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26 【小話】私と空想の世界 byリリー(後編)

26 【小話】私と空想の世界 byリリー(前編)の続きです。

 青い風やきらめく光に包まれて、緑や花がたくさんの色彩で私を取り囲むけれど。

 (もや)を抱えた私にはすべてが似つかわしくないように感じる。


 ――遠くで眺めるくらいがちょうどいい、思いながらベランダへと急いだ。



「さっきのお人形芝居、とっても楽しかったわね」


 またあの声が聞こえて、びくっ――と足は瞬時に止まる。そして耳に届いた会話はとても、楽しそうなものだった。


 ――いいな……。

 無意識に振り返り、目にした彼女たちは声を立てて笑いあってる。

 私は普段あんなふうに笑ったことがあるだろうか。ううん、ない。


 今までも、……そしてこれからも。



 早く空想の世界に逃げ込まなくては、思うほど響く笑い声が頭にズンとのしかかり、足は根をはるように動いてくれない。にわかに涙が出そうになっていた。


「っ……?!」


 すると突然、がっしり両肩を掴まれて、咄嗟に顔を上げると――。



「――――めいっぱい楽しんじゃおうっ」


 間近に迫るティアナ様から、今度は逃さないという様子で無理矢理遊びへと誘われた。



「え、ええ……っ?」


 実は、一緒に遊んだのは最初の日の一度きりだけで、あの日わかったのは私には体力がないということ。


「わ、私、あまり体力ないから……」

「大丈夫だよ。私は体力あるけど、運動神経が引きちぎれてるからね!」


 少し拒むように伝えてみるも、相変わらずはっきり物が言えなくて流されるように腕を引かれていった。



 ……でも、本当は門前の彼女たちを羨ましく見つめたことで『めいっぱい楽しむ』という言葉に私はどこか期待したのかも知れない。

 だから、連れられるまま歩き進めて、正門近くにある一番大きな高木のところまできてしまった。


 そして何やら準備を始めたティアナ様をただ眺める。ディルクも手伝い始めて、あっという間に出来上がったものは――。



「完成ーっ。見て、ブランコ!」


「……ブランコ……?」

 枝から垂らす幾つかの(つた)を編み込んで作った綱状の二本で、薪に使う太めの枝木はしっかりくくって固定されている。

 嬉しそうにするティアナ様は、それを『ブランコ』と言った。


 本の中で読んだことがあったけど、実物を見るのは初めてだった。

 どうすればいいかわからない私が促されて腰掛けると、ティアナ様は挟むように薪の両脇へ足を置いてすくっと立つ。



「――それで、俺は次に何すればいいんだ?」

「後ろから押して。リリーは(つた)をしっかり握っててね!」


 そうしてディルクが背中を押すとブランコはゆらゆらと動き出す……ところで、門外にいる令嬢たちと目が合った。


「何あれ? おかしいわね」

「あんな変なもので何をするつもりかしら?」


 聞こえたセリフに恥ずかしくなったのと、体が揺れる慣れない感覚とで、私はすぐに目を閉じた。



 それから何度か押されて揺れが一定になった時、「もう押さなくていいよー」とティアナ様はディルクを止める。

 ――同時に、高らかな笑い声が響き渡った。


「うははははっ! 大成功ーっ。リリー、目を開いてみて!」


 閉じることに気づいていたのか、ティアナ様から言われた。

 揺れが大きくなっていると思う浮遊感と、耳元でする風を切る音は少しの恐怖を感じさせるけど。私は、怖々ながらもゆっくり瞼を持ち上げた。


「……わ、あ」



 さっと視界に飛び込んできたのは青空。

 何も遮るものはなく、どこまでも続いた空が一面に映った。


(たっの)しーいっ。風が気持ちいいねっ、リリー!」

「……す、ごい…………飛んでるみたい……っ」


 大空に迫ったかと思えば、次は大地が目にとまる。

 同じ景色であってもベランダから眺めたものとはまったく違って見えていた。


 空の色も知ってたはずなのに、今までとは違う。いつも伏し目がちでいた私は、これほどちゃんと見上げたことがなかったんだ。


 こんなにも空を綺麗だと思ったのは初めてだった。

 そして、活発ではない私が風をこれほど感じるのも初めてで……本当に、羽ばたいている気分になった。



「た、楽しい……っ!」


 どんどん笑顔になってくる。

 一番高いところから地上を眺めれば、見上げるディルクがニッと笑っているのも見えた。


 楽しい……、楽しいっ! どきどきと高鳴る気持ちは止まらなくなっていた。



「――にししししっ。この楽しさは味わえまい」


 ティアナ様の言葉に「あ……っ」と正門に顔を向けると、また令嬢たちと目が合う。


「ふん……っ、野蛮よ、野蛮っ」

「……ほんとよ、貴族のする遊びじゃないわ!」

 そんな言葉を残して彼女たちは去ろうとするのだけれど。少しも気にはならない。

 本当に、もうどうでも良くなっていた。


 だって……だって今、私はすっごく楽しいんだもの!



「――ブランコは初めてだった?」

「……っ、うん」

 ブランコをこぎながらティアナ様が話しかけてくる。


「あのね、リリーと合う人はきっといるよ」

「あ……」


 ――それはさっき、私が逃げ出そうとした時の話だった。


「うん。本好きな人がいれば、読まない人もいるから。読みたくない人に(すす)めるんじゃなくて、同じに読書が好きな人を探せばいい。リリーも私も、まだまだ知らないことがいっぱいだよ。だってこの国は広いもん。出会った人より出会ってない数のほうが断然多いし。それに、苦手な人といるよりもリリーが好きになれる、リリーを好きになってくれる人と一緒にいるほうが絶対に楽しいと思う!」


 紡がれたティアナ様の言葉に、私はふっと目線を下げる。

「……いるの、かな。こんな私を、好きになってくれる人……」

「いるに決まってるよ! というか、ここにいるもんっ」


「……っ!」

 思わずこぼす刹那に返された私は驚き、咄嗟に頭を真上へと傾けさせる。



「あー、高飛車で我が儘な私に言われても微妙かも知れないけど……私はリリーのことが大好き! すっごく優しくて、おまけにとっても可愛いしねっ」


 見上げた私の頭上で、黄金の髪を太陽にきらめかせる。

 ティアナ様の笑顔は――その光に負けないくらい、眩しかった。



***



 ――そうしてようやく地上へと舞い降りた私は、まだ興奮した心を抑えきれないでいた。



「あー、すっごく楽しかったあー!」

「ティナはそうだろうよ。リリーも楽しかったか?……って、おい!」

「……えっ、うそ! リリー、ごめんっ。怖かった?!」


「え……?」

 近づいてきていたディルクと、振り返ったティアナ様が急に目を丸くして駆け寄ってくる。

 そんな二人を不思議に思ったその時、自分の目から次々と涙がこぼれていることに気づいた。


「あ……」

「わーっ、ごめん! ほんとにごめんなさいっ! そんなつもりじゃなかったのーっ」

「ほんっとティナはなあっ。リリーを怖がらせるんじゃねーよ!」

「ディルも止めなかったくせにーっ。でもごめんなさいー!」

「大丈夫か?! リリー!」


 ディルクは焦りながら本気で私を心配してくれている。何度も謝るティアナ様は涙目……どころか泣いていた。


 その泣きながら謝る姿は本当に、どこまでも一筋で、とても綺麗――。



「……ち、違うの……っ」

「無理するなリリー、こんなの庇わなくていいんだからなっ?」

「ひどいっ。でもほんとにいいよ、思う存分(ののし)っちゃって!」


 優しい二人に涙はますます溢れてくる。

 だけど違うんだ、私は心配される資格なんてないのだから。


「本当に違うの、私……こんなに良くしてもらったのに……。それなのに、ティアナ様に……今までずっともやもやしていたの……っ!」


「へ? もやもや?」

「は?」



 ディルクは意味がわからない様子で、ティアナ様も同じくこてんと首を傾けている。


「私より先に、ディルクと仲良くなるティアナ様は……ずるい、って。勝手に、すごく……もやもやしていたの」


 ……そしてこれがおかしな気持ちの正体だった。


 自分でもあきれるほど浅はかな思いに二人はぽかんとしている。だけどようやくわかった胸の内を、私自身も確認するように打ち明けた。



「……ディルクと初めて会った時。兄様ができたってとても嬉しかったの。本当は、すぐに仲良くなりたかったけど、上手くできないから……。いつか、信じてもらえるまで……待とうと思ってた」

 さわと()ぐ草の葉音にのせて、ぽつぽつと話す。その言葉へじっと耳を傾けてくれる様子に、私は続ける。


「そしたら、最近ディルクと話せるようになって。前より私に優しく感じるのも、妹と認められたみたいで……本当の兄妹になれた気がして、すごく嬉しかったけど。それがティアナ様に会ってからだと思ったら、何だか少し嬉しくない……みたいな気持ちがしたの」


 心を閉ざすと感じてたディルクの扉が開いたのは――そう、ティアナ様が来たあの日から。


 それは良いことで、仲良くなれるのも嬉しいはずなのに、何だか私は今までよりも変な気持ちになり始めていたのだ。


「ディルクは私の兄様なのに……ずっと、ずっと我慢して待ってたのに……。どうして家族でもない人に心を開くの? って、勝手にもやもやして……私は、ティアナ様を避けてたの……っ」


 (さら)す醜い心と一緒にたくさんの涙も流れ出す。


 きっと驚いているだろう……私がこんなことを思っていたことに。そして、はじめてこんなにもはっきりと自分の感情を話す私に……。


 二人の顔を見る勇気までは出なくて、濡れていく地面を見つめた。



「――なんで何も言わなかったんだ?」


 視界の中でひざまずくディルクは、私を責めることなく手を取り、優しく微笑んで言った。

「だって……ディルクも私たちに、何も言ってくれなかったもの……っ」


「……そうだったな、ごめん。でもこれからは頼ってくれ、俺もリリーに甘えてるから」

「ディルクが、私に甘えて……?」


「そう。ひねくれたガキの側にずっといてくれただろう? 俺はリリーに甘えてた。だけどこれからは甘えるだけじゃなくて守りたい、俺の大事な家族だから」


 大事な家族だから――その言葉は私に更なる涙を湧き上がらせた。

 きゅっと握り返す指先から温もりが伝わり、心地よく満たしてゆく。


 ただ素直な気持ちを言葉にすれば良かった。わかり合うのはこんなに簡単なことだったんだ――。



「そっかー。やっぱり避けられてると思ったのは、勘違いじゃなかったんだね」


 言われて我に返った。私は身勝手に抱いた嫉妬という(もや)のせいで、ティアナ様を避けていたんだ。


 なのに焦る思いで顔を上げれば、理不尽を向けられたはずのティアナ様はすごく笑顔で、「うん、それでいいよ。嫌なものからは逃げるが勝ちだから、避けて正解!」なんて放ってる。



「怒らないの……? ティアナ様は、たくさん良くしてくれたのに、私は……っ」


「全然。どれも私がやりたくてやったことだもん。むしろ関係ないよ」

「リリー気にすんな、こいつはこういうやつだ」

「それより、リリーがちゃんと逃げられるってわかって、すっごく安心した。ほんとに良かったあ」


 さっき泣いてたと思ったら、笑いながら言うティアナ様は本当に嬉しそうで。

 ……ああ、この人だから……。



「――だけど。残念なことに、そこで大人しく引き下がって上げられないのが私なのよねー。楽しいことはみんなで共有するから楽しいし、それにやっぱり仲良くなりたいから……リリーが逃げてもちょっぴり追いかけちゃうかも。ごめんね!」


「……おい、やめろよ。俺の妹に嫌がらせすんな」

「だからごめんねって先に謝ってるもん」

「ティナは、ほんと潔いほど我が儘だなっ」

「でしょー?」


 ティアナ様から無理強いをすると告げられていたのだけど、『仲良くなりたい』という言葉がとても……嬉しかった。


「でしょーじゃねえし、褒めてねえって理解しろ!」

「もう、ディルクはお父さんですか」


 次いで、何もなかったみたいにわいわい言い合う二人の姿にも、思わず顔はほころんでいく。

 私も素直に生きてみたいな……。


 あの本の主人公や、――ティアナ様のように。



「……ティアナ様。私と、お友達になってくれませんか……?」


「ええっ! いいのーーっ!?」

「ちょ……っ、人が良すぎるぞ! リリー、無理すんなっ。この阿呆は俺が阻止してやる!」


 バッと振り返ったティアナ様は涙ぐみながら、同じく振り返るディルクは怒りながら掴みかかってきた。

 そんな様子に気圧されながらも私は、今までで一番の笑顔だったに違いない。


 ――ちゃんと見つけたよ、一緒にいたい人たち。私にも友達を作ることが出来た。



 そうして私は、さっきのティアナ様みたいに笑えてるといいな……そう思いながらお日様に顔を上げて、心からの笑顔を二人へ送った。



***



「実は私も読書は好きなんだよねー」

「いや、絶対嘘だろ」

「ほんとだよ! ただ今はちょーっと色々体験するのが楽しいだけだもん。今しか出来ないことを逃すわけには行かないからね」


 それからはまた三人で遊んで、ティアナ様のことはティアナと呼ぶことになった。そう呼んでと言われたからだ。


 時おり、「こいつが嫌になったらすぐ言えよ」とディルクがわざと言う度にティアナは顔をふくらませていた。



 今までティアナにばかり目を向けていたと思っていたディルクが、私も気にかけてくれているのがわかって嬉しい。

 そしてティアナは、私以上に友達になったことを喜んでくれた。その頬を上気させて満面の笑顔をつくる姿はすごく可愛くて、今の私はディルクの気持ちがよくわかる。


 自身のことを高飛車で我が儘と言いきるティアナは、とても自由で真っ直ぐ。

 そんな彼女と一緒だから私まで笑顔になれるんだ。



「――私、これからもっと強くなる……」

「それは大丈夫、リリーは十分に強いよ」

「え……」

「優しさは強さだから。誰より優しいリリーはどんな強さにも負けないものをもう持ってる」


 そう言って笑うティアナに瞬いた。その言葉は私の縮こまっていた心を広げていく。

 今のままでもいいんだと、このわずかな時間が全身に暖かさを与えてくれた。


 ――ああ、今日は本当に驚くことばかりだ。そして私は初めて……自分を大好き、と思うことが出来る。

 そのことが、なんだかとても嬉しかった。



***



 翌日――。レッスンを終えた私はいつものように本を手に取るが、す……っと元の位置に戻した。


「本は、また寝る前にでも、読めばいいよね……」


 呟いて部屋を出ると、すぐさまサロンに向かっていく。

 そして出会うディルクの「今日は本を読まないのか?」という問いに、うんとだけ頷いたらテラスまで歩みを止めずに進んだ。



「――いらっしゃい、ティアナ……っ!」


 塀から覗いた顔に向けて、私が一番に声をかければ、気づいたディルクも庭へと顔を出した。


「ほんとになあ、そこはうちの玄関じゃねえんだからな」

 相変わらず呆れたようにいうディルクも、間髪入れずに話しかけるのだけれど……。



「ディルク……。早く、ティアナを迎えに行ってあげて」

「……え? あ、ああ。わかった」


 予想外だったのか、思考せず反射的に答えたのがわかる。それでも意に沿()う流れで、私はとっても満足だ。


 昨日、ティアナは「妹が出来たみたいで嬉しい」と言ってくれていた。

 私も勿論、同じ気持ちですごく嬉しかったけど。


 ――本当の姉妹になるためにはディルクに頑張ってもらわないと、なんだもの。



「楽しみ……」


 そう、いつか姉妹になることを夢見た私は、自分の願望を得るため存分に後押しすると昨夜決めていた。


 男らしくて優しいディルクなら申し分なく、ティアナのお相手として何も問題はないはずだ。

 そんな理由で、先ほどテーブルに置いてきた本も買ったばかりの続きではなく、書庫で探してきた恋愛もの。


 自分にとっての読書が今までとは少し違った形へ変わりそうなことも、前向きに受けとめた私は、ふふっと頬を緩める。

 さあ、これからは恋愛の物語も読んで――。



「二人を、くっつけるように頑張る……っ」


 一人胸の前で、ぐっと小さく両手を握りしめて気合いを入れた。


 ――それから庭にある二人の姿を、私はまた溢れんばかりの笑顔で見つめるのだった。

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