私は死んだ
いつもの帰り道。逢魔が時。側道の狭い道路を通り帰宅を急いでいた。自転車を走らせていた私の右後方から来るトラックが、よってきているように感じた。身の危険を感じるほど路肩に寄ってきていたのだ。私は自転車の速度を上げた。真後ろ側道の反対側にある壁をトラックが、削る音がした。私に当たる前に道に戻って普通に走りさって行った。私は帰り道を自転車を走らせる。もう少しで危なかったと、運が良かったと、そう思いながら自転車を走らせる。
帰路を急いでいると声をかけられた気がした。左後方から。振り返ると、真っ白な上下を着たおじさんが立っていた。何て言われたかはわからないけど、
「急いで帰らなきゃ」
と私は答えた。そうすると、『もう帰れない』と言われた気がする。私は危機一髪助かったと思ったあのとき死んだのかと考えると、目の前の白い人は静かに頷いた。そう認識したらか自転車に乗って家路を急いでいた帰り道が、灰色のトンネルに変わっていた。急いで走ってる人、急いで自転車を漕いでいる人、いろんな人が私の脇を通過していく。
ふと、ここにいてはいけないと思った。白い人はすんなりと死んだことを認める私に対して、ビックリしているようだった。『どうしたい』って言われたから、家族に会いたいと思った。誰よりも、私なしでは生きていけない旦那が心配だった。生きているあの人のそばに居てあげたい。でも、死んでしまった私は彼に何もしてあげられないから、何にもならないだろう。だから、せめて、あの人が死んだ時に迎えてあげたいと思った。そう告げた私に、白い人は『ここで待ってて』と言ってきた。けれど、私はここが怖くて、一人で待つのが嫌だった。私のわきを通り過ぎる人がいくらようと、ここで待っていたくなかった。『ここは怖いの』と、きょとんとする白い人。頷く私を彼は一緒に連れていってくれた。
私はどれだけの時間ここにいたとか、旦那が死ぬまで待つとかそんな時間について考えることはなかった。連れてかれた先は待合室だろうか。ソファーとテーブル間を隔てる観葉植物や衝立、いくつかに区切られた場所を通り抜ける。案内されたソファーには、旦那が座っていた。
「先に死んじゃってごめんね」
と謝る私を、旦那はいつも通りぎゅっと抱きしめてくれた。