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17 私は、魔王に出会いました(後編)

17 私は、魔王に出会いました(前編)の続きです。

 眺める空には相変わらず明るい雲がいくつも浮かんで、庭を流れるほんのり暖かな風が気持ちいい。



 食事を終えて、お腹も心も満たされる私は、まだテラスでぼーっと座っている。


 今日はロマンが午後もレッスンをすると早々に退席したので、遊ぶ相手がいないのだ。


 当然、ラウレンツは遊んでくれないだろうしね。



「――あ。良かったら、一緒に庭園の散歩でもする? 食後の運動をかねて」

 これなら危険もないしいいかなと思い、隣のラウレンツに提案してみた。


 すると彼が、じーっと無言で見つめてくるから不思議に頭を傾けて気づく。


「いや、今日は落し穴なんて作ってないからね!」

「わかってますよ。冗談です」


 いぶかしげな態度から一転。ラウレンツはすごく綺麗に笑いながら言った。



 それを見て、本当に綺麗な笑顔だなあ――と私は思う。


 こうしていつも微笑みをたたえるラウレンツは、時折すんごい綺麗な笑顔を見せる。

 普段の綺麗な笑顔や、それがどんどん深まる笑顔など色々種類がある中で、作り笑顔かどうかも大抵はわかるようになった。


 ただ、すんごい綺麗な笑顔のみ、さすがに底が見えない腹黒笑顔と私は呼んでいたのだが……。

 どうやらそれは違うらしい。



 ラウレンツの執事エトガーさん(いわ)く、あれは笑いをこらえるために貼り付けられた極上の笑顔で、本心から笑わずにはいられない時に作られるものなのだそう。

 エトガーさん自身も今までは見たことがなかったから、最近になって知ったらしい。


 わかりにくいったらないよね。

 ――王子は慣れていないのです、とも言われたけど、楽しかったら我慢せず声を出して笑えばいいのにな。王族って大変だね。



 それにしても、今まで爆笑するほどの楽しいことがなかったにせよ、近頃はこらえるくらい何がそんなに楽しいのだろうか。

 是非、私も混ぜて欲しいと思った。



「ねえねえ。ラウレンツは最近楽しいの?」

「……そうですね。楽しい、かも知れません」


 歯切れ悪くいうラウレンツは楽しみを一人占めしたいとみた。だとすれば、余計にその内容が知りたくなる。


「何が楽しいの? 教えて!」

「秘密です」


 そう言って、またすんごい綺麗な笑顔を見せる王子様は意外とケチだった。


 ……仕方ない。利害優先の策士が簡単に話すとも思えないので無駄な労力は使わないことにした。



 そうしてふと思う――。前世(いぜん)の私は人前では泣かず、怒らず、すべてを抑え込み我慢するのが当たり前だった。

 だけど悪役令嬢だとわかったここでは、思いっきり笑って、泣いて、怒ってる。


 それは、どうせ五年で終わるなら誰にどう思われようが関係ないと自分をごまかさなくなった結果。


 私の心がこんなに感情豊かだったとは思ってもみなかったけど……今は笑うのも怒るのも、泣くことさえも、全部がすごく楽しい。


 ――おまけに、気持ちを正直に表すほうが楽で、気持ちいいということもわかっていたから。



「楽しかったら、もっと笑えばいいのに」


 気づけば口をついていた。

 ラウレンツも少しくらい楽になれたらいいのにと思ったのだ。


「もっと、とは?」

「声を出して笑うとか」

「それは、嫌です」


 ラウレンツに尋ねられて、ごく普通の返事をしたつもりだったけど、あっさり拒否されてしまった。


 まさか、王族は声を上げて笑っちゃダメ、なんて決まりまであるのかとも考える。

 だけど隠されると……ちょっぴり見たくなるよね。


「にらめっこしようか!」

「声を出して笑いませんよ?」


 ――残念、バレたか。いやバレバレか。

 見たいなら笑わせようと出した提案は役に立たなかった。


 そうすると、微笑むラウレンツはちょっと困ったように眉を下げる。


「……ティアナには、見せたくないんです」


 そんな様子で言われて、ちらりと目線を動かせば、ラウレンツの側に立つエトガーさんが何とも言えない苦笑いをしていた。……なんだこれは。


 また開けてはいけないパンドラの箱パターンなのかと一瞬よぎる。

 でも、笑顔に秘密なんてないよね? とその考えはすぐに排除した。



 それよりも、どうして『私には』見せられないんだと引っかかる。笑い声を聞かせないとか、どんなケチンボだよ!


 そう思った私は、高飛車、我が儘な悪役令嬢のままに見せてとせがんだけど。


「私は……ティアナに怖がられたくないのですよ」

「はい?」


 苦笑しながら言われた、その言葉の意味がわからない。笑うと怖がらせるは全く繋がらないと思う。


 確かに、ラウレンツのすんごい綺麗な笑顔を、腹黒だ、恐怖だと言ってたけど。

 本人が怖がられたくないというほどの表情や声を、私は想像することができなかった。


 ……だけど、当のラウレンツはそれきり口をつぐんでしまってる。



「せっかくいい日和なんだし、一緒に散歩しよ」


 ともかく私はこの場をなごませて、ラウレンツが笑いやすい環境を作ろうと考えた。

 そして、さっき誘った散歩をはじめることにするのだった――。



***



 ほどなく目に映るのは、やわらかい陽に包まれた庭園の緑。それから何種類ものたくさんの色で楽しませる花に、心はやわらいでゆく。


 ラウレンツも落ち着いた笑顔で、楽しげな表情を見せている。



「笑顔って素敵だよ。相手にも伝染するもん。笑って怖いとかないでしょ」


 今ならいいかなーと思い伝えてみた。

 まあ、腹黒笑顔と言ってた顔はあるけど、そこはサラッと流そう。

 笑い声に恐怖とかないはずだから。


「本当にそう思いますか?」

「うん。思ってることしか言わない」


 ラウレンツを落し穴にはめた時も嘘はついてないし、私は自信を持って伝えた。


 そうしたら彼がわずかに頬を緩めてくれたので、懸念は払拭できたかと私もつられて笑顔になる。



 王子様は小さいことに悩みすぎだよ。うん、良かった。

 ……――やっと見れるね!



「ですが、急に笑えと言われても。いきなりは……」


 目線を下げ、顎に手をあてて考えるようにしたラウレンツが言いかけるけど、それも折り込み済の私は準備万端に彼の前へと顔を出した。


 ――瞬間、少し見開いた目で凝視される。

 そして(かす)かに口を開いたままの姿で彼は制止した。



 実はその時ラウレンツに、私はいわゆる変顔を披露していたのだ。


 両手で頬を左右いっぱいに引っ張り、小指で小鼻も広げる。

 のっぺり顔に糸目と広がる鼻、口裂け女もびっくりな三日月口の笑顔を作っていた。


 けれども――、なぜか笑うどころか流れるしばしの沈黙にいたたまれない気持ちになってくる。


 ……不意をついたから笑えるはずなのに、おかしいな?



 そう思って見ていると、次の瞬間すっと俯いたラウレンツは、額に手をやる下で苦しそうに眉間に皺を寄せ始めた。


 なんでだよ。ひょっとして、やりすぎで私の顔が怖すぎたのかとだんだん不安になってくる。



 それにしても……常時、笑顔のラウレンツが顔をしかめるなんて初めてのことだ。

 今度は少し彼の様子が心配になり、伏せて隠す表情を伺おうとした、その時。


「……クックック……」



 今、何か変な音が聞こえた。


 なんて言ったらいいんだろうか。

 こう、地を這うように響く低い……呻き、声?


 そうして私が怪訝に思うと同時、ラウレンツは――バッと顔を上げた。

「フハハハハッ!」

「っ!?」



 思わず、びくっと大きく肩を揺らし私は固まる。


 えーと、何これ。

 ……ラウレンツが、笑ってる――……え?


 もしかして、いま笑ってるの?!



 今度は私が目を見開く番だ。ちなみに渾身の変顔は、びっくりすると同時に解除済。


 そして驚愕しながらもラウレンツの多分、笑顔を注視する。というか、固まっていた私は目を離すことができません。

 そう思っていれば更に――。


「フッ、――クハハハッ!」



 ……超コワイんですけど?!

 何、そのラスボス顔っ!



 恐怖の笑い声は存在しました。世の中にはまだまだ私の知らないことがいっぱいですね。


 続けて笑い声を洩らす彼の眉はしかめられ、薄く開かれた瞼から覗く紅い瞳はもう迫力満点。

 笑顔で人を絶望させることが出来そうです。



「――ぷふっ」

 王子様どころか、まるで魔王様君臨の様子に思わず吹いた。


「クッ。笑顔を笑われるとは、どうなんでしょうね?」

「あははっ、いいことだって。ラウレンツの笑顔と笑い声、最高!」



 悪役令嬢と魔王とか、もう同志。親近感しか感じないよね。

 私は笑いながらラウレンツの肩を叩いていた。


「何だか――、失礼なことを考えてるでしょう? クックッ」

「あははははっ」



 話しながらも笑いを止めないラウレンツがツボに入り、私は涙が出るほど笑った。


 それを見て高らかに笑う彼の、そのまま世界を征服しそうな勢いは尚更に――私の笑いを増幅させてゆくのだった。



***



 ひとしきり笑い終えて満足した私は、庭園の芝生に腰を降ろした。


 めずらしくラウレンツもその横に座る。



「あー、楽しかった。ね? 思いっきり笑うのはいいでしょ」

「そうですね。何だかスッキリしました」


 またいつもの笑顔を作るけど、それは今までとは違った穏やかさを感じた。


「ですけど……ティアナの前だけにします」

「私の?」



 今度は何で私の前だけなんだろう?


 不思議に思いつつラウレンツの目線の先を見てみれば――遠巻きに立つ(やしき)の者たちが、青ざめた顔で固まっていた。


 ……あ。確かにと気づいた私の隣で、ラウレンツは傷ついたふうではなく、クスクスと笑いを洩らしている。



「ティアナが喜んでくれたから、それでいいです」


 そう言って満面に浮かべる笑顔は、相変わらず、すんごい綺麗だった。



 うん。声を上げて笑うことを、こらえるのは仕方がないと理解する。

 でもまた見せてね、私はそう思いながら笑顔を返した。



***



 いやあ、それにしても今日は本当に楽しかった。

 ラウレンツがまさかの魔王様だったとは。



 魔物なんか怖くなくて当然だよね、コタと仲良くなるのも納得だよ。


 私は昼間のラウレンツの笑顔を思い出す。

「……ふふっ」


 やっぱり笑える。


 そういえば、ラウレンツが帰る前に「少しの間、レハール邸には来れなくなります」って言ってたけど、大丈夫。

 しばらくは思い出すだけで楽しめそうだ。



 うん。馬鹿にしてるんじゃなくて、本当にとても楽しかった。


 綺麗な笑顔のラウレンツは王子様として素敵だろうけど、私は魔王の高笑いをするラウレンツのほうが好きだなと思った。



 そうして、やっぱり笑顔は伝染するなあと笑いながら、私は良いものが見れたと今日も幸せに一日を終えるのだった――。



***



 ――それは、ラウレンツが心と同じく晴れやかな表情でレハール邸を去る間際のこと。



「おそらく、お嬢様が何か仕出かしたとは思いますが、私にとっては大切な方なのです……っ」

 そこには顔をこわばらせながらも、必死にティアナを守るべく立ち向かうヒルダの姿があった。


 彼女のそんな様子を目にして、ティアナは愛されていますね――と心をなごませるかに彼は微笑む。


 同時に、安心させるようないつもと変わらない綺麗な笑顔をつくりだすラウレンツは、


「……やはり、声を出して笑うのは慎もう」


 と改めて思ったに違いない。

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