第四十六話 闇と地の再会
ミルテリスは空を駆けていた。ツヴァイト・レグレーベン、地の守護者と対面するために。
「・・・・・・・・・・・・次はこっちね」
意識を集中させ、背中に付いている闇の翼を操作し向きを変える。そして、一本道の先にある十字路で左に曲がった。闇の翼の先端が壁に触れ、触れた箇所を一瞬にして消滅させる。
「・・・・・・う〜ん、臭いがあんまりしないわね。ま、ツヴァイト・レグレーベンならしょうがないか」
大きく鼻で息を吸う。すると、ツンとした刺激臭がミルテリスの鼻腔を包み込んだ。
魔力の臭い、とでもいうのだろうか。ミルテリスにはそれを関知することができる特殊な能力がある。そのため、敵、または目的のものがどこへ隠れようとも魔力を体内に宿している限り見つけだすことができるのだ。ただ、人・または生物によっては悪臭にも近い魔力の臭いがあるのでミルテリスは普段、この能力は極力使わないようにしている。ただ、精霊でも上位の存在になると自分の魔力を極力抑えることができるようになるものもいる。ツヴァイト・レグレーベンがそうだ。
ツンとした刺激臭が強くなる。もうそろそろと感じたミルテリスは翼をその場で羽ばたかせながら、通路に着地した。通路にたまった埃が風圧で空中に漂う。
「うっ、埃臭いわねここ。掃除ぐらいちゃんとしなさいよ」
愚痴をこぼしながら歩き始める。あの草原とは違い、狭くそして埃臭くなった通路は歩く度に埃が舞い上がり乾燥した空気と合わさってひどい臭いとなった。
文句を言いながらもミルテリスは歩き続けた。すると、どんどん魔力の臭いが強くなりツンとした刺激臭も強さを増した。
「もうすぐね・・・・・・」
そう言って、延々と続く長い一本道を歩き続ける。すると、奥の方に微かにだが光が漏れているところがあった。魔力の臭いはあそこから流れている。
ミルテリスは嗅覚で魔力を探すのを中断した。もはや、ツヴァイト・レグレーベンはすぐそこ。力を使うまでもないからだ。
「お爺に会うのも久しぶりだな〜〜。説教短くてすむといいけど。長いのよね〜、お爺の説教」
昔のことを思い出して、笑いつつミルテリスは歩いた。歩く度に骸骨をあしらった靴から悲鳴にも似たような音がでる。そして数分もしないうちに、光の先にたどり着いた。
「お爺、来たわよ・・・・・・・・・・・・って、いない」
そこはツヴァイト・レグレーベンがいたであろう円形状のドームだった。足下には無数の人骨が敷き詰められ、歩く度に骨が砕けて粉塵となり宙を舞う。中央の方を見るとそこだけ人骨がなくそのかわり、竜を連想させるしなやかな髪をポニーテールにした一人の男が大剣を背負ったままうつ伏せになって倒れていた。
「ん、なにあれ。あれは・・・・・・・・・・・・大剣ガリルレギオン!?どうしてあんな男が・・・・・・」
うつ伏せになって倒れている青髪の男が持っている大剣を見てミルテリスは驚いた。
創生大剣ガリルレギオンーー遙か古の時代、まだガロリア王国が誕生する以前に大地の精霊王によって作られた大剣。十の精霊を礎としその力を精霊石に封じ込め、封じた精霊石で刀身の紋章を彫ることで十の精霊の力を刀身に閉じ込める。そして、そこに特殊な石を組み込むことで精霊の力を何倍にも引き上げることができるようになっている。また、精霊王自身の血肉を混ざり気のない純粋な地属性だけの魔力を持った土と混ざり合わせることで精霊の力を極限にまで操ることができる力を持った柄ができる。ちなみに、この柄は封じられている十の精霊の怒りを抑える役目もかねている。また、柄頭には持つ者の自己治癒力を高め身体能力を全般的に上げる効果を持つ特殊な魔力石が取り付けられている。その魔力石はミルテリスが記憶している中で最上位の純度と高度を誇る石だったはず。この石にも誕生した経歴と伝承があるが、とても昔のことなのでミルテリスはもう覚えていない。お爺なら覚えているかもしれないが。
だが、青髪の男が持っている大剣ガリルレギオンはいくつかの部分が損傷・破損・紛失していた。柄頭に取り付けられているはずの特別な魔力石は、紛失してしまったのか外しているのかはわからないが代わりに茶色い石が取り付けられている。そして、肝心の刀身も紋様があちこち削られ紋様の意味をなくしている。また、刀身に組み込まれている特殊な石も別の純度の低い、何ら対して効果のない石を取り替えられていた。柄だけは無事のようだがそれでもミルテリスが過去に見たような魔力は見受けられなかった。
「かなりぼろくなってるわね。なぜかしら、精霊王の力がたった数千年、いや数万年だったかな。それぐらいで弱まるはずはないはずなんだけど」
おびただしい数の人骨が積まれている床を歩いてミルテリスは青髪の男ーーテイルの所へと向かう。
と、その時だった。
「もう〜、何よこの量。多すぎ!」
文句を言いながらもおびただしい量の人骨をかき分け、テイルが倒れている広場まで歩いていき大剣ガリルレギオンをもう少し間近で見ようと近づいた瞬間、突如微かな振動を感じたと同時にミルテリスの足下の地面がせり上がった。
「ん?」
ミルテリスが下を向く。
赤き眼光を宿した一人の男。
その男がエディスト・ハウレグスが持っていたのと同じ黒い剣を持って足下から現れた。
「なっ!?お爺っ、くあっ!」
伸変の魔術、シュレインデ・アドヴォズ。
分子構造を魔力によって変えられ、長剣と化した黒い剣がミルテリスの右目を切り裂いた。一瞬反応の遅れたミルテリスが痛みに悲鳴を上げながらも、次の追撃から逃れるため後ろに飛び退く。
「逃したか・・・・・・。さすが、昔からよけるのだけはうまいな」
よこなぎに振ろうとしていた剣を止め、ミルテリスの反応の良さに感心しながら男は言った。
「つぅ!・・・・・・それが取り柄なのよ。逆にお爺は変わったわね、うっ!・・・・・・奇襲をかけるなんて。昔は騎士道精神とかいってなかったかしら?」
金色の長髪。魔力によって輝いているその髪は、動く度に周りに光にも近い粒子をまき散らしている。顔はエディスト・ハウレグスと全く同じ顔。赤い三白眼の目は獲物をとらえようとしている肉食動物の眼だ。そして、右目と顔の半分を切り裂いたかのように残っている傷跡が男の眼光をより一層、鋭くしている。また、タキシードといっても過言ではないそのピッチリと体に吸い付くような服には所々に多種多様な鉱石が取り付けられ、男の体を覆っていた。
「お前には、そういう精神は必要ないと思ったのでな」
ツヴァイト・レグレーベン、通称お爺。ガリルレギオンの塔の地下に棲む大地の守護者。獣のように、でかかったはずのツヴァイト・レグレーベンが嘘のように全くの別人へと変わっていた。
「あら、一応、私はか弱い女の子なんだけど?」
「魔力をダイレクトに吸って回復しようとしている者をか弱い女の子とは言わんがな」
ばれた。
ミルテリスは左手から少しずつ微量ながらも放出していた闇の力を止めた。それと同時に、ミルテリスの右目が完全とまではいかないものの少しよくなる。
「魔力吸収、お前のもう一つの特殊能力。自身が持つ闇の魔力を粒子状に変化させ物体を分解、そして魔力だけを取り出し自分の物とする。まったく、あくどい能力だな」
「う、うるさいわね。力は使ってなんぼでしょ。そ、それよりお爺、なんで人型になってるのよ。その姿は嫌いじゃなかったの?」
うろたえながらも、ツヴァイト・レグレーベンに問いかける。すると、ツヴァイト・レグレーベンは大きくため息をついた。ミルテリスに見えるよう大げさに。
「な、なによ。ため息なんかついて」
やっぱり苦手だな、お爺は。そう思いながらも平静を装う。
「我とてこのような姿などなりたくはない。・・・・・・・・・・・・だが、我の生み出した分身を殺した罪は重いぞミルテリス!だから、我はこの姿となって貴様を倒すのだ」
突然だった。
怒りが、こらえようのない怒りがミルテリスを襲った。呼吸が乱れ、息が荒くなる。皮膚からは汗が出て、眼の焦点が合わなくなる。これが、大地の守護者の本能的な怒り・・・・・・!
その時、人骨が一斉に鳴き出した。ツヴァイト・レグレーベンが操っているわけではない。ただ、人骨に残された微かな魔力がツヴァイト・レグレーベンの怒りに反応して鳴いているのだ。
恐怖を感じて。
(臆しないでよ、私!少しでも時間を稼がなきゃ・・・・・・・・・!)
大きく息を吸う。そして、自身の闇の魔力を放出する。ミルテリスの体中から現れた暗黒色の粒子状の物体がミルテリスの体に徐々にまとわりつき、一つの形となってゆく。足に手に腕に肩に胸に腰に背中に頭に、暗黒色の粒子が集まり一つの形を作り上げた。
「ふー、ふー・・・・・・・・・・・・いくわよ。深淵装甲ノズヴァレイド・カルヴィズノーダ!」
ミルテリスの体に暗黒色に輝く鎧が形成された。鋭角的に作られている深淵装甲ノズヴァレイドは、まるで悪魔のようにまがまがしい気を放っている。また、ミルテリスの頭に形成された鎧はティアラのようになっていて端から見れば一国の女王が鎧を着ているようにも見えなくはない。
「・・・・・・そちらも本気か、ミルテリス。・・・・・・それでいい。それでなければお前を倒す意味がない」
ツヴァイト・レグレーベンがもう一本、地面に左手をついて右手に持っている黒い剣と同じ物を作り出し構える。
「ふん!甘く見ない方がいいわよ、昔みたいにはいかなくとも私は十分強いってことを教えてあげるわ」
ミルテリスも右手に魔力を集中させ闇の剣を形成する。そして、背中に意識を集中させ闇の翼も作りだした。
緊迫する空間。二人の魔力がぶつかり合い、周囲の人骨を一瞬にして消滅させる。
「・・・・・・ゆくぞ」
ツヴァイト・レグレーベン剣の切っ先をミルテリスに向ける。
「・・・・・・いくわよ」
ミルテリスも同時に闇の剣の切っ先をツヴァイト・レグレーベンに向ける。
「はっ!」
「やあっ!」
闇と地が激突した。
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