第五十五話
孝雄実は核と呼ばれる魔鉱石を生産する球体に触れた。隣に居たムーレリアと孝雄実の脚に噛り付いていたホワイトが、擬人化し白として広大な平原へと移動していた。そこでヘルシマシルトンと言う老人に出会った。
そこで説明を受けたのは別世界と言う話しと魔法が使用できないと言うことであった。帰る方法は無いと言われ彼のご厚意で当分の間家に滞在することが出来たのだ。
「ほれ、あと百回程追加じゃな」
「マジかよー」
孝雄実は翌日からヘルシマシルトンから剣の手解きを受ける事になった。彼は若い時、剣の腕で右に出る者は居ないほどだった。それを聞いた白が教えてもらえるように頼みこんだのだ。対して彼はこれを承諾して貰ったのだ。
そして最初は体を鍛える事からだと言い出し現在に至る。孝雄実は重い剣を上下に振り上げ、降ろしを繰り返していた。気候は春の陽気である。少し体を動かすと汗が滲むような気候であるが、既に大量の汗を流していた。
「ほら、余所見をしていると攻撃を受けますよ」
「あうっ…」
ムーレリアはヘルシマシルトンの妻カミナから徒手空拳の手解きを受けている。嘗て彼女は武術家であった。トーナメント大会が開催されるとよく参加して賞金を手に入れて生計を立てていた。
ムーレリアは基本体術で戦闘するスタイルであるのだ。何と言ってもデムレストア帝国と言う国の皇女という立場であり、武器を振り回すよりも狭い通路で戦える体術に重きを置いていたのだ。
二人は最高の師によって鍛えられていると言う事だ。
「二人とも頑張れー!」
そして白はと言えば高みの見物であった。優雅にジュースを飲みながら春のさわやかな風を受けて居るのであった。
「ふむ、この位で良かろう。さてこれを身に着けなさい」
ヘルシマシルトンは孝雄実を止めるとリストバンドを両腕に分渡した。剣の素振りは合計にして五百三回を数えていた。
「はぁ、はぁ… これを身に着ける… グッ!?」
疲労感が全身を襲い思考と言うものが皆無の状況になる中、言われるがまま両腕にリストバンドを着けた。すると体がさらに重く成る様な感覚に襲われる。思わず両腕を地面に着けて四つん這いになる。
「辛いかのぅ。だがこれこそ真の鍛錬なんじゃ。見事それを身に着けたまま体を動かしてみせなさい」
ヘルシマシルトンはそう言うと白の元へと移動する。そこは休憩場所の様になり、大きな傘が設えてありバカンスの一角の様である。
「それじゃあ此方も仕上げと行きましょうかね」
カミナも余裕の表情で呟く。ムーレリアはカミナと延々格闘を行っていたが、どう言う訳か自分が一方的に疲労を蓄積している様に感じていた。今迄感じたことが無い疲労感を新鮮な気持ちで戦っていた。
カミナは頃合いを見て孝雄実に身に着けさせた物と同様のリストバンドを着けさせる。
「ぐっ!?」
ムーレリアも同様の体勢になるが此方の方が大きく地面に近く伏せる体勢であった。
「やはり貴方の方が辛そうですね」
「こ、これは…?」
体もそうだが話すにしても相当な力が求められることに驚きながらムーレリアは尋ねる。
「修行の一環ですよ。孝雄実君も同様の物を身に着けています。先ず、ムーレリアさんはこれを着けていても自由に動ける様に成ってくださいね」
カミナはその様に述べて白とヘルシマシルトンが寛いでいる場所へと移動していった。
孝雄実とムーレリアは芋虫のように地面を這いずり移動している。彼等は必死である。何をしても信じられないほどに力を使い体力を消費している。手を前に足を前に一つの動作をするたびに呼吸を上げている。汗も鍛練中以上に噴出している。
「白さん、貴方もこれを着けてくださいね」
カミナはその様に述べると半ば強制的に白に身に着けさせようとする。
「ちょっと、私は関係ないじゃないの!」
「二人のお仲間なのでしょう」
「そうじゃな。ならば同じ境遇で苦労するべきじゃな」
二人は連帯感と言うものを重視している。嫌がる白には気にすることなく自身の気持ちを述べてあれよと両腕に着けられていた。
「うわっ!」
白は言葉を発すると地面に伏せていた。
「貴方もこれを身に着けて自由に動ける様にしてくださいね」
カミナはご丁寧に白を二人の近くへと移動させた。
三人は四苦八苦しながら家に戻る事が出来た。食事中も三人はリストバンドを身に着ける事が決められていた。
「えっ、一日中これを身に着けていないといけないのですか?」
「当然じゃよ、孝雄実君。何時帰ることができるかは分からない。ならば一分一秒時間を惜しんで鍛錬を続けなければならないじゃろ」
ヘルシマシルトンは苦労しながら食べる三人に対し、ムーレリアが外してもいいかと二人に尋ねた。その答えが一日中装着するようにと言う言葉を受けて孝雄実が言葉を返したのだ。
「コツはね。頭で思い描くことよ」
カミナはその様に説明する。腕を動かし場合どの様に動かすのか。頭の中で腕を上げると考えると、体がどの様に作用して思い通りの動作をするのかを考えろと言うのを三人に話した。
「どの様に動くか、今まで考えたことも無かったな」
ムーレリアは一番に彼女の言葉を理解して行動に移すことが出来ていた。スプーンを持つ時、指をどの様に曲げて、どの辺りで支えるのか。事細かに考えるだけですんなりと体が動くのだ。その分力を消費しなくて済むので楽になっていた。
孝雄実も僅差で彼女に負けた程度である。彼の場合は科学が発達し人体の構造等も授業で習うことで理解している部分が在る。理数系が嫌いな彼にしてはこの分野だけは真面目に勉強していた為だ。逆に白は未だに苦労している。
「つ、疲れたわ…」
「お疲れさん、白。やはりまだ慣れないか?」
呼吸が乱れ大いに疲れ、テーブルに突っ伏している白に対して孝雄実は労いの言葉を掛ける。当然二人も疲れている筈ではあるものの、気が付けばそれも忘れていた。
「それにしても不思議よな。これを腕に着けるだけでこれ程苦労させられるとは」
ムーレリアは改めて両腕に着けるリストバンドを眺める。
「そうだな。でも魔法と構造が似ている気がするんだよな」
「似ている?」
孝雄実の言葉に疑問符が付くムーレリアは彼に尋ねる。
「ああ、前に白から言われたんだよ。イメージを強くしろってね。このリストバンドを着けて体を動かそうとする時彩まで体を動かすイメージを思い浮かべるだろ。そこが似ているんじゃないかなって」
孝雄実の説明に思い当たる節があるのかムーレリアは思案を巡らせる。
「ふむ、少し面白い仮説じゃな。孝雄実、済まないがお主の魔法の発言仕方を説明してくれないか?」
坑道で出会って以降不思議と気になっている彼の魔法には興味が在った。それ幸いと彼女は尋ねる事にしたのだ。
彼はそれを快諾し彼女へと魔法の発言の仕方を話し始める。所変われば魔法の考え方が違うとムーレリアは考えていた。
「なんだ、その詠唱とか言うのは?」
それに対して彼は懇切丁寧に自分が知る内容を話す。それに対してムーレリアは笑い出す。
「ははは、なんだそれは恥ずかしくないのか?」
「そんなこと言われてもな…」
孝雄実はあくまでもドットゥーセ王国で使用される魔法の話しをしているに過ぎない。彼とて最初に聞いた詠唱は恥ずかしくないのかと心の中で呟いたほどだ。
「それに長々と詠唱しては時間が掛かるのではないか?それでは魔法の有効性が失われるだろ」
「それじゃあ聞くがムーレリアの国ではどんなふうに魔法を使用するんだ?」
こう尋ねるのは自然な流れであった。何と言っても彼女は魔族である。彼の中での魔族像は彼の実が知ると言う事であるが、それでも一般に小説等で知られる魔族とは魔法を使用するなどが在るからだ。
「あたしの国か?そうだな、簡単にいえば魔力が全ての世界であるからな。歩くにしても走るにしてもものを食べるにしてもその活動において魔力を消費するのだ。だからこの様に… っと、魔法は使用出来ぬのであったな。まあ魔法と言うのは事象を超す為の名称に過ぎない。空を飛ぶ事を孝雄実達は魔法と呼ぶのだろ?」
「まあそうだな。人間は空を飛ぶことは出来ないからな」
「だが我ら魔族は空を飛ぶ事が出来る。それを魔法と言ってもいいのだ。何と言っても魔力を消費しているからな」
人間と魔族の違いは此処である。前者は魔力を持ち元素に左右されて使用出来る魔法が決まって来る。加えて歩く、走ると言うことでは魔力は使用しない代わりに魔法使用時は多くの魔力を消費するのだ。一方では全ての活動において魔力を使う為か消費量は遥かに低い。さらには元素に左右されることはない。
基本的に光元素以外は使用出来るからだ。それを不思議がることはない。当たり前だと考えている。
「その辺りは人種?の違いかな」
「であろうな。そもそも我らの国と人間の世界では根本が異なる」
孝雄実は初めて彼女が現れた時の光景を、親衛隊十名が現れた様子を思い出した。空間を破る様に彼等は出現したのだ。つまりは理を超越した何某かによって空間と言うものを越えたと言う事だ。
「それは世界が違うと言うことか?」
「いや、そうでは無いな。我らが居る世界と人間どもが暮らす世界は表裏一体と考えて良いだろう。むしろいま私たちが居る世界が異世界だと考えるのが道理だ。人間どもの世界でも魔力が体内に流れていることからもそれが分かる」
彼女たちは魔力と言うものを、空気を吸うが如く体全体で魔力を吸収する。巨大蜘蛛メレーデストロも当然魔族である。魔鉱石は在るだけで魔力を醸し出す。食べる事もするがあの坑道内に居るだけで生活が出来ていたのだ。
「それじゃあ今はどうなんだ?この世界は魔力が無いんじゃないのか?」
当然この考えに辿り着いた孝雄実は疑問をムーレリアにぶつける。
「そうだな。私もそこが不思議に思っているところなんだ。まあ魔力が吸収できなくとも食べ物が在れば死ぬことはない。でも身体能力は大きく下がるな」
彼女の言葉で孝雄実はレイスレットの魔力体内循環を思い出す。彼は詠唱破棄を禁止され、以降は目に見えないようにと、魔法を体内で使用できないかと考えに考え抜いた結果、身体能力を向上させる魔力循環と言う考えに至った。
「つまり魔族の強さは魔力が全てと言うことか?」
「まあそうだな。我が国は帝国と言うふうに呼んでいるが実態は国家連合体に近い物なんだ。父、ベリウレアが世界で一番の魔力があるが故に頂点に立っているが、父が無くなれば次はまた魔力が一番高いものが帝位に就くのだ。あの蜘蛛が侯爵と名乗っておったろ?」
そう言われて親切な紳士、メレーデストロを思い出す。
「ああ、そうだな。でもそれがどうしたんだ?」
「あれは自称だ。誰も爵位など持ってはおらんし、父が授けたことも無い。あくまでも箔が付くとかで勝手に名乗るだけだ。吸血鬼共は男爵がこの実であるがあの蜘蛛の一族は侯爵が大好きだな」
彼女の話しを聞くと国家像と言うものが滅茶苦茶なことになっていると孝雄実は感じていた。しかし、魔力至上主義とも言える考え方は、為政者を決める際は単純で面白いと彼は思った。そこまで聞いてふと気になる事を孝雄実は尋ねる。
「なあムーレリア、確か君が現れた時空間を割って来たよな?」
「そうだな。あれが人間界に移動する際のやり方だからな。それがどうかしたのか?」
「まあね。魔物は何処からやって来るのかと思ってさ」
孝雄実は多くの魔物を目にして来た。最初は鬼から始まりゲータまでに話しに出てこないものを含めても五十以上は在ったのだ。
「魔物…それは恐らく私たちの世界からの跳躍物だな」
「跳躍物?」
孝雄実は聞き慣れない言葉聞き直す。すると一度ムーレリアは頷いてから話しを始める。
「そうだ。私たちが住む世界。ゴッゼント大陸はその全体が魔力の塊なんだ。魔鉱石の比では無いぞ。だが、魔力とは有限であり個体数を維持するためには間引きが求められる。間引かれる者は殺されず人間界へと移住をすることになるんだ。恐らくあの蜘蛛もそれの口だろうな。私を知ると言う事はそれなりの地位に居たはずなのだが… まあそれは良いとして魔族と言う名は総称であって、種族ごとに別れているんだ。その中で決められた個体数まであの世界に生存が許されるのだ」
孝雄実はメレーデストロの魔鉱石の鉱床が在る場所を楽園と言っていた事を思い出す。皮肉だが楽園追放をイメージしてしまった。
「随分と厳しい世界なんだな…」
「まあ仕方あるまい。それが世の理なのだ。魔力が弱いのが悪いのだ。文句は自分に言うしかない」
魔力と言う有限な物をシェアし、各種族が生き残るためには必要な掟であった。魔族は各種族で争いを行う。それは人間同士の戦いでも目的と言うものがあるが、彼の目的は個体数の増減である。勝てば負けた種族から生存限界数を奪う事が出来る仕組みになっている。
一種のゲームの様な展開であるが、魔力絶対主義の上に立つ考え方で強さイコール魔力と考えられる。そこで強さを見せつけた種族は、個体数を増やしゴッゼント大陸に生存出来ると言う仕組みを作り上げたのだ。
そしてそれの公正公平を担保しているのが皇帝である。
ムーレリアはデムレストア帝国を国家連合体と言う名で呼んだのはこのためだ。各種族が一定の制限の中で戦いを行い、それを見定める審判の様な存在が皇帝である。あくまで一定の制限、と言う言葉を執り帝国と言う一括りの国家へと造り上げているのだ。
「ん、そう言えば白が随分と静かだと思ったが寝ていたか」
孝雄実は話しに夢中となりすっかり彼女の事を忘れていた。それほどにムーレリアとの話しは中身が濃いものであったのだ。
「そう言えばヘルシマシルトンとカミナも居なくなっているな。それほど話しが盛り上がったと言うことか」
彼女も同様な答えを言葉にして顕わしている。
「それじゃあ明日も早いしもう寝るか…」
孝雄実の言葉で早くも一日が終わりを迎えるのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
ご感想お待ちしております。
誤字脱字ありましたならばご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




