第七十一話
ムーレリア達特使の魔族たちは結局二週間このピュータ村に留まる事となった。その頃になると崩落事故からの救助も一段落し、慰霊祭の日取りまで決められるようになっていた。これは国王の代理としてアレイセン王太子が出席することまで決められている。鉱山は事故が付きものの過酷な現場である為にこの村の人間達は心が逞しかった。
「人間の直向きな感情とは凄いな」
ムーレリアは村の中を今日も練り歩く。既にこの地へとやって来てから十三日目となるこの日、彼女たちは村人に意外なほどに受け入れられてきた。それは何と言っても魔法である。彼女は特に強力な魔力を持っている。この国の柵など一切通用しない彼女は、苦しんでいる者を見るとたちまち魔法で回復させてしまうのだ。これによって彼女は神の如く崇め奉られているほどだ。村人には詠唱に関してそれほど気になる問題ではない。
むしろ目の前で人が助かった事が大きな話しであった。ムーレリアに従う、執事のホレムと親衛隊剣士のツイーテアも同様に村人の回復に従事している。これによって絶大な人気が彼女等に向けられていたのだ。その証左として最初に村人を回復させた時の話しが在る。
「貴族様本当にありがとうございます!!」
此の男は崩落事故によって最初に助けられた男である。この日、ムーレリア達は臨時救護所となっている建物へとやって来ていた。これは彼女立っての希望で、セムレス男爵が特別に許可を出したことから決まった話しである。件の男は幸い骨に異常は無かったが、意識が回復していなかった。此の世界の医療レベルはまだまだ誇れるものではない。ある種魔法に頼る事の多いこの世界ではそう簡単に医療レベルが上がる事が無いのが現実だ。では怪我や病気をどの様に治すのか、それがやはり魔法となる。他にも民間療法として薬草と言う考えもあるが、此方は人材育成が事の他難しいのだ。
怪我であろうと病気であろうと魔法であればたちどころに回復出来る。それに対し、薬草では時間と絶対治ると言う事が保証されないからだ。なり手もまた魔法に偏りがみられる。
「何気にするな。私は貴族ではあるがこの国の者ではないお前たちが治ればそれでよい」
ドットゥーセ王国では多くのお金が求められる回復魔法は一平民が簡単に掛かれる事ではない。基準となる物が無く、貴族が魔法を掛ける為に多額の金額になるのだ。回復魔法は風と光の元素を持ち合わせた者にしか使用できない。加えて魔導書を手にするにも多くの金額が必要となる。つまり一平民が簡単に掛けて貰えないほどの金額になるのは、初期投資が莫大だからということも起因している。それを知る村人だからこそムーレリアは神の如く見えてしまうのだ。
「貴族様はどちらから御出でになられたのですか?」
近くに居た孝雄実はその質問は不味いと思ったが時すでに遅かった。ムーレリアは憚ることなく国と自身の素性を明かしてしまう。彼は当然その事で騒ぎになると考えたが思いのほか村人はすんなりと彼女の言葉を受け入れていた。
「へぇー貴族様は魔族なのですか…それにデムレストア帝国の皇女様だったとは。何とも申し訳ない事を致しました」
男はそう述べると地べたに這いつくばり頭を下げる。貴族だけでも問題が在りそうなものなのに、それが皇女ともなれば一生お目に掛かる事のない人物でもある。その様な者から魔法を掛けて貰ったと思うと申し訳ない気持ちになっていたのだ。
「だから良いと言っているだろ。そこの者!まだ魔法を必要としている者が居るのならば案内せい!ホレム、ツイーテアお主等にも手伝ってもらうぞ!!」
それからと言う者重症な者から優先的に魔法を掛けていった。一日だけで三百名、これは今直ぐにでも回復魔法を掛けなければ命が助からないと言う者たちの数だ。それ以外は順次ムーレリアの元へと向かい魔法を掛けて貰う事が決定した程だった。
「な、なあ良いのかあいつは魔族だぞ?」
孝雄実は最初に助けられた男にそう尋ねる。彼としては魔族と言うだけで驚くと考えていたのだ。それを心から感謝することに少し違和感を覚えたのだ。だからこそそう尋ねた。
「何を言っているんだ、兄ちゃん。いいか、俺はあの方に命を助けて頂いた。しかもあそこまで完璧な魔法で一銭も求めない貴族様が今迄に居たか?俺たち平民は金が払えない事で命を落とすことだってあるんだ。魔族だろうと貴族だろうと関係ないんだよ」
彼がそう言うと周囲の者もそれに賛同する様な言葉を孝雄実に話す。
「成程。分かりました、お話し有難う御座います」
孝雄実はそう言うとムーエリアの後を追うのであった。
この日から順次救出された者も彼女の魔法によって回復して貰い、活気を見せる。当然亡くなった者の遺族に配慮する為に大っぴらに喜びを見せる事はしなかったが、大規模な崩落事故に値する今回のケースで被害者がかなり少ない事はムーエリアたちのお陰であったのだ。それが良い結果をもたらす。十日目を過ぎる頃ムーレリアが村の中を歩くと人だかりが出来る様になる。回復した者とその家族たちがお礼を述べにやって来るからだ。そして彼女たちの武勇伝は口々に伝わり人を呼び寄せていたのだ。
「人助けと言うものは気持ちの良いものだな」
「はい、姫様の仰るとおりです」
一息入れようとセムレス男爵の屋敷へと戻った一同は彼女たち専用に設えられた食堂で寛いでいる。此処には孝雄実とサラ、それにマリアン達も加わっている。孝雄実たちは定期的に礼スレッド達が泊る宿屋へと顔を出し、情報交換を行うが基本的にこの屋敷に居る事が多い。
現在はホレムがお茶を入れムーレリアとツイーテアの二人が楽しそうにお茶を楽しんでいる。
「それにしてもムーレリアの人気は凄いな!」
マリアンは今では彼女の護衛役その二と言う立場となっている。孝雄実の奴隷である彼女が何故そうなったかは、気が合ったからとしておく。
「そうね。でも大丈夫かしら…」
サラは此処まで詠唱破棄による魔法を使用して王都の貴族たちがどう動くかと言う心配が脳裏を占めていた。
「なんだ、その様な事か。心配いたすなサラ。私に敵う相手などそうはおるまい。人間でいるとすれば孝雄実ぐらいだな」
「へーそんなに凄いのかご主人様!?」
マリアンは自分の主人を褒められて事の他嬉しそうな表情となる。
「ああ凄いぞ。魔力だけならば私が上だが、貯め込める容量がとんでもないのだ。私ですら恐れ戦くほどだからな」
そうムーレリアは孝雄実を褒める。これにツイーテアが驚いた。
「まさか人間で姫様が此処までお褒めになるとは珍しい事もありますね」
「そうか、私はただ純粋に評価しただけだぞ。本当に孝雄実の持つ才能はそこが知れないものがある。ツイーテアお前も彼と戦ってみよ。勿論剣の使用は無だがな」
そう言うとツイーテアの目が光る。彼女は親衛隊と言うデムレストア帝国の中でも最高峰に位置する実力者である。その為多少血の気の多い女性である。
「孝雄実君是非私と一戦、戦いましょう!」
そう言うと彼女は身を乗り出して彼に迫る。
「こらこら、孝雄実が驚いておるだろ。それにツイーテアと孝雄実の戦いはツイーテアが孝雄実の魔法を凌ぐと言うものだな。それならば両者に勝負できる筈だ」
「何か俺の意思は関係しなしだな」
「嫌なのか?孝雄実の実力を測る上でもツイーテアはいい人材だぞ。彼女は防御に特化した剣士だ。最大限度までに高めた魔法や思い付いた魔法を試すには丁度いいと思うのだが」
ムーレリアは楽しみそうな表情で孝雄実に話しかける。これは卵の世界で見た彼の実力を考えての提案である。加えて彼女自身が孝雄実の実力を見てみたいと考えているからだ。
「そうです。私は孝雄実君の魔法を防ぎましょう!さあ今すぐにでも!!」
最初、孝雄実たちとツイーテア達は距離が在った。しかし、一日、二日と時が進むにつれてムーレリアの取り成しが在ったことも関係するが、仲が良くなっていた。ホレムは依然として孝雄実を油断ならぬ相手と言う認識が在る。それはムーレリアの態度が原因なのだが、彼の目には孝雄実が色目を使っていると見えている。
「これツイーテア、この場では恐らく不可能だぞ。然るべき時に私が手配しよう。孝雄実も是非戦ってくれ」
「まあそれならばいいか。宜しくお願いしますツイーテアさん」
そう言って二人は握手を交わして戦う事を約束するのであった。
さて、ムーレリア達への対応に際し王都よりの知らせが来たのは意外と早いものであった。彼女たちがやって来て四日目の朝、高速便の鳩がフェーバル王のサインが認められて在る書簡を携えてセムレス男爵の元へと戻って来たのだ。特使が来ている以上追い返すことは出来ない。そして一日でも早く王都へと向かっていただかなくてはならないとその時は考えていた。そこにはこう書かれてあった。『二週間後には必要とする物資を満載にした商隊が到着する。その岐路特使を一緒に王都へとお連れせよ』最後にフェーバルの名が書かれてあり正真正銘の書簡である事が確認出来た。
「はぁー」
セムレスは大きく溜め息を吐く。二週間という期間は彼にとり相当長いものである様に感じられる。
「如何致しましたか?」
この知らせが来た事を同じ屋敷に寝泊まりするサラに知らせて執務室へと招き入れていた。そして彼女と二人の時に書簡を見ていたのだ。
「先ずは陛下よりの書簡を読んでくれ」
セムレスはそう言うと彼女に書簡を渡す。それを恭しく受け取ると読み始める。
「それでは失礼します」
この時二人心情はこうだ。セムレスは特使と言うだけでも厄介事と捉えていた。そして相手が魔族と言う初めての相手である。心労が心労を重ねとても持ちそうにない様な気さえしていた。対してサラは同情である。同じ男爵とは言え、中途半端な領主権限に留め置かれ、さらには王家所有の鉱山の管理まで行わねばならない。さらに崩落事故に魔族の特使と一気に舞い込んできてしまい憐れみさえ感じる始末だった。
「これは……」
その為にサラはセムレス男爵に対して何も言葉を掛ける事が出来なかった。彼女とて男爵位はあれども領地経営などした事は無い。軽々しく言葉を掛けていい様なものではないと考えている。
「ああ、何も言わんでもいい。やるしかない、やるしかないのだ。とにかく使用人どもには苦労を掛ける事になる。何が何でも報いてやらねば反乱が起こるかもしれんな」
そう言う彼の表情からはとても冗談で言っている様には感じられなかった。
「冗談でもその様な事は仰られない方が…」
「別に冗談ではないぞ。彼等はただ得さえ閉塞した空間の中日夜当家に仕えてくれているのだ。働いたら働いた分だけ報いてやらねば人は離なれてしまうのがこの村の現状なのだよ」
そう言うと彼は朝にも拘わらず一杯の酒を飲む。そして話しを続ける。
「この村の発展を妨げるゲータを一日でも早くどうにかしなければな」
正しくこの時サラの脳裏に浮かぶものが在った。彼女は直ぐにでも確認しようと彼に挨拶をして部屋へと戻って行った。
「ゲータ?それは何だサラ?」
部屋へと戻ったサラは早速ムーレリアにピュータ村へと向かう際の魔物の事を尋ねる。
「え、ああその名前は私たちの名前だったわね。メレーデストロさんのペットの事なのだけれど」
そう言われて彼女も思い至る。
「ああ、あの狼な。それがどうしたのだ?」
そう言われ、この村の現状と生態を尋ねる。
「それは確か孝雄実が倒したのであろう?なればもう二度と現れんよ。あの蜘蛛が再度解き放つような事をしなければな。でもやはり孝雄実の魔法は魅力的だな。是非ツイーテアとも闘わせてみたいものだ」
「そう。もう復活は無いのね。ありがとうムーレリア」
そう言うなや彼女は再びセムレス男爵の執務室へと戻る。そこで早速彼にこの話しをするのであった。
「何、もうゲータは現れないだと!?」
「はい、魔物との繋がりでムーレリアさんにこの話しをしましたところ、母体となる物を倒したのであれば復活することはないとのことでした」
「何と、それが真実で在れば大きくこの村の状況が変わるかもしれんぞ」
セムレスはそう言うと希望が見出せたと言わんばかりに声に生気を取り戻す。
「ええ、ですが注意は必要ですよ。詳しく理解しているとは言えませんが、縄張りと考えれば頂点に立つゲータが消えれば新たな動物なり魔物が現れる事も考えなければなりません。ですので、先ずは調査を行ってください」
そう言われて彼は早速行動に移すべく、特別に王国軍兵士を割いて調査隊を向かわせるのであった。
良い事は続くものである。心労を重ねる一因のムーレリア達へのこの村の人間達の見方に変化が生じ始めた。まず、使用人が魔族と紹介されても動揺しなかった。これは彼女たちの人柄が好印象であった事だ。横柄な態度も無く、全てを受け入れているから使用人も行動し易かったのである。さらに坑道で怪我をした者たちを無償で治した事だ。後者の方が村全体に彼女等の話しが浸透し易かった。
こうしてムーレリア達の長い様で短い二週間の滞在期間は過ぎていくのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
話しが思い浮かびすんなりと書けてしまいました。
ご感想お待ちしております。
誤字脱字有りましたらご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




