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タミルちゃんは謝らない  作者: タカヤマキナ
3/12

第3章 タミルちゃんは警戒しない

こちらの事情ですみません。連載小説は次話として投稿しなければいけないことを知らず、別の小説として投稿し続けていました。規約違反になるみたいなので、大急ぎで次話投稿してます。やり方がわからないのでパニックです…。

うまくいけば今までの分が一つの話になるはずです。これまで読みにくかった方がいらしたらすみません。

それでは、よろしくお願いします。

「今晩から、部屋を交換しませんか。お互いに」

わたしが真面目な顔で正面から切り出すと、所長の増渕は理解できない、というように間抜けなぽかんとした表情でこっちを見返した。

「え。…部屋って、なんですか。リビングと面談室?」

わたしはリビングに自分のパソコンを置いてるので、面談の立会い以外はほぼそこに常駐してる。一方で増渕の方は顧客がいない時にも面談室にこもってることが多い。

わたしはきっぱり首を横に振った。

「そうじゃなくて。夜です。…増渕くん、いきなり押しかけてくるクライアントさんを受け入れるの、全然止めないじゃないですか。いくら注意しても」

先日の、朝から人妻クライアントと鉢合わせした時。以来観察していると、わたしの出勤時間まで居座っている顧客ばかりとは限らないらしく、時折何かの痕跡が朝、部屋に残ってることがある。片付けられたビールの空き缶とか(増渕は基本部屋で一人飲みはしない)、煙草の吸い殻とか(奴は煙草を吸わない)。そのたびあの野郎、とぶんむくれてそれを指して問いただす羽目になる。

「これはプライベートの交流ですか、それとも仕事?」

情けない顔で首を縮めた増渕は決まって仕事です、と供述するのだが。

わたしだって自分が帰ったあと、奴が部屋に女性を呼び入れて飲んだり話したりそれ以外何やらすることに対して小姑みたいに口を挟みたいわけじゃない。相手がわたしも顔見知りの顧客だろうが、三十、四十代の人妻だろうがそれをどうこういう気もない。他人の私的な交遊関係なんか知ったこっちゃないし。

問題はそれが仕事に分類されてる、ってことだ。降霊や霊視が伴って、報酬が発生してればどんな形でもそれは業務だ。現にいつもそのたび謝礼は頂いてる(増渕もこっそりポケットに入れてしまえばいいのに、そんなとこだけ律儀で正直)。

「問題はいくつかあります。まず、仕事なのにアルコールがその場で摂取されてること。危険じゃないですか、集中が必要とされる場なのに。思わぬ事態を招かないとも限りません」

いつになく丁寧で厳しいわたしの口調に恐れをなしたように、でも往生際悪く小さな声で抗弁する。

「降霊の時は飲んでません。ちゃんと全部終わってから…。それに、僕はほとんど飲んでないですよ。いつもお客さんが何かしら持ってくるんですよ、それで自分ばっかり気持ちよく酔って帰ってくんです。なんか…、それくらい、駄目とかも言いづらいじゃないですか。誰に迷惑かけてるわけじゃないし」

いやかけてるね。

「もう一つは寝不足です、あなたの。気づいてるかどうか知らないけど。そういう日のあなたのパフォーマンス、切れ悪いですよ。部屋に残ってるアルコールの匂いがいけないのかなぁと思ったけど。よく観察してると頻りに欠伸ばっかしてるし。充分睡眠取れてないでしょう、そういう時。わたしが出勤してくる朝方までにお客さん帰したとしても」

「…はぁ」

奴はわたしのお説教を拝聴してます、という態度で神妙な顔をしてるけど何が疚しいのか絶対に目を合わせようとしない。大体、こっちが問い詰めないといつも夜中にお客さんがきたことを自分から報告しようとしないのは何でだ。それでいて忘れた頃にこっそり簡単な面談記録を残しておいたりするし。

わたしがこうやって文句を言うからかえってこそこそするんだ、ってこともあるのかもしれないけど。わたしは腕組みして奴を上から見下ろしながら考えざるを得ない。

もしかしたら多少、ちょっとは、お客さんの方もこいつに対して変な下心があるのかもしれないな。わたしがここに勤めるようになってから予約の受付や面談時間の管理はほぼ滞りなく運営されるようになったし(手先はぶきっちょだけど仕事ができないってわけじゃないんだぜ!)、概ね常連のお客様にも好評だ。

「前はいつ来ても誰かが先に居座ってたし、それもなかなか終わらないから…。ここに来よう!と思う時は予定半日空けて、時間かかるの覚悟で来るしかなかったから。今は楽だわ〜」

そう言って頂くのも一度や二度じゃない。

それなのに今でも普通に予約を入れてきっかり一時間で面談を終わらせるのをよしとせず、助手のわたしがいない夜中や休日をわざわざ狙ってやってくる顧客が数名いるのも事実だ。初めてここにわたしが就職面接に来た時に鉢合わせしたクライアントさんやこの前のお泊り人妻たち。みんな、何となく増渕に対する距離感が近過ぎて不穏な感じ。彼女らといる時の満更でもない表情の増渕を見ると、機嫌を損ねないようそれなりに相手してあげてるんだと思いつつちょっとむかっとくるものがある。

なんて言うか。最初の時も思ったけど。わりと、ホストっぽい?

軽く頭を振ってそんな考えを追い払う。どの程度まで奴がそのことを意識してるのか知らないが。彼女らの方はこいつに対して単なる拝み屋としてじゃなく、多かれ少なかれ男性としての何かを求めてる気配がなきにしもあらずだ。

しっかし、わかんないもんだな。わたしは俯いたままの奴と目線が合わないのをいいことにこっそり全体を眺め回す。客観的に言って増渕は特にイケメンてわけでもない。不快な外見じゃないことは確かだが(物議を醸しそうな表現だな。『不快な見た目』って何だ?やばくないか?)、印象の薄い、せいぜい「感じがいい」って褒め言葉が精一杯のルックス。わたしは男の身長なんか高かろうが低かろうが大したこっちゃないと思うが、一般に世間の女性はそれなりの高身長を有り難がるって事実を考えると百六十センチちょっとのわたしとそんなに大した差がない増渕の背の高さは物足りない、っていう向きだっているだろうに。

そんなことはモテの本質とは関係ないってことなのかな、やっぱり。確かに落ち着いた表情で静かに話を聞いてくれて、真剣にこっちの身になってアドバイスをしてくれる奴はちょっと魅力を感じさせなくもない。わたしもその片鱗は目の当たりにしたからよくわかる。

女の人は自分の話を本気で聞いてくれる相手に弱いって話はよく聞くけど。その気持ちは以前より理解できる。深く共感してくれて、寄り添ってくれるって感じたらふわって足許が揺らぐかも。でもそれは自分が相手の時だけじゃない、誰にでもそうなんだって知ったらさ。

何となく肩を竦める。やっぱり普通、ふぅんそうなんだ、って冷めるっていうか。冷静になるじゃん。でもあの人たちはそれはわかってても気にならないってことか。しかも親身になってくれるのは仕事を依頼したからで、話を聞いてもらうことに対して謝礼だって払ってる。個人的な関心じゃないって重々承知でも構わないんだな。そういう感覚がホストと客みたい、って印象に繋がるのかもしれないけど。

わたしなら絶対無理。お金払って話聞いてもらって、それで本当に気持ちが満たされるのかな。いやいいのか。ふと気づく。あの人たちは多分ほとんどみんな、結婚してるか決まったパートナーがいる筈だ。むしろそういう立場なら、報酬を出してその分、その時間だけしっかり相手をしてもらうってかえって安心感があるのかも。

本気で恋人になってほしいとか、こいつを丸ごと独占したいってわけじゃないんだ。一緒にいるその間だけ自分を見てもらえればいい。それなら絶対嫌な顔をしない、何でも聞いてくれるこいつは条件ぴったりな存在なんだろうなと思う。

勿論独身も独身、決まった相手もいないわたしから見たら全然対象外なのはわざわざ言うまでもないが…。

まあそれはいい。ここで大事なのは、個人的な話じゃなく、こいつがわたしの仕事のパートナーだってことだから。

気を取り直し、わたしは少し声を和らげて話を続けた。

「やっぱり、今みたいなパターンが習慣化するのはよくないと思うんですよ。夜来るお客さんたちもこうやっていきなり来ても大丈夫ってことになっちゃってるし、結局」

「…はい」

奴は悪いことした子どもみたいに済まなさそうに身を縮めた。

「でもそれって、ちゃんとルールを守って昼間に予約取って来てくれる方に悪いじゃないですか。寝不足の、集中できない状態で依頼を受けるのは…。あなたの身体も心配だし。ただでさえ押しに弱いのに、そう言う時の増渕くん、本当にふらふらしてますよ。霊に入られやすくなってすぐ取り憑かれるし」

「う」

そこは自覚があるらしく、弱いとこを突かれたって表情がさっとその顔をよぎる。わたしは容赦なく淡々と畳みかけた。

「正直いつもより中に入られるまでの抵抗が少ないです、全然。それでなかなか抜けないから、いつもより多く背中も叩かなきゃいけないし。お客さんがびっくりするじゃないですか、目の前でばんばんされたら。わたしの手のひらも痛いし」

奴の背中の心配はしない。それでも増渕は申し訳ない、とばかりに更に頭を下げた。

「…済みません」

「いえまあ。よくわからないけど、それってサイコメトリクスの精度にも影響しないの?体調とか。いつもより集中できなくて見えづらいとかはないんだ」

奴はちょっと立ち直って顔を上げて自信たっぷりに言った。

「そこは大丈夫です。むしろなんか、ふらふらしてる時って見えやすいんですよ。自我が薄くなってるからか、トランス状態になりやすいんです」

「…うーん」

わたしは腕を胸の前で組んで唸った。言いたいことはわかるけど。なんかそれも危うい気が。

だいいち自分で『ふらふら』ってはっきり言っちゃってるし。やっぱ駄目じゃん。

「まあそれでいつもより多く情報が取れたとしても。別に増渕くんの手柄にはならないよ。褒められたもんじゃないでしょ、夜更かし徹夜の疲れでハイになってトランス状態になったからって。体調きちんと整えて自分の本来の力発揮した方がいいに決まってるよ」

「それは。…勿論。そう、ですよね」

弱気にもすぐ納得してわたしの言い分を認める増渕。それに力を得て、改めて提案を切り出すわたし。前のめりに身を乗り出して更に続ける。

「だから。…やっぱりきっちり睡眠と安息を確保できるパターンを確立しないと。それで、考えたんだけど。思いきってしばらくの間、お互いの家を交換しませんか?わたしがここに滞在して、夜間にいきなり訪問してくる人を追い返すから。それなら全然断れるでしょ、だいいち仕事を受けられる人がここにいないんだから。そうはっきり言って、昼間の予約を入れて改めて出直してきて下さいって言うの」

増渕は少し顔をしかめたが、それがどういう感情の表れなのかはわからない。クライアントたちとの交流を邪魔されたくない思いがなくはないのか。こんな風にみんなが突撃訪問してくること、本人はもしかしたら満更でもないのかな。ちょっとそんな危惧も感じたが、どうやら杞憂だったかも。

「そんなこと。タミさんに負担かけるじゃないですか。夜遅くにいきなりチャイムで起こされたりしますよ。そしたらタミさんこそ、睡眠不足で体調崩しちゃうでしょ」

「別に。気にすることないんじゃないの。わたしが多少寝不足でも、昼間の仕事には大して差し支えないし」

平然と答える。

「それに、増渕くんと違ってわたしはその人たちの相手なんかしないもん。起こされたって、ただインターフォン越しに所長は夜はここにいません、昼間に出直して下さいって断るしかしないからさ。そのあとちゃんと寝直すし。だから心配ご無用ですよ、そんなの」

「うーん、でも。…タミさんに迷惑かけるのは…」

何となく煮え切らない増渕。眉あたりに思案の色を浮かべてたかと思うと、ふと何かに思い当たったように顔を上げる。

「それに、ちょっと意味がわからないとこが。何ですか、家交換て?タミさんが夜ここに泊まるのはわかりました。でも、その間僕は?どこにいることになってんですか、その計画によると?」

「え、当然うちです。わたしの部屋に行けばいいでしょ。交換てそういう意味しかないじゃないですか」

何聞いてたんだこいつ。わたしは噛んで含めるように丁寧に説明する。

「まあそりゃ、ここよかだいぶ狭いけど。駅から遠くはないし。あ、一度送ってきてくれたから、場所はわかりますよね。ちゃんと最初は送っていきますから、道忘れてても大丈夫だよ。しばらく通勤することになっちゃうから、面倒だろうけど。わたしはその分楽できるな、ラッキー」

気楽に呟くと、奴はどうしたわけか突如猛然と噛みついてきた。

「な…っ、何わけわかんないこと言ってんですか、タミさん。絶対駄目ですそんなの」

「ふぇ?そんなに電車通勤嫌?」

わたしは意味もわからずぽかんと奴を見やった。増渕はやけに真剣な顔でわたしを見つめ、厳しい声で言い募る。

「ちゃんと真面目に考えて下さい。頭使ってます?自分の部屋によく知らない男を入れて、その上泊めるなんて。どんなことになるかわからないじゃないですか。油断するにも程があるでしょ。危なっかしいなぁ、本当に」

「ええ、何でよ。だって、わたしはその時こっちにいるんだよ。別に一緒の部屋に泊まるわけじゃないじゃん」

ぶんむくれて言い返す。てか、さらっと言い放ったけど、こいつ。わたしが頭使ってないって言わなかったか。気弱な後輩体質って思ってたけど、それは表面だけで心の底では結構わたしのこと舐めてたんだな。

「てか、別に一緒の部屋に泊まったって何てことないとは思うけど。わたしの部屋が嫌なら、ここでしばらく二人で住む?夜中のドアチャイムに絶対自分で対応しないって約束できるならそれでもいいよ。わたしはリビングのソファで寝るし」

「タミ、さん。…もう、本当に」

奴の脳天から蒸気のようなものが。って錯覚を起こすくらい、増渕はマジで激怒していた。

「自分を守るってこと、ちゃんと考えたことあります?いくら背後の守りを固めたってあなた本人がそんなことじゃ…。いいですか、バックの人たちは雑多な霊からはタミさんを守ってくれますけど。生きてる人間から身をを守るのはあなたが自分でちゃんとやんなきゃいけないことなんですよ。そこは責任感じて下さい」

「よくわかんないんだけど」

あまりの剣幕に少し後退りつつ、納得いかないわたしは口を尖らせて反駁する。

「この場合に限定すると。その『生きてる人間』って、増渕のことでしょ。だったらそんな神経質になることないじゃん。わたしだって別に、誰でも自分の部屋に泊めようなんてそんな気ないよ。あんただから大丈夫ってことなんだからさ」

多少なりとも気を使って表面ではちゃんとした言葉遣いをしようと普段は心がけてるのにここにきてつい内心の声そのものの『あんた』呼ばわり。でも増渕はそんなことに構う様子もなく、目を三角にして更に言い募った。

「僕だから大丈夫って根拠は何なんですか。何にも僕のこと、実際は知らないじゃないですか。あなたの部屋に泊まり込んでこっそりその間に、どこかに盗聴器や監視カメラを仕込むかもしれませんよ。何かごく私的なものを見ようとしたり、持ち出そうとしたりするかもしれないし。合鍵を複製して、元のを返した後もこっそり保管しておくかも。…何だって考えられます。男をそんな風に簡単に信用しちゃ駄目なんですよ。あなたみたいな女の人相手に何するかわかったもんじゃないんですから」

「何言ってんのあんた、変なこと言うなぁ」

わたしはうんざりして呟いた。

「増渕はそんなことするわけないじゃん。自分だってわかってんでしょ、それは」

奴はむすっとして認めた。

「しませんよ。そんな、タミさんを傷つけるような嫌なこと…。でも、僕がいくら口ではしないって言ったからってあなたはそれを信用したら駄目なんです。相手を疑ってかかるくらいでいいんですよ。そんなんじゃそのうち変な男に騙されます。…ああもう、やだなあこんなひとの世話焼くの。何だってこう、どこもかしこも抜けてるんだろ。あんな性格きっついくせに、何の役にも立ってないじゃないですかそれが」

なんか、結構なこと言われなかったか、今?

つい言い返すのも忘れて呆然と佇むわたしを尻目に、奴は目を伏せてしばらくじっと黙り込んだかと思うとおもむろに顔を上げてやや厳しめの声で言い渡した。

「とりあえず、こっちから更に守りの者を追加しときます。霊的なものでも手薄より少しはましでしょ。でも、低級霊絡みの案件ばっかとは限りませんから。生身の男からは自分で身を守るって感覚忘れないで下さいよ。相手が僕でもそれは同じですからね」

「だから。…そこがわからんて。少なくともあんたからはさ。増渕が自分でわたしを守ったら。それくらいできないの、自分からわたしをガードするくらい」

奴はちょっと複雑な表情でわたしを見返した。

「それは。…やりますけど、勿論。いつもそういう気持ちではいますよ」

「ほら、やっぱりそうじゃん」

わたしはなぜかちょっと嬉しくなって奴に笑顔を向けた。

「口でなんて言ったって絶対、増渕はわたしに変なことするわけないって。わたしに嫌な思いさせたくないんだってちゃんと知ってるもん。なのに、なんで変な風に面倒なことごちゃごちゃ言い立てるんだろ。いいじゃん別に信じたって。他の男の人のことなんか信用してないよ、増渕のことだけ言ってるんだから」

増渕の喉から聞いたこともない変な音が微かに漏れたのがわかった。強いて言うなら「くぅ」とか、「ぐえ」とか。

「何よ、真面目に話してんのに変な声出して。ふざけてんの?」

「ふざけてません、絶対。…もういいです。この話は。終わりにしましょう」

何でぱたぱた自分の顔手で扇いでるんだ?

それに。わたしは慌てて言葉を継いだ。

「いやだから。話終わりにすんなって。もともとあんたが夜中にクライアントに対応するからいけないんじゃん。とにかく誰が何と言おうとわたしはここで夜、番犬するからね。増渕はここで寝ても、わたしの部屋使うんでも勝手にしたら」

「でも」

抗議しかけた増渕を軽く手で制する。

「どっちも嫌だって言い張るんなら自分で居場所を考えなよ。別にホテルでも何でも取れば。でも、多分一か月はかかるよ、もう夜中に顧客が訪ねてこなくなったって確信できるまで続けるつもりだから。いくらかかるかわかんないかも。最終的に」

「…一か月…?」

奴は思わず、といった感じに口許を曲げて腕組みをした。さすがにそこまで長期戦だとは想定してなかったらしい。

でも、突撃クライアントを本気で殲滅することが目的だからさ。夜はいつ来ても無駄って周知徹底させないと。

一週間待ったら今まで通りって思われたら元の黙阿弥だもん。

だから自分でちゃんとクライアントさんを追い返してくれればいいのに、と言いかけて止めた。この流れだとじゃあ、これからはきっちり自分で断りますとか口約束してくるな。正直もうそんな自己申告は信用ならん。

「…あ、そうだ。だったらその間、お世話になれそうなとこがあります。僕」

不意にいいこと思いついた、みたいにそれまでにない明るい声を出した。わたしはつられて彼のぱっと灯りのついたような表情(地味なりに)に目線を向け、その先を促す。

「そうなの?聞いてよければ。どこ、そこ?」

そう言えば、こいつって実家とかどこなのかな。不意に増渕のことを何にも知らないのに気づいた。高校が神奈川県境すれすれの都内だったんだから、普通に考えたら地方出身の可能性は低いけど。そしたらもしかしたら、その期間は実家からここに通うとか。

漠然とそんなことを思い浮かべたわたしは想定外の答えにちょっと目を剥いた。

「割と近所に、僕の霊関係の先生の家があるんです。もしかしたらそこに居候させてもらえるかも。事情をちゃんと説明すれば…。そうだ、いい機会だから。タミさんも一緒にそこのお宅に挨拶に行きませんか?僕がお願いに行く時に」

「…はぅ?」

全然心の準備ができてないのに。微妙に怖気づいて後退る。そう言えば、増渕は近いうちにわたしを先生に紹介したいって以前に言ってたような…、それかぁ。すっかり忘れてたけど。

奴はわたしの気後れなんか気にも留めない風で浮き浮きと続けた。

「事務所が休みの日がいいですよね。じゃないといつ予約が入るかわからないし。例えば今度の日曜とかどうですか?タミさんの予定が大丈夫ならですけど。…僕、連絡しておきますよ」


もちろん、わたしに週末の予定なぞあるわけがないのであった。

観念してうちの最寄りの駅で奴と待ち合わせ、『先生』の家へ赴く。その方のお宅はむしろわたしの部屋の方の近くにあった。この駅から増渕の事務所のあるところと反対方向、上り方面へ二駅いった場所。増渕んちから見ても同じ沿線で六駅ってことだから、確かに近所といっていいけど。

「結局事務所を開くってことになった時、どうせなら先生のお宅が近い方が便利だなと思ってあそこを選んだって経緯もあって。何かとお願いしに行くことになりますから、僕の手に余る依頼を受けてもらったり。時々は問題が生じてないかざっと全体をチェックしてもらわないといけないし」

「へぇ。…結構、頼ってるんだね」

わたしは感心した声で相槌を打つ。除霊系の依頼が来たら先生にお願いしてるって話は聞いてたけど。全体の点検も定期的にしてもらってるってなると、結構連絡も密にとってるんだな。確かにそれなら近場にいる方が便利だろう。

「だって自分じゃわからないようなちょっとした綻びが、気がつかないうちにどんどん大きくなっていく恐れは常にありますから。でも、それは先生の方も同じですよ。僕が彼女の仕事を外側から見てチェックすることもよくあります。この仕事、できる限り複数の視点で確認しつつ進められるに越したことないんです。なんてったって目に見えないものを相手にしてるんですから、慎重になり過ぎってことはありません」

「ふぇ。…まぁ、そうかあ」

あやふやな声で頷いた。こういう人たちの内実なんてわたしにわかるはずもないけど。

霊感なんてものがあるんなら、どんなものでも見透かすが如くお見通し。人の心の中だろうが物事の裏側だろうが隠しようもなく全部見抜かれてしまうような、そんな万能の存在をざっくりイメージしてしまうが。勿論本人たちからしたらそんな簡単なもんじゃないんだな。

自分に見えてるものが全部って確信できないのは彼らも多分同じなのかも。きっと暗闇の中で感覚を研ぎ澄まして周りの空気を読むような、手探りの状態の中で仕事をしてるのかもしれない。そうしたら確かに霊感のあるもの同士、感じたことが正しいかどうか互いに確認し合うのは重要な手続きなんだろう。

何しろ形のないものを相手にしてるわけだから。下手をすると自分の思い込みだけでどんどん袋小路にはまっていきかねない。客観的な後ろ盾が欲しい、って切実に思う気持ちはわからなくもない。

「こういうことを仕事にしてる以上、依頼してくれた方に何かあったら絶対にいけないですから。そういう意味でちゃんと責任を果たそうと思うとダブルチェックは欠かせません。それは先生も、何年やっても変わらないって言ってますね。自分以外の目があるのは助かるって言って下さるんで。僕なんかでも役に立つことがあるんならってことで、時々協力させてもらってます」

「そっか。…やっぱ、プレッシャーがあるもんなんだな」

わたしの低い唸りはタイミングよくホームに滑り込んできた列車の轟音にかき消されてしまったが。

「どうせお客さんにはわからないんだから細かいとこは適当でいいやなんて、増渕に限って考えたりしないんだろうね。わたしならまぁまぁ、大体あてずっぽでもばれないからいいやとかきっとなりそうだけど。ちゃんとしてるよなぁ、やっぱり」

「いえあの。…別に、僕タミさんが思ってるほどちゃんとはしてないですけど。霊視も口寄せも、抜けてたりちょっとした見落としがゼロとは言えないです」

わたしが思わず声に出して感嘆すると、奴は何故だか耳を真っ赤にして横を向き早口で呟いた。

「ただ、表面に見えてることとその奥に潜んでることとの間に乖離があるのが一番やばいので。見せかけを害のないように装ってくるものが一番怖いですから。そういう、悪意ある奴さえなければ多少の見落としはね、致命的なことじゃないですし。…だからあの、買い被ってもらわなくても。全然僕なんか。案外適当な奴ですよ、いい加減なとこだってちゃんとあります」

むきになって言い張るほどのことではない。だいいち『ちゃんといい加減』って何だ。意味わかりづらいわ。

「そんなに照れなくても。別に増渕が思うほどすごい買い被ってはいないよ。適当っていうか、押されたらずるずる何にも断れない煮え切らない性格だってもう知ってるし。人間のことも霊のことも」

彼は目に見えてがっくりと脱力した。俯いて悔しげに力なく言い張る。

「だから。…言ってるでしょ、いつも。断れないんじゃなくて断らないんだって。まぁねえ、わかってはいるんですけど。普段の仕事ぶり見られてるのにそんなに高評価なはずないってことは。…タミさん、そこはしっかりシビアなんだよな」

わたしはもう相手にせず知らんふりで真っ暗な地下鉄の窓の外を、興味深いものが横切るかのように見やった。

そりゃわたしだって、あんたが夜討ち朝駆けの人妻たちを丁重にきっちり追い返せるんなら心から見直すのも吝かじゃないよ。

褒められて浮かれるんならそこら辺、びしっと決められるようになんないとな。霊的にどんだけ力があるか知らないけど、何でも受けるだけ受けて収拾がつかなくなるようじゃ。そういう基本的なとこでまだまだなんじゃないかな。と口には出さずに突っ放した。


増渕の『先生』は漠然と想像してたのとぜんぜん違っていた。

まず霊能者っぽいとこがどこにもない。それを言い出すと確かに増渕も霊感持ちらしさなんかどこから見ても皆無、知らなきゃ一体何の職業なのか推測するのも難しいごく普通の頼りなげなとっぽい兄ちゃんだが。

駅から徒歩十五分近く、場所はいいが特別高級感漂うってわけでもないごく普通の住宅街のなかのごく普通の一般的なお宅。道に面した側から見るとほとんど庭とかはなく、みっちりと建物が表に迫っている(あとで知ったが、裏側には少しだけ庭と呼べる空間がちゃんとあった)。路線価格を考えたらここに自前の家があるだけでも大変なものだと思うけど、建屋はそこそこ古くて特別感はない。

「いらっしゃい、どうぞ上がって。…はじめまして、赤崎さん」

チャイムに応えて出てきてくれた女性は気さくな表情をわたしに向けた。明るくてきぱきとわたしと増渕を促し、奥のリビングへと通してくれる。

「お話は伺ってます。増渕くんがすごくお世話になってるみたいで…。この人、力は申し分ないとは思うんだけど。いろんな意味で危なっかしいでしょう。ちゃんと誰かがそばについて、仕切ってくれないと続かないなぁと思ってたから」

時季的にそろそろ冷たいお茶。わたしたちの前に氷の入った涼しげなガラスの茶器で麦茶を置いて勧めてくれる。有り難く一口頂き、思わず顔がほころぶ。…美味しい。

「なんか。…すごく、味がしっかりしてますね。普通の麦茶と違うんですか?」

ペットのうっすいお茶と全然別物みたいなんだけど。先生は軽く肩を竦めた。

「ああ。…わたし、濃い方が好きなの。だから、煮出し用のを買ってまとめて作るのよ、いつも。単に自分が飲みたいからね、こういう味のを」

「はぁ。…それでか」

つくづく感心する。そう言えば、増渕も緑茶とコーヒーに対する思い入れも手間のかけ方も半端ないけど。こういうところも影響を受けたのかな。それとも自然と似たもの同士が集まるもんなのか。

「わたしもこっちの方が好きです、いつも飲んでる売ってるのより。だからってなかなかそこまではできないんですけど」

彼女はあっけらかんと笑った。

「言うほど手間かかってないのよ、慣れたらなんてことない。でも、わざわざそこまで自分でしなくても。時間のある時ここに顔だしてくれたらいつでもお出しするから。…赤崎さんのお家もここから近いんでしょ?」

「はい、むしろ事務所より近いくらいです」

何となく雰囲気の和むわたしたちの間に増渕が不意に割って入るように口を出した。

「間仲さん。…どうですか、この人?いくらか手を入れて処置してみたんですけど。…こんな感じで大丈夫でしょうか?」

先生はふと目を瞬かせ、軽く頷くとわたしに柔らかく笑いかけて短く尋ねた。

「赤崎さん。…いきなりで不躾かもしれないけど。ざっと、周りとか後ろを見てもいい?ガードの状態を見るだけで余計なことはしないから」

「あ、はい」

思わず身を硬くしたけど、彼女はやや俯きがちにじっと黙り込んだだけで特に何のアクションも取らなかった。ただ静かにしばしそのまま時が過ぎていく。

暇なのでつい目の前の間仲さんをぼんやりと観察してしまう。それ相応の年齢といったらわかりにくいか。四十代後半かおそらく五十代。わたしたちの親の世代に近いかも。

若い頃は多分相当お綺麗だったんだろうな。いや今でも勿論美人なのは確かだけど。なんていうか、あえて年齢に抗うような特別なことはしないって感じ。無理な若作りは全然していない。

柔らかい茶色の髪に混じる白髪もそのまま(つまり、その髪色は生まれつきのものなんだってわかる)。メイクもシンプルでさっぱりしてて、特に厚塗りもしていないのでそれが年相応ってイメージに繋がってるんだと思う。服も主婦が普段身につけるようなシンプルで動きやすいもの。

知らなかったら絶対この人が霊能者だって誰にもわからないと思う。っていうか、玄関や郵便受け等どこにも看板的なものは見当たらなかった。ごくノーマルな一般家庭の表札に『間仲』と、姓だけ。

増渕んちでさえ、部屋番号の横の表札の下に遠慮がちに

『増渕不可思議現象相談所』

と漢字ばっかりずらずら並んだ読み取りづらい小さな看板を出してるっていうのに。ちなみにその事務所名は本人的にはあまり納得がいってないらしく普段使うことは全然ない。

「どうしても『心霊』とか『霊感』って言葉を使いたくないって思うとどういう表現をしていいのか…。でもこの看板を見た人はやっぱり勘違いして、未確認飛行物体とかUMAとかについて聞きたいとか言って訪ねてくることありますね。ウェブサイトの方を見てもらえば大体どんなことしてるかわかるようにはしてるんですけど」

とこぼしてた。気持ちはわかるけど、結局

『口寄せ・サイコメトリクス』

ってずばっと書いといた方が面倒もなくなると思う。ついでに除霊はお受けしておりません、って注意書きもあれば万全。

「…うん、いいんじゃない。こうやってけばだんだん機能していくようになってくと思う。それにしても赤崎さん、あなたのバックの人たち実に面白いね。飽きないわ〜。…はは、つい見入っちゃう」

一体どんな風に見えてるんだ。わたしは半ばうんざりして彼女に尋ねた。

「何してるんですか、今。その人たち」

「うーん、何?と言われても。…なんか、ばたばたわたわたしてる。でも、それぞれしなきゃいけないことはわかってきたみたいで、ぼうっとはしてないよ。仕事してはいます。…けど、なんていうのかな。それぞれの仕事ぶりが笑えるっていうか。…いや、楽しいね。この人たち。最高」

わたしは内心で憮然とした。笑わせる、と笑われる、の違いを再認識した気分。

間仲さんはちょっと笑みを飲み込むような複雑な顔つきでわたしをなだめた。

「ごめん、気にしないで。自分じゃわからないのに変なこと言われて、困っちゃうよね。あの、動きは面白いけど。みんなそれぞれ頑張ってるよ。やる気もあるし、張り切ってあなたを守る気満々だから。やり方わかったから嬉しくてたまらないみたい。…これは、増渕くんが置いてるやつでしょ?」

いきなりの話の転換に戸惑う。でも奴は平然と滑らかに受け答えた。

「はい、そうです。…あと、これとこれ。…あ、補強でこれも。あともう一つ」

間仲さんは抑えきれなくなった、とばかりに破顔した。何?と思ったけど、今度は笑われてるのはわたしではなかった。

「悠くん、どんだけ。…すごいな、こんなにびっちり守りつけて。あのね、ラップしてホイルに包んで保冷剤つけてまたクーラーバッグに入れて、クーラーボックスに氷漬けにして入れたあとがっちり鍵かけてそれをまた冷凍庫に放り込んだ、みたいな感じ。余程あなたのこと大事にしてるんだろうけど。…まぁ、過保護っちゃあ過保護。…かなぁ」

「だって、この人。おっかないんですよ、放っとくの。無防備っていうか天然っていうか。こんなんで自分を守れるのかな、って思い始めると。なんか、止まんなくなって」

増渕が蒼ざめたような上気したような複雑な顔色であやふやに口を挟む。

どんな反応していいかわからず微妙な気分で聞き流すわたしに軽く目をやって、間仲さんは含み笑いを抑えて穏やかに彼をたしなめた。

「気持ちはわかんないでもないけど。霊的な領域で彼女を守護するのと、悪い虫がつかないよう囲い込むのはまた別だからさ。そこをごっちゃにしても効果のほどはどうかな」

わたしの全身を上から下までつくづくと眺めるが、その視界に映る光景がどんなものなのかこちらには及びもつかない。

「人霊も人じゃないものも構わず手当たり次第にいっぱい守りつけても。例えば赤崎さんがやばい遊び人に惹かれて、自分からふらふらと近づいていったりするのはどうせ防げないんだからさ。霊障を防ぐのはわたしたちの守備範囲だけど、そこを外れた部分については…。引っかかるのも避けるのも彼女の自由だよ。生きてる人間の問題は本人が自分で何とかするしかない。それはわかってるんでしょうに、君の頭なら」

「…はい」

ややしおれて拝聴してる増渕。

「まぁ、生身の男相手でも、低級霊の影響を強く受けてるような手合いならはねのける効果はあるかもね。そう考えるとないよりはいいかな。ここまで厳重にずっしり乗せる必要があるかどうかはともかく。もう少しこの人たちが仕事慣れして、熟練してきたらもっと身軽にしても平気だよ。まあ、それは焦ることないか。追い追い様子見て」

「わたし。…やっぱりどこか、問題あるんですか」

迷ったけど思いきってやっとのことで切り出す。増渕が跳ねるように顔を上げてこっちを見たのがわかった。

「タミさん。…何を」

「この人はわたしに気を遣ってるから。はっきりそうとは言わないんです、多分傷つけたくないからなんだと思う。でも、通りすがりの見知らぬ相手に狙われるのはもしかしたら本当に低級霊とかが絡んでるのかもしれないけど」

怖かったけどまっすぐに間仲さんの顔を見つめた。茶色の澄んだ目がわたしを見返す。その静かな色合いが何を意味してるのかは読み取れない。

「その手の霊に取り憑かれた人間を引き寄せ易いのは、単に生まれついての体質だって増渕は説明してくれた。でも、それだけの理由であんな風に、自分の周りに変な男の人がたまたま集まるなんてことあり得るのかな。就職した会社で目つきが気にくわないなんて理由でずっとつきっきりでいびられたり。うまくいかない仕事ぶりを庇ってやるから言う通りにしろとか、それから…」

ちょっと冷静になって思い留まる。さすがにコスプレ好きマスターの話はあんまり他人の耳に入れたい気がしないかも。

「あの人たちに低級霊が影響してるなんて説明より。やっぱりわたしに何か原因があって、周りの人たちをあんな風に行動させてるのかもしれないなとか。…そう考え始めると、そもそも低級霊の憑いた人を引き寄せるなんて体質だって。生まれつきで仕方ないなんてことなくて、どっかわたしが自分からそう仕向けてる面が絶対ないとも」

「タミさん」

強い、厳しい声を出した増渕を遮るように間仲さんは半身を起こしてわたしに話しかけた。

「タミルさん。…これがあなたのせいだってことは絶対にない。そんな風に考えるのは間違いだってことだけはまず頭に置いといて。自分を省みてどこか落ち度がないか点検してみるって姿勢は普通なら立派なものかもしれないけど。この場合特になんの得るものもないわよ、だってあなたがどうこうしたらこれが治るってわけでもないんだもの」

「そうですよ、反省なんか全然らしくないです、タミさん。いつものあなたみたいに堂々と開き直って何でも他人のせいにしてる方がよほどいいです。でかい態度でふてぶてしくて。根拠なく威張ってる普段通りのタミさんが僕は断然…、いい、と思う」

真剣なひたむきな目で面と向かって訴えかけてくる内容か、それが!

わたしは率直に言って憤然とした。多分心からの正直な気持ちが込められてる言葉なんだって伝わる分、尚更むっとなる。本当にこいつの持ってるわたしのイメージ、どうなってんだろ。そこまで傍若無人と思われてんのか。一体わたしがお前に何したってんだ。

彼が真心こめたかき口説き文句に微塵も気持ちを動かされずに憮然としてるわたしの空気を感じ取り、笑いをこらえてる気配の間仲さんは我々を仲裁すべく宥めるように話に割って入ってきた。

「まあまあ。…悠くん、いつも彼女に強気で元気でいてほしい気持ちはわかるけど。そりゃタミルさんだって、不安を感じたり気弱くなったりすることだってあるでしょ。そんな風に感じる必要ないよって励ましてあげたらいいじゃない」

奴は何故か尚も腹に据えかねたように言い募った。

「もう言いましたよ、何度も。ずっと言ってるんです。あなたのせいなんかじゃない、向こうが勝手にあなたを見つけてターゲットにしてるだけでこっちはどうしようもないことなんだって。だから霊の視点からはタミさんの光を覆うような方法が有効だって。…全部伝えたつもりなんですけどね」

不満げにわたしを見やる。

「おおむね、僕の先生に会ったから改めてそれで正しいのか、ちゃんと確認したいってのが本当のとこなんじゃないかな。あんなに説明したのに、どっか僕の話を信用してなかったってことじゃないですかね」

図星だ。さすが、読みは悪くない。

こいつって決して勘は鈍くないんだよな。

否定も肯定もせず肩を縮めるわたしに優しい視線を向けて間仲さんは答えた。

「いいじゃない、そこはもう一度確かめたいと思ったって。悠くんを信頼できないなんて言ってないでしょ。別の人の視点からどう見えてるかも知りたいのよ」

なるほどものは言いようだ。

「あなたに連中を惹きつける要素がなくはないと思う。低級霊からしたら勿論タミルさんの持って生まれた性質に引き寄せられるってこともあるけど。でも、霊から見ても生きてる人間からしてもあなたを見つける理由は馬鹿馬鹿しいくらい単純な話だと思う。あなたが綺麗だからよ、タミルさん。どんなに遠くからでも男たちがあなたに気づく。それだけのことよ」

「間仲さん。…そりゃ、そうだけど」

遠慮しつつ口を挟んで遮る増渕。わたしは毒気を抜かれてがっくりと肩を落とした。

いやあの。…そんなこと言われてもさ。

「別に。…普通なのに、わたしなんか。派手な格好もしてないし。化粧も地味で適当だし。これで目立つって言われたらさ」

あとはどうすりゃいいのさ。

間仲さんは案外ドライにつけつけと言い放った。

「だから、言ったじゃない。どっちにしろあなたにはどうしようもないことよ。容姿だって持って生まれたものでタミルさんが選んだわけじゃないのは同じでしょ。だからそれ以上、もっと目立たないようにしようとか自分を隠そうとか考える必要ないよ。見つめる奴は見つめさせとけばいいし、寄って口説いてきたら嫌なら断ればいいの。それ以外、霊的な素因とか因縁とかはあなたの守護霊やわたしや増渕くんがカバーするから。タミルさんはただ自然に普通にしてれば大丈夫」

「そうです、自分を変えようとか思わないで。タミさんはそのままでいいです。…あ、でも、もう少し警戒はしてほしいかも。あんまり簡単に男を信用しないで下さい。それだけは、気をつけてくれれば」

わたしは力の抜けた状態のままぼそぼそと奴に反駁した。

「だから。…言ったでしょ、誰でも信用するわけじゃないからわたしだって。…安全で間違いないって確信してるのはあんただけだからさ。最初から」


「ざっとタミルさんをチェックさせてもらって、今のところはおおむねいいと思う。この方向で順調に仕上がっていけば。…でも、そうね、あと一押ししとけば完璧かな。タミルさん、ここ好きだなとか気分がいいなって感じる神社とかお寺とかある?」

リビングで向かい合ってソファに座り、全員やや落ち着きを取り戻したところで間仲さんはおもむろに切り出した。

唐突な話にわたしは思わず首を傾げる。…神社?

「神社、…お寺?どっちでもいいんですか、宗教的には。神道でも仏教でも?」

「うんまぁ。あまり本質的な問題ではない。要するに、神さまというか高い存在に繋がれる空間っていうことに意味があるから。…あそうか、もしかして名前からするとどちらかの家系にそっちのルーツがあるの?そしたら何かれっきとした宗教的なポリシーが」

急に気遣わしげな表情を浮かべた間仲さんにわたしは慌ててぶんぶんと頭を横に振ってみせた。

「いえいえそういうのは全然。うちの親が浮かれてとんちきな名付け方をしただけで。タミルって、どこの国に該当するエリアかも未だに知らないかもしれないです。単に、語感が好きってだけで選んだみたいなので」

「ああ、そっか。それはそれでいいじゃない、あなたになんだか合ってるよ。タミルちゃん、タミさん。…うん、ぴったりな気が。あのねえ名前なんて、謂れなんか正直どうだってあんまり関係ないのよ。何年もかけてその人に馴染んで血肉になっていればいいの。一度でも顔を合わせてればその名を聞くとあなたがぱっと思い浮かぶもん。それで充分素敵じゃない?」

「まぁ。…そう言って頂けると」

わたしは照れ混じりにごもごも呟いた。学校もとっくに卒業してしまった今更、もうこの名前に特に不満を述べる気もないし。これはこれでもういっか、と諦めの境地だ。

「でも、神社…、ですか。特に何も思い浮かばないな。地元の神社か観光で行くとこがせいぜいですかね。…今住んでるとこだと近くにその手のものがどこにあるのかも知らないや」

「まぁ普通はそんなもんよ。ご実家の近くの神社やお寺はどう?思い浮かべると落ち着く、それともむしろ怖いとか?」

「…あー」

わたしは上目遣いに考える。改めて想起すると。

「もしかして。…案外、苦手。…かも」

そんな風に考えたことなかったけど。小さい頃はともかく、小学校高学年くらいからは何だか落ち着かない怖さを感じるようになった記憶が。友達が当然のように近道として境内を突っ切って行くのを、よく平気だなぁとこわごわ小走りでついていったのをよく覚えてる。

「あんまり相性がよくないのかも。今でもご家族のと仲はいいのになぜか帰る気がしないんでしょ。バックの力が強くなればそれももう少し好転するとは思うけど。…まぁね、誰しも生まれついた土地との相性が合うとは必ずしも限らないからね。人それぞれ、それはしょうがない。生前の因縁とかが影響してかえって関係が悪化してるケースだってあるし…。そしたら、観光や遊びに行く場所としては?つい近くに行くと立ち寄っちゃうなとか、あるいは一度しか行ってないのにすごく印象に残ってるとかでいいんだけど」

「うーん。…あ、箱根に行くと割にいつも行きますね、神社。…あそこの両脇に高い杉の木が並んだ石段が好きだな、登ってる時いつもわくわくします。降りるのも好きだし」

最近はあまり行ってないけど。学生の時は友達が車出してくれると、よくあの辺まで特に目的もなく走ったな。そんなことを思い出して口にすると、間仲さんはにっこり微笑んだ。

「なるほど、箱根神社か。…うんまぁ、わかる気はする。近場でよかった、じゃあ予定教えて。近いうちちゃっちゃと顔出しに行こう。悠くんも行くよね?」

「ん?」

話の飛躍についていけずぽかんとなる。よくわかんないけど。そこに、みんなで一緒に行くってこと?間仲さんと増渕と、わたし?

どんな御一行、それ?

増渕は驚く風もなく素直に頷いた。

「はい。了解です。…タミさんも、いい?また休日潰れちゃうけど。一日くらい事務所閉めて行っても別にいいんだけどね、前もって予約を入れないようにすれば対応できるし」

「いえいえそんな、わざわざ。…てか、わたしだけじゃなく皆さんも行かれるんですか。何でまた」

「え、だって。タミさんだけで行ったって何していいかわかんないでしょ?」

当然のようにそう言われると。

「まぁそりゃ。…そう、すね」

口ごもるしかない。確かに。どうして自分が落ち着く感じを受ける神社に行かなきゃいけないのかも知らないのに。そこで一人で何かしてこいって言われてもな。

「いやいや、まぁそんな大袈裟なもんでもない。あなたの顔見せて、名乗りを上げて今後ともよろしくお願いしますってしっかり頼んでくるだけだから。ついでに今までかかってた雑多なものも預けてこよう。これまであんまり守りが上手く機能してなかったぶん、結構細々したものが溜まってるし。それ片付けると今度は本格的に軽くなるよ。多分実感できるくらい」

「へぇ」

わたしはちょっと感心する。神社とかってそういう風に今でも現実に機能してるもんなのか。古い建物や空間を鑑賞するだけのためのものじゃないんだな。

「ちなみにその、預けたやつってどうなるんですか。そのあと?」

間仲さんはこともなげに答える。

「上の人がちゃんと処理してくれる。筋を通してきちんと手順を踏んでお願いすればね。一度そうやって道筋を作っておけば、今後はちょっとしたものならあなたの後ろの人経由で片付けられるようになるよ。大きめのごたごたが起きた時も、困った時の相談窓口が決まった方がこれから楽だし。うーん、そうね、住民票登録に行くような感じかな。わかる?」

なんか、卑近な例えだなぁ。わかりやすいけど。多分簡便にするためにいっぱい何かを端折ってるぞ。

納得したようなわかりかねるような、微妙な顔つきで考え込むわたしに増渕が笑いながら声をかけた。

「まあ、いいじゃないですか。ちょっとした日帰りの所員懇親会だとでも思えば。タミさんの歓迎会とかもしてないし、考えてみたら」

「そりゃ、そんなの。するわけないだろ」

単に二人で飲みに行くくらいしか出来ないじゃん。事務所はほかに人いないしさ。

「どうしようか、新宿からロマンスカーですかね。普通に急行だと結構時間かかるし。予約した方がいいかな。タミさん、電車で箱根行ったことある?」

「うーん…。案外ないかも」

いつも誰かしら友達が車出してくれてたからなぁ…。

そんなことを思い浮かべて思わず唸っていると、玄関の方から鍵を外す音がしてドアの開く気配が。あ、そうか。間仲さんちってご家族いらっしゃるんだ。誰か帰ってきたのかな。

何故か増渕が弾けるように反応した。間仲さんを急に見返って、抑えた声で早口に尋ねる。

「あいつ。…今日、出かけてるんじゃなかったんですか」

「知らん。出かけたけど、どこ行ったかとか何時帰ってくるかとかは別にいちいち聞かないもん。夕飯家で食べるかどうかしか興味ないよ。今日は夜はいるって言ってた気はするけど」

まだ午後の三時。

「…う、何だ。誰かと思ったら増渕か。またなんか変な心霊関係の…、わ、嘘。まじ?」

なんか騒がしいの、入ってきた。

リビングにぬっと顔を突き入れてきた、背の高さを持て余すような若い男。そっくりってわけでもないのにどこか間仲さんと血が繋がってるって感じさせるその顔立ちは、一般的に言うといわゆるイケメンの範疇に入る、多分。見覚えのないその目がわたしの上にがっちりロックオンしたのち、ぐっと大きく拡がって見えた。

「あれ、何でここに。…タミちゃん先輩、だよね?…おお、まじびっくりした。心臓に悪いなぁ。…どしたの、増渕どっかで彼女と知り合いになった?それともこれって何かの偶然?」

わたしは興奮してるその男を横目に、こそっと増渕に顔を寄せて説明を求めた。

「どうなってんの?多分、間仲さんの息子さんだよね。何でわたしのこと知ってんの?」

奴はどうしてか半端なく苦々しい声で低く答えた。

「あんな呼び方するとこ聞いたら他に考えらんないでしょ。高校の同期ですよ、俺の。間仲さんの息子がたまたま同級生だった訳じゃないんです。同級生だったあいつが俺を自分のお母さんに紹介してくれたんです。霊感のあるやつならウチにいるよ、とか言って」

「ふわ。…それでその人がそのままあんたの先生になった、って流れかぁ」

わたしは思わずソファの背もたれに深く背中を埋め、嘆息した。それじゃしょうがないか。

なんか、どういう訳か出身高校絡みの人間関係がぞろぞろ出てくるな。卒業以来奥野以外とはそんなに交流あったわけでもないのに。こんな何年も経ってから、何の因縁だ。

間仲息子は自分の家の気安さもあってか、遠慮なくずいとわたしの前に進み出て顔をつくづくと覗き込んだ。距離感近い。

「ああ、本当にタミちゃん先輩じゃん。懐かしいなぁ。てか、相変わらず美人だよね。…いや、高校ん時より全然大人っぽくなったし。更に綺麗になってない?俺、憧れてたんだよね。学園祭の時一緒に写真撮ってもらったこともあるよ。覚えてない?」

わたしは曖昧な表情でずり、と後退った。何となく増渕がわたしと彼の間に半身を入れようと身を乗り出してくるのがわかる。

「う…ん。覚えてない、かも」

「そっかぁ残念。ここにこいつときてるってことは、うちの母親を紹介されてきたってこと?何か困ってることでもあるの、霊に取り憑かれたとか」

「違う、タミルさんは依頼人じゃないの。別に何にも取り憑かれてなんかいないよ。てかあんた、いつも言ってるでしょ。お客様に勝手にいろいろ話しかけないで。みんなびっくりするじゃん、全くもう」

間仲さんは自分の息子に向かってずけずけと言い放ち、わたしの方を向いて声を和らげて弁解した。

「ごめんなさいね、躾の悪い子で。うちは正式に霊能者として営業してるって訳でもなくて。どこにも看板も宣伝も出してないから、増渕くんみたいにこういうの仕事にしてる人が持ち込んでくる話とか口コミでしか相談受けてないのよ。だから、ここも事務所としては全然体を成してないからさ。こうやって家族を分離する術もなくて、平気で顔突っ込んでくるんだよね、この子」

「だってリビングなんかで話してたらさ。しょうがないだろ、ここ通らないと俺の部屋に行けないんだから。どっか外に部屋借りなよ、やりづらいんならさ」

「そんな儲かってないよ!本格的にこの仕事本業にしてる訳じゃないもん」

親子でわちゃわちゃと目の前でやり合ってる。なんか、一気にホームドラマ的なドメスティックな空気に。

間仲息子はテーブルの上の皿に並べられたクッキーを当然のようにつまみ上げ、ぴりと包装を破くと中身を取り出して齧りながら行儀悪くわたしに喋りかけてきた。

「除霊依頼しにきたんじゃないの?そしたら何だろ。霊能者として修行したいとか?やめた方がいいよ、いうほど面白そうじゃないみたいだし。なんかね、地味だよ。この二人見てたらわかるでしょ。全然ドラマティックでもエキサイティングでもないし」

「そりゃそうだけど。…どういう意味だよ」

憮然とする増渕。いや、地味でぱっとしないって言われたんだよ、お前。

「タミルさんはね。増渕くんの事務所で働くことになったのよ。助手をしてくれてるの、今」

間仲さんの説明に彼はぱっと増渕の方を振り向いた。

「えぇ〜、何だってまた。なんか、ずるいなぁお前ばっか。だったら俺も今の会社辞めて悠んとこで働こうかな。そしたら毎日タミちゃん先輩のそばで仕事できるってわけだし」

「いやそれは。人手もう足りてるし。二人で充分だよ、うちの事務所」

必死に言い張る増渕。その表現に間仲息子はふと眉根を寄せる。

「…てか、お前もしかして、今彼女と二人きりで一緒に働いてんの?駄目じゃん絶対」

「へ?何でですか?」

これはわたし。彼はどういう訳か半端なく真剣な表情でまっすぐわたしの目を覗き込んできた。

「だって、こいつだって男だし、一応。変な気起こすでしょ普通。タミちゃん先輩と密室で二人きりなんてさ。想像するだけで、ちょっと。…やばいって、やっぱ。っていうか、こいつに限らずだけど。男ならまず無理、理性保たないよ。今まで何ともなかったの?何もされずに済んでた?」

「当たり前ですよ、仕事してるんですから。普通に」

何か言いたげにじりじりと間に割って入りたそうな増渕を、制御せずに解き放ってやろうかなって気になってきた。ってか、女の子と二人きりで仕事するのも無理なんて。多分君ね、低級霊がついてます。後ろにびっちりと。

固く心に刻みつける。どんだけ見た目が涼やかで顔立ちが整ってて低い声が耳に心地よくて、身長が高くて脚がすらっと長くても。こいつと二人きりになるのは避けとこう。

無害で小心で過保護極まりない増渕の奴と仕事する方がずっと安らげていい。

「お前と一緒にすんな。ちゃんと仕事してるよ、真面目に」

増渕も不満げに口を挟む。

「この人が来てからすごく相談も捗るようになったし。仕事の効率も上がったんだから。…あ、そうだ思い出した。すみません、間仲さん。実はお願いがあるんですけど」

奴の声の変化で思い出す。そう言えば、ずっとわたしのことばっかになっちゃってたけど。そもそもそのことでお願いに来るついででわたしもついて来たんだっけ。

「しばらくこのお家に僕、泊めてもらえないですか。事務所に彼女が泊まり込む必要があるんですよ。ちょっと、事情があって。…リビングのソファでもどこでも寝られるんですけど。なるべくお邪魔にならないようにしますから。食事は要らないし」

「何言ってんのご飯くらい。布団だってちゃんと来客用のがあるよ。…ふん、そっか。あのひとたちを追い返すんだ。タミルさん」

ちょっと意味ありげな笑みを浮かべてわたしを見た表情から察するに、間仲さんも例のクライアントさん達にいい感情を持ってるとは言い難いらしい。わたしは背筋を伸ばしてきっぱりと断言した。

「はい、お任せ下さい。ばっちりみんなお断りして営業時間外は今後避けるようお伝えして。交通整理完了しますから。ちゃんと夜間は休養して、翌日の仕事に備えてもらいたいんです。この人には」

「何なに、タミちゃん事務所に一人で泊まるの?それじゃ寂しくて不安じゃない。そうだ、そしたらここの俺の部屋こいつに譲るよその期間。それで俺が悠の部屋に泊まればさ。ちょうど全て収まるじゃん?よし、それで決まり」

わたしと間仲さんが口を開くより秒速で早く、増渕が猛然と彼に噛みついた。

「そしたら全然無意味じゃん!てか、何のために俺、自分の部屋空けるんだよ。お前がそこに入ったら、俺なんかより遥かに問題ありありだろうが!…ぶっちゃけた話」


結局、その日はとりあえずお願いだけのつもりだったので何の用意もしていなかったから。翌日以降改めて身の回りのものをまとめてわたしは事務所に、増渕は間仲さんのお宅に泊まり込む次第となった。

「タミちゃん、荷物運び込むの大変じゃない?何だったら俺、車出してあげようか。女の子は着替えとか沢山必要でしょ。スーツケース何個ぶんもあるんじゃないの」

間仲息子はわたしの背後に回り、ソファの背もたれに両手をついて身を乗り出し上半身を寄せながら話しかけてくる。増渕が半端なく鬱陶しそうに顔をしかめてそれを横から見上げてるのも無理ない、と思うくらい距離感が近い。どういうわけか見た目が並以上の男って、パーソナルスペースが無意味に狭い場合が多い気がするけど。もしかしたら自分が接近して嫌な気がする女なんかいるわけないとでも思ってんのか。

「そんなこと全然ないです。近いから、普段からちょくちょく必要なもの取りに行ったり少しずつ運び込んだりできるし」

つい反射的にやや前かがみになって距離を置きつつ答える。だいいちわたしをその辺のお洒落女子と一緒にされても。どこに行くにもでかいケース引きずって、全身の着替え一式常に持ち歩くような手合いとは違うんだよ。

最低限のものしか持ち込む気はない。

ふとそれまでにこにこと言葉を差し挟まずにわたしたちのやり取りを聞いていた間仲さんが、思い当たったように口を開いた。

「そか。…ねえ、啓太。あんた、土日で暇な日ある?あれ、土曜日は事務所開いてるんだっけ、悠くん?」

話を振られた増渕が素直に答える。

「そうですね、基本的には。予約が入らなければ休みにしてもいいんですけど。まあ、平日来られない方もいらっしゃるから。一応木曜と日曜を休みにしました」

これまできちんとした休業日も決まってなかったので、営業時間をきっちり定めたこの機会にそれも固定することにした。平日はお仕事の方も来られるように、と想定してこれで落ち着いたけど。まあ要は、個人医院の受付時間みたいな感じだ。

「じゃあ、日曜かな。あんたも仕事があるし。啓太、よかったら車出してよ。箱根に行きたいの、今度。ちょっと用事があるんだよね、神社まで。このメンバーで」

「え」

わたしが反応するより早く増渕が思わず、といった様子でぎょっとした声を上げた。どうやらその名はケイタと今判明した間仲息子は、明るく表情を輝かせてぐっと背もたれに体重をかけ前のめりになる。

「え、何、ドライブ?やった、行く行く。ラッキ、今日早く帰ってきてよかった。タミちゃん先輩と箱根でデートかぁ。…よっしゃ、ついてる」

「いえあの。…わたしだけじゃなくて。お母様と増渕…、くんも一緒です。当然ですけど」

引き引きで弁解するけど向こうは全然意に介さない。

「保護者とこぶ付きね、うん、わかった。まぁ最初はそんなもんだよね。大丈夫、あんまり気にしないから。いきなり二人きりも何だよね。そこはちゃんと順序守るよ、さすがに」

「いやあの。…お前とタミさんがカップルで俺たちが付き添いみたいに言うな。お前、運転手だから。単に」

『啓太』は言葉を挟んだ増渕の方を見やりもせず素っ気なく片付けた。

「上からもの言うな。『車、出して下さい』だろ。自分は車持ってもいないくせに」

「お前だって家の車で自分のじゃないだろ。仕方ないんだって、実家が九州に引っ込んじゃったんだから。親が元々向こうの出身だから、転勤した時に家買っちゃったんだよ」

なるほど、それで近所に実家が今はないってわけか。

「当然車も持ってっちゃったからさ。まあ東京じゃ普段使う機会なかったし、困ったことも特にないんだけど。買って駐車場借りて置くほどのことでもないとは思うんですけどね。…どうだろう」

後半はわたしの方を向いて投げかけられた疑問。首を傾げてしばし考え、答える。

「うーん。維持費が勿体ないよね。それくらいなら、必要な時はレンタカーで借りた方が合理的かも」

「そっか、レンタカー…」

そこで雲行きを怪しく感じたらしく『啓太』は慌てて話に割って入る。

「いやあの。…大丈夫、借りなくて。出すから、その日は。運転手付きだよ、俺結構慣れてるし。悠なんか長いこと車運転してないだろ。箱根なんか怖くて乗ってられないよ、一緒に」

それは。…そうかも。

つい真面目に検討してるわたしの気配を察して、間仲息子の啓太は安堵の色を見せて畳みかけてきた。

「よし、決まり。そしたら次の日曜かな。大学の時の友達で集まる約束あるけど速攻ぶっちぎるからさ。だいじょぶ、大人数だから俺一人抜けてもどってことないし。タミちゃん先輩とのデートのが優先だよ、断然」

いや頼んでないから。…って言っちゃ駄目か、さすがに。

軽薄な調子に紛れて聞き逃しそうになるけど自分の予定を変更してこっちに合わせてくれるって言ってるんだ。だったらやっぱりちゃんと感謝しないと。

「すみません、お世話になります」

殊勝に頭を下げるわたしを見てちょっと何か言いたげな増渕だったが、腕を前で組みつつむすっと黙り込んだ。結果、脳内でわたしと同じ結論に達したらしい。

「…悪いな、啓太。用事あったのに」

「いや何言ってんの。憧れのタミちゃん先輩とまさかの再会できてさ。それに較べたらあの連中との代わり映えしない約束なんか…あー、本当今日会えてよかったなぁ。夜遅く帰って来てたらうちにタミちゃん来てたことも知らないままだったかもと思うとさ」

さり気なくわたしの片手を取ろうとした奴の手を、増渕が素早く払いのける。

「このあと一応、女の子と約束あるんだけど。ちょっと時間が空いちゃったから家に寄ってまた出ようって何故か思ったんだよね、たまたま。いつもは外で時間潰そうとしか考えないのに。これってやっぱり運命とかなのかな、タミちゃんと俺の」

「え、何。夕飯家で食べるのかと思ってたけど」

ここでやっと間仲母が口を挟む。啓太は罪のない明るい笑顔をそちらに向けた。

「ああ、そう言ってたっけ?突然女の子から連絡入っちゃってさ、今晩会えるかって。そっか、言い忘れてた。もう支度しちゃった?」

「いやこれからだけど。食材は揃えてあるからなぁ…。そうだ、お二人せっかくだから夕飯ここで食べて行きなよ。大したもんじゃないけどさ」

「え、悪いですよそこまで」

遠慮するわたしと増渕を手で制して、気持ちの負担を軽くするように楽しげな口調で続ける。

「気にしない。どうせ材料余らせちゃうとこだったんだから。旦那が帰ってくるのはもっと遅い時間だと思うけど、万が一鉢合わせしても気にしないでね。多少遅くなっても悠くん、タミルさん送ってってくれるから大丈夫よね」

「はい、それは勿論」

そこでいきなり不満げに口を尖らせた啓太が話の輪の外側から首を突っ込んできた。

「え、なんかずるいな。そんな楽しそうなの…。やっぱじゃあ、俺も向こう断ろうかな。ここでタミちゃんとご飯食べて、帰り家まで送ってく方がなんか、断然いいかも」

さすがにこれには間仲母が軽くぷち切れた。

「だからさ。お前が予定あやふやだから晩飯が余ったんだろうが。…これであんたが家で食うとか言い出したら意味ないでしょ。今度は材料足りなくなっちゃうじゃん!」


「朝早過ぎた?タミちゃん先輩」

助手席で欠伸を噛み殺してるわたしに目ざとく気づいて、笑みを含んだ声で尋ねてくる間仲啓太。わたしは首を横に振って否定した。

「ううん、だいじょぶ。週末の箱根なんてさ。初動遅れるとあっと言う間に渋滞に巻き込まれて全然身動き取れなくなっちゃう。早い時間にぱっと出て、さっと帰ってこないと嵌るのは知ってるから」

「詳しいんだ。割とよく行くの?彼氏ととか?」

手慣れたハンドル操作。まだ東名も小田厚も特に詰まった感じではない。連休でもない普通の日曜だし。梅雨の半ばで天気もあまり芳しくない。

中途半端な時季でちょうどよかったかも。

一瞬考えたが、特に答えをごまかす理由は見当たらない。わたしは感情を交えず簡潔に事実を述べた。

「神奈川県出身だから。高校、大学は東京だったけど、中学の時の友達は割に地元に残ってるからね。学生の時は平日の昼間なんか、暇だとこっちに出てきて駅で拾ってもらって箱根とか伊豆に行くのは結構普通の暇潰しだったな。なんかね、神奈川の人って車のハンドル持たせるとみんな自動的にこっち向きに走るんだよね。東京方面じゃなくて」

「ああ、そうなんだ。何でなんだろ、別に上りが混んでるって限ってもいないもんな。むしろそっち方面が渋滞なことが多いかも、東京から下ってくる車に巻き込まれるし…。まぁ、都内はあんまりドライブには向いてないから。千葉とか埼玉方面行こうと思うと東京越えなきゃいけないしね」

わたしは肩を素っ気なく窄めて相槌を打った。

「圏央道とか海越えて直接行くとかそれぞれ方法はあるんだけど。それよりつい手近な方に行っちゃう」

「こんなに箱根近かったらそりゃそっち行くよ。…実家、そろそろ近い?」

人家が途切れとぎれに点在するど田舎の光景に視線を走らせてる。わたしはちょっと微妙な気持ちで助手席の背もたれに深く埋まった。

思えばこの人も、後部座席に座ってる増渕もがっつり東京生まれの東京育ち。同じ高校出身とはいえ向こうは下り線、わたしは始発の上り電車で通学だったわけで、育った環境が違い過ぎる。こんな場所で生活する感覚、こいつらにはわかんないだろうな。

「この道沿いに近いってわけじゃないすけどね。見た感じはまあまあこんな雰囲気かな」

どうだ、田舎だろ。笑わば笑えや。そう思って腹の底で身構えつつふんぞり返ると、運転席の啓太は裏心の感じられないのんびりした声で呟いた。

「すごい、いい感じのとこだね。空がくわっと高く広がっててさ。なんか気持ちいいな、窓の外見てるだけでも」

わたしは横目で彼をちらと眺めた。まっすぐ前に吸い込まれるように目線を向けて、自然な明るい表情を浮かべてる啓太は全然無理してる感じには見えない。お世辞っぽい様子もなくて、そのまま素直な感想を口にしただけ、って雰囲気。

ふぅん、なるほどね。わたしは胸の内で小さく呟いた。こいつ、もしかしたらやっぱり女の子にそれなりにもてても別におかしくないかも。なんていうか、作ったような変なキャラや腹に一物あるような陰険なとこが感じられない。さっぱりしてて明るい天然さがあって、案外接しやすい性格なのかな。

「…タミさん、大丈夫?疲れてない?トイレ休憩は平気?それとも喉とか渇いてない?」

後部座席から世話焼き男の声が聞こえてきて、不意に現実に返る。そうだった。

今日は別に間仲啓太と二人でのドライブデートではない。ちゃんとしっかり後ろの席にそれぞれの保護者付きだ。啓太には母親、わたしには。…なんだろ?

こいつって、わたしの何?

ミラー越しに心配そうな色を目許に滲ませてこっちを見ている増渕。わたしは肩をすぼめて返事した。

「平気だよ。トイレ行きたいかどうかくらい自分でちゃんと言えるから。小学生じゃないよ、大丈夫」

「そうだよ、保護者は静かに後ろで黙って見守っててよ」

浮き浮きと楽しそうな声で茶化されてなぜか増渕は軽く切れた。

「いや誰が保護者…、てかさ。何でタミさんが助手席なんだよ、当然みたいになってるけど」

「え?助手席座りたかったの、増渕?」

わざとボケた訳ではない。一瞬何が悪いのかわからなかったから、単に。もしかしたら後ろは眺め悪いのかな、視界が開けてるからこっちがよかった…、なんてこと。ないか。

「タミさん。…まぁいいや、あなたは黙ってて下さい。お前、なんかまるで二人きりみたいに振舞ってるけど。あんまりしつこく絡んで疲れさせるなって」

喋ってる内容にだんだん自分で勝手に興奮してきたみたいで、更に言い募る。

「だいいち普通に間仲さんと親子並んで前でいいじゃんか。何であえて彼女を隣に座らせてんだよ。お前の方はタミさんを見知ってるから気安くしてるけど、彼女はお前とほぼ初対面なんだからさ。気を遣ってくれてるんだよ、それでも。なのにちょっと図々しくないか」

『それでも』って何だ。いちいち一言多い奴め。それにしてもずいぶん腹に据えかねてたのか、一気に喋るなぁ。

一方で啓太は全く堪えた様子がない。へらへらと言い返す。

「いや普通に考えて?このメンツでハハオヤ隣に座らせる?何が悲しくてそんな…、役得ってやつだよ。ただで運転させるんだから、それくらいはいいだろ。ちょっとは楽しい気分にさせてよ」

言葉の上では泣きを入れたみたいだけど声は実に楽しげ。わたしは首を捻った。

「いい歳してお母さんが隣じゃ恥ずかしいってこと?だったら別に増渕がこっちでもよくない?わたし、後ろ行こうか。同級生同士積もる話もあるだろうし」

思わず口を挟むと、二人は焦った声で口々に速攻否定してくる。

「そんなのない、ないから」

「全然ないよ」

…そう?

釈然としない思いで口を噤む。一体増渕は何をあんなにやきもきしてるんだろう。

車の中での席順なんて、割とどうでもいいことな気もするけど。

「あ、富士山見えてきたよ、皆さん」

ちょっと笑みを含んだ声で空気を混ぜっ返すように間仲母が口を切った。わたしには散々見慣れた光景だが、男どもは意外に食いつく。

「…あぁ、ほんとだ」

「うぉ、すごいなぁ。おっきく見える」

「そぉ?…東京で見る富士山がちっちゃいんだよ、むしろ」

腕を組んで冷静に呟くと、今度は連帯して攻撃を仕掛けてきた。

「わぁ、風光明媚なとこで育った人の優越感…。どうせ狭っ苦しいごちゃごちゃした環境で育ってますよ。しょうがないでしょ、生まれるとこは選べないんだから」

「東京の富士山は富士山のうちに入らないとか、神奈川の人間はすぐ嬉しそうに言うからさ…」

さっきまでの仲間割れはどこへやら、一転して集中砲火。なんだ、結局仲良しなんじゃん。わたしは半分引きつつ、でも言うべきことは言う。

「いやだってさ。あんなちっぽけなもん見て、今日は富士山が見えたとか見えないとかさ。大騒ぎするほどのもんでもないよ?あのサイズでしか見えないんなら富士山である意味特になくね?っていつも思ってた、正直」

「うわ、その言い草」

「でも、小さく見えるのは遠いからじゃないですか。あんなに遠くからでもちゃんとくっきり見えるってのが重要なんだよ。それって、富士山の大きさじゃなきゃ不可能でしょ。そこんとこ全然わかってないんだから」

二人してわあわあ責めてきた。本当、めんどくさい奴らだ。閉口しつつ何とか適当にいなしてると、背後の席から間仲さんがくすっと小さく笑う声が微かに耳に届いたような気がした。


「うん、気持ちのいいところねやっぱり。…少し久しぶり、ここ来るの」

「わたしもです。卒業してから何かと慌ただしかったからなぁ…」

間仲さんと並んでゆっくりと着実に足許を踏みしめて石段を登る。昔の石を積んだ状態からあまり手は入ってなくて、凸凹したり不揃いだったりする箇所もそのままの古さだ。少し登りにくいけどそれもいい。尤ももっとずっと長ければそうも言ってられないかもだけど。

「遅いな、二人。タミちゃん先輩、何もそうやって年寄りに合わせてくれなくていいよ。ちゃきちゃき行こうよ」

啓太はすたすたと身軽に上がって上から見下ろして声をかけてくる。間仲さんはわたしの隣でぶすくれた。

「誰が年寄りか」

「タミさん、大丈夫?足許気をつけて。案外ここ、滑りやすいです。結構苔むしてるな。あんまり縁を踏まないようにね」

こっちはわたしたちの背後に回って心配げな声をかけ、世話を焼いてる。わたしも既に年寄り扱いか。たった一年歳上なだけなのに。

いやもしかしたらどっちかというと本人的には子どもの世話を焼いてるような気分なのかも。トイレ大丈夫かとか。お腹空いてないかとか喉渇いてないかとかうるさくてしょうがない。…ああ、でも。お年寄りにもそういうことって言うか、確かに。

じゃあ、お母さんが子どもに口うるさく注意してるんじゃなくて、もしかして年配者として労られていたのか?

石段を登りおわって境内に到着。特に列が並んでるって程でもなく普通に参拝できたから、日曜としたらかなり空いてる方だ。間仲さんと増渕は有無を言わさずわたしを挟むようにして並び、賽銭箱の前に立った。あたふたと小銭を出すわたしを尻目にすっと箱の中にお金を入れる増渕。…げ。あれ、紙幣だ。

「頭の中でいいですから。自分の名前と住所を告げて。どうか今後ともよろしくお願いします、お守り下さいってお伝えして下さい。丁寧にはっきりとね」

増渕から低い声で指示されて素直に言う通りにする。頭の中のことだから両脇の二人には聞こえないけど。しかしまさか住所が必要だとは。神様はこの情報を何に活用するんだろ?

わたしが全てを告げ終わったあとも、間仲さんと増渕はじっと固まったように両脇でなかなか動かなかった。多分、なにかやり取りしてるんだと思うけど。人目が少ないとはいえないわけじゃないからちょっと人の流れは気になる。やや端によけて、他の人の参拝を邪魔しない状態にはなってると思うけど。

あの人たち、何あんなに長いことお願いしてるんだろ、どんだけ欲張り?とか思われてないかな。

「…はい、OK。ここでの用事は無事終わりました。お疲れ様でした」

間仲さんが小さく囁いて、わたしたちはその場を離れた。とっくにそこから退いていた啓太が所在ない様子で少し外れた場所に立って待っていた。

「おっそいよ。どんだけ願い事あるんだ。業突く張りだなぁ、本当に」

やっぱりそれ言われたか。

「別に願掛けてた訳じゃないよ。…と、思うけど」

思えば彼ら二人があそこで何してたか知ってるわけじゃないので途中からちょっと不安げに声が弱まる。もしかして後半は自分たちそれぞれのお願いを延々としてたんだとしたら笑えるけど。まぁそんなことないだろ。

間仲さんは笑みを浮かべずに生真面目に頷いた。

「うん、まぁちょこちょことね。やり取りを…。啓太、ちょっとその辺でタミルさんと一緒に待ってて。悠くん、これなんだけど」

そう言い残し、増渕を連れて境内の邪魔にならない端っこへ移った。二人で額を突き合わせて何か真剣にごそごそ相談してる。

この人たちの会話、ちょっと耳の端に挟んだくらいじゃなんの話をしてるのかどうせ全然見当もつかない。二人の間ではそんなに細かく説明しなくても「あれ」とか「これ」とかで大体通じるようで、だから部外者が聞いてもわかるようにはなってない。別に何か伏せようってことでもなくて、単に解説する必要が特にないかららしいんだけど。

「聞いててもしょうがないよ。お土産見ようか。おみくじ引く?」

啓太も彼らのやり取りに慣れてるらしく同じ考えみたいで、さっさとその場を離れる。わたしはそれについて歩きながら注意した。

「お守り売ってるとこはお土産屋さんとは言わないでしょ。てか、売るとか買うとか表現していいんだっけ?あれって」

「現実はそういうことだと思うけどなぁ…」

そう言いつつも暇を持て余しているのでなんとなくそちらを覗く。啓太は何故か可愛らしいデザインの花柄のものやピンクの女性向けらしきお守りを物色してる。

「こんなのどう?結構可愛いよ。小さいからバッグに忍ばせて持ち歩きやすいし。やっぱり常日頃無理なく身につけられるものがいいでしょ」

「そんなキュートなやつ。別に、普通のデザインのでいいよ。てか、こういうのって目的別とかあるじゃん。学業成就とか。交通安全とか」

安産とか。

「そういうのにポイント絞った方が効き目って強いのかな。そしたらそういう漠然と全体的にお守りします、みたいのだと効果って薄そう?」

啓太はあっけらかんと答えた。

「そんなのあんまり関係ないと思うよ。こういうところで出してるお守り自体はそんなに強いもんじゃないし。鰯の頭よりちょっとはましってくらいだよ、そもそも」

店の人…、じゃなかった、巫女さんに聴こえるじゃん!

あまりの台詞に慌ててばたつくわたしに構わず平然と話を続ける啓太。

「でも、わざわざ神様のいる場所に行ってそこで授かってきたって考えればありがたく感じるし、そういう信心を込めるよすがにはなるし。大切に扱えばそれで守りを強化することにもなるんじゃない?お守りって多分そもそもそういうもんでしょ」

…なるほど。

「買ってただぽんと家に置いといてもあんまり意味はないけど。神様のくれた容れ物としてそこに自分の守りの力を入れるための依代なんじゃないの。なんとなくそう思ってたけど、今まで。…だから何守りとか、デザインとか形なんか多分あんまり意味はないでしょ。好み優先で選んで問題ないと思うよ」

わたしは手渡された可愛らしい巾着型のお守りを勢いでそのままレジに、じゃなかった係の巫女さんに手渡してしまい、流れで財布を取り出す。小さな袋に納められたそれを受け取り、その場を離れながら彼に尋ねた。

「啓太…、くんは、やっぱり霊感あるの?多少なりとも」

「啓太でいいよ。いや、俺は全然。霊がこの目で見えたことなんか人生で一度もないや。あのハハオヤの言うことによると、自分が全部吹っ飛ばしちゃうからうちには雑多な低級霊は全然寄りつかないんだってさ。だから変なものが見えないのは当たり前だ、とか威張ってたけど。以前に」

「はは、変な親子の会話」

思わず素直に笑ってしまう。家庭で霊がどうのこうの、って日常的に交わされてるってやっぱり想像の外だ。

啓太は境内を囲むように聳え立つ杉の木の真ん中にぽかんと見える青い円い空を見上げてのんびりした口調で続けた。

「だからまあ、自分が見て確かめられないものをあるとかないとか言うのもどうかと思うけど。子どもの時からたまに家に知らない人がやってきて、深刻な顔で何かひそひそ話してたり思いつめた顔してたり、うちは一体どういう家なんだろとか漠然とした違和感はあって。成長してからそうか、とわかった時にはいい歳してうちの親は霊とか言ってんのかよ!とちょっと驚愕したもんだけど」

年齢関係ある?とは思いつつも。

何となく気持ちはわかる。うちだって、親が今更霊感とか霊障とか言い出したらどうしちゃったのようちのオヤ、って多分呆れるもん。自分はこんな仕事してるくせに矛盾してるようだけど。

離れたとこでまだ真剣な顔でごそごそやっている間仲さん(と増渕)の方にやや柔らかい視線を投げかけ、啓太は話を続けた。

「まあ中には突飛な変わった相談者がいないこともないけど。大抵はどこにでもいそうなごく普通の穏やかな人たちだし。みんな重苦しい雰囲気で辛そうだったのがだんだん明るい表情で肩の荷が軽くなったようになってくのをいっぱい見てると、これはこれでありなのかなって」

…うん。

「死んだらみんな幽霊になるのかとか霊界とかが本当にあんのかってことまではわかんないけど、この人たちには俺たちに見えないものが見えててそれが原因ですごく困ってるとしたら。それを解決できるなら霊がいるってことにしてもまあいいのかなって思えるようになってきたかな。別にそれでうちの母親がすごい阿漕に稼いでるとは思えないしさ。あのボロい家、見たでしょ」

反応に困ることいきなりぶっ込んで来るなよ!

「いえあの。…都内のあんな場所にご自宅があるだけで。その、充分立派なもんだと思います。…けど」

慎重に言葉を選ぶ。啓太はわたしの反応を見て面白そうにふん、と軽く笑った。

「あれは父親の親の代からの家だから。爺ちゃんは亡くなって婆ちゃんは自分の実家に住んでる実の姉さんの近くがいいって田舎に引っ込んじゃったから、今は一緒に住んではいないけど。うちの母の稼ぎで建てたんじゃないことは確かだよ。目に見えないものを飯の種にしようとすれば結構ごまかしもきくのかもしれないけど、そこは意外に正直っていうか。真っ当なとこも悪くないなと思ってさ。…自分の親の話なのに、こんなのちょっと気持ち悪いか」

わたしはちょっと改まって啓太の横顔を見上げた。

「ううん、そんなこと。…わたしもそう思うから。わかるよ、その感じ」

自分に霊感とかがある訳じゃない。だから本当のところを判断しちゃいけないのかな、と保留する気持ちは今でもどっかにある。

でも何人もの依頼者をこの目で見てきて、その人たちが本当に切実に『それ』を求めてることは実感できる。彼ら(というより、九割方は『彼女ら』)が本当に欲しいものを霊視って形で実現できて、それで心を慰めることができるのなら。

そうやって成立してるのならそんなに悪くはないんじゃないかな。少なくとも増渕が与えるものが、彼女らを心の底から納得させてるのは伝わってくる。

それで報酬が明朗会計の範疇に収まってるのなら。こういう仕事がこの世間に存在してたってそんなに悪いとは思えない。

何だかわからない作業が終わったらしく、こっちに手を振って近づいてくる増渕とその背後の自分の母親を見やって啓太は笑って呟いた。

「そうだね。まあ、何の因果か霊感もないのにお互いこんなことに関わることになって。変な巡り合わせだけど、あると思って見てれば興味深い面がなくもないかな。何と言っても物事の裏側を目の当たりにした気になれる。具体的な利点ってほどのことはないけど、それはそれなりにちょっと得した気分だよ」


「ところでさ、タミルちゃん。どうかな、うちの息子?」

不意を突かれてわたしはきょとんと真っ向から間仲さんの顔を見つめてしまった。どうって、何がどう?

神社での何かの処理がひと通り終わったけど、早めに動き出したせいもありまだ午前中。せっかくだからお昼に何か食べて帰ろう、っていうことになった。

「美味いって評判の有名な蕎麦屋があるよ。今日は箱根の人出もそれほどじゃないから、狙い目じゃないかな。ちょっと駐車場も狭くて入りづらい場所にあるんだけど」

何度もここに来てるだけあって(多分女の子とのデートで)、啓太はなかなか詳しい。そういうわたしもその店については知ってる。確かに土日は入りづらいし、車を停める場所がないではないけど一方通行の道の奥にあって、駄目だった時に後戻りしにくい。そこだとぐるっと周回して戻ってくるより他ないから、とりあえず駅周辺の公営駐車場に車を入れて、店が空いてるかどうかひとっ走り見てくる、と啓太は言い出した。さすが、腰が軽い。

「ん、じゃあ、俺も行くよ。タミさんと間仲さんは連絡受けてから後から来て。駄目だった時無駄足になるから。そしたら僕たちがこっちに戻ってから改めて駅前で何か探しましょう。それでいいかな」

増渕もそう言って車のドアに手をかける。

わたしも行ってもいいけど。と思ったけど、間仲さんを一人でここで待たせるのも悪いし。素直に任せることにして頷いた。

「わかった。じゃあ、様子わかったら連絡して」

「うん、だったらタミちゃん、ID教えて」

さらっと言われてそのままスマホを取り出しそうになる。増渕がやけに慌てた様子で割って入った。

「いやお前、間仲さんに連絡すればいいじゃん。まさか自分のお母さんの番号も知らないわけじゃないだろ。彼女と一緒に待ってるんだから、どっちに連絡しても同じだって。…タミさんには僕からLINEしますね」

「え、ずるいなお前ばっか。自分は彼女の連絡先知ってんじゃん」

「当たり前だろ、うちの事務所に勤めてるんだから!」

また二人でわあわあ言い合いながら降りていく。全く賑やかったらない。

わたしと間仲さんも車から降り、ドアのロックを確かめてから駐車場を出る。 やや遠くに彼らの後ろ姿が見えた。

さっきまでちょっと剣呑な雰囲気かなと感じたのに、今こうして見ると何か口々にやり取りしながらも笑顔もちらほら出て、何だか思ったより楽しそう。

「やっぱり仲良しなんですね、何だかんだ言いながらも」

つい微笑ましくなってそう呟くと、間仲さんもゆっくり歩きつつ苦笑した。

「それはまあ。付き合いも長いしね。高校の時、悠くんが霊感があるらしいってことが学校で評判になっちゃって。真剣なのからからかい半分のまで、霊視してくれって依頼が押し寄せて弱ってた彼に、うちの啓太が相談相手を紹介するよって言って家に連れてきたのが始まりなんだけどね。それ以来だから半分うちの子みたいな感覚かな。今はご両親も遠くに住んでることもあるしね、お姉さんは婚約者と一緒に千葉寄りの方に住んでるけど。それよりはうちの方が家も近所だし。何となく保護者みたいな気持ちもあるかも」

「はぁ。…じゃ、兄弟みたいな気安さもあるのかな。結構何でも言い合えるような、遠慮のない間柄なんですね、きっと」

見た目はちぐはぐ。無駄にイケメンでちゃらいって言えばちゃらそうな長身の男の子と、朴訥で穏やかそうな小柄なとっちゃん坊や的気弱な青年。普段つるんでたら何となく違和感ありそうな組み合わせだけど、高校時代の友人なんて案外そんなもんかも。価値観や趣味嗜好が違っててもそれはそれ、って置いとける。自分と似てるかどうかで友達選ぶとは限らないっていうか。

完全に大人になるとだんだん自分とあまりに違うタイプと付き合うのも面倒になってくるのかもしれない。

「今はちょっと張り合っちゃってるっていうか。それで言い合う場面も多いけど。…まあ、仕方ないよね、そういうとこ男の子だなって、やっぱり。でさ、どうかな。タミルちゃん。…例えばだけど。うちのあいつ、有り無しでいうと。あり?」

突然思ってもみない方向に話が舵を切り、内容が頭に入ってこない。…え、ありかなしか?誰のこと?

一瞬ののち脳がその言葉を把握し、焦る。

「それって。…えーと、啓太。…くんの、ことですか。…増渕、くんじゃなくて?」

「うんまぁ。そうだね、ここでは。一応」

意外。

公営駐車場を出て、駅のターミナル近くの待合広場に座る場所を見つけてそこで休むことにする。スマホを手でしっかり握りつつ、言葉を選んで返す。

「何となくですけど。…間仲さんは増渕、くん推しだと。わたしと彼が上手くいったらいいと思ってるのかな、って感じてたから」

彼女は柔らかい色を目許に浮かべておっとりと問いかけた。

「そうなの?二人、実はそんな雰囲気もあるの?」

わたしはぶんぶんと思いきり頭を横に振った。髪がばらばらに振り乱されるくらい。

「いえいえまさか。冗談にもそんな…、全然、まるっきりゼロですけど。だからこそ安心して一緒に仕事できるってとこもあるし。でも、あくまで間仲さんの目から見たらっていうか、外からだったら。そういう風になったらいいって思われてる可能性はあるかなと…、でも、正直。…啓太くんと、とは」

「思わなかった?」

無言でこくこく頷く。

何となくだけど。この人、こういう風に自分の息子を推してくるタイプと思わなかった。増渕は他人だからこそお節介しようって気も起こすにしても、自分の子どもについては女の子も恋愛もご自由に、もう大人なんだから自分で判断して何とかしなさいって突っ放すんじゃないかと。

わたしの言いたいことを察したのか、彼女はちょっと自嘲気味に苦笑した。

「まあ、タミルちゃんの言いたいことはわかる気がする。いい歳した息子が彼女作るのに、母親がいちいち口出すのかって思われるよね、そりゃ。確かに引かれても仕方ないけど…。でも、ああ見えて決してもてないって訳でもないのよ。だからそんなに不自由してんのかって思われるのも、あいつとしては心外だと思うけど」

そりゃ。そうでしょ、当然。

「それは。…女の子に人気ありそうな感じですもんね。いくらでも、自分から選べるんじゃないですか。紹介とか、人からの後押しなんか必要としてるタイプには思えないけど」

首を捻って正直に思ったことを述べると、間仲さんは物思わしげに肩を竦めてみせた。

「そうはいうけど。だからと言って、親としては心配がないこともない。あの子さ、言動を見てると割と常に何かあることは確かなんだけど。なのに今まで一度も家に彼女を連れてきたことないのよ。特定の相手がいる、って感じる時もあったんだけど」

しばしその言葉の内容を噛みしめ、おもむろに答える。

「それは、まぁ。人によると思います。考え方とか。…そんなに、異常なこととは」

「そうなんだけど。あんた、今の彼女は?とか、たまには家に連れてきたら?とか何回か水を差し向けたこともあったのよ。そしたら一瞬考え込んで、なんか、特に家族に会わせたいって気がしないかな、って。別に紹介したから結婚か?とか思わないよ今どき、って言ったんだけど」

啓太は頑なだとかこだわる風でもなく、自分でも不思議そうに首を傾げて、そういう感じじゃないんだよ、家に連れてきて親にこの子を見て欲しいとか、仲良くなってくれたらとかそういう感じじゃないんだよねと呟いたという。

「何回かさり気なく訊いたけどいつもそんな答えで。必ずしも遊びって訳でもないみたいなんだけど、真剣とか人生を共にするってとこまでいかない。でも、今回のあの子の反応を見ててちょっとへぇ、と思わなくもなくて。もしかしたらこれはちょっとマジかな、と。だったらわたしとしてもちょっと逃したくはないでしょ。将来うちの娘になる可能性だってある訳だし」

わたしはあまりの展開にのけぞった。

「いえいえそれは。…先走りが過ぎますって。彼にも(わたしにも)選ぶ権利があるし。もし万が一付き合ったからって必ずしも結婚までいくとは」

将来の嫁候補?全力ダッシュにも程がある。まだ付き合うどころかお互いのこと碌に知ってもいないし。こっちは勿論、向こうに本気でそんなつもりがあるともわからないってのに。

なんとなく習慣で、目の前にいる女の子に軽くちょっかいをだす雰囲気になってるだけなんじゃないかな。

間仲さんは悪びれずあっけらかんと言ってのけた。

「だって、正直うちの子、女の子見る目もしかして今いちなのかなって思いかけてたからさ。親に見て欲しいって気がしない子ばっかり選ばれても…。その点、わたしの視点からでもタミルちゃんだったらいいじゃん!って思ってさ。これで案外切実なのよ。…それに、今の時点だとさ。ちょっと遅れをとってるのかなって気もして。悠くんに較べたら」

わたしはその言葉にたじろぎ、しばし考えたのち真面目に答える。

「いえ。全然、特にそんなこともないと思いますけど。増渕と啓太くん、どっちがよりどうだとかもないです。本当に」

心から。

「そう?でも、タミルちゃんと彼の間にはある種の信頼感とか、安心感があるでしょ、既に。付き合いがそんなに長くなくても二人にはもうある程度の結びつきがある。男女としての意識かどうかに限らず、そこは簡単に割って入れないかなって。そう思うとやっぱりうちのは早くも不利なわけだし、ちょっとは後押ししてやろうって。なんてったって悠くんには悪いけど、こっちも真剣よ。未来の嫁が一緒にいて楽しくもなんともない箸にも棒にもかからない女の子か、こっちも仲良くなれそうなそばにいるだけで気持ちが浮き立つ可愛いチャーミングな子かって瀬戸際なんだからね」

「いえいえ…、わたしも、間仲さんとは仲良くさせて頂いたらそれは嬉しいですけど」

そこは心の底からそう思ってはいるけど。

「正直なとこ、息子さんの嫁としたらそれとは別かなって。そんなに買い被って頂けるほどよくはないです。全てにおいて雑だし。お皿も茶碗も続々と割るし。ぶきっちょ極まりないから料理も掃除も今ひとつだし。態度でかいし。油断してると言葉遣いすぐ悪くなるし。…結構、一般的レベルで考えても酷い。…かも」

ちょっと物悲しいが。間仲さんに限らず誰でもあんまり息子の奥さんに欲しいタイプでもないかも。

彼女はふわ、とこっちの胸が温かくなるような優しい笑みをわたしに向けた。

「うん、だからさ。…そういうとこ。率直っていうか、自分を実際以上によく見せようって意識がないとこかな。人によると思うけど、わたしはあなたみたいな子が好きなんだよね。だから、啓太の反応を見てて、お、こいつにその気があるんならこれは逃しちゃいけないなって思ってさ。悠くんには悪いけど、抜けがけしてでも立候補しておかなきゃって考えたわけよ、ここは」

うーん。

「ありがとうございます、とは思います。もちろん…」

なんか、微妙な気持ち。こんな風に言ってもらえて嬉しいのは間違いない。でも、だからってこの人の息子さんと付き合うかどうかはまた別なんじゃ。

単に間仲さんとも啓太とも友達ってことなら全然問題ないけどさ。

わたしの顔色を見て、彼女は少し生真面目な表情になりふと問いかけた。

「もしかして、そんなに今は男の子と一対一でお付き合いすること、興味ない?啓太とか悠くんに限らず」

「うーん。…そういう、ことかも。しれません…」

図らずも唸る。今まであんまり真剣にその辺、向き合ったことないけど。

気持ちの上で必要を感じなかったからそのまま放置してる、ってのが実際のところかも。彼女は呆れたって風でもなく、明るく笑って肩を窄めた。

「まあ、そういうとこも。親としてはいいなって思っちゃうポイントかも。すれてないっていうか、自分がしたくないことはしないっていう流されない姿勢かな。あんまり恋愛体質満々なのもね、それはそれで。警戒するよねやっぱり」

「もう何でも評価して下さるんじゃないですか」

思わず口に出して呆れる。

「とにかく。言うほどいいもんじゃないです、わたしなんか。自分だったら息子の嫁にこんなの欲しくないと思うな。家にお皿が何枚あっても足りないよ。事務所のカップも湯呑みもせっせと弁償したけど、結局ストップがかかりました。もうお茶淹れしなくていいからって。こんなことにお給料を使うのは勿体ないですよ、とか言われてさ」

間仲さんはストレートに爆笑した。

「わかった、うちに来てもお皿は洗わなくていい。そういう条件提示で行こう。悠くんとこより待遇で劣る訳にはいかないもんね」

もう採用条件になっちゃってるじゃないですか。

ふと間仲さんが反応し、ポケットを探るのを見て自分も慌ててスマホを取り出す。バイブレータに気づくのが遅れた。結構これ、わかんないことあるんだよな。

わたしの仕草を見守りつつ彼女も自分のスマホを手にして更に言葉を付け足す。

「まあ、今すぐどうこうとは。ただ、覚えておいてね。わたしは割と真面目にそんなつもりだからさ。あいつが真剣にそういう態度を見せた時は門前払いでなく一応検討してやって。…ああ見えてそう酷い遊び人って訳でもなくて。ちょっと軽く見えるけど、根は悪くないから。親の贔屓目かもしれないけど、悠くんに対して決して引けを取るとは思わないわよ」


《続》




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