十七 長いの、小栞宿に至る
童顔に大柄な袴姿と、朧に輝く狩衣姿の二人が、揃って西番所に差し掛かると、左右から槍を物々しく構えた侍二人が行く手を遮った。妖物が何食わぬ顔で町を出入りするようになった昨今、関所や町の出入り口に設けられた木戸門では、厳しい人相改が行なわれている。「入り鉄砲に出女」などといわれていたのは今や昔のこと。このごろはそれよりも、よからぬことを企む悪い妖怪に出入りされてはたまらない。
「人相改である。身の証となるものを見せい」
居丈高に恫喝する侍に臆するふうもなく、楽しげな顔のまま、雅寿丸は懐に手をやる。両懐をかき回し左右の袂に手を突っ込んでからもう一度懐へ手を戻し、皺だらけになった一枚の書状を取り出し「これでいいか?」と笑った。
「しばし待てい」
いちいち怒鳴らずともよいものを、侍は大声でそう言い置き、書状を開く。左右の二人が争うようにして読んでいるのは、あの鳥獣手形であった。その土地土地で力を持つ善玉妖怪が書き記したお墨付である。化け物だの物の怪だのといえば、人々はつい悪しき妖物を思い描いてしまうことを慮り、善玉妖怪は鳥獣の一つとして扱われる。「怪の物」が「怪物」に変じ、しまいに「獣」となった――というのが通説だが、定かではない。
「この、鳥獣行者なんとかというのは、何だ」
問われて雅寿丸、後ろを振り返る。さして離れていないところに、追儺はいた。ただし、一度目にしたなら振り返ってでももう一度見ずにはいわれないほど整った顔は見えず、そこへは代わりに張子の白い狐の面がかかっている。どう見ても、外を見るための穴が空いていないような気がしてならない。面の、赤い引き目をしばし見つめたあと、雅寿丸はなんでもないことのように言った。
「男前の物の怪だ」
もう少しましな言い草はなかったのかと思うところだが、幸いなことにこの侍たちは納得したらしい。結構なことである。
「ふん、それでお前、鎌鼬か」見上げた先の大男があまりにも邪気のない笑顔でいるので、いささか拍子抜けした侍の口調は、いくぶん柔らかなものとなる。
「そっちの姿を見せてみろ」
「おう、わかった」
緊張して槍を握り締める侍二人の前で、雅寿丸は帯から刀を抜き取り、足元へ静かに置く。いち、にの、さん、でとんぼ返りをすると白煙が湧き出して、その姿は長い胴の獣に変わっていた。鼬としてはあまり見かけない、黒と白、毛色の加減でそう見える灰色の取り合わせだ。
物の怪の往来には慣れているのか、さして驚いた様子もなく、侍二人は顔を見合わせて頷く。
「よし、とおってよい。鳥獣諸法度はよく守るように。くれぐれも騒ぎを起こすなよ」
「うむ、心得た」
笑って再び宙返りをし、足元の刀を拾い上げて越しに差す。この鎌鼬の転変術もずいぶんとさまになってきたようである。
返してもらった手形を懐にしまい込み、西番所をとおる雅寿丸の後ろを、狐面の狩衣姿が続いた。大仰にも三重になった木戸門をすぎたあたりで雅寿丸は足を止め、振り返った。
「おまえ、よく門番に止められなかったな」
「うん。面倒だから、人の目に留まらない術を使ったのさ。門番たちはぬしに掛かりきりだったから、上手くいったよ」
「ほほう。重宝なものだなぁ、仙狐の術というものは」
そういう次第で鎌鼬と白月狐は、小栞宿へと足を踏み入れるに至った。