第六十九話
セムレス男爵は孝雄実たち(交渉はサラ)が行った後直ぐに残った高速便用の鳩に手紙を認めて王都へと向かわせた。距離にして一日在ればフェーバル王を始め国の中枢の人間が議論を始められる。彼は当然国を揺さぶる程の議論が行われると踏んでいる。何と言っても魔族から国交を結ぶ為の特使がやって来るなど青天の霹靂以外の何物でもない。
「魔族から国交とは…」
セムレスの予測通り一報を得た中枢の人間達が集められている会議室では喧々諤々の議論が行われていなかった。余りにも予想外の展開に言葉が無かったと言う方が現実的である。王都グローリンバリーでは昨日、商人ティーナを代表とした商隊を出したばかりである。これで一息といったところに再度、崩落事故以上の衝撃が国を襲うのである。フェーバル王を始め、今や右腕とも言える軍務大臣アレンゼントル以下大臣は唸るしかなかった。
「セムレス男爵は誠実な人物です。虚偽を述べる者では在りませぬゆえに此処に書かれてある事は事実でしょう…」
アレンゼントルはセムレス男爵をよく知ることからその様に話す。彼はフロランス家の流れを汲む家柄に属している。門閥とまでは行かないがアレンゼントルのフロランス家は王家に次ぐ力を持っている。
「それはよく分かっている。しかし……誰ぞ魔族と出会った事が有る者は居ないのか?」
フェーバル王がこの場に居る者にその様に尋ねる。そう、魔物の認識はあれども魔族と言う概念は彼等には無かったのだ。それ故に彼等は困惑しているのである。
「陛下、恐れながら…」
ドットゥーセ王国の統治は、王制ながらも意見は平等にという観点から大臣が出席する席は円卓が採用されている。但しそこは王が臨席する場所である。一ヶ所突出した席が有る、そこに王が座り時計回りに順位が繰り下がる。今発言を行ったのはフェーバルの正面に居る人物であった。
「自由に発言せよ、ゲルエア伯爵。此の場はその為に造られてあるのだ」
アレンゼントルがフェーバルの代わりに答える。
「はっ!我が祖先の話しになります。当家は二百年の歴史を数えますがその中で二代目当主マセレが魔族と称する者から品物を購入致しまして…」
彼がそこから話した内容は屋敷に飾られてある絵画であった。流石伯爵家と言える出来栄えの絵が屋敷へと入ると正面に見える様に飾られてあるのだ。まるで魅入られる様な気分になると言われるほどに見事な出来栄えであった。この中にもその絵を実際に見た者が数名存在する。話しを聞いて行く中でそう言えばと思うものが居たのだ。
「なるほど、その話が事実であれば魔族は居ると言う事だな。ではその様に考えるとして皆の意見を聞こう。私の意見は最後に述べる」
本来ならば意見を述べてからとなるのが通常なのだが、最高権力者であるフェーバルが意見を述べればそれが決定事項の様に話しが進んでしまう。そうならない為の策であった。
「承知いたしました。それでは僭越ながら私、アレンゼントルが答えを述べさせていただきます。私は国交樹立に賛成の立場であります。軍務大臣としても魔法と言う観点から非常に重要な物を得る事が出来るのではないか、そう考えております。さらにこの時期に現れたと言う事はピュータ村の事と何某かの関係が有ると言う事だと考えております。特に後者を考えて居りますれば一向下さると幸いです」
アレンゼントルはその様にフェーバルに向かって意見を述べる。大臣は全部で八名存在する。彼から始まり順番に意見を述べて行く。概ね彼の主張に追従する様な答えばかりであった。
ところが一人だけ反対の立場を表明する者が居たのである。
「私は反対ですな。先ず魔族と言うものがどれほどの者かが分かりません。加えて国や文化、風習を知らずして国交を簡単に結ぼう等とは軽挙に過ぎると言うものです」
反対意見を述べるのは学術大臣のコレイト・ムサソーダ侯爵である。彼はアレンゼントルと同じ爵位であるが領地を持たない貴族である。故に王宮内に限って言えば実質的な裁量権を含めて王に次ぐ人物である。加えて最大利権の詠唱関連を一手に請け負う部署の大臣であれば、今回の事は反対の立場を表明するのは当たり前なのかもしれない。少しでも不都合な物が介入しようとすれば排除し、既得権益を守るのである。
「ムサソーダ侯爵は反対と言う事ですか?」
「左様。フロランス侯爵、よく考えてくだされ。我らは長い年月を掛けてドットゥーセ王国を盛りたてて参りました。人と魔族とてもではありませんが相容れる存在ではないのではありませんか?そんな異端な存在を受け入れてしまって、国家がどうなるかを冷静にお考えあればお考えは変わる筈です」
言葉は一見国家、王に忠誠を誓った者の発言である様にも取れるがそうではない。コレイトの考えは魔族から得られる知識によって詠唱破棄が広まってしまうと言う恐れである。
彼の家は嘗てホルト王国からの輸入に頼って来た魔道具の製作で横やりを入れた家である。ドットゥーセ王国では詠唱破棄にも等しい存在と考えている魔道具は利権を持つ者にとっては都合の悪い代物である。彼等の権力を甘く考えてはいけない。当代の王肝煎りで進められていた魔道具開発も諦めざるを得ないまでに追い込まれたと言う事案が有る。たとえ最高権力者と言えども考えを翻意させるだけの権力を持っているのだ。
「だが、実際に特使はやって来るのだ。今更送り返すなどとすればそれこそ国家の恥さらしとなる。魔族相手とはいえ礼を失するなど国家を運営する者がやって良い行動ではない」
「そうですな。そこの意見はフロランス侯爵に賛同いたします。ですので、会談は行いましょう。相手との議論も確りと行いましょう。ですが最終的にお断りして頂くと言う事です」
最後まで言い切るとアレンゼントルに向けていた視線をフェーバルへと移す。既得権益の長コレイト・ムサソーダ侯爵はいざとなれば多くの貴族と共に反乱を起こせるほどの権力を持っている。貨幣経済は貴族を中心に浸透している。詠唱と言う一種のビジネスを肥大化させて様々な利権を生み出し、大半の貴族をその甘い汁に吸わせるなどして逃れられなくしているのだ。人事権をフェーバルが持っていても実利はコレイトが持っている。人事権や権限は権力…この場合は力と置き換えてもよいだろう。これによって裏打ちされなければ案山子も同然である。コレイトは甘い汁を吸い続ける為には、と囁くだけで王の意見に反対も出来るのである。
それ故の最後の言葉である。アレンゼントルとフェーバル、他にも数名は渋い顔をしている。それを分かっていながらも堂々と彼は話しをしているのだ。
「なるほどムサソーダ侯爵の意見を分かった。他に反対意見を述べる者はいないか?」
ここでフェーバル王が全員を見てその様に尋ねる。
「居ないようだな。では余の意見を述べる。余は魔族との国交樹立に賛成の立場を取る」
そう宣言するように声を張る。全員を軽く見やり、最後にコレイトを睨み付ける。
「余は考えるに国家を発展させるためにはそろそろ大きな何某かを行わねばならぬ時が来たと感じておる。今回魔族と言う異なる存在ではあるが、だからこそ打って付けの様な気がするのだ。ムサソーダ侯爵の考えは十分に聞かせて貰った。その上で、国交樹立前提で話し合いに臨む。但し、有益と感じられなければ断ることも考えておる」
「なるほど陛下のお考え誠に以って尤もな物であります。多く民の為にと考えられる陛下の慈悲深さにわたくしも反省せねばなりませぬ」
コレイトはそう言うと深々と頭を下げた。
フェーバル王の言葉によって大勢を占めていた考えが基本方針となった。コレイトも最終的には賛成の立場となったが、決定的な決裂を生み出したことも否めない。フェーバルは内心で巨大な既得権益にメスを入れる日が来たと考えているのだ。それはアレンゼントルを始め彼の忠臣たち一同同じ考えである。この瞬間、フェーバルを中心とした王族側とコレイトを中心とした既得権益側とに別れるのであった。
しかし、表面上は王を中心とした王制を保っている。これは外国に内情を見られない為である。一度隙を作れば攻め込まれる。それが分かっているからこそ対立も分からない様に行うのである。
「ふぅーまったく…」
フェーバルは会議が終了するとそう悪態を吐く。所お量と同時にコレイトは会議室を後にしている。その為今ここに居るのは彼に忠節を誓う者だけとなる。唯一フェーバルが大臣を罷免することも任命することも出来ないのが学術大臣であるのだ。法によってそう定められているのである。王と言えども法を犯すことは禁じられている。
「陛下、この度のご心労誠に以って…」
アレンゼントルは代表してフェーバルに言おうとして言葉を遮られる。
「言うな、アレンゼントル。全ては分かっていた事だ。余の代で膿を出し切らねばならぬ。魔族の出現は渡りに船である。コレイトもそれを分かった上であのような発言をしておる以上対決は避けられまい」
フェーバルがそう言うと全員が頷く。ドットゥーセ王国は発展速度が停滞気味となっている。と言うのも学術を一手に握られた中では勉学すらも既得権益の中に取り込まれているためだ。金が無ければ勉強が出来ない。即ち限られた者にしか教育を受けられないことになる。各領地で教育を行うがあくまでも最低限度の事である。それすらも差が存在する始末である。此の場に居る者は全員が領地を持つ貴族であり、教育も確りと領民に行わせてはいる。しかし、彼等の財力を以ってしても全ての子供に教育を受けさせるまでには行かない。特に高等教育ともなれば限られた者に補助金を出す程度にまで落ち込んでしまうのだ。その金は全て学術省に収められる。そこから各貴族にお金が流れるのだ。
フェーバルを始めその流れを一度壊さなければならないと考えている。しかし、長い年月国家と共に肥大化したそれは魔物と言ってもいいほどに成長している。むしろ国家と同化してしまっている可能性すら考えられるのだ。人は一度ぬるま湯につかるとそこから受け出す事が困難に陥る。果たしてこの対立に耐えられる者はどれだけいるのか、皆目見当もつかないと言う事だ。とまれ最初に被害をこうむるのは社会的弱者と相場が決まっている。必要な犠牲と言うものは無い方が良いに決まっているが、国家を永続させるためには仕方が無いと腹を括っている。
「さあ、先ずは魔族の特使の受け入れだ。余の考えは国交を結ぶと言う事だ。それ前提で動いてくれ!」
フェーバルの言葉でこの場に留まっている大臣達は行動を開始する。待遇は他国と同じである。其れだけでも準備には一月を要する。だからこそ全員必死に動く。
最初はフェーバル王のセムレス男爵への返書である。自身で認めた手紙とそれを証明するサインを書き、セムレス男爵の高速便に持たせて飛び立たせた。
一方早々に会議室を出たコレイトは王宮内にある一室へと入った。
「ムサソーダ卿、本日は如何なされました?」
その場に居る者は全てが彼のシンパである。入室すると一斉に立ち上がり礼を取る。その中の一人がコレイトに尋ねる。
「魔族の国から国交を結ぶべく特使がやって来る。王を始め大臣連中は概ね締結することに前向きだ」
その様に彼が言うと一斉に非難の声が上がる。此の場の人間は大層甘い汁を啜る者たちである。彼の会議での内容を聞くと反射的に権益侵害を察知したのである。それを確認したコレイトはニヤリと心の中で行う。此処まであからさまであれば必ず自分に着いて来ることを確信した瞬間であった。
「馬鹿な、陛下は我等をどうお考えなのです?」
「そうです。ムサソーダ卿、我らはドットゥーセ王国の為に粉骨砕身の思いで頑張ってまいりました」
「魔族とは一体どのような者なのです?」
しかし、その場で唯一異なった質問をした人間が居た。彼を除けばどれだけ頑張ったかを見栄を張る様にアピールを行うのに余念が無かったが、声を張り上げないながらも聞きとり易い声でコレイトに尋ねる。
「どう言う意味かねフュイガン?」
「そのままの意味です。私は、いや私を含めて魔族と言うものがどう言ったものなのかが分からなければ、賛成も反対も表明できません」
フュイガン・レイテッド子爵は努めて冷静な人物である。彼も詠唱と言う中で甘い汁を啜れる側の人間であるのだが、絶対的な追従をすることが無い人物である。
「ふむ、そうだなフュイガンの言うことも一理ある。王が言うには先ずは会ってみると言う事だそうだ。それで合わないと判断すれば国交樹立を断ると言う事で決定した」
「そうですか…全ては会うまでは分からないと言うことですか」
二人は侯爵と子爵と言う絶対的な差があるにも拘らず言葉づかいはそうではないが雰囲気は対等な物が有った。それをいち早く察知したのは周囲に居る貴族たちである。この様な物を察知するに長ける貴族たちの鼻や触角はとてつもない感度を持っているのだ。
「レイテッド卿、君は礼を失するのではないかね?」
「左様、君は子爵位だ。ムサソーダ卿は侯爵位で在らせられる。もっと言葉づかいも態度も敬うべきである」
その場は彼を糾弾する場に変貌を遂げる。それでもフュイガンの態度は変わらない。
「諸君落ちついてくれ。君たちの行動には感謝するがこの場では我らは同士である。爵位などはあくまでも王が与えてくれた程度でしかない。我らは崇高な事業を営む者たちの集まりである。気にするな」
とまれこの中で最高権力者はその様に話すコレイトである。その彼がそう言えば誰もが右向け右なのであった。
コレイトは従順な者はもちろん必要であるが、フュイガンの様な考える者の方が得難い人材であった。
「ムサソーダ卿がそう仰るのであれば是非もありません。しかし、今後の行動は如何なされます?」
また違った者がコレイトに尋ねる。
「暫くは静観である。私としても情報が少なすぎる。果たして我らの妨げになるのかどうかまさにこの一点を見極めなければならない。魔道具の連中は抑え込んである。魔族と結んでそこが息を吹き返す様な事は在ってはならんからな。それに…」
そう言うと一斉に頷く。そしてコレイトが言葉を続けようとするとフュイガンが言葉を被せる様に話す。
「若しくは詠唱破棄などと言う事が考えられるですか?」
そう言うと室内の空気が凍りつくのであった。魔道具よりも此方の方が大打撃となるからである。
「出来ればそれは隠して欲しかったな。要らぬ不安を掻き立たせるものではないぞフュイガン」
苦笑い気味にコレイトは彼に言い放つ。しかし、目は真剣なものである。これによって水面下での行動が大きく逸脱することが有るかもしれないからだ。徒に不安を募らせ自爆する者が出かねないと言う事である。
「申し訳ありません。しかし、この場に居る方々はそれを確りと理解出来ると考えております。ムサソーダ卿の仰るような事にはならないでしょう」
そう言われると貴族たちは何も出来なくなる。見栄や変なプライドを気にする彼等は下手な行動は取れなくなる。コレイトは上手いなと感じながらも警戒するに十分な情報を得たのであった。
「皆も決して徒に行動しない様にな。沙汰は追って指示する」
そう言ってこの部屋に居る人間を解散させる。そして一人になった部屋でコレイトは椅子にどっかりと腰掛けると大きく息を吐きだす。何処からともなく出した酒を飲みながら思案に耽るのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
ご感想お待ちしております。
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それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




