青春する者たち
あの後、田中は救急車で病院へ運ばれて行った。インフルエンザだったらしい。病体を酷使し過ぎたために病状が悪化し、危篤状態にまで陥っていたそうだ。幸いなことに俺は予防接種を二回受けていたのでなんとか感染らずに済んだ。もっとも、予防接種を受けていても感染しないとは限らないらしいが。
それにしても、インフルエンザウィルスを携えてクリスマスイブの日にあの人ごみの中へ飛び込んでしまうとは、いよいよ質が悪い。ちょっとしたバイオテロと言っても差し支えないだろう。願わくば、ジェットコースターの列にいたあのカップルがどうか無事でいますように。アーメン。なむなむ。
それから一週間が経ち、ようやく退院する目処が立ったということで俺は今、田中が入院している病院へと赴いている。お見舞いというやつだ。
俺は田中がいる病室の扉をノックする。
「入るぞ」
俺は扉を開けて中に入った。
「よう」
ベッドの上の田中は拍子抜けするくらい元気そうな声で俺を出迎えた。俺は近くにある丸椅子に腰掛ける。
「元気そうだな」
「ああ、しかし死にかけた」
田中は照れくさそうに笑う。
「ほら、これ、頼まれてたレジュメだ」
「おお、さんきゅ」
俺は田中に授業のレジュメが入った封筒を手渡した。
その後、色々と積もる話があったので俺たちは暫し歓談に耽った。他愛の無い話がほとんどだったが、時間を忘れて話し込んだ。
「で、今回のことでお前は何か掴めたのか。ほら、青春の落とし所ってやつ?」
俺が問うと、田中は窓の外の景色に目を移し、困ったような顔をして口を開いた。
「どうだろうな。結局何も変わらなかったのかもしれないし、あるいは自分でも気付いていない何かが胸のどこかにすっぽりと納まったのかもしれない。ただ、一つだけ分かったことがある」
「へえ、何だよ。聞かせてくれ」
田中は口角をつり上げて俺を見る。
「意味が無いのもまた青春ってことさ」
田中はしたり顔でほざいた。
「……」
この野郎。
しかし、不思議と怒りは湧いてこなかった。代わりに得体の知れない感情がふつふつと湧き上がり、そこでようやくとある事実に気付く。
「ふふっ」
まあ、そういうことなんだろう。
「なんだよ、気味が悪いな」
彼が阿呆なら、俺も等しく阿呆なのだ。
「じゃあこれもまた青春だな」
俺は右拳を軽く握りしめた。