第五十七話
「つ、疲れたー」
孝雄実はムーレリアに遅れる事一時間ほど経過してヘルシマシルトンに指定された大きな丘に到着した。
「お疲れ様、孝雄実」
ムーレリアは地面に潰れる様にしている彼を労う。少し遅れてヘルシマシルトンが到着した。
「まったく、シンキを理解したと思ったら突然物凄い速さで走りだしおって…」
彼は本気で最初は孝雄実を追っていた。だが、その加速力に彼は遂に追い付こうとする事を諦めるに至った。
「おお、やはりあの時に孝雄実はシンキを感じたのか。見ていてわかったぞ、老人!」
「なんじゃ、見えておったのかムーレリアの嬢ちゃん」
二人は互いの呼び方を独特な呼称で呼び合うが決して仲が悪い訳ではない。むしろ気の合う仲間の様な感覚である。
「まあな、シンキを私の視力強化に使用してみたら面白い様に見通せたわ」
「なんじゃと!?まったくお主らは何と言う奴らじゃ…」
ヘルシマシルトンは二人が見せる驚異的な才能に呆れを含み大いに笑いだしていた。
暫く休憩を挟みヘルシマシルトンは二人に提案を行う。
「二対一の摸擬戦?」
ムーレリアはその様に告げられて言葉を返す。
「そうじゃ、勿論ワシが一人でお主らが協力して戦うのじゃよ。武器の使用は無、孝雄実君は少し不利かも知れぬがまあ何とかなろう。嬢ちゃんとワシの戦い方を見て学びながら戦闘に参加しなさい」
些か無茶ぶりが過ぎると孝雄実は感じているがムーレリアは既にやる気十分である。この場合の空気を読む事は孝雄実はお手の物である。
「勝利条件はなんだ、老人?」
「勿論倒されるまでじゃよ、嬢ちゃん」
すると早速彼女は蹴り技を浴びせる。
「先手必勝だ。卑怯だとか言わないよな?」
「当たり前じゃ。むしろそれぐらいでないと勝負には勝てんぞ!」
来る事を予想していたかのようにヘルシマシルトンは彼女の右足を受け止める。彼女はシンキの使い方を戦いにおいても応用して自分の力へと変える。
受け止められた僅かな時間を逃すことなく、空中で右足を引いてその反動で体を縮めると再度足技を繰り出す。それを簡単に受け流すと言う攻防に孝雄実は見ているだけでしかなかった。そもそも弓、剣を始め彼が知る物は全て此方へと来てから習っているものだ。格闘技もテレビでは見た事はあれども自分がやる事は無い。
「ほほほ、流石じゃな。カミナが褒めておったぞ、嬢ちゃんは筋が良いってな」
「それはありがとな、後でカミナさんに礼を言わなければならないな!」
ムーレリアの攻撃は終わりを見せない。蹴りが駄目ならば拳で、それが駄目なら手数で勝負と決して諦める事はしない。それを可能とするのはやはりシンキである。
動かせばシンキを多く消費する。それはヘルシマシルトンも同様である。だが彼女は魔力同様にシンキの取り込みも尋常ではないほどである。だから今の攻撃を息を切らすことなく、多少の無茶も難なくこなせているのだ。
「少し評価を低く見ておったかも知れぬな…」
「何そのままで構わないぞ。そうすれば私にも勝機が見えてくるかも知れぬからな!」
そのムーレリアの言葉で察して頂けるだろう。彼女はこれ程までに積極的に攻める理由が勝てそうにないと分かっているからだ。だが彼女の性格と、出生国の性分故に座して敗北を認める訳にはいかないのだ。
何が何でも勝つ。負けると分かっていても、それは何もしなければという前提である。何か行動を起こせばそこで新たな事象が生まれる。若しかすればそこが突破口となり勝利を引き寄せる事になるかもしれない。一つはシンキと吸収量である。彼女はそう考えている。ヘルシマシルトンすらも驚きを隠せない彼女の吸収力は絶対的な武器になる。とかく最初に着けたリストバンドがその効果を実証している。あれによって神痛症が深刻になればなるほどシンキの適性が良い証拠になるのだ。
とにかく自分の武器を尽きるまで老人が攻撃へと転じるまで少しでも抵抗してやろう。そんな思いである。
「羨ましいのぅ。その絶対に負けない、必ず勝つと言う気構え。まさに魔界の姫じゃな」
「何を言っておる老人?」
「そのまんまじゃよ。戦いに明け暮れるが故にその考えが嬢ちゃんにも備わっておる」
二人の攻守は逆転していない。未だ彼女が攻撃を続けている。しかも時間が経過するほどに速度が増しているのだ。
「それに感情によって力が変化する事も分かったぞ。ワシは馬鹿にしてはおらん。むしろ戦うと言う事は悪い事ではない。どの様な形であれ戦いが無くなる事は無い」
「言っている事が分からないぞ、老人!」
ムーレリアは彼の意図とする考え方がその話で全く見えてこなかった。
「分からなくてもよいわ。唯ワシがお主の気持ちを褒めていると分かってもらえればな。ほれ今度はこちらから行くぞ。今度は防御にシンキを集中させよ!!」
その瞬間からの意識は彼女には無い。と言うのも最初で脳天に一発を入れられて脳みそが大きく揺らされてしまったからだ。だが闘争本能は健在であり、彼は気絶しながら戦っている事を知らずにいたのである。それを知るのは彼女が地面に付してからであった。
とまれ、大けがすることなく摸擬戦は終了を迎えた。孝雄実は結局戦闘に参加する事は無かった。此処でまでの戦いで彼が参加できるところも無く。連携など夢のまた夢である。孝雄実はせめてもの参加にと気を失うムーレリアを運びながら家路に着く事だけである。
だが戦っていたはずのヘルシマシルトンは来た当時と変わりなく疲れを見せずに彼と共に家に帰る事は忘れてはならない。
「疲れていないのですか?」
「少しじゃな」
疲れていない訳ではないが、気持ちの良い疲れ具合で走る事においては支障が無い。
「不思議そうな顔をしているな。どうしてああまでしておいて疲れていないのか、そんなところかのぅ?」
「そうです。同じ様に走りながらムーレリアと摸擬戦を行った。でも疲労は少しだけです。幾らシンキを使っていても肉体は疲れるものではないのですか?」
孝雄実は未だ、人間として当たり前に感じる事を尋ねる。背負っている彼女が魔族で魔力を吸収云々と言う事を聞いていても、どうしても常識と言う物からは簡単には抜け出す事が出来ないでいるのだ。
「そうじゃのう…人間は確か睡眠で使用した魔力を回復するのじゃったな。それと共に肉体的疲労も回復させる。しかしじゃ、それが人間に与えられた能力であり、他の者はそれに当てはまらないとは考えられぬかの?」
「それはつまるところヘルシマシルトンさんたちも魔族に近しい存在であるか、その対極である。そう言うことでしょうか?」
良くある設定では魔族の対極として神族と言うものが在る。孝雄実はそれを一瞬頭に思い描く。
「いいや違うぞ。孝雄実君は今頭の中で神を思い描いたであろう。それは違うのじゃよ。神は人の信仰によって偶像化される物じゃ。ワシは神でもなければ神族の者でもない」
そう言われても彼には何を言っているのか、今一解らないと言った顔をする。
「いいか、魔族と言う定義はあくまでも魔力を持ち、それを生活の中で常に使い続けるものを纏めて刺す言い方なのじゃよ。そして君が対極に位置するとされる神は人間や魔族が其々に崇拝する者や物、それが全て神として崇拝を受ける事になるのじゃ。そしてムーレリアの嬢ちゃんは魔力を常に吸収してそれを活動の糧として常に消費する。対してワシはシンキを吸収して日々活動する為の糧としているのじゃ。そこで共通する事は吸収する物が違えども過程は同じと言う事じゃ。つまり疲労も同様に魔力とシンキを取り入れる事で消し去っていると言うことじゃな」
「それじゃあ本来は睡眠も必要ないと言う事ですか?」
孝雄実は究極の質問をぶつける。人間が睡眠を必要とするのは多くの事が寝る事によって回復し、作用を改め、翌日へのリセットを行うためだ。しかし、一番必要な疲労回復を吸収によってなさしめるのであれば睡眠とは一体と言う考えになる。
「まあ人でありたいと言う名残かも知れんの…ここまで話しておれば理解出来よう。ワシもカミナも人あらざる存在よ。だからこそ人間が羨ましいのかもしれん。この姿形も本来違うのかもしれん。それは全く分からんがな。人間は弱い。だからこそ知恵を使い負けないように何かを生み出し武装する。これは武器だけではないぞ。国家を形成し一つに纏まる事も然りじゃ。それに生活の中で使用する道具もまたそうじゃの。ワシ等はシンキを使用して何でも出来てしまう。ムーレリアの嬢ちゃんも同様じゃろう。しかし、人間はそれが無い。不完全故にそれを補おうとする努力が眩しいほどに羨ましくあるのじゃ…」
独白に近い彼の言葉は人在らざるものの答えなのかもしれない。孝雄実はそれに対して答える言葉が見つからず遂に話す事は無く家まで辿り着くのであった。
「あっ孝雄実、お帰りー」
家の前まで来ると白が待っていた。彼女は彼等が見えると嬉しそうに勢い良く駆け寄って来た。
「ほうほう、白も大分慣れた様じゃな」
ヘルシマシルトンは彼女の動きを見てその様に思った。これで明日神痛症に悩まされることになるのだが、白はこの時完全にその事を忘れているのだ。
「ただいま白。ヘルシマシルトンさんの言う通り本当に慣れたみたいだね」
「へへっ。まあね。これで私も二人と一緒に鍛錬に参加できるわね。って、ムーレリアは寝ているの?」
気を失ってから二時間は経過している。残念ながらこの世界に時間の概念は無い。だから日の進み具合で確認をするだけである。
「ああ、摸擬戦闘を行ってね。見事に彼女は負けてしまったんだよ。白悪いけれど手伝ってくれ」
「ええ分かったわ」
「それじゃあムーレリアを部屋で寝かせてきます」
「うむ、今日の鍛錬は終わっておるから好きにしなさい。何か困った事が在れば何でも言う様にの」
その言葉に孝雄実は確りとお礼を述べて目の前を後にするのであった。
白は家の扉を開けるとそこに着けられる鈴の音によってカミナが出迎える。
「お帰りなさい、二人とも。まあムーレリアさんどうしたのかしら?」
「ただいまカミナさん、ヘルシマシルトンさんとの摸擬戦で気絶してしまいまして…」
「そうだったの。御免なさいね。それじゃあ速く彼女を寝かせて来てね。私は少し必要な物を取り揃えておきますから」
そう言って彼女は早速行動に移す。孝雄実達は彼女の好意に礼を述べてムーレリアが使用する部屋のベッドに寝かせる。
「それにしても摸擬戦ってどうしてそんな展開になったのよ?」
白は自分の知らない間にその様な展開になっている事が許せないでいた。話しが展開する場合必ず白、ホワイトが付き従っていたのだ。
「本来は走るだけだったみたいなんだ。だけど予想以上に俺たちのシンキを感じる感覚が成長していたみたいでね。ならばと、二対一での摸擬戦を行おうと言う流になったんだよ。まあヘルシマシルトンさんの提案だったけれどね」
「そうなの、でも孝雄実は無事ね。若しかして彼に勝ったの?」
白はその当時の事を知らず、何てこと無に勝利する孝雄実を思い出してその様に話した。
「まさか、武器の使用は禁止で徒手空拳での戦いだよ、俺には不可能さ。見ているだけでもやっとだね」
しかし、見ていたお陰で最後にヘルシマシルトンが攻撃に転じた際確りと二人の動きを確認していたのを彼は思い出す。鮮明にその光景を思い出す事が出来るほどの動きであった。
ヘルシマシルトンは彼女の攻撃を全てと言って差し支えないほど受け流していた。彼が此方から行くと言う言葉を発するとムーレリアの繰り出した右腕を左手で確りと掴み引き寄せる。頭突きを食らわせ、怯んだところを思い切り蹴り上げる。最後は地面に落ちる訳であるが、その間一秒も掛かっていないところが凄い。
これがシンキを使用した戦いであると驚きをもつ孝雄実が居たので在った……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
話しの中盤にヘルシマシルトンが話す神云々とはあの世界での考え方で御座います。つまりはフィクションで御座いますのでご了承願います。
ご感想、お待ちしております。
誤字脱字在りましたならばご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




