表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タミルちゃんは謝らない  作者: タカヤマキナ
12/12

最終章 二人に不可能なんかない

「げ。…雪?」

カーテンを引こうとして思わず窓の外を見上げた。垂れこめた黒っぽい重い雲からちらちらと舞い落ちる灰色のもの。

「道理で。朝から寒かったですもんね、今日は」

背後から増渕の穏やかな声が聞こえる。たった今口寄せの依頼が済んだばかりのお客さんも感慨深い声を出す。

「もう真冬の感じ?今年はなんか、早いわね。年内に雪が降ることなんかいつもは滅多にないじゃない」

「クリスマスに雪とかまずないですもんね」

わたしは振り向いて相槌を打つ。あくまで東京周辺の話だけど。増渕は生粋の東京ものだし、わたしの育った神奈川について言うとここより更に雪が少ない。海の近さが関係あるのかもしれないけど。神奈川でも山側にいくと気温も一、二度は違うし。

それでもホワイトクリスマスは記憶にある限り今までないくらいだ。まだ十二月も下旬にさしかかったばかりだから、こんな時期から雪がちらつくのは確かに珍しい。

「今年の冬は雪多そうね。嫌だなぁ。雪かきが大変なのよね、この歳になると。家の前の道路くらいはちゃんとしないと近所に示しがつかないし」

眉をひそめるクライアントの年配の女性。わたしは素直に頷いた。雪かきして下さる一軒家の方、お店やマンションを管理する方々、この季節ご苦労さまです。

「次の日に道に雪残ると、溶けかけてから変な風にまた凍ってつるつるに滑りますからね」

「タミさん、毎年それで転ぶんでしょう」

増渕が余計な口を挟む。わたしはぎっと目を上げて奴を睨みつけた。

「毎年は転ばない。雪の積もらない年もあるし…。去年は確か、暖冬だったから。腰も打たなかったし膝も擦りむかなかったよ。なんか文句ある?」

「まぁまぁ、喧嘩しないの。全く、姉弟みたいなんだからあなたたち。仲がいいからこそなのはわかるけど。…タミルさん、今年は気をつけた方がいいわよ、路面の凍結。多分寒さも厳しくて雪も多そう。日陰になってるとこを避けて歩くのよ、あなたこう見えて意外にうっかり屋さんだから」

お母さんみたいなお歳の方に親切に注意して頂き思わずかっくりと首を落とす。お客様にまでわたしがドジっ子って思われてるとは。

仕事中はてきぱき見えるよう気をつけてるつもりなんだけどなぁ、これでも…。

生真面目な顔つきながら微妙に肩をひくつかせてる増渕を無視してわたしは神妙にアドバイスを受け入れた。

「そうですね。とりあえず遅刻ぎりぎりに出勤にならないよう気をつけます。走る羽目になるとね、どうしても…。足許まで気が回らないですから、大体」


冬も深まる頃には以前と変わらない事務所の空気が戻ってきていた。

増渕は徐々に落ち着きを取り戻していた。初めの頃はどうしようかな、とこっちも思い倦ねるほど心ここにあらずの様相を呈していたが。

無論わたしもあのことを知った当日はショックで余裕もなかったし、自分が傷ついたことで一杯になってしまって増渕のことを思いやる気にもなれなかった。でも翌日最悪の気分で何とか事務所に出勤してくると。完全に魂の抜けた自動人形のような抜け殻がそこにいるのを目の当たりにしてしまった。

酒席で先にべろべろに酔っ払われると自然と酔いが醒めるように。先に誰かが泣き出すとふと落ち着きが戻って頭がすっと冷静になっちゃうみたいに。

これ以上ないくらい傷ついて落ち込んでたつもりだったのに急に背筋がしゃんと伸びた。細かいこと追及したらきりがないけど。

とりあえず、恋人としてのこいつとの関係はひとまずピリオドを打ったわけだし。男としての増渕に対してはまだ納得のいかないことや気持ちの収まらないところは数々あるがそれはまた別のこと。ここで勤務し続けることを選択した以上、わたしにもこの人の助手としての責任てものがある。

こいつがここまでぶっちり電源が切れるほど落ち込む羽目になったのはまあ自業自得の面もないではないと思う、勿論。でも現実問題引導を渡したのはわたしのこの手ではあるので。こいつをこんなにしたことに一端の責任はないではない。

そしたらしょうがない。わたしはため息混じりに目線も合わない腑抜けた奴を見下ろし、自分に気合を入れた。事務所が何とか回るようにわたしがしっかりしないといけないな。

最初の数日間はそう簡単ではなかった。

本当に意識があらぬところに遁走してるみたいでわたしの方を見もしない。多分、視界に苦悩の大元を入れて認識してしまうと精神が保ちこたえられないんだろう。何にせよコミュニケーションが全く取れる気配がないのには参った。やっぱり無理はしないでしばらく事務所を閉めた方がいいのかな、と思ったくらい。

でも、実際にその日の最初の予約の客がやってくると奴はちゃんと機能し始めた。

ちょっと心がここにない感じというか。漠然と上の空な状態を感じさせるところはあるけど、言ってる内容はしっかりしてるし言葉もはっきりしてる。それでいてクライアントが帰って外部の目がなくなるとぐったりとデスクに伏してそのまま短い睡眠を取ったりするので、本人なりに顧客に対してはちゃんと対応したいって責任感があってそれがこういう形で現れてるのかもしれないな、と考えた。

仕事をきちんと遂行するために全部の気力を集結すると残りはもう何もない、使い果たしたといった様子は見ていてさすがに気の毒な気もしたけど。そこまでして事務所については責任を全うしたいって気持ちが奴の中にあるならそれを尊重しよう、ととりあえず判断した。

あまりにも仕事以外の生活がお話にならない状態が続くなら、それはやっぱり見過ごせないからそこでストップをかけて無理にでも休養させればいい。むしろ、このために何とか気力を振り絞っているからこそ立っていられるといった風で、事務所を閉めて目の前のするべきことを取り上げてしまうとそのままずるずると自分の中に閉じこもってしまうんじゃ、ってことが危惧された。

それで一日二日様子を見て、頃合いを見て改めて声をかけて。夢から醒めたような様子の増渕に軽めの発破をかけて意識を取り戻させ、下手くそながらとにかく食事を作って奴の前に差し出した。こんなことになってもこいつはきっとまだわたしに甘いはず。わたしが手ずから作ったものを食欲がないからと突っ返してくるなんて絶対にできないに違いないと踏んだ通り、増渕は何とも言えない顔でそれにもそもそと手をつけた。身体はもういい加減燃料を切実に要求してたみたいで、一度口にものを入れたら案外食欲が湧いた様子で出された分は全部完食した。

それ以来しばらくは帰宅前に夕食、早めに出勤して朝食もわたしが張り切って作っていたが程なくして奴から泣きが入った。

「タミさんの危なっかしい手つきをただ見てるのが心底つらい。絆創膏だらけの手を見るのが耐えられないから勘弁して下さい。以後は食事はちゃんと自分で摂るようにするから」

奴には手を出させず自分一人でキッチンに立つのもちょっと誇らしい気分でいたわたしは軽くむくれて言った。

「じゃあ、一緒に作る?そんなに見てられないなら手伝えば」

以前みたいに。と頭に浮かぶのと増渕の表情が冗談にならないとばかりに硬くこわばるのが同時だった。

「…それはちょっと」

二人の間が上手くいってた幸せな時を思い出させ過ぎるってことなのか。それは理解できる気がしたのでわたしは大人しく引き下がった。それ以来またわたしたちは別々に食事することになった。時々隙を見て抜き打ち的に冷蔵庫の中をチェックしたりもしたけど、増渕はちゃんと食材も自分で補充してそれなりにやってるようだった。

奴の生活に介入することが叶わなくなってわたしは意外なほど寂しさを感じた。きっぱりと自分から見切りをつけた男に、単に仕事のパートナーとしての義務感で仕方なく手を差し伸べてたくらいのつもりだったのかもしれない。

だけど実のところは、すっかり生気を抜かれてわたしを脅かすところのなくなった奴の世話を思う存分焼いて、一方的に面倒を細々と見ることにどうもある種の満足を覚えてたきらいがある。そのことに気づかざるを得なくてなんとも微妙な気持ちになった。

なんと言っても気力を失って何ひとつできない増渕なら、わたしにこれ以上なにかを思い出させるような行動を起こしてくる可能性もないし。ひとつひとつの言動に傷をほじくり返される恐れもないから安心してそばにいられる。一方でわたしに捨てられたんなら、と自暴自棄になって、奴が弱ってるところにつけ込んでくるハイエナみたいなあの女たちにまたいいように遊ばれる心配もないだろうし。

そこまで思いが至ってわたしは本格的に顔をしかめた。それだけは本気で、絶対嫌だ。

そういうわけで奴が徐々に元気を取り戻して、再び自分の力で普段通りの生活を送れるようになるのはわたしにとって諸刃の剣ではあった。そうじゃないと困るだろ、事務所だって立ち行かないし一生こいつの面倒見て身の回りの世話を焼き続けるってわけにもいかないじゃん。頭ではそうわかってはいるけど。

ほんとはしょうがないなぁ、とか口では言いながら非力なこいつのためにあれこれと何かしてやる生活をずっと送りたいってのが本心なのか。そういううっすらとした自覚に何だか凹む。

自分でイメージしてたよりわたしは未練がましいというか。割りきりできないというか。執着心の強い奴だったのかな、と考えると思わず口許が曲がってしまう。

最初にあのクライアントから増渕にまつわる事実を聞かされたとき。まず湧き上がってきたあの感覚は紛れもなく嫌悪感だと思った。向こうから求められたら必ず受ける男。不特定多数の女性たちに何を要求されても絶対断らない男の手で身体中触れられてた。誰にも接触されたことのない奥の奥まで。二人きりの密室だと思い込んでた部屋の中での行為に、本当は知らないうちにたくさんの部外者が関わってたことが後でわかったみたいな強烈な不快感。

抑えきれず顔が歪むくらい。こんなのとても耐えられない。

…でも。あれ以来しばらく時間が経って、打ち萎れた増渕の面倒を何くれとなく見ながら意外に満ち足りた気持ちを感じつつ少し冷静な頭で思い返して見ると。わたしがあの時感じたあの感覚は、全部がこいつに対する嫌悪やおぞましさだったのかな?とやや疑問に思い始めた。

だって、こうして今増渕のそばにいて、近くでいろいろ口を挟んだり手を出したりしていても。そこはかとなく穏やかな満たされた気持ちこそあれ、こいつを拒絶したい気はかけらも感じない。むしろ色恋抜きでこうして静かに一緒にいられることで自分が少しずつ回復に向かってるように思う。怖気を奮ってる相手に対してそんな感覚を抱くもんなのか?

それでいてふと、この手があの人たちに実際に触れたんだなとかちらとでも考えちゃうと。相も変わらず嫌ぁな気持ちがこみ上げる。その感じは微塵も薄らいでいかない。

でも、その感覚はどうも増渕本人というか。人物そのものに向かってるわけじゃないらしい。落ち着いてから分析してみると、わたしの増渕に対する印象や意識は意外にもあの前と後で殆ど変化していなかった。

ゆっくりと気力を取り戻していく奴と会話を交わしたり、どうかすると軽い冗談なんかも出てくるようになって。そうしてやり取りする時の気持ちの中に違和感は全然ない。初めてここで出会った時のちょっと気弱そうな地味めの男、それに意外な図々しさや我の強さがあることもわかった付き合ってからの印象もブレンドされたそのままの増渕がやっぱりそこにいる。これまでのわたしたちの間柄の積み重ねから生まれた関係の延長に今があるのは明らかだ。

だから、何一つなかったことにはなってない。別に時間を巻き戻して付き合う前に戻ったんだとは思わなかった。目の前のこいつが野放図にも複数の顧客と言われるがままに関係を持ったことは重々承知してる。なのに見る目は変わらなかった。

ただ、時折なにかの拍子にこみ上げるこの胸の悪くなる感じ。最初は奴への嫌悪だと思ってたこれが、どうも一概にそうとは言えないことがはっきりしてくるにつれわたしは再び何とも微妙な気持ちに。

もしかして。…これって。

増渕がこの手であの人やこの人に触れた、と実感する時だけもやもやするこの感覚。わたしだけじゃなかった、と思い起こすたびわあっと叫びたくなるこの感じ。普通に考えるとこれ、ただの嫉妬。…とか。

…独占欲。…かな…。

そのことを自分で認めるのにだいぶ時間がかかった。やっとそれに思い至ってかなり本気でがっくりというか。その場に力なくうずくまりたい気分。

ぞーっと総毛立つくらい全身から血が引くような感覚も。目の前が真っ暗になって何もかも受け入れられない、と絶望感にまみれるあの感じも。もしかして最初から、ただの、あの女たちに対する焼きもちだったのか?

あんなに理性もぶっ飛ぶくらい、頭が眩むくらい激しい反応は生まれて初めてだったから。自分の男の過去に対しての嫉妬ってあんなに激しく苦しいものだなんて思いも寄らなかった。

わたしにとって世界に一人だけ、大切な存在が沢山の女の人にとっては寂しさや欲情を紛らわすための都合のいい男でしかなかった。そんな事実は受け入れがたい。増渕をそんな風にいい加減に扱わないでよ。この人は優しくて拒絶しないだけの人形みたいな男じゃない。もっと複雑で繊細で、いろんなものを抱えた人間なんだから。

自分たちにとっていいように無造作に弄ばないで。

一方で増渕本人に対しての怒りもやっぱりそこにはあった。

何でそんな風に遊ばれて平気でいたのよ。そんなの受けるなんておかしくない?好きですとか、本気なんですとか言って真剣に申し込まれるならともかく。目の前の孤独ややり切れなさを塞ぐために便利に使われるだけなんだよ。誰にも大切にされない、尊重されない。そんな風に自分を粗末にしないでよ。

わたしには大事なもの、誰にも代われない特別なものなのに。みんなに雑に扱われ、ずかずかと立ち入られて踏みつけられる。当の本人からも含めて。

そのことに頭がくらくらして寒気がするくらい腹が立った。正直今でも。

つまりは。わたしは通勤電車の中で吊革につかまって暗い窓ガラスに映る自分のしけた顔から意識を逸らしつつ一人胸の内で呟いた。まだ今でも、あいつに対しての気持ちは実はあんまり変わってないってこと。…なのか…。

電車の揺れに身を任せながら力ない笑みが口の端に浮かぶ。まあな。多分そうなんじゃないかな、と薄々感じてはいたけど。

あいつがまだ完全に立ち直りきってない弱ってた時期に早くも最初断言したことを覆して、今後の可能性はゼロじゃないってあえて伝えたのも。絶望した奴がやけを起こしてあの女たちの誘惑に再び屈するような羽目に陥るのを防ぎたい気持ちもあったけど、概ね当時の本音だったんだろう。そのことを早めに伝えて、諦めた奴がさっさと切り替えてわたしから離れていくことがないようにしたかったのかもしれない。

繋ぎ止めたいってことか。なんか、ちょっといじましいっていうか。振っておいて引き止めるみたいで往生際悪いけど。

でも、増渕は悪いようには受け止めなかったみたいだった。そのことを伝えたあとはだいぶ目に光も戻り、回復も早まったように思う。本当にわたしたちの関係がいつか復活するのかどうかはともかく、先にそういう道もないことはないっていうことになると話も変わってくるわけだ。

お互いに完全に終わってしまったわけじゃない。何かが決定的に損なわれて、復元できるかどうかはわからない。でも、根気よく時間をかけて修復していけば可能性はある。そういう遠い先の見通しがあれば前を向いていけるかもしれない。

今はそういう段階。二人ともやっと立ち上がったばかり。どっちに進むかはこれから決める。

駅に着き、開いたドアからホームに降り立った途端に吹きつける冷たい風に思わず身を縮めつつ、わたしはがらんとした冷たい自分の部屋へ向かって足を早めた。


「タミルさん」

降霊が終わって顧客と一緒に面談室を出る。増渕はその場に残ったまま、まだデスクに向かってる。面談の内容や降霊の過程を簡単なメモに残す必要があるから。

わたしは次回の予約を受けたり会計を済ます用があるし、彼女を戸口まで送り出すところまでが仕事だ。今さっきの依頼者、つまりわたしを自分たちの仲間に引き入れようとしたあの人。

内野さんは罪悪感ゼロのあっけらかんとした可愛らしいといって差し支えないあの笑顔でわたしを見て、ちらと面談室の方へ視線を走らせてから話しかけてきた。

「結局、別れちゃったの?何もそこまで。今まで通り彼と仲良くしててもいいのよ、全然。わたしたちとちゃんと意思疎通して時々必要な時は譲ってくれさえいれば別に問題ないのに」

さえいれば、って。わたしは内心で首をすくめた。簡単に言うね。結構非常識な条件だと思いますけど。

「あの人はもう…。あなたたちの誰ともそんなことはしないと。あんなことは終わった、と考えて頂いて差し支えないです」

彼女がに、と笑顔を強めてわたしを覗き込んだ。目が笑ってない。

「彼が自分の口からそう言ったの?」

「いえ、そういうわけでは」

あれ以来このことについて正面切って今後のことを話し合ってはいない。でも、増渕のあの後悔のしようを見たら。そんな気全然起こらないことは火を見るより明らかだし。

それに。わたしがこうしてそばについてて、再びそんなことさせる気は絶対にない。あいつをみんなの慰みものになんか。

「じゃあわからないでしょ。あなたにそんなこと言う権利ないわ。あなたが思ってるより彼、愉しんでて誘われたらまたしたいって気持ちでいるかもしれないし…。でも、がっつり予防線張ってるのね。一度もわたしと彼を二人きりにしようとしなかったじゃない、今日?」

わたしは素知らぬふりで事務所の小さな金庫を開いた。うちにはレジなどというものはない。文化祭の模擬店みたいに受け取ったお金をそのままここに入れる。電卓で計算して手でお釣りを出す方式だ。

確かにさっきは最初から当たり前みたいな顔をして面談から同席し、最後まで一度も退出しなかった。それは意識してそうしている。通常顧客の面談の時はわたしはその場を外すことが多い。基本は降霊や霊査の時にちゃんと居合わせればいいわけで、クライアントの個人的な事情や経緯を知る必要はわたしにはないし。それに、助手がそこにいない方がお客さんだって微妙な話や言いにくい詳細も口にしやすくなるかもって配慮もあった。

でもこの人の場合は。ほぼ定期的にやってくる常連だし、いつも招ぶ霊も同じだから今更打ち明けにくい話が残ってるとは思われない。ちなみに彼女の用件は大抵、亡くなった二人の恋人(一人は自殺で一人は事故死。付き合った相手が二人も死んでる人なんているのかよ!と初めて知った時は顔には出さねど驚愕した。虚言癖のある人なのかな、と疑うくらいだったけど、増渕はいつも平然とその二体を霊視するのでどうやら実際にその死者は存在してるらしい。世の中には嘘みたいな数奇な経験をしてる人が思いの外いるもんなんだ、と変な感心をした。本人は別に珍しいことじゃないみたいに割と泰然としてるけど)を観てもらうこと。

二人とも亡くなり方が亡くなり方なのでなかなか成仏にも時間がかかりそうで、進行はゆっくりみたいなのだが。徐々に前に進んでるということなので、その経過を確認しに来るのだ。まだろくに会話も交わせないとのことなので、先は長そうだけど。

それから必ず亡くなった父親を招びだして他愛もない会話を嬉しそうに交わす。この時の彼女は本当に素の状態に見える。きっとお父さん大好きだったんだろうな。ちょっとそう思うとしんみりする。まあ、悪い人ってわけではない。

とにかくパターンはわかってるし、新しい話が出てくる要素もさほどないから。そこは割り切って同席させてもらった。無論彼女が勘繰る通りの理由だ。増渕に変なちょっかい出したり、動揺させるような申し出をしないでほしいから。

「最近、体調を崩してたから。きちんと滞りなく仕事ができてるかどうか確認して、サポートする必要があるんです」

まるっきりの嘘とも言えないことを口にしてしらばっくれる。彼女はうわべの愛想の良さを脱ぎ捨てたようにすっと目を細めた。時々こういう空気を纏うのを目の当たりにすることがある。ただの歳の割に可愛らしい、旦那と子どもがいてもちゃっかり遊び回ってる考えなしの人妻じゃないって本質が透けてみえる。

この人はこの人なりの事情があって闇を抱えてるんだろうな。それがどんなものか知りたいとは思わないけど。

「まだ大好きなんじゃない、彼のこと。ガードして他の女を遠ざけて、結局自分だけのために囲い込みたいんだ。あの人はそういう人じゃないって言ってるのに…。まあ、今はまだ向こうも傷が深いから。すぐどうこうが難しいのはこっちもわかってるし。あなた、わたしや他の数人はチェックして絶対二人きりにしないように気をつけてるみたいだけど、あれ以来。全員把握してるわけじゃないでしょ、わたしたちの仲間」

そう言われてちょっと背筋がひやっとする。それはそうだ、勿論。

確か現在のとこ七人って言ってたはず(わたしが奴と付き合い始めてからは誰とも何ともなかったって断言できるけど、ほぼ片時も離れなかったから。つまり、当時同時に並行してたってわけじゃなく、わたしが退いたら以前通りの関係を続けたいって意思があって今の時点で待機してる連中ってことだろう)。

この人や最初の面談の時に押しかけてきた色気たっぷりの片瀬さんほか、ぱっと何人かは頭に思い浮かぶけど。正直顧客のうち七人もがその手のひとだって言われても。

あんな風にわかりやすく態度に出てる人だけじゃないことは確かだ。多めに見積もっても…、三、四人がせいぜい。あとは見た目だけじゃわからない、表に出さない人たちだ。

彼女は落ち着き払って淡々と続けた。

「あなたがチェックしてるメンバーは大体わかってる。でも、それ以外の人の時は必ずしも面談の時まで張り付いてはいないでしょ、全員が全員。チェック漏れのメンバーがこないだ、彼に探りを入れる機会があったのよ。あなたと別れたのかどうか確認したのと、これからもう少し先になってもいいから前みたいに続けられないかどうか、って」

誰なんだよもう。

わたしは態度に出ないよう心の中だけでがっくり肩を落とした。表面でべたべたしてみせない割に積極的じゃん、その人!

「これ。ぴったり入ってる、中身」

「あ、ありがとうございます。いつもすみません」

常連さんの彼女は料金も把握してるので、事前に封筒にお釣りなしの額面をきちんと入れて持ってきてくれる。こういう気遣いは実際ありがたい。

念のため中身を目の前で確認し(間違えて多く入ってても困るし)、軽く手でかざすように持ち上げて頭を下げてから金庫に納めた。彼女はそんな様子を見届けてからまだ話し足りないみたいで少し身を乗り出して声を落とし、更に言葉を続ける。

「どんな答えだったか知りたくないの?」

「それは。…受けるわけない。そんなことは心配してないです」

わたしは表面上平静に答えた。そう、奴はもうそんなことはしない。それはわかってる。…けど。

内野さんはちょっと腹立たしげに両腕を胸の下で組んだ。だんだんこの人も感情が露わになってきたというか。地金が出てきたなぁ。

「ふぅん、信頼してるってわけ?でもそうは言ってもあなたがここに来る前は実際にわたしたちの申し出は絶対に断らなかったんだから。あなたが思ってるほど清廉潔白な男じゃないのは事実でしょ。それはちゃんと認めて向き合った方がいいと思うけど。…それはそうと、確かにその時はきっぱり断られたってことらしいんだけど。もう絶対にそういうことはない、それ以外心霊関係やその他の悩みを聞くこととか、自分にできることは可能な限りサポートしますけどって。男女関係に絡むことは今後一切受けられないからってはっきり言われちゃった、他のメンバーの人たちにもそう伝えておいて下さいって」

やっぱ断ったのか。自分でも意外なくらい本気で安堵する。少しは不安に感じてた面もあったってことかな。俺のこと振ったんだからタミさんにはもう関係ないでしょ、って言われたら反論できないし。

なるべくポーカーフェイスを保とうとするのにほっとした空気は隠しきれなかったらしく、内野さんはますます納得いかない表情でリビングのテーブルに手をつくようにしてわたしを覗き込んだ。やや声を低めて問いかけてくる。

「つまりさ。悠くんはまだあなたに未練があるってことでしょ。今この事務所で以前みたいなことするとあなたに知られる公算が大きいから、それは避けたいってことよね。これ以上あなたに嫌われたくないってことでしょ、恐らく」

「ええまあ。…所長がどういうつもりかはわたしには、何とも」

さすがにちょっとドアの向こうが気になる。ちらちらとそっちに目を向けて、そろそろ切り上げてもらえないかな、と伝えようとするけど。

増渕だってそんなにメモするのに時間かかるとも思えないし。もう部屋から出てくる頃合いじゃないかな。こんな話この人としてるとこ、正直見られたくない。

彼女は一向に構うことなく悠然とわたしを見返して話を続けた。

「そうするとよくわからないのはタミルさんの方なんだけど。メンバーの子の話によると二人別れたことは事実らしいじゃない。彼も否定はしなかったって言ってたし。だったらあなたの方は愛想が尽きた、嫌になったとか。気持ちが変わったってことなのかと思ってたけど。その割になんか、こだわるわよね?彼をわたしたちからガードしようと必死だし」

「それは。…仕事に差し支えるかと。一応、助手ですし」

ごもごもと誤魔化す呟きを容赦なく一笑に付す。

「全然そんな動機には見えない。どう考えても彼のこと、今でも好きだとしか思えないよ。でも、だったら何でわざわざ別れたの?向こうもまだあなたのこと好きで、今でも諦められない様子なのに。タミルさんが元の鞘に納まろうって言えば喜んで受けると思うわよ。何ですぐにそうしないの?別に何の障害もないじゃない」

わたしは思わず目を上げて彼女の疑問を湛えたくるっとした瞳を見返した。

「内野さん、わたしたちに別れて欲しいんじゃないんですか」

「いえ別に…、それはどっちでもいいって言ってるでしょ。わたしたちの邪魔しなければ構わないって。でも、それはそれとしてよ。単純な疑問。二人ともお互い好きなままなのなら、あえて離れる理由がわかんない。いろいろ複雑な思いはあるだろうけど細かいこと抜きでえいやっとまた一緒になればいいでしょ。なんでそんな勿体つけるの?そしたら二人とも幸せになれるのに」

どの口が言うのかな。わたしは半ば以上呆れてつい訊き返す。

「いいんですか、わたしたち二人で幸せになっちゃっても?」

彼女は何となく素の状態を感じさせる顔つきで遠慮なくぶんむくれた。

「だって、どうせ、もう悠くんはわたしたちのとこに戻ってこないんじゃない。あなたと付き合おうが別れようが…。それがわかっちゃったらねえ、もうどうでもいいわよ。二人とも好きにすればいいんじゃない?と思ってさ。ねえ、何でより戻さないの?やっぱり許せないの、わたしたちとのこと?でも、自分と会う前の出来事でしょ。過去のことでもやっぱり納得いかない、受け入れられないってこと?」

前のめりになりかけるその問いを破るように唐突にドアの開く音が響き、わたしも彼女も図らずもその場で跳ね上がった。

「タミさん、そろそろお昼…、あれ、内野さん。まだいらしたんですか。どうしました、さっきの内容で何かわかりにくいとことか。不充分な点とかありましたか?」

全然裏心なんか感じさせない穏やかな、深い声の響き。案外こう見えてこいつ、狸だな。内心で呆れるわたしをよそ目に内野さんは愛想よく笑みを浮かべて首を横に振り、弁解するように言った。

「ううん、そんなこと。…大丈夫です、そういうことじゃなくて。タミルさんとちょっと、お話弾んでたの。何てことない雑談よ。ね?」

話を合わせるのも癪だけど何を話し込んでいたのか痛い腹も探られたくない。わたしは不本意ながらも曖昧に調子を合わせて頷いた。

「ええまぁ。すみません、つい。お客様とお喋りしてしまって」

「それは別に。…問題ないけど」

それじゃあ、またよろしくお願いしますと明るい笑顔で元気よく手を振って帰っていった彼女の姿がドアの外に消えると増渕は急に生真面目な顔つきになってわたしに向き直った。

「大丈夫でしたか、タミさん。あの人、君に変なこと言ってなかった?意地悪されたりとか」

ほらやっぱり。こいつの中ではもう、彼女のイメージは完全に悪化してるし。客商売だから表に出さない分別こそあるけど、わたしをターゲットにしたことはきっと今でも許しがたいと思ってるんだろうな。わたしはちょっと苦笑いを浮かべて奴を安心させるように言い聞かせた。

「本当に別にそういうことではない。まだ暴露されたら困ることでもあるの、これ以上?」

「いえ。それはないです、あれ以上なんて…。でも、嫌な思いさせようと思えばいくらでも方法なんかあるだろうし。タミさんに対してあの人が悪意あったとしたら…」

仮にも身体の関係があった相手に対してこの言いよう。とかあんまりこっちもリアルに想起したくないので、ここらで思考回路をすぱっと切断する。増渕に向き直り、元気づけるように明るい声を出した。

「平気、何でもなかったよ。何となくちょっと腹に一物あるっていうか、底の知れない人だなあって思って腰が引けてたけど、今まで。あれで意外に思ったほど悪い人でもないよね?今日、お昼どうしようか。何か買ってくる?」

話を変えようと矛先を向けたけど、奴はどうにも納得がいかないといった感じで思いきり渋い表情を見せた。

「うーん。どうなんだろ…。もしかしたら悪気だけで動いてるわけじゃないんでしょうけどね。でも、ちょっと信用ならないとこがあるからなぁ。どういう思惑で何がしたいのか予測がつかないんですよね。タミさんみたいな人はあんまり関わらない方がいいと思うけど。あれで結構腹が読めない人ですから。案外いい人かも、なんて思ってるとそのうち足許掬われるかもしれませんよ?」


午後、増渕がクライアントさんと面談室に二人で入っていったあと、リビングでパソコンに向かいつつぼんやりと肘をついて考える。さっき午前中に内野さんに尋ねられたこと。

『二人とも今でも好きって気持ちがあるなら面倒なこと抜きでえいやっと元の鞘に納まればいいじゃない。何でそうしないの?』

使いもしないペンを指先でぱたぱたと揺らしながらため息をついた。そりゃ、言うのは簡単だけど。

生理的な拒否感は拭い難かったけど、それはそれとして自分は奴を嫌いになったわけじゃないっていうのは割に早い段階で自覚があった。今は別れててお互い何でもないわけだけど、だからと言って増渕がふらふらと彼女らの誘いに乗ったりしたら今度は絶対許さない。問答無用でぶん殴ると思う。

増渕も多分だけど、何で怒るんですか、タミさんには関係ないでしょ。もう別れたんだからとは言わないはずだ。半泣きですみません、ごめんなさいと頭を抱えて謝るだろう。てか、いくら何でもそこまで馬鹿じゃないとは思いたいけど。

つまりわたしたちはもう恋人同士じゃないけど、まだ何らかの権利を持ってるって認識はお互いにうっすらとある気がする。相手の異性関係に口出ししても理不尽とは思わせない何かは依然残ってるわけだ。尤も増渕からわたしに対してはその限りじゃない。わたしが今、とち狂って誰かと突発的に恋に落ちてもあいつは黙って引き下がって涙を呑むしかないだろう。それはまあ、向こうはこっちにそれなりの借りってもんがあるからね。

さっきコーヒーメーカーで淹れてお客様に出した残りの分を自分のカップに継ぎ足すべく立ち上がってキッチンに向かう。今日のお客様は常連さんじゃないから、面談はそれなりにじっくり時間をかけるだろうと思う。だから、わたしはここで自分の仕事に集中できる余裕があるわけなんだけど。

内野さんに言われたことがきっかけでどうももやもやしてしまう。ちょっとコーヒーでも多めに飲んで頭をしゃきっとさせて切り替えよう。

増渕は確かあの時、自分にはこれからもタミさんだけです。何年経ってもいつか離ればなれになったとしてももう絶対に他のひとには触れない。タミさんが戻ってきてくれるのをずっと待ってるから、と言ってた気がする。必死な、真剣さのこもった眼差し。その時はそんなこと言われてもね、と思ってさっさといなして出てきたけど。

パソコンの前に戻る気がせずキッチンで立ったままカップを口許に近づける。まだ意外に熱い。息をそっと吹きかけながらしばしそのまま考えに沈んだ。

こうなってみると、あの申し出が今でも有効なら。わたしが戻る気があればすぐにでも二人はもう一度恋人になれるってことになる。増渕は『いつでも待ってる』状態なら、選択権はこっちにあるわけだ。今この時も。

そのことは内野さんに指摘されるまでもなくうっすらとは意識してた。何でもない会話を交わして時折笑い合ったりする瞬間も最近は珍しくない。ふわ、と胸の内が温かく感じる時など、どうしてわたしたちはもう寄り添えないんだろう?とか、何もなかったことにして今日このまま事務所から帰らないってわけにはいかないのかな、と漠然と考えたりもする。そろそろ外を吹きつける風もすっかり真冬の冷たさではあるし、ぬくぬくした事務所から帰ろうと一歩踏み出す瞬間なんか余計にそう思う。それはちょっと違うか。

でも、増渕のいる暖かいこの部屋から物寂しい冷たい自室に帰るたびにいつまでこんな毎日が続くのかなと少し疑問がよぎることも確かだ。わたしがあんたのこと許すよ、もういいよって言えさえすれば。以前みたいな楽しい幸せな日々が戻ってくるのかな、と。

でも。本当にそんな単純な話なのかな?

やや冷めてきたコーヒーをそっと口につける。少しぬくいくらいの柔らかい温度。

あの時、初めて奴の過去の行状を知った日。タミさんと再会してからは一度もないですって言葉を信じて(実際のとこはわからない。わたしがここに来てからも泊まり込みで彼女らを完全に追い払うまでは夜討ち朝駆けはあったわけだから。ただ飲んでただけだとは当時も言い訳してたけど。それに、そのくらいのタイムラグはあんまり意味がない気もするし。わたしと奴は当時お互いにからっきし何でもなかったんだから。わたしに義理立てする必要なんかない)、あのままこの部屋に留まっていたら。

出会う前のこと、わたしを好きになる前のことなんだから、怒ったり責めたりするのはおかしい。過去の出来事は不問にしてこれから先にこういうことがなければいい。理屈の上ではそれでおかしくない。むしろ、付き合う前のことで逆上して別れを切り出すなんて理不尽じゃないか。そういう風に自分に言い聞かせて付き合いを続けるってやり方だってあったのかもしれない。実際は感情に任せてすぱっと出てきてしまったのでそんな道を検討する余地もなかったが。

でも。

そうやって理詰めで自分を納得させてもそれは理性の上だけのこと。感情はきっと収まらずに水面下でふつふつと不穏に揺れ続けるに違いない。

何で好きでもない人とそんなことしたの。言われればどんな相手でも必ず受けたの?相手によって断るとかはないんだ。だったら、どんな女の人相手でもあんたはできるってこと?誰でもいいってこと?

好みとか自分の意思とかないんだったら。別にあんたの相手がわたしじゃなくても構わないわけじゃん。別のどんな女の人でも用は足りる。むしろ、わたしじゃなきゃいけない理由って何?そんなの、あるの?

…いや、もしかしたら。

口にしたらいけない、と自制するたびに不穏な疑問は押し込められた深奥で更にごとごと沸騰する。増渕はほんとはわたしじゃなくても別によかったのかも。たまたまわたしがこの事務所に来て、一番そばにいて。どういうわけか増渕のこと気になり始めて、わたしのこと見て欲しい、触れて欲しいって密かに思うようになった。奴はそういう言葉にならない欲求を読み取って、掬い上げて、そうかって思ってただ受け入れただけなのかも。

今まで奴を求めた女の人たちにしたのと同じ。わたしが上手く口にして求められなかったから、気を回してそこは空気を読んでくれた。だから向こうから好きですと言って、わたしが奴を素直に求めやすくして、楽にしてくれた。

わたしが本心でそれを欲しいと思ってたから。

…いつしか本気でそうかも、と思いかけてじっと固まってた自分にはっと気づく。なんか、怒りに任せてるつもりが悲しくなってきた。慌てて思考の軌道を修正して元に戻す。

こんな悲しみも。理不尽な怒りも。ぶつけちゃいけない、一度許したんだから。いつまでもそのことで責め続けちゃいけないって押し殺せば押し殺すほど、わたしの内面をじわじわと腐蝕していくだろう。そしていつか爆発する。あの日の頭がくらくらして目の前が真っ暗になるほどの激情を思い出す。わたしがこんなに傷ついたんだから、こいつにも同じくらい傷ついて欲しい。相手に一番ダメージを与えられる言葉、とどめを刺せる台詞を探してた。このままじゃ言葉で殺しちゃう。相手が死にたいって思うまで責め立てたいってどっかで思ってた。きっとまたあんな風に…。

増渕はきっとその度に頭を抱えて小さくなって、すみません、ごめんなさいと謝るだろう。わたしもそのうち理性を取り戻してこんな不毛なことしても、と怒りを取り下げる。でもそのうち、胸の中の割り切れない思いが時間をかけてまた発酵して、もやもやが内側一杯に膨らんで再びなにかの拍子に爆発して。

多分その繰り返し。消化できない怒りを抱えながらごまかしてそばにいるなんてやっぱりできない。きっとそうやってずたずたになるほど傷つけてもまだ足りない。怯える奴の表情を見てきっと自分も傷つくのに、それでもやめられない。二人一緒にいることでお互いを取り返しもつかないほど損なって、それでも離れられなくて泥沼の状態に陥っていくだろう。

…少し放心してすっかり冷めたコーヒーを一口飲む。多分、本能的にそうなることはわかってた。だからとにかく今は近くにいちゃいけない。自分たちは距離を置くべきだってそういう勘はあったんだと思う。

先はどうあれ、緊急避難的に関係を絶って恋人じゃなくなる必要があった。そうすれば何か償わせたり、誓わせたり反省させる権利を失う。そうじゃないとこの人をずたずたにするほど攻撃しちゃう。それくらい自分が荒れ狂ってるのがわかってた。

わたしから奴を守らなきゃいけない。今一番危険なものからこいつを遠ざけなきゃ。そういう判断だったんだ。

ともかくもあの時は。…それで、今は?

わたしはじっとカップを支えてる自分の手を見据えた。あれからだいぶ時間も経った。もうすぐクリスマス。今年も終わる。

普段一緒に仕事してる分には、増渕に不快な思いを抱くことはもうない。この手があの人やあの人に触れたんだな、と頭をよぎって嫌ぁな気持ちになることもほとんどなくなった。まあ、そこは意識して蓋をしてるってこともある。一体どんな風にとか、わたしにしたあんなことも…とか具体的に想像し始めたらもう絶対無理。慌ててがっちり鍵をかけて視界に入らない奥のところに放り込む。

さっきちょっと深く考え始めただけでも思いの外ずんと落ち込んだ気分になったし。普通にこうして仕事のパートナーとして過ごすのはもう何の問題もないみたいだけど。

今恋人に戻っても大丈夫なのかどうか。案外まだ自信ないかも…。

ドアがカチッと開いて増渕が顔を出し、タミさん、そろそろと声をかけてくるまで結局わたしはそこでじっと立って飲みかけのカップを持て余していた。慌てて顔を上げて返事をし、面談室に向かう。

好きだから今すぐ戻れる、ってほど簡単な話じゃない。もう少し慎重に、ゆっくり時間をかけた方がいいような気がする。

わたしが全部の怒りを消化して、心の底から増渕を大切にしたいってまた百パーセント思えるようになるまで。こいつがわたしだけだって言ってるのを素直な気持ちで信じられて、ほんとはわたしじゃなくても誰でもいいんでしょなんて、うっかり口から恨みがましい言葉が溢れる恐れがなくなるまで。

そういう自信がつくまでどれだけかかるかわからないけど。お互いのしがみつく重みで二人とも溺れてしまわないよう、そこは慎重に見極めていかないと…。


その日最後の予約のお客様を迎え入れ、わたしは思わず心からの笑みを浮かべた。

「…お久しぶりです、佐伯さん」

わたしがこの事務所に来てほぼ最初の頃。八年前に亡くした彼氏の口寄せの依頼でやってきた人。あの時は初めて目の前で増渕が霊に乗っ取られそうになって本気で焦ったな。背中に手型の跡がつくくらい思いきりどやしつけて何とか退出願ったっけ。

相変わらずお綺麗な清楚な雰囲気の彼女はにっこりと感じのいい笑顔で小さく頭を下げた。

「こんにちは、赤崎さん。ちょっとご無沙汰しました。いろいろね、準備とかもあったから。少し間を空けた方がいいって増渕さんのアドバイスもあったし」

わたしは彼女をリビングに通しながら遠慮がちに尋ねた。

「…やっぱり、地元に戻られるんですか?結局」

彼女は目を細めて柔和に頷き、わたしに促されてコートを手渡しながら答えた。

「うん、その予定。向こうに何回か通って就職先も決めてきたし。来年に入ってしばらくしたら今のアパートも引き払うことになってるから。いろいろ忙しくなりそう、これから」

「…そう、なんですか」

受け取ったコートをハンガーにかけて曖昧に頷く。確かこの人の元彼の霊は、彼女が東京を離れることに強い反撥を示してた気がするけど。

「あの。…彼氏さんは、結局同意してくれたんですか?確か以前は東京を離れないでくれ、とおっしゃってた気が」

おずおずと尋ねるわたしに佐伯さんはちょっと苦い笑みを口許に漂わせて答える。

「うん、それね。そこも含めて、今日ちゃんと話し合おうと思って…。いよいよだし、もういい加減伝えないとね。そのための準備もこれまで進めてきたし」

「あ、今日は降霊なんですね」

わたしはちょっと気を引き締める思いだった。そうすると、一筋縄ではいかなさそう。

佐伯さんはあのあと何度か顔を出したけど、いつも面談室に入って増渕と何事か話し込んだ後はそのまま帰っていくのが常だった。結構手に負えない霊(彼氏のことだけど、失礼ながら)の案件なのにわたしを呼び込まないというのは…と思い、

「最近は口寄せ、しないんですか?彼女」

と増渕に尋ねると、奴は生真面目な顔で頷いて

「今はそれぞれ、気持ちの整理が必要な段階ですから。僕が別々に話させてもらってます。彼女にはその内容や経過を僕から伝えてる形ですね、あえて目の前で降霊はしないで」

「あいつと話す時は大丈夫なんですか、所長?わたしがその場でついてなくていい?」

さすがに心配になって尋ねると(依頼者様の彼氏をあいつ呼ばわり)、増渕は安心させるように柔らかい笑みを滲ませて

「平気です、降ろさないで遠隔で話をするだけですから。それに、だいぶ変わりましたよ、あの人も。ここにきて急激に時間が進んだ感じです」

と説明してくれた。

増渕も奥から出てきて彼女を迎え、和気藹々とお茶を淹れて皆で一息いれて雑談などした後、おもむろに面談室へ移動する運びとなった。湯呑みを洗おうとキッチンへ向かいかけるわたしの背中に増渕が声をかけ、引き止める。

「タミさんも来て下さい。洗い物は後で俺がやりますから」

「え、面談はしないの?」

思わず訊き返す。まぁ、佐伯さんだったら面談の段階からわたしが立ち会っても不満を言うとは思えないが。増渕は少し硬く感じられる面持ちで頷いた。

「今日は最初から降霊です。そのための面談はここまで進めてきたので。久々にあの方、ここに来ますよ」

「うへぇ」

図らずも正直な反応が口から漏れる。いやいやお客様の彼氏になんてことを。慌てて佐伯さんの方を見てすみません、と小さく呟いたけど、彼女は気にしないで、とばかりににっこり笑った。増渕もフォローするように付け足す。

「心配要りません。あの時の彼とはだいぶ違いますから。ただ、タミさんにも見届けてもらえたらと思うんです。今日は特別な降霊だから…。一緒に入って下さい、こっちへ」

何だろ。それはそれで逆に怖いかも。促されるままに彼らの後について面談室に入り、片隅に身を寄せて邪魔にならないようそっと佇んだ。

「さて。…それでは」

増渕はデスクの前、佐伯さんは顧客用の椅子にそれぞれ座り(医者の診察室みたいな形式を想像していただければ。あんな感じ)、落ち着いたところで増渕がおもむろに切り出した。

「今から彼を呼びますけど。…お伝えしてます通り、あれから彼もすごく変化がありました。お二人の間に相当の時間が経ったことも受け入れられるようになりましたし、意識も変わってきています。…それで、今の状態だと。ここに来て僕を媒介しない限りあなたたちは接触できません。以前ご説明した通りで、霊能者の術が施されてますから」

「あ、はい」

彼女は神妙な色を目に浮かべて頷く。

「それは。…なるべく時々ここへ来て。上京する機会を作るなり何なりで。命日にはお墓詣りもするつもりだし。彼を放っておくつもりはありませんから」

「うん、でもそれも大変でしょう。あなたにもそちらでの生活があるし。それを犠牲にしてまでしなければならないというのも…。それで、僕と彼は一緒に考えたんですけど」

増渕はあっさりとことも無げに言ってのけた。

「あなたがよければ。今ここで、彼を解放しようと思います。そうすればわざわざ霊能者を介さなくてもお互いの存在を感じられるようになります。彼の方は勿論、あなたも霊感の多寡にもよりますが普段から気配を感じることがあるようになるでしょうし。夢で話したりすることもできますよ」

「え。…いいんですか、そんなの」

彼女は喜びとためらいの入り混じった複雑な反応を示した。増渕は励ますように優しい声で説明を続ける。

「大丈夫です。あれから腰を据えて調べてみたんですが、この術は時間が経つと他の霊能者でも解くことができるように設定されたものなんですね。つまり、相応の年月を経過して彼が落ち着いて、大丈夫だと判断できて解除できる能力のある人間がそこにいれば解放してもいいよって意味なんです。そうは言ってもただ彼を自由にするんじゃ、あなたにぴったりくっついて取り憑いてるのと同じことになりかねませんから。そこは意義のあるものにしたいなあと考えまして」

増渕は膝の上で手を軽く組み合わせ、考えつつ言葉を選ぶように発した。

「つまり、僕が彼を解放したら、その瞬間からあの人はあなたの守護に回ります。ただ憑いてるんじゃなくて、佐伯さんを守る霊団の仲間になるってことですね。そこで何年か仕事を全うして修行することで、最終的に成仏できることになります。そういうのはいかがでしょう」

「…そんなこと。できるんですか?」

佐伯さんは大きな目を見張って奴を見返した。わたしは思わず口を挟む。

「それって、彼の方はもう承知なの?」

増渕は落ち着き払って頷く。

「あれから何度も話し合いましたから。彼はすごく前向きになってくれましたよ。あなたを守ることが修行になるならこんないいことはない、と言って…。そうは言ってもこっちも慎重に心構えができてるか見極めないといけなかったですけど。見守るって、佐伯さんに新しく好きな人ができたら邪魔したり追い払ったりしたらいけないってことだからね、それも含めて手出しせずきちんと見届けるってことだから、って」

「はは」

思わず笑う失礼なわたし。佐伯さんはやや物思わしげに首を傾けた。

「そうは言っても。…やっぱり気が引けます。あの人の見てる前で新しい恋、なんて」

いいんですよ全然。だって、もう八年以上経ってるんですよ?遅いくらいですって。

と口には出さねど容赦なく考えるわたしの横で、増渕はだいぶマイルドな表現で同じことを口にする。

「大丈夫、気にする必要ありません。そういう場面に立ち合わせるのもむしろ、彼の成仏にとってプラスになることなんですよ。時間の経過も実感できるし、お互いそれぞれの道を進んでいくんだってことも納得できる。大切な人が幸せになるのを見届けてサポートできたことで自信もつくし…。彼のためにもあなたのためにもなることだと思います。どうでしょう、あなたも心の準備が必要かもしれませんが。彼の方はもういつでも構わないそうです。例えば今日ここで解除…、というのは?」

「いいんですか」

さすがに緊張の面持ちを色濃くして、彼女は身じろぎした。少し硬い表情で増渕を見据える。奴は彼女を落ち着かせるよう、穏やかな声で答えた。

「大丈夫、あの人ならちゃんと役目を果たして修行を全うできますよ。あれからじっくり話し合って、そういうことができる人かどうか見極めさせて頂きましたから。…実際、かなり成長して大人になりましたし。今まで八年後のあなたからすると少し子どもっぽく感じられたでしょう。でも、精神的にもだいぶあなたに追いついてきたと思います」

彼女はゆっくりと目を閉じ、呼吸を整えた。それからおもむろに顔を上げて増渕を見返した。

「…わかりました。わたしの方は、大丈夫です」

「それでは。…今、解放します」

何か特別なことが起こると期待してたとしたら拍子抜けだったろう。増渕がやおら目を閉じ、しばらくそのままじっとしていただけ。少なくとも傍目には。

やがて顔を上げて短く息をつき、にっこりと笑みを浮かべて彼女に目を向けた。

「…これで、彼はあなたの守護につきました。今はあなたのそばにいますよ。これからは常に守ってくれます。郷里にお帰りになる時も一緒に来てくれますから」

彼女は震える息をつき、気配を探るように目を閉じた。耳を澄ます顔つきでしばらく押し黙った後、不審そうに増渕を見やる。

「…何も感じません。わたし、霊感ないのかな」

奴は安心させるように彼女を宥めた。

「ここは我々の存在も強いし。あとで一人になったら微かに何か感じるかもしれませんね。慣れればもっとわかるようになるかも…。それに、普段絶え間なく気配を感じてたら落ち着かないでしょ。彼もそういう配慮はしてくれてると思います。今までと違って話したい時は夢に出てきてくれますしね」

「そうか、夢で逢えるんだ…」

彼女はちょっとぽうっとなった表情を見せた。そんなところを見ると、やっぱりこの人その彼氏が今でも好きなんだな、と改めて思う。別に義務感で八年間もこうして彼に会いに来てたわけじゃないんだ。そりゃまあそうか。

呑気に成り行きを見守ってたわたしは次の瞬間肝を冷やした。増渕の頭ががく、といきなり前に垂れたのだ。…げ、嘘。

またかよ!

この彼氏、反省して心を入れ替えたなんて嘘八百だったんじゃないの。全くもう、こいつはなんて甘いんだ。見せかけのしおらしさに騙されやがって!

これだから。わたしがついてなきゃ駄目なんじゃん、やっぱり。慌てて増渕に駆け寄り肩に手をかける。屈んで顔を覗き込もうとすると、不意にむくりと頭を持ち上げた。そこはかとなく違和感の感じられるその目と視線がかち合う。その口から出てくる声は当然の如く普段の増渕のそれとは似ても似つかない声。つくづくこの時の物理的な仕組みが知りたい。どうなんってんだよ、実態?

『いや、今日はこの人を乗っ取ろうとかないから。そう怒った目つきで睨まなくていいよ。言いたいこと言ったらすぐ出てく。…あの、以前はすみませんでした。いろいろ失礼なことを。あなたに対しても』

なんか微妙に可愛げのある表情を浮かべてぺこりと頭を下げる。わたしに言ってんのか、と途中で気づきこっちもとにかくわけがわからないながらも応じる。

「いえ、そんな。…あなたも大変だったんだから。ご苦労なさったでしょうし」

何なのこのやり取り。混乱するわたしをよそ目に増渕の中の彼氏は傍らで反応に困ってる様子の佐伯さんに優しい、慈しむような目を向けた。

『大丈夫、すぐ済むよ。今日はちょっとこの人に言いたいこともあって…。お前とはあとで二人きりでゆっくり話そう。今夜、夢に出るから。早めに寝ろよ、夜更かしするな』

「しないよそんなの。出てくるってわかってれば…。久しぶりに顔、見られるんだね。そっかぁ」

急にその事実が胸に迫る様子の佐伯さん。目がきらきらと潤んで顔が乙女な感じに。その表情に増渕の中の彼氏も覿面に反応して掠れた声で名前を呼ぶ。

『理沙…』

じりじり、と見つめあって身を寄せ合いそうになる二人。いやちょっと、待って待って。

「あの。…すいません、その容れ物。勝手に使わないで、そゆことに」

『あ、そか。…すいません、あなたのでしたね、これ。えーと、赤崎…、タミルさん』

余計なことを。わたしはぶすっとむくれて訂正を入れる。

「わたしのではない。今は、とにかく。…あの、佐伯さんとは今後はお二人でお会いする機会もあるわけですよね?今までと違って。そしたら、何故このタイミングでこいつの中に?何か言い残したことでもあるんですか。苦情とか」

その台詞に増渕の中の彼氏は少し恐縮したように身を縮める。

『いえ、そういうわけじゃ。メインはこれまでのお礼とお別れを言いたいなと。増渕さんとはまた話すこともあると思うけど、あなたとは多分これからはまず顔を合わせる機会もないだろうし。それと』

以前とは打って変わって謙虚な態度にへえ、と驚くとともに、そうだよな、この人、思えばたったの二十歳かそこらなんだ、としんみりした思いを抱く。目の前の佐伯さんが二十代後半、わたしより歳上だからその恋人っていい大人だって自然とイメージしちゃうけど。

わたしや増渕よりずっと若くしてこの世を去らなきゃならなかったんだよね。しかも恋人をこっちにひとりで残して。…そう思うと。

切ない、やり切れないものがあるよなぁ。やっぱり。

彼は増渕の顔を使ってわたしを真っ向から見上げた。表情のどこかが増渕本人とは微妙に違う、って違和感を感じさせるなと漠然と考えてたわたしは次の彼の台詞に軽くのけぞった。

『…赤崎さんにどうしても伝えたいことがあつて。あの、この人に対していろいろ複雑な思いがあるのは仕方ないって気はするんだけど。以前みたいに素直に好きって思えなくても無理ないかなとは思うし。…でも、俺なんかから見ると。二人、羨ましい気持ちもあるんだよ。正直なとこ』

何を言い出すのか。呆然とその口の動きに目線を釘付けにしてただ次の台詞を待つしかない。どうやらわたしと増渕の話をしてるらしい、とはわかる。でも、わたしたちの間にあったことなんてこの子にもわかるの?…ああ、でも。そう言えば。

不意に鮮やかに蘇る。以前に佳代子さんの旦那さん、隆彦さんの霊に言われたこと。今の今までほとんど思い出さなかったけど。思えばあの時もこんな状況だったな。霊がわたしに何か重要なことを告げてくれる時は、いつも増渕の口を通してだ。

その全部が当の本人に関わることばかりなのも巡り合わせとは言え微妙なものだ。

増渕の顔をした佐伯さんの彼氏は真摯な声で続けた。

『これまでのことを考えると難しいとこもあるのかもしれないけど。でも、二人とも相手のことが第一で真剣にお互いのことを思いあってるのに。あえて距離を置いて別々でいるのはなんか、俺なんかから見るともどかしいっていうか。勿体ない気がするんだよ。どんなに相手のことが好きだって永遠に一緒にいられるわけじゃない。人生なんてあっという間だし、そんな中で限られた時間しかそばにはいられないかもしれないのに』

それは。

「うー。…ん」

大変に、心底から弱りきる。それ自体はありふれた言い回しかもしれないけど。しかし、こんな経験をしてきた人(というか霊)の口から言われちゃうと。

重い、というか。実感が違うよなぁ…。

彼はわたしの曖昧な表情を見据えて更に熱心に言い募る。

『俺だって、理沙とはまだこれからで。いろいろ上手く伝わらなかったり、行き違いはあるけどこうしてるうちにもっと、いつかは分かり合えるって思ってた。それがあんな形で突然にぶち切れるように終わって…。それで思うのは、いつかはとか、今は無理だけどとか言って大事なことを先送りにすることであとで後悔する羽目になっても遅いってことだよ』

うん。

微かに頷く。それは、そうなんだけど…。

『いつかもっと先になったらできることなら多分今だってできる。っていうか、何故今できないのか?とか、本当に今はまだ無理なのか?ってきちんと考えた方がいい。そうやって無駄に過ごすには時間ってあまりにも勿体ないし、貴重だよ。いつまでも全部がそのままあなたのことを待ってるって考えたら駄目で、自分が本当にしたいこと、何より優先したいのはなんなのかってことに怖がらないでちゃんと向き合うべきだと思うんだ。…あなたがすごく傷ついたことは無理ないし、それを軽く考えてるわけじゃない。余計なお世話だって思われても仕方ないけど』

「そんな。…余計なお世話だなんて。そんな風には。全然」

わたしは俯いて力なく首を横に振った。言われてることはすごくよくわかる。それに。

この人や、この前の隆彦さんだって。どういうわけかわたしのことを本当に心配してくれて、こうして助言してくれてる。その気持ちがちゃんと伝わってくるだけに…。

『ごめんね、いきなり。差しでがましいなとは思ったんだけど』

増渕の口から、全くの他人の声で優しい言葉が溢れてくる。

『でも実際は、赤崎さんも自分の気持ちはもうよくわかってると思うんだ。ただ背中を誰かに押してもらえたら前に踏み出せるんじゃないかなって。…なんか、側から見てたらそんな気がしたんだよ。俺と理沙はもう取り返しのつかない部分もあるけど、それでもお互いのできることをして少しでもこれから前に進めたらいいって考えられるようになった。それはあなたの増渕さんのおかげだから。俺も、彼のためにも赤崎さんの背中を押せたらなって思うんだ。…少しでもこのことが、何かあなたの気持ちの動く足しになってくれたら。そうしたらすごく嬉しいよ』


「タミルさん。今日わたしが最後の予約なんですよね。まだ結構お仕事残ってます?…もしよかったら、終わるまで待つから一緒に帰りませんか。ここに来るのも最後かもしれないから。話したいこともあるし」

全部が終わって会計を済ませてる時、佐伯さんに言われてわたしはちょっと考えた。別に、急ぎの仕事はないけど。

キッチンでカップを洗ってた増渕が耳聡く聞きつけてそっちから声をかけてくる。

「タミさん。今日はもうここはいいですよ。さっきの記録は僕もまとめるのに少し時間がかかるから。どっちにしろ渡すのは明日の朝になっちゃうと思いますし」

「ああ…、そうね」

その声に背中を押されるように頷いた。それで、簡単にその場を片付けて佐伯さんと連れ立って事務所から退出することに。

「あの方、すごく変わってらっしゃいましたね。落ち着いて考え深くなって」

思えば以前はそうじゃなかった、って言ってることになるけど。まあそれが事実だし、いいか。彼女は少し面映そうに笑った。

「やっぱりここに来て本人の意識が変化したことが大きいって。先に進むことに前向きになったから…。それで過去に行っていろいろ見返したりして。事故当時のことや、わたしの八年間のことなんか。そうすると急激に段階も進むみたい。とにかくこっちとは時間の流れが並行じゃないから、って説明されるんだけど。わかるようなわかんないような、そこは」

「そうなんですよね。わたしも今いちわかんないです、そこ」

そんなことをとりとめもなく話しながらマンションのロビーを出た。途端に吹きつける凍った風に、思わずコートの前をかき寄せる。

今夜はまた、冷え込みが厳しいな。

「…増渕さんとタミルさん、お付き合いされてたんですね」

佐伯さんが不意に声を落としてしみじみ呟いた。わたしは首を縮め(寒いから)、短く答える。

「それはまあ。…前はね。今は、距離を置いてます。いろいろあって」

増渕の口から出た聞き慣れない若い男の子の声が耳に蘇る。

今はまだ無理だとか。いつかそのうちって先送りしてる時間が勿体ないよ。本当は自分がどうしたいのか、どれが優先で何が一番大切なのか避けてないできちんと向き合わないと。

人生は長くない。時間は永遠に残されてるわけじゃない。

不意に隣を歩く佐伯さんのことが胸に迫る。この人と彼にとっては。それは言葉だけのことじゃなく、冷徹な現実の話だったんだ。

「…わたしと彼は。事故当時、付き合い始めてからそんなに長くなくて」

冷たい北風に晒された綺麗な唇からため息のような言葉が溢れてきた。

「サークルの同期で。付き合うまでもなかなか上手くいかなくて、ずっとごちゃごちゃしてて。やっと思いが通じたのに、今度はお互いいろいろ噛み合わなくて。行き違いがあったり、気持ちがちゃんと伝わらなかったり。それでもまだ始まったばかりだから。もっと時間をかけて歩み寄ればいつかはわかりあえるはず。そう自分に言い聞かせてる矢先の出来事で…。付き合い始めてから大体半年くらいのことだった」

「そう…、なんだ」

わたしは思わず俯いた。なんて相槌を打っていいかもわからない。

生木を引き裂かれるように、ってフレーズが脳裏をよぎる。

「あとになって友達には、付き合いもまだ浅かったし。何年も一緒にいたわけじゃないから切り替えできなくもないでしょ、と言われたこともあるけど。まあ、半年の交際でそのあと八年以上引きずってるってことだからね、確かに側から見たら大袈裟なとか。馬鹿みたいだと思われても仕方ないんだけど」

「そんな」

自嘲するような声に憤然となった。きっと実際に面と向かってそう言われたこともあったに違いない。外野がそう考えるのは勝手だけど、本人にわざわざそれを伝えるなんて。どういう神経なんだろ。

「他人が立ち入れることじゃないですよ。そんなこと、言う方がおかしい。時間の長さなんて主観的なものでしょ。半年だから軽いとかわかるわけない。真剣に取り合う必要ないですよ」

八年も新しい恋もしないなんて喪に服すにしても長過ぎないか?と思ってたことは棚に上げて言い募る。まぁさすがにわたしもそれを口にはしなかった、はずだけど。彼女はそんな思いを知ってか知らずか、明るく笑った。

「でも、その人たちの気持ちもわからないではないし。いつまでも前に進もうとしないわたしがもどかしく感じられたんじゃないかな。励まそうとしてくれたことは確かなんだし…。でも、そうね。考えてみたら付き合ってた時間が短かったから尚更、引きずったんじゃないかと思うの」

髪をなびかせて北風の中で振り向き、わたしを見上げる。

「例えば何年間もそばにいて。お互い気心が知れて、そんなに言葉を交わさなくても通じ合えて。楽しいことも幸せな時も分かち合ってきたって自信があったら。それはすごく、すごく悲しくて辛くて、やり切れない思いをするとは思うけど。案外悔いってのは残らないんじゃないかな。してあげられることは何でもしてきたって実感がきちんと持てて。心も通じ合ってるし、きっとどこかで自分のこと見守ってくれてる、向こうに行くまで待っててくれる。お互い同じくらい思い合ってるって確信さえ持てたら…、時間がかかるかもしれないけど、ゆっくりといつかはそういう風に受け入れて、気持ちを昇華していけるかもしれない。それはあくまで想像だけど」

彼女は小さく息をつき、独白のように続けた。

「でも、わたしたちはそうじゃなかった。ちぐはぐで言葉が足りなくて。お互いにどうしてこうしてくれないんだろう、もっとこう言って欲しい。そういうもどかしさを抱えて、でも存分にぶつかり合うのも怖くて。手探り状態の最中だったの。だから、それをいきなり手づかみで乱暴にもぎ取られたようで…。最初のショックが収まって時間が経ってからの方がある意味辛かった。どうしてもっとこう言ってあげられなかったんだろう。聞きたいことだってストレートに正直に尋ねればよかった。本当にわたしのこと好きでいてくれてたのかな。わたしの気持ちはちゃんと伝わってたのかな、とか。今頃ひとりで寂しく向こうで、わたしが充分愛してくれなかった、もう忘れられてるかもとか考えてないかな…。そんな風に思い出すと。心残りばっかり、後から後から湧いてきて止まらなくなって」

急に我に返ったように目の焦点を合わせ、生気の戻った眼差しでわたしの目を見つめた。

「だから、さっき彼があなたに言ったこと。すごくわかる気がする。やっぱり彼も心残りがいっぱいあったんだ。だから前に進めなかったし変われなかった。長い間…。わたしたち二人とも、後悔だらけの過去に何年も居着いてて。そこから離れられない状態のままだったのかもしれない」

傍らの車道を走り抜ける車の音に現実に返る。こんなに辺りは騒がしかったんだ、と不意に思う。でも、佐伯さんの囁くような低い声がそんな騒音の中で何故かはっきりと耳に届く。

「あなたたちにはそんな思いをして欲しくない。例え今何かが起こってぶち切られるように終わっても悔いはないって思えるような行動をしてほしいの。あれも言えばよかった、これも伝えればよかったで何年も何年も引きずるような…。そんな気持ち、溜めてるんじゃないの?吐き出せないまま終わったら後悔するようなものを抱えてるんじゃない?」

「それは」

気がついたら足が止まってその場に佇んでいた。寒さに凍りついたように動かない。

こんな日にこんな外で北風に晒されてたら絶対風邪引いちゃうな。漠然とそんなことを考える。駅まで急ぐか、それとも。…もと来た道を戻って、暖かい部屋に避難するか。

どっちでもいいけど。このままずっとここにはいられない。どっちに進むか選ばなきゃ…。

彼女はわたしの表情の変化に何かを感じたのかふと微笑を浮かべ、やがて背中を押すように再び口を開いた。

「わたし、もう帰らなきゃ。早く家に着いて、さっさと片付けて早めに寝たいんだ。今夜はあの人に逢えるから…。タミルさんは忘れ物があるなら事務所に戻った方がいいかも。…後で彼に報告しとくわ、二人はこの機会にゆっくり話し合ったみたいって。きっとあの人、喜ぶと思う。多分心配してるわ、今頃。あんなアドバイスしたけど結局無駄じゃなかったかなって。…いい報告しといていいのよね?」


いきなり開けるのも増渕の心臓への影響が慮られるので、ドアの前で一度電話を鳴らす。増渕のプライベートの携帯。仕事のは絶対終業後は電源切れって言ってあるし。

そういえば以前、ここでこうやって電話したことあるな。あの時はかなりパニックだったから細かいこと覚えてないけどと思った瞬間いきなり耳許から急くような奴の声が発された。慌ててるのか声が大きい。つい反射的に僅かに耳から遠ざける。

『タミさん。…どうかしました?今どこ?何かあったんですか』

そんなに立て続けに連発されたら答える余地ないよ。わたしは相手を冷静にすべく落ち着いた声を出した。

「いや、今ドアの前なんだけど。いきなり入ってくのも何だから。…開けていい、これから?」

言い終わるかどうかのうちに目の前でガチャ、とドアが開いて内側に引かれた。隙間から乗り出すように増渕が顔を出す。あからさまに何かあったのか、と心配する表情を浮かべている。

「早いな。ドアの前にいたの?」

「いえ、着信の通知を見た時から。タミさんのとこに行かなきゃ、と玄関に向かってたので」

どこにいるかもわかんないのに。既にコートを羽織ってる姿にわたしは呆れて重ねて尋ねた。

「別に、何か問題があったとは限らないじゃん。どこに行くつもりだったのよ。外、寒いよ」

「ああ、そうだ。タミさんが冷えちゃう」

また焦った声を出してわたしを部屋の中に招き入れる。ばたばたしてるなぁ。

「本当にどうしたんですか。何かあったの?佐伯さんと一緒だったんですよね。彼女は帰ったんですか」

わたしをリビングのソファに座らせ、奥へと消える。何だろと思ってたら寝室から毛布を運んできた。それでばっさりとわたしを覆ってくるむ。大袈裟だなぁ。

「遭難したわけじゃないよ。佐伯さんは帰った。増渕によろしく、お世話になりましたって」

「そうですか。電車が止まってた、とかではないんですね。じゃあ」

何で?という言葉まで続けずキッチンへとさっさと向かう。とりあえず大変なことが起こった可能性は薄いと判断して、何か温かいものでも出そうとしてるんだろう。わたしは増渕の気配の残る毛布をぎゅっと身体に引き寄せながらなるべく何でもない声を出した。

「すごい、…寒かった、から。駅よりこっちのが近いし。つい、足が」

「やっぱり寒いんじゃないですか。ほぼ遭難と一緒ですよそれ。今コーヒー淹れますね。あ、暖房の温度上げようか」

「へいき。充分あったかいよ。…あと、忘れ物。大したことじゃない…、けど」

「へ?何ですかそれ」

何か置いてかれてたものあったっけ、と首を捻ってる呟き声が伝わってくる。わたしは毛布の中で拳をぎゅっと握ってどう切り出そうか考えあぐねていた。

わたしがずっと引っかかっていたこと。そこを抜きにして、見ないことにして元の関係には戻れない。そのことははっきりしてる。

それでも勇気が出なくて触れずに素知らぬふりをしてきたけど。さっきの佐伯さんとのやりとりを思い出す。

そろそろ、潮時。かな、って…。

「増渕。…いま、いいかな。取り込んでる?仕事中だった?」

様子を探るように声をかける。コーヒーのいい香りがふわ、とリビングまで漂ってきた。ちゃんとドリッパーを使ってるらしい。コーヒーメーカーを使う時のあの凄まじい音は聴こえてこない。顔を出さないまま返事だけが返ってきた。

「大丈夫ですよ。一応、さっきの記録まとめてはいましたけど。明日タミさんに渡さなきゃと思ってたから…。でも、例によって最後空白がありますよね。あそこはどんな感じだったんですか?あの彼、タミさんと話してましたよね」

ちょっと気がかりな声色になる。わたしは慎重に問い返した。

「覚えてないの?ああいう時って増渕の方の意識、どうなってんの。何が起こったか認識できてない感じ?」

一瞬間があって奴の返事が返ってきた。

「その時によりますけど。全部普通に見えて聞こえてるけど閉じ込められてるみたいに表に出られない時とか。悪意がある霊とかだと奥に引きずり込まれて意識が真っ暗になったり…。さっきのは、なんていうか。ばっと目隠しされた感覚ですね。だから彼は何でか、タミさんにだけ言いたいことがあったのかなと。なんか不満言ってました、俺に対して?」

「うーん…、そういうことではない」

少し弱って思案する。それと今から言おうとすることは関係ないこともない。でも、説明が難しいな。

「なんか、わたしとは多分これが最後だから。お礼とお詫びを言いたいって。…あとは、そうだな。溜めてるものがあったらちゃんと出せって。時間が経ってどうにかなるのを待ってるのは見ててもどかしい、今できることを先送りしないようにって」

「ああ…」

言葉を選ぶようなためらいぶりに何か感じるものがあったらしい。急に歯切れが悪くなった。しばしの間部屋の中に沈黙が流れる。

増渕も今、事態を動かすのは少し怖いって意識があるのかもしれないな。そう思うと逆にやや落ち着いてきた。やっぱり自分から動かないと始まらない。このまま何事もなかったようにずっと距離を保ったまま寄り添い続けるわけにはいかない。

下手にタイミングを逃すと、この間隔を縮められないまま何年も膠着状態が続くのかもしれないし。

わたしは思いきって切り出した。

「忘れ物っていうのはさ。…増渕に、訊きたいことがあったんだ。確かめたい、というか。知りたいことかな。…少し前から」

「うん」

奴が短く相槌を打った。そのまま続きを待つように黙り込む。でもわたしが先を続けないので、何かに耐えかねたように重ねて促す。

「…何でしょう?」

「それはまぁ。…コーヒー淹れおわってからでいいよ。こっち来てから話そう」

向こうがキッチンにいる間、顔見ないでいる方が話しやすいのかな。ちょっと迷ったけど。

やっぱり表情が読めないのも不安だ。そこは怖がっても仕方ない。きちんと正対しなきゃと肚を括った。

やがて深い、柔らかな香りと共に増渕がキッチンから顔を出した。お盆に載せた揃いのカップ。あれはわたしが選んだものだ。ここに来て早々に割った分を弁償したもの。思いきって奮発したいい物なのに、増渕はどういうわけかお客様に供する時には使用せずわたしたちが二人で使う時だけ、大切そうに奥から出してくる。今でも。

これを買った頃は、この職場でこんなにいろんなことが起こるなんて。全然考えてもみなかったな。

カップとソーサーが触れ合ってかちゃ、と微かな音を立てた。目の前に置かれた湯気で揺らぐ漆黒の面を見つめながらわたしは呼吸を整え、口を開いた。

「あのさ。実は、どうしてもわからないことがあるんだ。いろんなこと知って、増渕について。最初はショックで。あまり深く考えたくなくてぼん、と放り投げちゃったけど、その時は」

「うん」

わたしの向かいの椅子に腰かけた奴は沈んだ様子で頷いた。そっちに目を向けなくても神妙な面持ちで俯いてるのがわかる。

「あれからだいぶ時間も経ったし。こうやって増渕とも普通に話せるようになって、気持ちも落ち着いてきたから。それで、改めてあの時知ったことを考えてみなきゃと思うようになったんだけど。そうするとやっぱり上手く消化できないというか。理解しがたいところもあって…。わたしの知ってる増渕って人間のイメージが、実態からそんなにかけ離れてるとはあんまり思わないんだ。すごい表と裏があるようには感じられない。あのことを知ったあとでもだよ。それを考慮してもやっぱり、増渕は増渕のままだと思う。わたしが知ってる通りの」

「…うん」

奴はますます深く俯く。何となく身の置き所がない、といった様子にちょっと同情心が起こり、軽く茶々を入れた。

「お前、『うん』ばっかだな。さっきから」

「すいません…」

それだけか!もうちょっと何か返してこいよ。

そう思ったけどまあいい。多分本人的には一杯一杯なんだろう。こんな話題の最中なんだし。わたしは心を決めて本題に切り込んだ。

「わたしの知ってる増渕のイメージと。今回初めて知った増渕のしてたことが上手く頭の中で繋がらないんだ、実は。あんたが断るのが苦手なことは知ってる。断られる相手の気持ちや思いを考えちゃうとついほだされて受け入れちゃうってことも…。でも、これことに関してはさ。霊視して下さいとか、話聞いてとかとは根本的に違うでしょ。って思うんだよ」

「…はい」

奴の声が掠れて途切れそうに細い。わたしは慌ててますます小さくなる増渕を励ますように明るい声をかけた。

「説教してるんじゃないよ。責めてもいないから。…ただ不思議なんだ、何でも断らないって言ったって、増渕って常識のない奴じゃないし。いくら相手が切実な様子だったからって、これ受けていいのか?ってブレーキは利きそうな気がする。女の人の孤独や欲求を塞いで満たすために本当に自分が身体張ってここまでしなきゃいけないのか?とか。この場は宥めてもう少し穏当な気の済む方法を探してもいいんじゃないか?とか。わたしの知ってる増渕なら、そういう当たり前の判断は働きそうな気がする…、んだけど」

「うん。…ごめんなさい」

奴は背中を丸めてか細い声で呟くように謝った。

「そうだよね。俺、タミさんが思ってた以上に常識がないっていうか。理性が働かない、最低の奴だよね。言われるがままにそんなことして…。タミさんは俺のこと、買い被ってただけなんだと思う。実際の俺は獣みたいなどうしようもないやつで」

「いやだから。そういうこと言ってるんじゃないの。ちゃんと話聞いて、最後まで」

わたしは奴の言葉を遮って叱咤した。まだ終わってないから、全然。終いまで心折れずに気力保ちこたえろって。

「だから。相手の言う通り、向こうが求めるからって他人本位の話じゃなくて。増渕の方にも求められたことを断れない理由というか。自分の中に何か原因があるんじゃないの?って思ったの。単に親切とか親身とか、優しさにしては正直度が過ぎてると思う。それを非難する気はないよ、とにかく今は。でも、あんたが断れない男でいることの根はそういう表面的なものじゃなくて、もっと深いのかなって。…だとしたらこのまま放置してていいの?って思い始めたら…」

わたしは腕を伸ばしてテーブル越しに奴の手の甲に自分の手のひらを重ねた。温かい手がびく、と反応するのがわかる。

久しぶりに増渕に触れた。もしかしたらあれ以来かも。

「増渕のことをちゃんと理解したい。理由なんかないならないでもいいんだけど…。でも、わたしが把握しておいた方がいいこともあるかもしれないし。わたしの知ってる分別のあるきちんとしたいつもの増渕と、なんでも無批判に受け入れるストッパーのない増渕とのリンクする部分を知りたい。それでやっと、わたしの気持ちも整理できる気がするの。…無理?自分でも説明できないかな、やっぱり?」

奴の手の甲を包む手に力をそっと込める。励ますように。促すように。しばらくそのまま沈黙が続く。やがて諦めたように口を開いた。

「…俺は、その。物心ついた時にはもう、他人の感情の色というか。オーラが見えてるのは当たり前で。それがどういう意味があるのかわかるよりずっと前から」

ぼそぼそと低い、平坦な声。感情が抜け落ちたような。いきなりだから考えを整理しつつ。ゆっくりと頭を巡らせながらの述懐が続く。

「だんだんと、喜んでる時はこういう色と形。嫌がってたり不機嫌な時はこういう感じって体験的に把握できるようになって。小さい頃はだから何だってこともあんまりなかった。友達や周りの人も言動とオーラがすごくかけ離れてることってなかったし。思えば子どもは感情と外の態度が食い違うことってあまりないから…。まあでも、高学年になるに従って平気な顔して見せてるけど実は傷ついてるんだとか。いいよって言いながら嫌がってるとかそういうのは時折目にするようになったから。口で言うことと本心とは矛盾することもあるんだなってのは徐々にわかるようになってきたけど」

「うん」

波のない無感情な調子で淡々と説明を続ける。わたしはそっと両手で奴のきつく握られた拳を包み、先を促した。

「中学生になって。何でか俺に近づいてきた女の子がいたんだ。本当にどうしてかわからない。別に目立つわけでもないし、わざわざ俺に目をつけた理由がなんかあったのかって今でも。…何だかんだ向こうから話しかけて来たり。ちょっかいというか、構うような感じだったな。こっちが戸惑ってるのを面白がってたのかもしれないし」

「うーん…」

まあ、わからなくもない。穏やかな様子で片隅に引っ込んでるこいつの手を引いて前にひっぱり出して、からかったりいろいろ仕掛けたりして反応を引き出したいって女は結構いそう。なんか、落ち着いて納まりかえってるとこみるとかき回したくなるってことなんじゃないかな。

「それで、何となく距離が近くなって。俺も拒む理由も特にないし、なんか成り行きで割と仲良くなって…。ある日、今日の帰り下駄箱で待っててって言われたんだよ。みんなに聞こえないようにこそって。その時の彼女のオーラが…。ぱあっ、と華やかで鮮やかで。これ、本当に周りの人見えてないんだよな、気づかれちゃうって思うくらいだった。だからもしかして自惚れじゃなくて、この子俺のこと…って思って。素直に言われた通り待ってたんだ。そしたら」

ぼそぼそと気乗りしない声で説明したところによると、彼女は一人じゃなかった。何人かの友達に囲まれて出てきて、増渕に気づいた女の子たちが一斉に浮き立ち、

「ね、こいつ、唯を待ってたんじゃない?増渕、ちゃんと自分の口から一緒に帰ろうって言わなきゃ駄目だよぉ。それとも唯から誘ったの?今日一緒に帰ろ、待っててねとかさぁ。あんたたち、実は付き合ってんの?」

と囃し立てる中、彼女は青ざめた顔を強張らせて

「一緒に帰ろうなんて言ってない。こいつが勝手に、…待ってただけだもん。あたしは関係ない。行こ」

と言い捨てて増渕に目線も向けずさっさと立ち去ったのだという。…うーん。

「あー…、中学生くらいだと。ありがちかも。友達の前だと素直になれなくて反対のこと言っちゃうとか。わたしは…、あの、碌に好きな相手もいなかったから。経験がないけどさ」

何と言っていいのか。大人から見ると結構可愛らしいトラウマな気がするが。

「友達とかは、好きなの見え見えなのに何意地張ってんだか、みたいな奴いたよ。よくあることなんじゃない、意外と。お気の毒だったとは思うけど」

多感な中学生からしたら大勢の女の子たちの前で晒し者にされたわけで。笑い事じゃなかっただろうとは容易に察せられる。

奴は軽く肩を竦め、素っ気なく話を続けた。

「わかんない。確かにあの子は待っててとは言ったと思うけど。一緒に帰ろうとは言ってなかったかも。でも、あのきらきらのカラフルなオーラを見たら…、そういう意味かとしか。その時は思えなかった。でも、帰っていく後ろ姿からは何のオーラも感じ取れなくて。なんか、一瞬ですっと醒めたように見えて…。すごく混乱したんだ、その時。あの感情のオーラって何だったんだろうって。それであの子の気持ちがわかったような気になってたのは意味がなかったのかも…。その後もこの間はごめんねも何もなし。それでいて時々ちらちらあのピンク色のオーラだけは立ち昇って見えるんだよ。でももうこっちは懲り懲り、絶対関わりたくないと思って。この子は言ってることやしてることと感情のオーラが合致しないタイプなんだ、だったらもうそういうのは見たくない。振り回されたくないなって思っちゃって」

それで話が終わったと思いきや、奴は短く息を継いで再び口を開いた。まだ何かあるらしい。

「高校の時も。すごく向こうから積極的な態度の子がいて、いつもあの花みたいなオーラ全開で。休みの日に一緒にどこか行こうよ、とか誘われたから、はっきり言葉にしてくれたしこの子は大丈夫かなと思って素直に約束して…。何度か二人で出かけたけど、何となくそのうちオーラがくすぶってきて。ああそうか、単に友達としてじゃ駄目なんだ、これはやっぱり付き合うってことなのかな。そう思って、よせばいいのにまたそのオーラに押されるように…。手を握ってみたら思いきり振り払われたんだ、何考えてるの?そんなつもりじゃない、思い上がらないでって」

「うーん…」

実にさっきから相槌に困る。めんどくさい女たちだなぁ。

「…まあ、高校生ですし。個人差はあるけど、男女間の接触に抵抗のある子もいるかもね、例え相手に対して好意があっても。てかさ、お前。それは順序も悪いよ。付き合って下さいか好きですからだろ。高校生なら尚更だよ。そこに不満があったんじゃないの、思うに?」

「ああ、そうかぁ…。それもそうかもしれない」

奴は重いため息をついた。わたしは少し呆れて追い討ちをかける。

「初めて思い当たる、みたいに呟くな。想像力働かせろよそこは」

「だって、本当に派手派手なカラフルオーラ全開だったんですよ。これを無碍にするのはいけないかな、って気が引けたくらいで…。それで圧を感じて意図を読んで、それでしょ。だからもう、どうでもいいやとしか…。もともと自分の方からどうとかはなかったし。付き合って欲しいとか好きとかまでは正直なところ感じてはいなかったのかも。だから、誤解というかそこを解こうとかも思わなくて。ただ、読み違えた。本当に女の子ってわけがわからないって」

それは女子も怒るかも…。

「多分そこを察知されたと思う。気持ちがないのにこっちがそうして欲しいからって先回りされて手を握られてもさ。女の子、敏感だから。お前がしたいんじゃないのかよ!ってめっちゃ腹立ったんじゃないかな。ラブラブオーラに圧を感じたから手を握ってみました、って駄目だよ、やっぱ」

「うーん、そうなのかな…。でも、そうですね。俺もどこがいけなかったのかなっていろいろ自分なりに反省して、その時はさすがに」

毒気を抜かれた声でぽつぽつと独白する増渕。俯いたままのその表情ははっきりとは読み取れない。

「とにかく子どもの頃からオーラで相手の感情を見て取って、それで行動を決めるのは俺にとって割と当たり前の習慣で。多分普通の人が相手の表情とか声色を読むのと同じくらい自然なことだったと思う。それで、ああ、構わないよって言ってるけどこいつは本当はやりたくないんだとか。やらなくていいって言ってるけど本心はそうじゃないとか。それはもう当たり前の処世術で…。それがいきなり思春期になって混乱して、信用できなくなって。どうしていいかわからなくなった」

奴の拳が微かに強張るのがわかる。わたしは大丈夫だよ、と伝えたくてそっとそれを撫でた。

「そう思って周りを改めて見ると。子どもの時とは違って、オーラと人の言動はすごくごちゃごちゃで混乱してて。正反対のことを言ったり考えたりしてる分にはまだわかりやすいんだけど。色が一瞬ごとにくるくる入れ替わったり複雑に色合いが混じり合ったり、更に態度と言葉も矛盾し合ってたり…。女の子相手かとか恋愛絡みかに関わらず、こんなの何の参考にもならない。そう思うんだけど否応なくオーラは現実に目に入るし、そうするとどうしてもそれに惑わされる。なかなかそれを完全に無視するわけにもいかなくて…」

なにかを想起するように短く言葉を切る。

「その頃が一番、他人との関係に苦労した時期だったかも。心霊関係の相談もだいぶ多くなって、学校でも少し奇異な目で見られてた頃でもあるし。霊が見えるなんてインチキくさいとか、女の子にモテたいから口から出まかせ言ってんじゃないの?とか言われて結構きつかった。その後しばらくしてから啓太の奴が見かねて自分のお母さんを紹介してくれた辺りから精神的にはだいぶ落ち着いてきたけど」

そうか…、そうだよね。

わたしは少ししんとした心持ちになった。

オーラが見えるとか霊がわかるとか、それ自体はなんだか普通の人から見るとプラスみたいに思えるけど。本人は周囲との齟齬に悩んだこともあったんだろうな。

見えないはずのものが見えることによって入ってくる雑音のような情報に、無意味に振り回されて辛い思いをしたのは想像に難くない。

「だんだん俺もそういう経験を積んで、学習したから。こっちが読もうともしてないのに勝手に目に飛び込んでくるオーラのことは無視する習慣もついた。とにかくどんな感情がその人の背後で湧き上がって見えてても、もうそれはなかったことにする。ただ言動、特に言葉。その人が自分の口から提供した情報が一番信頼できる。もしそれが現に目の前に見えてるオーラと食い違ってても本人の発した言葉の方に沿って行動すればいい。それが当人の本意じゃなくてもこっちの責任じゃないし。本心と矛盾する言葉を口にしたならその責は向こうにあるわけだし。…そう割り切ったらやっと安心して落ち着けた。もう他人の裏の気持ちを推し量ったりオーラと言葉のどっちに従えばいいんだ?とか悩んで振り回されるのは真っ平だったから」

一気にそこまで喋って唐突に台詞を切った。わたしは何と相槌を打つべきか迷う。簡単に大変だったね、とも言いづらいし。

「…わたしなんかにはわからない苦労があったんだろうけど」

増渕は夢から醒めたようにわたしの存在に気づいた、といった表情で顔を上げた。

「別に、なんてことありません。大学くらいからは他人のオーラは無視して言葉だけしか信じないことにした、ってだけですから…。それからはむしろ楽でした。女の子はそれなりに周囲にいて、友達だった子もいたけど何となくそれっぽい空気を出してきてもそれだけじゃ…、全部なかったことにしました。今思えば自分の方がすごく好きな人がいたらそれじゃ済まなかったのかもしれないけど。当時は特別に思う相手もいなかったし、全然」

わたしは心の中で手を合わせた。お気の毒です。その頃の増渕の周りの女の子たち。

多分、なんでも話を聞いてくれて言うこともきいてくれて。きっとこっちの気持ちや意図も掬い上げて察してくれるに違いない、と思って女の子の方からそれとなく接近してきたケースもあったと思うけど。まあ仕方ない、こういう男相手じゃ。

自分からはっきり口にしないで察して欲しい、なんて虫のいい考えを抱いてるうちは手に入らない奴なんだってことだな。

そこまで考えてはっとなった。…そうか。

だからこそあの女たちは。…こいつを思いのままにすることができたのか。

「それで。…なんだ」

「え?」

気がついた時には口から溢れていた。わたしは増渕の手を握ったまま奴に重ねて尋ねた。

「あの人たち。…彼女たちは、言葉を使ったから。はっきり口に出して求めたから、それで応じたの?態度や表情や素振りで仄めかすんじゃなくて」

奴の目に悟ったような色がふと宿った。

「ああ…、そうですね、多分。そう、あの人たちは最初から、思わせぶりに匂わすとかいうまだるっこしい手段は使いませんでした。表情も態度も言葉もストレートで一致してた。他に誰もいない空間で一対一で話す、って環境にあったせいかもしれないけど…。そういう意味では、変な表現ですけど。清々しかったんです」

なるほどね。

それまで、増渕みたいな気の回りそうな男なら意図を読んでくれると期待した女たちの『察してよ』とか『そっちから動いてよ』って思わせぶりな圧に悩まされてきた奴の視点から見ると。抱いてほしいなんてリスク満載の言葉を向こうからはっきりと口に出して迫ってくる女たちは新鮮な印象だったのかもしれない。

奴は自分でも話の内容を確かめるように一言ひとことを噛みしめて、続けた。

「それに。あの人たちは皆、自然と俺の目に入ってくるオーラだってすかっと気持ちいいくらい言動と一致してた。それを見てたらああ、これはわかりやすいなと。この人はどういうつもりなんだろうってもう悩まなくていい。行動も表情もオーラも矛盾なく全て同じものを示唆してる。しかも、本人の言葉って裏付けもある。だったら俺はただそれに従うだけでいい。相手の意図を見誤ることは絶対ない。言いなりにしてれば間違いないんだ。…そう思うとすごい、安堵感に包まれて。…そう、ほっとしちゃったんです。それで何も判断できなくなって…。気がついたら。そんなことに」

奴の手がわたしの手のひらの下で身じろぎした。平気だよ、とそっと力を込める。

「それからはもう。…最初の一人だけ、一回だけで終わることだと漠然と思ってたのにそうはいかなくて。あの人を受けて次の人を断る根拠って何だろう。不公平じゃないか?とか迷い出すと自分でもよくわからなくなって。どんどん何も考えられなくなっていきました。ただ、相手の言う通りにしてたら問題ないはず。だって向こうはちゃんと言葉ではっきり要求してるし意味取り違えようもない。オーラを見ても感謝されてるのは明白だし。誰も傷ついてないし相手は満たされてる。そしたら、これが一番いい方法、ベストな選択なんだ。自分にそう言い聞かせて…」

「うん」

わたしは増渕の独白を受けて、そっと励ますように言葉を添えた。

「大丈夫、わかるよ。他人の言葉にそのまま従うって楽だし。それで安心して行動できることがわかったら、習慣になっちゃったんだよね。それで人数も増えてみんな同時進行で、考えてみたら変なことになってても。嵌まり込んでそこから抜けられなくなってたんでしょ?」

怒ってるんじゃない。むしろ、正直なところを打ち明けてほしい。

そう思ってることを伝えようと穏やかな口調で話しかける。奴はやや普段の落ち着きを取り戻し始めていた。力なく首を横に振る。

「そうは言っても。褒められたもんじゃありません、当然だけど。むしろ最低だな、と改めて思って。…自分でも」

我に返ったように重いため息をついて述懐する。

「ほっとして安らげた理由は相手の言うままに行動すれば間違いないから、って。単にリスク冒したくない、責任取りたくないってだけじゃないですか。それだけの動機で動く習慣になって、そのうち完全に感覚が麻痺していって。結果冷静に考えたらすごく常識外れなことになってた」

その拳が生気が戻ったように固く、ぎゅっと握られた。

「そのせいでそのあと出会ったタミさんのことも酷く傷つけたし。いつか自分のこと大切に思ってくれる誰かが現れたらその人はこのことどう思うか、とかまで考えは及ばなかった。だって、ここでこんなに沢山の女性が俺に申し出てきたけど。…誰一人自分だけを見てほしいって求めてきた人なんかいなかったし。ただその場だけ、一回だけ。気持ちを紛らわせて慰めてあげればすっきりして帰っていく。俺はそれだけの存在で…」

「そんなことないよ、絶対」

思わず遮る。奴は顔を上げてやっとわたしを見返した。何とも言えない複雑な色合いが目に滲んでいる。

「ありがとう。でも、それが現実だった、当時。誰も俺の存在を丸ごとほしい、独占したいって思わないみたいだった。だったら俺はそのくらいのものなんだな、他人から見たらって。誰も俺が何を考えてるのか関心も持たないし。向こうがどうしてほしいかは話題に上っても、俺が求めてるものは何なのか誰も考慮しようともしなかった。俺本人も含めて…。実際自分でもどうしたいのかは特になかったし。俺個人のことは誰にも興味持たれなくてこんな虚しいものかって漠然とした思いはあったけど。じゃあ自分は誰か強烈に惹きつけられる存在がいるのかって言ったら。そういう人が目の前に現れる兆候なんか全然なかった。少なくともその時は」

不意に、その目に苦いものが溢れた。顔をしかめて吐き捨てるように呟く。

「それで、タミさんが現実に目の前に現れた時には。既に首まで怠惰な関係に浸かってる状態でした。自分でもこんなのおかしい、どうにかしなきゃって思い始めてはいたけどもうどうにも身動きが取れないほどになってて…。結局、彼女らとの関係を断つのもあなたの手を借りる羽目になった。でも、タミさんがここに面接に来た日からは本当に一回もないんです、実際。あなたの顔を見たら急に我に返って。こんなことにずぶずぶに溺れてる自分はどうかしてる、一刻も早く終わらせなきゃと焦り始めたから…」

「一晩中お酒飲んでただけ?あの時もそのあとも?」

当時付き合ってもいなくて何の権利もないのについ問い詰める。奴は生真面目な顔つきで深く頷いた。

「信じてとか言う立場でもないですけど。自己満足だけど、タミさんの前でそんなことできないってことだけは考えて…。必死で断りました。でも、その時はもう、散々既成事実ができた後でしたから。慌てて悔い改めてもなかったことにはならなかった。結果、タミさんに酷い嫌な思いさせることに」

自嘲気味に呟く。それからふと、今初めて思い当たった、って口調で自分自身に確かめるように独りごちた。

「でも、全部の関係が終わったあとは。不思議なくらいすっきり全て忘れてしまって…。その後は全然意識しなかったです、本人的には。もうタミさんのことしか考えなかった。そのあと予想もしなかったことにタミさんがどうしてか俺を受け入れてくれて。タミさんをこの腕に抱きしめた時もあんなことはまるで思い出しもしなかった。だって、経験としてはあまりに隔絶してたから…。何一つ重なるとこなんかなかった。だからただ有頂天で、舞い上がってて。既に終わったと片付けてたこととタミさんとのことが結びついてくるなんて。…間抜けなことに全然、予想もしてなかったんです」

最後は急くように早口に言い募り、唐突に言葉を切った。ややあって、はぁー、と大きく息をつく。一気に打ち明けた反動か、次に口から出た声は微かに震えていた。

「でも、こうやって話してても。弁解の余地なんかないっていうか。情状酌量してもらえる要素なんかないなって、改めて思いました。他人から拒まれたり非難されることを怖がる余りにしたことばっかりで…。無責任過ぎたと思うし。タミさんに許してもらえるはずなんかあるわけない。軽蔑、したでしょう?これ聞いて尚更」

「そんなことないよ」

わたしは奴の手を握ったまま身を乗り出した。間に挟まったテーブルの存在がもどかしい。

「オーラだの霊だの、見えなくてもいいものに振り回されて混乱して。対人関係が難しくて悩んだことわかるよ。普通の人が苦労しなくていいことで余計に苦しむ羽目になって大変だったね。だから過剰に言葉に頼ることになったんだって…。ほんの少しだけど。理解できた気がする」

増渕の目線を捉えようとひたと奴の俯く額を見つめる。なのに全然顔を上げやがらない、こいつ。

「わたしもあんまり素直な性格じゃないけど。あんたが言葉がある方がより安心できるってことなら。これからはもっと努力するよ。出来るだけ何でも口にして、思ってることがはっきり増渕に伝わるように。曖昧な思わせぶりな、迷わせるような言動はしない。あんたが落ち着いて過ごせて、わたしを信頼できるように…。そんなのじゃ駄目かな。わたしじゃ頼りない?」

ちょっと口ごもる。そう言いつつ、初めて知った事実にショックを受けていきなり弁解の余地もなく奴を追い出して、シャッターがん!と目の前で降ろしちゃったし。あんなことしといて、わたしのそばで安心していいよとか。今更言われてもね…。

増渕はわたしの自信なげな声に心が動いたのかやっと顔を上げた。ためらいを察して元気づけるように明るい声を出す。

「大丈夫です、タミさんはもともと言動と表情に全然矛盾はない人ですから。言葉になんかしなくても顔に全部出てます。あなたのわかりにくいとこはそこじゃないですから。言ったでしょ、思考回路が読めないから、思ってたのと全然違う方へさまよってとんでもないとこに迷い込んでる時があるって。タミさんに求めるのは言葉や言質なんかじゃないです。だから、そういう気遣いは不要ですよ」

「じゃあ何だよ、わたしにお前が求めることってさ?」

話してるうちにみるみる元気を取り戻して普段通りのからかうような口調になる増渕。わたしはちょっとむくれてむきになって問い返す。何だよもう。せっかく気を遣って申し出たのに。わたしの言葉なんか要らないってか。結構真面目に考えたんだけどな。

増渕は不意に真剣な目つきになってじっとわたしを真正面から見返した。

「タミさんにお願いしたいのは。…そのまま、いつものタミさんでいてほしいってことです。俺との間に言葉が必要な時があれば俺が自分から言います。なにかを申し出る責任をあなたに押しつけようなんてさらさら思わない。…それより。変てこな思考の迷路に迷い込んで、どんなに遠くに辿り着いても。必ずここ、俺の近くに戻ってきてほしい。突拍子もない考えから明後日の方向にすっ飛んで行っても俺の視界から消えないでさえいてくれたら…。そしたら俺は、この先ずっと元気で生きていけます。これからもあなたを見守らせてくれたら」

手を重ね合ってることにその時初めて気づいたみたいに慌てて振り払う。口調も急にしどろもどろになった。

「あ、勿論、仕事のパートナーとしてでいいんです。もう俺、とっくに振られてるし。それ以上のことを望むのは…。いくらなんでも図々しいから。今更、前みたいな関係に戻りたいなんて…。それより、俺の目の届くところで。タミさんが安心して過ごしてるのをずっと見ていられたら。それだけでも俺には充分、過ぎたことだし」

「本当にそうなの?」

わたしは思いきり遮った。ここでこいつに会話の主導権を握られたら駄目。このまま無難な方向でまとめられて終わっちゃう。

わたしが何のためにわざわざ、寒い道をここまで戻ってきたのか。気がつかないとは言わせないんだから!

奴の目をまっすぐ見つめて切り出す。

「このまま事務所で一緒に働いて、ずっと仕事の同僚で。何年もそのままだったらわたしにもいつか好きな奴ができちゃうかも知れないよ?絶対恋愛なんかしないってわたしももう自信持って言えない。前科があるし…。そんなになるまで放っといてもいいの?目の前で他の男と幸せになっても平気で祝福できる?」

唖然とした奴が口を開きかけるのを制してたたみかける。

「わたしの方から別れようって切り出したんだし。本来こっちに主導権があるのかも。だから、ちゃんと自分から言うつもりでいた。ほんとは駅の前まで近づいてたのにあえてここまで戻って来て…。でも、今。気が変わった」

その言葉に少し奴の目の色が波立つ。わたしは安心させるように素早く言葉を継いだ。

「わたしは言質を取られる必要ないんでしょ。増渕が自分の口から言えるってことだよね。だったらわたしはあんたが決断するのを待つから。その気になれないんなら別に今、ここでじゃなくても構わない。増渕が決めていい。…だけど。今日外、すごい寒いんだよ。まじで」

奴の食い入るような表情。わたしは緊張感をほぐしたくて、ちょっといなすように軽い口振りになって続けた。

「あんまり帰る気しないなあ、と思って。がらんとした寒い、ひとりの部屋に今から…。どう思う、増渕?わたし、やっぱり冷たい風の吹きつける中これからとぼとぼ駅まで歩いて。一人で電車乗って帰った方がいいかな?」

ぐ、と奴がわたしの手を取った。すごい力。テーブル越しに中腰で身を乗り出してわたしの目を見つめたままもどかしげな口調で切り出した。

「あの。タミさん。…そっちに行っていい、ですか。ここは、あの。…テーブルが邪魔で。…もっと、近くに行きたいです。タミさんのそばに」

わたしは思わず笑って言い返す。

「それより。まだるっこいしことやめて、もう奥に移動しない?…ここは狭いし、いくら何でも。二人で身体をくっつけて温め合って過ごすには」


* * * *

わたしは奴の下で大きな震えるため息をついた。すっごい、気持ちよかった…。

「タミさん」

増渕が忙しない息の下から何とか切れぎれに呟いた。がくがくと力の入らないらしい腕でわたしを抱き寄せる。

「ごめん、あんな。…乱暴に。痛かったり苦しくなかった?俺、もう頭吹っ飛んじゃって…。だからってあんな風に。タミさん、壊しちゃう…」

真剣な、青ざめた顔でしきりに気にする増渕。わたしは余韻の残るうっとりした甘い声で囁いた。

「へいき。気にしないで…。あんな風に、してほしかったの。今日は…。思いきりしてくれて、嬉しい」

「そんな可愛いこと。…ああ、でも。ここ、血が出てるし」

悲しそうな声で呟くと顔を寄せてきてわたしの唇の端をそっと舌先で舐める。やっぱりなんか、犬みたい。

「こめんね。つい、思いきり噛んだみたい。理性滅茶苦茶になってて…、夢中で。タミさん食べちゃいたかった、さっき。本気で。…変態だな」

「いいよ、食べて」

わたしは首の向きを変えて奴の唇にキスした。増渕の両腕に力がこもる。

「増渕になら食べられちゃいたい。好きなこといっぱい、して。何されてもいいよ、全部がいい。増渕となら」

「タミさん…。そういう、無責任なこと言うと」

奴はがば、と身を起こしてわたしから一旦離れた。

* * * *

…頭が真っ白…。

意識が次第にはっきりし始めた。気がつくとわたしたちはベッドの上で身体を投げ出すように重なり合い、しどけなく息を弾ませていた。

まだ頭の中も。あの奥も、身体の表面のあちこちも。…じーんと音を立てて痺れて。

「タミ、さん。…タミさん。好き、です。大好き…」

「わたしも。…好き」

まだじんじんする身体を寄せ合って抱き合い、囁かれた言葉に応えると奴は何故かこのタイミングで首を引いてわたしの顔をまじまじと見た。

「何よ。なんか、不満?」

「いや。…タミさんから好きって、言われたことないから。…多分初めてじゃないかな、今。これが」

…ええぇ?

「そんなことあるかぁ?言ってるだろ、普通。今までの経緯考えたら」

わたしは奴の胸に頬を当てて眉根を寄せる。…えーと。

最初に思いが通じ合った時。あの時わたし、何て言ったっけ?てか増渕の方か、結局。タミさん、好きですって切り出したのは。…なんでそこでわたしも、って答えなかったんだっけ?全然わからない。話の流れ、としか言いようが。

…あの時も。そのあとも。…そうだ、行為の最中に気持ちが昂ぶって好きって口走ろうとしたこともあった。なのにいきなり増渕にキスされて遮られたり、とか。

「…言おうとしたよ、何度も。でもお前がタイミング悪く口塞いだりするからさ…」

「俺のせいですか」

ちょっと憮然とする増渕。手は優しくわたしの頭を抱えて髪を撫で続けるが、口調の方は納得いかないかのように不満げだ。

「キスとかで遮られたって、そのあとすぐ言ってくれたらいいじゃないですか。そんなに言う機会なかったとは思えないけど…」

手はいちゃいちゃ、顔は頬ずり状態なのにぶちぶちと文句を垂れる増渕。どっちなんだよ。わたしも売り言葉に買い言葉でつい言い返す。

「何だよさっきは、タミさんからは言葉なんか要りませんとか言ってたくせに。やっぱり言質がほしいんじゃん。それともあれはあの場だけの台詞?」

ちょっと半分からかい気味にそう言うと、増渕は悔しそうにぎゅうぎゅう抱きしめながら呟いた。

「そうじゃないですよ。そうじゃない、けど。…それはまた別じゃないですか。好きな子に好きって言ってもらうのは…。言質とかじゃない、特別なことでしょ。言い忘れたとかタイミングを逸したとか理由になるかなぁ。俺、タミさんはやっぱ好きとかって感覚は薄いのかな、俺のことは大事にしてくれてるからそこは合わせてくれてるってだけなのかなってちょっと疑ってた。かも」

わたしは唖然とした。何言ってんだこいつ。

「そんなわけないじゃん!わたし、好きでもない相手とこんなことしないよ」

お前と違って。との台詞は全く冗談にならないので未来永劫封印する。

増渕はそこは特に引っかかることもなかったらしく素直に甘えるようにわたしの髪に顔を埋めた。

「そうだよね。それはわかってるつもり、だったけど。…あー、でも、ちょっと安心した。タミさんがそう言ってくれないの、何か理由があるのかなって微妙に気にはなってたんだ。これで俺たち、ちゃんとした恋人同士…ってことに。なるのかな?」

「お前の気が変わらなければね。この先ずっと」

「変わらないよ。タミさんが俺に飽き飽きする日がいつか来たって。俺の方の気持ちだけは変わんないから…」

再び身体が疼きだした、と言わんばかりに微かに喘いでわたしに擦りつけてくる。わたしもそこを火照らせながらため息混じりに増渕の熱い身体に縋りついた。

「また…、する?」

「うん。もう無理、絶対どうやってもできないってなるまで何回でも…。そうしないと気が済まないよ。タミさん、身体きつくなったらちゃんと言って。俺、いつまで経っても全然やめられないかも。一晩中だったらごめん」

それは困る。明日もここで仕事だし。

理性はそう思うけど、…

* * * *

立て続けの行為で喘ぎすぎて酸素不足なのか、朦朧となりかけながら霞む脳の端っこでぼんやりと思う。

なんか、してる最中の呼びかけに新たに拘りが生じたみたいだけど。まあ『悠』って呼ぶのは構わない。わたしもちょっと呼んでみたい気持ちはあったし。

でも、お前さ。わたしの名前、本当は『タミル』なんだからな。『タミ』じゃないぞ。それはあくまで略称だから。それは知ってるはずだけど。

抑えきれず声を上げ、自分からせがむように身体を開きながらも頭の片隅で違うことを考え続けた。思えばこいつから『タミル』って正しい名前で呼ばれたことないぞ。まあ、増渕が『タミさん』って呼ぶ声は好き。だから、うん。…許す、けど…。

「あぁっ、タミ、さん。…好き、すき…だよ。あ、ぁ。…」

どこか頭の冷静な部分で少し笑えて仕方なかった。

こんな時まで。『野菊の墓』か…。


「なんか久しぶりだなぁ。この面子で遠出って」

あっけらかんと屈託のない声で言ってのける啓太。例によって選択の余地なく助手席に乗せられたわたしは肩を竦め、それについてコメントを返すべきかどうか迷い、結局スルーした。なんと言っていいかわからん。

代わりに後部座席に増渕と並んで座ってる間仲さんにちょっと気がかりだったことを尋ねる。

「ほんとに箱根でよかったんですか?せっかくの初詣。わたしの好きな神社ってだけじゃないですか」

間仲さんは陽気な楽しげな声で返してくれた。

「気にしない。だってそれぞれの好きな神社とか寺なんてさ。いちいち一つひとつ回ってられないわよ。そんなのは各々勝手に顔出せばいいし、機会があれば。その点箱根は全員の折衷案としては悪くないでしょ。そもそも観光地だからあんまり人を選ばないし、変な癖もないから…。第一ついでにいろいろ見たり遊んだりできる。ねえ、せっかくだから、遊覧船乗ろうか?今日は。芦ノ湖で」

子どもか。と内心で突っ込みを入れつつ釣られてちょっと浮き立ちだすわたし。

「遊覧船かぁ。意外と乗ってないな、大人になってから。小学校の時の遠足以来かも」

「タミさん、神奈川県出身ですもんね」

落ち着き払った増渕の相槌。何をしらばっくれて。わたしの出身地、重々承知のくせに。

その声に以前のドライブの時のようなそわそわ、苛々した焦りはない。啓太がわたしを当たり前のように助手席へと誘導するのを見ても泰然として止めにも入らなかった。そう考えるとわたしたちの関係の変化がこんなところにも表れてるんだな。

車の中でどんな位置関係で座ったって、二人の間にはいささかも影響しない。そういう自信が冷静さに繋がってるんだろう。

母親の浮かれた提案に対して啓太の方は不満げだ。

「遊覧船かぁ。あれ、往復じゃないと。行って戻ってこないといけないからさ、車停めてるとこに。片道で充分なんだけどなあ。電車で行ってる時はいいんだけどね。到着したことから好きに移動できて縛りがないし」

さすが、箱根慣れしてる。きっと車でも電車でも何度も来てるんだな、女の子と。わたしは遠慮なく申し入れた。

「ああ、だったらさ。啓太は車で待機してるってのは?船に乗らないで。それでわたしたちの到着場所まで車運んできてくれたらいいじゃん」

彼は覿面に反応してむくれた。

「酷くない?タミちゃん、そんなの。俺一体何が楽しいんだよ、一人で地味に車走らせてさ…。観光バスの運転手じゃないんだから。そんなら悠が運転すれば?車貸してやるから。ちょっとは練習しなよ、箱根の山道。運転技術向上するいい機会だろ」

増渕はすかさず反駁する。

「やだよ!お前の車だろ。そんなことさせたらガードレールがりがりこすってやる。わざとじゃなくてもなるから、絶対」

「あー…、そこまで酷くないよ。あんたの運転…」

思わずフォローする。

「タミさんはいいの、黙ってて下さい。高速とか普通の道は割と勘が戻って来たけど。こんな山道は正直自信ない。保険も入ってないし。まじ無理」

「じゃあいいよ。タミちゃん貸してくれれば。二人でドライブして、お前とハハオヤがいる到着場所まで車運んでくわ」

増渕のやたらときっぱりはっきりした声が背後から返ってきた。

「それは駄目。絶対ない」

結果遊覧船についてはなし崩しになり、そのまま箱根神社に辿り着く。

「もう松も取れたし。初詣って言ってもそんなに混んでないかなと思ったけど」

ずらりと並ぶ駐車待ちの列に思わず歎息する。何、この混みよう。

「以前は三が日過ぎればもう少しましだった気もするけど…。箱根も近年だいぶ人が戻ってきてるからねぇ。ま、ゆっくりのんびり行きましょ。お参りする以外これといって予定があるわけでもないし。…あ、そだ。啓太に駐車場に入れさせておいてあたしたちは歩いて先に行こうか。もう大した距離でもないし」

間仲さんがいいこと思いついた、みたいな声で切り出すと啓太はさすがに軽く切れた。

「さっきから何だよ。俺、まるっきり運転手か!」

「だって。神社に本当に用があるのはタミルちゃんでしょ、昨年はご加護ありがとうございました、今年もよろしくお願いしますって。あたしと悠くんも神様に取り次いだ責任があるから、一応見届けるつもりだし。あんたまあまあどっちでもいいじゃん」

けろっとした間仲さんの口振りに笑いをかみ殺すわたしと増渕。啓太は憮然として軽く指先でハンドルを弾いた。

「俺だって初詣したいの!いろいろ言いたいことあんだから、神様にはさ」


時間は少々かかったけど何とか駐車スペースに車を停め、めでたく全員揃って神社の境内に向かう。成人の日が近い頃合いになってもまだそこは参列客でごった返し、活気づいていた。雪がところどころ残る通路には焚火が燃やされ、皆入れ替わり立ち代り手をかざしている。わたしは手袋を渋々手袋を取って御手水に並ぶ。この時期、箱根の水半端なくつらい…。

「タミさん。手赤い」

手を浄めてその場を離れたわたしを待ち構えてたようにハンドタオルを渡しにくる増渕。気が利くにも程がある。素直にそれを受け取り拭き終わったわたしの手を握って引き寄せ、どさくさに紛れてはあ、と息を吹きかけて暖める。

「間仲さんと啓太に気づかれるよ」

「いいよもう。どうせそのうちわかることだし。それに、こんなに人でごちゃごちゃだもん。きっと見てないよ」

そう言いつつも大人しく聞き分けたように距離を取る。背後から「タミルちゃん」と呼びかける間仲さんの声がするのとほとんど同時だった。何とか人混みの中で無事合流する。

それからだらだらと並んで長い石段を登り、更に時間をかけてやっと境内まで到着した。

住所と名前を名乗って神様にお礼を伝える(勿論心の中で)。あまりずらずらとお願いごとを並べるもんじゃないらしいので、今年もどうかよろしくお願いしますとだけ付け加えてその場を離れた。例によって境内の片隅でああだこうだ余人には理解できないやり取りを低い声でかわす二人の傍らで手持ち無沙汰にふらふらしていると、やっと啓太がお参りを終えて近づいてきた。

「ずいぶん長くお祈りしてたね。なんか、願掛けでもあったの?」

「そういう訳じゃないけど。ちょっと、愚痴聞いてもらってた。あとは今年こそよろしく!って」

なんだ、『今年こそ!』って。

なるべく人の流れの邪魔にならないスペースを見つけて身を寄せる。売店、じゃなかった社務所の半端ない混雑振りにげんなりしながらもおみくじどうしようかなぁ。買おうかなぁ。いや、おみくじも『買う』って表現はNGか。と益体もないことを考えてると、啓太がやや落ち着いた静かな声で話しかけてきた。

「正月、何してた?実家とか帰ったの」

「うん、まぁ。近場だからね。ほんとに年末年始だけ顔出して。大晦日行って、元日戻ってきた」

「そっか、神奈川だよね。…もっとゆっくりしてくればいいのに。ご両親も寂しがるでしょ」

「うーん…、長逗留だと。気疲れするし」

わたしじゃなくて、連れが。何と言っても普段から客商売だからそつはないんだけど。やっぱ、その実緊張してるのが手に取るようにわかったから。

啓太は何かをじっと思い詰めるように眉根を寄せ、やがて口を開いた。

「…事務所は年末、閉まってるんだよね?当然年始も。いつからいつまで?…28日、とか。…5日までかな」

「そうね、普通の会社と基本同じ。病院みたいなもんで、緊急のお客様には対応するけど。一応」

除霊はまだ滅多に受けないから、あまりそういう切羽詰まったケースもないけど。

「でも、こっちで待機しなきゃいけないってわけでもない」

「それは。…まあね」

わたしは半身引きつつ慎重に答えた。なんか、不審に感じてるな。これ。

案の定、啓太はやや重い口調で話の方向を転換してきた。

「…確か、九州の実家に行かなかったんだよね?年末年始、あいつ」

あー。…やっぱりね。

わたしは観念して大人しく答えた。

「なんか、お父さんが今、中東のドバイに駐在してて。せっかく九州に新しい家を建てたのにほとんど住んでないうちに異動になったんだって。お母さんもドバイ楽しそう、とか言ってついて行っちゃったから。今、向こう誰もいないから…って。お姉さんも彼氏とこっちに住んでるし」

「さすが。よく知ってるね」

ちょっと棘ないか、今の声。

啓太はおもむろに胸の前で腕を組み、ゆっくりと首を傾けてわたしを見下ろした。

「あいつが九州に帰らないのは知ってたから。うちの母親が家に来て一緒に年越ししようか?って声かけたんだ。そしたらいろいろ用事があるから、って…。何してたんだろな、その期間?事務室も開けてないのに」

「ええと。…お姉さんとも会ってた…、と、思うよ。普段は仕事が忙しくてあんまり会えないんだって。こういう機会でもないと」

フォローするつもりで口を挟むと、彼はなんとも言えない目つきでわたしを見た。

「…一緒に、会ったんだ。タミちゃんも、お姉さんと」

「会いました」

わたしは観念して認めた。

「話には聞いてたけど。なかなか機会がなかったから、今まで。あ、お姉さんの彼氏も一緒だったよ。みんなで中華とか食べて」

「家族に引き合わされた、ってこと?」

遮られて苦り切る。…まあ、ここをごまかしてもね。

確かに、いずれわかることだし…。

「そう、ですね。…はい」

「もしかして、実家にも連れてった?ご両親に紹介したの」

「紹介しました」

だって、年越しを一人で東京で過ごさせるなんて。とてもじゃないけどできないよ。

「お姉さんとこ行けば?彼氏もいい人そうだったし。三人で過ごさせて下さいって言えば断らないんじゃないの」

そう言ってみたけど。奴は渋い表情できっぱり首を横に振った。

「やだ、邪魔したくないよ。年末年始姉貴が彼氏と水入らずで過ごすのに割って入ったりしたら。…後が怖いし。第一身の置き所もないじゃん」

「うーん…。じゃあ、わたしも残るよ。東京に」

増渕がここで一人寂しく年越し蕎麦を啜ってると思ったらわたしがつらい。それに。

二人きりでここで年越し。それもなんか、ちょっとよくないか。急に浮き浮きし出すわたし。ああ、ほんのひと月くらい前にはこんな素敵な年末は想像もできなかったなぁ…。

なのに増渕は何故か目を三角に吊り上げて言い募るのだった。

「絶対駄目。普段ろくに帰ってないでしょ、タミさん。実家近いのに…。ちゃんと新年くらいお父さんとお母さんに顔見せなきゃ。ただでさえ寂しい思いさせてるんですから」

「弟実家にいるもん。まだ高校生だけど。大して寂しくもないんじゃないかなぁ…」

ぶちぶちと不満げに呟いてると睨まれた。慌てて居住まいを正し、ふと妙案を思いつく。

「あ、そだ。…一緒に行こうよ、増渕。わたしの実家。いい機会じゃん。普段なかなか思いつかないよね、こういうの」

「え」

奴はさすがに怯んだ。

「結構…、急、だよね。お家の皆さんにも迷惑じゃないかな?」

「いやへーきへーき。うち田舎だから無駄に部屋数多いし。全然余裕だよ。…あ、おかーさん?あのさぁ、今度の年越しなんだけど…」

目の前で速攻家に電話してやる。話を終えて通話を切ると、増渕は赤いような青ざめたような複雑な顔色でこっちを伺っていた。

「…さすがに、彼氏とは言わないんだ、いきなり。今の職場の事務所の所長ってことなんだね」

わたしは肩を竦めた。

「だって、事実そうじゃん。全然嘘言ってない。わたしがやっと安定した職場に勤められるようになったことはあの人たち滅茶苦茶喜んでるからさ。所長さんにお礼を伝えたいとは前から言ってたし」

微妙に物足りなげな顔つきの奴にわたしは笑って続けて聞かせた。

「ま、電話で言うのもなんだし。帰って顔合わせして、様子見てそれは…。話せるタイミング見てわたしから説明するよ。焦ることないから今回はのんびりお客さんでいて。だっていくら何でもまだ早いでしょ、お嬢さんを僕に下さい!ってやる気ってわけでもないんでしょ?」

奴は阿呆にもため息混じりに呟いた。

「いや、チャンスさえあれば。…俺の方は、いつでも。行きますけど」

いやいやいや。

ついこの間までごたごたしてやっと落ち着いたとこなのに。早くも結婚?や、もうちょっと。余裕見ようよ。

何とかそう納得してもらって、今回の帰省は無事に済んだ。まあ、付き合ってる相手だってことは早めに両親にも察知されて白状する羽目になったけど。生まれてこの方金輪際男っ気のなかった二十代後半に差し掛かった娘のことは口には出さねど相当の心労の種だったみたいで、特に母親には滅茶苦茶はしゃがれた。増渕はにこにこと温厚な笑顔でそつなく対応してくれてたけど、まじ恥ずかしかった…。

啓太はやや硬い表情で腕組みを解くこともせず、改まってわたしを見据えた。

「…順調、ってわけなんだ。結局は」

「うーん、まぁ。…ここまで来るのにいろいろ。ごたごたもなくは、なかったけど。結果何とか」

苦し紛れにごまかすと、啓太の顔つきが初めて僅かに緩んだ。

「ごたごた。…あったの?結構」

「そりゃもう。…ああ、そうだったね。そう言えば啓太、忠告してくれてたっけ。ずいぶん前」

不意に思い出す。あの時、駅まで送ってくれて、人でごった返す改札近くで。タミちゃんはあいつのこと何もかも全部知ってるわけじゃない。いつか知らない面が明らかになってから酷く傷つく羽目になるかもしれないよ、って。

「あの時。…何か、知ってたの?増渕の実態とか。具体的なこと」

今更だけど。そう問うと、啓太はあっさりと首を横に振った。

「いや、そういうわけじゃ。あいつはその手のこと絶対友達にも話さないタイプだし。…ただ、うちの母親がね。だいぶ前に、あいつの顧客が女ばっかなのを割に気にしてたのを覚えてたから」

それがなんか問題なの?と啓太が不思議に思って尋ねると、間仲さんは難しい顔をして

「普通に降霊してるだけならなんてことないはずなんだけどね。…なんて言うかな。女難の気がすごい、強いんだよね」

と独りごちていたという。…さすが。

「だから、変な執着心の強い客とか。ストーカーみたいな女が数人くらいつきまとっててもおかしくないな、って思ってたんだ。そういうのにタミちゃんが嫌な思いさせられるんじゃないかなって…。どうだった?そういうトラブル?」

わたしは苦笑い気味に口許を曲げた。

「うーん、そうね。大体そんな感じ。お客さん絡みだったよ」

「ほらやっぱり。あいつはのらりくらり、誰にも嫌な思いさせたくないんだか何だか知らないけど。ろくに断りもできなきゃそりゃ客だってつけあがってのぼせるって。大した面でもないのにあいつは高校の時からそこそこ女に人気があってさ…、あれ、じゃあごたごたやトラブル自体は本当に起きたってことだよね。その間、全然連絡なかったけど。…俺のこと、思い出しもしなかった?結局」

「ああ!…そう言えば」

はっとなって図らずも大きな声が出た。周囲のざわつきが半端ないから目立つわけじゃないけど。

確かに、あの時言われた記憶が。何かあいつとの間に上手くいかないことや不審に感じることがあったら俺のこと必ず思い出して。って…。

「何かあったら相談に乗ってくれる、話聞くよってことだったね。いやあ、完全に忘れてた。うん、思い出さなかったなぁ、今の今まで」

「まじか」

啓太はかっくりと首を前に落とした。力ない声でしみじみと呟く。

「俺、あの時結構真剣に申し出たのに。全く響いてなかったってこと?…あーあ、ずっとやきもきして待ってたのになあ、連絡。その間もすっかり忘れられてたのか…」

「ごめんて。わざとじゃないんだよ。天然に忘却してた」

わたしはとりあえず宥める。だって、忠告を受けたこともまるっきり思い出さなかったんだもん。正直ことが起こってからはそれどころじゃなかった。

いろんなことで頭が一杯で…。

「まあ、しょうがないや。せっかくのチャンスだったけど。まだこの先も何かあるかもしれないよね、あいつとの間に」

再び顔を上げて前を向く啓太。いやそんなの要らないから、別に。

「ないよ」

「絶対って言えないよ。相変わらずあいつの周り、女だらけなんでしょ。そのうちまたトラブルが起きるって、どうせ。その時は今度こそ俺のこと」

「…ないよ!絶対、そんなこと」

わたしが口を開いて遮るより先に、その声とともにがばと背後から思いきり抱きすくめられて仰天する。てか、声より腕の方に。…まじ驚愕しました…。

「ちょっと…、増渕。神様の前、ですよ」

思わず遠慮がちに突っ込む。まだ境内の中。周囲に参拝客も一杯いるし。まあ、あまりにごった返し過ぎて誰も他人のことなんか見ちゃいないけど。

啓太も目の前での大胆な行動にさすがに気色ばむ。

「そうだよ、神聖な場所で…。とにかく離れろ。一刻も早く」

怒ってる理由はそこじゃないかも。

増渕はいつもの控えめな態度からは想像もつかないほどぎゅうぎゅうと両腕をわたしの前で締めつけてきて、平然と返した。

「大丈夫、神様は承知だから。さっき言われた、この人をよろしく頼むって。公認されたから気にしなくて平気」

そうかぁ?わたしは首を捻る。

こっちがどうせわからないからって適当なこと口から出まかせに言ってない?

奴はわたしの背中越しに啓太に向かってきっぱりと宣言した。

「待っても無駄。もうタミさんの手を放す気はさらさらないよ。二度とあんな…、先の見えない絶望的な思いは。この人を守って、傷つけずにそばにいるためなら何でもするって決めたんだ。絶対に」

愛おしげに髪に顔を埋めるな。振り向かなくても表情ありありとわかるぞ。

「だから、お前はいい加減諦めてよそへ行けよ。タミさんのことは心配しなくていい。俺はもう二度とこの人を泣かさないから。自信があるよ、それは。学習したし」

「啓太、残念。そろそろタイムアップかもね。不甲斐ない戦いだったなぁ、母親から見ても」

人混みをぬって近づいてきた間仲さんまで口を挟む。てか、増渕。そろそろ放せって、これ。

「何だよ、どっちの味方なんだか。自分の息子ちょっとは後押ししてくれたっていいんじゃないの?」

間仲さんは素っ気なく肩を竦めた。

「とっくに押したよ、もう既に。チャンスを生かせなかったのは本人の責任でしょ。…それにまあ、わたしとしては本来どっちでもいいことはいいんだ。正直言えば」

仔犬のようにくっつくわたしと増渕の方を見て目を細める。

「悠くんだって自分の子どもみたいなもんだし。そしたらタミちゃんもわたしの娘同然じゃない?二人が幸せでいてくれたらそれが一番。…だから、あとはあんただけだから。自力で頑張って幸せになんなさいよ。変な女の子連れてきたら承知しないよ、タミちゃんと遜色ないレベルの子ちゃんと見つけてね」

「無理だよ!そう簡単に言うな、他人ごとだと思って」

目の前で交わされる会話に思わず遠慮がちに口を挟む。

「あのぅ、言うほどのもんじゃ…。ご存知の通り。わたし、中身相当のぽんこつなんですけど…」

『レベル』って、外見の話…じゃないよね?多分。

増渕は彼らのやり取りはどこ吹く風でわたしの頭に幸せそうに頬ずりする。

「大丈夫です、そこも全部含めてタミさんだから。それはみんな承知です。…勿論俺も。洗い物も割れた食器の片付けも、熱い油を使う料理もこれからもずっと俺がやりますよ。万が一の時のために絆創膏も抜かりなく常備してますし」

そこかぁ。

「わたしだってお前の降霊の時、いつでも抜かりなくそばにいて背中ぶっ叩く準備してるよ。…もういい加減鍵のかけ方マスターしなよ、全く」

相変わらず時々気を抜くとすぽんと中に入られる日々。悪気のない人たちも結構いるけど。常連さんの霊はすっかり馴染みになってやあ、タミちゃんと増渕の口を借りて挨拶してくる始末。こないだは久々に隆彦さんとも話す機会があり、大変だったろうけどよく頑張ったねと労われた。

増渕は笑ってわたしの耳許に口を寄せた。

「これからもよろしくお願いしますね。お互い」

わたしは照れ混じりにぶっきらぼうに奴の首根っこを鷲掴みにして引き剥がした。

「そろそろ離れろ。人前だし、歩きづらい」

「えぇー、神様は構わないって。…笑って見てますよ、今も俺たちのこと」

嘘つけ。絶対適当なこと言ってるじゃん。

わあわあ言いながら四人連れ立ってその場をやっと離れる。半年ほど前と変わらない光景。でも、確実に何かが変わった。

わたしたちは前に進んでる。あちこち行ったり来たり、頭をぶつけてうずくまったり。順調にとはいいかねるけど。

試行錯誤を繰り返して何かを手に入れて、また前を向いて歩き出す。しっかりと横に並んで手を繋いで。そしたら今まで、ひとりの時よりは、きっと大きな何かを乗り越えられるはず。

ふと思い立って、隣の増渕を見上げる。人混みで離れないようしっかりわたしの肩を抱き寄せて。他人の目なんか気にならない、といった満ち足りた表情に少し胸を突かれる。この人、以前は穏やかで温厚ではあったけど。もっと頼りないというか、少し自信なげな様子だった。人生から半身引いたような。

その力のこもった手とためらいのない足取りに思う。もしかして。

「…本当に、天使だったのかもしれないな。わたし」

自分の方が救われたと思ってた。何処に行っても上手く馴染めない、周囲と齟齬ばっかり生じさせてる厄介者。そんなわたしを受け入れて見守って、そのうえ愛情までかけてくれて満たしてくれた。だからわたしを包んで守ってくれる頼れる存在だって。

でも。わたしもこいつを救ったのかも。

増渕からしたらなんの前触れもなく空から目の前に突然降りてきた天使って、冗談じゃなくそれが事実だったのかもしれない。と今初めて思った。

奴は当たり前のように平然とわたしの言葉を受けて答えた。

「そうだよ、前から言ってるでしょ。俺がタミさんの天使なんじゃない、君が俺にとっての天使なんだって。最初からそうだよ。今頃になって気づいたの?」


《完》





ここまで読んでいただけた方。

相当に長い話ですみませんでした。よく考えたら二人の人間が出会って、お互いに馴染んで安心感を抱いて、いつか次第に惹かれあっていく、とほぼそれだけの話にこれだけの文字数を…とは思うんですけど。

話の筋そのものより、別々の人生を生きてきた他人同士が距離を縮めたり上手くいかなかったり、という感情の揺らぎを書きたいというのがわたしが何かを書いてる理由なのかもしれません。それだけのことになかなかここまで付き合えないよ!と思われても仕方ないものばっか書いてるんですが。

ネットで無料の小説を読んで気軽に楽しみたい、という方のニーズには応えてないんだろうなぁって自覚は正直あります。なんといっても文字数はやたら多いし(それでも、このくらいの文字数は自分としては標準サイズ…)、行替えは少なく行間はぎっちりで漢字も多い。ネットの小説サイトでは浮いてるしきっと読みづらいよなぁって思いつつ文体は生まれついての病ってやつで治らないし。しかも純文でもなんでもない完全なるエンタメ。ジャンルなんなんだよお前、と自分でも突っ込みを入れたい(タグ付け死ぬほど苦手)。

それでも、どっちみち書かずにはいられない。何かしら常に書いてないと生きてる気がしないわけです、この二年ほど。

だったらただ単に自分のファイルに書き終わったものをぶっ込んでおくより、こういうところに晒しておけばたまたま目にした誰かの心に上手いこと刺さるかも。誰かこういうものをいいと感じてくれる親切な方に偶然当たってくれ!との思いで投稿してます。

今までいつも同じ別のところに小説を出してたのですが、普段と違う人の目にも触れる可能性がちょっとでもあるなら、と初めてここに投稿させていただきました。結果なかなか…、やっぱり目立つ要素もないし。とにかくネット小説を読み慣れた方からすると惹かれる部分も薄いかな、と思うと難しいものがありますが。誰か一人でも意外と面白いじゃん、と感じていただけたらと思ってここに置いておきます。

実態怖くて自分の小説を一体誰か読んでる人がいるのか?とかは最後まで確認しませんでした(しないでも最後まで書ける仕様でした)。しばらくして冷静になったらそこを確かめて、その結果を踏まえて前のとことどっちで次を書くかゆっくり考えます。もう次の話も決まってるので、頭の中でそっちを練りながらしばらくひと休みしようと思います。

これでタミさんと増渕くんとお別れと思うと一抹の寂しさが。ご推察の通り、タミルという名前は『タミさん』という略称から野菊の墓か!って突っ込みに繋げたいってだけの理由でつけました。なんか可愛くなーい?よか更に阿呆らしいかも。もし日本の何処かにタミルさんって方が実際におられたらすみませんです。でも、個性的でいいお名前ですよね。個人的にはタミさんって略称もかなり好きです。

それでは。こんなとこまで最後まで読んで下さる天使な方がもし、いらっしゃったら心からの感謝を込めて。

いつかまた何処かでお会いできたら嬉しいです。


タカヤマキナ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ