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タミルちゃんは謝らない  作者: タカヤマキナ
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第4章 タミルちゃんは恋愛しない

「今日もお疲れ様でした、タミさん」

増渕の柔らかい声にパソコンから顔を上げる。本日予約の入ってる最後のお客様が帰ったあと。

奴が面談しながらさっと残した簡単なメモ書きと、口寄せに立ち会った時に自分が見た経過を整理してパソコンで顧客情報として記録する。増渕本人はなまじ頭の中に全ての情報が入ってるぶん、積極的にそれを形に残そうって意識がどうしても薄い。

でも誰が見ても(ていうか、はっきり言うとわたしが見ても)どの顧客がどうかすぐわかるようにしておいてほしいし。少なくともリピート客については前回までの経過や依頼内容がどうだったか、予約を受けるときにざっくりとでもイメージがあるとありがたい。そう言って面談の内容は簡単でいいからと記録をお願いしてるって経緯上、やっぱりこれはわたしが責任もって整理してまとめないと。

そう思ってその日のクライアントの顔を思い起こしつつ次々と記録してゆく。その間、事務所を片付けていた増渕がいつの間にかキッチンに場所を移動していたらしい。やがて何とも心を和ませるあの淹れたてのコーヒーの香りがゆったりとこちらに流れてきていたのは既に感じていた。

わたしに声をかけながら、カップを二つ載せたお盆を手にして増渕がリビングに入ってきた。

「いつも済みません、データ整理。僕が今まで面倒だからってきちんと残しておかなかったから。…これ。もしよかったら、少し休んで」

差し出した手の動きで辺りにふわっと香りが湧き立つ。本当にこの匂い、好き。ちょっといい気分になってソーサーに載せたカップをひとつ受け取った。ふと思い立ってそのまま口にする。

「このカップ。…普段使いにしちゃうの?」

自分で割った二つの客用カップを弁償するつもりで買い求めた代わりのもの。五客組だったのが、同じのが見つからなくて揃いにならなかった。そのぶんちょっといいものを、と奮発したのに。

「やっぱり二客だけデザインが違うとお客さんに出しづらいかな。…でも、二人以上連れ立って来るクライアントさんじゃなければ大丈夫じゃない?わたしの分は別に必要ないよ。口寄せ前の聴き取りとか、面談の時は席外すし。増渕とお客様のだけ出せば」

そういう時も、思えば奴は今までの残りの三客の中から二つを使う。何でだろ。

「もしかして。…これ、デザイン気に入らない?お客様に出すには何か問題あるのかな。わたしにはよくわかんないんだけど」

思わず試しすがめつそれをそっと目の前に持ち上げる。向かいに座った増渕が慌てて手で制するように腰を浮かした。

「タミさん。…危ないから。そのままそうっと、テーブルに。…ゆっくり下ろして。…OKです」

わたしも我に返って思い直す。そうね、こういうことすると、九十九パーセント落とす奴だった、わたし。なんかそこら辺飲み込まれてる感じなのがちょっと悔しい。

熱いコーヒーを入れたカップが何事もなくテーブルの上に落ち着いたのを見届け、増渕が安堵したように深々と背中を椅子に沈める。それから少し微妙な顔つきでもぞもぞと切り出した。

「気に入らないなんて、そんな。…全然ないです、それは。むしろ、これ。…すごく素敵だなぁと思って。…なんか、勿体なくて。普段お客様にこれでお出しするの」

意味がよくわからん。

増渕は湯気の湧き立つカップの黒々とした表面に熱心に見入りつつ、何故か耳を真っ赤にして言葉を続けた。

「もしよかったら。これは、タミさんと僕が二人でコーヒーとか紅茶を飲む時だけ使おうかな、と。なんか、せっかくタミさんがこんな素敵なの買ってきてくれたし。ちょうど二客セットだし、たまたま。…ですけど。その日の仕事が終わって、ゆっくり二人でくつろぐ時にこれで飲めたらいいなぁって。…駄目、ですかね」

「別に駄目じゃないけど」

奴のためらうような調子がいちいちもどかしいな、と思いながらわたしは首を傾げた。

「まぁ、気に入らないとかお客様にはとっても出せないとか言われるよりはいいよ。でもなあ、それちょっと高かったんだよ言いたくないけど。来客用って思ったから奮発したのにな。従業員の普段使いってことならもちょっとリーズナブルなの、あったかも。…んまぁ、いっか。それくらいの贅沢も」

そんなに表情に出てはいないけど、何故か奴の肩のあたりにどよんと暗い色が漂う雰囲気を感じて慌てて愚痴を止めて話を切り替えた。

「わたしたちの使うカップが他とデザインが違えばわかりやすいって利点はあるよね。本当はもっと安いマグカップとか買っとけばよかったのかもしれないけど。…てか、これだとさ。わたし怖くて扱えないかも。なんか、絶対割る気がする、そのうち」

「えーと、だから。僕たち二人でお茶する時は僕が淹れますから平気です。カップ洗うまでちゃんとやりますから。タミさんは飲むだけでいいんですよ、ね?」

むしろ何もするな。という無言の圧を感じてわたしは肩をすぼめた。

「それは、全然。楽だし。…構わないけど」

なんでそこまでこだわるかな。従業員のお茶用なんて、各自マグと湯のみでも持ち寄って置いとけばいいようなものじゃないか。

でもまあ、それが所長の方針って言うんなら。別にこっちに否やはない。承諾した風のわたしの様子に力を得たのか、増渕は打って変わって身を乗り出しいきいきと話を弾ませた。

「それで、せっかくタミさんがこんな素敵なカップを揃えてくれたから。今度は僕が緑茶やほうじ茶用の湯のみを二客、揃えようかなって思ってるんです。やっぱり仕事の後たまには日本茶欲しいなって思う日もあるじゃないですか。このカップのお礼にってことで、ちょっといいのを買おうかなと。…どうかな、いいですかタミさん?」

「うんまぁ。…いいんじゃない、別に」

あんたのポケットマネーから出るんならわたしとしては特に吝かではない。なんの問題もないと思うけど。それとも事務所の経費で落とすの?

ま、だとしてもすごい抗議するって気にもならない。自分は備品を弁償したつもりだからきっちり自腹を切ったのは事実だけど。事務所のお金だって全部所長の増渕が自分で稼いだものだって考えれば。右のポケットからだろうがヒップポケットからだろうが大した違いじゃない気もするし。

ふと不穏な想像がよぎる。確か、湯のみを買うって話だよね。まさかと思うけど夫婦茶碗はやめてよね。男女二人組だからっていいってもんではない。

だいいちわたしお茶飲む量別にあんたより少ないってこともないし。

そう思ったけどちょっと口に出すのは憚られる。まあ、そこは増渕の常識に任せるか。もし夫婦茶碗一揃い買ってきやがったら、でかい方を問答無用でわたし専用にしてやる。マジックで裏に名前書いちゃうからな。

そう思い定めてようやく落ち着き、少し飲みやすい温度になったコーヒーにそっと口をつける。その途端充電器に繋がれたスマホが呼出音を発し、ぎょっとしてカップを取り落としそうになり慌てて両手を添えた。

「タミさん。…大丈夫?」

増渕が反射的と思える動作でわたしをサポートしようと手を伸ばす。そんなことしても、万が一わたしが落っことしちゃってたら絶対に間に合わないんだけど。

その間も音は鳴り続けている。一瞬慌てたけど、音の設定で区別してあるからそれが事務所の代表番号の方じゃなくて増渕の個人用のだってわかった。奴の背後で充電されてるずらりと並んだスマホの中からそれを取り上げるべく増渕がおもむろに立ち上がる。

その背中に向けて思わず独り言みたいに呟く。

「珍しいですね。所長の個人携帯?仕事用のじゃなくて」

顧客じゃないってことだよね。増渕の私用の番号はすっぱり変更させて、その後は仕事関係の相手には誰にも知らせてないはず。

そしたらこれは奴の個人的な知り合いからの連絡ってことだから、わたしは関係ない。でも珍しいな。どうでもいいことだけど漠然と考えた。一緒にいるときにあの携帯が鳴るの、わたしは聴いたことほとんどない気がする。

わたしだって他人のことは言えない。仕事中にプライベートの携帯に通話の着信があることなんかまずないし。てか、勤務中に履歴をチェックすることもまぁほぼない。それで困ることもなかった。

あまり私的な人間関係が活発じゃないタイプとしてはそんなもんだと思うけど。何となく、増渕もわたしと同じような傾向の人だと決めつけてたから。

でも勿論、仕事が終わるか終わらないかのタイミングで図ったように友達から連絡がきたっておかしくはない。

自分で思ってたよりわたしが微妙な表情を浮かべてたのか、奴は手に取ったスマホの表示をさっと確認してそれをわたしの方に向けてみせた。

「仕事みたいなもんです。…間仲さんからですから」

「ああ、そうなんだ」

確かに。

納得しつつも、でもまあこいつにとってそれがプライベートな交遊関係じゃないとは言い切れない。間仲さんも、やや軽い乗りのその息子も。そもそも高校の同級生とその母親ってことだから。仕事での繋がりとどっちが重要かってそう簡単には言えないだろう。

そんなことをぼんやり思い巡らせながら冷めはじめたコーヒーをゆっくり一口飲んで、増渕がスマホをタップして顔の近くへ持っていくのを見ていた。思いの外はっきりとした低音のその声が、静かな室内でわたしの耳に響く。

「はい。僕です。…あ、はい。お疲れ様です。…ああ…、ええ。いいですよ。…土曜か日曜?」

奴の目線がさっとわたしの上を走り、そのまま壁に掛けられたシンプルな数字だけのカレンダーに移る。

「そしたら日曜ですかね。土曜だと、彼女も出勤日だし。僕がここを空にしたら一日留守番してもらうって訳にも…、え?あ、…そう、なんですか」

奴は不意にスマホを顔の横から離し、わたしの方にしっかり目を向けて抑えた声で話しかけてきた。

「今度、いつでもいいから土曜か日曜、間仲さんの出張に付き合って欲しいそうです。ちょっと、ご自宅とその周辺の土地に問題があるって依頼みたいで。…それで、僕だけじゃなくてタミさんも一緒に来てくれないかって。頼みたいことがあるそうなんです、そこで」

「…ああ、はい」

油断してたらいきなりこっちにも矛先が向いて面喰らう。当然増渕だけの話だと思ってた。

「それは別に。どっちでも大丈夫ですけど。土曜だったらもう今週だと予約入ってるから…、来週か再来週、予約を入れずに空けとかないといけないですね。日曜なら別にいつでもOKですよ」

「…タミさん、彼氏とかいないんですか」

何で今ここで訊く!

「いねーよ。なんか文句ある?」

「いえあの。…ないです。全然。むしろ、なんていうか。…まあ、僕もいないですし。気にする必要ないです、全く」

ぼそぼそ誤魔化して目を伏せ気味に電話に戻る。

わたしは憮然と腕を組んだ。

間仲さんとの通話中にあんなこと言ったら。向こうにも絶対丸聞こえじゃん。まあ、何が問題かって言われたらどうってことないのかもしれないけど。あれ以来まだ顔を合わせてないから、うちの息子どう?の続きもない。あのときあの場だけの話で終わるかも、ありがたいことに。

しかしそれにつけても。言うに事欠いて「僕もいないです」って。何なのその情報、要らんわ。もしかして自分にも彼氏はいない、って慰めてくれてんの?そりゃお前にはいないだろうよ。一般的確率による推定でだいたい想像つくわ。

むしろ「彼氏いる」って言われたらそれはそれでちょっと楽しいのに。

「…じゃあ、日曜にしますか。そしたら休日出勤になっちゃうから代休取ってもらうか手当出すか…。あ、ええ、そうですか。うーん、別に、こっちで出すつもりですよ?…ああ…、まぁ、そうですけど。はい」

再びスマホを顔から離してわたしの方を見やる。

「休日手当は間仲さんが負担してくれるって言ってます。どっちにしろバイト代も出すつもりだからって…。ちょっと、タミさんと直接話したいから代わってって。どうぞ」

差し出された奴のスマホを手を伸ばして受け取る。

『もしもし、タミルちゃん?お久しぶり。箱根以来だからね。元気だった?』

「はい、おかげさまで。間仲さんも」

『近いからいつでも遊びに来てくれていいのに。今なら悠くんもここに住んでるから来やすいんじゃない?…それで、今回は相談なんだけど』

端的に説明してくれたところによると、家や住んでる土地に問題がある相談者のケースは割によくあるらしく、その場合やっぱり現地に赴かないと上手くいかないことがあるとのこと。

今回はかなりいろんな要素が複雑に入り組んだ話なので間仲さん一人じゃなく、信頼できる連れに一緒に来て確認を頼みたいってことなんだけど。

『そのときにタミルちゃんにもちょっとお願いしたいことがあるのよ。それで悠くんと一緒について来て欲しいんだ。でも、せっかくの日曜を潰しちゃうのも悪いかな。先方は平日は仕事があるから、土日じゃないとと言われてるのよね』

なるほど。

『ちょっと遠方だし、往復の時間を考えると結局ほぼ一日かかっちゃうかもしれないんだけど。お仕事として付き合ってもらうんだから、ちゃんとお手当は出すつもり。でも貴重なお休みも大事よね。…どうかな、無理?』

気遣わしげに遠慮がちに探られ、明るく笑って請け合う。

「全然大丈夫ですよ。普段休みの日って言っても何してるってほどじゃないです。だらだらしてるだけで」

今はまだ事務所に泊まり込みが続いてるから、たまった洗濯や掃除もそれなりに真面目にやらなきゃいけないけど。絶対に済ませなきゃって用事なんてせいぜいそのくらい、心浮き立つ要素はこれっぽっちもない。

『よし、じゃあ決まりね。お手当せいぜい弾むから。そしたら日程は悠くんと詰めていいかな?何か用事が入ったら早めに教えて。久しぶりに会えるの、楽しみにしてるわ』

「はい。わたしも」

そう答えて和やかにスマホを増渕に返した。そのあと彼ら二人で電話越しにぼそぼそと打ち合わせをするのを尻目に残りのコーヒーを飲み干し、立ち上がってパソコンの前に戻った。

そうか、久々に間仲さんに会えるな。この事務所で週末も一人でごろごろしてるよりその方が楽しみじゃないこともない。話を終えて通話を切った増渕がスマホを充電器に再び繋ぎながら、わたしに声をかける。

「先方の都合が大丈夫なら多分今週の日曜になりそうです。やっぱり困ってらっしゃる訳だから、早く行ければ早い方がいいし。タミさん、構わなかったですか、それで」

「へーき。何にもないよ」

増渕はもうそこはそれ以上突っ込まず、かちゃかちゃと小さな音を立てて危なげなく繊細なカップとソーサーを持ち上げてキッチンへ運びながら続けた。

「間仲さんからもバイト代、タミさんに出してくれるって言ってましたけど。事務所からもちゃんと休日出勤手当出しますよ。やっぱり休みの日に仕事に出てもらうことに変わりないですから。そこはちゃんとしないと」

わたしは何の気なしにパソコンに目線を向けたまま問いかけた。

「所長もバイト代もらうの?間仲さんから」

「いえまさか。僕の方は完全に仕事とは言いがたいし。こっちは勉強ですから。彼女と一緒に依頼を請け負うことで経験値を上げさせてもらうんです。お金をもらうなんて筋合いじゃないですよ」

ふぅん、そういうもんなのか。

言わんとすることはわかる気はするけど。

まあわたしはそういう経験を積むことが特に必要って訳じゃないし。依頼の内容も知らないから事前の準備もなく、当日身ひとつで赴けばいい。この人たちと違って立場としても呑気なものだ。

既に半分目の前の作業に集中しかけながらふと漠然と考える。確か『ちょっと遠方』って表現だったよな。…一体どの辺なんだろう。

場所も行き方も知らないけど。まさかこんなに近所から皆出発するのに現地集合ってことはないだろ。増渕か間仲さんにしっかりくっついていけばなんの問題もないってわかってはいるけど。

その、『現地』までの交通手段はどうやって行くんだろ。なんか少し、微妙な気分の何とも言えない予感…。


「なんか久しぶりになっちゃったね、タミちゃん先輩。元気にしてた?」

そうね。やっぱり、こうなったか。

わたしは曖昧に頷き、胸の前で腕を組んで助手席でふんぞり返った。

ちょっと懐かしい気持ちになる間仲家のあの自家用車。そんなに新しい車種ってわけでもないけど車内空間はゆったりとして乗り心地はいい。その運転席に長い手脚をもて余すように収まった間仲息子の啓太は、機嫌よく口調も軽くわたしにしきりに話しかけた。特に不機嫌になる理由もないのでわたしも無難にとりあえず受け応える。

「そうですね。…おかげさまで」

背後の後部座席で何だか憮然とした空気を発してる気配が伝わってくるけど。そんな反応されてもさ。わたしとしてはどうしようもないんですけど…。

好きでこんな状況になってるわけじゃない。自分から助手席に乗ったんでもないし。

ただ、間仲さんから当然のように前のドアを開けてそこに座るよう促された時、やっぱりあの『うちの子どうですか』は生きてるんだな、ってことははっきりわかったけど。彼女が自分の息子を推してきてることは、ここで増渕にも伝わったに違いない。

救いは息子本人が案外冷静な反応であること。前回みたいに浮かれて舞い上がったりあからさまにちょっかいかけてきたりはしない。ごく普通に世間話をして、自分の仕事の話をしてくれたりこっちの事務所での普段の生活について尋ねたり。まあ無難な常識の範囲内の話題だ。

多分以前の時は、高校時代に見知ってた先輩と思いがけなく再会したってシチュエーションで無駄にテンション上がってたのかもしれない。

先方のお宅は確かにかなり遠かった。埼玉の、東京方面から見るとだいぶ奥。

「こっちからだと電車で行くにしてもあまり便が良くないのよね。本数も少ないし。…あとは、個人のお家だから。駅からが遠くて。普段は車を使う生活なんですって」

「あー…。わかります。こういうとこだと結局、車ないと全然成り立たないんですよね」

わたしは思わず身につまされて歎息した。わたしも高校三年で速攻免許取ったもん。今は全然乗ってないから完全に運転の腕に自信なくなっちゃったけど。

とにかく何するにしても不便でしょうがないんだよな。

「電車やバスを乗り継いでいくと実際の距離以上に時間かかっちゃうみたいなんだ。都合よくこの子、今日は予定が特にないっていうから。車出してもらうことにしたの」

「予定とかあったんじゃないの?無理しなくても、俺がレンタカーでも何でも借りて運転するのに。わざわざ悪いよ」

文面で見ると相手を気遣ってるみたいだけど、耳で直に聴くとニュアンスがどうにも違う。こういう遠慮のない物言いも、昔からの友達同士ならではだとは思うが。案の定啓太はそんな声色を気にかけた風もなく、平然と増渕の台詞をやり過ごした。

「俺だって週末のたびいつも常に約束入ってるわけじゃないよ。普通に何にもなくてごろごろしてる時もあるし。それにここまで来るとちょっとした遠出になってむしろ楽しめるじゃん。運転すること自体は好きだしさ」

ふぅん、ちょっと前回とはひと味違うね君。わたしは助手席に背中を埋めて前方に所在なく視線をやった。

箱根の時だったらまず間違いなく、タミちゃん先輩のためなら約束なんかどうだっていいよ、何をおいてもこっち来るでしょ。とそうきたくせに。やっぱだいぶクールダウンしてるな。

あるいはもしかしたら、自分の母がわたしを気に入って本気で二人を結びつけようとし始めたのを察して、これはやばいと引いたのか。軽い気持ちで憧れだの何だの言い散らしてるうちはいいが、ほんとに真剣に付き合うつもりなんかないから外濠を固められる前に逃げの姿勢になり始めたのかもしれないな。

何とか表情には出さず、でも何故か内心で憮然となるわたし。間仲さんに息子を勧められたときはどん引きだったくせに。勝手なものだなぁ…。


そんな風に自分の気持ちを微妙にもて余しているうち、午前中には依頼者のお宅に無事到着した。

広々とした応接室に丁重に通され、早速依頼者の女性から今まで一族に起きた不幸な出来事やら幼少期からここで見聞きした不思議な現象について話を伺う。わたしと、おそらく啓太については、襖の隙間から覗いてた黒い影とその事件に何の関係が?とか、決まって誰かがその時期に怪我や病気をすることと不穏な夢に関連があるって思う根拠はなに?とか話を聞いててもどうも釈然としないことばっかだけど。

静かに頷きながら聞き入ってる他の二人の真剣な目つきを見ると、やっぱりここで起きてる不幸や問題が心霊的な要因に影響を受けてるのは間違いないって見解らしい。

そのことを実感すると、気のせいか急にごく普通の大きな豪勢なお家だと思ってたその場所が、何だか不意に暗く重い空気に包まれているような感覚に…。

背筋までぞくっとしてきた。心なしか天井の模様もはっきり見えないほど部屋の上の方がくすんで薄暗いのも気になる。わたしも意外と影響受けやすいっていうか。単純だなぁ。

ひと通り説明を伺ったあと、ひとまずこのお宅から一番近くにある小さな神社に赴く。神主さんというか、宮司さんの常駐していないほんの小規模なものだ。

そこで間仲さんと増渕はあれこれ話し合って何かしきりに検討している。とにかく話が断片的な上、依頼主さんしか知らないような内輪な事情も彼ら二人には手に取るように把握できてるらしく、彼女も加わって三人で交わされる会話はもうまるで何かの暗号みたい。ぽかんとしてるわたしと啓太は完全に蚊帳の外だ。

やがて、間仲さんがバッグから取り出した紙に何かをさらさらと記し始めた。立ったままで不安定な姿勢なのに難なくペンを走らせてる。器用な人だ。

その文面をわたしたちに見せず手早く真っ白な無地の封筒に入れ、きっちり封をした。しっかり糊まで持参してる周到さ。使い終わった文具をバッグに再び放り込み、完成した封書を手にして彼女は面を上げてわたしを見た。

「タミちゃん。…早速なんだけど。あなたにお願いしたいことってこれなの。この封筒を、今から言う大きな神社に納めてきて欲しいんだけど。ちょっと離れたところにあるのよ。わたしと悠くんは、まだここでやらなきゃいけないことが残ってるから」

「ああ、はい。承知しました」

ぼけっと事の次第を見守っていたのを慌てて頭を切り替える。そうだ、そもそも今日ついてきたのは頼みたいことがあるから、って前もって言われていたからだった。なんかすっかり忘れて、傍観者になりきっていた。

「先方に連絡を入れておくから、向こうに着いたら社務所を訪ねてそれを渡して。もしかしたらというか多分、あなたたち簡単なお祓いを受けることになるかも。それが終わったらここに戻ってきて。わたしと悠くんは結構今からすることあるから、ゆっくりで構わないよ。途中でご飯でも食べておいで」

「タミルさんと啓太くんの分もご用意しますよ、お昼」

とそこで依頼主さんが気を遣って申し出て下さったが。

「ありがとうございます。でも、今から出発するとなると戻りは遅くなっちゃうから。そこはお気遣いなしで大丈夫です。…じゃ、啓太。場所はここ。〇〇市にある〇〇神社よ。ナビあるから平気ね」

スマホで地図アプリを操作してその場所を示して啓太に見せる間仲さん。わたしはようやく事態に追いついた頭でぼんやりと考えた。

そ、か。わたし一人でそこに行くわけじゃないんだ。

この場所の交通の便を考えると、バスや電車を乗り継いで行くのは多分現実的じゃない。そうすると車を出してもらうことになるのは当然な成り行きだろうけど…。

啓太は特に動じる風もなく、間仲さんのスマホを覗き込み、自分のを操作して検索しながら

「〇〇神社ね。…了解」

と呟いてる。彼らの背後に立ってる増渕はちょっと顔をしかめたが、結局何も言わなかった。その様子を見て、わたしは密かに自分に言い聞かせて落ち着かせる。

信頼できる人の息子さんとはいえ、まだほんの数回会っただけの相手の車に二人きりで乗らなきゃいけない。そのこと自体に怯む気持ちはあるけど、増渕のあの反応を見てると特別危険な事態ってわけではなさそうだ。

間仲さんに関してはご自分のお子さんのことだから、私情が入って多少なりとも楽観的見通しに陥ってないって保証はないけど。増渕はそこは厳しい目で見てるはず。

奴が積極的に止めに入らないってことは、このことに危ない要素はほとんどないんだって考えていいと思う。

「じゃあ、タミちゃん先輩。ひと足先にお家に戻って、車取りに行こう。そこそこ距離あるから早めに出発した方がいいよ」

「あ。…はい」

声をかけられて慌てて頷く。そうか。…そこそこ距離あるんだ。それはまた。

依頼主さんに会釈して、足早にその場を立ち去る啓太の背中を追いながら深いわけもなくふと増渕の方に目がいった。一瞬こっちをじっと見ていたその目と視線がかち合ったけど、結局奴は口を開くこともなくそっとただ視線を外しただけだった。


車に乗り込むなり啓太が操作したナビの画面を見て、思わず肩をすぼめた。

「…本当に結構遠いね。県境跨ぐんだ」

「大丈夫。車で直接向かうと案外早いと思うよ。なんてったって都内とか周辺に較べたら、道混んでないもん」

啓太の言葉に納得する。それはそうか。

確かにナビの表示を見ると、距離に対してかかる時間は案外短いかも。

「信号も少ないね」

滑らかに山道を走る道のりを窓から見てると自然に心が浮き立ってくる。空はくすんでるけど緑は濃くて気分がいい。

「あいつ。…ほんとにタミちゃんのこと、好きなんだね」

急に話の向きが明後日の方にぶん、と思いきり逸れて全然頭がついていかない。『あいつ』、誰?

「…増渕?」

「そ。君の上司で後輩。悠だよ。さっきもすごく心配そうに見てたね、俺らのこと。俺がタミちゃん先輩に何か変なことするかもと思ってんのかな」

「それは。…ないと思う」

わたしはちょっと思案しつつ答えた。どういう風に説明していいかわからないけど。

「もし本気でそれを心配してるんなら、間仲さんの前だろうが何だろうがちゃんと間に入ってはっきり断ってくれると思う。そういう意味で決断力のない奴ではないし」

確かに押されたら弱い、断れない男だけど。わたしが傷ついたり取り返しのつかない目に遭うかもしれないのに止めるのをためらったりすることはないだろう。ちょっと気にする素振りは見せたけど、そのまま流したのは反対するほどの事態じゃないことはあいつも承知だったからじゃないかな。

「あなたとは高校時代からの友達ってことだし。啓太くんがそういう人じゃないってことはあいつもわかってるってことでしょ。それとも、本当の姿は増渕も知らないの?相手の意向がどうだろうがチャンスがあれば無理にでも…、とか」

口にしつつも自分でも全然本気でそんなこと考えてないのがわかってちょっと笑える。なんていうか。そういう暗さや陰を感じない人だ。乗りは軽く見えるけど、卑怯な真似やフェアじゃない行為は似つかわしくない。

だいいち、そこまで切羽詰まってがっつくほど不自由してるとは思えないし。

わたしが本気で彼を疑ってるんじゃないことはちゃんと伝わったみたいで、そこは片頬で笑って受け流してくれた。

「まあ、そうだな。俺のことをそんな奴だと考えてたらこうやって二人で送り出すよりも強制的にタミちゃんを連れ帰ってるだろうけど。じゃあ、あいつの気持ちはちゃんと伝わってるんだな。君のこと、すごく大事にしてるじゃん。それって好きってことじゃないの?」

落ち着いた口調でそんなことを尋ねてくる啓太の真意がどこにあるのかはよくわからない。でも、そこはちゃんと考えを整理しておきたい気持ちもあって、啓太のためというより自分で納得できる答えを探しつつ言葉を選んだ。

「好きって表現は語弊があるな。それだと恋愛感情みたいに聞こえるし。…あいつがわたしのことを真面目に気遣ってて、嫌な思いしたり傷ついたりして欲しくないって考えてることは確かだと思う」

車の前方から鮮やかな濃い緑が次々迫ってきて、かき分けられるように両側にすごい勢いで飛び去っていく。初夏のドライブって実に爽快だ。

こんな感覚は久しぶりだな。そう考えながら口では全然違うことを自然発生的に説明し続けている。

「付き合いはまだ短いけど。二人だけで何とか力を持ち寄って試行錯誤しながら仕事してるからか、それなりの信頼関係みたいなものはあるし。だからわたしだってあいつのことを気遣うし心配もするよ。そこら辺は同じような感じじゃないかな」

それに心霊的な要素の絡む問題を解決してもらったことで、結果的に過去の傷を知られることになった。多分共感力の高いあいつのことだから、そのことで胸を痛めただろうしもう二度とわたしにそんな思いをさせたくないと考えておかしくない。

「そういう気持ちがお互いあることは本当だけど。それを好きとか恋愛って言われちゃうとやっぱり違うって思うし」

ぽつぽつと言葉を選びつつ独り言めいた説明を続けた。啓太は前方に目をやったまま運転に集中しているように見える。

「普通に、同僚だよ。わたしだってあいつのためにちゃんと汗かく覚悟はあるけど。だから好きなの?って言われたら。それとこれとは別でしょって答えるしかない」

「うん」

聞いてるか聞いてないかわからないけどまぁいいか、と思いながら話してたけど不意に啓太はしっかりした声で短く相槌を打ってきた。目線は相変わらず前方に据えられたままだけど。

しばらく沈黙が続いたけど彼が運転に気を取られてただけで深い意味はなかったみたいだ。珍しく信号に引っかかって柔らかいブレーキで車が停止するなり質問が飛んできた。

「今でもまだ事務所に泊まり込んでるんだよね?もう一ヶ月以上経ってるじゃん」

「ああ、まぁ、そうだね」

素直に頷いた。考えてみればそのあいだ増渕は間仲家にお世話になってるわけだから、わたしが仕事場に居座ってる状態が継続してることはこの人も当然知ってるはずだ。

「毎日ずっとあそこにいる訳じゃないけどね。時々は自分の部屋に帰ってるよ。そうだな、最近は夜中に起こされることもほとんどなくなったかも。そろそろ張り込み解消して、家に帰っても大丈夫かな…」

最初の二週間くらいはこれじゃ休まらない筈だ、と呆れるくらい五月雨式に不意打ちの顧客が途絶えなかったもんだけど。一ヶ月を超えた頃になるとさすがに来ても無駄、ってことは周知されたのか、朝まで熟睡できることが普通になってきた。初めは休日も一日中張り込んでたけど、日曜は案外それほど押しかけて来ないことがわかったのと(どうしてかわからない。何となくだけど、感触としてはそうやってプライベートの時間をあえて狙って突進してくる輩はどういうわけかパートナーが定まってる場合が多いのと関係があるのかも)、休みの日はなるべく外出しろって奴に強く言えば済むかな、と思ってそこはわたしも今は自由に過ごしてる。

夜間はそうもいかないもんね…。

「そうか、よかった。ずっとあいつが居座ってるのも何だか落ち着かないもんな。いくら友達とはいってもさ。変な感じだよな、家に帰るといつも顔突き合わせてるのも」

そう言われてちょっと焦る。笑ってるからそんなに本気で迷惑だって訴えてる訳じゃないとは思うけど。

思えばこっちの都合でこの人にもずっと窮屈な思いさせてるんだな。大変に申し訳ない。

「そうだよね、ごめん。もういい加減事務所に帰すよ。一ヶ月以上もの長い間本当にお世話になっちゃって…。あの、下宿代ちゃんとするから。間仲さんだけじゃなくて啓太くんにもお礼しなきゃ」

「別にそういうこと言ったんじゃないよ、タミちゃん先輩。気に病む必要ない、全然」

宥めるように柔らかい声で遮った。

「そうは言ってもあんな言われ方したら本気に受け取るか。そこはごめんね。別にあいつ一人くらいどってことないよ、実際は。物静かな奴だし、騒がしかったりがさばることもないから。…ただまあ、あいつの地味な顔見ててもどうにもテンション上がらないのは確かだな。どうせならタミちゃんがうちに下宿してくれるならもっとよかった」

「いや、それじゃ全然意味ないじゃん。わたしがお客さんたちから身を隠してもさ。ターゲットは増渕だけだから、もともと」

わたしは呆れて指摘した。

「でもおかげさまで。夜間休日は対応してない、所長のコンディションを保つためにも営業時間内に予約を入れて下さいって辛抱強く言い続けた甲斐あって、いつもイレギュラーだったお客さんたちも概ねルールを守ってくれるようになったよ。いきなり無理言ったのに快く受け入れてくれた間仲さんと啓太くんには感謝してもしきらないね。本当にどうもありがとう」

啓太は正面を向いたまま、少し照れくさそうに笑みを浮かべた。

「いやいや…、そう正面切ってお礼なんか言われちゃうと。何にもしてないしさ。まあ結果、上手くいったんならよかったよ」

そんなやり取りをしつつ、やがて指定の神社に無事たどり着いた。


そこはさっきの小さな神社とは違って、常駐の神主さんのいる規模の大きなところだった。名称から推察するに同じ系列の神様なのかな、多分。

わけがわからないなりに言われた通り社務所を訪れて、依頼主さんと間仲さんの名前を告げて頼まれたものを持ってきました、と差し出す。もうまるで子どものおつかいだ。

神主なのか宮司なのか禰宜なのか、全然その手の常識がないわたしにはよくわからない立場の方が奥から出てきて快くそれを受け取ってくれ、中にわたしたちを通した。しばらく待たされたのちやっぱり予想どおりわたしと啓太は何やら祈祷らしきものを受けて、お礼を言って立ち上がった。

神主さんはわたしたちに帰路お気をつけて、と声をかけて丁重に送り出してくれたが最後に何故かしげしげとわたしを見直して、

「ああ、だいぶ変わりましたね。すごく明るく、軽い感じになりましたよ。…この間仲さんって、なかなか興味深い方ですね。今度もし近くまでいらっしゃる機会がありましたら是非足を伸ばして下さるようにお伝え下さい」

とやや綻んだ表情で言うと、更に励ますように口調を変えて

「今までいろいろ苦労があったかもしれませんが、大丈夫ですよ。これからはだんだん好転していくと思います。…今お近くにいる方たちを大切にしてくださいね」

とわたしをまっすぐ見て付け足した。

「どういうことかなぁ?今日のおつかいは依頼主の三浦さんのお宅の件なんでしょ。何でわたしが明るく、軽くなるんだろ。…もしかしてわたし自身のことも含めてここに送り出してくれたのかな、啓太くんのお母さん?」

車に戻ってドアを全開にして中の空気を入れ替える。日当たりの向きが変わって車の中の温度が上昇してたのですぐにはとても乗り込めない。エアコンのスイッチを入れながら啓太はわたしの疑問に相槌を返した。

「どうかな。基本は依頼主さんの問題解決のために寄越されたとは思うけど。タミちゃん先輩を呼ぼうって決めたのは、ここの神社が君の状態を改善するのに効果があるって判断したってこともあるかもね。最初からおつかいを頼んで、君をここに送り込むのは決めてあったのかも」

「そうか。…そこまで考えてもらってたのかな。だとしたら悪いな、こっちから依頼もしてないのに」

前回だってわざわざ時間を割いてもらって碌に謝礼も出してない。

ようやく人間が入れるくらいに温度が下がった車内にそれぞれ乗り込み、ドアを閉めた。キーを回してエンジンを始動させながら啓太はこともなげに受け流す。

「気にすることないよ。こういうのってよくあるみたいだから。依頼された件で行く必要ができたところが、たまたま並行して起きてる別の事案に条件ぴったりな場所だったりするのは割と珍しくないらしい」

滑らかに発進する車。この人、自分でも言ってたけど確かに運転上手だ。

「うちの母親に言わせると、こっちの世界って案外合理的っていうか効率よくできてるんだってさ。向こうが送ってきたサインに感覚を研ぎ澄まして、ちゃんと察知できれば意外といろんなことが上手くいくんだって。だから、今回の三浦さんのことでこの神社を調べたときにきっと、ここってタミちゃんにぴったり、とか自然と思いついたんじゃないの。いわば『向こうに呼ばれた』んだよ。微妙な言い草だけど」

わたしはしばし進行方向に目線を据えて考えた。微妙な言い草、ね。…なるほど。

「何かの意思がある、みたいな表現だから?」

「そう。うちの母親がそういう言い方を良くするから、うつっちゃったのかも。向こうがこうして欲しがってる、とか、気が進まないみたいとか。何かを擬人化して考えてるのか実際に人間みたいに意思を持った見えないものがいると思ってるのかどうかはよくわかんないけどね。でも何となく、意識や意図を持った何かがそこにいて、それを推し量りながら折り合ってお互いの落とし所を探る感じなのかなって。見えないものとネゴシエイトしてる感覚かも」

「なるほど」

わたしは唸った。そこにある『何か』の意図を読む、ってことね。

「『それ』が『あいつを一遍ここに寄越しなさい』みたいな」

「そんな感じかな。タミちゃん、何か困ってることがあってうちの母にみてもらったんでしょ?」

思わず素早く隣の相手の様子を伺うが、平然としていて含むようなところは見受けられない。多分、『困ってること』の内容までは思いも寄らないし探る気もない、らしい。

「んん、まぁ」

正確には増渕に見て処置してもらったあと、後日答え合わせ的に彼女にチェックしてもらった、って運びだけど。

「それの仕上げか補強、ってことじゃないかな。ここが三浦さんの近所の氏神様の系列なことは確かみたいだから、本当にそっちの用件でここに来る必要があったのは間違いないと思うけど。そうだここにタミちゃん行かせるといいかも、って見てて感じたんだろうね。別の人のために調べたお医者さんが、この子もついでに診てもらうのとぴったりって思ったみたいな」

「それで、この診断書を渡してお薬をもらってきてねって送り出した、ってこと?」

「そう。それでお医者さんに連絡を入れておいて、今から行かせる子ついでにちょっとだけ診てもらっていいですかって」

「なるほど…」

わたしは感じ入った。なんか、説明わかりやすいかも。

ちょっと改めて啓太を見直す。初めて会った時とだいぶ印象が違う。軽い乗りの喋り方や調子の良さは変わらないけど。女の子との気軽な約束の話や、高校時代のわたしへの憧れみたいなことを喋る時と同じ口調で次々と出てくる話は、普段からこういうことについて自分なりにあれこれ思索して解釈してるのがちゃんと伝わってくる内容なのが意外だ。

「霊感全然ないって言ってたけど。すごくいろいろ考えてるじゃん」

思わず感嘆してそう呟くと、啓太はちょっと面映そうに肩をすぼめた。

「まあ。…どういう成り行きかあんなハハオヤのもとに生まれて。変なことばっかり言ってるよなぁ、で片付けてもよかったんだけど。リビングで交わされてる会話を耳に挟むうちにふぅん、そういうものか、とか自然といろいろ考えるようになって」

信号がほとんどない道を快調に走ってく。途中で何か食べないとね、と呟きを挟みつつ彼は思案しながら話を続けた。

「立ち聞きしたみたいで聞こえ悪いけど。でも、ああいうとこで依頼者と話す時って二人にしかわからないことはいちいち口に出さなくても通じるらしくて、傍から聞いてても肝心のことはわからないようになってるから」

「ああ…、わかる」

増渕と顧客の方の面談に立ち会う時を思い出して頷く。

最初の頃はプライベートなことを所長以外の人の前では…、とためらう人もいたけど。とにかく微妙なことは直接口にしなくてもばんばん話が通じていくのがわかって、今ではみんなわたしがその場にいても何の抵抗も感じなくなってるみたい。こっちも細かいところは全くちんぷんかんぷんで話が見えなくてもそんなことには慣れっこで平然と聞き流してるし。

でも、そんな中でもこの人はそこからいろんなことを掬い上げて吸収してる。その材料を元に多分こういうことかな、と推測して頭の中で整理してみたんだろう。

「わたしなんか、わからないもんはわからなくていいんだとしか。増渕とお客さんにはわかってるみたいだからまぁ問題ないかと割り切って、そこで思考停止してたな。でも確かに、ちゃんと耳を傾けてればそんな中でもいろんなことが理解できてくるもんなんだろうね。これからはもうちょっと頭使わないと」

思わず素直に口に出して反省すると、啓太はさすがにきまり悪そうに首を縮めた。

「いや俺だって。大して頭なんか使ってないよ。ただ、うちの場合は年季が入ってるからさ。小学校高学年くらいには俺んちはなんか変だなとか思い始めてたから…」

十数年前ですね。

「それからずっと折にふれて、これはどういうことだろ?とか考える時間があったし。タミちゃんはまだあいつのとこで働き始めて日も浅いだろ。多分、仕事に慣れるのに精一杯で考える余裕なんか…。だからまあ、単に年数の違いだよ。タミちゃんだってこれからいろいろ思うところがある筈だから。あっちの世界のことを考えるのはこれからでしょ」

「うーん…。そうかな?」

わたしは頭を傾げた。時間さえかければわたしも自然と考えるようになるかはちょっと疑わしいものがあるが。

案外、そっちの話はわたしはブラックボックスでいいんでしょ、と頭から投げ出しちゃってたかも。

でも、自分なりにイメージを持って向こうの世界を把握しておくとか、多分こういう法則だろうとかパターンを知っておくのは大事なことだと改めて思う。見えないものを相手にしてるだけに尚更だ。

見えないしわからないんだから仕方ない、と投げてしまうと何か無神経なことをやらかす危険だってあるし。

「でも、これからはもっと神経使って注意深くなろうとは思うようになったよ。霊感ないんだからしょうがないでしょ、って開き直るのもよくないよね。頭ちゃんと使えばある程度は地雷とかも回避できるかもしれないし」

いつになく前向きににそう言うと、啓太は茶化したりせず案外生真面目に頷いた。

「そうだね。それに、霊感ないって頭から決めつける必要もないし。うちのハハオヤとかはさ、霊感のない人間なんかいないって言うんだ。霊の姿が自分の目で見える、視覚的情報として把握できるってのは生まれつきの向き不向きがあって。才能としか言いようがないらしいんだけど」

「へえ」

思わず反応する。啓太は前方に視点を定めたまま軽く頷いて話を続けた。

「だから霊能者でもすごく視える人とあんまりそれは得意じゃない人はいるんだって。でも、それよりは本質的に重要なものをどうやって見分けられるかだから。視覚データはあるに越したことないけど、他の方法で情報が取れるならそれでいい。一方で霊の存在を感知するセンサーなら霊能者に限らずまずほとんどの人が生まれつき持ってるもんだからって。あるでしょ、わけもなくぞわっとしたり、ここ入りたくないって足がすくんだりとか」

「そりゃ、あるよ」

わたしは肩をそびやかした。そこまで無神経じゃない。

「けど、それって子どもが暗いところが怖いレベルの話かなと。灯りがつけば幽霊と思ってたのが壁にかかってたレインコートだってわかるだけのことじゃない?って。てか、実際そういう面もあるんじゃないの。何となく怖いなんて、誰だってよく知らないとこに入りたくない時は普通にあるじゃん。どんな場所かわかっちゃえばどうともなくなるもんだと思うけど。そんなの、霊感とは何の関係もなくない?」

啓太は声に出して明るく笑った。

「そういう面もないとは言えないけど。全部が全部霊のせいだなんてさすがに俺も思わないよ。怖いかどうかは気の持ちようで変わるって確かにあるよね。…でも、そんな中でも多分、本当に何かそこにあるものを感知してぞっとなってることだってゼロじゃないと思うよ。見えない危険なものを感じて無意識に避けるって、程度の差はあるけど大抵誰でもやってることらしいから」

「へぇ?…そうなのかなぁ」

わたしは首を捻った。話としては面白いけど。最近なんか、子どもの頃と較べてわけもなくここが怖いって思うこともほとんどなくなったし。

啓太は軽快に車を走らせながら思案するように呟いた。

「さっき、途中で広めの国道沿いのとこ通ったよね。あの辺で何か食べる場所探そうか。多分どこにでもあるファミレスとかになっちゃうけど、それでよければ。…話戻るけど、でも反対の感覚も同じだよ。ここは気持ちいいなとか、この場所好きだなとか。そういうとこって、自分にとっていいものがあったりするじゃん。こないだの神社だって」

「ああ、そうだね」

箱根神社。

「だからいいものも悪いものも、センサー自体は本来ちゃんと備わってるんだよ。大人になるにつれて上手く機能しなくなってる場合が多いけど…。多分、いちいち反応してると日常生活には煩雑だから、みんなスイッチ切っちゃうんじゃないの」

「ああ…、あれか。防犯ブザーとか警報がしょっちゅう鳴ると困るから電源落としちゃうみたいな感じ」

「そうそう、まさにそれ」

彼は我が意を得た、みたいに笑った。

「まぁ大人になると、ここは気持ち悪いから入れないとか、行きたくありませんとか言えない場合も多いから。センサー働いてもそれに従えないんじゃ、しょうがない面もあるからね。でも、あんまりスイッチ切りっぱなしでも自然と感度悪くなるよ。それに気づいてから割と意識して感じるようにしてる。…タミちゃんも少しセンサー解放してみるといいよ、結構面白いから。自分で想像してるよりずっと感じるんだ、実際」

「えぇ〜、そうかなぁ?」

わたしは疑わしく眉根を寄せた。

「それは、啓太くんはそもそも間仲さんの子だし。あんなすごそうな人と血が繋がってるんだから、元々霊感だって普通の人より持ってたんじゃないの。わたしなんか、まじ本気で鈍感だからさ。ちょっと感覚研ぎ澄ましたくらいでそんな風にいろいろわかるとは正直思えないなぁ」

気乗りしない声でそう呟くと、啓太はちょっと身を乗り出すように強く力説しだした。

「そんなことないって。試しに今日からやってごらんよ、案外何か感じるもんだよ。ここ何だろう?って微妙に気になる場所が調べてみたら以前は祠があったとか。そういうのがわかるようになると俄然面白くなるよ。…そうだ、今度一緒に出かけてそういうとこ巡ってみない?俺、いくつか本当にやな感じするとことか、ここはすごいいいなって思う場所があるんだよ。今まであんまり他人に言ったことないんだけど」

不意に道幅がぐんと広くなって、両側によくあるチェーン店が林立し始めた。日本中どこでも見かけるロードサイドの光景だ。

「適当に入ろうか。こういうのがいいとか嫌とかある?中華だめとか。和食がいいとか」

「うーん。わたしは特に何が無理とかないけど」

軽く唸る。強いて言えば以前勤めてたファミレスチェーンは別店舗だってわかっててもあれ以来なんとなく足が向かないとかはある、けど。

「いろいろ考えるのも面倒だから、普通の一般的なファミレスでいいんじゃない?和食も洋食も一通り揃ってるようなやつでいいかな。そしたら何が食べたくても苦手でも、まあまあ対応できるでしょ」

「まぁ、そだね。…あ、じゃああそこでいっか」

ちょうど行く手に現れた店舗を目にして、啓太はハンドルを手慣れた様子で切って駐車場に車を乗り入れた。

エンジンを止めてわたしに降りるよう促しながら、ついでのように付け足す。

「自分の感覚が他の人にはどうなのかなってのもずっと気になってたから。すごい嫌だなって思うとこがタミちゃんにとっては何でもなかったりとか、俺が好きな場所が君も気分いいって感じたりとかあるのかなって。誰かとすり合わせて一度確認してみたいって思ってたんだ、前から。…だから、嫌じゃなかったら。今度一緒にそういうとこ回ってみようよ、本当に」


その時はそれで終わったけど、後日ほどなくして交換したIDに彼からLINEが送られてきた。

内容はやっぱりあの時の話で出た都内ミステリーツアー(定員二人)のお誘いで、正直どうしようかなぁと迷わなくはなかった。

でも、慎重に何度かやり取りした感触としてはこれはデートってわけではないよね?と何となく思えたし。最初顔を合わせた時みたいに

「タミちゃん先輩と二人きりで出かけられるなんて、ラッキーだなぁ」

みたいなことを冗談交じりでも言われたらちょっと引いたと思うけど、あれ以来啓太は打って変わって落ち着いた態度でまともな言動だ。

必ずしもあの時の印象が間違ってて、本当の彼が軽い遊び人じゃないとは思わない。女の子から急に誘われて今から出かけなきゃなんないんだよね、と悪びれずしゃあしゃあと言ってのけたあの様子。多分あれはあれで啓太の普段の自然な行動だったと思う。

でも、何回か会ってるうちに彼は次第にわたしをそういう対象にするのは止めたように感じる。単に高校時代に見知ってた『ちょっと目立ってた』先輩に妙な興味を示すよりも、母親や友人と身近な関係の人間でお互い霊感のない者同士、同じような立場の相手として接することにしたみたい。

そうすると変に異性として意識しなくていいから、わたしとしては断然好都合だ。完全に気を許すってわけにいかないけど、一応油断は禁物ながら関心は拭いがたく、結局わたしは啓太との約束を取り決めることにした。

いざ実際に行ってみると、霊感お試しツアーは意外なくらい楽しかった。

かねてから気になる、と啓太が主張する場所を一度にニ、三箇所くらいずつ無理のない範囲で巡る。例えば神社とかお寺とか、古い年季の入った建築物。かと思うとごく普通の歩道橋とか交差点や、何でもない道の片隅の石碑や祠だったりもあって。

「ここどう?なんか感じる、タミちゃんは?」

と尋ねられ、ちょっと神経を研ぎ澄ませる。啓太は事前に自分が「いい」と感じた場所か、それとも気持ち悪いと思ったところかは絶対に伝えない。わたしがどっちに感じるか、それとも何も感じないか先入観なしの正直な感想を知りたいらしい。

わたしも向こうに合わせる気なんか天からなくて、自分が本当に何か感知する力が些少でもあるのかが知りたいわけだから。そこは遠慮なく実際に感じたことをそのまま伝える。結果はいろいろ、啓太が嫌な場所をわたしも同じように気持ち悪いとか居心地悪いって思う時もあったし、全然何も感じないとこもあった。

彼が好きな場所をわたしも気分いいって感じを受けたり特にそうでもないなって首を傾げたり。やっぱり各個人の勝手な感じ方だからだいぶずれてるとこもある。

でも。何回かそんなことを重ねてるうちに、ぼんやりとだけど何かが朧げに見えてきた気がする。ずれや個人差がありながらも全体としては、嫌な感じを受けるところやわけもなく怖いなって思ってしまう場所については概ね一致することがわかってきた。

一方で好きな場所や居心地よく感じるところはかなり人によって違いがあるみたいだ。これは、変な話だがもし人間に良い影響を与える見えない存在ってのがあると仮定したとして、それを心地いいと感じるかどうかは多分に相性に左右されるってことなのかもしれない。

その点、悪いものは比較的誰にとっても大概悪いって冷徹な現実があるから。そう考えると、いい感じと嫌な感じで有意に結果に差が出たのはある意味当然って言える。

とすると。これって、ずっと以前から切ったまま放置されてたわたしの錆びついたセンサーも、思いきってスイッチ入れたら案外機能してるってことかも…。

心なしか、何回かそんなことを続けるうちに最初はあやふやだったわたしの感覚も、いつしか少しずつクリアな手応えを感じるようになってきた気が。それなりに自信を持ってここは好きとか、なんか気持ち悪いとこだねとか断言できるようになってきた。

思えばだいいちこんなことに揺るぎない正解なんてものはないし。自分が個人的にこう感じる、って事実に間違いとか断罪されるいわれはないわけで、どうにでも言いたい放題、自由だ。わたしも啓太も別に霊能者でも何でもないただの素人だし。こうして二人の間で好き勝手なこと言い合っても誰に迷惑かけるでもない。そう思うとどんどん自分だけの感覚に正直になれる。

これはなかなか楽しいもんだな、と思い始めてきた。あんまり嵌るのもどうかと思うけど。

こうして啓太と二人で出かけるようになったことは、特に増渕に対して報告はしなかった。

一応知らせた方がいいのかなとちょっと迷わなくはなかったが。奴と啓太は友達でもあるし、奴の先生である間仲さんの息子さんでもある。まして連れ立って出かける理由は霊感センサー再起動のため、業務と全く、まるっきり無関係ってわけでもないし。

それでもあえてそれを伝えなかったのは別にはっきりした意図があるってことでもなかった。ただ、いくら霊感絡みでの用件だったとしても行動としてはプライベートの範囲内だ。

奴の助手としての自分の普段の仕事に活かせるかどうかもあやふやな、ごく気楽な遊びみたいなもの。いくら霊が絡んでるとはいえ、そんなことまでわざわざ報告しなきゃいけないのか?と躊躇する気持ちがあった。

それに。自意識過剰かもしれないが、もしかしたら変な風に受け取られるんじゃないか?って危惧もなくはない。

わたしの方は一点の曇りもなく啓太に対してそういう気持ちはない。向こうもまあ、基本的にはそういう接し方を止めてるから、それっぽい雰囲気というか、これからだんだん距離が接近していってお付き合いが始まるんじゃないの?みたいな空気はない、ありがたいことに。

だけど確かに傍からみたらそうは思えないかも。わたしは思い当たって肩をすぼめた。きっと連れ立って楽しげに会話を交わしながら歩くわたしたちは、デートの真っ最中みたいに見えててもおかしくはない。

内実はそうじゃないって自分たちさえわかってればいいと思ってはいるけど。一方で、増渕はこのこと知ったらどう受け止めるのかな、と考えると。

…なんか微妙に気が重くなる。正直ちょっと面倒くさい。

疚しいことが何にもなくても、それが増渕にもちゃんとわかってても、なんとなくいい顔はされないかなって予測はつく。雇い主がこっちの行動を好意的に受け取ってくれないからって何か問題が生じるわけじゃない。奴は従業員のプライベートの行動が気に入らないからって難癖をつけたり差し出口を挟んでくるような人格でもないし。

でも、微妙にもやもやする表情を浮かべられるのもなんだか嫌だ。大方の反応が読めるだけにあえてそんなことを伝えたくはない。

その程度の理由で深い意味はなかったけど。結果、奴に隠し事を持ってるような状態になり、それはそれで窮屈な感じだった。一度隠しちゃうと、あとでなんかの拍子で増渕にそのことがわかった時に何でわざわざ隠したの?と思われるのも想像できるし。

それに、そんなつもりはないけど結局、奴の機嫌というか顔色を窺ったみたいなことになって。そう思い当たると図らずも憮然となる。

実に気分が悪い。


わたしと啓太の間で全くその手の話題が出なかったわけじゃない。怪しいスポットから次の場所へ移動するにもそれなりに時間がかかるし、他愛ない会話でも交わしてないと間がもたない。そんな中で話が微妙に恋愛に寄せてくることはさすがにゼロってことはなかった。そこそこ若い、独身の者どうしなのは事実だし。

「タミちゃんはさ。今、付き合ってる相手とかはいるの?」

ちょっとさり気ない調子で切り出され、微かに唸る。いちいち目くじら立てるほどのことじゃない。男の人は挨拶代わりにこういうことを訊いてくるもんだとはわかってる。軽く持ち出されるこの手の質問には慣れてるけど。

「うーん、そうだなぁ…」

目の下に広がる思いの外美しい夜景に気を取られたふりをしつつ答えを探す。訊かれるのには慣れてるのに、無難な答えや切り返しとしては一体ここで何が正解なのか、未だに結論に達していない。悲しいことに。

それにしても正しい答えも何もない。単純に事実としては二通りしかない筈なんだけど。つまり、付き合ってる相手はいるかいないか。その中間とかどちらでもないってどういう状態?

っていうか。成り行きで恋人同士が集まるような夜景で有名なポイントに来ざるを得なかったわたしは、普段なかなか目の当たりにすることのない宝石箱をぶちまけたような眩い東京の夜の姿に半分本気で目を奪われつつ脳を必死で働かせる。

事実を伝えたいんじゃなくて。ここで正解って、とにかく無難にこの場を乗り切るって意味でしかない。だから端的に「いないよ」って答えればいいってもんじゃないんだよ。

「いるの、やっぱり?」

言い淀むわたしの反応をどう読んだか、先回りして答えを促す啓太。そんなに真剣ってわけでもないけど、軽く持ち出して来た割に真面目な顔つきでこっちを見守ってる。

今日来たこのタワーの展望台は、霊域が近いらしくて結構歪んだ変な感じなんだよね、との啓太の主張を容れて選ばれた場所だ。こんなところに来る用事、普段どう考えても存在しないからわたしは今まできたことがない。

そんなにホットなスポットとは思ってなかったからガラガラかと思ってたら予想を超えて盛況な様子だ。昼はまた違うのかもしれないけど、若い女の子とカップルで一杯。

恐らく夜景がSNS映えするからなんだろうな。みんな各々スマホを手にあれこれ撮影する風だ。

全然スマホを手にしてもいないし写真も撮らないわたしたちは異色かもしれないけど、恐らく周囲にはカップルには見えてんのかなと思うとちょっと微妙な気持ちになる。

こんなとこ、何もわざわざ夜来なくても、と改めて思わずにいられないけど。夜だと本気で雰囲気が変わるんだよ、と力強く言い張られ、そんなもんかなと受け入れた。きっと誰か女の子とデートで来たんだろうな、ここに。

「…そういうの、もういいかなって。あんまり。…興味ないや、今」

やっと出て来た答えがこれ。自分ながら正直に過ぎる。何も事実をそのまま…、単に「いるよ」って答えときゃいいのに。

どうにもわたしは嘘が上手くない。どうせ明らかに口から出まかせ言ってるって相手にはわかるから、それもかえって場が気まずくなるし。

それくらいなら最初からちゃんと答えちゃえ、ってところについ逃げちゃう。

「…何か、あったの?過去に。そういうの、嫌になっちゃうようなこととか」

そうなんだ、じゃあ今はフリーだね?とかいう方に話は流れていかなかった。啓太は気遣わしげに静かな声で尋ねてきた。そういう感じに聞こえたのかな。わたしは慎重に返しを考える。

まあ、それは実際のところないとは言えない。はっきり言うとわたしはまともに男の人とちゃんと付き合ったことなんかほぼない。高校の時に二人ほど、何となく押されてそれっぽい雰囲気になったことがあるだけで、それもトラウマになるほど嫌な目に遭わされた訳じゃない。だからやっぱり問題は、大学卒業後の仕事場でのいくつかの経験と、電車での痴漢と夜道の変質者たちだ。

あんなの、一般的なちゃんとした男の人とは何の関係もないってわたしだって知ってる。頭ではわかってるんだけど、それと感情はまた別なんだよね…。

「…まぁ。大したことではないと思うけど。でもなんかね、やっぱり気分的に。そういう気になれないんだよね、今でも」

そこまで言って、ふとこっちをじっと見つめてる啓太のやや深刻な表情に気づき、慌てて明るい口調で弁解してみせた。

「あの、そんな重い話じゃないから。別に、立ち直れないようなトラウマとかじゃなくて。ただ、今の自分にそういう必然性を感じてないってだけ。あまり真剣に受け取らないでね。わたし、困ってないし、全然」

恋愛なんてしなくても全く問題なんか感じたことない。したいと思ったり憧れたこともほぼない。

このまま淡々と毎日を無事に過ごしていけたら、わたしとしては言うことない。そんな程度の野心?って呆れられたらそれまでだけど。

今までそんな基本的な心の平穏も長らく続いた試しがないんだもん…。

増渕の下でこのまま無難に仕事をする日々で何の不満もない。恋愛なんかむしろ、穏やかな平和を望むわたしとしてはかえって迷惑というか、邪魔な代物かも。

静かな毎日が無駄に波立つくらいしか得るものもなさそう。

「…じゃあ。このまま、誰とも付き合ったりしないでいくつもり?誰かを好きになったり、好きになってほしいって思わないんだ」

啓太はやっぱり何処か気遣わしげな面持ちだ。わたしは口許を曲げ、曖昧な声を出した。

「うーん…、まぁ。別に。…それでも、構わないかなって」

「そんな。…まだ全然、人生先長いじゃん。いつかまた、誰かを好きになれる時が来るんじゃないかな?決めつける必要なんかないでしょ」

わたしは彼の肩越しに眼下に広がる素敵な光の洪水に目線を馳せた。こんなロマンチックとしか表現できない場所でこんな話。なんか、まるでドラマか映画の一場面みたいに盛り上がれ!ってくらいわざとらしいシチュエーションみたいだけど。

こっちにそんな気がないとほぼ無意味…。

「…まあね、人生何が起こるかわからないから。決めつけるつもりは全然ないんだけどね」

とにかく話をそこで切り上げるつもりで言葉尻を濁した。こんなこと、他人と話してもどうなるってわけでもないし。

わたしの方はそれでさっぱり話は終わった気になってたけど、啓太は結局その日は最後までちょっと片付かない顔をしてたのを覚えてる。

思えばその時に適当にごまかさないで、ちゃんとまともに向き合って自分の事情を説明した方がよかったのかも。と後から思いついたって。

後悔しても起こったことは今更どうにも変わらない。


啓太とのそうした関係は関係として、彼のお母さんである間仲さんとのお付き合いもその後ごく順調に続いていた。

一ヶ月以上お世話になったのち、ようやく増渕は間仲家への居候をやめて自分の部屋へ戻った。最終的に深夜のクライアントの突撃訪問もほぼなくなり、わたしが納得した上で泊まり込みは終わりを告げたわけだ。

「今後、終業時間以降わたしが帰ったあとに誰かが玄関鳴らしても絶対対応しないで下さい。宅配便とかじゃないかどうかはドアスコープから覗けばわかるでしょ」

厳しい声で上から言い渡すわたし。増渕は所長たる威厳もなく、抵抗せずに従順にに頷く。

「そうですね。了解しました。もう営業時間外は事前の約束でもない限り、受けないことにします」

あまりの素直さにちょっと不安になる。こいつ、本当にわかってて言ってんのかな。

「あなたのためとかいう台詞は美しくないのはわかってるけど。こんなこと、わたし自分のために言ってるんじゃないですから。やっぱり所長の負担が心配なんですよ。まぁ、それでもわたしに隠れてでも今後もそういう人たちを受け入れるってんならもう、わたしの知ったこっちゃないですけどね」

ちょっと突っ放すように付け加えると、奴は何かを承知した風に鷹揚に笑って答えた。

「大丈夫です。タミさんが僕のことちゃんと考えてくれてるのはわかってるし…。これからは頑張って自分でしっかり断りますよ。それくらいできます、きっと」

何となくわたしがいい人みたいになってる感じが居心地悪い。思わずつけつけと素っ気なく言い放つ。

「増渕くんのためだけじゃないよ。ちゃんとルールを守ってくれてる他のお客さんのためでもあるんだからね」

「勿論そうですよ。それは間違いないです」

わたしのぶっきら棒な物言いも全く堪えた様子なく、更ににこにこと破顔する増渕。わたしは内心弱り切って音を上げた。

お前を喜ばせようと思ったことなど一瞬もない!

まあそんな風にして、わたしも住み慣れた自分の部屋に久々に帰りやっと落ち着いた日常が戻ってきた。

増渕が引き揚げてからも、わたしと奴は何かというとちょくちょく間仲家にお招ばれすることが多くなった。わたしの住んでる場所はたった二駅と近いので、間仲さんから声がかかって増渕に渡すものを預かったりするために立ち寄ることが時折ある。それは平日のまだ啓太が帰宅していない時間だったりするのが普通だった。

彼女は啓太推しを公言していた割には、その後は特にわたしたちの間を取り持つようなあからさまな言動はみせなかった。多分、ああやって言葉にしてわたしに彼を意識させるよう仕向けたあとはもう自然に任せるしかない、ってことはわかってるんだろう。二人の距離が接近するかどうかは当人同士が決めることでそこまでは介入できない。それはまぁそうだと思う。

そういう風に仕事絡みで間仲家に顔を出すだけでなく、しばしば細々したことを頼むお礼にということで休みの日など増渕と二人彼女に招かれてお昼や夕飯をご馳走になることがあった。わたしも増渕も(多分)休日に個人的な用事なんかほとんどないから、喜んでお相伴に預かる。そんなときは大抵、やっぱり会社が休日である啓太も一緒にその場にいることが多かった。

「あんた、今日は女の子と出かけないの?休みの日、こうやって家にいるなんて珍しいじゃない。最近は前ほどモテなくなっちゃったんじゃないの?」

あろうことか間仲さんは息子をからかってそんな言葉を投げかけた。わたしの前だからわざとなのか、それともあんな風にわたしに彼を勧めたことはもう忘れちゃったのか(絶対ないとは言い切れない。付き合いが深まるにつれてわかってきたけど、彼女はあれでどうも何処かぽっかり抜けてるとこがある)。彼女の息子はぶすっとして無愛想に答えた。

「いつもいつも女の子と遊んでるわけにもいかないよ。…てか、そういうのもそろそろ終わりかな、って。俺も落ち着かなきゃな、もうって思うようになってさ。最近は」

「何言ってんだお前、まだ若いのに。たった二十四で独身だろうが。今のうちだぞ、いろんな女の子と自由気ままに付き合ってられるのも」

一緒に食卓を囲んでいた間仲父が呆れたように口を挟む。こちらもかなりのイケメンでいらっしゃるので、何か経験に裏打ちされた重みのある言葉なのかもしれないが。まあ軽薄と言えば軽薄な突っ込みだ。

わたしも思わず加勢する。

「そうだよ、沢山の人と接するなんて今しかできないことかも。そういうのが無意味ってわけじゃないんじゃない?女の子たちがそれでいいってんなら構わないと思うけど。泣かせたりしない範囲で自分も相手も楽しめれば特に問題ないじゃん」

そこで啓太は周囲のことなど目に入らないように、あからさまにわたしにじっと目線を据えた。

「…でも、タミちゃんは今はそんなことしてないんでしょ。なんか、自分のことは棚に上げてない?」

上げてるけど、そりゃ。

ちょっと肩を竦める。それはそれ。自分のことと他人の話は全然別だ。誰でもわたしみたいにそんなのなしで平気ってわけじゃないのはわかってるし。

「わたしはもう別に…、そういうのは。必要ないから。人それぞれでしょ、そこは」

「タミちゃん、勿体ないなぁ。そんなに若くて綺麗なのに。男は山ほど君んとこに押し寄せてくるだろうにね。それとも、いろいろあり過ぎて男の嫌なとこ見過ぎちゃったのかな。だとしたらまだ見切るのは早いよ、世間には君の知らない奴もいっぱいいるわけだし」

言葉だけで取り出すとちょっとセクハラ親父みたいだけど、表情と口調のせいかさっぱりしててあまり嫌な感じではない。なんというか、人徳ってやつか。

心からそう思って言ってくれてるのはわかるし。でも啓太には不快だったらしく思い切り眉根を顰めて父親を咎めた。

「そうやって女の子に余計なことばっかり言うとさ…」

「大丈夫、啓太…くん。わたし、別に気悪くなかったよ。お父さんの言ってらっしゃることもわかるし」

慌てて介入する。

「今までのことで勝手に男の人のこと決めつけるのはよくないよね。自分の先入観で判断しちゃいけないってわかってはいるから」

「いいんですよ、タミさんは。無理しなくて自分のペースで」

不意に聞き慣れた静かな声が耳に響いて意外なくらいほっとする。わたしは目を上げて増渕を見た。奴は周囲に構わずまっすぐわたしに目線を向けていた。

落ち着かせるようにゆっくりと話しかけてくる。

「いつかまた気持ちが向くこともあるかもしれないし、ないかもしれない。どっちだっていいんですよ。タミさんの自由です。一般的な世の中のことと自分を較べる必要なんかありませんから」

「…そか」

わたしはちょっと肩の力を抜いて目の前の皿を見下ろした。自分に言い聞かせるように小さく呟く。

「そ、だよね」

何となく自分でもこのままじゃいけないのかな、わたしはおかしいのかなって考えが頭のどっかにずっと引っかかってた。男の人が怖い、そんな気になれないって言ったって、もう背後の守りも強化してもらったし。そろそろ子どもみたいなこと言ってないで年相応に、前を向いて進まなきゃいけないのかもしれない。…でも、どこに?

今増渕に言われて、いつの間にか無意識に自分で自分にプレッシャーをかけていたことに初めて気づいた。若いんだし人生長いし、このままでいいわけない。わたしは不足を感じてないんだからいいんだと口では言い張るけど、本当はいつまでもそれじゃ通用しないだろうって漠とした不安はどこかに常にあった。

でも。増渕ならわたしの事情も知って、全部飲み込んでくれる。わたしがこうなってる経緯も、面倒が嫌いで雑なものぐさな性格もわかってて、それでも構わないんだって思ってくれるなら。

わたし、もう少しゆっくりしててもいいのかなってちょっとだけ安心できるかも。

その日は夕食をご馳走になり、少し談笑してあまり遅くならないうちに辞すことに。今日は日曜で、明日は皆仕事だし。間仲家の皆さんにも早めに休んでいただかないと。

玄関先まで顔を出して送り出してくれるご両親の間から身体を乗り出して啓太が前に出てこようとする。

「タミちゃん、送るよ。家まで」

「いやいいよ。近いし。そんな遅い時間でもないし」

わたしは慌てて固辞した。たった二駅ばかり、大袈裟に過ぎるだろ。

「それに、どうせ増渕…、所長と同じ方向だから。電車は一緒に乗るもん。だから、心配要らないよ。全然問題ない」

「ちゃんと送るから。お前は気にしないで休んどけよ」

増渕も落ち着き払って横から請け合う。啓太は不満げに口ごもった。

「でも」

「へーきへーき。だいいちまだ八時だよ?そんな、騒ぐような時間帯でもないじゃん。…明日仕事でしょ、啓太も。ゆっくり休んで?」

わたしはきっぱり言って彼に背中を向けた。増渕が間仲夫妻に丁寧に頭を下げてわたしの後に続く。背後から啓太の声が追いすがるように投げかけられた。

「…また連絡するよ」

「うん」

つい普通に返事をしてしまい、そうか、わたしと彼が二人で会ってることは他の人たちには知らせてないんだっけ。どう受け取られるかなとちょっと思ったけど、まぁいいかとそこは気にしないことにした。

不審に思われて尋ねてきたらちゃんと正直に説明すればいい。わざわざ間仲さんや増渕にこっちから報告するほどのことでもないよな。

振り向いて軽く頭を下げると、間仲夫妻は微笑んで、啓太はちょっと含むところのなくもない固い表情でこちらを並んで見送ってくれていた。増渕がそっと肩を寄せて小さな声で囁く。

「…家の前までちゃんと送りますから、タミさんのこと」

「いいって、そこまで。あんたも自分の部屋に着くのが遅くなっちゃうじゃん。うちは駅から割と近いし、人通りの少ない道もないし。電車の中さえ一緒にいてくれれば」

奴は押し付けがましくもなく、淡々と答えた。

「僕は別に家に早く帰らなきゃならない理由もないし。ただ、部屋の前まで送り届けた方が自分が安心できるってだけです。ちゃんと無事に部屋に入るとこ見届けたらさっさと帰りますから。あまり気にしないで下さい」

そうは言われても。わたしは思わず軽く眉をひそめた。あんまり丁寧に扱われるとさ。

「だって、わたしの守りは既に固めたんじゃないの?変なのに取り憑かれたような輩を引き寄せないように守護霊の人たちが協力してくれてる筈でしょ。それともやっぱそれ、今もまだ全然機能してないの?わたしには隠してるけど。本当はそこを心配してるの?」

奴はわたしと肩を並べて歩きながら、あまり目線の高さが変わらない距離からあの柔らかい象みたいな目でわたしを見た。

「それは全然大丈夫です。あんなにわちゃわちゃパニクってたのに、今ではみんな活き活き働いてますよ。仕事の進め方がわかって結構幸せそうに見えます。なんか、よかったなと思います、改めて。この人たちの手助けができて」

何とも微笑ましげな口調はなんなんだ。いつもながら、この人の脳裏にはどんな光景が浮かんでるんだろ?

奴は急に顔つきを引き締めてそのあとを続けた。

「問題はそっちじゃなくて。霊界の視点から見たら勿論ガードはしっかりしてるんですけど。実際にあなたに危険を及ぼす可能性があるのは生きてる人間であることは間違いないですから。それを百パーセント守護の力で回避できるとは限りません。全員が全員、低級霊の影響で変になってる連中ってわけでもないので」

「あぁ…、そ、ね」

わたしは内心ちょっとげんなりして首を縮めた。何にも操られてもいないのに自主的に心底変態の奴もいっぱいいるってことね。

増渕は厳しい表情をわたしの方に向けてきっぱり言い渡した。

「タミさん、覚えておいて下さい。霊の影響を受けてようが受けていまいが、ほんとに怖いのは結局生きてる人間ですから。霊なんか、それに較べたら何ほどでもないです。せいぜい裏側から人間に対して働きかける程度のことしかできないし。こっちが想像するほど大した力も及ぼせやしません。その点、現実の存在はダイレクトにこっちに関わってこられますからね」

「うぉ…。そりゃ、そうだけど」

わたしは低く呻く。実際、それが本当のとこなんだろうけどさ。

これから暗い中を帰るってのに。その話、インパクトあり過ぎだろ…。

奴はちょっと何かを誇るように胸を反らした。

「ね、だから僕みたいなもんだっていないよりいた方がましでしょ。家の前まで送らせてもらいますよ。大丈夫、絶対中に上がらないで帰りますから。タミさんがいくら優しくコーヒーでもどう?とか言ってくれてもきっぱり断って帰れる自信あります」

なんか失礼だな!

「そんなん自慢になるか。何得意げに言い張ってんだ。…もういい、わかった。勝手に送ればいいでしょ。ついて来たいんなら来なよ」

突っ放すように宣言すると、奴はあからさまに顔を綻ばせて弾むような足取りで近づいてきた。

「わかってます、送るのは僕の勝手ですから。タミさんは気にしないで自分のペースで歩いて下さい。ちゃんと無事に部屋に入っていくとこ見届けたらもう気が済むんです。…あ、そっちの道行くんだ。うー…、ん。まぁ、いっかあ…」

「急に言葉濁すな!…なんか、気ぃ悪いわ」

わぁわぁ言い合いながら夜道を二人で前になったり後ろになったりしながら速足で歩く。

自然と表情を緩ませながら、ふとさっき間仲家の玄関で振り向いた時に目にした少し強張った啓太の顔つきが脳裏に一瞬浮かんだけど、まぁ大したこととも思えない。

何となく胸のどこかに引っかかる気がするのをちょっと不審に思いながらも、頭の中でさっと隅っこに追いやって、そのあとはもう深く考えることもなかった。


《続》










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