16 私は、たくらみました
快晴の空の下、私は生け垣の根本にある草むらと戯れている。
――ちなみに今日は草掃除ではない。
シロツメクサがたくさん咲くから、ロマンと花冠を作って遊んでるのだ。
最近、日中の陽射しが暑くなってきたから、生け垣で日陰になるここはもっぱらの遊び場となっていた。
それはそうと、婚約者騒動以来――。ラウレンツは時々……というか、ほぼ毎日なくらい頻繁に私の邸へ来てる。
王子様って案外、暇なのかな?
この間、王宮へ服を届けに行った時は忙しそうにしてたと思ったのだけど。
まあ、王子とはいえまだ子供だから、大人なみに仕事をするわけではないのかもしれないね。
ついでにラウレンツの訪問自体は、これといった害もないから気にしなくなった。彼が邸にいることにもだんだん馴れてきてる。
そして、レハール邸でラウレンツがいつも何をしてるかと言うと、テラスで紅茶を飲みながら私とロマンが遊ぶのをただ眺めてるだけ。
一緒に遊ばないかと誘ってみたこともあるけど、「見ているのでいいです」と断られた。
なんだろう。やっぱり王族は怪我しちゃダメとか規制があるのかな? 何しろ初日に私が打撲させてるしね!
見てるだけで何が楽しいのかなあとは思うけど、本人がそれでいいならとこれも気にしないことにした。
けれども、ずっと一人じゃつまらないだろうからということで、遊びの合間に挟むティータイムは一緒に過ごすようなった。
実は……最近その時間が私は楽しみだったりする。
まず一つに、ラウレンツが持ってきてくれる美味しいお菓子を食べるのが嬉しい。
でもお菓子よりも私をご機嫌にさせるもの――。
それは、彼が語ってくれる『お話』だ。
元々博識で、なおかつ王子という立場から各地を視察するラウレンツは、色んなことをとてもよく知っている。
そのすべてが知識にないことばかりで私の心を躍らせた。
この世界の狭い範囲で過ごす私が、彼の見てきた色々な景色や出来事の話を聞くことは小説を読むより面白かったのだ。
――そうやって日々、共に過ごす時間を重ねて、彼とも打ち解けてはいるのだけど……。婚約者候補に関してはまた別の話。
今も外してもらうことしか考えてない。
相変わらず綺麗な笑顔の腹黒王子が何を考えてるかも、いまだによくわからなかった。
それでも来訪時にいつも手土産を持参してくれる気遣いとか、私がねだるままに話をしてくれるところから、ラウレンツはその笑顔通りに心根は優しいんだろうなあとは感じてる。
……なんて思い起こすラウレンツを、今日はまだ見かけていない――だけでなく。
よく考えてみれば、おとついから会ってないかもと今さら気づいた。
ここ数日、他のことに夢中だったから、ちょっぴり存在を忘れてたよ。
そんなことを考える中、シロツメクサをくわえてゆっくり飛びながら近づいてくる子がいた。
「ありがとうー。花冠つくるのを手伝ってくれるんだね」
言いながら私はその花を受け取った。するとその子は、目を細めて「ぷうぷう」と嬉しそうに鳴く。
そうです。
この可愛い存在は……新しく家族になったうさぎ魔物のコタくんです!
コタはあれからみるみる回復して、いつも私たちの周りを浮かんで飛ぶくらい元気になってる。
今は邸で共に暮らすコタは、悪さをするどころかとてもおとなしかった。
「コタは本当に姉様のことが好きですね」
「えへへー」
言われたようにとても好意的だったコタ。
勿論、父やロマンにも懐いたけど、やはり私が助けたからなのか、より懐いて片時も離れない。
どこへ行くにもふよふよとついてくる様はすごく愛らしかった。
「いい子で安心しました。まだ三日目ですがヒルダたちにも気づかれる様子はなくて良かったです」
「うん、お父様のおかげだね。昨日は一瞬びっくりさせられたけど、やっぱりいい子で本当に良かったよ」
ロマンと話す通り、幸いにもコタは家族以外に見つかっていない。
父が着けてくれたチョーカーのおかげと、コタ自身が人見知りですぐに隠れてしまうためでもある。
そのコタに驚いたのは、昨日の夜、父の指へかぷっと噛みついてしまったから。噛むと言っても家族に対するためか、甘噛みのように手加減はされてたけれども。
……とはいえ。邸へ来てはじめての攻撃に、やっぱり一緒にいられないかと瞬間は落ち込んだ。
それもほどなく行動の理由がわかり事なきを得てる。
どうやら、父にお説教される私をいじめられてると思って守ろうとしたらしい。
このことで、彼は『私をいじめるもの=敵』と認識するのだと知った。
そして今朝は、私の苦手な人参にも果敢にかじりついていく姿が可愛すぎて、みんなでこっそり笑っていたりもした。
父は、「まるで小さな騎士だね」なんて言っていたなと思い出して私は微笑む――。
「……そうだ」
ここで、ふっと頭にある考えがよぎり、ぽろりと呟く。
「姉様、どうかしましたか?」
何も気にすることなくふわりと問うロマンの傍らで、ふつふつと喜びを湧かせる私は、その心のままに口角を上げていった。
「ふふふー。あのね、ロマ」
頭に浮かんだ一つのたくらみ。
これは使えると思うほどに、ふくらむ期待が私の笑みを深めてゆく。
「私……いいこと思いついちゃった」
いかにもニヤリといういやらしさ満載に仕上げた笑顔でロマンに告げる。
そして私は、ひらめいた企てをつつがなく行うため、すぐさま準備に取り掛かるのだった。
***
その翌日。怠りなく仕込みを済ませた私は、庭で一人そわそわしている。
抜けるような青空と、溢れんばかりの希望がなおさら私に笑顔をもたらした。
無意識に弧を描きそうになる口許を抑えながら、昨日まですっかり忘れていたその人の来訪を心待ちにしていれば、ヒルダが嬉しそうに伝えにくる。
「――お嬢様、ラウレンツ王子がいらっしゃいましたよ」
来たあーっ!
私が待ちわびた人はそう、アンテウォルタの第二王子ラウレンツ――だ。
頻度がほぼ毎日だったから、今日はそろそろ来ると思ってたんだよね。
そうして、いつものように庭へ案内されるだろうラウレンツをテラスで待った。
遠くからでもわかるきらきらのエフェクトが王子様の登場が近いと知らせる――。刹那に彼は現れた。
「お久し振りです、ティアナ。いつもより――一層機嫌が麗しくて何よりです」
相変わらず綺麗な笑顔で彼が言うように、私は上機嫌だった。
「うん! いらっしゃい、ラウレンツ。来るのを待ってたよ」
まるで来てくれたから機嫌が良いように言ってしまったけど、あながち嘘ではない。
出迎えるラウレンツに笑顔をにこにこと向けていれば、歩いてくる彼の気配が一瞬変わった。――……気づいたか。
今、私の横にはコタがいる。
ラウレンツも魔力がある一人。コタがいることはすぐにわかるだろう。
いや。わかってもらわなくては意味がない。
そして彼は、私の手前で少しの距離をとり、すっと足を止めた。
「……初めてお会いする方がいるようですね。しかもとてもめずらしい」
「紹介するね。新しい家族のコタだよ」
あっけらかんと伝える私は、彼にコタを早く会わせたいと思っていた。
これこそが、私のたくらみ――。
決して嫌がらせやいじわるをしたいのではない。ただ、魔物を家族にするような令嬢を見れば、さすがの彼も私を婚約者から外したくなるはず! と思ったのだ。
おまけにコタは、私に仇なすものに攻撃をする心強い味方。
何かのきっかけでラウレンツをちょこっと怖がらせたりしようものなら、もう候補から外れること間違いなし!
「可愛いでしょ? でもそれだけじゃなくて、私のことを守ってくれるの。すごいよね!」
ラウレンツにコタを引き合わせた私は、にまにまが止まらなかった。
コタと家族になれただけでなく、候補からの脱却まで叶うなんて、まさしく一石二鳥とはこのことだよ。
でも、攻撃はあくまでほんの少し、もしくはフリでいいんだ。
彼が嫌いなわけではないから、本気で何かしたいとは思ってない。婚約者候補でなくなりさえすればいいのだから。
そして、そうなると私は確信してる。
「ティアナを守ってくれるのですね。それは頼もしいかぎりです。……男の子ですか?」
「うん。私の騎士なの」
答える私の隣に浮かぶコタは、さっきからずっとピリピリの気を纏っていた。
それもそのはず。実は今日までの間に、『ラウレンツは私を邸からさらおうとしてる』と教え込んでいたのだ。
企てを思いついてから始めた仕込みこそがこれだった。
うん。嘘じゃないもん。ちょこっと色々はしょってるだけだよ。
「素敵ですね……。是非、ティータイムで詳しい話を聞かせてください」
私がそんな謀りごとを巡らせる中、ラウレンツはずっと綺麗な笑顔のままで会話している。
正真正銘、魔物であるコタを目のあたりにしても、顔色一つ変えないのはさすがだと思う。
そして彼はいつも通りティーセットが用意されたテーブルへ向かうため、何事もないように私の手を取ろうと近づいてきた。
……って、あれ? これで終わったら意味がないんだけど!
と、その時――。
二人の間に、さっと何かが割って入る。
「あ、コタ」
私の気持ちを汲み取るように、コタがラウレンツの前へと立ちはだかっていた。
さすがはコタ、私の騎士だね! その狙い通りの展開に、私は心で大喝采した。
だけどラウレンツは突然行く手を阻まれたにも関わらず、笑顔を崩さないで半歩右に動く。勿論、コタも負けずに、すぐさまその前へと移動した。
ラウレンツがさらに一歩、反対の左側へと体を動かせば、またその前に、まるで私には近づかせないとでもいうように行く手を遮る。その行動は、まさしく騎士そのものだった。
もう、なんてイイコなんでしょう――。可愛くって仕方がない!
私は内心で悶えつつも、見事候補からの開放を願ってコタを応援した。
それから、この間にますます笑顔を深めるラウレンツは、一定の攻防を試みたあとぴたりと止まり、コタに片手を差し出す。
「大変失礼致しました。ご挨拶がまだでしたね、コタくん。私はこの国の第二王子であり、婚約者のティアナをいずれ妻に迎えるラウレンツ・カイザーリングと申します。どうぞよろしくお願いします」
さらっと告げる、いつの間にか進化した聞捨てならないセリフに私が口を挟むより早く――シャッとコタが勢いよく前足で宙を切った。
それは引っ掻きこそしなかったが、ラウレンツのよろしくという言葉だけでなく、婚約者その他諸々の発言もばっさり否定してくれたようで。
私は「偉いよ、コタ!」と心の中で絶賛褒めた。
「……ティアナ。今日は一段と笑顔ですね。随分と嬉しそうです」
喜びがドヤ顔的に表れてしまっていたのか、すんごい綺麗な笑顔を向けられたけど気にしないよ。
私は何もしてないし、コタが守ってくれてるだけだし……全然悪くないもん。
それより、どうだ。私はこんなに狂暴(ほんとは違うけど)な魔物を家族にしちゃう令嬢なの。
王族には到底相応しくなくて呆れたはずだ。
――いいんだよ、ラウレンツ。さあ、その心のまま婚約の話はなかったことにしようか!
胸の内で語りかけながら、満面の笑みで今か今かと待ち望むも……私をじらすように、ラウレンツはなぜかごそごそとし始めた。
「こんなところですみません。本日ご用意したプロフィトロールです。お近づきのしるしに是非お一ついかがですか?」
次いで、浮かんでいるコタへとラウレンツは持参したお菓子を掲げて言った。
リボンが解かれて開いた箱の中からは、香ばしい匂いとやわらかな甘いバニラの香りがふんわり広がっていく――。
プロフィトロールのさっくりとした外皮の食感。
そして口に含んだ瞬間に中のクリームがとろけるだろう美味しさがたやすく想像できるほどに魅惑的な香りは――少し離れる私にも届いた。
……ずるいっ。物で釣ろうとするラウレンツはやっぱり腹黒策士だよ!
そうやって目の前に差し出された魅惑のお菓子を、コタはじーっと眺めている……のだが、コタは食べ物で簡単に手なずいたりはしない。
姿はうさぎでも、どちらかと言うと花などを行き交う蝶のように過ごすコタは、食にはそれほど興味がないのだ。
残念だったね、ラウレンツ――…………。
「気に入っていただけたようで良かったです」
手なずけたあ――――っ!
ラウレンツの肩には、もふもふと夢中でプロフィトロールにかじりついてるコタがいました。
「まだまだありますからね」
その言葉に、プロフィトロールをしっかり前足で持ちながら、ラウレンツの頬にすりすりと顔を寄せています。
当のラウレンツはくすぐったそうにしながらも、先程までは私の騎士で、今は裏切り者のコタの頭を指で優しく撫でています。
「ティアナ、今日はとてもいい日ですね。あなたの新しい家族とこれほど仲良くなることができて本当に嬉しいです。――これで、『公認』ですね?」
ラウレンツはひときわ綺麗な笑顔で、それはそれは楽しそうにおっしゃられました。
私は頭の中でたくらみがガラガラと崩れる音を聞きながら、ひきつりそうになる顔を何とか保ち、「仲良くなってくれて良かったよ……」と精一杯の強がりを言った。
コタのばかあ――!
だけど、もふもふ姿が可愛いから許す!
だって美味しいものって人を幸せな気分にさせるもん。仕方ないよね。
――その後、コタを誘惑したけしからんプロフィトロールは、私とロマンまでをも即座に陥落させるのだった。
16 私は、たくらみました《閑話》clover に続きます。




