラス、その先を火で溶かしては繋ぎあわせてゆく。完成を目の前に黙々と作業する私は、また一つ手に取ると夢中になるまま指先に火を灯した。


「いけません、王子」

 たしなめられて、ビクッと肩をすくめて振り向けば、クルトが真っ直ぐに見据える。


「今また、何も物言わずに火を灯したでしょう。……よろしいですか。これはただガラス細工を作成することが目的ではなく、魔力の扱いを少しでも心得ていただくためにおこなっているのですよ?」



 私の魔力は『火』だ。王族である私は魔力に長けていたらしく、幼少より難しいことを考えなくても力を出せた。

 けれどそうした無意識的な形成をクルトは良く思わないようで、正式に魔力を学ぶのはまだ先にも関わらず、現時点から使用方法について教え諭されている。


「安易に素早く出せれば良いというものではありません。自身の中で生まれる魔力を、きちんと思考で誘導して、言葉で発動するのが本来の形です。だからこそ、仕上がりを想像することなく、指示も唱えずに出現させた力が形作るものは……望まない結果を招いてしまう場合もあるのです」



 そして今も、パッと出せるほうがいいはずだと思う内心を読むように、理由を説いていさめてくれたけど。いつも口うるさいとしか感じなかった私は、その後も二人のガラス細工作りをただ楽しむのだった。



 ――火は不要なものを燃やすだけではなく、時に大切なものさえ焼き尽くす。はからずも誤れば、守るべきものを壊してしまう。


 だからクルトは、「使い方を誤ってはいけません」と再三忠告してくれたのに。

 私は最後まで言葉を重く捉えることをせず、自身の魔力をろくに扱えないままにした。



 そんな愚かな子供に罰が下されるのは、それからすぐのことだった――。



***



 日差しをあびて艶めく玄関ホールの床へ、流れる雲が影を落とす。

 ティアナを最後にすべての客人が去り、王宮内は波がひくように静けさを取り戻した。



 ――そんな中で、私はエトガーを連れて来賓室へと向かう。

「先ほどは、エトガーまで空言に付き合わせてしまいすみませんでした」

「一体、何のことでしょう。天板にわずかながらも弛みがあったことは確かですから」

「ありがとうございます」


 廊下を歩きつつ謝罪を口にしたが、さらりと返された言葉に思わず笑みが洩れる。

 そうしてなごやかになる気持ちで引き返せば、変わらないきらめきが一面を照らしていた。


 足を踏み入れた私は、室内に光をもたらしている砕けたガラスを見つめて思う。

 ――おそらくはあえて壊されただろう、と。それがわかるからこそ謝らせることをしなかったのだ。


 今も大切なものが形をなくした(さま)に、切ない気持ちは少なからず刺激される。けれど、これほど平静でいられるのは……私以上に悲しんでくれた(ティアナ)がいたから。


 自分の気持ちに寄り添ってもらえてなお、心から大切だと言われた時には、嬉しいとさえ思った。

 思い出は壊れてないということも、これ以上ティアナを傷心させないためだけではなく、本心で言えたセリフだった。



 そして私は今回、本来ならもっと早くに収められたものの、後あとを考えて色々と把握しておきたい思いからしばらくは室外で成り行きをうかがった。

 そのせいでティアナとヒルダには申し訳ないことをしてしまったが、おかげで大方は理解したつもりだ。

 加えて、彼女がたくましく真っ直ぐに立ち向かう新しい一面を見れて良かったと感じてる。



 そうしたことを考えながら、私は足元に散らばるガラスを手に取った。

「……そういえば、エトガーと話をしたのはこのガラス細工がきっかけでしたね」

「はい」


 ふと思い出して口にすれば、昨日の出来事かに甦る。

 あれは、クルトが解雇されてから……最早一年が過ぎようとする頃のことだ――。



***



 ――その日、専属の執事を持たない私は数人の執事を伴い、たまたまこの来賓室を訪れていた。


 飾られたガラス細工に誰も気を留める様子がないのは、今までと同じであり期待もしていない。

 すでに悲観する気持ち自体をなくしていたため、ことさら何も感じることもなかった。


 そして用を終えた私が、当たり前に部屋を後にしようとした時だった。……不意に執事の一人が、一点を見つめたまま立ち止まる姿に気づき、やや面倒に思いながら声をかけたのだ。



「何をしているのです? 早く事を済ませたいのですが」

「っ! 失礼致しました……っ」

「私は、何をしていたか(・・・・・・・)と尋ねました。その答えを聞かせてください」


 ハッとしてすぐに動きだそうとしていた人物が眺めていた方向がわかれば、つい気になり少し問い詰めるように続けてしまった。



「はい……。こちらの置物があまりに美しかったものですから、思わず目を奪われてしまい、歩みを止めた次第でございます」

「……これが? あなたが芸術に関心が深いのであれば、王宮内にはもっと価値のある調度品が数多く存在するとわかるはずでしょう」

「仰せの通りですが、大変お恥ずかしながら、私はあまりその分野に明るくありません。……ただ、おそれながら今まで拝見したどの作品よりも暖かな印象を受けるこのガラス細工が、私は一番好きだと思いました」


 優しい目を微笑ませて伝えられた内容に、私は一瞬言葉も忘れて凝視したが、すぐに気を取り直すと再び尋ねる。

「名前を教えてください」

「エトガー……、エトガー・ハースと申します」


「わかりました。――エトガー・ハース、これより貴方を私の専属執事に任命します」



 ――そう、こうしてエトガーは私の専属執事になったのだった。



***



「あの時は、何も知らずに語ってしまいました。ですが、後にラウレンツ王子が作成されたものと知って驚きました」

「ええ、エトガーが芸術に詳しくないことはよくわかりましたよ。ですが、とても嬉しかったです」

「誠に申し訳ないことでございます。……もしかすると、それが私を専属執事にされた理由でしょうか」


 エトガーの言葉に意地悪く返すと、少し困った顔を見せたが、やはり相変わらずの優しい笑みに心はなごむ。

 そしてまもなく問われて、わずかに思考した。



「そうですね……。まず、人が気づかないものにも目を留めた行為は、常に物事を注意深く観察していることを意味すると思ったのが一つ。そして物を価値だけで判断すれば己の心を見過ごしがちになりますが、エトガーは自身が感じた思いを(たが)えず捉えた上に、真っ直ぐ貫ける強さも備えていると理解したからですよ」


「そのように思っていただけたとは、身に余る光栄です。しかしながら、まるで王子が私情でお決めになったかのような質問をしてしまい失礼致しました」

「……ふふ、私こそすみません。先ほどお伝えしたことは本当ですが、他にも理由があるので謝る必要はないですよ」


 もっともらしく告げた内容はすべて事実だが、再び謝らせてしまったことに申し訳なく思い、さらに素直な気持ちを白状する。


「共感できない相手と常時過ごすなど苦痛でしかないでしょう? けれど、このガラス細工を気にいってくれた方となら、価値観も合うはずだと思ったのも確かです。それがなくて最初の理由だけだったとしても、独断と偏見で決めたことには変わりませんから」

 私が伝えるとエトガーはまたいつものように微笑んだ。


 こうして流れる穏やかな時間の中で、眩しく散る光の粒はまたそれぞれ輝きを増してゆく。そして集まった光彩が部屋全体を包むとともに押し寄せる眩しい思い出に目を細めた。



 ……人は往々にして、望んだ時に望んだ形ではいない。

 もし今の私があの時、あの場所にいたのなら、違った結果が生まれていたのだろうか。


 そう。私さえ間違えなければ今頃は、きっと――。



***



 ――私は王族として、物心がつく前より政治や経済を学んでいた。けれど貴族社会はどういうものかという実態について深く考えはせず、影で利権がうごめくと知ることもない。

 王宮内でアベル派とラウレンツ派に二分する人々の存在さえも、あの頃は各自の助力者と捉えていたくらいだ。


 そのように過ごせたのも、専属執事クルトが支えや盾となり、ずっと守ってくれていたおかげだと思っている。

 あわせて第一王子の兄アベルが、私のことをいつも心にかけてくれたからだろう。


 こうして恵まれた環境の中で、私はアベルを慕い、支えられる人になりたいと思っていた。

 情に厚くて頼もしいだけでなく、努力家で日々鍛練を重ねる兄の姿に感化され、弟である自身も向上を目指そうとしたのだった。



 王権を継ぐのは第一王子であるのが当然だけど、継承順位などなくてもアベルこそが王となるのに相応しいといつも感じてる。

 そして誰しもそう考えるはずが、ラウレンツ派の人々だけは違ったらしい。

 まさか第二王子(わたし)を担ごうとしていたなど……支持者の動向を、表面だけの好意もそのまま信じる私が気づくことはなかった。


 ……これは、すべて後に知る話なのだが。

 そんな私の知らぬ間に、反発しあう各派閥は軋轢を強めていたようで、水面下で第一王子暗殺が企てられたという。

 早々に察知したクルトとアベルの専属執事、一部の官僚は未然に防ごうとしていたらしいのだが。それでも中々首謀者や加担する者が判別できず、ともかくまずは互いの王子を守ることに重きをおいたそうだ。



 ――そうした時に、王族を中心とした小規模のお茶会(ティーパーティ)が王宮内で催されることになった。


 前日の私は、久し振りにアベルと楽しい時間を過ごせるのが嬉しくてわくわくしていた。

 気持ちが高まるあまり、お茶会(ティーパーティ)の準備についてクルトとアベルの執事が段取りを確認しているところを覗きにも行く。



 そこで私は、「――から目を離さぬように」、「使われるのはおそらくいずれかの植物毒だろう」という会話を耳にする。



 ……目を離さないでいるというのは私たちか、他の誰かなのかはよく聞こえず、話の内容も意味もわからなかった。


 何より盗み聞きしたことが後ろめたくて、すぐにその場を去ったけれど……物騒な『毒』という言葉だけは私の頭に残るのだった――。

31 【小話】私と大切な人 byラウレンツ(後編)に続きます。

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