第一話 どこですか?ここ…
6月3日より大幅修正を実施中です。
近藤孝雄実は周囲を見渡し愕然としていた。見渡す限りの大森林。
寝た時は確実に家の布団で寝た筈だった。
「うわっ、いきなり舐めるなよ。……猫か?」
孝雄実は黒を基調とした猫風の子供を、両手で目線の高さまで持ち上げた。
『ギャウ!』
その瞬間彼の中で猫の線は消え去った。
「となると虎が濃厚だよな…… 珍しいブラックタイガーにホワイトタイガーか……」
孝雄実は両方を抱き上げ、胡座をかいた足の上に乗せて撫で始めた。
『ガウ!!』
小虎が嬉しそうにする傍ら、どうしたものかと考える。
「先ずはここが何処だか考えよう……」
孝雄実は何故此処に居るのか、という考えは捨てていた。過去に何度か体験していたからである。
しかし、森の奥地で小虎二頭と一緒というのが初めての事だった。
「動物保護団体の方々が今の状況を見たら何て言われるだろうな」
孝雄実は半ば現実逃避しながら考えていると、白い小虎が足元から抜け出し少し離れた場所へ移動した。
だが、黒い小虎が寝ている為後を追うことが出来なかった。
「待て!って行っちゃったか…… お前らもどうして此処にいるんだろうな……」
毛並みが気持ち良いのか孝雄実は終始黒い小虎を撫で続けていた。
暫くすると逃げ出した白い小虎が、孝雄実の下へ帰ってきた。
「戻ってきたか、野生の本能かな。何を口に咥えているんだ?」
孝雄実は口に紐状の物を見て、小虎の後ろを見た。すると見慣れたバッグが在るのに気が付いた。
「あれって俺の…… これに気が付いて取りに出たのか?」
『ガウッ!』
小虎が答えると孝雄実は撫で回す。
「有難うな!白い小虎…… お前はホワイトな!」
孝雄実が名付けると一鳴きした。すると一瞬光を放ったように見えた。
「光?もしかして車か!」
思わず孝雄実は立ち上がり、その事で黒い小虎が地面に転がされた。
『ギャウ!?』
痛みを振り払う仕草を見せた事で、孝雄実は抱き上げる。
「悪かった。お前にも名前が必要だよな。ブラック、毛色が黒だからこの名前にしよう」
ホワイトと同様に鳴いた後、やはり光を放ったことで、車ではない事を知らされた。
「車じゃなかったか……」
孝雄実はそう呟くと、丸太の上に腰を下ろした。小虎も後に続き、丸太に飛び乗った。
「さてバッグには何が入っているかな……」
孝雄実は膝の上にバッグを置き、馴れた手付きで中身を漁り始める。
「ライターに、クロスボウ? あとは化学の教科書、まあいいや。目ぼしい物はこんな…ああ、ライトか、これは必要だな」
ライターをポケットに仕舞い、手にはライトを持つ。クロスボウと教科書はバッグに入れ立ち上がった。
「何時までも此処には居られないよな。お前たちも来るだろ?」
孝雄実の言葉に二頭は鳴いて答えた。
「とは言え無闇に歩けば失敗する。それに日没が迫っているか…… よし先ずは眠れる場所と飲み水の確保だな!」
テレビで見たサバイバーな内容を思いだし口に出すと、ホワイトが裾を引っ張っているのに気が付いた。
そしてブラックは少し先に移動して孝雄実を呼んでいる様に見えた。
「そっちに行けば良いのか?」
この言葉に二頭は『そうだ』と言うように鳴いて答えた。
孝雄実はどういう訳か二頭を信じて森を突き進む。
馴れない場所であることもそうだが、信じようという何かが突き動かすのだ。
「ふう、馴れない場所だと疲労感が半端ない……」
整地されない道を歩いている為、どうしても体に負担が掛かっていた。
ブラックは先に移動して道標となり、ホワイトは寄り添って歩いている。
動物であれ子供が頑張っているのに孝雄実がへばる訳にはいかなかった。
「それにしても一向に明かりが見えない。日本でもこういった場所が在るんだな」
大都会の中で生活する孝雄実は、田舎の風景や大自然というものを写真や映像でしか見たことがなかった。
だからこそ、彼なりの知識でそう感じていた。
それからも森を進んでいると、水の流れる音が聞こえてきた。
「水…… 川かっ!!」
『ギャウ!』
早く来い! ブラックがそう言うように鳴くのと同時に、孝雄実に力が甦る。
足の疲労感を顕著に分かっていた体は、吹っ飛ばすように駆けていた。
一人と二頭は川を発見した。冷気を感じ、火照った体を実感させる。
二頭は我先にと飛び込むと脚が着く場所で水を飲み始めた。
「あいつらは飲んでいるけど、人間が飲んでも大丈夫なのか?」
川に近付いた孝雄実は両手で掬い上げ匂いを嗅いだりする。素人が分かるわけないが、やらないよりはましだと考えていた。
だが咽の乾きは深刻だった。目の前に綺麗な水が流れている現状に堪えきれなくなる。
「腹壊したらそれまでだ!」
孝雄実は勢いよく水を飲み干した。
手で触れた時も冷たさを感じたが、咽を通った水は格別だった。
「う、うめぇ!」
今度は躊躇することなく手で掬っては水を飲んでいた。そして顔を洗い、疲れた体を休ませる。
ふと気が付き空を見上げれば、完全に日が落ちていた。
そしてこれ以上の移動は危険だと考えた孝雄実は、適当な場所で夜を明かす事に決める。
「先ずは場所の確保に燃やせる物か……」
川の周囲は幸いにも横に為れそうな場所が点在し、直ぐに発見する事が出来た。
しかし、問題は燃やせる物だった。
「だめだ。湿っている……」
ライトを使い周辺で葉っぱや小枝を探し出すが、何れも湿っていた。この場は先日雨が降り、未だその余韻が残されていたのだ。
それでも二頭の協力もあり必要最低限は確保出来たと判断した。そして早速ライターを使い、火を着けようとする。
「あれ、火が着かない?」
何度も葉っぱに火を当てるが燃え伝わらない。どうしたものかと考えているとバッグの存在を思い出した
「ここはこれに頼るか」
孝雄実は化学の教科書を取りだし、適当に破った。それを丸めシワを作り、伸ばした後ライターで火を着けた。
「今度こそ着いてくれよ……」
二度、三度と繰り返したことで漸く葉っぱに火が燃え移った。
そして小枝と紙を加えつつ、安定して燃えるのを見て安心できた。
「見様見真似でよく出来たよ……」
夜ともなると肌寒く感じ、二頭は孝雄実に抱き付くように寄ってきていた。
「お腹が空いたけど今日は我慢するしかないか。早く寝て日の出と共に動き出そう」
バッグからクロスボウを取り出し、空のそれを丸めると枕代わりにした。
孝雄実は焚き火が燃え尽きないうちに横になり、小虎たちは両脇腹の辺りを寝床として眠りに着くのだった。
翌朝、孝雄実は小虎たちの舌触りで目を覚ました。
馴れない動きで疲労感が拭えない中、顔を洗おうと川へ移動した。
「うわっ、こんなに綺麗な川だったのか!?」
日本の名川百選に選ばれそうな清らかな川が孝雄実の目に飛び込んできた。
そして顔を洗い、口を濯ぐと改めて水を口に含み飲み干した。
「美味い!」
『ギャウ!』
『ガウッ!』
二頭も同じ気持ちで鳴き叫んだ。
「さてと、取り敢えず川沿いを下るか。そうすれば人に出会うだろう」
荷物を背負い、手にはライトを持つと移動を開始した。
昨日と同じくブラックが先頭を歩き、ホワイトが孝雄実の隣を歩く。
「お前たちは賢いなー」
孝雄実の言葉に反応し二頭は鳴いて返事を行った。
暫くの間、大自然と空気を楽しんで移動を続けていたが、ブラックの唸り声と共に終わりを向かえる。
孝雄実は唸るブラックの下まで駆け寄った。言い知れぬ空気に孝雄実も声を出すことはしなかった。
二頭が身を低くし歩き出そうとしたのに気が付き、孝雄実はクロスボウを取り出した。
ブラックはそれを確認すると歩き始める。
声を出さぬよう慎重に歩き、今にも恐怖で押し潰されそうな気持ちを味わっていた。
そして聞き慣れぬ音が耳に届き始める。
争う声は日本語であり、それは問題なかった。ただ、その合間に聞こえる金属のぶつかる音が現実では有り得なかった。
孝雄実はさらに進むとよりハッキリと聞こえ始める。
怒号と指示に馬の嘶きと金属音。間違いなく争いが行われている。そう感じた孝雄実は手に持つクロスボウに力が入る。
小虎たちに導かれ、茂みに身を隠した先で見たものは映画のワンシーンだった。
「何だ、あれ…… 撮影では無いよな……」
目の前では十五・六人が馬車を護る集団に襲い掛かっていた。手には斧、剣に槍と日本では有り得ないものだった。
そして金属音はそれらが激しくぶつかる音だった。
「一体どうなってんだよ…… あれが本物なら死人が出るぞ……」
いくらか撮影とは言え、あまりにリアルに過ぎると孝雄実は感じた。
その時、ブラックが飛び出そうとして孝雄実は慌てて掴まえる。
「こら、いきなり飛び出すな。怪我したらどうするんだ」
孝雄実の言葉にブラックは大人しく従い、手元で唸るだけになった。
だが遂に孝雄実も現実に人が殺されるところを目にしてしまう。
馬車を護る一人が槍で体を貫かれて絶命してしまったのだ。次の瞬間、一人減ったことで事態が動き出す。
「おらっ! 後六人だぞ! 女だけは生かしておけよ」
襲っている集団からその言葉が発せられ盛り上がる。
孝雄実はその下卑た物言いから山賊の類いだと思った。その瞬間、体が熱くなるのを感じ、二頭に指示を飛ばし始める。
「動くぞ、ブラック・ホワイト。俺がこれで攻撃をする。当たって倒したら、両サイドから襲い掛かれ」
孝雄実は女性を含む場所の一団に味方する事に決めた。
奇しくも山賊が背を向ける形で戦闘が行われている。孝雄実が一人をクロスボウで攻撃し、彼から見て右側からブラックが反対からホワイトが攻めれば充分に形勢を変えられると考えた。
二頭は彼の説明を理解したのか、頷くと左右に散った。
「あいつら俺の言葉確り分かっているのか……」
そして孝雄実はクロスボウを山賊の一人に狙いを定める。
それは不思議な感覚だった。
矢など有りはしないのに、引き金を引けば矢が飛び出し狙った場所に到達すると言うものだ。
そして小虎たちが位置に着いたことも分かったのだ。
だが、それでも孝雄実は動じることなく目の前に集中する。
タイミングを見計らい引き金を引いた。
『シュン』小気味いい音が孝雄実の耳に入ると、狙い通りに青白い矢が吸い込まれた。
「ぎゃー!」
山賊の断末魔と共に茂みに隠れていた二頭が襲い掛かる。
ワンテンポ遅らせた事で視線が声を上げた者に集まっていた。
今度は左右から獣の声と噛み付かれた者の叫び声により山賊は混乱してしまった。
孝雄実はすぐに二射目を放ち山賊を絶命させる。小虎たちは山賊を倒す事は出来ないが引っ掻き回すには十分だった。
「今だ!あいつらを倒すぞ!」
守りに徹していた一人が大声を上げると形勢はあっという間に逆転する。
守り手は武器の扱いに長け、相手に隙が出来れば相手にならなかった。
戦闘は孝雄実が参加したあとすぐに終結した。
山賊全員の死亡という結果と共に。
「助かったぞ。俺はロドムと言う」
男は加勢してくれた孝雄実に近付き礼を述べた。小虎たちも終わった事を判断し孝雄実の下へ駆け寄ってきた。
「いえ…… 助かって良かったです」
孝雄実は今にも意識が途絶えそうなほど朦朧としていた。実際に会話をしていると言う感覚がなかった。
「んっ? おい大丈夫か?」
ロドムも孝雄実の異変に気が付き声を掛けた時だった。
彼の後ろから走り寄る者が現れた。
「助かったぞ! 本当によく加勢してくれた!有難う!!」
小太りな男が孝雄実の両手を握り、感謝の言葉を述べた。上下に揺らす腕が孝雄実の意識を途絶えさせる。
次の瞬間、孝雄実は男にもたれ掛かった。
「おい、私にはその様な趣味はないぞ! おい大丈夫かね?」
男は孝雄実を揺すろうとしたが、女性が止めに入る。
「オリマッテ様、お待ち下さい。この方は魔力切れを起こしています」
孝雄実が最後に耳にした言葉であった。
(魔力切れってなんだ……)
そのまま孝雄実の意識は途切れた……
最後までお読み頂き有難う御座いました
第二弾小説の投稿です。此方は成り上がる?戦記の息抜きで書いております。視点を変えることでアイデアが生まれるかもと書いてみればすっかり投稿しておりました。
ご意見ご感想お待ちしております。
今野常春