十九 長いの、荒事に飛び入る
日銭を稼ぐということならば、口入屋以外に手がないわけでもない。渡世狼士として封国中を渡り歩き、並み居る悪玉妖怪と日々切った張ったを繰り広げる者であれば、それなりに腕は立つものとみなされる。後ろ暗い商家や賭場などに顔を出せば、飛び入りで用心棒の働き口があるかもしれない。そうでなくとも、狼士たるもの、身を助ける十八番の一つ二つはもっているもの。己の技を大道芸と割り切れば、一宿一飯の宿賃くらいは稼げるものである。
まずは後者を試みることに決めた雅寿丸。今いる中町も人どおりは申し分ないが、せっかく知らぬ町へきたのだからと、裏通りも覗いてようと思い立つ。脇道を折れ、研屋町と紺屋町の真ん中へ出ようとした――矢先、
「その金を寄越しゃあ、命までは取らねェと言ってるだろうが」
なにやら穏やかならざる男の声が、裏通りから聞こえてくるではないか。元来、どうでもよいようなことでも一々見て聞いて、首を突っ込まずにはおれない性分の雅寿丸である。後先のことを考えるより早く、声のする方へと向かったのはいうまでもない。
「これは……この金は、わたしが長年、少しずつ貯めてきた金なんです。簪を買って、娘の門出を祝ってやりたいんです。本日中に、どうしても職人へ届けなきゃならんのです」
「簪と命とどっちが大事か、まさかわからねェことはあるめェ?」
「どうかご勘弁を……ご勘弁を……」
「親父さんよ、俺たちゃそう気が長ェほうじゃねェんだ。ついこないだも、いいところで余計な邪魔が入って、気が立ってんだぞ! 悪ィこた言わねェからとっとと――」言い差して、やおら振り返る。「……て、さっきからなんなんだ、てめェは」
雅寿丸に指を突きつけたのは、二人組の若い男のうちの一人だった。髪を鯔背銀杏に結って粋がっているつもりらしいが、どうも垢抜けなくていけない。二人とも、擦り切れた着流しの裾を尻っ端折りにし、匕首をこれ見よがしに懐へ差している。いかにもといった与太者の風情だが、その言い分はもっともであった。
与太者らは、路地の隅にどこぞの親父を追い込み、凄んでいたのである。そこへやってきた狼士風の大男は何をするわけでもなく、人懐こい笑みを浮かべたまま興味深げな眼差しで、ことの成り行きを見守っているだけ。親父を助けるわけでもなければ、与太者らに混じって金を巻き上げようというのでもない。割って入ってくるのであれば、親父としてもこれ幸いと助けを求めることができようし、与太者らとしても「邪魔立てすると云々」と啖呵をきりやすいのだが――これではどちらにとっても、居心地が悪いことこの上ない。
「うむ。なんなのだろうな?」懐手のまま童顔をもっともらしく改め、雅寿丸は男に同意した。「なにやらただならん様子に来てみたはいいが、金だの簪だのと話がややこしくなって、途方に暮れていた」
頭を掻きながら笑う、背丈だけはある男に、与太者二人はしばし、親父の処遇さえ忘れて顔を見合わせた。
「変な奴だな。放っておこうぜ」
「おうよ」
「うむ、こっちのことは気にせず続けてくれ。おれはもうしばらく様子を見ておくことにしよう」
ここで「待て」だの「やめろ」だの言われて邪魔が入るのは、実によくあること。与太者らも、そういう筋書きの切り替えしであればいくらでも用意していた。しかし、先を促されるなど聞いたことがない。成り行きに逆らって親父を逃がせば思う壺のような気がするし、言われるままに恐喝を続けるのもなにやら癪である。
「金はもういい。身包み置いて行っちめェ」
面倒臭くなり、大男のいいなりにならず、それでいて親父を逃がさずにすむこの要求で腹の折り合いをつけた鯔背銀杏であった。言いざま、親父の胸倉をつかみ上げて激しく揺さぶる。
雅寿丸はようやく心得顔で頷き、大きな図体を親父と与太者らの間へ捻じ込んだ。
「よし、決まった。おれはこの親父さんに助太刀するぞ」
「だから、いったいなんなんだ、てめェは。今の今になって助太刀なんざ、わけがわからねェぞ」
「それはだな」なぜか照れくさそうに笑い、雅寿丸は言う。「おれは手習いの師匠によく粗忽者だと言われていてな、こうと思ってしたことが裏目裏目に出ることがままある。だからこうして、動く前にものごとをよく見てだな、その上で決断するというのが得策なわけだ。おまえらも覚えておいたほうがいいぞ」
「よく見るってなァ、俺たちがこの親父を脅していたのは見りゃァわかるだろうが。なんだって俺らに出くわしたとき、すぐに助けねェんだ?」
脅していた当人が、なぜすぐに助けんのだと詰め寄るのだから、あべこべである。大男を除いたその場の者はみな、あやしげな幻術にでもかかったようなありさまであった。親父といえば今でも胸倉をつかまれたままではあるが、もはや些かの恐怖も感じていない様子だ。
与太者二人はすでに、金も身ぐるみもどうでもよく思えてきていた。それでもなんとか、匕首を抜き放つ気力を残していたのは見上げた根性である。
「わかった……やい、田舎浪人、詫びだけ入れろィ。見てのとおり、俺たちゃ任侠道に生きる男だ。けじめさえつけりゃ、もうなにも言わねェさ」
「なんだ? いいか、本当に悪いことをしたと悔いる心があれば、おのずと頭が下がるものだぞ。さしたる理由もなしに詫びの安売りはできんなあ」
「ええい、抜かしやがる。こういう生意気なことをうそぶく餓鬼ァ、ちょいとばかり痛い目見せてやらねェとわからんらしいな」
「よしきた。望みどおり、おのずと頭を下げさせてやらァ」
こういう場面はお手の物である与太者二人。雅寿丸の左右に飛び退ると、抜き放った匕首を構えて躍りかかってきた。
鈍くさそうに見えた墨染め袴は、見かけよりも軽やかな身のこなしで匕首の刃を避けた。
「やいやい、侍のくせに逃げるなんざ、恥ずかしくねェのかよ」
「そうだそうだ。堂々と勝負しろィ」
囃したてられ、雅寿丸は困り顔で唸った。
「おれは侍ではないんだがな」
「どうした、竹光だから抜けねェのか?」
「違う違う。これは天下に二つとない妖刀だぞ」
胸を張って答えたところ、与太者二人は馬鹿笑い。
「妖刀だとよ。そんなご大層なもんが、てめェのような浪人風情の手にあるもんかィ」
すると雅寿丸、気を悪くすると思いきや、さにあらず。誇らしさの隠しきれない笑みを浮かべ、刀の柄に手を伸ばした。