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24 私は、再び勝負をしました(前編)

 薄い雲が、昇っていく太陽の光を邪魔するように空をふさいでる。


 私は雲透きにぼんやり照らされる庭を、ふて腐れながら眺めていた。



「つまんない……」


 朝食後の軽いレッスンを終えて、ロマンと遊ぶのを当然の楽しみにしていたけれど――。

 ……今、ここに彼はいない。


 今日は父に与えられた課題があるとかで、午前中は相手をしてもらえないのだ。

 自由気ままな私は、ヒルダに見つかったら怒られるだろうなあと思いつつも、テラスに腰掛けて足をばたつかせている。



「あーあ。せっかく満喫できる自由な時間があっても、楽しめなきゃ意味ないもん」


 言いながらうなだれる気持ちの赴きに任せて、だらんと体を仰向けに寝転がらせた。


 そうやってしばらく目を閉じた私は……、パッと瞼を開くと同時に勢いよく跳ね起きる。



「――そうだよ。楽しみは自分で作ればいいだけだよね!」



 あることに思いが巡ったことで素早く切り替えると、すぐに準備を始めるべく邸内へと急いだ。



***



 そうして私は今――、目の前に広がるたくさんの庭木や花々を見下ろしながら、わくわくと待ちわびている。


 それからまもなく登場する目当ての人物に、弾む心で声がけた。


「ディールークっ。あーそーぼ!」



 元気よくはっきり伝えれば、即行で振り向く彼はわずかに口を開けて見張った。


 ――そう。あの時に私が思い出していたのは、ディルクの「好きにしろ」だった。

 だから、すぐさまお出掛け仕様に着替えを済ませては、オベラート邸まで連れてきてもらったのだ。


 そして現在、気づいてくれた彼に向かって笑顔で手を振っている。すると目をスッと細めたディルクが、サロンから庭へと出てきてくれた。



「……あのな。その気の抜ける声かけはやめろ」

「えへへー」

「それと、お前は何でまた塀に座ってんだ?」


 言われた通りで、私は今日も塀の上から対面している。


「何って、リベンジ?」

「全然出来てねえだろーが」

 これまたその通り。やはり降りることは叶わず、彼の出現をひたすら待っていたのだ。


 けれども、私が素直に助けを求めないでいると、ディルクはそのままで続けた。



「――で? 昨日の今日で何しに来た」

「ディルクが好きにしろって言ったから、好きにして遊びに来たの」


 (たの)しげな私に反して、彼の態度が相変わらず素っ気ないので、ちゃんと言質をとってることを意気揚々と伝えてみる。


「おー、そうか。俺は、好きにしろと言ったけど、相手をするとは言ってねえよな」


「ええ?! せっかく来たのにっ」

 言われたら確かにそう。だけど、まさかの返答に私は瞬き、咄嗟に放っていた。


「頼んでねーし」

「やだー! そんなのずるいっ。ちゃんと一緒に遊んでよー、ディルクの加虐趣味ー」

「誰が加虐趣味だよ。そんなこと言われて余計相手にするか」



 頼んでないというさらなる身も蓋もない言葉に焦り、めげずに食い下がるも相手にされる気配はない。

「……ちょっぴりも遊んでくれないの? サロンにいたんだったら暇でしょ。それなら遊ぼうよーっ」

「どんな理屈だ。お前と遊ぶほど暇じゃねえから」


 そして懸命に誘う甲斐もなく――。


 目を伏せてひらひらと手で払うようにしては、すげなく立ち去ろうとする。



 私は、置いていかれる自分の身動きとれない状況よりも、本当に遊んでくれない様子にうちひしがれていた。

 ……それは、勝手に仲良くなれたと思ってたのかなあ? という寂しさばかりを湧かせたから。


 そうしてだんだんと悲しくなってくる気持ちは、私の涙腺ダム貯水率を押し上げる。


「…………っ」

 それでも何とか決壊させないように見開かせて黙りこみ、未練がましく彼の背中を目線で追った。




「――……あー、もう。冗談だよっ!」


「ディルク……?」

 視線を突き刺しまくってると、吐き捨てるように放つ直後に引き返し、そのまま早足で進み続けたと思ったら――。


「……ほら。今度はちゃんと手を出せよ」



 私の目線にある枝木まで登ってきたディルクが、フッと苦笑しながら手を差し出してくれた。


「うん……っ」

 ドSの中でも、やっぱりディルクは優しかったよ。


 笑ったせいで何滴かは漏れてしまったけど。彼が迎えに来てくれたおかげで――、私は何とかダムを守ることが出来た。



***



 やがて地面へ降り立ったが、私は塀から降ろしてもらう時に繋いだ手を離さずにいる。



「……いつまで繋いでんだ」

「ディルクが遊んでくれるまで」


「どこまでも真っ直ぐに我が儘だな」


 あきれて言われた正直な我が儘をつらぬきつつ、ディルクの内心を探るようにじーっと見つめた。


「お前が来たのは、別に……嫌じゃねえよ」



 本当は来ないほうが良かったのかなと考えるのがわかったらしく、背を向けながらもぼそっと告げてくれた言葉に気持ちはやわらぐ。


 勿論、嬉しくなる私が掴んだままだった手も、振り払われることはなかった――。



「それで。俺と何がしたいんだ?」

「遊びのこと? とくに考えてない」

「お前なあ。遊びたい遊びたいっていうからには、何か一つくらい具体的に用意してこいよ」


 ディルクと遊べることにほころんでいたら、なんと遊びの案を持ってこなかった現状にダメ出しされた。


 ……プランを考えてこいとか仕事か。



「えー。だって、ディルクに会いたくなって慌てて来たんだもん。考える時間なんかないよ。一緒に楽しく過ごせたらそれだけでい……いひゃいっ」


 思わぬ指導にぶうたれて、ただディルクと遊びたかった素直な行動を話してたら。なぜか途中でほっぺをつねられた。


 反射的に(いひゃ)いという言葉が出たけど、軽くだったから実際はそれほどではない。

 頬を掴む指もすぐに離してくれている、けれど。


「何でつねるのっ!」

「うるせーから黙らせたんだよ」


 ――まあ。なんて理不尽なんでしょう。


 突然仕掛けられた謎の行動に断然抗議をしたら、ぷいっと顔を背けながら言われた。



「ほんと、わかってねえとこがたち(わり)い……」


 盛大に眉をしかめるディルクが何やら呟いてたのは聞き取れず、「ひどい」「横暴」と文句を並べる私は、ドSの生態はやっぱり理解できないと思うのだった。



***



 ――それはさておき、私はさっきからずっと気になっていたことが一つある。



「ねえ、ディルク」

「なんだよ」


「私は『お前』じゃないよ?」

「は? でこっぱちが嫌だってゆうからやめてやったんだろ」


 それは当然のことだ。いつも全開におでこは出してるけど、私の主成分じゃないし、ゲームにも勝っているから。



「……そうじゃなくて、一回も名前を呼んでもらってないの!」



 そうなのだ。実はつい今しがた気づく、初対面から一度も彼に名前で呼ばれてないことを指摘した。



「別にお前でいいじゃねーか。まったく、我が儘なやつだな」

「どこが?! ちゃんとティアナっていう名前があるもんっ。知ってるくせにお前って……なんか物扱いみたい」


 ディルクに言われるとなおさらそんな気になってしまう。その感じたままを伝えれば……途端に彼は、ニヤっと笑った。


 うん。何やら私は、彼のドSスイッチを押してしまったらしい。



「わかってんじゃねえかよ。お前は俺の私物だからな」

「はい……?」

 意味がわからず聞き返すと、ディルクはニヒルな笑顔で続ける。


「遅かれ早かれ、どうせ俺の物になるじゃねーか」

「何でよ」



「――俺と、婚約するからに決まってんだろ」



 ………………。


 ……わあ、空が青ーい。

 いつの間にか、雲も晴れたね。



「おい。何してんだ? もう、昨日してやった約束を忘れたのかよ」


 思わず逃避的に空を見上げていた。


 ――ああ、そのことね……って、それこそ頼んでないし。いつ約束になったんだよ。

 話の展開についていけなかった私は、絶対悪くない。



「うん。婚約したらそう、……なわけないよね? いや、百歩譲ってディルクとする場合でも、私は私の物だよっ」

「お前は俺の物だ」


 とりあえず主張したが、きっぱり断言される。

 何という亭主関白。勝手に決めてる婚約の話もさることながら……。

 なんだよ、その某漫画で破滅的歌声を(とどろ)かせてる彼のような思考は!


 昨日の罰ゲームで言うこと聞かせたことをまだ根に持ってる、というよりは多分。

 ドSな彼は、よほど私を従えたかったんだと考えた。



「ディルクが負けるからじゃない。ちゃんと勝てば、私を奴隷に出来たんだからね」


「……奴隷? 何の話だ」

「昨日のゲームだよ」


 ディルクの反応に違ったのかな? と思いつつも答えれば、「あのことか」と呟いて考えるようにする。



「――よし。今日の遊びで、もう一回勝負するか」


 そしてわずかに間を置いて提案するディルクは、随分と楽しそうだった。


「遊びで勝負?」

 けれど私は申し出の意図を汲めず、繰り返して首をかしげる。


「そう。お前の呼び方をかけた勝負つきで遊ぶんだ」



 それは、遊びに勝てば名前呼びとなり、負ければお前のままなのだろうと推察した。


「うんっ、勝負する!」

 勝てなくても受け入れられそうな内容だったことから、彼の楽しげな様子も純粋に遊びへ向けられるものと捉えて話にのった。



「勝ったら――、名前で呼んでくれるんだよね?」


 だけど念のため、内容に間違いがないかはやんわり確認した。


「負けたらお前のままだけどな」

「わかってるよ」

「その時は、お前は俺のものってことで」

「望むところっ! ……ん?」


 あれ……? そうだっけ、と考える。


 確かにお前は物っぽくて、ディルクがそう呼ぶのは私物を表すものだとわかった。


 だから、お前呼びを受け入れるというのは……、ディルクの物に確定なことも含むのかあ――って、いやいや、またしても絶対おかしいから!



「決まりだな」

「なっ、ちょっと待って! 何か間違ってない?」

「何も間違えてないし、今さら(おせ)え。負けたらおとなしく婚約してろ」


 そうか――。ディルクがずっと掲げてた婚約の話は、婚約という名の専属奴隷契約を結ぶという意味だったんだね。


 私はようやく理解に達した。

 さすがドS、考えることが違う。……なんて感心してる場合じゃない。


 貴重な五年を彼の下僕で過ごすだけとか、なおさら嫌に決まってる。

 しくじった。呼び方をかける勝負に、こんな危険がはらまれてるとは気づかなかったよ。



 やっと彼の楽しそうだった理由も判明する上に、しれっと答えた言葉で、もう待ったはきかず後にも引けないのだとわかる。



 くそう、(はか)られた。これは何としてでも勝たねば――!



***



 ――かくして私たちは今、何の遊びで勝負するかを思案中。


 とにかく勝ちにいきたい私は、何か良い遊びを自ら出そうと必死で考えてる。



 ひとまず追いかけっこなどの運動系については、鼻から勝てないとわかりきるため除外。かといって編み物などの女子力高めなものにも、私は縁を紡いだことがない。


 その中で、唯一自信が持てる料理対決を頭に浮かべてはみたけど――。

 (かす)かな記憶にある彼の設定だけではディルクの実力も測れず。

 これまた切り出すまでに至らなかった。



「なあ、風の車で競争っていうのはどうだ?」


 さてどうしようと悩んでいれば、ディルクから知らないゲームを提示されて瞬く。


 初めて聞く遊びに、「風の車ってなに?」と問えば、彼はその内容を教えてくれた。



 ――それは、風で動く車をそれぞれの持ち駒にして、どちらが先にゴールへ着くかを競うというもの。


 遊び方は、まず広場の中心にゴールを設置すると、そこから直線上――均等な距離の左右にスタート地点をつくる。

 そして、各自スタートの場所を決めたら、開始の合図で左右から互いの駒である車を走らせて、相手より先に到達を目指すのだ。


 風で走る車なので、自然に発生する風力を利用するのは勿論のこと。

 より早くゴールに向かわせるためには、手や紙であおぐことで人工的に動力を発生させても良いらしい。


 何にしろ使うのが風であれば、いち早くゴールさせたほうが勝ちとする内容だった。



「……面白そう」

「なら、このゲームでいいか」

「うんっ」


 一瞬、勝負なのを忘れるように興味が湧いていた。


 でもゲームに使う二台の車はどこにあるのかと思ったら、ディルクが今から作ると言う。



「簡単に作れるから、ちょっと待ってろ」


 そう放つとすぐさま材料を取りに行った彼は、一冊の厚い本とワインのコルクなどを手にして戻ってきた。


 私がそれらをどうするんだろう? と見つめていれば、さっそく作成に取りかかるディルクは「もう処分するやつだから」と手始めに本を分解し始めた。


 まもなくその作業を終えると、今度は土台になる二つの表紙へと中の紙部分を帆のように粘着材で固定してゆく。

 次いで、コルクと竹ぐしみたいな細い木を繋げて車輪を作っていった。


 ――そんなふうに、手際よく工作する様子を器用だなあと眺めるわずかなうちにも、二つの風の車は完成を遂げた。



「すごーい。ほんとにすぐ出来たね」

「だろ。で、どっちがいい? 誤魔化しがないよう、お前が好きなほうを選べ」


 ディルクに言われたけど、どちらも同素材からまったく同じかたちに作られて、細工などないのは見ていたからわかる。

 それ以前に彼がそんなことをするとは思ってない。


 だから、私はとくに何も疑わず、適当に片方を受け取った。


 それから、スタートの場所も私に選択権を与えられたので……。

 これはちょっとだけ考えてから、定めたゴールの右側で東にあたるところをスタート地点にした。



 ――さあ、いよいよ勝負の始まりだ!

24 私は、再び勝負をしました(後編)に続きます。

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