表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

弘法筆を……

作者: 真田 蒼生

日が落ち、動物たちも寝静まるころ。僕は荷物をまとめ、とある場所を後にしていた。そこからある程度離れて、振り返る。


「……お世話になりました」


そういいながら、僕が眺める先には……大きなお城があった。

僕、永瀬ながせ 志乃しの17歳は、ライトノベルでよく題材にされる、異世界召喚・クラス転移というものを体験した。いつものように授業を受け、終礼が終わり、さぁ帰ろうというところで、教室が光に包まれた。そして光が収まったころには、僕はクラスメイト達とともに王城の広間にいたのである。そして、そのまま召喚してきた王様から、以下の説明がされた。


・僕たちは異世界から選ばれた勇者だ。王様たちに力を貸してほしい。

・現在この国、この世界は危険な魔物が多く発生して大変なことになっている。

・勇者には特別な力が宿るのでそれを使って倒してほしい。


とのことだった。

ちなみに、元の世界に帰れる云々だが、帰れないらしい。なにやら僕たちを召喚する際、召喚と同時に僕たちの複製体を作成し、向こうの世界では問題なく暮らしているらしい。そのため、帰ったとしても居場所がないとのこと。それに加えて送還の方法はわかってないとのこと。クラスメイト達はその説明に憤慨したが、その後の王様の土下座や、生活の保障などによって、何とかお互いに妥協しあった約束事が形成された。それは、戦いたくないものは戦わなくてもよいということ。その一点に尽きた。その約束事によって、今まで僕たちは大した問題もなく生活を送れている。

さて、ここで勇者に与えられる力について説明しておきたいと思う。勇者には一人につきひとつ、スキルと呼ばれる特殊な能力が与えられる。スキルは様々で、単純な筋力強化みたいなものから何かを生み出すといった複雑なモノまでたくさんあった。クラスメイト達がそんなスキルを得ている中で僕が得たものは、《万物の声》というものだった。効果は武器・防具からその素材、果ては石ころまでの、物体の声が聞けるというものだ。……うん、正直に言って、何の役にも立たない能力です。

最初は約束事のおかげで、何もせずに済ませていたのだが、そのままずっと何もしないというのは僕の良心がひどく苦しんだ。だから、どうすればみんなの役に立てるか、必死に考えていた。

ある時、壊れて使い物にならなくなった鎧をもらった。くれた人は種下たねした 正臣まさおみ君というクラスメイトだ。


『何の役にも立たないお前にはそれがお似合いだ。一人とひとつで仲良く話でもしてるんだな』


そう言って種下君はそれを僕に投げつけてきた。うん、確かに役に立たない同士でちょうどいいと僕も思った。そしてそんな鎧君は、こう僕に語り掛けてきた。


『俺は剣になりたかったんだ』


僕は、鎧君から自身の剣への情熱を聞いた。

攻撃は最大の防御だ、鎧はいつも身に付けているわけではない、でも剣なら腰に下げてもらっていつでも主を守ることが出来る。

そんな、鎧として生涯(?)を終えようとした彼の言葉を聞いて、僕はいてもたってもいられなくなった。鎧君をもって、いや連れて、城の工房へ向かい、本当に申し訳なかったが設備を勝手に使わせてもらって鎧君を剣に打ち直した。設備の使い方は設備君たちが懇切丁寧に教えてくれた。僕は鎧君の望む通りの形で、彼を作り直した。完成した元鎧君、剣君は素人目から見てもかなり立派な剣へと生まれ変わった。彼の感謝の言葉を聞きながら、僕はそれ以降、彼をどう扱ったらいいのかわからなかったので、工房で働いていた鍛冶屋の人に相談した。そしたら鍛冶屋の人が真っ赤になって僕を怒り、剣君を持っていってしまった。本業の人から見ると、相当ひどい出来だったのだろう。鍛冶屋の人はひどく動揺していたのか何度も何度も噛みながら怒鳴っていた。でも持って行かれた剣君は大切に打ち直してくれるはずだ。だってそれはもう、赤ちゃんでも運ぶように、唯一無二の超貴重品を運ぶように丁重に持っていたから。


翌日から、なぜか僕に鍛治の依頼が舞い込んできた。てっきり昨夜の鍛冶屋の人が絞ってやる、といった展開かと思っていたのだが連れていかれた工房に彼の姿はなく、ただ設備とたくさんの素材たちがあるだけだった。そして頼まれた仕事はなんでもいいから物を作ってくれ、だった。やっと自分でもできることを見つけられ、うれしくなった僕は素材君たちの声を聴き、どんどん物を作っていった。剣、鎧、槍、斧、盾、兜、鍋におたまにフライパン……etc(エトセトラ)。素材君たちの声と指示に従ってどんどん作っていった。そのころから、王国の騎士や料理人の腕が格段に上がったという話題があったのだが、まぁそれは騎士さんや料理人さんの努力の甲斐あってのことだろう。構わず僕は鍛治を続けた。皆の役に立てることがうれしくて、どんどん物を作った。使いやすいと、クラスメイトの皆に称賛されたのもうれしかった。


『ただモノ作ってるだけのやつが調子乗ってんじゃねぇぞ。んなもん誰でもできるんだよ』


ある時、正臣君にそう言われて、僕は気づいた。僕はバカだと。何が人の役にたっているだ。皆が求めているのは、勇者として役に立つことだ。こんなただの鍛治の真似事など、誰も求めていない。現に僕が作った騎士さんたちは俺はすごい、剣なんて何を使っても一緒だといっている。

そのことに気付いた僕は、城を出ていくことを決意した。僕が消えても鍛治の仕事は代わりがいる。むしろこんな期待外れの勇者などいても気分が悪いだけだろう。何より僕の良心が持たない。仲よくしてくれた人たちには悪いが、これでさようならだ。


「……お世話になりました」


回想を終え、僕は城に向けてあたまをさげて、かかとを返して歩き出した。


ーーーーー


日が昇り、動物たちはすでに活動を再開しているころ、住んでいる家の外から声がかかる。


「ーーシノー? いないのー?」

「あ、はーい! ちょっとまってください……なんですか? ユーナさん」


家の玄関の扉を開き、目の前の少女、ユーナさんに挨拶をする。


「おはようシノ。おばあちゃんが呼んでるよ」

「村長が? わかりました。ちょっと準備しますので待っててください」


そう返し、家に引っ込んで速攻で着替えを行った後、再び玄関から外にでる。


「ウッディもおはよー」

「……」


ユーナさんは家のそばに立っていた木造のマネキンのようなものに挨拶をしている。ウッディと呼ばれたマネキンは、何も言わずただ首を縦に動かしている。


「お待たせしました」

「ううん、気にしないで。それじゃいこっか」


ユーナさんに連れられ、村長宅へ向かう。その道中、ユーナさんが話し出す。


「それにしてもシノが村に来てからもう3カ月たつんだね」

「そうですね。早いものです」


3か月前、王城を去った僕は、とある村にたどり着いた。そうして、そこの村長と交渉し、住まわせてもらうことに。ちなみに今住んでいる家は僕が作ったものだ。村の近くの森で家や家具になりたがっている木たちを見つけて使わせてもらった。


「ウッディのおかげで魔物の被害も減ったし、シノ様々だね」

「いえ、それはウッディがすごいんですよ」


ウッディは僕が作ったウッドゴーレムというものだ。家を作る途中、ウッドゴーレムになりたいという少々特殊な願望を持つ木君を見つけ、ついでに作成した。どうやらウッドゴーレムは作成者に従うようで、完成したウッドゴーレムはウッディと名付け、村の人を手伝うようにと命じた。村に何度も魔物の被害が出ていることを知ってからは、剣を持たせ、可能な限りの魔物退治を命じている。……可能な限りといったのだが、全長5mほどもありそうな熊の魔物を倒してきたときには驚いた。ウッディは武術の才能があるのだろうか。


「村のみんなもシノはすごいって言ってるよ? 鍬とか鎌とか使いやすいって」

「それは村の皆さんが使い慣れてるんでしょう」

「そうかな?」

「そうですよ。弘法筆を選ばずといいますし」


村に来てから、鍬や鎌などの作成、修理の鍛治を行っているのだが、それらの持ち主が作業が楽になったと何度もお礼を言いにきて困っている。僕はただ作っただけだというのに……。


そんな会話をしていると、村長宅にたどり着いた。


「おばあちゃんただいまー。シノ連れてきたよー」

「シノです。村長何か御用ですかー」

「あぁ、お帰りなさい。シノはおはよう」

「おはようございます。それで村長。僕に何か?」

「えぇ、貴方にお客さんが来ているわ」


そういって、村長は僕を奥の部屋へ連れていく。僕にお客さん? だれだろう。

通された部屋には、黒髪と銀髪の二人の女性がいた。その二人を、僕はよく知っていた。


「栞さんにエミーさん?」

「志乃君……っ」

「やぁシノ。久しぶり」


黒髪の女性は栗原くりはら しおりさん。僕のクラスメイトで友人だ。なぜか自分のことは名前で呼んでほしいと言われ、栞さんと呼んでいる。苗字が苦手なのかな? ほかの人は普通に栗原さんって読んでいるのを見たことあるけど……。そして銀髪ショートヘアの女性はエメリッヒ・ルート・クライスさん。王国の第三王女で僕の友人だ。ちなみにエミーとは彼女の愛称である。そう呼べと彼女に言われた。たしか王族の愛称ってたしかかなり近しい人しか呼んじゃダメだった気が……。

どちらも勇者活動と王女としての活動で忙しいはずなのにどうしてここへ? そう思っていると、栗原さんが泣きそうな顔をして僕に抱き着いてきた。何事ですか!?


「志乃君……よかった。よかったよぉ……っ」

「え、えーと?」


抱き着いたままそう言ってくる栞さんに何と言ったらいいのかわからないでいると、エミーさんがやれやれといった表情をしてこう言ってくる。


「シノがいなくなってから、彼女はとても心配していたんだよ? この村で鍛治の技術がすごいって情報がが来てからは、もう居ても立っても居られないって感じだったよ」

「それは……」


申し訳ないことをした。こんな僕のことを心配する人がいるとは……。栞さんは優しすぎるのだろう。でも鍛治の技術がすごいってだけで何で僕がいるとわかるのだろうか? そもそも僕はそこまで大した技術はないはずなんだけど……。

栞さんが泣きやみ、抱き着いた体勢から離れた後、二人はまっすぐに僕をみて、こういってくる。


「さて、志乃君」

「どうしてボクたちに何も言わずに出て行ったんだい?」


そう尋ねてくる二人はすごく……いや、かなり怖かった。クラスメイトから聞いた竜の威圧感はこれくらいのレベルじゃないのかと思う。


「え、えっと……それは……その……」


その威圧にかなりビビりながら、僕は城を出た理由を説明した。説明をし終えると、代表してエミーさんがさらにこう尋ねてきた。


「その、誰でもできると自身の実力……だっけ? それ、誰が言ったの?」

「え? 種下君と、城の騎士さんたちだけど……」

「へぇ……」


何の気もなしにそう答えると、先ほどまでの威圧感が倍増した気がした。このレベルは竜も真っ青ではないだろうか。


「種下君か……いい度胸してるね」

「うん本当に……うちの騎士たちもいい度胸だよ」


これほど目が笑っていない笑顔というものを表すものはないだろう。二人はにっこりと、そんな笑みを浮かべあったあと、僕を見てこういう。


「それじゃ志乃君」

「いくよ」

「はいぃ!」


そんな二人の命令に、誰が逆らうことなどできようか。僕はそのまま二人が乗ってきた馬車に乗って、城へ帰ることとなった。


ーーーーー


「なんですか姫様。我々を呼び出すとは……」

「俺らこれから魔物討伐の仕事があんだけどー」


城に帰るや否や、二人は種下君と騎士さんたちが呼び出した。種下君以外のクラスメイト達たちも何事かと集まってきた。中には僕の姿を見てほっとしたような顔を浮かべてくれる人もいた。ご迷惑をおかけしました。

栞さんが話し出す。


「さて、種下君。あなたはここにいる志乃君は代わりは何人もいるって言ったそうね」

「ん? あぁ、そうだ。……てかお前まだ生きてたのか。死んでたと思ってたわ」


そう聞かれた種下君は了承し、僕の方を見てそう言ってくる。まぁ、普通死んだと思うよね。僕何のとりえもないし。……気のせいか前の二人の威圧感がまた出てきた気がする。

さらにエミーさんが言う。


「さて騎士団の諸君。君たちはシノの作った武器は大したものではなく、最近の自分たちの実力は自分たち自身のものだと認識しているそうだね」

「当然でしょう。武器など素材によって変わりますが、同じ素材ならば変化はないはずです。これまで得てきた名声はすべて我々自身の実力によるものです。そもそも勇者としては不良品の者が作った武器を使っているのです。むしろ実力が落ちているかもしれませんね」


そう嘲るように言ってくる。彼の後ろの騎士さんたちもはははと笑い出した。うん、いろいろと同意できる。たぶん僕なんかの武器よりあの鍛冶屋の人が作った武器の方が切れるんじゃないだろうか。

……なんだろう。今度はクラスメイト達がいる背後から威圧感を感じるような。


「それで、それがどうかしたんだ?」


そう尋ねられ、栞さんはこういった。


「うーん……いろいろといいたいことがあるんだけど、お仕置きもかねて手っ取り早い方法があるの」

「なんだそりゃ?」

「これからあなたたち魔物の討伐なんでしょ?」

「そうですが?」


訳の分からない様子でいる種下君と騎士さんたちに、栞さんはこういう。


「今回の討伐では、志乃君の作った武器・防具の使用を禁じます」

「……は?」


何を言っているのかわからなった。僕が作った武器の使用を禁じる? それってどんな意味があるんだろうか。ていうかそもそも僕の作ったものを使ってる人なんているのかな?

エミーさんがさも名案と言わんばかりに言う。


「それいいね。よし、これは王族の命令だ。今回の任務でシノ作の武具の使用を禁ずる」

「はぁ……わかりました」

「ちっ、わぁったよ。めんどくせぇな」


そう了承すると、騎士さんたちと種下君は身に付けていた武器・防具をすべて取り外した。あ、全部僕が作ったものだったんですね。ありがとうございます。

そうして、種下君たちは魔物討伐へ向かった。気を付けて。


「……さて、人死にが出るのはいやだし。ついていこうか」

「「「「おー!」」」」


栞さんとエミーさんともに、クラスメイトの戦闘員の皆が種下君たちを追っていった。い、いってらっしゃい?


ーーーーー


「ーーもうしわけありませんでした!」


無傷の栞さんたちと一緒に、こっちはボロボロになって帰ってきた騎士さんたちは、僕の前に並んで揃って土下座をした。なにこれ?


「我々は今回の件で痛感いたしました」

「な、何をでしょうか?」

「あなたの偉大さをです」


なんですと!? 僕が偉大!? いやいやいや!

そう否定するも、騎士さんたちは土下座を続行し、続ける。


「最初は、いつもの討伐と一緒だと思っていたのです」

「しかし、すぐに違和感に気付きました」

「あれほど簡単に切れていたはずの魔物の体が、切れない」

「どんな攻撃にもびくともしなかった鎧が、一撃受けただけで粉微塵」

「我々が強いのではない。武器が強かったのです」


それでなんで僕が偉大なんでしょうか? 武器がすごいんですよね?


「現にあなたが最初に作り出した剣は、竜の体でさえもいとも簡単に両断し、宝剣として扱われています」


わーお。剣君ボロボロの鎧から大出世だね。よかったね。


「本当に、貴方様を軽んじた言動、誠に申し訳ありませんでした!」


そう言って騎士さんたちはさらに深く土下座する。あの、それ以上は地面にめり込んでしまうのでは?


「ふ、ふざけんなぁ!」


そんな中、今まで行きも絶えたえだった種下君が絞り出すように言う。


「こんなことがあるわけがねぇ! たかが武器でこんなに弱体化するなんて……きっとそいつが呪いをかけたんだ!」


そのまま彼は僕に向かって殴り掛かろうとしてきたが、すぐ横にいた土下座していたはずの騎士さんによって押さえつけられてしまった。土下座していた体勢からあの対応……やっぱり実力あるんじゃないですか?

そのまま種下君はどこかへ連れていかれてしまった。たぶん治療をしに行くんだろう。お大事にね。


それから、僕は再び工房で働くこととなった。やることは今までと変わらず、素材の声を聴いて、その通りに作ってあげるだけ。たまにエミーさんと栞さんが工房にきて話したりするが、それ以外は変わらない。いつも通り、物を作るだけだ。

弘法筆を選ばずというけど、筆がないと何もできないからね。

シオリ「そういえばあれからウッディとか言うゴーレムはどうしたの」

シノ「そのまま村を守ってくれてるよ?」

エミー「……村に住んでるゴーレムが飛龍を倒したって報告が来たんだけど」

シノ「……ウッディの素材って神樹とかそんなものだったのかな?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 一個気になるのは最初の剣を持って行った親方?は一体どこに? 引退したのか、首になったか
[良い点] どの作品を読んでも面白いです! 短編、連載問わず楽しみにしてます!
[良い点] おもろいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ