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28 私は、応戦しました(後編)

28 私は、応戦しました(前編)の続きです。

 燦々(さんさん)と窓から射し込む光に、散らばるガラスは静かにきらめく。

 その瞬きも冷たく感じるほどに、来賓室の中をしんとする空気が包んでいた。



「……あ、呆れますわね。責任逃れされるなんて信じられませんわっ」


「ティアナ様、大丈夫ですよ。ラウレンツ王子はお優しい方なので、誠意をもって謝罪すればきっと許してくださいます。よろしければ、私もご一緒いたしましょうか?」

「あら、クラーラ様がそんなことをなさる必要ありませんわよ。ご自身できちんと責任を取られるべきですもの」


 ミアが話し出すと、また堂々巡りとも思える会話が繰り広げられていく。


 ――相変わらずガラス細工はそっちのけなんだ。

 そう思えば色んな気持ちが混ざりあって、胸をぎゅうぎゅうにしめつけた。



「悲しいな……」


 私は足元に目を落として、ぽつりと呟く。

 いくら候補から外すためであっても、わざと壊したりはしないだろう。常識の物差しは人それぞれだけど、最低限のやっていいことと悪いことくらいわかるだろうし、第一に好きな人の大切なものを壊せるはずがない。

 きっと大切なものと認識するからこそ、名乗れなくなっただけだと思ってる。


 それでも、ラウレンツのことではなく、自分の保身しか考えてない気はしてしまう。

 何より壊れた偶然を利用するのが、ガラス細工をないがしろにしてるように感じてしまい……悲しくて、悲しくて、悲しかった。


 そんな息苦しいくらいに詰まる思いは、顔を歪ませるけど、応戦すると決めた今。

 ――私は気持ちを立て直して前を向く。



「ねえ。二人とも、私がなんで謝らないかわからないようだから聞くけど。王宮内を巡ってた時、ミアもクラーラと一緒にトイレへ行ってたの?」

「っ、ト……!? わ、私はサロンで待っていましたわ」

「一人でいたんだ。じゃあ、その間にミアがここへ来て壊しちゃったのかもね」


 臨戦態勢に入っていた私は、問いかけて開戦の口火を切る。

 そして『トイレ』というセリフに瞠目(どうもく)するミアへ疑いを向けた途端、彼女は顔を真っ赤に染め上げた。



「な……っ、私を犯人にするなんて、失礼にもほどがありますわよっ」

「可能性を話してるだけだよ。でも、怒るのは本当のことを言われたからとも取れるかなあ」

「ミア様をお待たせしてる場には、ここにいるメイドたちも控えておりましたよ。私も、むやみに疑うのは関心いたしません」

「あっそ。でも、クラーラもミアと離れてる時は、本当の行動がわからないよね」

「……どういう意味でしょう」

「そのままだよ。トイレに行くふりも、中庭に向かうふりで来賓室へも来れるってこと」

「クラーラ様はそのようなことをなさる方ではありませんわっ」


 助け船を出してきたクラーラに、すかさず矛先を変えたら、今度はミアが根拠もなく断言して庇った。

 うん。社会生活のコミュニケーションというものは、本当にどの世界でも面倒だね……とくに貴族。そう感じては、始まったばかりのやり取りにも辟易したけど、勝つためにも本腰を入れようと思う。



「もう一度確認するね。ヒルダが入る前に廊下から見た時までは壊れてなかったんだっけ?」

「何度もそうお伝えしていますわ」

 当たり前に答えるミアに内心で呆れながらも、私はことさら優しい微笑みを向けた。


「あのね。ずっと言わなかったけど、廊下からこのガラス細工は見えないよ?」

「……え」


 そうなんだよ。廊下に面する入り口側の壁の角に置かれていたガラス細工は、前を通っただけでは見ることが出来ないのだ。


 王宮の廊下は二車線道路かと思うほど広く、来賓室の入り口も体育館か講堂の正面入口かというくらいに大きい。

 室外からでも中の様子は望めるけれど、死角にある物の状態を確認するのは不可能だった。



「ヒルダが来る前まで壊れてなかったと、ミアは認識できない。ここへ入る姿を見てるなら、それまで滞在してなかったこともわかるよね」


 にっこりと容赦なく告げれば、ミアは瞬時に青ざめていく。

 そして嘘をついてたことで窮地に立つと思うのか、焦る様子も伺えて、私は早くも勝利を確信するのだった。



***



 静寂で満たされてゆく室内に、風が鳴らせる木の葉のざあっという音が流れた。


「お、音がしましたわ」

「……はい?」

 つかの間に、唐突なセリフを放たれて眉をひそめる。

「そう、壊す音を聞きましたもの! これが証拠ですわっ」


 …………『ぐーで叩いてもいいですか?』


 はりつけた笑顔で固まる私の頭に、一瞬その文章がテロップのように表示された。



「最初に言ったよね、自分の見たものしか信じないって。それと私が誰なのか……わかってる?」

「ど、どういうこと、ですの」


 いくら本能で守りに入るのだとしても、ここまで濡れ衣を着せようとされては、徐々に目も据わってくる。そのまま薄開きの眼差しを微笑ませて返すと、固まっていくミアは唇を震わせながら聞いてきた。

 ……正攻に話すつもりだったけど、まともに通じないのだから仕方がない。


 私はここぞとばかりに、父の地位と権力をフル活用することにした。



「――私はこの国の結界を一手に担い、宰相を勤めるレハール侯爵の娘、ティアナ・レハール。その私に対する言葉や疑いはすべて、レハール家へ向けられたも同然。だから、もし誤りがあれば二人とも――……ただでは済まさないよ」


 途端に辺りがしん……と静まる。その効果は素晴らしく、誰もがすぐさま黙りこんだ。

「今、何も言わないのは、私じゃなかったってことでいいよね?」

「っ…………」

 続けて問うも発言する者はいなかった。


 ――うん、勝ったね。

 結局、脅しちゃったけどずるくないもん。所持する装備を、ちょこっと有効に使っただけだよ。


 それより私は口を閉ざす二人に対して、まだやるべきことがある。

「じゃあ、とりあえずヒルダに謝ってもらえるかな」

「な……に?」

「証拠もなく、疑うどころか決めつけたんだから。間違いは謝るのが当然でしょ」

 わけがわからない様子で瞬かせるミアと、そしてクラーラへ向けて私は真っ直ぐに告げた。


 するとふいに背中を撫でられて、振り向けば優しい笑顔が映る。


「……お嬢様。私のことなら、もうよろしいのですよ」


 やわらかくほころばせるヒルダに、私の顔は歪んだ。戦いには勝てたし、これまでのことも当人が許すなら外野はどうこう言うべきじゃないと思う。


 だけど我が儘な私は、幾つもの思いを勝手に湧かせてしまっていたから。


「駄目だよ……。だって、だって。すごく大切なものなのに、あんなにヒルダをつらくさせたのに……。謝ってもらわなきゃ駄目だもんっ」

 ――やっぱりけじめはつけさせる、という高飛車を貫くことを選んだ。



「嫌、よ……嫌ですわよ。何もしていないのに……っ、どうして私が謝らなくてはいけませんの?!」


「誰が壊したかはいいの。いわれのない罪で責めたからだってば。嫌な思いをさせたんだもん。早く、ごめんなさいは?」

「でしたら尚更、たかがメイドごときに謝罪するなんて意味がわかりませんわ。下層の者を疑うことの何が悪いとおっしゃるのよ」

「何でそんなこと……、嫌な言い方しないでっ」

「本当に犯人でないかも、わかったものではありませんわ。どうせ大した家柄でもなければ教養もない、卑しいメイドですものね!」


「こ……のっ」

 物分かりの悪いミアに前のめりで返すも、さらに悪態をつかれてカッとなった。


「きゃあっ!」

「いけません、お嬢様っ――」

 私が掴みかかるのとヒルダが制止の呼び声を上げたのは同時。けれどそれは、すでに上げてしまっていた右手を振り下ろそうとする時だった。



「――そこまでです」



 来賓室に凛とした声が響き渡る。

 その瞬間、私は後ろからヒルダに抱き締められた。


「私は大丈夫です。大丈夫なのですよ、お嬢様……っ」

 切なげに伝えられた言葉で我に返り、自分が思わずミアをひっぱたくところだったと気づく。



「ティアナ、手を下ろしてください。……今すぐに」

「…………っ」


 そして、口許では笑みをつくりながらも、厳しい視線で真っ直ぐに射抜くその人からはっきりと命じられる。


 私が顔を向けた先にあったのは、エトガーを伴って立つラウレンツの姿だった――。

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