第五十九話 商人の世界も大変です…
今回は苦労人商人ティーナのお話です。
「えっ?馬車が手配できない?」
「誠に申し訳ございません。ギルドが所有する全ての馬車が出払っております」
ティーナは王都ドットゥーセに辿り着き賭ける様な思いで商人ギルドへと駆け込んだ。そして真っ先に受付にて申請したのが今の話しへと繋がる。
王都はその名の示す通り国の中心となっている。政治と経済の中心が混在する方が珍しいのが今の世界である。日本が最たるものであろうか。しかしこの世界ではそれが当たり前なのである。故に流通量も膨大で、とても商人が所有する台数では賄えない商いをする場合に、商人ギルドから借り受ける事が出来るのだ。これは全商店が加入する商人ギルド互助会と言うシステムから成り立つ。年間の収益から一定額をギルドに納めると言うのが原資となり馬車を所有する。これはギルドへと参加する商人全員が使用出来るもので商店規模に関係は無い。
「そ、そんな……」
ティーナは初端から希望を打ち砕かれた。受付から力無くへたり込む様な有様である。
「よう、どうしたティーナ随分と戻って来るのが早いじゃないか」
その声に振り向くと大きなクマの様な男が立っていた。毛むくじゃらな大男は通称クマ、まんまである。彼はよく仕事を回してくれる数少ない理解者なのであった。
「あ、セドーフェンさん…」
彼女は力なく声を出す。
「おう、どうしたんだよ。確かピュータ村へと荷物を運んでいるはずだろ。どうして此処に居るんだ?」
彼女がピュータ村へと物資を届ける話しは商人の中では有名な話しとなっている。と言うのも彼女は知らないが成功するかどうか賭けの対象にされているからだ。勿論目の前に居るセドルトはその様な前は一切しない良心的な人物である。
セドーフェンはこの場では不味いと判断して自分の店フーテン商会へと連れて行った。既に数名の商人がティーナの事を見下したような瞳で見ていたからである。
此処ならば問題ないだろうと言う判断である。従業員の一人にお茶を用意させる傍らで、早速彼女から話しを聞く。
「さあ話せ。一体向こうで何が在った?」
こう言う時の彼は大いに頼れる人間である。話しも聞けば行動にも移せるだけの力が在る為だ。
そしてティーナはピュータ村へと移動する所から話し始める。
「あれはゲータが現れたところからですね。護衛は予算限度いっぱいで冒険者ギルドへと要請したのですが一人を除き全員が十級でした。総勢十二名と言うあそこへと物資を届けるにしては明らかに少ない人数です」
「確かにな。それにあそこへと輸送するってのに、冒険者ギルドは何を考えているんだ!?済まねぇ、先を続けてくれ」
自分に置き換えてセドーフェンは話しを聞いている。それ故にあそこまでの厳しさを知る彼であるからこそ怒っているのだ。加えて人材不足を訴えるギルドがやる事ではないからだ。
「そうですね。私は絶望すら感じましたよ。これでゲータに襲われれば全滅必死だなと。ですがそうではなかったのです。彼等は確かにカードに十級のランクが、そして新品のカードを所持していたのです。ですがその実力はとんでもないものでした。全部で三十体現れまして、その全てを倒してしまったのです」
その言葉に今思い出しても鮮明にあの時の光景が脳裏に焼き付いている。すらすらと状況をセドーフェンに語れるほどであった。
「なんだとあのゲータを全部倒したのか!!」
丁度お茶を運んで来た従業員がやって来たところで彼の大声がお店中に響き渡る。当然二人は店の奥で会話をしているのだが、客が居るスペースにまで響いてしまった。
その結果彼は熱々のお茶を頭から被ることになるがそれは別の話しである。
「あつつ、済まねぇ時間を取らせてしまって。それで話しの続きだがゲータを十級の冒険者が全て倒した。それは本当なんだな?」
彼は一度冷やす為にシャワーを浴びに室内を後にして十分ほど経過した後戻りって来た。だが火傷している場所は赤くなっている。
「はい、もし他にも話しをお聞きしたければ何れ帰ってまいります私の従業員へとお尋ねください」
「いや、信じてねぇ訳じゃねぇーんだ。唯な、十級だろ。どうしてもな…」
そう、そもそもそんな駆け出しの冒険者が護衛をしていい場所ではないのだ。だからこそそう心から信じても良いとは思えないでいるのだ。しかし、ティーナの目は嘘を話している様に思えない。その葛藤が彼の中で戦っているのだ。
「ですが、そのゲータはどうやら雑魚の部類に入るのです。通常のゲータよりも三倍程は在るでしょうか、冒険者の方々はボスと呼んでいました。確かにそう呼べるべき風格を持ち、あまつさえ我らの頭に直接声を掛けて来たのです」
ティーナは真実だけを話している。セドーフェンは昔から知る彼女が嘘を言う訳が無い事は百も承知している。しかし、この話しだけは信じる訳にはいかない。
「ちょっと待ってくれティーナ。俺も昔はピュータ村へと輸送の依頼を受けたものだ。当然ゲータに襲われる事もある。その過程で多くの仲間が死んだ事も忘れてはいねぇ。でもな、ボスなんて初めて聞いたぞ!そんな魔物が居たらとっくにあの村は干上がっているはずだ。違うか?」
あの村は二カ月に一度必ず輸送を行わなければならないほどに作物が取れない。それ故に商人は死のロードと言う名を与えて敬遠する者もいるほどだ。それ故にティーナの様な者、駆け出しの商人で名を上げるべく向かう者が引き受けるのだ。
セドーフェンも嘗てはそう言う口である。この輸送成功で名声と多くの軍資金を得て今があるのだ。
「確かに現実からかけ離れていますよね。私も魔物が巨大で、しかも話しかけてくるとは思いませんでしたよ。ですが、冒険者は諦めることなく戦ってくれました。最後は近藤孝雄実と言う十級の冒険者の魔法によって爆発して足だけを残して消えました」
彼はティーナの話しで近藤孝雄実と言う名を聞いてピンと来た。
「成程、近藤孝雄実か…」
「如何しましたか?」
「確かにその近藤孝雄実は魔法を使用したんだな?」
何かを確認するようにティーナへと確かめる。
「はい、彼は自分でそう名乗り冒険者チームのリーダーをしているとも話しています」
「成程。済まないな、ティーナ疑ってしまって。そうか近藤孝雄実か、あいつが居れば確かにその光景は真実だと頷ける!」
突如笑い出したセドーフェンにティーナは困惑する。彼女は何故彼の名を出しただけで此処まで納得したのかが理解できなかった。
「一体どう言うことなのでしょうか?近藤孝雄実とはそんなに有名な人物なのですか?」
ティーナは我慢出来なくなりセドーフェンに尋ねる。
「ティーナはオリマッテの事を知っているな?」
商人の間では成功した人物として有名となっている人物だ。これを知らなければ今の商人ではないとまで言われる。
「勿論です。東大陸の雄、ブラスト辺境伯様から爵位をいただいた成功者の名ですよね」
彼女は何度も本で読み返すほどに好きな話しである。何時かはそうなりたいと未だに憧れを抱いているのだ。
「まあ表向きは成功者かもしれないが、あの世界には居れば底辺の人間だぞ。俺はごめんだな。まあいい俺とオリマッテが友人だって話しはしたか?」
「そうだったのですか!?」
彼女は勢い良く立ち上がりその様に確認する。まるで最初の元気のない姿は何処に行ったのか、と言う程である。
「言っていなかったか。まあそうなんだ。今も交流が在ってな、今あいつの領地では大規模な開発を行っているのだが、そこで近藤孝雄実の名前が出て来るんだよ」
セドーフェンは少し面白そうに話しをする。
「ティーナは東の大陸で鬼が出現した話しは聞いたな?」
「それは当然です。商人であれば知らなければならない話しですから」
「そうか、実はあれを倒したのが近藤孝雄実なのだよ。まあ驚くのは速いぞ。それにエルサンド族の地域で発生した封鎖の件も彼が解決したのだそうだ。信じられんかもしれんがこれはオリマッテが寄越した手紙に書かれたある事だ。おれはあいつがどんな事が在っても嘘を突く人間ではない事を知っている。だからティーナが話した近藤孝雄実という名を以って全てを信じる事に決めたんだよ」
そう理由も話すとティーナは放心していた。まさかその様な英雄が自分の護衛に選ばれるとは思いもよらなかったのだ。最初は絶望に、一時はバラ色に、再度絶望が訪れ僅かな希望を見出したところでまた落とされる。散々な運命だと呪いそうになっていたティーナは、初めから幸運を掴んでいたのだと思い始めていた。
「私は幸運だったのでしょうか?」
「そうだな、俺も実際に見た訳じゃねーが少なくとも鬼を一人で倒せるほどだ。幸運ってもんじゃねぇーな、豪運だ。それで、物資輸送はどれだけの成功を見せたんだ。七か八割か?」
六割で成功と言われるルートである。流石に英雄であっても全てを護り切れるわけが無いと考えている。セドーフェンの中では良くて八割五分かなと考えているのだ。
「いいえ、十割です…」
ティーナの言葉に室内は固まる。この部屋は事務所になっている為に二人の声は聞こえるのだ。特にセドーフェンの言葉はである。従業員は断片的ではあるが頭で想像できるほどの話しは拾えていた。だからこそ彼女の最後の言葉に注目していたのである。
「は、はははは…十割って、あのバカでかい馬車を僅か十二名で護り抜きあまつさえゲータとその親玉を全て倒したって言うのか?」
また信じられなくなるセドーフェンは、確認するように戦果を確認しつつ問い掛ける。しかし、ティーナは動じることなく頭を縦に頷いた。
「フゥーそうか、まあティーナが無事だって言うなら信じるしかねぇーか。それで村へと入ってからの話しを頼む」
彼は大きく息を吐きだし一度背もたれにもたれ掛かると決心したように気持ちを切り替える。
「最初は順調に村人に物資を販売していました。初日で馬車一台分は売り切れるほどにです。ですがその時崩落事故が発生しました」
「なっ、崩落事故だと…」
「はい、そこで私は此方へと赴いて再度物資の調達を行いピュータ村へと戻るつもりです」
セドーフェンは彼女が話している内様で、全てが分かるほどにあの村の状況を知る。まず求められるのは救援物資である。それとさらなる物資の運搬。これは王家が出すことになり、商人は必ず受けなければならない。ならばと、彼女が手を上げるのは必然であるかもしれないのだ。
「成程それで馬車を求めようとしたのか」
そう言う言葉でティーナは頷いた。
「だが残念だな、ティーナが出てから二日後の事だ。ジェイスの野郎、大口契約が有るとか言ってギルドの馬車を殆んど持って行ってしまったのだよ」
それからと言うもの、残った馬車を貸し出すとああやって職員が断るしかない状況が発生していたのだ。
「そうだったのですか…」
「まあな、だがうちの馬車なら貸すぜ。どうやらお前はツイているらしいからな」
セドーフェンはそう言うと、彼女に少し待っていろと言い残してこの場を後にした。
従業員がお茶のお代わりなどを差し出す等して時間を潰す事三十分漸く彼が戻って来た。それも数人の商人を引き連れて。そう普通は後に続いてなどと表現するが本当に引き連れていたのだ。
「待たせたな、ティーナ」
セドーフェンはその様に言うと強制的に商人を席に着かせる。
「いてて、ちょっと酷いじゃないっすか、旦那!」
これを皮切りに八名の商人が文句を言い出す。それを気にするそぶりを見せずに淡々としていたが黙らない事で短気な部分が弾け飛んだ。
「うるせぇな!良いから黙って話しを聞け!ティーナ事情は粗方はしてある。交渉はお前がしてみろ」
あくまで馬車を貸し出して貰えるかは自分の力でと言うことだった。それを知る彼女はお菊頷いて九人の商人へと話す。
「お願いします。私に皆さまの所有する馬車をお貸しください!」
「うーん、旦那から話しは聞いたが、ティーナどれだけ支払えるんだ?」
「そうだな、もし壊された場合の補償はどうする?それさえクリアすれば俺は貸すのに問題は無い」
残りの商人も似たような話しである。馬車は商人にとってなくてはならない資産である。お店が無くとも馬車だけは、商人の中では有名な喜劇のワンフレーズである。それほど重要な物を貸し出すとなるとそれなりの対価が必要となるのだ。
「全売り上げの五割を放出し、提供して下さった台数に応じて支払うと言うのは如何でしょうか?さらに壊れた場合は当店所有の馬車を提供致します!」
このポーレスト商会所有の馬車の提供で話しは決まった。そもそも合計十名の商人が五割と言うのは、全体の売り上げで一人当たり五分ほどしか手に入らない。既にセドーフェンから言い含められており、馬車の貸し出しは決まっているのだ。後はどれだけの身を切る事が出来るか、全てはそこに懸かっていたのだ。
だが彼女は資産である馬車を提供すると言い出したのだ。動かしていない馬車を含めて十二台所有する彼女の馬車は通常の馬車よりも二周り大きな造りとなっている。これは大量輸送を目的に造られたもので、魔力を使用する事で通常の馬二頭で動かせる仕様となっている。これは売り上げ云々と言うよりも大きな効果を生み出している。
「よしわかった。ティーナの覚悟、俺は馬車を十台は出そう」
「いや、俺は十三台まで出せる!」
それからという物競りの如くである。結局貸出可能台数は九十八台までに膨れ上がった。商人は契約が命である。先程の条件と貸出可能台数を書き込んだ契約書サインを取り交わして、何時でも使用可能として商人たちは店を後にした。
「勝ったなティーナ…」
二人は静けさを取り戻した事務所内で大人しくお茶を飲んでいる。
「はい、でも良いのでしょうか此処までして頂いて」
「何構うものか、あいつらだって馬鹿じゃない。馬車を壊されれば必ず一台お前の馬車を提供して貰える。仮に成功してもあの大量の売り上げとなる。損をすることは無いだろうと考えているのだ」
救援物資ともなれば規模が異次元の物となる。王家からの依頼で複数名商人が求められる。自分から名乗り出る場合は、物資は販売出来ると言う見返りを貰えるのだ。指名された場合は輸送した分だけの金額である。
だがそれでも人は集まらないのが現状である。裏を知る二人は少しあくどい顔をしているが可愛いものであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
計算合っているかなと少し不安になる今野常春で御座います。
ご感想、お待ちしております。
誤字脱字ありましたらご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




