第七十話
セムレス男爵はもう一つ大きな課題を背負うことになる。その理由は特使を王都ドットゥーセまで運ぶ船の存在が皆無であった事だ。彼が所有する船は既にフレテスト・ホートマン男爵とティーナ達を乗せ出してしまっている。通常この場所は採掘した鉱石を船に加工して川を流して王都まで送っている。輸送を担っている商人たちはその船に乗って期間するのだが、特使をその様な船には乗せられなかった。
「どうすればいい、もうじき王宮より知らせが届く。まさか再度知らせる訳には行くまい…」
完全に失念していた問題であった。しかし、それで済む話ではない事を理解している。ムーレリアは連れを二人連れて彼の屋敷にやって来た。一同が緊張して待ち構える中を気軽に孝雄実と腕を組んで現れた時は温厚なセムレス男爵も珍しく沸点に到達せんばかりであった。だが相手は魔族であり特使である。一貴族の彼が口を挟んで良い問題では無かった。
件の問題が浮上した切っ掛けはムーレリアの発言であった。
「此処からは何で移動するのか?」
単純なようで非常に重たい問題を直視しなければならなかったのだ。これを知るのはセムレス男爵たちだけである。孝雄実たちはまったく与り知らぬ話しであった。
そこでセムレスは隠しだてすることは出来ないと真実を彼女に話した。
「本来この場所は特使が訪れる場所ではないのです。故に特使の方々がお乗りになる物が存在しません」
「その口振りからすると無いわけでもないのだな?」
そこから始まったピュータ村から王都へと戻る手段に対してムーレリアは意外にも興味を示した。何とっても急流を、鉱石を加工した急増の船に乗せて行くと言うものだ。この船は王都へと辿り着くと再加工の為に再び材料となる。これは木材を流すような要領である。これは陸路が危険であった為の手段であった。特に魔鉱石を輸送するためには狼に似た魔物ゲータの群れの中を進まねばならなかった。せっかく掘り出した鉱石も襲われれば無駄となる。そこで加工して素材ごと川に流してしまおうと言うことになったのだ。
しかし、ティーナが此方へとこれからやって来る過程で危険となっていたルートが解放されていた事を知ると自然と街道が整備されるようになり、片道となっていた川下りも解消されることになる。
ムーレリアは滞在三日目を数える頃になると自然と村の中を練り歩く事が多くなった。彼女たちは人間社会のルールに従うと言い王宮よりの知らせを待つことに快く賛同していた。渋られるかと思ったセムレス男爵は大いに安堵した。但しと言う言葉が後に続く。なるべく村の中を視察させてほしいと言う事が付け加えられたのだ。セムレスもこの提案には否を言えない。それ故に崩落事故の現場付近だけには近付かないようにとだけ言うと後はサラたちに任せると言う事を言い残した。
彼女はそれによってフリーパスを手に入れた様な物となった。
「ふーん人間の村とはこの様な物なのか」
ムーレリアを含めて魔族三名の孝雄実たち三名、計六名がピュータ村の中を巡る。村の中は崩落事故の影響が未だに色濃く残っている。現在進行中の出来事故でもあるが、多くの村人には笑顔が無い。セムレス男爵の元で聞かされた被害は死者を五百以上、負傷者はその三倍と言う甚大なものであった。特に二次被害が深刻だったのだ。一度目の崩落の原因は急激な大揺れが原因であると既に発表が為されている。二度目以降も度々起こる揺れが原因となっている。此方も発表されている。
多くの人間を失い、この村は仲間意識が強いが為に落ち込みが激しいのである。それをムーレリアは評しているのだ。
「仕方が無いだろうムーレリア、此処では多くの人々が亡くなったんだ。悲しみに暮れるのは当然のことだろ?」
「ああ、そう言えばそうであったな…」
自身が何故此方に特使出来ているのか、その根本原因を既に失念しているのであった。
しかし、一行はただ歩くだけとなっていた。と言うのも崩落事故後はどの店も休業し、事故現場において何某かの手伝いを行っていたからだ。料理系統のお店であれば調理した食べ物を現場作業員に振る舞い、材料を販売している店はそこに卸し、他にも必要な事は何でもやっていた為である。残されているのは小さな子どもとお年寄り、それに子供の母親たち程度である。
「なんか退屈だな…」
「そう言うなって、仕方ないだろ?」
「だけどな、孝雄実…」
この場にサラとマリアンは居ない。二人は事故現場へと情報を貰いに別れたのだ。現在、人間側は孝雄実だけとなっている。
「姫、余り我儘を申されますな。我らは国賓であれども礼を欠いてはなりませぬ」
ホレムは彼女の後ろに立ちながらその様に注意を促す。
「分かっておる。しかしだな…」
この時高身は彼女が非常に飽きっぽい性格だと理解した。
「ならムーレリアの世界の話しをもっと聞かせてくれよ」
「私たちの?それはデムレストア帝国の事か?」
ムーレリアはそう孝雄実に尋ねると彼は頷いた。
「そうだ。あの世界でも色々聞いたけれどまだ話していないことだってあるだろ?」
「まあそうだな。しかし、何を話せばいい?話すにしてもこれと言ったものが無ければ話す事も出来ないだろ?」
彼女にそう言われて孝雄実は一瞬悩む。しかし、それほど時間を掛ける事は無く直ぐに話題を提供する。
「間引きについてだ。前にその話をしてくれただろ。そこからさに聞きたい」
「ああ、確かにその話はしたな。しかし、それほど面白みのない話しになるぞ」
ムーレリアはそう言うと周囲に人の気配が無い事を確認してから孝雄実に話し始めるのであった。
場所は変わって、商人ティーナは順調に王都を出た後順調に行程を消化していた。
出発前に光の元素を持つ人間を五名借り受け様としたが、流石に希少な元素であり四名が集まり、一名足りない状況であった。そこは幸いにしてキャメルが補うことになった。その馬車はホルト王国製の馬車で、見た目は普通の幌馬車なのだが中が亜空間の如く凡そ通常の馬車五台分に匹敵する量を積み込める。
この馬車を担保として物資を運ぶための馬車を借り受けているのだ。数にして八十台。光の元素を持つ者が必要であろうとも商人には咽から手が出るほど欲しい馬車なのである。ではこの馬車は手に入らないのか、答えは手に入らないである。
馬車は壊れない、軽い(馬二頭で負担を感じることなく移動できる)乗り心地最高と言う何処にも真似のできない物である。先頭は王国軍兵士の主力が務めているが馬車の先頭はティーナが乗るそれである。続いて後ろにキャメルが乗る馬車である。この間をエレオノーラとフレテストが護衛として付いている。他にも冒険者の護衛は存在している。試験の時に対戦した先輩冒険者である。彼らも普通の新人冒険者であれば覚えては居なかっただろうが、自分たちを打ち負かせた者であれば話しは別である。エレオノーラ達を見つけるなり彼等の方から駆けより再開を喜んでいたのである。
だが喜びも束の間、今迄どうしていたのかをエレオノーラ達に尋ねると顔面蒼白となるのだ。それはピュータ村へ向かった話しを聞かされたからである。彼等にしても新人がその様な場所に行く様な事は自殺行為であると理解している。だからこそその様な表情となった。そして何故と彼等は尋ねると、エレオノーラが単純に答えた「十級の掲示板に依頼が出ていました」そう聞かされた彼等は唖然となるのであった。
とまれ今この場に居るのであるから全員が無事であることは理解できる。特にリィーナと言う女性冒険者が孝雄実の事を彼女に尋ねた時は大いに周囲を盛り上げた。エレオノーラは彼女の態度を見て孝雄実と再開したら話しを聞かなくてはと心の中はどす黒い何かに支配され始めていたのである。それは空中を飛ぶミレムが大いに感じ、主人である孝雄実の無事を祈るほどであった。
「この馬車がホルト製だとは驚きました…」
キャメルがその様に言うとエレオノーラが直ぐに反応する。周囲は王国軍兵士が囲んでいる為に安心している。
「キャメルは知らなかったの?」
「ええ、少なくとも私が知る限りでは見たことも話しを聞いたこともありません。ですがアイリャ・アイーダが存命の頃の製品であれば話しは別ですが」
アイリャは愛理、つまり孝雄実の姉の様な存在であり、何かと関わりが強い相田愛理のこの世界での呼び名である。この名は世界でも大きく知られていてエレオノーラもその名で理解出来るのである。
「失われた工芸品か…」
そう呟く様に言葉を発したのがフレテスト・ホートマンである。
「あら、ご存知なのですか?」
「その単語だけならね。嘗て膨大な魔道具を生み出した才女、アイリャは生前にとんでもない物を数多く生み出していた。一説にはそれを飛行できる物体を発明していたり、海中を航行できる船を開発したりしていたそうだな」
孝雄実が聞けば直ぐに形が分かり、どの様な物かを説明も出来るが、この場に居ない為に彼女たちも眉唾な話しと考えている。
「ええ、そのほとんどが噂程度の話しですが、この様な馬車を仮にアイリャがお造りになっていたのであれば信憑性が湧いてきますね」
「確か、アイリャも『呼ばれた者』だったわね。…孝雄実の姉の様な人だったかしら?」
エレオノーラがそうキャメルに尋ねると、あの日記帳の話しをする。知らぬはフレテストばかりである。二人はある程度話しを聞いている為に驚く事は無かったが、とんでもない真実を平然と聞かされる身に為って見ると堪ったものではなかった。彼は、厄介事は御免であると一度会話を止めてさせて、自分が移動した後に会話を再開するように言い残して前に出てしまった。
「彼には悪い事をしましたね」
「ええ、でも好都合よ」
「そうですね。そう言えば、あの日記帳はエレオノーラと孝雄実が一緒に購入したものなのよね?」
王都グローリンバリー内にある魔導書店にてその店の店主より渡された品である。日記帳には鍵が施されてあり、精巧に作られた鍵は孝雄実の手によって九百年の時を経て解除された。その代償は意外にも大きい物となるが……
とまれこの世界に置いて唯一書かれてある内容を読める者は孝雄実だけとなっている。その為に翻訳作業を店主より依頼されている。そして、キャメルはその翻訳作業の手伝いを行っているのだ。
「秘密にされているなんて、よっぽどのことなのかしら」
「どうでしょうか、私はただ孝雄実から質問を投げ掛けられ、それに答えると言うだけだったわ。内容は分からないわ」
しかし、それでも自分以上に関わるキャメルに少し嫉妬してしまうエレオノーラであった。
「ピュータ村に辿り着いたらその辺りも確りと聞かなければいけなさそうね」
「なるべく穏便にね。でもね、この馬車の事がもし書かれているのであれば世紀の大発見となるかもしれないわ」
キャメルこの馬車が普及した後の事を思い浮かべて話していた。今以上に大量に馬の負担にならずそれでいて商人の利潤を大きな物とする。誰にとっても損が無い様な代物に期待すること大であった。
「でも先程のフレテストさんの話から馬が無くても走る馬車なんてのもあるんじゃないの?」
エレオノーラがキャメルに尋ねると意外にも彼女は首を左右に振る。
「その話は聞いたことが無いわ。確かに私もその考えに至ったのだけれど、どうやらアイリャは造っていない様なのよ。逸話すらないとなれば本当にそれらを造らなかったのね」
「あらそうなの、不思議ね。空を飛ぶ、海中を走るとくれば陸を、ってなりそうなものだけれど…」
「だからこその馬車なのでしょう。今の技術ですらまったく造る事の出来ないものよ」
キャメルは技術畑の人間ではないが、ある程度魔法を知ることが出来れば馬車の内部を知ることが出来る。その根幹となるのが空間を広げるという技術だ。
「エレオノーラ、貴方は魔道具の造り方を知っているかしら?」
「造り方?いいえ知らないわ。そもそも私が魔道具を見る事が出来たのは孝雄実と旅に出てからだもの。若しかして簡単なの?」
エレオノーラはそう尋ねるとキャメルは意外にも頷いた。
「ある程度コツを掴めればね。そもそも魔道具に必要な物は文字の習得なのよ」
道中キャメルはその事について説明を行う。幸いにして馬車はキャメル一人で二つの動作をいとも簡単に行えた為にこの話しがエレオノーラ以外に漏れる事は無かった。
「先ず必要なのは魔法の知識と文字、それと魔鉱石ね。そしてアイリャは魔法の知識は無かったのだけれど、文字については非常に造詣が深かったようなの。私たちが使用する文字を始めまったく読めない文字も多用していたそうなの。一説には十カ国ほどの言葉を使用出来たとか。それに文字も数カ国の物をね」
「それって天才ってこと?」
エレオノーラはそのでたらめな知識の幅を聞くに、愛理と言う人物がどれほどの者か、既に自分の物差しでは測ることが出来そうにないと諦め始めていた。
「本人曰くそうではないそうよ。とはいっても大昔の人物ですからね、誇張もあるでしょう。今では彼女を目指すならこれ位は覚えなくちゃね、程度の話しよ」
そう言ってキャメルは軽く笑う。
「でも文字が重要だとして何処に書かれてあるのかしら?」
エレオノーラはコンロの魔道具を見た時それを隅々まで見た事が在った。しかし、その時には何処にも文字らしきものが存在していなかったのである。
「簡単よ。文字はね書き込むと消える仕組みになっているの。理由は分からないのだけれど恐らく魔力が関係しているのでしょうね」
二人の会話はピュータ村に着くまでの二週間、ほぼこの話しに費やされるのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
本年最後の投稿となります。早い物で初投稿以来、二カ月が経過いたしました。此処まで頑張ってこられたのも作品をお読みいただける読者あっての賜物で御座います。ブックマークを行っていただけた方評価をして下さった方、感想を書いて頂いた方を始め全ての皆さまに感謝を申し上げます。
来年も一層努力を重ねまして良い作品を書いて参る所存です。
それでは短くありますが、ご挨拶とさせていただきます。
皆さま良いお年をお迎えくださいませ。
今野常春




