第八十五話
コレイト・ムサソーダは玉座の間にフェーバル王を始めとした王族に加え彼等の側近に近しいフロランス侯爵等を集めていた。時系列にして孝雄実たちが王都へと観光に出ている間、ムーレリア達が自室で今回の調印に関して感慨に耽っている間である。
「一体どうしたのかな、ムサソーダ侯爵」
本来取り次ぎの人間が事情を尋ねる役割を果たすが、この時はフェーバル王自らが彼に問い掛けた。と言うのも、詠唱派を謳う者ではムサソーダを除けば極僅かしかこの場に居ない。他は皆詠唱派を苦々しく思うか、甘い汁を啜る事を好まない者ばかりであるからだ。
「本日陛下を始め皆々様にお集まりいただいた訳は……デムレストア帝国との条約締結を取り辞めて頂きたくお願いに参上いたしました」
膝を着いて話すムサソーダは理由を一度溜めてから恭しく話し頭を下げた。しかし案の定、彼の言葉に周囲の者は呆れた様に言葉を漏らした。
「ふむ。理由は?」
フェーバル王は敢えて彼に尋ねた。国政を司る者が好き嫌いと言う理由だけで判断する事が罷り通っては立ち行かない。どの様な小さな組織でも必ず我慢は求められる。
「陛下、魔族との国交を結べばどの様な事態に見舞われるか予測出来ないからで御座います。加え、学術省内に於きまして不安に思う者も少なくはないので御座います」
「確かに予測は出来ない事も有るであろう。しかし、余は交渉相手のムーレリア皇女を信用足りる者として今回の条約締結に臨むと決めたのだ。ムサソーダ侯爵の懸念する問題もあるだろうが、対策も取りうる範囲内であると考えるぞ」
フェーバル王の言葉に数名が頷いている。こうした想定問答は予め準備されていたのだ。
「流石は陛下で御座いますな。しかし、その範囲に止められなければ如何なさいます?」
「それはその時に対応すればよいと余は考えるが?」
そうフェーバル王が話した時、腹心の位置に付いているアレンゼントル・デレッロ・ストランデス・フロランス侯爵が話しに割って入る。
「申し訳ないがムサソーダ卿、これより陛下は調印式に臨まねばならない。残念ではあるがこれで話しを終了して頂きたい」
爵位上同格の二人であるが権力において開きが有る。ムサソーダは王宮内で国政だけを預かる貴族であるのに対し、フロランスは領地を持つ貴族である。大臣格では同列だが、権力のバランスを考えドットゥーセ王国では前者の貴族が同格の場合上位に位置している。
だからこそアレンゼントルは丁寧な言葉使いでムサソーダに話し掛けているのだ。
「残念だが、フロランス侯爵よ。そう言う訳にもいかんのだよ」
ムサソーダがそう言うと指を打ち鳴らした。次の瞬間この場に参集した二十八名が突如として意識を失い地面に伏してしまうのであった。そして立ち入りが禁止されている筈の場所に多くの兵士が入って来る。そして彼はその者たちに命令を下す。
「傷を決して付けるでないぞ」
ムサソーダは後ろに控える貴族と兵士にそう告げると立ち上がる。
「承知致しました」
一人の貴族がそう言うと満足そうに頷きムサソーダは玉座の間を後にするのであった。
「あと一つか」
孝雄実は投擲し終わった魔法で製作した槍を眺めながらそう言葉を発した。既に四回経験したことで外れる事が無い事を確信している。
「他の二組も順調に行動しているな」
「ええ、ゲリットさんの方が幾分早いですね」
ツイーテアとサラは二か所を見てそう述べた。曇っている為に第五城壁上にある塔が蒼白く光っていたものから赤色へ変化している。これで十二個ある内、残り三か所となった。
「本当にすごいわね…」
「うむ」
爆音と共に吹き飛んだ塔の光景を見てそう呟いた。破片も粒子と成るほどであり、下に居るであろう住民に被害らしい被害はなかった。
「順調だな。魔力は大丈夫か孝雄実?」
「問題ないですよ、ツイーテアさん。さあ次に行きましょう!」
そう言う孝雄実は城壁を来たに向かって進み始めた。城壁上に有る塔は二つを繋ぐ入り口が施されていない。故に塔に進入する場合下から登らなければならない。しかし、孝雄実の魔法攻撃は塔諸共粉砕する為次へと向か新たな道が創りだされる。ツイーテアはここまでを想定して六か所と指定した訳では無かったが、今彼女は自身を褒めるべきだと思っているのであった。
結果として割り当て目標を最初に達成した組はゲリットたちであった。次いで孝雄実たち、最後にエレオノーラ達となった。理由は簡単である。ゲリットたちはワレンスナ等を仲間に加え作業がはかどった事だ。孝雄実たちは単純に移動距離の問題である。
そしてエレオノーラ達が『クラッシュ』を起動させた瞬間、事態が急変する。
「成功だな。これで姫たちも解放されるであろう!!」
ツイーテアはそういった瞬間に彼女たち魔族の魔力が戻り始めている事を察知した。
「良かったわ。見て!」
視線を下にやったサラは二人にそう告げた。今迄暴れ回っていた冒険者が嘘のように静まり返り、中には呆然とする者、気を失う者、そして混乱する者と数種類に分けた反応を示すのが見てとれた。
「やはり操られていたようだな…」
その光景を見て、ツイーテアは予想が核心へと変わった。状況は好転し、警備兵が次々に冒険者等を拘束していく光景が見られた。
「さて二組を拾って王宮へ向かおう」
彼女はそう言うと孝雄実とサラの腕を掴み空間魔法を使用して最初にエレオノーラ達に元へ向かうのであった。
一方魔力供給を断たれた魔族たちムーレリア一行は孝雄実たちの行動によって息を吹き返した。最初は魔力吸収量が強い者から目を覚ます。その頂点はムーレリアである。
「ぐっ!」
「はっ!!」
ムーレリアの親衛隊を務める剣士たちが次々に目を覚まし始める。
「此処は何処だ?」
隊長格の男は周囲を見渡して呟いた。他の者も同様に状況把握に努めている最中である。
「ひ、姫は何処に!?」
他の剣士がそう言うと男はハッとなって頭を切り替える。自身の役目はいざとなればムーレリアの盾と為り散る事である。その対象者の所在が判らない状況なのだ。
「落ちつけ!これより行動を開始する。皆武器は?」
自身の武器が無い事は分かっている。他の者も同様だろうと望み薄な中尋ねた。
「ありません!」
一人を皮切りにその声が全員から伝えられた。
「仕方ないな。相手は武器を持っているやもしれん。気を引き締めろ」
仮死状態から暫くは魔力が体内で馴染むまで実力の半分しか出す事が出来ない。そうなると人間相手でも大怪我、下手をすれば死亡する事も予想出来る。
「しかし、何故ここで魔力供給が断たれたのだ?」
「わからん。馬車に魔鉱石を積んでいる以上そうはならんのだが…」
今一状況が飲み込めない剣士等は小声で話しながら周囲の警戒に当たる。
「ここはどこなんだ…」
室内を出て周囲を見渡すが初めて見る場所であることには間違いなかった。
「王宮内である事に間違いは無いのですが…」
一人が周囲を見渡し造りが似ていると判断しそう告げた。
「隊長、この先に我が国の者の気配を感じます」
「そうか、先ずはそこへ向かおう」
ツイーテアを除けば唯一魔力の気配を感知できる剣士が報告した。ただ、彼女は魔力で個人を特定できるが彼は誰かが居ると言う程度である。その程度ですらこの中では重宝され、如何にツイーテアの能力が特殊であるかがお分かりとなろう。
「ば、莫迦なっ!!」
コレイト・ムサソーダは玉座の間より移動した後とある部屋へと移動した。そこにはムーレリアと執事のホレムが椅子に座らされ、拘束されている。だが、今まだ遮断していた魔力供給力が正常に戻った事を感じ取った。
「一体だれがあれを破壊したと言うのだ!?」
そう言ってムサソーダは懐から球体を取り出した。それに魔力を流し込むと自身が見たいと思う場所を映し出す事が可能となる。その反面膨大な魔力消費が求められる為、本来ならば使用できない筈である。
「くっ、使用出来るか…こいつ等が壊したと言うことか!!」
そこには孝雄実たち三人の姿が映り彼の瞳には憎悪の色が宿っていた。
「グッ…」
くぐもった声が室内に広がり、ムサソーダはその声を耳にした。
「お目覚めですかな、ムーレリア姫」
平然を装い、声を掛けるが額に浮かぶ汗だけは拭う事を忘れていた。それでも彼女は未だ意識が朦朧としている最中である。だが、何れ自身の有利が崩れ去る事は確定している。何と言ってもムーレリアは実力至上主義を地で行く帝国の皇女である。そして時期皇帝の最有力候補である。
「ぐ、ぐぅ…ここはどこだ…」
何とか言葉を話すだけの力を戻していた彼女はムサソーダに問い掛ける。視力は未だ戻らず、だが、微かに魔力を感じるだけで彼女の中では同族という認識で止まっていた。
「ここは王宮の一角に有る場所だ。申し訳ないが姫には此方で朽ちて頂かねばなりません」
「何を莫迦なことを…仮死状態の段階で出来ない事をこの状況で出来る筈が無かろうが……」
言葉を発するにも魔力を消費する為に彼女の呼吸は依然苦しい。しかし、彼女は敢えて回復しつつある魔力を言葉に乗せて目の前の者に話し掛けた。
「ふふ、何を言うかと思えば待っていたのですよ。仮死状態から戻る姫を」
未だ視力が戻らない事をいい事にムサソーダは強気に出る。
「そうか。それで私を待っていた事で何をしたいのだ?」
そう言いつつ彼女もまた状況を覆そうと抵抗を試みる。視力が戻らず、どうするかと思えば目隠しを為されている事に気が付いた。そして両手首は後ろで拘束されている事にも気が付いた。
「迷惑なのだよ。長々と築いた我が王国を崩壊されるのはね」
その言葉にムーレリアはピクリと反応を示した。
「なるほどお前が親玉であったか…」
声には息苦しさはもう含まれていない。彼女自身気が付けば隣にいるホレムすら感じ取れるまで魔力が戻っていた。
「親玉だと…何を言うのかと思えば…いいか、俺はこの国の真の支配者だ。親玉と言う言葉は控えて貰おう」
ムサソーダはそう言うとムーレリアの頬を叩いた。室内が狭く音が響く素材を用いた造りであった為一度の行為でも大きな音に感じられた。
「それだけの力しかないのか。それでは仮死状態でも殺す事は出来ないな」
ムーレリアは大した傷も無く目隠しされた顔を上げてムサソーダへと向ける。
「ふんっ、そう言っていられるのも今のうちだ!!」
彼はそう言うと手を二度鳴らし外にいるのだろう者に知らせを送った。
「ムサソーダ卿、如何致しましたか?」
入って来たのは貴族の衣装を身に纏ったものであった。
「うむ。例の物を準備して貰いたい」
口調も雰囲気も通常に戻したムサソーダは彼らにそう告げた。それを聞き及んだ彼等は頷くと一度部屋を辞した。
「ふふっ、どうして私がお前を殺そうとしなかったか。簡単な事だ。お前の苦しみ悶える姿、声が聞きたいのよ。不思議に思わなかったか?手枷が外れない事を?」
そう言われハッとなってムーレリアは両腕に力を込め外側へと動かそうとした。しかし金属音が響き渡り、それ以上動かせなかった。
「これは…」
「残念ながらお前は魔力が戻っても力は発揮できないと言う事だ」
そうムサソーダが言葉を発すると先程の貴族たちが戻ってきた。
「準備整いました」
「うむ。では参ろうか」
そう言って足音が外へと遠のいたのを彼女たちは耳にした。そして、後を追う様にムーレリア達も移動を開始させられるのであった。
「ブラック!ホワイト!!」
孝雄実は感動の再会を果たした。二頭の虎も暫く会っていなかったかのような喜びであった。
結界が発動する最中、二頭は人が見回りに来ない場所に避難していた。それも室内に有る孝雄実たちの荷物を伴って。孝雄実とサラを除けば武器が無ければ戦えないのが実態だ。それでもマリアンとキャメルは格闘術も嗜んでいる為負けはしないが結果を出す事は出来ない。奇しくもアレンゼントルの息子にして子爵であるゼッセンが彼女等の武器を回収していた。それによって彼女たちは三名で立ち回る事が可能であった。
しかし、それ以外の私物が存在せず。ゼッセンは武器以外見当たらなかったと説明していたのであった。
「この子たちが保管していてくれたのね」
「全く。凄いわね」
「本当に有難う。ブラック、ホワイト」
「感謝してもしきれないな」
エレオノーラ達余人の女性は大事に隠し持っていた彼女等の私物を受け取ると、二頭をそう褒め称えた。特に大事にしている物は肌身離さず、がこの国の鉄則である。しかし、それも拠点が存在する場合は異なり、あの時は王都内で観光とショッピングを楽しむ過程であった為私物は極力持たずに出ていたのだ。
「驚いたわ。まさかキャメルと出会うなんて」
ワレンスナは開口一番そう彼女に言った。巻き込まれる形で参加した彼女等は引き寄せられる磁石の様に参集したのである。
「私もです。ワレンスナさん」
キャメルは一貫して彼女に対してはそう話をしている。
「もう。キャメルは本当に砕けた話し方をしないのね。お母さんって呼んでも良いのに…」
少し茶目っ気に話すワレンスナが妙に集団を明るいものに変えていた。
「さて、此処からが本番だ。魔力も回復したにも拘らず一向に動き出そうとしていない姫を思うに厄介な状態に有ると考えていい」
ツイーテアは十二名と二頭になった手段にそう語った。一同も状況が飲み込めているのか先程の和気藹々とした雰囲気は皆無であり、深刻の一歩手前まで進んでいると感じ取った。
「そとは既に解除されたが、問題はこの王宮に有ると私は考えている」
「結界を破壊しても此処は駄目なのか、ツイーテアさん?」
「駄目では無い。でも姫の安否が掴めていないのだ。それに一度は回復した魔力が吸収される事無く失われているのが気になる」
彼女の懸念はそれだけでは無い。彼女が所属する親衛隊ですら満足に動けていないのだ。本来空間魔法を使用出来る魔族は魔力が使用出来れば一っ飛びできる筈だ。それを行えていないのも気懸りで仕方が無いのだ。
とは言え、ここで待機していても仕方が無いとツイーテアは一度ゼッセンが居る事に決めた。本来ならば王宮に乗り込みたいが迂闊に動けば大損害を生み出しかねないという判断である。
「やあ、待っていたよ。全ての結界路を停止出来たんだね」
王宮の庭園に有るとある場所に設けられた小屋に彼女たちは移動した。勿論ツイーテアの魔法を用いてである。
「ああ、貴殿には本当に世話になった。この礼は何れお返しする」
ツイーテアはそう述べると深々と彼に頭を下げた。
「これは外交です。打算を含んだ私の行動ですので」
「そんな事を言っても大丈夫なのか?」
「貴女がそう言う事を気に為さらないと信頼しておりますから」
屈託のない心底信頼している表情と目がツイーテアに向けられ、思わず頬が紅くなった。
「ふ、ではそう言うことにしておこう。それで王宮の様子はどうなっている?」
話しを帰る様にツイーテアはゼッセンに尋ねた。
すると彼はとたんに表情を暗くする。
「陛下を始め主要な王族は拘束、加えて父を始めとした臣下も又同様です。これは馴染みの兵士から聞いた事ですが分散しているそうです」
ゼッセンの齎す情報において王宮内は居たって平然としていると言う。一兵士、王宮で働く者には全く被害が出ていないと言う事だ。
「下々には全く気が付かれていないと言うことか…厄介だな」
彼の言葉にツイーテアはつい言葉を漏らす。それに同調するように周囲の者が頷いた。
「つまり堂々と乗り込めないのは変更なしってことでしょ。なら行きましょうよ」
サラはそう皆に同意を求める様に話し掛ける。ゼッセンはあくまでも支援が主体である。ここで頼りにされるべきは孝雄実たちとワレンスナたちである。
「そうだな。君たちはそれでも大丈夫かな?」
ゼッセンは孝雄実を見た後ワレンスナたちを見た。
「ええ、俺は行けます」
「私も行けますわ」
リーダー格の二人がそう言うと他の者も同意する様に頷いた。
「それじゃあ、此処から王宮に乗り込んで貰う訳だけど…すまないが私の護衛に一人か二人残して貰いたい」
ゼッセンはそう述べた。と言うのもサラとマリアンが囚われていた場所に押し込められたコレイト・ムサソーダ侯爵と名乗る者が同様に存在した事を調査しなければならないからだ。
「ああ、それならセルトとカナに任せますわ」
ワレンスナがそう言うと二人は頷いた。
「有り難い。それでは陛下を始め囚われている場所を説明する…」
彼は新たな図面を取り出し説明を始める。
今彼等が居る場所は地下である。ゲリットやツイーテアと合流した場所だ。
このエリアと王宮のとある一角は繋がりが有りそこへ先ず出る事を説明される。
「先ずはこの武器庫へ進入してくれ。そこは既に王宮の内部だ。そして、陛下が囚われている場所はここだ。残念ながらムーレリア皇女を始めとした方々の所在は掴めていない」
済まなそうに彼はツイーテアを見た。
「大丈夫だ。姫を始め存在を確認出来ている。そこまで移動できないのがもどかしいがな」
「ともかくこれで決まりだな。だったら急ごう。どうにも否か感じがする」
「そうね。ゲリットがそう言うのならば急いだ方がいいわ」
ワレンスナは彼が長年冒険者で培った勘と言う物を正確に評価している。彼がそう言うと決まって現実となるのが判っているのだ。
「場所は伝えた。後は現場の判断に任せる。一般の王宮警備兵は事態を把握していない。あくまでも外で問題が発生していると言う認識だ。だから君たちが入ると取り締まられる可能性が有る事も十分に考慮して欲しい。手前勝手な話しだが本当に申し訳なく思っている」
ゼッセンはそう言うと皆に向かって深々と頭を下げた。
彼は子爵にして時期フロランス侯爵家を継ぐ男である。その様な人物が一平民、家を立ち上げたばかりの男爵等にすること事態異例である。此処までする程に切迫していると彼等は思い知らされるのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
ご感想等お待ちしております。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




