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世直し鼬 雅寿丸  作者: Ryo
■恋患う狸の煩わしきこと
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十六 長いの、合点がいく

「儂は狐狸連(こりれん)からある密命を帯び、乞食坊主に身をやつして諸国を転々としとる」


 横から「今は、狸狐連りこれんだろう」と冷ややかな声。物の怪間での狐忌避はこのところさらに強まり、白月狐の棟梁は昨年、自ら狐狸妖怪を監督する立場を退いた。今や名まで狸狐連と改められ、狐狸たちは喜左衛門狸ただ一人に率いられている。


 妖狐襲来以降、心ある諸侯はことごとく改易させられ、領地は美玉にへつらう旗本や御家人どもへ、無造作に投げ与えられた。美玉の息のかかった新たな諸侯は当然のことながら、渡来妖怪と通じて禍つ石――殺生石の行方を追うことを奨励されている。そもそも美玉が清国からこの国へやってきたのは、飛散した殺生石を集めて玉藻前(たまものまえ)を蘇らせるためだという。


「ここいらは少し前まで、掛川といったんじゃ。今は北条清輝ほうじょうきよてるいうのが政を取り仕切っとる。こいつがしょうもないやつでな。代々仕えてきた惣士たちのほとんどを放逐し、代わりに渡来妖怪を大勢召抱えたそうじゃ」


 薄汚い僧侶姿以外に人の姿を取れぬ禿狸だが、物への変化にことのほか長じていた。小栞宿(こじおりしゅく)に腰を落ち着けた慶吾(けいご)は、桶や丸太、庭木に化けて、少しずつ内情を探っていたのである。


 三十六(みそろ)の慶吾は頬の左右に大きな笑窪をこしらえて胸を張った。


「ほいで、今日のことじゃ。その渡来妖怪の頭がどこぞから殺生石のかけらを我が物にし、これを手土産として北条某に取り入ったちゅうことがわかった」

「なるほどね。渡来妖怪の親玉は、禍つ石を持参して惣士に収まり、小栞を餌場にできる。小栞侯は美玉に禍つ石を献上し、さらなる寵愛を受けられる」

「幸いにも殺生石はまだ、あの女狐の手ぇには渡っとらんようじゃ」 見つめてくるやたら器量の整った顔に、悪童めいた笑みを寄越す。「今度こそ、石を取り返し、白月狐に預けておけば間違いないとしろしめす好機と思うが。おんしが封国(ほうこく)じゅうを膝栗毛しとったまことの本意、これじゃろう? 儂も、志を果たして国元に帰れば顔が立つ。な、どうじゃ?」


 硬い表情のまま黙り込む追儺(ついな)へ、雅寿丸(がじゅまる)がさらに問う。


「むむ、追儺の里の狐たちは、ここらの物の怪にその、集めるとよくないことが起こる石を奪われてしまっていたのか?」

「まろたちが奪われたわけではないかな。殺生石のかけらが美玉(びぎょく)の手に渡らぬよう、力ある物の怪が分けて守っていると昨夜話しただろう。石は全部で五つ。河童連(かっぱれん)の棟梁、筑後の九千坊河童くせんぼうがっぱ。播磨の長壁姫おさかべひめ。狸狐連の棟梁、伊予の喜左衛門狸(きざえもんだぬき)天狗連(てんぐれん)の棟梁、京は鞍馬山の魔王天狗(まおうてんぐ)。狸狐連の棟梁、同じく京は愛宕山の白月紫宸しらづきのししんがそれぞれ預かっていたのさ。けれど、先ほどこの狸坊主が言ったように、美玉と同じ狐に殺生石を預けるのはどうかという声が上がってきた」

「まぁ、ほいだけじゃあなしに、京に二つもかけらが集まっとるのも無用心ちゅうのもあったわい。集まって話し合い、白月狐の殺生石はひとまず、紀伊の清姫きよひめに預かってもらうことになったんじゃが……」慶吾は、目の前で大男が指折り数えて頷くのを、いささか頼りなく思いつつ言葉を続ける。「愛宕山から真砂へ、かけらを運んでいるところを待ち伏せされて奪われてしもうたんじゃ。もう十年になるか。以来、かのかけらは幸いにして美玉の手に渡ることこそないが、奪われたり奪い返したりを繰り返しながら、国中を転々としておった」


 雅寿丸は「ううん」と唸りながら顔を上げ、小手をかざして掛川城――改め小栞城を見晴るかした。口元に浮かべた楽しげな笑みはそのままに、しかし那智黒の双眸には何らかの決意が潮のように満ちつつある。


「追儺が探している石が、あそこにある。おれの追っている下手人も、あそこにいるかもしれん。慶吾の志も、あそこで果たせる。どうだ、ここは一つ、おれたちと手を組まんか?」


 がき大将がいたずらの誘いを持ちかけるように笑いかけられ、言葉に詰まった狸の化身は口を尖らせた。降りた沈黙に、しばらく居心地悪そうにしていたが、なにを思いついたかわざとらしく手を打って見せ、早口にまくし立てた。


「こりゃいけん。儂はあん娘から目を離せんのじゃ。すまんが失礼させてもらうぞ」


 背中の菅笠をひっつかみ、横目で追儺に一瞥をくれてから「儂ゃ、おんしが好かんのじゃ」と付け加える。よほど慌てているのか、二、三度転びかけつつ、赤と黒の眼差しを背に受けるままに木戸門の中へと消えていった。


 そのむこうからは、この日最後の一仕事とばかりに声を張り上げる、菜売や豆腐売、納豆売の口上が聞こえてくる。虫の声はより高まり、夕刻といって差し支えない刻限となっていた。 菅笠姿を見送った雅寿丸は、さして気落ちした様子もなく追儺を促した。


「それじゃあ、おれたちもゆくか」

「そうだね」

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