四十四 白いの、まやかす
大手門を出たところで、雅寿丸と追儺は花江と落ち合った。やはり白犬を恐れる化け猫の花江に、万が一飛びつくことがないよう、今日も雅寿丸が犬の相手をして待っている。
花江から娘たちの居場所を聞いた雅寿丸と追儺は、大手門を左に見つつ逆川を泳ぎ――追儺は不可思議な術を用い、水面を歩いて渡った――、城壁を乗り越えて城の内部へと忍び込んだ。
見張りに放されていた妖怪避けの白犬らは、雅寿丸の手によって口を縛った上に離れた木へ繋ぎ止められた。連れ出した娘たちを逃がすため、花江がここへ縄梯子をかける手筈になっている。
今は見咎められぬよう、それぞれ鼬と狐の姿である。同じ理由で、雅寿丸は愛刀を〈あわ雪〉に置いてきていた。娘たちを無事に連れ出すことだけが目当てなので、大立ち回りははなから避けるつもりであった。厳しい顔つきで城郭内を見回る侍たちの目にさらされぬよう、堀の石垣を伝って本丸を目指す。
進むにつれ、見回りの侍が一人二人と増えてゆくと、ほどなくして本丸に作られた大池が見えてくる。池の真ん中には丸い島が一つ浮いており、粗末な小屋が建っていた。島へ通じる橋らしきものは架けられておらず、池の縁に小舟が一艘浮いているのみ。
「あれが花江のいっていた『鳥小屋』だな」
「そのようだ。しかし、侍の数が多いね」
「どうする」
問われて追儺は赤い目を伏せ、上品に首を傾げて思案に沈んだ。
「右に御殿がある」尖った鼻先の示す方に、なるほど見栄えのする屋敷があった。「あそこから騒ぎが見えないように、小屋を挟んだこちら側に、しばらく見張りをすべて引きつけよう。ぬしはその間に娘たちを連れ出せるかい? 橋がないのは厄介だけれど」
「おう、水際のことならばおれに任せろ! これを見てくれ」
言うなり大鼬は尻をつけて両前足を地面から離し、長い胴体の前で手のひらを広げて見せた。熊のような長い爪が並ぶ指は、猿のように長い。その指の間には、獺と比べてはあまりにも貧弱ながら、小さな水かきが見て取れる。
雅寿丸は得意の泳ぎで小舟を引きつつ池を往復する算段であった。この方法であれば、小島から連れ出す娘の人数を、雅寿丸一人分――小柄な娘であれば二人ほど多くすることができる。
「良い手をしているね。それでは、任せたよ」
縵網相は、衆生を救う者の手だ。だから月は、この鼬を選んだ。追儺は雅寿丸の前足を見て、冗談ではなしにそう思った。
大鼬と別れた白狐は、本丸の南西にあるごく小さな竹薮へ身を潜めると、人の姿に変じた。顔にかかる面は――恐ろしげな般若である。大池を臨み、侍の散り具合を見計らうや、小声で呪文を諳んじながら、狩衣の袖の中で次々と印を結び始めた。
「蝦蟇、鼠、牛頭、馬頭、妖鳥、破れ車、鵺、泥田坊、毛羽毛現。蟹坊主、わいら、鳴釜、煙々羅、天狗、おとろし、文車妖妃――」
にわかに濃い霧が立ち込め、竹薮を取り巻いた。しばらくはただ、竹の合間をたゆたうだけであった霧は間もなく、いくつもに細かく分かれだし、次第に何かの形を成してゆく。
「――幻界、百鬼夜行抄」
言うや否や、無数の霧の塊は図画で見るさまざまな妖怪の姿へと変じたのである。鬼や付喪神、恐ろしい面構えの獣などが列を成し、竹薮から本丸を目指して練り歩きはじめた。
侍の一人が声に気づいて振り返り、竹薮を見て叫び声を上げた。たちまち「どうしたどうした」と侍たちが、各々持ち場を離れて駆けつけて来る。
「あれは何だ。我らを食い殺そうというのか」
「いや、見ろ。徒党を組んで小栞に害を成さんとしておるのだ」
「どうする、どうする叩き切るか」
「待て。相手は妖物、僧都どもか、鳥獣惣士どもを呼ばなければ我らに勝ち目はない」
「いかにも。ましてやあの数だ」
「知っておるぞ。あれは百鬼夜行といって、妖物どもが群を成して練り歩く怪異だ。息を潜めて静かにしておれば気づかれずにすむ」
「よし。みな音を立てるな」
恐ろしさ半分、興味半分の侍たちは、お役目も忘れて百鬼夜行に見入り、何をするでもなくただ息を潜めていた。




