25 私は、街にでました(後編)
25 私は、街にでました(前編)の続きです。
象牙色の街路を取り囲むように、たくさんのお店が立ち並ぶ。
続く石畳は、太陽に白く照らされていた。
その上で足を運ばせる私は、色とりどりの看板や店構えに目を奪われつつも先へと急いだ。
あれからすぐオベラート邸を後にした私たちは、二人で街を歩いている。
そして現在、リリーに見つからないよう距離をあけながら、こっそりついて行ってるところだ。
「リリーってよく一人で街に出るの?」
「よくってわけでもねえ、たまにだな。何でだ?」
「いや……うちでは私が一人で出掛けようとすれば、もれなくヒルダに怒られるから」
「ふーん。この辺のやつらは好きに出てるぞ、というか怒られるのはティナだからだろ」
……う、そうですね。ディルクの言葉は確かに、と一瞬で私を納得させた。
「それにしても、リリーがどこにいるかわかるなんてすごいね」
実は少しだけ出遅れたことで、はじめは彼女を見失っていたのだ。
――けれど、ディルクの予想に従い向かった通りで、ほどなく発見できている。
「ああ。それは、――あれがあるからだ」
言いながら指差された方向を見れば、同時にリリーがある場所へと入っていく。
「……本屋さんかあ」
そこにあったのは本屋だった。
動向を見守る私とディルクも、次いで店の入り口が遠目に眺められるところまで進んだ。
あとはとりあえず通りの向かいにある路地で隠れて待つことにする。
そうしてしばらくしたら、大事そうに本を抱えるリリーが笑顔で店から出てきた。
「どうやら新しい本が見つかったらしいな」
「うん、そうみたいだね」
ディルクの言葉とリリーの様子から、本を買いに来ていただけなんだとわかり、私はちょっぴり安堵する。
それから、つけて来ているだけに声をかけるのも何だしということで、『邸へ先に帰っていよう』と決めた時だった。
「――あら、リリーじゃなくて?」
そんな声がわずかに聞こえて、何気なく振り返らせる。
「外に出てくるなんてめずらしいわね」
現れたリリーと同じ年頃の令嬢たちは言いながら、彼女を取り囲んでいくのが見えた。
……そっか、リリーにも友達くらいはいるよね。
やっぱり同世代と遊ぶほうが楽しいに違いない、そう思ってそのまま過ぎようとしたけれど――。
なぜか口ごもる様子のリリーに足を止めた。
「どうした、ティナ?」
「うーん。何を話してるんだろう……」
遠くの声は、光景を見つめる私の耳には届かなかった。
「そんなものまで気にすんなよ。リリーが友達と話してることに嫉妬か?」
「……まあ、そうなんだけど」
気になるのは嫉妬か、と言われればそうなのかな? とも思えてくる。
自分と遊んでくれなかったのに他の子と仲良くするのが気に入らない――とか私の器はおちょこか。
でも何だか、少し違う気もするのだけど。
「うん……、そうだね。行こっか!」
こういう感じ、どこかで出会ったことがあるんだよねーと思いつつも、リリーを束縛するみたいなのは嫌だと切り替えた。
次の瞬間、リリーの持っていた本が彼女たちの手に渡るのが視界の端に映る。
――私は、即座に向き直っていた。
離れているため、それまでの詳しいなりゆきはわからないし、会話もまったく聞こえていない。
当のリリーも別に取り返そうとする素振りはなく、じゃあねと去ろうとする令嬢に何も言わない。
友達に貸してあげただけ、なのかもしれない。
それでも、さっき本を抱いた嬉しそうな顔が私には今……悲しい色に見える気がしたから――。
「――ちょっと、何するのよ!?」
「お使いありがとうリリー、これが欲しかったのよねー!」
気づくより早く、体が動いてしまっていた。
私はリリーが買ったばかりの本を、素早く彼女たちから取り上げてる。
そして仁王立ちして腰に手をあてながら、本を掲げて発していたのだ。
「ティアナ、様……」
リリーが驚いたようにこっちを見た。その周りにいる令嬢たちは一斉に私を睨みつけている。
私は何となく、自分がしたことはないけれど前世ではびこっていた事象を思い出す。
いわゆるイジメ的なもの、先ほどの感覚が示してたのはこれだった――。
「早く返しなさいよ!」
まるで私がイジワルするみたいにそう言ったのは、本を持っていた令嬢だ。
……いやいや。ちょっと待てよ、と思う。リリーに言われるならまだしも、あなたのではないよね。
「これは、リリーが買ったものよね?」
「今は私のものよっ」
おおー。まさかここにも、某漫画に登場してる『母親には頭が上がらないけど俺様な彼』を真似する人物がいましたよ。
言っておくけど、あの子はそもそも友達思いなんだからねっ! ――と、それはさておき。
可愛い子にちょっかい出したくなる気持ちはわかる、けど本当のイジワルはまた別だ。
……もしもリリーを悲しませようとしていたならもってのほか、神が許しても私は許しません。
だってそこはもう、何と言っても悪役令嬢。
高飛車に、我が儘に、自分の思いのまま行動していいのが私の特権だと思ってる。
「おかしいわね。この本は、私ティアナ・レハールの物なはずだけど」
そして、地位と権力をフル活用すると決めてる私は、まず自分が何者であるかを知らしめた。
――貴族なら、尚更この名でわかるはずだ。
「ティアナ、レハール……」
復唱する令嬢たちの目が少しばかりおさまったのを見渡して、私はまず、ラウレンツのとっておきの笑顔を頭に浮かべた。
そして少々顎を上げて、相手を斜めに見下ろすと――。
「それなのに、なぜあなたの物だと言うのかしら……?」
眉を寄せ、きつめの猫目を刃のように細めたら、ことさら冷たく頬笑んで意味ありげに告げた。
見よ、これぞ魔王の笑顔をお手本にした悪役令嬢の悪魔の笑顔だよ! と自信たっぷりに意地悪い目差しを向けたのだけど。
「そ、そ……それは……」
――あ、ヤバい。
思った以上に令嬢たちが固まりだしたので、これは今後のリリーの交遊関係に響くといけないと焦り始める。
「あ……、ああっ。そう、きっと落とした本を拾ってくれたのね。ありがとうっ。さっ、リリー。早く帰ってティータイムにしよう!」
すぐさま私的に優しい笑顔へとシフトチェンジしては、逃げるが勝ちとばかりにさっさとこの場を去ることにした。
ありがとうと無理やり話をまとめた感はあるが、何とか丸く事をおさめたつもりでいる。
……それでも固まりきってしまった令嬢たちと、通りの向こうで笑いをこらえて待っていたディルクの姿には若干涙目になった。
「私の顔って……、そんなに怖かったかな?」
「自覚ないとこが笑える、鏡見ろ」
本当に失礼だな、といっても自分が仕出かしたことなんだけど。
――でも、まあいいや。
リリーの腕に大事そうに抱えられる本を見て思うのだった。
***
そうして――リリーと三人で、邸に無事戻ったはいいけど気がかる。
街での出来事はたまたまだったか、いつもあんなことがあるのかということ。
リリーは優しいから嫌なことを断るのは勿論、誰かを悪く言ったりもしないと思うからこそもやもやと引っかかっていた。
……何より実は、今日私が出しゃばったことが、彼女の交遊関係を壊すような一番の間違いだったらどうしようと今更ながら心配になってる。
いくら悪役令嬢でも、勘違い過ぎる本当の余計なお節介はいただけない。
「あ、あの……」
「リリー、ごめんっ。私、ひょっとして友達との仲を邪魔しちゃった?」
正門をくぐったところで声をかけると、リリーは首をふるふると振った。
「……友達、じゃないわ……」
それだけを言うとまた途切らせる。
先に何か言いかけるところへ被せてしまっていた私は、黙って彼女が続けるのを待った。
すると、ゆっくり口を開いて話し出してくれる。
「私、上手く話せないから……。仲良くなれなくて……いつも彼女たちを、苛つかせてしまうの」
「リリーは、仲良くなりたいの?」
「わからない……」
俯いて答えるリリーは、ぎゅうっと本を抱き寄せながら目を伏せた。
話によれば、あの令嬢たちは彼女の友達ではなかった。だったら事実イジワルされてたかも知れないのかな、という思いが湧けば、むかつきも湧く。
それなのにリリーは、愚痴をこぼすどころか、思ったとおり相手を悪く言わなかった。
私だったら嫌がらせに捉えるようなことからも、じっと逃げずに堪えてたり、おまけに非があるのは自分だとするなんて……もう、優しすぎるっ。
是非とも、リリーにはもっと素敵な相応しい人たちと楽しく過ごして欲しいと思います!
そう思ったらつい――。もし嫌なら逃げていいんだよとか、私はその他諸々の個人的な考えを端から口にしまくり。
最終では、一緒にいて楽な人と付き合うことを勧めるように話していた。
その中に、私も含まれるといいなあ――なんて、少しばかり望みながら。
「……そんなの、そんな人はいないわ……っ!」
だけどリリーは、切なげに強く言いきってから駆け出そうとする。
そんな彼女をあわてて追おうとした……その後ろからまた、先ほどの令嬢たちの声が聞こえてきた。
「さっきのお人形芝居、とっても楽しかったわね」
「見てみて。私こんなカードを貰っちゃったわ」
「わあ、素敵!」
どうやら、広場で開かれた露店を観覧したらしい会話を繰り広げている。外で遊ぶ自分たちがとりわけ楽しかったのだと自慢するように思った。
それを聞こえよがしに言うために、わざわざここまできたというのか――。
女子のイジメって何てアグレッシブなんだろうと嫌気が差した。
……うん。間違いなく私が怒らせたからだよね!
先ほど悪役令嬢さながらの笑顔を向けて、思ってたよりも怖がらせたのが良くなかった。
私としては、すぐに気づいて丸くおさめたつもりでいたけれども。既に手遅れだったと知る。
ああ……、またしても私のせいだったよ。
――そして気になるリリーへ目を向けると、振り返って正門の前ではしゃぐ令嬢たちを眺める彼女は、どこか少し羨ましそうにして見えた。
自分が理不尽に嫌なことをされる分には、おつかれさまーで流せもするけど。自分の好きな人がそういう目にあうのは、何だか無性に心がざわつく。
わざと、といういやらしさもいけ好かなかった。
本人はそのつもりがなくても、相手に嫌な思いをさせた時点でイジメと変わらなくなることだってあるんだよっ――そう心の中で、外の目ざわりな存在に吐き出す。
私も然りなのはひとまず棚に上げるとして……。
あんな子たちがにっこにこしてるのに、リリーが笑えないとかすんごい不平不満が募るんですけど。
あーもうっ。本当に言わないのはわかってるけれど、あえてぎゃふんと言わせたい!
くそう……。それでも、感化されてイジワルで返すのは本意じゃないし、嫌だ。けれども――。
――こっちが存分に楽しんで勝手に羨ましくさせるのは、ありだよね?
あの子たちが、実際に「きーっ」とは言わないだろうけど、きーってなるくらいに楽しんじゃうだけなら……いいよね。
「ふひひひひー」
「相変わらず、気味悪い笑いかたするよな。リリーが怖がるからやめろ」
「私いいこと考えちゃった。ディル、手伝って!」
「はあ?」
そして私はリリーが立ち止まっているのをいいことに、その両肩をがっしり掴んで捕まえた。
「リリー、逃げるのはいいよ。嫌なものからは本気で全力で逃げよう! でも逃げて引きこもっちゃうのは癪だから、今ここで出来ることして、めいっぱい楽しんじゃおうっ」
「え、ええ……っ?」
私たちが思いっきり楽しめて、おまけにすっきりできるなら一石二鳥、こんなにいいことはない。
……そして羨ましがらせたいのなら、その倍ほど羨ましがらせてやろうじゃないの――。
これが私的仕返しのお返し作戦だ! と思い立つ私は満面の笑顔でリリーを巻き込み、さっそく準備に取りかかるのだった。




