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25 私は、街にでました(前編)

 もこもこと立ちのぼる雲の上には、爽やかな青空が広がった。


 照らす太陽は、空をも白く光らせるように眩しく輝く。


 そんな中、朝のレッスンを終えたリリー・オベラートは幸せそうに微笑みながら廊下を歩いている。


 一冊の本を抱え、足早に向かうのは二階にあるベランダ。

 晴天に恵まれてきらめく景色を眼下に望み、風を感じることも出来るそこは、誰もが知る彼女のお気に入りの場所だった。



「あ、兄様……」

「リリー、またベランダか?」

 ふと出会う人物に足を止め、掛けられる問いにこくんと頷く。

 ――彼女の前には兄、ディルクが立っていた。


「そっか。今日は陽射しが強いから、ちゃんと日陰に入って読めよ」

「うん、そうする……」


 優しい気遣いに喜ぶように、言葉は少ないがふわりと笑って応えた。


 そしてディルクのセリフが示す読書は、彼女の趣味であり、一番楽しみな日課だ。



 彼女が選ぶ物語の中はいつも夢で溢れ、どんなささいな願いさえも叶えられる。


 人と交わるのがあまり得意ではなく、常に自我を抑えて過ごすリリーにとっては、空想の世界が唯一自由になれる居心地のいい場所なのだ。


 それがベランダというどこまでも晴れ渡る空の(もと)、明るい陽光に包まれた草木や花が匂い立てば、より幸せな気持ちで想像に浸れるらしく。

 まるで――翼を与えられるように彼女は楽しんでいたのだった。



「――ああ、それと……俺のことは兄様じゃなくてディルクでいいから」


 唐突な提示にリリーは思わず口をつぐむ様子を見せた。


 それもそのはず。ディルクとは、この会話さえ最近ようやく成り立つようになっていたばかり。

 今日も、いつものごとく簡単な言葉を交わして、そのまま擦れ違うだけのつもりでいたと思われる。


 瞬かせて見つめるリリーに、ディルクはニヒルな……でもどこか優しい笑顔をおくった。



「わかった……」

 そして彼女もまた、呼応するようにすぐさま満面の笑みをつくって返事する。


 少し弾んで聞こえる声はその喜びを伝えるようだった。

 ――以前なら、本当の兄妹ではないから言われたセリフと捉えたに違いない。

 けれど今ならそうでなく、打ち解けてディルクと呼ぶように望んだことがわかったのだろう。


「じゃあ、俺は一階の……たぶん庭にいると思うから、何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」


 歩き出して、横を過ぎようとするディルクが放つ途端――リリーはわずかに眉を下げた。

 それは側で目にする彼も気づかないほどのもの。



「ディルクは……今から、サロンに行くの……?」

 変わらず微笑んで尋ねる声は、自然と静かな音に落ち着いていた。


「ん? あー……、まあな」

「……そう……」


 顔を振り向かせて曖昧に返すも、どこか楽しそうなディルク。

 ――対して、睫毛を伏せながら呟くリリーはしおれていく花のように見える。



 そうしてニッと笑う彼が、「また後でな」と今度こそ去っていく後ろ姿を、ただじっと見送っていたのだった――。



***



 空を見上げた目に、染み込んでくる太陽がとても眩しい。


「うー……」


 私はその強い陽射しに一人(うな)った。


 ――そして現在、晴天に向かうように高みを目指して奮闘中。

 そうやっていつも通りの行動でしばし格闘したら、これまたいつもと同じく最後は手を振るのだ。



「遊びに来たよー!」

「ティナはいつになったら正門から入ってくるようになるんだ?」

「いつかこの塀を乗り越えられる日が来たら」

「だから、降りられねーなら登るな」


 今日もまた攻略が叶わず、塀上へ腰掛けながら元気に登場の挨拶をした。


 テラスにいたディルクは呆れたように言うけれど、頼まなくても毎回降ろしに来てくれる。

 これもお馴染みの光景になっていた。



「ったく……ほらよ、さっさと手を出せ」

「うんっ。ありがとうー」


 面倒くさそうにするわりに、ディルクはいつも私が登ってくる(つる)のある塀が見えるところで待ってくれているし、突然の来訪にも相手をしてくれる。

 それがわかってるからつい気兼ねなく遊びに来てしまうのだ。


 もしかしたらディルクが特別なのかもしれないけど、ドSは何気に優しいんだなと、この世界に来てはじめて知った生態を心にメモしてる。



 そんな私は、ロマンが忙しくて遊んでもらえない時や、かまってくれない時や、放っておかれてる時にっ! 寂しさを振り払い、なおかつ娯楽を求めてオベラート邸へ向かうのが常となっていた。


 なので、初めて訪問したあの日から、何度か……というより毎日ディルクのもとへ来ていたりする。


「ロマンは今日もレッスンか?」

「うん、まだやってるの」

 私を引き寄せながら問うディルクに口を尖らせて返した。


 そう……、最近ロマンはとっても忙しい。

 どうもこの間の『瞬殺』という不思議な課題の片付けかたが良くなかったみたいで、ここ一週間ほど父から更に魔力の学習を課せられているのだ。


 おかげで私と遊ぶ時間は大幅に減って、もはや私への罰になってる気がするよ。



「むくれんな。ほんとティナは、弟のこと好きすぎだろ?」


 このドSは頬をつまむという身体的攻撃がお好みらしく、地面に足を着いたところで、またしてもほっぺをぷにっとつかんで言われた。


「だって天使だもん、可愛すぎるんだもん」

 そして私は頬がつまめないよう、あえてぷうっとふくらませてから返事する。


 でもふくれっ面になる気持ちは本当にあった。

 ――それは、ロマンがすでに父から魔力を習うことについてだ。


 すごく偉いとは思うけど、いずれゲームの舞台である魔法宮に通うまでは、もっと自由に生きて欲しくなる。

 なんと言っても私自身、現にわずかな時間さえ惜しみなく満喫しようとここへ来てるから。

 私だけでなくロマンにも、今しか出来ないことをちゃんと楽しんでもらいたいからこそ思うのだ。


 ……ついでに、もっと私の相手をしてくれたら嬉しい。



「言っとくけど、俺もロマンと一緒で毎回暇じゃねえんだぞ」

「えー。ディルもかまってくれないとか泣く」


 そうやって考えながら庭を歩けば、意地悪く放たれる。

 結局いつも相手をしてくれるのは知ってるけど、それでも素直な思いを告げた。


「泣いとけ」

「なんか、喜びそうだからやっぱり泣かない」

「よくわかってんじゃねーか」


 うん。だって、ディルクはドSだからね!

 それはニヒルに笑う本人も自覚はあるらしかった。



***



 そうこうしてるうちにも広い庭園を過ぎ、テラスにたどり着くと――私はもう一人の愛でたい存在の姿を探す。



「リリーは?」

「ん? いつものとこだ」


 言ってから、ついと向けられたディルクの目線を追った。

 その先にある二階のベランダでは、椅子にちょこんと腰かけて読書するリリーがいた。



 私がオベラート邸を訪ねると、リリーはいつも本を読んでいる。頬を緩めながら夢中で耽る様子は、本当に本が好きなんだなあと思わせた。


 そして座ったまま、じーっと動かずにいる姿は、まるでお人形さんみたいに可愛くて可愛くて仕方がない。

 ――そう。彼女こそ、私がロマンと同じく愛でたいと思う人物の一人だった。


 ロマンが天使ならリリーは妖精、というのが初対面からの印象。

 真っ直ぐに伸びる白銀の長い髪と、静かな湖のように澄んだ青緑の愛くるしい瞳、ほんのり桃色ほっぺのお肌は白くて柔らかそうで……もう、ディルクじゃないけど、ふにふにしたいっ!



 だけども、残念ながらリリーと遊んだのは初めて来た日の一度きり。

 翌日から何度か誘ってみようとしては、ディルクに止められてる。なぜなら、大人しい彼女は外で遊ぶよりも読書をするほうが好きだからということだった。


 優しいリリーが断りきれないと知る上で、事前に回避させるディルクはお兄さんらしい。

 そんな二人の関係は良好なんだなと思うと嬉しくなってる。


 ……それはそうとして。せっかくディルクと仲良くなれたことだし、やっぱり一緒に住んでるリリーとも楽しく遊びたいのが本音。

 だって、すんごく可愛いんだもん。


 全般的に可愛いもの好きの私が妖精を見つけたら、愛でたくてうずうずするのは当然だ。



「ちょっと挨拶してくるねっ」

「あ、おい……!」


 言い残して駆け出すと、すぐにベランダへと向かった。


 ディルクには挨拶するとだけ伝えていたけれど……ロマンと遊べる時間が減ったことにより、愛でたい欲求がすこぶる高まっていた私は――。


 邸内を歩きながら、『ついでにさりげなく誘ってみよう』なんて考えていた。



***



「リリー、こんにちはーっ」

「こんにちは……」


 ベランダに着くなりすぐ声をかけた。

 そして、顔をあげて挨拶を返してくれるリリーが本を閉じたことに少しの希望を(いだ)く。



「良かったら、また一緒に鬼ごっこしない?」

「……しない」


 ああ――、やっぱりそうだよね。わかってはいても、あっさり断られるとちょっぴり寂しい。


「だから無理に誘うんじゃねえよ。リリーは淑女なんだ、お前と違ってな」

「元気なとこが私のいいところだと思ってる」

「嫌味も通じねーとかほんと可愛いげなさすぎ」


 論なく追いついたディルクは頬つまみ攻撃をしかけて言うけれど、別に無理強いしようと思ったわけじゃない。

 人より少しチャレンジ精神が旺盛なだけだもん。今時の若者に見習わせてもいいと思う。



「私、レッスンが残ってるから……」

「そうなんだあ。残念、また今度遊んでねっ」

「うん……」


 そう返事をすると、リリーはベランダをあとにした。


 ついかまって欲しくて誘ったものの、レッスンがあるなら仕方ない。

 ロマンも今頃、同じように励んでいるから。

 本当に、この世界の人たちはみんな頑張り屋さんだ。……ちょっとでいいから、かまって欲しい。



 それから、断られたのは仕方ないことではあるけども。わずかばかり、気になっている。


「私……、何かしたかなあ……」


「あ? どうしたんだ」

「ううん。なんでもないよ」

 ディルクに何のことはなく返すも、私はほんの少し思うところがあった。


 私たちが庭で遊ぶ最中(さなか)に、リリーは庭を見渡せるベランダで本を楽しむのがいつもの光景。けれど、この間から気づけばベランダからもいなくなってる――という日々が続く。


 そんなことから、もしかするとリリーに避けられているのでは? と感じ始めていたのだ。


 今回も原因がわからないとはいえ、私は悪役令嬢なのでこれまた仕方ないかと思ってる。

 だから、とりあえずは気にしないで、今を楽しむことに切り替えた。



「――じゃあ、ディル。今日は何にしよっか?」

「ティナの好きなことでいいぜ。受けてたってやる」


 それから二人で、ひとまず今日の罰ゲームは何にするかを話しはじめる。


 実は、最初に遊んだ時から始まり……こうして、毎回罰ゲームを設定するのが基本となっていた。

 うん。きっと遊ぶ相手がドSだからだと思う。


 ――そして、先にお互いへの望みをあげて、勝った方の願いを叶えるのが私たちの罰ゲーム。


 その内容は、相手に変顔をさせるなどの可愛いものだけど。

 昨日ディルクが負けた時に、女の子言葉で一日を過ごしてもらったのはかなり楽しかった。


 ついでに私はといえば、スキップを何回も披露させられて、なぜかすんごく笑われてたりする。本当に失礼だよね。



 それはさておき、気を取り直して遊ぼうとする私だったが、青葉が反射する陽光にふと庭園へ顔を向けると――。

「あれ、リリー……?」


 視界に捉えた人物の名を何気なくこぼす。

 レッスンがあるはずのリリーは、自室に戻ったものと思っていた。

 なのに……たった今、帽子をかぶって園路を歩いてる。


「……ほんとだな。出かけるつもりか?」


 そして同じく眺めだしたディルクが言うように、たどり着いた正門から外へ出ようとするのがわかった。


 そんな姿を目にすれば、やっぱり一緒に遊びたくなかったんだろうかという思いが浮かぶ。


 私は幾分しぼむ気持ちのまま、どこに行くんだろうと考えた。――矢先に、ディルクが嫌な笑みを浮かべてこっちを見てくる。



「こっそり、ついて行って見るか?」

「! ……う、うんっ」

 すぐさま同意するも、思いがけない提案に瞬く。


 にやつく彼に――何だよ、もうっ! とむっすり拗ねる私は、てっきり『嫌われてんじゃねーか?』なんて言われるんだと思っていたから。



 不安が頭にあったせいで勝手な先読みをしてしまったけど、よく考えればわかる。彼は人を傷つけたりはしない。

 なおかつ意外と優しいから、気にする私のためにわざといたずらっぽく持ちかけてくれたんだと嬉しくもなる。



 そして自然と頬笑むのにあわせて、気持ちまでやわらいだ私は――さっそく探偵気分で、リリー尾行作戦を開始するのだった。

25 私は、街にでました(後編)に続きます。

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