第二十九話 攻め
一階にある食堂の真横にある通路を通り、突き当たったところを右に曲がると地下へと続く階段がある。そこが、地下演習場への入り口だ。
横五十メートル、縦百メートルという七つの塔の中で最大級の規模を誇る大きさで、五十枚の地の精霊石の力が込められた石が床に敷き詰められていることから、『静寂の間』とも言われている。
ここでは主に、ガリルレギオンの生徒たちが地の精霊たちとの干渉をおこない、魔術を使う時に効率よく発動することができるように練習する場でもあり、また、体術などを習得するために練習を行う場所でもある。そのため、刀身をつぶした武器などがある武器保管庫や、授業中にけがをした時のために医療薬や寝具一式が置かれている診療所なども設けられている。
その演習場に、レイオスたちは来ていた。
五時限目の鐘が鳴り響く。時間に直すと午後二時、本来なら授業に出なければいけないのだが、演習場には人のいる気配は全くと言っていいほどなかった。
「静かだな・・・・・・、やっぱり。校長の発言でみんな探しに行ってるのか」
あたりを見回しながら、レイオスはそう呟いた。
「だろうね。授業を受けるより、泥棒を探したほうが楽だと思ったんじゃない。みんな」
近くに置いてある練習用のゴム弾専用の銃を手に取り、トリガーに人差し指を入れ回して遊びながらレイオスの問いに答える。
「それより、なんでここに来たんですかレイオスさん」
いまだに頬を膨らませ、アシルのほうを睨んでいるレイラ。レイオスのほうを見るときは、すぐに笑顔になるが、アシルのほうを見た瞬間に膨らむ様子からすると、よほど腹が立っているのがうかがえる。人の怒る基準というのはそれぞれ違うようだなと、レイラからの嫌な視線を感じながらアシルは思った。
「レイオス、先に言っておくがここには何もないぞ」
「まあ、見てろって」
そう言って、レイオスは地面に手をついて目を閉じた。そして、地面に向かって魔力を放出する。すると、一か所だけ不自然な流れを感じる場所があった。その時、
「ぐっ!」
放出した魔力が突然消えたかと思うと、いきなり大量の魔力がレイオスの体の中へ入ってきた。あまりの魔力の量に、レイオスの体質でもすべてを受け入れることができず、レイオスの体に激痛が走る。
耐えられなくなったレイオスが手を放す。すると、レイオスの体に流れる魔力が止まり、痛みも徐々に和らいでいった。
「うう…………、い、いまのは?」
「な〜にやってんだよ」
テイルがあきれながらレイオスに手を差し伸べる。レイオスは礼を言うと、テイルの手を掴んで体を起こした。
「今のは何だ? この地下に何かあると思って魔力を放出したら突然、何倍にもなって帰ってきたんだが」
「ここで魔力を放出したら、地の精霊たちが何倍にも増幅して返してくんだよ。だから、ここで魔術類を扱うのは禁止されているんだ。そんなことも知らずにやったのか?」
(……………………そういうこと先に言えよ)
そう言おうと思ったが、アシルがレイオスのほうを向き、目で辞めておきなと合図を送った気がしたのでレイオスはやめることにした。
「で、何かわかったのか? 一応、調べられたんだろう」
「ああ。地下に何かあることは確かだ」
中央付近で感じた不自然な流れ。それが何かは分からないが、恐らく暗号と関係があるだろうとレイオスは感じていた。だが、正確にはその場所を特定できていないので暗号を頼りに進むしかないようだ。
「仕方ない、暗号を頼りにするしかないか。テイル、すまないけどガリルレギオンのところが書いてある所を読んでくれないか」
「え〜、めんどくさ――――――」
「やるよな?」
満面の笑顔でテイルの首に剣を当てる。すると、テイルは首を大きく立てに上下させた。
「よし、それじゃあ読んでくれ」
テイルに緑色の手紙を渡す。その間も、テイルの首に当てている剣を外そうとはしなかった。
「じゃあ読むぞ。だから剣をどけろって! ……よし、んじゃ。…………五十の壁にそれはあり人を頼りに進むがいいナイスガイを先頭にせよ一つの大剣をつかみしとき 大地はそのものに応えよう……だな。ってか、このナイスガイを先頭にせよってところで嫌な予感がぷんぷんするんだけど」
またもや嫌な予感がしたのか、テイルはあたりをきょろきょろと見回した。周りにはレイオス達しかいないが、いやな予感は止まらない。
「ん〜、やっぱり変換するのかな。レイオス」
「だと、思うが……。どうやって?」
「わかんない」
「わかんないのかよ!」
軽くため息をついて、髪をかきむしる。
(考えろよ……暗号ってことは、何かしらの意味を持つはずだ。おそらくだが、ガリルレギオンに関係するはず……)
正直のところ、ガリルレギオンのことなどレイオスはまったくもって知らない。なにせ、この学校のこと自体、まだよくわかっていないのだ。頭の中で、いろいろと考えるがレイオスの知識だけではわかるはずもなかった。
「だめだ……わからない。テイル、お前何か知らないのか?」
すると、テイルは胸を張って答えた。
「知らん!」
「…………だよな」
テイルに聞いたのが間違いだったと、レイオスは自分の学習能力のなさに腹が立った。
「レイラやアシル……が知るわけないしな。シャイレストの生徒だし。ラピスが知ってたらそれこそ驚きだ」
ああでもないこうでもない、と頭を抱えて一人悩んでいるレイオスをよそに、参加する気が全くないアシルとレイラは別のことを話し合っていた。
「ねえ、レイラ。いつになったら告白するんだい?」
「ふぇ!? こ、酷薄?」
「告白だよ。こ・く・は・く。相手に自分を伝えるあれだよ」
「な、なななな、なにいってるんですか!? わ、わわわわ私は、好きな人、な、なんかいません!」
そうはいっているものの、レイオスのほうをちらちらと横目で見ているあたり、誰が好きなのかはレイオス以外誰でもわかりそうだった。
「レイラ、奥手じゃ解決できないよ。攻めて攻めて攻めないと!」
「だ、だから知りません。私は、れ、恋愛事より勉強を大事にしようと思っているんです」
「…………取られちゃうよ?」
ピクッと、レイラの体がその言葉に反応した。
「鈍感には見えるけど、その鈍感さゆえに女性を引き付けやすいんだよね。そして、僕が調べたところによると、押しに弱いらしい」
またピクッと、レイラが反応する。
「ラピスとのやり取りを見たらわかるでしょ。レイオスは押しに弱い! これは絶対だよ」
「…………わ、わかりました」
レイラがそういった瞬間、アシルは思った。
(落ちたな)
顔が赤くなりながらも、頑張らなくちゃと呟いているレイラ。だが、それ自体がアシルの策略だとはまったくもって知らない。レイオスが押しに弱いなどとはアシルが勝手に考えた嘘だ。
(だけど、人の恋事情を見るのって好きなんだよな〜)
アシルは小さい頃から、人の恋を観察するのが好きだった。一番最初に観察をしたのは兄で、それ以降、恋をしている人を見た瞬間、うまく誘導して面白い方向へと動かしている。
(特に、レイオスのような鈍感な人を好きになってる人って一番観察しがいがあるんだよな〜)
そんな腹黒いことを考えていると、レイオスがアシル方へと近寄ってきた。
「アシル、この学校ってさ、図書館があったはずだろ?」
「うん、あるよ」
「じゃあさ、そこに連れて行ってくれないか。やっぱりこれだけじゃわかんないんだよな」
手に持っていた黒い手紙をお手上げだとばかりに、上にあげる。
「それじゃあ、レイラに案内してもらったどうかな。僕は、違う暗号を解読しとくよ」
その瞬間、レイラが驚いたようにアシルを見た。目があらぬ方向に動き、動揺しているのがだれの目から見てもわかる。
レイオスは除くが…………
「おっ、そうか。それじゃあ、お言葉に甘えるとするかな。レイラ、図書館の場所を教えてくれないか」
「へっ!? あ、は、はは、はい!せ、攻めていきます!」
「? 何をだ?」
言葉までもがおかしくなり、完全に頭の中がパンクしているレイラをよそにアシルは心の中で腹を抱えて笑っていた。
「ま、いっか。それじゃあ行こうぜ」
「は、はい!」
レイラが先頭を切って歩く。右手と右足が同時に出ているが、当の本人は気付いていないようだ。レイオスにそれを注意されて、遠くにいるアシルからでもレイラの顔が赤くなっているのが見ることができた。
「よし、それじゃあ僕も行こうかな」
暗号を読んだ時に、ちゃっかりとメモしていた紙を取り出してアシルも演習場を出ようとする。その時、一人会話から外されていたテイルが話しかけてきた。
「な、なあ、アシル。俺ってどうすればいいんだ?」
「さあね。ここで暗号のなぞでも解いておけば?」
それだけを言い残し、アシルも階段を上り、その場から消えてしまった。ひとり残されたテイルはその場にしゃがみ込むと、何やら物騒な言葉を呟きながら一人さみしくレイオスたちの帰りを待ち続けることにするのであった。
まだまだ、暗号解読編始まらない……と思います。というより、すべての暗号を解くまでにどれくらいかかるのか自分でもわかりません。長くなるとは思いますが、やさしい目で見てやってください。