第七十三話
ムーレリア達が行こう特使の一団がマウスゥート村へと到着した日事件は起きた。ドットゥーセ王国側の特使として軍務大臣アレンゼントルの息子ゼッセン・ホーツン・フロランス子爵が仮の宿舎として村の中で一番大きな家を使用している場所で起きる。
「ヘイセルト…」
ゼッセンはそう苦悶の表情で床にひれ伏す男の名を呼んだ。
「特使殿そちらの人間は誰なのだ?」
「当家の者です」
ゼッセンはムーレリアの問い掛けにそう答える。
「そうか、それで如何するのだ?まさか特使である私が居る場でこの様な失態。王国側の態度が疑わしい物となるぞ」
魔族と人間と言う異色の国交樹立を共に前向きに考えている中でこの様な盗み聞きする様な事をされれば人間同士でも決裂することは間違いない。
早速ゼッセンは近衛騎士団の者を家の周囲に配置させ、村人には夜間外出を禁止する旨の通達を、領主を通じて発令させる。幸い村である為に出歩くものは居ないが万が一という場合を考慮しての行動である。
「ウゥ…こ、ここは?」
「目が覚めたみたいだぜ、ご主人様!」
ムーレリア親衛隊の剣士がヘイセルトを運んで来てから一時間が経過した。いつ目覚めるとも知らないがマリアンが買って出て見張りをしていた。その間、孝雄実たちは盗聴機の機能を持つ魔道具を他にもないか捜索していた。しかし、見つからず、マリアンの声で集合を果たす。
場所は先程全員で食事をしていた部屋である。今この場にはムーレリア達は居ない。人間だけである。
「目が覚めたか、ヘイセルト」
彼が目を覚ますと、目の前には主人のゼッセンが椅子に座って自分の事を見ているのに気が付く。
「旦那様!?っつ!」
そう声を発したが頭痛によって声が途切れる。
「何故此処に居るかを聞かせて貰えるか?」
しかし、ゼッセンは彼が痛がろうが意識が在れば話しを続ける心積もりである。
「何を…此処は御屋敷ではないのですか?」
しかし、ヘイセルトは頓珍漢な事を話す。ここでキャメルとサラが話しだし、その言葉をサラがゼッセンに伝える。
「子爵若しかして、彼は操られているとかは無いのでしょうか?」
「操られる?何を馬鹿な…」
その言葉がヘイセルトにも聞こえたのか不安な表情で狼狽える。それをゼッセンが見やると本当に自分がどうして此の場に居るのかを理解出来ていないようだった。
「ヘイセルト、お前が覚えている範囲でいい。今まで何をしていた?」
「はい、わたくしは御屋敷にて何時も通り庭園の手入れに勤しんでおりました。ですが…」
その様に話すヘイセルトは途中まではすらすらと行動を話していたが、突如として話しを止める。
「どうした?続きは無いのか?」
「いえ、そうではないのです。ただ記憶が曖昧で、私の目の前にいきなり人が現れまして、気が付いたら今に至るのです」
そう言われてゼッセンも判断に困ってしまう。そして操られていると話しをしたサラに視線を向ける。
『それはこうやって姿を見せたのではないか?』
声がした方角を見ると縦に空間を割いてムーレリアが出てくる。するとヘイセルトはハッとした表情になる。
「そうです!わたくしの目の前にこの様にして人が現れました。これも魔法なのでしょうか…?」
ムーレリアは断りを入れることなく入室すると孝雄実の隣へと腰掛ける。そこにはツイーテアも従っている。
「まあ似た様なものだ。さて特使殿一度この者を退出させて特使同士で話しをしたいのだが」
「うむ。まあそうだな…衛兵!」
ゼッセンは声を上げると家の中に居る近衛騎士団の者が駆け寄って来る。
「お呼びでしょうかフロランス子爵!」
「ああ、済まないがこの者を、厳重に見張りを付けて拘束しておいてほしい。但し粗略に扱うことは無いように頼むぞ。ヘイセルト、状況が飲み込めていないのは分かったが大人しく指示に従ってくれ。さあ連れて行ってくれ」
ゼッセンがそう述べると騎士団員はヘイセルトを立たせて連行していった。
「これで話しが出来るな、ところでマリアンはどうした?」
「ああ、少し体調が悪そうだったから先に部屋に戻した。ゼッセンさん許しを貰わずに申し訳ありません」
「何構うまい。彼女は君の奴隷なのだろ?ならば私がどうこう言う事は無いよ」
そう話すとムーレリアが咳払いをして一同の視線を集める。
「それでは話しを開始する。あの者は確かに操られている可能性が在る」
その言葉に此の場に居る者の表情が苦い顔になる。まさか予測が現実の物になろうとしていると感じたからだ。
「続けるぞ。済まないと思ったが先程までの会話を聞かせて貰った」
するとゼッセンが席を立ち上がる。
「なんですと!一体どのようにして、家の周囲は兵を配置してあります。それにこの中にも兵が居るのですぞ!」
「まあ落ちつかれよ、特使殿。我ら魔族は魔法を自在に操れる。人間は幾つかの系統が使用出来る程度と聞いているがな。魔族は他にも特殊な魔法を使用出来る。其れが空間魔法だ」
ムーレリアは説明するよりも実際に見せた方が良いと突如魔法を発動させる。右腕を何もない所に伸ばし、ぐるりと円を描く様に一周回す。するとその場が切り取られた様に円周部に光が現れる。そして彼女は円の中心に手を押し込んだ。
普通ならば唯伸ばすだけで終わる筈が手首から先が綺麗に消えている。残るのは前腕部半分より上である。手を暫く空間に入れると何かを掴んだのかそれを引きずり出す。
「これは我が屋敷にある剣だ。確認してみるか?」
ムーレリアは鞘に収まった禍々しいまでに黒一色に染め上げられた剣を見せる。其れをゼッセンに渡そうとするが途中で止める。
「駄目だな。今の特使殿ではこの剣を触れば吸い込まれる。孝雄実、お主が触ってみてくれ」
そう言うと彼女は隣に座る孝雄実に手渡す。ツイーテアはその行動にハラハラしているのであった。
「ああ、分かった!?」
手に持った瞬間彼は体を前に倒し始める。
「孝雄実!!」
右隣りにはエレオノーラが座っている。彼女は孝雄実の体を支える。
「済まないエレオノーラ…」
「大丈夫なの?」
エレオノーラは心配そうな表情で尋ねる。
「ああ、大丈夫だ。唯いきなり魔力をごっそり吸われた感じがしてな。ムーレリアこれは魔剣の類なのか?」
今魔力を吸収した剣の鞘は光沢をもった赤に色を変えていた。
「なんだ。知っておったか。そうだ。当家に伝わる秘剣『レクタリア』だ。手に持った瞬間から魔力を吸収し、それを剣の威力に変える。その赤が最高の状態だな。そして魔力が無くなると黒くなる。しかし驚いたぞ、いきなり赤にまで色を変えさせるとは」
ムーレリアは嬉しそうに孝雄実を褒める。彼女は、確かに問題は無いと考えて剣を彼に渡した。当然剣の事を熟知しての行動である。
「いきなり渡すなよ。もしゼッセンさんが触れていたらどうなっていたんだよ」
そう、孝雄実ですらこうなる状況である。うぬぼれではないが、彼自身ゼッセンよりは遥かに上に位置しているとこの時考えていた。
「魔力が完全に吸い取られれば死ぬな。まあ人間は魔力が在る者とそうでない者と別れておるし問題はなかろう」
意味ありげな顔で彼女はゼッセンを見やるがそれ以上は口にしなかった。
「とまあ、この様に私たちは空間を操れる。勿論無条件に全てが使用出来る事は無い。しかし、魔力が大きく、それなりに経験を積めば出来る幅も広がる。そして、最も使用されるのが空間飛翔だ。これは自分を任意の場所へと瞬時に移動させる魔法だな」
ドアの無い、〇〇でもドアである。
「つまり、ヘイセルトは魔族の魔法で此の場に連れて来られ挙句に操られていたと?」
ゼッセンがムーレリアに尋ねると頷く。
「然り、あくまでも予測ではあるがな。しかし、先程の会話から類推すればこの事が一番しっくりくるのだ。何か人間の世界で空間を跳べる者、若しくはそれに似た魔法などは在るかな?」
「……確かに、ムーレリア姫の仰る言葉が一番かもしれませんが…」
苦しい表情でゼッセンが答える中、突如キャメルがムーレリアに問う。
「ムーレリアさん。若しかして王国内に魔族の者が居ると仰りたいのではないのですか?」
すると彼女は大きく頷く。
「そうだ。キャメルの言う様に私はそれを疑っている。魔族とは言え私も全容を知ることは出来ない。だが、少なくとも此の度の事を考えれば、間違いなく魔族の者が介入していると見ていいと考えているのだ。この国の歴史を知らねば何ともいえぬがな」
こう話していると外が突然騒がしくなる。それに伴いマリアンが駆け込んでくる。
「大変だ!あの使用人の男が殺された!!」
その言葉を聞いてムーレリアは舌打ちをする。
「チッまさか、口封じまで行うのか」
「ともかく現場へと向かう。皆は自由にしてくれて構わない」
そう言うとゼッセンは家を飛び出し、ヘイセルトが収監されている場所へと向かった。
「俺たちも向かおう!」
此処でそれ以外の選択肢は無い。駆けてゼッセンの後を追ったのである。
「まったくあのお転婆ももう少し楽しませてくれても良いものだがな」
「そう仰いますな。彼女とて真剣に今回の事を考えておるのよ」
「そうね。可愛いものじゃない。まさかこうしてずーっと私たちに見られているとも知らずにね」
王宮内には無数の部屋が存在する。増築に次ぐ増築で外観は統一された見え方が為されるが中は迷路の様な造りになっている。初めての者は決して案内人からはぐれてはならないと言う言葉を最初に聞かされる。
そんな王宮内の一室では大きなスクリーンに今迄の動きが映し出されていた。
「だが、まさか同族が存在することまで勘づくとはな」
「ああ、それは計算外ですな」
「でも仕方が無いんじゃないのかしら?」
この部屋は灯りと言うものは蝋燭一本の光量しかない。
「まあいいだろう。あの人間も処分した。恐らくばれる事は無いだろう」
「ばれたら大変なことになりますからな」
「それにしてもあの人間の坊や、本当に人間なのかしらね」
そう言って映像が停止しているスクリーンを見て言う。
「確かにレクタリアを平気で触れても何ともない人間、いや魔族でもそうは居ないな」
「私は無理ですな」
「私もよ」
そう言うと室内を沈黙が支配する。
「まあ、今は彼の事は置いておこうではないか」
「ですな。我らが営々と築いて来た王国をそう簡単に崩壊させる訳には参りません」
「そうよ。出無ければ魔道具を潰すことも無かったのだからね」
「そうだな。まさか、あの当時の事が明るみは出無いとは思うが再度確認だけは行わねばならん」
「承知しております。関連書籍は全て封印させておりますのでご安心を」
「私もそれと無く王国内を気にしてみましょう」
此の場に居る三名の者はスッと立ち上がると何事も無いように姿を消した。と、同時に蝋燭の火もスクリーンに映る映像も何もなかったような物置部屋へと姿を変えるのであった。
孝雄実たちが駆け付けると寝静まっている時刻の為か最小限度の人員が出ているだけであった。近衛騎士団五名がゼッセンと共に現場を見ている。そこにムーレリア達も加わった。
「うっ」
「これは…」
「えげつないわね…」
前を歩く孝雄実、エレオノーラとサラはモロにその現場を見てしまう。背の高いマリアンとキャメルも僅かにだがその現場を見る事が出来たが全容は見えていなかった。
ヘイセルトは上半身を内側から爆発させられたような状態で下半身だけが横たわっていた。
「孝雄実少し良いか」
ムーレリアが彼を引きずりながらその様に話す。
「おい、なんだよ」
「いいから静かにしろ。いいか、あれは紛れもなく魔族の仕業だ。一体どうなっておるのだ」
二人は現場から少し離れた場所で話している。しかし、ムーレリアは焦りと言うか困惑と言う様な表情で彼に話している。
「ならムーレリアが生まれる以前はどうだったんだ?」
「私が生まれる前…?」
「そうだ。ムーレリアの話しではそうそうこの世界に魔族が来る事は無いのだろ。在るとしても間引きで力を落とされた、魔物の様な状態になると言っていた。でもそれ以前の話しはどうなんだ?」
そう言われると彼女は顎に手を遣り考え出す。孝雄実の話せことも一理あると考えていたからだ。
「確かに孝雄実の言うことも納得が出来るな。ツイーテア!」
「はっ!」
間を置かずに彼女が忍び寄る。
「数名を連れて過去に此方へと渡った者を調べよ。私が把握していない者が居る筈だ」
ムーレリアが言うと承知と言葉を残して姿を消した。それを見届けるとムーレリアはゼッセンの元へと移動する。
「特使殿。其れは恐らく魔法だな。加えて魔族が使用する物に似通った特徴が在る」
「また魔族か…一体どれほどまでこの国は浸食を受けていると言うのだ…」
ゼッセンは悔しそうに彼女に視線を移すことなく言葉を漏らす。彼は常に目の前に横たわる遺体を見ているだけである。
「それは本当に調べねばならぬな。既に我が国に数名を戻し調査を行わせる。そちらも調査を行うべきだと思うが?」
「確かに、そこに関して我らは合同で情報の擦り合わせを行えると考えてもよろしいと言うことかな?」
ゼッセンが尋ねるとムーレリアが頷く。
「然り。我が国としても魔族が人間の世界に無闇矢鱈に出現させることは本意ではない。基本は不干渉でありたいが状況が許さぬ為に此処は協力しなければならぬと私は考えている。どうかな特使殿?」
そう言うとゼッセンは視線を彼女へと向ける。
「ムーレリア姫の仰る通りですな。この事は至急王宮に知らせを遣りましょう。それで、此の場の安全は如何か?」
「恐らくは問題なかろうな。私が知る魔法では一度魔族の者が触れなければ発動できない仕組みになっている。だが、この中で魔族が触れている者が居れば別であるがな…」
そう言うとムーレリアとゼッセンは不安な心境になる。此の場にはムーレリアの関係者を除けば全員が王国側の人間である。特に王宮関係者と絞れば近衛騎士団に所属する人員とさらにはゼッセンも含まれているからだ。
「まあ、大丈夫だろうと言っておこう。魔族も矢鱈滅多らに触れて証拠を残す様な事はしない筈だ」
ムーレリアはそうゼッセンに安心させた。但し、この話しは二人だけが知るに留める事になる。既にヘイセルトが爆発した事は近衛騎士団の人間に知る処となっている。原因は不明であると言うことに結論は決まっているが、それがどこまで信用されるかは定かではない。
一団は近衛騎士団を中心として翌日の早朝にはマウスゥート村を出発した。此処より四日の後王都グローリンバリーへ到着する行程である。孝雄実たちは一番後ろを続くことになる。
「しかし、魔族だなんだと俺たち冒険者の十級の新人の筈なのにな」
孝雄実は五人で移動している事でついそう言葉を漏らす。
「そうね。私とキャメルは孝雄実たち以上に驚きの連続ね」
「確かにね。それに盗聴機だったかしら。あのような魔道具まで作製されていたなんて、私は魔族よりもそちらの方が驚きだわ」
エレオノーラとキャメルがその様に言葉を発するとサラとマリアンも同様の言葉を発する。
「そんなこと言ったら私たちもだよ。なっサラ?」
「ええそうね。目まぐるしく変化するなんて。二月前まで思いもしなかったわ」
特にサラは御家取り潰しから始まり、自身が居例ではあるが男爵位を得て家を新たに立ち上げているのだ。それだけでも劇的な変化であった。だが、それを言えば皆それぞれが本当に劇的な変化を遂げ、今に至る。村娘であるエレオノーラ然り、賊であったマリアン然り、さらには冒険者ギルド支部長の秘書を担当していたキャメルもである。自然と彼女等の視線は孝雄実に注がれる。
「全ては孝雄実との出会いから始まったからね」
エレオノーラが言うとみんなが頷く。
「俺か…まあそうなるのかもな」
「でもご主人様の方が変化においては一番大きいんじゃないのかな」
「たしかにそうね。なんたって『呼ばれた者』ですものね」
「ええ、若しかしたら『呼ばれた者』に関係する者はそう言う変化を伴うのかもしれませんね」
彼女達の、特にキャメルの最後の言葉にブラックとホワイトが反応し、吠える。
「何かその通りって言っている気がするな」
「マリアンもそう思った?」
「へぇーサラもなの?」
「私もそう聞こえた気がしたわ」
つまり全員がその様に聞えたと言うことになる。
再開後余りゆっくりと会話を楽しむ事が無かった彼等はこれからの移動は又とない好機である。ゆったりとした移動の中を護衛もする事は無く、気ままに居る事が出来る事は暫く無かった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
ご感想お待ちしております。
誤字脱字有りましたらご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




