第五十一話 崩落は誰のせい?
ピュータ村を治めるセムレス男爵の元へ崩落の第一報が入った。同時刻、ティーナのポーレスト商店の未来を賭けた戦いが始まっていた。当初は人々がきっちりと並んで途切れる事のない状態であり、二台目の馬車を持って来なくては、と思い始めていた。そんな時、この村で危険を知らせる鐘が鳴り響く。その後にどの様な事が起こったのかを鐘を叩くリズムで知らせるのだ。三回同じリズムで鐘を叩いて村人へと告げる。
「崩落だ!五番坑道で崩落が起きた!!」
大きな声で何人もの人間が同じ言葉を発しながら走り回る。それに伴い並んでいた人も行動をするべく購入を諦めて散りだして行った。
それに唖然とするのはティーナ達ポーレスト商店の人間である。詳しい理由を知らされず、いきなり販売のチャンスを失ったのだ。
「ど、どう言う事…?」
「さ、さあ。少なくとも崩落という言葉は分かりました…」
ティーナは隣にいる従業員に話しかけるが、確りとした答えなど返る訳が無い。分かっている事は、この村が鉱山で成り立っていると言う事だ。その中で崩落事故が起こったと言う事だけはわかった。
「な、何てことなの。成功率十割を成し遂げて、バラ色の未来が切り拓かれたと思った矢先、この様な事態に見舞われるなんて…」
従業員は彼女に掛ける言葉が見つからなかった。運に見放されている。まさにそれが一番当て嵌まるのではないだろうか。一週間程度で売り切れば問題ないのだが、それ以上掛かると品物としての価値が下がるものが数点混じっている。その為になるべくなら早く売ってしまいたいのだ。
「何てツイていないのかしら…」
自身でも分かっている事である。余計に彼等は声を掛けなくて良かったと思うのである。
「なに!崩落事故!?」
セムレス男爵はティーナ達との面会後歓迎会までの間を寛いでいた。そんな矢先にカースレアが知らせを持って来た。
「はい、場所は五番坑道です。現在周辺の鉱夫が救助作業に当たっておりますが尚も被害拡大中とのことです」
「よし直ちに兵を差し向けろ。連絡は逐一私に届ける様に。判断は現場で任せると伝えろ」
セムレスはそうカースレアに伝えると彼は急いで部屋を出て行く。一分一秒の遅れが生死を分けるかもしれないのだ。呑気にしてはいられない。彼も急いで王都とブロンセンタ子爵へと伝書鳩高速便を使用して知らせを送った。しかし、救援が駆けつけるまでには事態は収束するだろうと考え、必要な物資の手配を願い出る旨の内容を認めていた。
「おお神よ、どうか彼等が無事に助けられますよう見守りください…」
セムレスはそう言葉を呟いて祈りの体勢を作る。トップの人間とはどれほどの重責なのだろうか、彼は自身が就いている地位に満足している。しかし、この様な時程心が蝕まれる事はない。自身で出来る事などたかが知れている。全ての責任は自分が負うから現場が好きにやる様に。これだけである。後は物資の要請である。本当に少ないと椅子に腰かけ大きく息を吐きだすのであった。
現場は阿鼻叫喚の状況である。至る所で怒号が飛び交い誰ひとりとして歩いている者はいない。全員が駆けているのだ。主に救助に当たっているのは四番、六番坑道の人間である。機材も人もいち早く崩落現場へと搬入出来たからである。残りの人間はバケツリレー方式で土砂を外へと運搬する。
ピュータ村の鉱山は王都に近い方角(東側)から一番坑道と名付けられ、最後は十三番坑道まである。番号が若い順から深く、距離も長くなっている。五番と言う事はそれなりの深さまで降りなければならない。
『もっと人を寄越してくれ!』
『医者を!』
至る所でその様な声が発生し、良く響く坑道内で音が反響して何処から声がしているのか分かりづらくなっている。
「くそ、これじゃあどこを掘ればいいのか分からねえよ」
「そうだな」
坑道を進むと現場となっているところに到着する。しかしどう見ても自然に崩落した様な崩れ方では無かった。言うなれば大爆発を起こした様な壊れ方をしているのだ。その衝撃で天井が崩れ落ちたと言う方が自然な見方であった。
「いいかお前ら、何処に仲間が埋まっているか分からねえ、慎重に且つ迅速にな!」
矛盾した指示ではあるが、最もな事である為に誰一人文句を言わずに取り掛かる。勿論指示を出した男もしている。この現場は坑道の中でも開けた状態で作業が進められている場所だ。それだけ大勢の人間が働いていたと言う事である。
「監督!此処から五百メートル先が先端だそうです!」
春場所が違えば当然のことながら分からない。此処で働いている作業員は人数確認の為に外に出ている。それが終わった為に戻って来た人間を捉まえて構造を聞き出したのだ。
「でかした、ガーホット!皆聞いたな、たった五百メートル掘るだけだ!」
言うは易し、それがどれほどの苦労を要するか彼とて分かっている。しかし自分の部下たちを鼓舞するためには必要なものだった。現に部下たちもそれに触発されて手際の良い作業を行っている。この場所は彼等百名の人海戦術で目処が立とうとしていた。
だが別の場所ではそうもいかなかった……
「大変よ!」
孝雄実は例の如く姉に当たる相田愛理が書き残した日記の読解に費やしていた。ところが勢い良く扉を開け放ち入って来たのはサラだった。後ろにはキャメルも居る。
「どうしたんだサラ、キャメル?」
二人の尋常ではない焦り様に彼は驚く。この様な表情は見た記憶が無いと言ってもいい。
「いいから来なさい!」
サラは有無を言わさずに孝雄実を連れて行く。連れて行かれた場所は一階の大部屋である。此処は王都から来た商人と護衛専用の宿として期間限定で使用される。その為にこの様に大きな部屋を設えてある。
その部屋には外出していたフレテストら五名とレイスレット達が揃っている。マリアンはエレオノーラを見る為に部屋に残っている。
「どうしたんだ、これは?」
孝雄実は全く事情が飲み込めず狼狽する。
「来たか、それじゃあこれから話す事を確り聞いてくれ。この村の採掘場所で崩落事故が発生した。既に多くの人間が動いている。死者負傷者は不明だ。唯運び出されている者も居る事はいるらしい。でだ、此処からが本題になる。我らはこれより坑道へと潜り魔物を退治する。今より十分後この場所に集合だ。これは冒険者への強制依頼となる」
フレテストはそう述べると解散を宣言する。まるで近衛騎士団時代の雰囲気が戻ったようであった。
孝雄実はフレテストが事情を述べたことしか理解出来ていないため、短い時間の中話しを聞くことにした。幸い彼等は準備と言うものは大して無いのだ。と言う訳で一同はエレオノーラ達の部屋へと集まる。
「私たちは外に出ていたからいち早く情報が入ったの。それによると大規模な崩落事故が起きたのよ。此処までは普通にあるんだって。でも今回は自然に起きた崩落ではなく魔力暴走が原因らしいって言っていたわ。どうやらその影響で魔物が発生したらしいの」
「それで急遽私たちに依頼が舞い込んでまいりました」
彼等がゲータを全て平らげて此処までやって来た事はちょっとした話題となっていた。何と言っても荷物が減って届くと計算して発注する物資が減らすことなく届いたのだ。どう考えても普通の冒険者では無いと考えるのがピュータ村の人間達だ。それは長官のセムレスも同様である。今回の依頼は彼が発したものである。制限のある権限の中で行使できる『強制』を使用したのだ。
「つまりは俺たちだけでその魔物を倒すのか。それでどんなものなんだ?」
孝雄実はサラたちに尋ねる。だが二人は申し訳なさそうに首を振るだけである。
「ごめんなさい。それは私たちも分からないわ」
「僕たちもそれは分かりません」
レイスレット達も外に出ていた為に幾らかの情報が在るのではないかと期待をしてみたが、反応は同じであった。
「ご主人様今回私はどうしたらいいんだ?」
エレオノーラを看病するためにはどうしても誰かを残さなければいけない。
「私が残りましょう。私の武器は狭い中では不利ですから」
キャメルが名乗り出る。彼女は鞭に変更している。その特性から坑道と言う場所では適さない。
「そうか、それじゃあキャメル頼んだ」
「分かりました」
「時間通りだな。それじゃあ早速移動しよう。道案内は此方の兵士が行ってくれる」
フレテストがその様に話すと一人の兵士が入って来た。緊張して彼は話しを始める。
「こ、今回現場まで案内いたします、ローテンです!」
一行は歩いて移動を開始する。馬に乗っての移動は混乱している中では危険であるからだ。
「此方です。フレテスト先輩頑張ってください!!」
「ありがとう、ローテン」
二人は敬礼を行うと兵士のローテンは駆けて行った。
「さてこの奥は既に人はいないと言う話しだ。念のために警戒しながら移動しよう」
第五坑道は全部で三か所の道から成っている。魔力暴走を引き起こし、救助に当たっている現場は別である。本線と呼ばれる道を彼等は進んでいる。時折別の本選へと繋がる道、支線から救助を行っている声などが聞こえる。
「この場所でなぜ魔物が現れたかという事だが、この場所は魔鉱石が採掘されるそうだ。魔鉱石は時として魔物を引き寄せるらしい。だが、これを元にホルト王国製の道具を作る際に必ず必要な鉱石なんだ」
フレテストは警戒しながら話しを始める。その後も彼は説明を続ける。ホルト王国から輸入する場合莫大な資金が求められる。輸入ばかりしていれば富の流出は避けられない。そう考えた上層部はドットゥーセでも同一品を造ろうと言う話しになった。本来大規模な予算を投入して短期間で生産に漕ぎ着けたいと上層部は考えていた。しかし、それに猛反発したのがあろうことか貴族である。購入するのは大半が貴族である。
既にピュータ村で魔鉱石が採掘できる事が確認されている。あとは許可と予算が認められ次第大規模な採掘へと移行することになっていた。
その結果上層部は規模を縮小し、研究という名目で魔道具の開発を行うだけであった。しかし、それでも開発陣はめげることなく試作品第一号を開発する。今から三百年ほど前の話しであると付け加える。
ならばどうしてホルト王国製の魔道具が多く流通しているのか、それが貴族たちの詠唱絶対主義による利権の壁であった。数多くの貴族が詠唱を唱える事で、魔法が使用出来ると言う関連で富を生み出していた。
つまり、魔道具が流通すれば彼らに入る金銭が縮小してしまう。多く収入を得ているものは目減りした程度で済むが、そうではない者は死活問題へと発展する。特に後者の人間が頑強に抵抗してしまった。そうして大貴族と呼ばれたグレーデアル侯爵が反魔道具派を結成し、一時期は内戦に突入するのではないかと言うほどまでに緊張していた。
それを恐れた当時の王が折れる形で研究を断念させる。以降は研究の成果が出た物だけを生産すると言うことで彼等を納得させて今に至るのだ。だが、それほどであろうとも此処で掘れる魔鉱石は重要な物であるのだ。
「まあここまでは近衛騎士団でも有名な歴史だな。但し一般には知られていないから話さないでくれよ」
そう言って笑いを誘い全員が笑ってはいたが、本当に笑っているのはフレテストら五人だけである。
レイスレットにしてもその様な歴史が在ったなど知りはしなかった。王族でも知らなくていい闇の歴史が存在する事を改めて感じた。彼の中で新たな興味を刺激させられたのは言うまでも無い。
そうやって話しをしながら進んでいるとブラックとホワイトの二頭が前を睨み唸り始める。それに全員が戦闘態勢に入る。
「魔物か!」
先頭を進むのはフレテスト達である。戦闘経験で言えば彼等が圧倒的だからである。
何かが擦れる音が聞こえ、それが次第に大きくなる。それも一つのものが発生させるような音量では無い。
「フレテストさん少し道を開けてください」
孝雄実がその様に言うとすんなりと彼等は道を開ける。
「どうするんだ?」
フレテストは彼に尋ねる。勿論魔法である事は重々承知している。彼等以外いないこの場では彼等は重要な戦力である。気兼ねなく詠唱破棄で魔法を使用出来るからだ。
「こうするんです」
ボウガンを構えて前方に放つように見せる。すると直ぐに矢の形状が現れ始める。だが、おかしなことに攻撃を意図としたような速度では無かった。まるで前方に放り投げる様な放ち方であった。
しかし孝雄実には目的が在った。それは坑道全体が暗い事で満足に戦う事は出来ないだろうと言う事だ。現在もランプを手にしての移動を続けている状態だ。これでは急な戦闘は不可能に近い。
その魔法で作られた矢は地面に落ちるとその周辺を照らし出す。
「光った!!」
そう彼が考えたのはケミカルライトである。火を灯す事は決して出来ない為に彼はそれを思い付いたのだ。しかも白色で確りとした光をイメージしての事だ。
「さっすがご主人様だな!」
「何とも便利なものだ…」
マリアンとフレテストの後に他のメンバーも同様の言葉を発する中、孝雄実は同じ工程を数度繰り返す。すると漸く音の正体が確認できるまでになった。
「人間!?」
孝雄実は素っ頓狂な声を上げる。それもその筈、目の前をゆっくりと確実に此方へ向かう人らしき姿が在るからだ。
「にしては動きが歪だけどな」
「でも形は人よね」
「いや違うぞ、あれは人間では無いサンドマーリオンだ!」
フレテストがそう言うと一斉に武器を構える。マーリオンとはマリオネットの意味である。サンドは砂という意味だ。基本操るものが居て目の前にいる様なものが現れる。
「つまりこの奥に操る者が居ると言う事ですね」
サラは彼にそう尋ねる。
「ああそうだ。だが注意しろ、あいつ等は砂から作られている。この場所は魔鉱石が採掘されていると言う事は、魔力を多分に含んだ砂で作られていると言う事だ」
そう話している瞬間目の前のサンドマーリオンが動く速度を上げた。光で照らされる姿は人そのものである。だが全てが土の色であった。
目に出来る数で百体はあろうかというものである。
「サラ行くぞ!」
孝雄実は孝雄実は彼女に言葉を掛ける。この場で詠唱破棄を使用出来るのは、あとマリアンとレイスレットだけであるが、彼は体内循環に特化している為に攻撃魔法は使用出来ない。時間が在れば詠唱破棄の考えを教えられたがその様な時間は無かった。加えてマリアンは土の元素である。これでは効果が薄いと判断したのだ。彼女もそれが分かっているから孝雄実に抗議する事はしない。
二人は水の元素で作った矢と弾で攻撃を始める。孝雄実は矢で一気に十体を土に返す。サラも野球ボールの大きさの水弾を手の平から生み出してはそれを飛ばして人形を散らしている。坑道がそれほど広くない事が人数の少ない彼らに味方する。
孝雄実が二射してサラが一射と言う割合で攻撃を繰り返している。サンドマーリオンは近接攻撃以外行えない。その為に的の様な状態になっている。
此処の坑道はまだ続いている。倒しながら着実に前に進んでいるが一向に数が減らない。
「いったいどれだけ倒せばいいんだ?」
「それは操る者次第だな。その人物が魔力をどれだけ内蔵しているかによって決まる。我らはこいつ等を倒し、速やかにその人物の元に辿り着かねばならない」
「つまりは我慢比べというわけですね…」
そう操る者と孝雄実達の魔力勝負でもある。
サンドマーリオンは集団で襲ってくる。彼等が考えたのは纏めて操る者が生産し、それを操る為にそうするしかないのだろうと。倒す、進むを既に何度も繰り返している。そのたびに二人は魔力を消費しているが、流石に二人はタフである。
(流石は『呼ばれた者』とフロランス家の継承者か…)
フレテストは二人の魔法を見てそう感じている。詠唱を唱えてもこれ程の魔法は生み出せないだろうし、連射なんてしたら直ぐに魔力は枯渇する事は分かっている。しかし、二人は魔法を何度放っても汗一つ掻いていないのだ。
だからこそ二人に感心するが、逆に呆れてしまう。自分では到底登れないレベルで二人は戦っているのだと言う事に。
合計すれば二十回集団が襲って来た。まるでミルフィーユの皮を一枚ずつ剥がして行くような戦闘であった。そして漸く辿り着いたと言う事である。
しかし、フレテストは拙い知識からこの場所が普通では無い事を察知する。本来採掘をする現場は前に進むほど細くなるのが普通ではないだろうか。穴を掘るにしても先端は必ず細いのと同じである。
だが彼等が辿り着いた場所は大きく開けた空間であった。つまりは今まで通って来た道はこの空間まで進む為の通り道であったと言う事になる。そこまで考えて一つの結論に辿り着いた。
「注意しろ、此処は既に相手の領域だ!!」
その様にフレテストが言い放った瞬間、彼等五人は一瞬で壁際へと張り付け状態にさせられた。
「ぐっ…」
「フレテストさん!」
『ほほう。随分と多くのお客様が来たようだな。これは歓迎しなければならない』
暗がりから姿を露わしたのは人の顔を取り付けた一匹の巨大蜘蛛であった……
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では次話で御会い致しましょう!
今野常春




