↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世直し鼬 雅寿丸  作者: Ryo
■物の怪どもの夜
PR
47/55

四十七 四匹、討ち入る

 北条清輝(ほうじょうきよてる)は、見えはじめた居待月には目もくれず、ひたすら不味い酒を飲んでいた。大池を臨む二の丸御殿の中、脇息へふんぞり返り、乱暴に扇子を打ち鳴らしながら、時折思い出したかのように音を立てて、盃から腹へ酒を落とし込むのである。傍らには、ギヤマンの箱に恭しくしまい込まれた子どもの頭ほどの塊――殺生石のかけらが鎮座していた。


 清輝の腹は今や、酒の力など借りずとも充分、たぎるように熱い。小栞(こじおり)侯となってからこちら失態らしい失態もなく、確実に富を拵えては風流の道を歩んできたこの男にとって、はじめて味わう煮え湯のせいである。

 今は御殿に、鳥獣惣士筆頭の風間甚蔵(かざまじんぞう)と数人の手下どもを呼び集め、逃げた娘を残らず捕らえる算段を練っているところであった。


「生死を問わずというなら話は早い」と、甚蔵の野太い声。「そう言われると逆に、傷一つつけずに捕らえたくなるのが俺の性分ではあるが、な」


 貧乏人から金を巻き上げ、畜生働きの盗賊へ施し、命乞いをされれば殺す。ぼやを消して胸撫で下ろす者あればすかさず火を点け、罪人が召し捕らえられれば役人を殺して逃がし、この子だけは助けてと懇願されればまず子を殺す。それがこの男の生き様であった。


 六尺はありそうな上背に帷子を着流し、長大な打ち刀を落とし差しにした男が、柱に背を預けていやらしい笑みを浮かべていた。爛々と輝く目は吊り上って大きく、平たい顎は虎髭で覆われ、どこまでが揉上げやら定かではない。いささか品格が足りないが、豪傑と呼ぶにこれほど相応しい男もそうはおるまい。


「どうでもよい。要は、噂が方々に知れ渡る前に口を封じればよいのだ。美玉(びぎょく)様のためとはいえ、今回は女をどうこうということであるから、お耳に入ればよい顔はされまいからの。娘など、血を搾り取れればそれでことはたりるのだ。この際、親兄弟に隣近所の者も含め、皆殺しにしてよいぞ」

「口を開けば血を搾ると、やかましい奴よ。俺が一日に娘一人でこうして扱き使われている傍ら、その血吸い鬼とやらは丹精込めて搾り取った娘の生き血とはな。馬鹿馬鹿しくなってくるわい。いくら人が斬れればそれでよいと言ったからとて、これではあまりに違いすぎる」

「どの面でそのようなことを抜かすか。一日に一人の約束だというに、日に四人も五人も喰い散らかしおって。おかげで仕事が捗らんわ」


 清輝の声が次第に高くなるのを、甚蔵は心地よさげに聞いている。他者の怒声や金切り声は、この男にとって子守唄にも等しく心を安らがせるのであった。ゆえに、機嫌はいよいよよろしくなり、声にからかいの色が帯びる。


「その大事な娘どもを逃がしてしまったのは、家柄血筋ともに申し分ないお侍様方だからな。これはもう、見てみぬふりをせぬわけにはいくまい」

「やかましい。殺生石の手柄はその方へ譲ってやるのだぞ。いざ血吸い鬼が渡ってきたとしても、貴様はあだや疎かな扱いはされまい」


 頼りなげに揺らめく燭台の光を受け、手垢の浮かび上がるギヤマンの箱の上、清輝と甚蔵の眼差しが交差する。


「まぁいい。斬れと言われて文句は言わん」それから部屋の隅に控える手下どもへ、「おのれらもしっかり殺して腹を満たせよ。小栞侯自らの大盤振る舞いだからな」

「おうおう」


 御殿の真新しい畳の上を、汚れた足のまま我が物顔でのし歩く南蛮鬼(なんばんおに)らが、騒々しく請合う。根っからの殺し好きという血染め頭巾、船を転覆させるのが生き甲斐の青人(あおびと)をはじめ、本来はそう悪い妖怪ではなかったはずの炭鉱鬼(たんこうおに)や家守小鬼(やもりこおに)ら。手に手に、屠った獲物の血潮が染み込みすっかり赤錆びた殺し道具を握り締め、既に逸る気持ちを押さえきれぬ様子であった。


 おおん。


 ――と、御殿の外で雷鳴じみた咆哮を上げるのは、封国(ほうこく)に古より住まうという巨躯の赤鬼。一丈を遥かに上回る裸体に虎皮の褌を締め、人の背丈ほどはあろうかという金棒をいともたやすく振り回す。


 「いざ」という甚蔵の掛け声に、今や遅しと待ちわびていた妖物らが城下へ繰り出そうとした刹那。


 北かと思えば南から、足元かと思えば頭上から、近くと思わせて遠くから、えもいえぬ美しい横笛の音色が、風に混じって微かに耳へ届いた。合わせるように、今度は鼓の音が高らかに鳴り響く。清輝、甚蔵はもちろんのこと、御殿に居合わせた南蛮鬼どもまでが声を潜め、耳を澄ませて聞き入った。やがて笛と鼓の音が収まっても、みな余韻を味わうためか、月夜の静けさに身を委ねた。


 それを見計らったように、今度は静寂を引き裂く凄まじい音が響き渡った。何匹かの小鬼が「ギャッ」と叫んで耳を塞ぎ、苦しげにのたうつ。甚蔵は顔をしかめつつも、どこか遠くの空でギヤマンの窓が投石に破られるような音を聞きつけていた。間を置かず、御殿の障子を突き破り、唸りを上げつつ飛来した一本の矢が、清輝の膝を掠めるようにして突き立った。


 憚りもせず、肥え太った体には不釣合いなか細い悲鳴を上げてひっくり返った清輝に代わり、足音高く近づいた甚蔵が矢を引き抜く。白羽八目の鳴鏑(なりかぶら)であった。弱い物の怪は、この矢が空を切り裂く音だけで参ってしまう。何者かが「蟇目(ひきめ)の法」を用いたのだと察された。同時に、僧都(そうず)どもが脅されて張り巡らせた結界を打ち破る目的もあったのだろうと読み取る。矢幹には流麗な墨跡で「世直鳥獣(よなおしちょうじゅう)」としたためられた紙が巻きつけてあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。