第六十八話
「なんですと、魔族の国から特使として皇女がやって来る!?」
そう驚いたのはセムレス男爵であった。彼はピュータ村の領主に当たる長官と言う人に就いている人物である。権利が微妙に分けられている為にその調停役にはぴったりな性格をしている。とても温厚な人物であり、平民にも傲慢な態度を取らないことから選ばれている。その彼が素っ頓狂な声を上げている。
「はい、明日になりますが、崩落のあった坑道の奥に存在します卵の置かれる部屋にやってきます。つきましてはフェーバル王に取り次ぎをお願いしたいのです」
この様に話すのはサラである。孝雄実ではその辺りの配慮や仕来りを理解していない為である。貴族にはやはり貴族で当たらなければならない。レイスレットが居れば彼もこの話しに参加出来る。若干十五歳であれども王族の風格を持ち始めている彼はサラ以上に貴族との交渉は上手くいく可能性を秘めているのだ。
今サラが話している理由は、セムレス男爵の屋敷へと移動中に孝雄実が思いだした事で話し合った結果である。男爵家の家令カースレアにも事前に話したとはいえ移動中に話した程度である。深くは聞かされてはいない中での提案である。とてもではないが直ぐに許可を出すわけにもいかなかった。
「う、うーん。いきなり明日に訪れるとな…それに魔族とは…」
セムレスはそう言って唸る様に考え込んでしまう。
「やっぱりいきなりじゃ無理なんじゃないのかなご主人様?」
「そうだよな。でもムーレリアは必ず明日来るぜ」
二人はサラとセムレスの会話を聞きながら小声でその様に話している。この場にはカースレアは居ない。彼はセムレス男爵に孝雄実たちを合わせると現場へと戻って行ったのだ。僅かな時間と言えども、現場を空ける訳にはいかないのであった。
「ですが、必ず特使は明日訪れます。その際、王宮への知らせが届いていなくともこの場での受け入れを行っていただきたいのです」
そう、ムーレリアはその様に孝雄実たちに話し、デムレストア帝国へと戻って行ったのだ。どの様な人数で来るかは定かではないが、それなりの然るべき体で現れる事は確実である。
だが、セムレスが悩むのも無理はない。坑道での崩落事故によって人も物資も取られているのだ。とてもではないが外交特使を受け入れる余裕はない。魔族と言うのも一因ではなるが人が居ないと言うのが大きなウエイトを占めている。
「王宮へは可及的速やかに知らせを出そう。だが本当にどうしたものか…この場所は外交特使が訪れる様な事は想定されていない。むしろ他国に知られない様な造りを施してあるのだ。故にその特使が止まれるような場所が無いのだ」
サラに対してはセムレスがその様に説明する。
「でしょう。恐らく特使もそれを考慮しているはずです。ですので、対応は私共が行いましょう。幸い此方に居ります近藤孝雄実が特使と大変懇意にしております。彼の申す事なれば特使も不平不満を漏らす事は無いと考えております」
彼女の性格を短時間であったが、一応掴んでいるサラがその様に分析しての話しである。
「そう言うがな、相手は特使であるぞ。そう簡単に個人的な親交の元に任せるわけにもいかんであろう…」
これは国のメンツが問題となる。特に他国と隣接する貴族は特使に対手は礼を失する事は許されない。万が一印象を悪くして友好関係を悪化させれば戦争と言う事にもなりかねないのだ。政治の延長が戦争と考える場合もある。一貴族の影響が国家を滅亡させる可能性も否定できない場合がある。セムレス男爵はその辺りの事まで考えて話しをしている。
結局ムーレリア達は王宮からの返書を受けるまではこの村に留める事になった。その間はセムレス男爵の屋敷に逗留させることになる。孝雄実たちもその間一緒に生活をすることになる事が決まった。
翌日、村は日が昇ると夜以上に騒がしい雰囲気が包み込んでいる。やはり闇と言うものは強いと言う事だ。陽の光が注ぎ込むと今まで見えなかった場所が見えたからである。それ故に作業が捗るのである。
「さてと、俺たちはこれから荷物をセムレス男爵邸に移す。レイスレット達は此処に残ると言う事でいいんだな?」
「はい、僕たちが拘わると煩わしい事になり可能性が有りますから。大人しくこちらに、それに坑道の復旧の手伝いもしなければなりませんから」
朝食を専用の宿舎で摂っている最中の会話である。この場には元近衛騎士団から冒険者になった者と少し離れた場所に商人ティーナの従業員らが食事を摂っている。
「分かった。セレナルさんたちも同様でよろしいですか?」
「そうだな。フレテストも居ないことから孝雄実たちと行動するよりはレイスレット達と坑道を取る方が良いだろう。それに特使を知る人間は少ない方が良いのであろう?」
彼等は一番に坑道内で脱落した者たちでもある。メレーデストロの張り巡らせた糸によって弾かれたのである。彼は目が見えず魔力を感じる事で気配を察知しているのだ。それも一定の基準を以って、セレナル達はそれ以下の魔力を持つだけであったのだ。
「済みません。セレナルさんの仰るとおりです。なるべく知る人は絞った方が良さそうです」
この言葉は孝雄実の代わりにサラが答える。同じ男爵位を持つ者同士であれば要らぬ波風を立てなくてもよいと言う考えからであった。
三人はレイスレット達から別れるとセムレス男爵の元へと向かう。早朝だと言うのに彼の屋敷は慌ただしさ一杯であった。それもその筈、彼等は特使の受け入れ準備も加えられ戦場と化していたのである。三人は取り分け孝雄実は進む中周囲で忙しそうに働いている人を見ては済まなさそうな表情を浮かべていた。
「お待ちしておりました」
入り口では家令のカースレアが待っていた。表情は相当酷いものである。隈はもとより頬がやつれてもいる。これでは心配せずには居られない。三人は其々気遣う言葉を掛ける。
「全てが終われば不足している分の睡眠をとります。ですので、心配無用です。さあ、旦那様がお待ちです。こちらへ」
そう言って歩く足取りは一見確りとしているが一瞬足が縺れる場面を見るとそうとは言えない気持ちになる孝雄実たちであった。
「おはよう。早速だが特使の受け入れは何とかなりそうだ。必要な物はおいおい君たちから知らせて欲しい。出来る限りの事はするつもりだ」
執務室へと案内されるとセムレス男爵が彼等を出迎えた。彼もカースレア同様に頬がこけ始めているのを確認した。
「おはようございます男爵。失礼ですが大丈夫ですか?」
「ああ、問題は無い。後でたっぷりと寝るからな」
主従とは似た者同士がなる場合が有る、今この二人はその言葉が当て嵌まる。
「体を労わってください。それと受け入れの準備本当にありがとうござます」
「ありがとう、ローンステッド男爵、それに特使を受け入れると言う事は私にとっても悪い事ではない。全力で頑張らせてもらうよ。それでだ、何時頃此方へと到着するのかね?」
カースレアは孝雄実たちにお茶を出すのを忘れない辺り流石の家令である。
「昼を過ぎたあたりに坑道へと潜ります。その際人員をなるべく此方へと振りむけないよう願います」
進入する際の入り口は全部で三か所ある。孝雄実たちが進むのは左の入り口である。
「わかった。それはカースレアが行うだろう。それでは後は任せるぞ」
セムレスはそう言い残すと執務室を後にするのであった。後で聞けばこの後直ぐに現場を視察に向かうのだと言う。これはカースレアが判断してセムレスに進言したのである。つまり現場が落ちついている今、彼等に励ましと労いの言葉を掛けて貰おうと言う魂胆であった。
「それでは皆様のお部屋へとご案内いたします」
そう言ってカースレアは孝雄実たちを案内した。部屋は二部屋孝雄実が一人部屋で、サラとマリアンが同室である。ちなみに孝雄実の隣がムーレリアの泊る部屋となっている。
「ふーなんか、大事になり始めているな」
昼前孝雄実たちは昼食を早くに摂り、坑道へと向かう。入り口へと近くなるとカースレアの指示通りか人が疎らとなっている。そもそもこの辺りは被害が少ない場所であった為と言うのもあるが、それでも人が減る辺り彼がその様に指示を出していたのである。
「まるで昨日とは別の雰囲気が有るな」
「そうね。魔力は感じられるけれどなんて言うのかしら、神々しい感じ?」
「邪悪さが取り払われたってことか?」
孝雄実たちはそう話しながら奥へと向かう。先ずはメレーデストロが居る場所へと赴く。その場所を通らなければ卵のある部屋へは辿り着けないからである。
「ようこそ。さあ、もうじき姫が到着なさいます。早速卵のある部屋へと移動しましょう」
件のメレーデストロは今かと孝雄実たちを待っていた。と言うのも彼は魔力を感じて周囲の気配を察知している。その為に孝雄実たち三人の接近はとっくに分かっていたのだ。それにムーレリアの魔力も近付き始めていたのを感じ取っていた。
「こんにちは、それでは向かいましょう」
四人はそう挨拶を交わすと急ぎ足で卵の部屋へと向かったのである。
幸運にも孝雄実たちが一足先に到着していた。メレーデストロはばれない様に息を吐きだしていた。彼としてもこれ以上ムーレリアの心証を悪くはしたくないと言う思いである。その差は十分ほどであった。空間を割く様にして彼女たちが現れたのである。最初に出て来たのは親衛隊の剣士たちである。続いて侍女の様な者が姿を現し最後にムーレリアが現れた。その姿は昨日までの衣装でなくデムレストア帝国の正装で着飾っていたのである。
「時間通りであるな。おお、孝雄実待っていたか、済まないな!」
ムーレリアは周囲の反応などお構いなしに孝雄実へと近付いて彼を抱きしめる。彼女にしてみれば挨拶の様な感覚であった。しかし、彼女に着いているのはそれだけでは無かった事をムーレリアは失念していた。
「なりませんぞ、姫!人間の男になど抱きつく物ではありません!!」
そう言ってムーレリアの行動を止めたのは執事風の魔族である。背丈は二メートルに近く、体躯もがっしりとしているである。そんな彼が二人の間に割って入ろうとする。それは人間の目では追えない速さであった筈である。
「あぶなっ!!」
孝雄実は抱きついているムーレリア共々体を捻り彼の動きを躱。その行動に剣士たちからは孝雄実を称賛する声が上がる。他にもついて来た魔族は驚きの表情になる。
「なんだ。折角再開を喜びあっていたのに無粋であるな」
「何を言っておられますか!デムレストア帝国継承一位のムーレリア姫で在らせられますぞ!それを一人間如きにその様な行動を、私は悲しくなります!!」
「まあいいじゃないか。異人種間の交流も必要だ。今日はその為にこの場所へと来たのだ。第一歩としては成功ではないか?」
ムーレリアは自分の味方である剣士と侍女を見やる。当然の様に彼女の言葉に賛同するものばかりであった。
「先ずは三人を紹介しよう。私の隣に居るのが近藤孝雄実、地底竜メアレステロン公に直にお目見えを許された人間だ」
ムーレリアがその様に魔族の物に紹介すると大きな声が上がる。魔族が声を上げる事でどれだけ孝雄実が出会った人物が崇拝されているのかを彼は理解した。
「そして左右に居るのがサラとマリアンだ。マリアンは孝雄実の奴隷なのだそうだが、余り気にするなよ。さて彼等の紹介はこれでよいな。次は私の方だが…私の剣士たちは後ほどとするとして……私の執事として従っているホレムじゃ」
その様に言うと彼は礼に則った仕草を取る。
「初めまして、わたくしムーレリア姫の執事を任されております、ホレムと申します。執事と申しましても基本的に姫のお目付け役で御座います。不埒な輩を排除する事に重きを置いておりますのでくれぐれも!ご注意いただきたい」
ホレムは基本的に孝雄実を見て話しをしている。サラとマリアンには一目見ただけであった。
一行は早速移動を開始する。坑道を抜ける間、孝雄実はムーレリアに状況の説明を行う。
「そうか。しかし、それは仕方が無いであろう。暫くお世話になろう。ホレム人員を一度整理せよ。此方の王へと面会を許されるまで国元へと戻せ。親衛隊もツイーテア以外は問題なかろう」
ムーレリアの言う事は絶対である。誰もが文句を言う事は無い。
「承知いたしました」
ホレムも大抵の事は彼女の言うことに従うのである。結果としてフェーバル王の許可をピュータ村へ届くまで滞在する人員はムーレリアとツイーテアに加えて執事のホレムとなった。孝雄実たちも内心では安堵のため息を吐いている。セムレス男爵を始め、崩落事故を主として対処している中での負担は最小限度にまで抑えられると考えたのである。
「さてこれで良かろう。それでどれ程この場に留まればよいのだ?」
「王都からの連絡が有るまでなんだが、俺たちはそこまで知らされていないんだ。だから滞在先で聞かなければならない」
孝雄実とムーレリアは先頭を歩いている。その後ろをサラとマリアンが、さらに後ろをツイーテアとホレムが続いている。特に二人は多くの荷物を抱えている。これらの大半は滞在する時のムーレリアの荷物である。
「ぐぬぬ、小僧が…」
「抑えてくださいホレム様。こちらでは人間が主体です」
荷物さえなければ今すぐにでも飛び出さんばかりの怒りを貯め込んでいる。それを苦労しながらツイーテアが抑え込んでいるのだ。
「分かっておる。これはあくまでもデムレストア帝国の威信が掛かっておることぐらいな。しかも初めての外交交渉である。姫以上に皇帝陛下が入れ込んでおる。決して失敗は許されん…」
魔族の中でも絶対的な権力者、圧倒的な強さを持つそれが皇帝である。そんな人物に反対できるのがムーレリアだけである。父であるが故にどうしても甘くなってしまうのが難点である。普通ならばそれで不満が噴出するが、そのムーレリアも圧倒的な強さを持ち、否を言わせない。
今回も最初はムーレリアの突発的な提案であった。デムレストア帝国内で感じた魔力暴走の話しを聞いたムーレリアは周囲の制止を聞かずに飛び出した。そして帰って来るなり結論だけを皇帝に述べると対処法として人間の国と国交を結ぼうと言い出したのだ。周囲は幾らかの反対を述べたが莫大な魔力を感じた理由を述べた事でその反対を封じ、言い出した自分が交渉を行うと言い出したのである。いざとなれば皇帝自ら乗り込めばいいと考えている為に、先ずはやらせてみようと言うことになっていた。
その様な経緯を知らない二人は失敗と言う事の恐ろしさを恐れていたのである。
ムーレリアは全てを知っている為余裕の態度で孝雄実と会話を楽しんでいる。ほんの僅かではあるがツイーテアもホレムの怒りを理解出来ていたのであった…
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それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春
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