第七十七話
フェーバル王暗殺未遂は事が事である。故に出来得る限り秘匿される事となった。但し、衛兵を始め王宮に勤める者には知る処となっている。故にアレイセン王太子は情報流出を懸念して厳しい態度で臨むという触れを代理として緊急に出すこととなった。
「さてフェーバル王よ。残念なことにあの魔法は魔族の使用する空間魔法と言う物によって奴は現れた。加えて二人はチャームの様な術に掛かっておったな?」
此処は真実を知る者しか集まる事が許されなかった。故に此の場に居るのは当事者の二人と孝雄実、ムーレリアそしてアレイセンの五名が集うことになる。
「チャーム?確かにあの時義父上が目の前で暗殺されそうになっているにも拘わらず体を動かす事、声すらも上げられなかった。それがムーレリア皇女殿下の仰る物なのですかな?」
そうアレンゼントルが尋ねると彼女は頷く。
「然り。フェーバル王ともどもそうだな…椅子や飲み物の瓶に施した術であれば操ることは可能なのだ」
彼女はそう言うと証拠の品を確保しておりそれを見せる。
「これを見よ」
空間から取り出したのは椅子である。四人は取り分けフェーバル王とアレンゼントルは確信している。
「これはそなたらが座っておった椅子だ。そしてこの裏には…」
椅子を裏返すとムーレリアは座の部分に触れる。すると触れた部分から浮かび上がる様に文字が現れた。
「こ、これは…?」
フェーバル王はムーレリアに尋ねる。彼は王でありながら古代文明の研究が好きな人物であった。故に文字に関してはそれなりの見識が在ると自負しているがどれも見た事が無い。それどころか取っ掛かりすらない字体であった。言うなれば孝雄実が当然読める漢字がこの世界では判らないのと同じ様な物である。
「間違いないな。これはデムレストア帝国、即ち魔族が使用する文字だ。但し国が出来る前から使われている為に国の者の行為かは判別が出来ぬ」
そう言うと孝雄実を除いた三人は唸りだす。
ムーレリアの言う事が正しければ関わりのある者は魔族。しかし、あの場所に入れる者は王国の人間でなければ不可能な事が分かっている。
「ムーレリア皇女、尋ねるがその魔法は何処にでも移動できる物なのか?」
アレイセンは魔法の仕様を尋ねる。もしこれでどこにでも、と言われれば王国の者と言う枠を取り払う事が出来ると考えたからだ。
「先ず使用する者が一度でもその場を知らなければ移動は無理だ。そして知らずとも対象者に魔力が在り、察知出来る範囲まで近付ければ可能となる。昨日私が孝雄実を二人の元へと送り込み、王太子の居る場所へと出向いたと時の様にな」
この発言によって彼の考えは打ち砕かれる。彼の根底にはまさか自国の者がと言う考えが存在している。この辺りに彼は甘さを残しており、フェーバル王が懸念する処であった。
「成程、まだ王太子は魔族であろうとも自国の者は疑えぬか」
ムーレリアは発言から彼の真意を読んでいた。この発言にアレイセンは少しムッとした気持ちになる。何と言っても見た目は同年代の容貌なのである。彼にしてみれば見下されている様なものであった。
しかし、国を動かす者にとりそれは矯正せねばならぬ感情である。感情豊かな人物は悪くは無いが、時に為政者は感情を抑えることも求められる。これが出来ぬと国の大事に見舞われる可能性すらあるのだ。国民は堪ったものではないだろう…
「そう怒るな、王太子よ。私とて長い年月を経て判ったのだ。人間の寿命以上に生きているからこそそなたの考える事は分かる。だから感情を露わにしようとするな」
フェーバル王を始め三人は彼女の底知れぬ態度と雰囲気は年月が醸成した物だと気が付いた。
「失礼ですがムーレリア皇女はお幾つなのでしょう?」
アレイセンはそう尋ねる。すると彼女は笑い出す。
「本当に失礼だな。女性には歳を尋ねるなよ。まあ私は魔族であるから問題ないけれどな。私は七百歳を超えるぞ。但し、人間でいえば二十歳程度の若輩者だがな」
そう言うと又笑いだす。それに対してフェーバル王たちは苦笑いとなる。次元の違う話しとなり、呆れるしかなかった。恐らく自身も辿り着けぬ程の境地に居るのであろうと考えているのだ。
「済まないな、ムーレリア。何分修業中のみである息子を赦して貰いたい」
「何、人に限らず我らであろうとも失敗は付き物。これが人間同士であれば戦争に為ったりもするのであろう?」
ムーレリアはそう言って場を和ませようとした。だが、フェーバル王とアレンゼントルには笑えない話しである。対してアレイセンも自覚が在るのか俯くだけであった。
「オホン!まあこのくらいにしよう。それでムーレリア。君はこの城の中に魔族が、加えて我が国の者がやったと考えているのだな」
大きく咳払いをして場を仕切ったフェーバル王はそう彼女に尋ねる。先程の魔法の話しを考えれば辿り着く答えである。
「うむ。間違いなくな。これは可能性として襲われた村で考えた物でな、既に国に人を遣って調べを始めている。過去誰がこの世界へと移動したかをな」
そう言うと彼女の親衛隊剣士のツイーテアが調べを行っている事と何故それが行えるかを此の場で話した。
「成程そこまでして管理されているのか…」
フェーバル王始め三人は唸る。彼等は此方の世界へと送られる経緯を聞かされている。当初それは人間の観点から認められない内容であったが、彼女らの状況を考えれば致し方ないと少なくともフェーバル王とアレンゼントルは思っている。
「左様。我が国の内情を話したであろう。故に此方へと送り込む者は必ず記録に残す事と為っておる。それを確認し保持するのも皇室の務めなのだ」
「つまり魔族はその中の誰かであると?」
アレイセンが尋ねると彼女は頷く。だがそれが分かってもどうやって侵入できたのか、どうやって王国内に入り込めたのかまったくの謎であった。
それからの話しはこれからの対策に移る。何と言っても国のトップを狙って来たのだ。しかもムーレリアが居る中での犯行、まるで両国を裂こうとする思惑が見え隠れしている。故にこれからもこうした事が在るとムーレリア以外にも孝雄実にまで考える事が出来ている。
「義父上、若しかすると私も対象に為っていたのでしょうな」
アレンゼントルは唐突にそう呟く。あの場であの魔法を使用され自由に出入りが可能となれば真っ先に疑われるのはアレンゼントルである。何と言っても部屋の前に衛兵が居ようとも室内は二人だけである。言い逃れが出来ない状況を生じさせている。
「成程な。そうなると詠唱派の線がやはり捨てきれないな…」
フェーバル王は鬱屈した表情でそう言った。王家としてもかなり神経を使わなければならない集団である。その為に一番下の息子を王族から切り離さなければならなかった程だ。そう言うとアレイセンも同じ様な表情となっている。
「一番王家との間柄が良好な当家が狙われる事は必然であるかも知れません」
アレンゼントルはそう言うと溜め息を吐いた。彼を始め詠唱派に少なからず抵抗ある貴族は存在する。それでも表立って彼等を批判する事や改革を推し進めようとする事は出来ないのだ。それほどまでにドットゥーセ王国に根深く食い込んでいる。
「ところでフェーバル王よ。私がそもそも国交を結ぼうとした理由はお分かりかな?」
ムーレリアは差し出されたお茶を一口飲んだ後その様に話し掛けた。
「無論だ。あの鉱山の話しであろう?」
「流石に分かるか、そうあそこは危険だ。そもそもあの崩落ですら魔鉱石を純度が低いままの状態の物を掘り出したことで起こった事は話したかな?」
そう彼女が言うとフェーバル王は首を横に振る。
「その話しは聞いておらんな。一体どう言う事なのか?」
「話しは簡単だ。昨日ドラゴンの卵から漏れ出る魔力が魔鉱石を生み出す話しはしたな。あの場所全体が魔力を吸収する為の土壌だったのだ」
この話しを聞いていて孝雄実は何故かオムツをイメージして笑いを堪える事に苦心していた。
「その土壌と崩落と一体どう関係が?」
「魔力は均一に吸収されなければ安定を保てないのが卵なのだ。中心部は既に不純物の無い魔鉱石の結晶体と為っている。丁度私たちが此方に運び入れている物と同等の物だ。まあそれは我が国から運び入れてあるので、あそこの物とは無関係であるがな」
会談中にムーレリアが話した脅しの根拠がそこにある。とまれ魔族が魔力を常に吸収して活動する事を知らない。その為に魔鉱石の扱いを彼等は詳しく知らない。
「つまり十分に吸収しないうちに採掘を行う事が拙いと言うことか?」
「そうだ。しかし、あれは純度が高くなればなるほどに扱える者が限られる。結晶になればなるほどに魔力耐性が弱い者が扱うと気を失う。下手をすれば死ぬ可能性すらある。だからこそ自然と魔鉱石純度が低いものから掘っていると考えるが?」
そうムーレリアが説明するとアレンゼントルが話しに入り込む。顎に手を当てて何かを思い出す様な仕草である。
「そう言えば、僅かにですが第五番坑道は度々体調不良を訴える者が居ると言いますな。他の坑道と比べると最低でも三倍の差があるそうです。若しやそれが影響しているのですか?」
彼はそう言うとムーレリアへと視線をやる。
「で、あろうな。人間ではないから詳しくは判らないが、魔族の私から見ても人間と言うのは実に興味深い。魔力量に大きな開きがある。無い者が居れば大量にある者までいる。特に此処の孝雄実は素晴らしい魔力量を誇るな。私から見て比する者が居ない程だ」
そう言うと三人の視線が彼に注がれる。
「そう言えば近藤は詠唱破棄が使用出来るのであったな」
「はい」
フェーバル王は思いだす様に彼に話す。アレイセンもアレンゼントルもその話しは聞いている。
「流石『呼ばれた者』と言ったところですかな」
アレンゼントルは軍事の観点から孝雄実に興味を示している。何と言っても詠唱と言う物は時間を掛ける魔法である。それ故に混戦の中で使用出来る代物では無い。しかし、詠唱破棄が現実化すれば戦闘隊形が一変すると考えているのだ。さらに魔道具の開発もである。詠唱も魔道具も詠唱派が握っている為に軍部はどうする事も出来ないのだ。
「まあ、孝雄実の話しはその辺で良いだろう。私が言うのは純度が高くなれば被害は拡大するだろうと言う事だ」
「ふーむ。どうするべきか…純度の高い物は扱いが難しく、低い物は崩落を引き起こす可能性を高める」
フェーバル王はそう言って悩みだす。二人も同様に悩んでいる。
「ところで何故魔鉱石を欲するのだ?」
「そう言えば話していなかったか。魔鉱石は精錬して魔道具に使用するのだよ」
フェーバル王がそう言うとムーレリアはどの様なものかと訝しんだ。道具とは言え魔道具と言う言葉は聞いた事が無かったからだ。
「簡単に説明をすると道具に魔力を流すと魔法が発動すると言う代物だ。今ここには無いが折を見てお見せしようか?」
「是非とも頼む。なるべく早く頼む、フェーバル王」
そう言うムーレリア表情は何かを怪しんでいる物であったが、それが何かは何れ判明することになる。
「父上、お話しが随分と脱線していると思われます。先ずは王宮内の安全についてお話しを戻しましょう」
アレイセンはこの話しも重要だと考えているが、何よりも家族の安全と言う方が彼には重要な話しであった。
「うむ。確かにお前の言う通りだな。ムーレリア、その話しに戻してもよいかな」
「勿論。どうも話しが乗って来ると脱線してしまうな。この辺り次期国王と言ったところなのだな。それでは、我が剣士をそちらに付けると言うのはどうだろうか?」
そう言うと三人の顔は余りいい表情には為らなかった。やはり魔族と言うと少なからず抵抗感が在るのだ。
「ううむ。確かにその提案は良いのかも知れんが…」
「問題は時期でしょう。暗殺未遂の余波が如何ほどのものか、犯人は何時捉える事が出来るのかと考えれば…」
フェーバル王とアレンゼントルはそう言って難色を示している。魔族には魔族を当てるのが一番である事は誰もが分かる。ムーレリアを護衛する者が警護に当たる。デムレストア帝国の強者であると考えれば彼女の提案は破格であった。
「やはり慣れぬか…」
そう言う彼女は彼等がこういう反応を示す事が理解出来ていた。
「うむ。済まぬが中々いきなり変更すると言うのがな。ムーレリアの提案は非常に有り難いが、衛兵も誇りを持って任務に当たっている。それを今回から変えるとなれば不満を募らせるだろうし、下手をすれば詠唱派に流れる可能性も考えねばならぬ」
フェーバル王がそう言う理由は隊長格の下級貴族である。衛兵と同等に近い状況の者を選抜して配置しているが、そこは何処まで行っても貴族である。甘い囁きが在れば揺れ動く可能性を彼は考えている。貴族の繋がりは意外な所に繋がりを持つ事でもある。過去をたどればこんな家と関係が在ったなどはよくある話だ。又隊長格の貴族は家を継げない者たちである。その辺りも条件に含まれると寝がえる可能性が在るのだ。彼は丁寧にそれを説明する。
「成程そう言う意味であったか、厄介であるな…」
少なくともムーレリアはその辺りの事は理解出来ていた。
「しかし、そうですな…ムーレリア皇女殿下が此方に滞在なさる間、王族と皇族間の交流を衛兵間にも拡大すると言う事ではいかがでしょうか?」
アレンゼントルがそう提案すると二人が頷く。
「衛兵と親衛隊の交流か…少し無理があるが、どうかな?」
「問題ない。私の命令であれば否と言う者はいない。問題はそちらだけだな」
そう言うと不敵な笑みを見せる。ドットゥーセ王国では近衛騎士団でも王族に不変的な忠誠を誓っているかと言うとそうではない。騎士団は全て貴族から編成され少なからず派閥が形成され、詠唱派に属する者も居る。彼女の表情は的を射ているのであった。
期間にして一週間ほどを予定している。ムーレリアとフェーバル王の認識では、暗殺は彼女が滞在している間に行うと判断が一致している。そして巻き込まれるのは詠唱に否定的な者、アレンゼントルを始めとした否定派とでも言うべき者たちである。但し、彼等の場合は殺される心配はないだろうと見込んでいる。なぜならば殺されれば一致団結して詠唱派を糾弾しかねない。それは相手も望む事ではないと考えているからだ。
だが、状況は望まない方向に進むものである。ムーレリアを始め彼女が滞在する間に犯人とそれに連なる者を捉えるか殺す事を考えねば安寧は訪れないと考えている。剣士が見張りとして就くのは王族が寝ている間と言う事が決定する。そしてなるべく同室で寝る事が決められたのは警戒する範囲を狭める意図が在り、それだけ戦力を集中する事が出来る。
「アレンゼントル、その方の家族も同様に王宮で暮らす様にせよ」
フェーバル王がそう言うのは彼の娘がアレンゼントルに嫁いでいるからである。少しでも隙を潰しておくと言う事と娘を案じての言葉であった。
「はっ!義父上の言う通りに致します。暫くの間お世話になります」
こうした話し合いは夕方まで続き二日目の会談は流れる事となった。昨日は実務的な話し合いに入る事が出来ず、さあ本番だと意気込んでいた王国側の大臣らは意気消沈することになるが、唯一平然としている者がいた事を誰も知る事は無かった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
御感想お待ちしております。
誤字脱字有りましたら御報告頂けると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




