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殻寄生ビト  作者: 兎丸
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Chapter:4 残照


 ウェノド社本社ビルの屋内には甘い香りを含むひんやりとした空気が漂っていた。

弥刀矩は雨に濡れた上着を脱いで脇に抱え、エントランスへと急いだ。受付嬢は弥刀矩の薄汚れた格好を見るや否や露骨に顔をしかめたが、民警の官員で事件の聞き込みに回っているのだとはったりをかますと、無事に社長とのアポを取り付けることができた。


 エレベーターは全面ガラス張りになっていて、雨に濡れた街の全貌が見渡せた。平屋根の中国建築を主とした街並みには本社ビルを中心に極彩色の光が点々と連なっており、さして広くもないストリートには傘を手に歩く大勢の人々の姿も垣間見えた。彼らには、と弥刀矩は思った。


(彼らには、行く先などあるのだろうか)


 ガラスに映る自分の顔はひどくやつれて見えた。

ぼんやりと夜景を見つめていたら、いつの間にか最上階へと到着していたようだった。弥刀矩は半分眠りかけていた脳を叩き起こし、開いた自動ドアの間を通って、ホールへと出た。


「お待ちしておりました、こちらです」


 声のする方に目を向けると、革張りのソファに腰かけた荒間(アラマ)社長が手招いていた。弥刀矩は簡素なテーブルの前に置かれた椅子に座り込み、荒間と向かい合った。


「民間警察の方だとお聞きしましたが…」


「ああ、そうだ」


 言うなり、弥刀矩は懐から新調したゴム銃を取り出して冷たく光る銃口を荒間に向けた。

荒間は驚いた素振りは見せなかった。腕を組み、静かに弥刀矩を見つめている。


「手荒な真似はしないでいただきたいのですが」

「聞きたいことがある、それに答えろ」


 言いながら、弥刀矩は自分の手が小刻みに震えているのを感じていた。今までに一度も感じたことのないような震えだった。荒間は動じることなく両手をあげた。


「教えろ、一体貴様らは殻を使って何をするつもりなんだ」


 荒間は目をぱちくりさせると、不思議そうな目で見返してきた。その悠長な態度が癪に障り、弥刀矩は大声でがなりたてた。


「早く言え!」

「我々の目的、ということですか」荒間は肩をすくめた。「それをお伝えするには核大戦以前、有史の出来事から語らねばなりません」


 弥刀矩は焦りに似た感情を覚えはじめていた。自分が優位に立っているはずなのに、相手に支配されているような感覚。額に噴き出た汗を拭い、続けるように言った。


「端的に言えば、世界の全てが無に帰した核大戦を引き起こした直接の原因は社会不信によるものだと伝えられています。無人操作ドローン技術の台頭により日本の失業率は50%近くまで跳ね上がり、国民は厳しい生活を強いられてきました。これから社会に出る若者たちは現状に絶望し、次第にその感情の蟠りが暴動へと形を変えていった、というわけです

「はじめに起こったのは大阪の学生らによる小規模なデモでした。政府が重要視せずに対処を怠ったことが、後の悲劇を招くことになったのです。彼らは年配者が長年抱いていた社会に対する憎しみの、いわば代弁者であったわけです。高騰する税価格、全てが隣国の言いなりであり発言権すら与えられていない弱腰の政府、学歴格差、町中に張り巡らされた管理規制の網……破裂寸前だった国民に火をつけたのが彼らでした。

「暴動は老若男女を巻き込み日本中へと広がっていきました。自衛隊なき日本は丸腰にも等しく、瞬く間に国会を制圧した彼らは『日本国解放戦線』を名乗り、長年虐げられてきた恨みを糧に、隣国との全面戦争に踏み切ったのです。後には何も残りませんでした。堆く積み上げられた死体の山、犠牲になった一般人、嘆き、悲しみ、怒り―当時の村民はこれを、地獄、と評したそうです」


 荒間はそこで一旦口を切り、悲しげな視線を宙に漂わせた。


「戦争は、中国側が戦術核を使用したことで終結しました。地球は火の海と化し、現在の人口まで戻すには相当な年月がかかったとされています。それなのに!」


 急に、荒間は激昂したようにテーブルをばん、と叩いた。

あまりの豹変ぶりに、弥刀矩の方が慄いてしまったくらいだった。


「世界は未だに戦争という愚かな遺産を引きずっている。これは嘆かわしいことです。せめて我々日本人だけでも、今一度失われた社会を取り戻さなければならない。殻はそのための、希望なのです。」


「希望?」


「択捉島にて殻が発見された時、我々はその力を伏せた。パニックを未然に防ぐために」荒間は口ぶりを変えた。「生命から一生の中で経験した成長という事象そのものを吸い取り、生まれた時のままの姿まで退化させる。その際今まで我々が知り得なかった未知の新物質を分泌する。これが殻の効能、その全てだ」


 そう言うと、荒間は茫然とした様子で立ち竦んでいる弥刀矩に背を向けて歩き出した。


「おい!」


「君も来たまえ。いい物が見れるはずだ」


 弥刀矩は渋々、ゴム銃を荒間の後ろ姿に向けながら歩き出した。

曲がりくねった暗い通路には一定の感覚で緑色のライトが点いており、光は荒間の顔の凹凸をくっきりと映し出していた。

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