第四十三話 復活と消滅
レイオスに起き始めた変化に、エディスト・ハウレグスはいち早く気づいた。拡大していた闇が急速に縮小し、レイオスを包み込み球体状の塊となる。
「この感じ…………まさか!?」
徐々にレイオスの魔力の質が変化する。光から闇へ、静から動へ、慈愛から憤怒へと。
「やらせませんっ!」
エディスト・ハウレグスが片手を地面に当て、黒い半月状の剣を地面から作り出す。そして、できる限りの魔力を剣に込めるとレイオスに向かって投げつけた。魔力を練り込まれた剣が空中で回転し、自由自在に駆けながらレイオスに向かう。
「まだです、ファイダゲイド・アグンズガルテ!」
エディスト・ハウレグスがまた、地面に両手をつける。そして、魔力を地面に流すと地系上級魔術、地中の元素すべてを操る魔術を無詠唱で発動した。エディスト・ハウレグスの意思によって操られた元素達が結合し、瞬時に地中から無数の剣、槍、斧などの多数な武器が作られ、レイオスに向かって放たれる。
轟ーーーー!
一瞬にして作り上げられた無数の武器が、レイオスを突き刺し、切り裂き、そして貫く。レイオスがいた辺り一帯が無数の武器で散乱し、またレイオス自身も武器に埋もれて姿が見えなくなった。
「……はあっ、はっ、は、ふうっ。………………これで、いけたでしょうか?」
土煙で目の前が見えなくなった場所を見て、エディスト・ハウレグスは呟いた。あの少年一人にしてはやりすぎた攻撃かもしれないが、エディスト・ハウレグスが先ほど、一瞬の間だけだったが感じた魔力の質は今まで感じた中である者の魔力の質と酷似していた。その者は、エディスト・ハウレグスが今まで戦った中で、唯一為すすべもなく、一方的にエディスト・ハウレグスを倒した相手だ。
(まさか、あの女と同じ質を持つ人間とは…………信じ難いですね。あの女は、私と同じ精霊だったのに)
まだ、土煙がはれない場所を見据えてエディスト・ハウレグスは考える。
(あの時、あの女が忽然と姿を消えましたが、その消えた理由がこのレイオス・ウォーリアとやらに関係があるのかもしれませんね。……………ただ、あの女がいた時代はもう四千年も前の時代。レイオス・ウォーリアはさばを読んでも20歳ぐらいの人間。あり得ないとは思うのですが………………あの、魔力の質は人間では絶対に出せないはずの質。なにか、裏がありそうですね。ツヴァイト・レグレーベン様も、その何かを感じ取って私を遣わせたのでしょうか……………………考えすぎかもしれませんが)
考えごとをしている間に土煙がはれて、レイオスがいる場所がエディスト・ハウレグスからでも見えるようになった。やはり、自分が作り出した武器が散乱し、レイオスが逃げ出した形跡はない。
「………殺った、のですか」
鉄より固い硬度を誇るレインド鉱石を用いて作られたエディスト・ハウレグス特注の剣だ。その硬度、鉄の約五倍。人の体など紙切れ同然に等しい。
(……やはり、人間ごときが精霊であるこの私に勝とうなどというのはおごまかしいことなのです)
油断。
そのせいかもしれない。自分の力で作られた剣は絶対に敵を殺す、人間では絶対に精霊を倒すことはできない。なにより、自分はレイオスより遙かに強い。そんな思いを持っていたからこそ、エディスト・ハウレグスは土煙の中から一瞬にして自分の目に前に現れたレイオスの一撃を避けることができなかった。
「ガッ…………!?」
腹部に感じた違和感。そして、レイオスの姿が自分の瞼に写った瞬間、エディスト・ハウレグスの両腕がもがれた。
「がああああああああああっっ!!?」
まさに一瞬。反応することもできない。そして、レイオスはエディスト・ハウレグスの首を左手で掴むと空中に持ち上げ静止した。
「誰が…………殺ったのかしら?」
「ぐっ、…………き、貴様、ぐあっ!………貴様は?」
「あら、忘れたのかしら?たった四千年前に会ったことがあるはずなのに」
女らしき口調、人をあざ笑うかのような喋り方、意地の悪い笑み。エディスト・ハウレグスは知っている。この者の名前を。
「まさか…………闇を纏いし終焉の精霊、ミルテリスか!?」
「あら、覚えてるじゃない。光栄だわ、エディスト・ハウレグス。地の塔の守護者ツヴァイト・レグレーベンに仕える若い若い精霊さん」
「くそっ、何故だ!なぜ、生きている。それにその姿は何だ!?」
「ああ、これ?レイオスの体をちょいと借りたのよ。体の中のホルモンバランスを変化させて、私になじみやすい体に変えさせたの。かわいいでしょ?」
ミルテリスは自分の体、いや、レイオスの体を指して言った。
腰まである漆黒の髪。レイオスの体の時とは違い、より丸みを帯びた女性の肉体。見るものすべてを無へと誘うかのような白い眼、微かにだが眼の中央に黒い点があることから目が見えていないわけではないことがわかる。顔は蒼白、だが意地悪そうに笑みをこぼすその顔は美しい。服は全てが黒一色。身体にピッチリとあうように作られているその服はミルテリスの豊満な胸を強調しているかのような服装だ。下には黒いひらひらのスカートがついており、靴はドクロの模様があしらえられた不気味な靴だ。そして、背中には闇の魔力が翼を形作っている。
全くと言っていいほど、レイオスの面影は見えず、完全にミルテリスの肉体と変わり果てていた。
「くそ、なぜ、お前がレイオスの中にいる。お前はあの時に消えたはず。事と次第によっては…………ぐあああぁっ!!」
「事と次第によっては…………なに?」
ミルテリスがエディスト・ハウレグスの首をきつく握りしめた。そのか細い腕からは想像もつかない力。エディスト・ハウレグスの口から悲鳴ともわからない、かほそい声が出る。
「私ね、あんたみたいな弱者が強者に向かってそういう口をはくのが大嫌いなの」
「ぁ、………………くっ、ぐぅぅ!」
「だからさ、抵抗しないで。一瞬で終わらせてあげるから」
エディスト・ハウレグスの身体を左手だけで持ち上げたまま、右手を持ち上げる。すると、ミルテリスの意志に従うかのように闇の魔力が右手に集まり黒い剣を作り出した。そして、そのまま剣をエディスト・ハウレグスの胸に当てる。
「………覚えているがいい。必ず、ツヴァイト・レグレーベン様が貴様を殺してくれるはず。その肉体だけでは、四千年前のような力は出まい!」
「あら、まだ負け犬の遠吠えを吐くぐらいの力は残ってたんだ。…………まあ、確かに前よりは弱くなったわ。だけど、あんたを倒すだけの力なら十分あるのよ」
他人を見下しているような喋り方、そしてエディスト・ハウレグスの目に映る意地悪い笑み。
「さあ、虚無を逝くがいいわ!」
ミルテリスが右手を前へ突き出した。突き刺さる黒い剣、剣を伝って落ちるエディスト・ハウレグスの血。
「も、……しわけ、ありま…………せん。………ツヴァイ………………ト、レグレー、ベン…………様」
エディスト・ハウレグスの身体が砂となる。ミルテリスが黒い剣を引き抜いた瞬間、草原をすさまじい一陣の風が駆け抜け、エディスト・ハウレグスの身体を一瞬にして消し去っていった。
まるで何者かがエディスト・ハウレグスの亡骸を持ち去っていったかのように…………………