23 【小話】俺と未来の星 byディルク
透きとおる晴夜の空は――、無数の花が咲くようだった。
満天に散りばめられた星はきらきらと輝きを放つけれど、その光は辺りを優しく包み込んでいた。
「ね? 綺麗でしょ。花だって見上げるように咲くんだもん。この星に気づかないなんて勿体ないよ」
――嬉しそうに言いながら手を離される。
掴まれる手から解放された俺は、無理やり顔を上げられたその姿勢のまま、動けずにいた――。
***
あの日からずっと……眩しすぎる陽光に顔を背け、暗闇の中をさまよった。
道先を閉ざす闇は明けない夜のようで、この常夜に差し込む光はない――と目を伏せていたのだ。
輝く光の中で、何の憂いなく笑う人々と交わる気は毛頭なかった。
自分にも、変わらない光が降りそそがれることも気づかずに、「――俺はみんなとは違うんだ」と思い込んでいたから。
そうして俯く俺の足元には、常に夜陰のような黒い影だけが伸びた。
今も下を向いたままでいれば、いつもと同じ光のない夜のはずだった。けれど、俺の視界に映っているのは、――輝くばかりの一面の星空。
素直に『綺麗だ……』と思った。
そして優しい光を届ける星たちから目を離すことが出来なかった。
「私ね……、この手に掴めるものは取りこぼさないって決めたの。だからディルクには一緒に生きてもらわないと困るし、消えるのも全力で邪魔するからね! もうー、私に会ったのが運の尽きと諦めて、前に向かって生きるしかないよ」
背中に乗っかるそいつが「にしし」と相変わらずに笑った気配がした。
……そうして、夜空を見上げて立ちつくす俺から降りてゆく。
宣言通り逃さない――というように、俺の服の端をぎゅっと握り締めたそいつもまた、星を見ているのがわかる。
「どんなに願っても過去は変わってくれないし、どうしようもないくらいやり直すことは出来ない……けど、過去の出来事は変わらなくても、思いなら変えていけるよ。今やれる、ここからどう生きていくかで変えられるもん」
俺は自分の感情だけに目を向けて、――相手が何を考えたかという心情になど、思い巡らせはしなかった。
だからこそ伝えられた言葉と、わずかに変動する心を見つめて思う。
悲しいだけの出来事も、俺が自責をやめて踏み出すなら……。
残してくれたその愛情を感じとることによって、また違う意味にも変えてゆくことができるのだろうか――? と。
「………………」
すぐに、何かを発することは出来なかった。
知らないうちに俺の心は随分とささくれだっていたようで、ぴりぴりと染みこむ光が目頭を熱くさせる。
それでも輝く星は、癒すようにひりついた心を優しく包みこんだ。
いまだ俺を掴んで離さないそいつも、黙って隣に立ち続けている。
一人になりたいけど一人になりたくない。
そうした身勝手な心をわかっているのか……。
何も言わず、誰のためでもなく、自分がそうしたいからだという体で側にいた。
――ただ、俺と同じに空を見上げるだけなんだとするように。
そんなこいつは、本当に偉そうで、当たり前のことをひどく当たり前に言うやつだった。
でも、その当たり前は俺が思い至ることがなかったものだ。
そして我が儘に、俺の気持ちはわからないと言いきりながらも。眩しいくらい真っ直ぐ……一緒に生きようと言う。
ずっと必死に手を差し伸べ続けては、閉じこもる俺を引っ張り出そうしていた。
いつの間にか俺は、……その手を掴もうとしていたのかも知れない。そう、気づくからこそ――。
「……本当に大切だった。本当に、大好きだったんだ。もっと、たくさん伝えておけば良かった」
――そうは簡単に、ひねくれた心を変えられない可能性もある。
だけどその愛情と願いを、ちゃんと受け止めたいとも思い始めていた。
「じゃあ、これから伝えていこうよ。ディルクが幸せに生きれば、それが本当に大好きの証拠になる」
「幸せに、生きることが、大好きだった証拠……」
俺は思わず振り向いて、なぞるように紡いだ。
愛おしげに空を見つめていたそいつは、瞬かせる俺に向かって――にこっと笑った。
それから、星の光を受けて潤ませる目をきらめかせながら放たれた。
「それに、気づかなかった? 自分が愛されていたこと。気づいてたなら――、きっと同じように伝わってたと思う」
「――――っ……」
…………ああ……そうなんだ……。
ゆっくりと、心に思いが広がる。
両親からたくさんの愛情を受けていたとわかる、俺の気持ちもまた――。
……溢れてゆく感情がこぼれ落ちそうになった。
けれど、今度はうつむくことなく、自ら空を見上げる。
残された俺に、失くした人の本当の気持ちはわからない。そのことはいくら考えても答えが出せないけど、すぐに自分で出せる答えがあった。
それは、――今ここから生きるという選択肢。
目にする夜空の月明りに混じって、変わらず星はきらきらと光を降りそそぐ。
俺は少しだけ、心が強くなるのを感じた――。
……それから何気なく、同じ場所に立つそいつをちらりと見やる。
どれだけ拒絶しようとも諦めず、自分の気持ちのままに行動する姿は、高飛車で我が儘な令嬢そのものだった。
おまけにわからない気持ちは真っ直ぐに隠すことなく、明け透けに表す感情も素直すぎてただの阿呆だ。
けれども、そんなこいつの差し伸べる手は……。
逃れることはないと思っていた闇から、俺を――光差す場所へと導かせた。
「たいした女……」
……聞こえないくらいに、そっと呟く。
それから、いまだ俺を掴んでいる手を握った。
『この、小さな手が連れ出してくれたんだな――』
そう思いながら、一緒に見る星空と……ティアナの側は、とても温かい。
そして、俺のぼやけた視界に散らばる星たちは、なお一層きらきらと光を輝かせて映るのだった。
23 私は、虹を見ました に続きます。




