第七十六話
風邪には注意しましょう…
ドットゥーセ王国国王の自室に置いて暗殺未遂が発生して以降、王宮を護る衛兵に衝撃を与える。王国軍から選抜され編成される衛兵らは平民である。子供たちの憧れである王国軍、将来の夢としても王国軍に入隊する事が子供たちの夢となっている。そうさせるのは王家の紋章が輝く鎧を身に付けることが出来る為であった。その中から選ばれた兵士は憧れの象徴として見られている。即ちそれだけ王家は平民から愛されていると言う事である。
だからこそ、衛兵は焦りに焦る。彼等は一報を聞くと各王族の部屋へと駆け付ける。彼等は其々に警護する対象が割り振られ、各員は速やかに部屋へと駆け付けた。
「殿下、アレイセン王太子殿下!」
隊長を務めるドーレスは一貴族である。兵士は平民であるが隊長は貴族となっている。但し、その全てが下級貴族に分類される者たちであり、家を次ぐ事の無い者たちであった。その為に貴族と平民と言う垣根を越えた連帯感が衛兵には存在している。これを作り上げたのがアレンゼントルを当主とするフロランス侯爵家である。
ドーレスは部隊が集合するとドアを叩きアレイセンを呼んだ。特に警護を厳重にしなければならない相手であり、それだけ此処に配属されると言う事は、実力と共に人格も優れた者たちであると言う証左であった。
ドーレスがドアを叩いて暫く、室内で物音が聞こえる。ドーレス以下兵士等は直立不動でドアが開けられるのを待つ。それほど待つことも無くドアが内側から開けられる。
「どうした?」
アレイセンが起こされたのは深夜三時である。彼は基本日の出と共に起き出して一日の準備を始める。この時期、後二時間以上は寝ていられる。故に少し機嫌が悪かった。
「御就寝中誠に申し訳御座いません。先程陛下の自室におきまして暗殺未遂が発生致しました」
だが、機嫌の悪さもドーレスの一言で吹っ飛ぶ。アレイセンは頭を切り替えると、すぐさま彼に問い掛ける。
「父上は?」
「御無事で御座いす。近藤孝雄実殿によってフロランス侯爵共に護られました」
その言葉でホッとし彼はドーレスに各大臣を招集するよう命令を出す。決まりにより王族はとある部屋へと安否を確認し次第移動することに為っている。この時それが正しいかは後に判明する。
廊下を移動する際目に付くのは衛兵の姿である。アレイセンを見ると敬礼の号令で兵士が同様の動作を行う。その中を彼は前に数名の衛兵を後ろにも従わせ移動する。距離にして五百メートル。彼が最後に入室したのである。
「兄上!」
そう言葉を発したのはヴェッタであった。チャレンの二つ上の兄に当たり、彼がとある理由で名を変え王族から離脱して以降彼に愛情が集中していた。その為か一番愛情を注いでいたアレイセンが姿を露わすと一番に駆け寄ったのである。
「ヴェッタ、無事であったか」
「はい、無事でした!」
この時十七歳であるが、相応の者に比べると少し幼い印象を周囲に与えている。
アレイセンは彼に話しかけると周囲を見渡す。父親のフェーバルの安否は確認している。後はそれ以外の家族を確認するのが次期国王としての責務である。
「皆無事の様だな。母上方も御無事で何よりです」
彼は室内の奥に座る三人の妙齢の女性にそう言葉を掛ける。彼は特にその三名を見て安堵した。
「殿下、私たちはよいのです。陛下は如何しましたか?」
実母であろうとも言葉使いは改められている。但し、アレイセンとフェーバルはその限りでは無い。
「御無事です。既にアレンゼントルと共に無事が確認されております」
そう言うと一同の緊張が弛緩したように彼は感じた。何と言っても情報が入らなかった為に彼女等は全員不安で一杯であった。
「それは良かった。して、詳細は如何なのですか?」
「父上の自室において暗殺未遂が発生しました。但し、近藤孝雄実によって防がれました」
話しを聞く家族は最初驚愕し、その後安堵した。孝雄実の名は全員が知るところである。特に第三夫人はチャレンの実母である。孝雄実と彼の関係を聞き及ぶ為にかなり信頼している。
「母上、私はこれより大臣たちと話し合う為に移動します。安全が確認されるまで此処に留まる事辛抱下さい」
アレイセンがそう言うが何処か不安な表情を残す。
「そうですか。国の大事ですから致し方ありませんね。しかし…」
そう言うとやはり不安は拭い切れていなかった。
『不安そうだな。次期王よ』
そう言うとムーレリアが姿を露わす。これにヴェッタが小さな悲鳴を上げる。この部屋に居る最年少が彼であり、それ以外は皆二十を超えている為それほどパニックには為らなかった。
「貴方がムーレリア皇女殿下ですか?」
「いかにも初めて御会いする。私がデムレストア帝国皇女ムーレリアである」
話し方はフェーバル王に対するものと然して変わりが無かった。母親たちは彼女の話し方に少しむっとしたが、アレイセンはすんなりと受け入れていた。
「こちらこそ私はアレイセンと言う。宜しく頼む」
そう話すと二人は握手を交わす。話しでは彼女は魔族であると言う事を聞かされている。しかし見た目は見目麗しい女性であった。一目ぼれに近しい感覚を彼は感じていた。
「皇女殿下は何故此方へ。今のは魔法でよろしいか?」
「然り。今私が使用した魔法は空間魔法と言う。魔族にしか使用出来ないものであるな。そして私が来た理由は護る為である」
「護る為?」
鸚鵡返しの如くアレイセンは尋ねる。するとムーレリアは頷いて言葉を続ける。
「いかにも、私としても貴国との国交を結ぶことが重要なのだ。人間と魔族が信頼し合うには先ずは行動で示すべきだと感じていてな。故に私が此処でこの者らを守ろうではないか。安心して欲しいと言っても信じて貰えないだろうから、この者らも一緒に居させることにした」
ムーレリアがそう言うと空間から現れるのはエレオノーラを始めた孝雄実の仲間たちとレイスレットとフェータであった。
「チャレン!」
「は、母上!!」
奥に座って話しを聞いていた一人の女性がせきを立つとレイスレットへと駆け寄った。対してレイスレットも彼女へと駆け寄る。背丈は今や彼の方が高くなり女性は彼の胸に飛び込むような形になる。
「御無沙汰しておりました母上」
「元気でやっていると聞いていましたが、本当に大きくなりましたね…」
二人の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。それ以外の者も同様になっている。とある一人を除いて…
「どうだろうか、この者と一緒にこの部屋にて警護しようではないか」
「そうか、皇女はこの者を知っているのだな」
そう言うと彼女は頷いて肯定を示す。
「判った。それでは皇女を始め皆の者我が一族の事頼んだぞ。特にレイスレット、君は護衛の中でも唯一の男子である。確りと護ってくれる事を期待する」
アレイセンは抱き合う二人に対し視線向けるとそう言葉を掛ける。言われたレイスレットもアレイセンに目に視線を遣り互いに意思の疎通を図る。
「はっ!レイスレット・ベンゼンデント男爵、殿下の御言葉必ずや忠実に為して御覧に入れます」
そう言うとアレイセンは彼の肩に手を置いて部屋を後にした。悲しいかな兄弟であろうとも詠唱の影響により、二人は兄弟の関係を此の場でも示す事が許されなかった。母親の場合は別であるが、時期奥王である場合は決して認められなかった。
アレイセンは部屋を出ると両手で頬を叩く。こうして気合を入れなければ自然と涙が出て来てしまうのだ。突然の事でドーレスを始め衛兵は驚いた。それに気が付いたアレイセンは苦笑いした。
「済まない。驚かせたな、さあ移動しよう」
そう言うと彼等は何も尋ねず行動を始めるのであった。
「今直ぐフェーバル王を助けてくれ孝雄実!」
ムーレリアはそう言うと彼に空間魔法を使用し、有無を言わさずフェーバル王が居る自室へと飛ばした。その間意思疎通は彼女の魔法で伝えてある。理由を鮮明に彼が理解し直ぐに行動に移れるように、お膳立ては全て整えて送り込んだ。
ムーレリア達外交特使の一団は確かに高純度の魔鉱石を密かに持ち込んでいる。これによって不測の事態に対処しようと言う腹積もりである。しかし、対人間用に考えての備えであり同族との戦闘は考えて無かった。それ故に人間に頼るしかないと考えたムーレリアが孝雄実に白羽の矢を立てたのは必然である。魔族、取り分けムーレリアを始めとした面々を前にして平然としていられる人間は彼しかいないからだ。
『よいか孝雄実。今魔族の魔力が感じられた。しかしこの世界では我らは満足に動けない。そこで孝雄実にフェーバル王を助けてもらう。今彼に迫る危機は暗殺だ。間違いなく魔族の魔法を使用し暗殺を行うであろう。決して彼を殺してはならないのだ。だから防いでくれ孝雄実』
脳に直接彼女の言葉が伝えられる。次の瞬間孝雄実が見た光景はフェーバル王が言葉を発し、首元に大きな鎌が添えられ様とする瞬間であった。
それを見届けたムーレリアは次の行動に移す。それが、王族が集まる場所へ警護を送り込む事である。既に魔族が使用する空間魔法を見ている事で間違いなくこの国に魔族が入り込んでいる事が確定した。そして王の暗殺が失敗すれば当然その家族が狙われる事を予想するのは難しい事では無い。だが、彼女は要らぬ不安を与える意図は無い。そこで求められるのがサラたちであった。
強制的に魔法で飛ばされた孝雄実を見て唖然とする彼女たちを見ると声を掛ける。
「サラ、直ちにお前たちの仲間を集めよ。至急動かねば此処の王族に危害が加えられるぞ」
ムーレリアは少々脅す様に発破を掛ける。それを聞いた彼女は脱兎の如く部屋を出てエレオノーラとキャメルが寝泊りする部屋へと駆け付け呼びだしたのであった。
「お主たちには此処の王族たちの部屋へと向かって貰う」
ムーレリアはそう四人に説明する。孝雄実を移動させた理由を語った為に彼女おたちの表情は真剣な者である。取り分け貴族であるサラはその度合いが増している。但し、彼女を始め唯一懸念する事が在った。
「ムーレリア、一つ尋ねるけれどどうやって王族の場所へ入り込むつもりかしら?」
物理的にいえば確りと固められているであろう警護を、如何にして抜け辿り着くかと言う話しである。既に緊急事態であると王宮内では多くの者が走り回っている。それを怪しまれる様な事をしては本末転倒であると考えている。
「そこなのだ、さら。私はフェーバル王以外の王族を知らない。いきなり出向いては不信の芽を植え付ける可能性があるからな…」
「ならレイスレットを連れていけばいいんじゃないかな」
レイスレット・ベンゼンデントは元チャレン・ドットゥーセである。つまり仲間の元王族を連れて行けば問題ないという発言をマリアンが行う。
レイスレットはムーレリア一行とは距離を置いている。その為フェータと共にピュータ村に残りフぅ級作業の手伝いを行っているのだ。と言うのも、必ず王宮と関わることで王族の誰かと顔を合わせることになるからである。幼い事の過ちであろうとも極力顔を合わせる事を避けたいと言う思いで行動を別にしていたが、今はその彼等が必要となった。
「レイスレットとは誰だ、マリアン?」
ムーレリアは彼等を知らず、マリアンは経緯を掻い摘んで話すとサラに意見を求める。此処では貴族としてどうなのかと言う答えを欲しているのだ。
「確かにレイスレットの思い、王族の思いは尊重すべきだとは思うわ。でも命の危険があるのに手をこまねいている訳にはいかないと私は考える。だからレイスレットを連れていくべきね」
此処に彼を連れていくことが決定すると話しは速かった。ムーレリアはサラとマリアンの手を握ると再度魔法にて移動を行った。
その後の展開は掻い摘んで話すことになる。ムーレリアの魔法でピュータ村へと移動する。彼女の魔法は一度訪れた場所か、人等魔力を僅かにでも感じられ且つ知っている場合に限られる。
彼女たちが飛んできた場所は坑道の入り口である。此処が一番一に見つかることなく移動できると考えられたからであった。時間が惜しいとばかりに彼女たちは駆け足でレイスレットが泊る宿舎へと移動する。この時には昼夜問わず復旧作業を行う事は無く、日が昇っている間にのみ作業するようになっている。
「レイスレット、フェータ」
寝静まっている為に音を立てずにドアを鳴らす。暫く待つと中から物音が聞え、ドアが開けられる。対応したのはフェータである。
「サラさん?マリアンさん?」
王都へと向かったと思っている彼女達が目の前に居るのだ驚くのも無理は無かった。
「夜遅くに御免なさい。でも時間が無いの、急いでレイスレットを起こして貰える?」
サラが真剣な表情で彼女へと訴えかける。眠気眼であった彼女もただ事ではないと察知し頷いた後部屋へと引き返す。
「直ちに王都へと向かって貰うわ」
サラはレイスレットが話しを聞ける状況に為るのを見届けると単刀直入に話す。一分一秒が惜しい中あれやこれやと話している場合ではないのだ。
「何を突然言うのです?俺は…」
そう理由を言おうとしたレイスレットであるがサラは話しを遮る。
「ええ、分かっているわ。でも危険なのよ。今は時間が惜しいの。私を信じて急いで準備をして」
そう言うと座っている席を立つ。
「サラ、それだけではどうにも納得がいかないだろ。お主がレイスレットだな。私はデムレストア帝国皇女ムーレリアだ。残念なことに王と出そなたの父上が暗殺未遂に合った。幸い孝雄実が護った為に無事であるがそれ以外の王族が心配でな。しかし、護ろうにも私を始め知己が居らん。そこでお主の出番と言う訳だ。顔繋ぎを行って貰うぞ」
「なっ!貴方様が皇女殿下!?」
そう言うとレイスレットとフェータは席を立ち、礼を取ろうとする。それを彼女は抑える。
「構わん。お主も元は王族であろう。それに時間が惜しいのだ。直ちに向かって貰うぞ?」
彼女がそう言うとレイスレットは頷く。
「しかし、どうやって移動を?此処からでは一週間以上は掛かるのでは?」
魔法を知らない彼等にしてみれば王都の危機、家族の危機は重要な事なれども時間があまりにも掛かり過ぎると思った。移動している間に全てが終わってしまうと。
「心配いらん魔法で移動する故な。さあ行くぞ、準備はよいな?」
ムーレリアはそう言うと全員を自身の服につかまらせて魔法を唱えた。これが二か所の裏側の話しである。全てはムーレリアの大車輪の活躍によって王家は護られたのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
御感想お待ちしております。
誤字脱字有りましたらご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




