相田愛理の日記… その1
孝雄実は試験が始まるまでの日数を利用して、魔導書店の店長ヒュールから依頼された翻訳作業に当たっている。この本は孝雄実に言わせると日記帳であり、筆者は彼女の姉に近しい相田愛理の物であった。彼が幼い頃から教えられていた秘密の番号を元に鍵を解除してしまった結果、この本と契約を結ぶことになった。
ヒュールはこれが魔導書となっている事を話していなかった。意図的に話していない訳ではないが、時すでに遅かった…
さて孝雄実は王国から宛がわれている屋敷の自室で翻訳もとい、只管読む事に専念する。トラウマ級のマッドサイエンティストな面が出無ければ頼れる姉である為に、若しかしたら手掛かりが書かれてあると彼は考えている。この一面が有ったからこそ彼は一応慕う事が出来たのだ。
『一日目、私は知らない平原で目を覚ました。隣には大人しくクマが座っていた事は生涯忘れることはないだろう。まあそれは良いだろう。私はこのクマをプ、は駄目だからゴン太郎と名付けることにした。私がそう呼ぶとゴン太郎はとても嬉しそうにしていた事で私は満足した。さて私の手元にはアルミ製定規と日記帳が有る。不思議なことに、書き込んでいたはずの物なのにきれいさっぱり無くなっている。不思議でしょうがない!今日は人里を探すべく歩き回り、漸く一件のロッジを発見した。何とか受け入れて貰えた事に感謝しよう。ゴン太郎を見た時は驚いていたが不思議だ。こんなに可愛いのに…それにもっと興味深い事が有った。どう見ても外国人の風貌であるのに日本語が達者な方たちである。家族であることはわかったがその誰もが日本語を話しているのだ。興奮気味に書いてしまったが今日はこれで終わりにしよう。孝雄実は大丈夫であろうか…』
孝雄実は一日目と書き込まれている内容を見て大きく息を吐いた。自分と同じような状況から彼女がスタートしている。そう考えると何か因果が有るのではないかと疑ってしまう。それに彼女の彼を思う言葉が書かれていることも彼には感慨深い何かが芽生えている。
その気持ちを胸に秘め次を読む。
『二日目、漸く私の状況を理解するに至る事象を発見した。魔道具だ。魔力を流して使用する物らしい。火が出るだけでも凄いのだそうだ。どうせならばコンロの様に火力を調節できるようにすればいいのに… だがこれは日本、いや世界のどこにいても在り訳が無いだろう。それは面白いの、一言だった。何時か私もこれを調べてみたいものだ…だがこれで私は地球にいる訳ではないと考えることに決めた。これからはこの世界の常識を学ぼうと彼等、ドルテンガ一家に多大なるご迷惑をおかけすることをこの場で謝罪しておこう…』
愛理は面白い事、興味が刺激されたことについては自分で徹底的に調べ上げ、それらを実現させてしまう癖が有った。研究者気質な彼女はそれで迷惑を掛ける事が大変よくあり、その被害を最も受けていたのが孝雄実であった。彼は過去の人物であるがドルテンガの方々に深く謝罪するのである。
「姉が多大なご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳御座いませんでした」
日記帳に向かってと言うのが中々シュールである。
『十日目、この場所はホルト王国という国なのだそうだ。王さまが支配し、貴族が幅を利かせると言う特権階級な社会はこの世界でも同じなようだ。もう一つ私も魔法が使えるようだ。これは非常に大きなファクターとなるだろう。実に研究のやり甲斐が有る。だが、魔法が使えても体から出る様なものではないのだそうだ。全ては魔道具を通して行わなければならないそうなのだ。だが、いつかはそんな物が無くとも魔法を生み出せるようにして見せよう。相田愛理の名に掛けて!!追記、孝雄実は大丈夫であろうか、私の事を思って泣いていないであろうか。心配で食が進んでしまう。まったくもってよろしくない事態である。私の完成されたボディーが可愛い孝雄実のせいで…』
随分と恥ずかしいことも平気で書いている彼女に呼んでいる孝雄実が恥ずかしくなる。誰かに読まれる心配はしていないのであろうかと心配してしまう孝雄実である。残念なことに後半部分は最後まで書かれていなかった。何故かインクが滲んでいたからである。これが紙一枚に綴られた内容である。彼は一度息を吐きだして、飲み物を口に含んだ後再び目を日記調へとやる。
『十二日目、漸く王都モーレルトンに辿り着いた。なんとドルテンガ一家は小さな商家であったのだ。小さいながらも魔道具の売買を行う為にそれなりに裕福なのだそうだ。私も彼等の好意で一緒に移動することを許された。だが、可哀想なのはゴン太郎である。あの家に置いて来なければならなかったことだ。あんなに可愛いのにモーレルトンに連れて行けば大騒ぎとなると言われたためだ。待っていろゴン太郎。必ず呼んでやるからな…』
『十三日目、ドルテンガは王都に店を構えている。そこで魔道具を商いするのだそうだ。あの家は別荘であり、半年ほど休みが無かった為に滞在していたのだそうだ。何とも羨ましい…さて、私の仕事はと言えば道具の研究である。嬉しい事に向こうにいた時少し魔道具を弄ったことで威力を自由に変えられる、所謂コンロを作った訳だが、それがドレンを驚かせたそうだ。これで新たに販路を拡大できると。彼はそこに目を付けてくれた。私の分野である場所で勝負させてくれる彼には大いに貢献しなければならない。さてコンロは出来た。次は風呂だ、シャワーも必要だ。出来ればトイレもどうにかしたい。考えれば考えるほど一日がもっと長くなればいいと思う。ああ、こう言った時は孝雄実を××したい!!』
此処まで読んで、間違いなく彼女がホルト王国の魔道具を世界に広めた人物だと分かった。何と言ってもコンロである。孝雄実もこの世界でコンロを見ている。それはこの屋敷である。コンロという言葉も仕様も日本に住んでいた時に見た事のある形であった。
孝雄実はこれを此方の文章に直さなければならないがそれにはどうしても時間が求められる。それは未だに名前や単語程度しか書く事が出来ないからだ。そこで彼は必要な言葉をメモにして纏めることにした。それを何れ文章が掛けたら書いて行く為である。
だが、その前にキャメルに確認しなければならない事があった……
「ホルト王国の事ですか?」
キャメルはいきなり祖国の事を尋ねられて少し驚いている。あの後日記帳を仕舞ってからこの部屋に彼女を呼んだ。
「うん。その中でもアイリャ・アイーダについて教えて欲しい」
「アイリャですか。随分古い方の名を知っているのですね。まさか此方へ来てその名を耳にするとは思いもしませんでした」
そこでエレオノーラと一緒に行った魔導書店での事を話す。孝雄実は当然一人でやらなければならなかったが、流石に書かれていることと実際の事、国の事情を知らなくては文章に出来ないと考えたからである。やはりこの国に精通している者の手助けが必要だと考えたのだ。孝雄実は日記帳をただ翻訳するのではなく、レポートにしてヒュールに提出しようと考えているのだ。
彼はアイリャが愛理であることも含めて彼女に話す。アイリャが『呼ばれた者』であることは分かっていても、彼とそれほど近しい人物と言うことに驚かされるキャメルであった。
「成程。まさかその様な事が有ったのですか…分かりました。アイリャはホルト王国の国母に等しい女性です。勿論王族が支配しておりますが、国民の中ではそれ以上にアイリャを崇拝しております。特にギルドは強烈に崇拝されておりますね。何と言っても今のギルドは最も恩恵に与っていますから」
「そうか、コンロも彼女が作ったんだよな?」
「ええ、そもそもこの国にある現存する魔道具は基本設計を含めてアイリャの産物です。このコンロが彼女の発明の第一歩です。これはホルト王国の学生は最初に教えられることです。まあ入学する前までには誰もが知っている話しですけどね」
キャメルはその後も話しを続ける。ドラゴンに乗せられなければ東岸の街ヘイレスから西岸へと渡るときに使う船にも取り付けられている推進器も彼女の発明である。これは水の元素を持つものであればそれを触って魔力を流すことで作動する様に作られている。
「本当の魔道具はどの様な元素も関係なく魔力が在れば使えるものなのです。それを彼女は制限を掛ける構造を組みこんだのです。ですが私も詳しい事は分かりません。ですので時間が出来たらホルト王国に行ってみませんか?」
「そうだな。でもどうして?」
「簡単です。彼女が孝雄実と同じでの人ならば在ってみると良いと思います。今でも子孫が生きています。決してマイナスにはならないと思いますよ」
孝雄実はその言葉に驚いた。まさか愛理と結婚する男性が居たのかということだ。
「えっ、結婚出来たの!?」
「え、ええ勿論ですよ。ホルト王国を今も体制になさしめた女性です。言い伝えでは引く手数多であったようですよ。貴賎なく様々な男性が申し込んだそうです」
これは授業では取り扱わないが市中で出回る本で、簡単に読まれる中に書かれている物語である。彼女も一度だけ呼んだ事が有りそれを思い出しているのだ。
「驚いたな。まさか愛理が結婚できたなんて… それに、未だに子孫がいるって凄い話しだな」
彼女から始まったとしても九百年も続く家と言うのは本当に驚きである。
「そうですね。彼女の家は例外的ですがアイーダ家と言う名が与えられております。孝雄実の喋った相田と言う名が変わったものですね。この家は王家とギルドが後ろ盾となって維持されているのです。この家が在るだけでホルト王国の存続認められるようなものですからね」
彼女はそれ以上詳しく話しはしなかったが、彼はホルト王国の今が有るのは愛理の存在が欠かせないものだと言う事がわかったのは収穫であった。
「そうか、何れは行かなければならないかもしれないな。でもキャメルは大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。私はもうこの国の人間です。ホルト王国との関係は何もありません。気にしてくださってありがとうございます」
「分かった。それじゃあ行く機会が有ったらよろしく頼むよ。今日はありがとうキャメル」
「いいえ、構いませんよ。こうして話せるだけで楽しかったです。また誘ってくださいね」
彼女はその様に話して部屋を後にするのであった。
まだ読み始めた彼女の日記は凄まじい枚数が残されている。
「ホルト王国か…」
孝雄実はベッドに寝転がりながらそう呟いた。一人間がどれほどの影響を与えるかそんなこと彼には分からない。しかし、どうしても自身が呼ばれた事はこの事と関係が有るのではないかと疑わざるを得なくなる。だが、時間軸が全く違うことにも疑問が浮かぶがそれは黒と白に聞こうと考えて眠りに着くのであった。
その間に一瞬ではあるが日記帳が光った事は彼の知らない話しである……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
御感想お待ちしております。
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それでは次話で御会い致しましょう!!
今野常春




