第四十三話
孝雄実たちは王宮を後にして一路冒険者ギルドへ向かって行った。その時一人の女性がレイスレットに合流を果たした。そしてレイスレットは彼女であるとフェータを紹介して皆を驚かせた。
だがそうしている時間はあまり残されていなかった。冒険者と言う職は人手不足が叫ばれているが、それと共に危険を伴う職業である。それ故に門戸は広く、を合言葉に性別の撤廃と年齢制限の緩和を行ったが、試験は必ず行われる。
彼等が急ぐのはその応募期限である。月に一度行われる試験は応募期限が月末と言う曖昧な日程であった。応募が少なく、月末で在れば締め切ると言う適当なものであった。
「ようこそお越しくださいました。皆さま受験希望で宜しいですか?」
ギルドの建物へ近づくと冒険者募集の幟がデカデカと掲げられていた。これがあれば応募受け付け中と言う合図なのだ。
「私を除いた六名です」
エレオノーラは本人確認の為にギルドカードを提出する。
「エレオノーラ様ですね。ようこそお越しくださいました。では受験を希望される皆さまは此方でご記入をお願いします」
受付の職員は六人分の用紙を渡す。
「皆さまの中で字が書けない方はいらっしゃいますか?」
冒険者は危険と共に一攫千金を狙える職業である。それ故に字が書けない者が多く受験を希望するのだ。だから代筆と言う作業を専門に行う人間が職員に配置されている。
「大丈夫です」
エレオノーラがそう言って用紙を受け取り記入場所へと移動する。
「はい、これに記入してね。分からない事があれば私かキャメルさんに尋ねてね」
用紙を受け取ったエレオノーラは一人ずつ用紙を渡しながらその様に説明をする。そう話すとそれぞれが、記入を始める。
書き込む内容は簡単なものだ。名前、年齢、出身地、現在使用している武器、魔法の有無、使用でき場合は元素も書く事となる。本当に簡単なものである。これでも文字を知らなければ代筆を頼まなければならないのだ。
記入を終わった者は職員へと提出して、受験票を受け取る。そこには番号が記されている木札で、裏には細々と文章が書き込まれている。
「はいコンドウ・タカオミさんですね。十九歳で、ロットロン領出身…魔法は使用出来ると……へっ!?」
職員はその記入された元素の種類に驚いた。とは言え彼が記入したのは四つである。光と闇を除いた物を記入していたが、職員が見た中では最多で在った。そもそも四つも元素を持っていれば冒険者になる様な事は無いのがこの世界では自然な流れであったからだ。
「は、はい…それではコンドウさんは此方の札をお持ちいただいて、暫くお待ちください」
職員もその道のプロである。これ以上騒がずに気持ちを落ちつけて彼に対応する。
次に出したのはサラであり、マリアンが続いた。特に問題は無く、粛々と手続きを行い其々に札を受け取る。
「それでは次の方どうぞー」
「お願いします」
キャメルであった。彼女は受付窓口での業務を行った事が無かった。それ故にどの様なものか楽しみにしていた。彼女は用紙を渡した。
「はい。えーっと、お名前はキャメルさんですね…年齢は××歳?出身はグローリンバリーですね」
明らかに彼女はキャメルが誰であるかを悟っていた。だがそれでも騒がない彼女は立派であった。
「そ、それではこの札をお持ちになってお待ちください」
「ありがとう」
残るはレイスレットとフェータである。この二人はレイスレットが孝雄実と同じ個数の元素を記入しており、驚く場面があったがそれ以上の事は無かった。
これにて全員の手続きが終了した訳であるが、この後も受け付け終了時間までには多くの人間が受付へと訪れていた。
「それでは今月の冒険者試験の受付は終了致します!!」
職員の女性はそう宣言すると窓口を閉める。外では幟を降ろしている音が聞えて来ていた。急いで正解であったと皆はホッとした気持ちになる。
「それではお待たせ致しました。今月の受験者の方は総勢一千名を超える方が参加なさいます。つきましては明日より順次試験を開始致します。本日応募された方々は本日より七日後に試験を実施致します。集合時間は早朝で御座います。禁止事項等は皆さまにお渡ししました札の裏側に書かれてありますので、確りと確認しておいてくださいますようお願い申し上げます。何かご質問がある方はいらっしゃいますか?」
女性職員は大きな声でこの場に集まる凡そ三十名に対して説明していた。そして誰もが手を上げて質問をしなかった為にその場で解散となった。
実質六日後に行われる試験では実技を行ってその適性等を調べる。既に試験は開始されている。と言うのも職員の女性は札に書かれた内容を確認して欲しいと述べていた。字が書けない者などが居ると言う事は、一定数字が読めない者が居ると言うことになる。どうにかすることも試験の内容に含まれると言うことだ。
「さて私たちはどうしましょうか?」
エレオノーラはその様にみんなに話す。場所はとある屋敷を宛がわれている。空き家となっていた屋敷でこの人数で生活をするには十分な大きさである。
「どうすると言ってもな?」
「そうね。此処からは余り出歩かない方が無難じゃないのかしら?」
孝雄実はそう言ってサラを見る。それに気が付いた彼女も即座に彼に答えた。他の者も具体的な考えは持っていなかった。
「あのーそれならグローリンバリーを巡るって言うのはどうでしょうか?」
この中では最年少のレイスレットが発言をする。彼はこの街の住人で在ったが、一度として王宮を出無いまま幽閉地へと飛ばされてしまった為に興味があった。その言葉にエレオノーラはみんなを見渡す。
「俺はそれで構わないぜ。確かに折角王都に来たんだ見物したいよ」
「私もそれで構わないぜ」
「それもそうね。出歩かないと言うのも確かに良くないかも知れないわ。久々の王都観光もいいものね」
「キャメルさんとフェータはどうかしら?」
フェータを呼び捨てにしているのは彼女がそうして欲しいと望んでのことであった。彼等の中では最年少がマリアンである。その同い年がフェータである為だ。
「私も皆さんと同じ意見です」
「私もそれで構いません」
これで当面の行動指針は決まった。
今夜はマリアンが料理当番となりみんなに振舞うことになった。屋敷を宛がわれはしたものの、使用人などは当然付いてこない。と言うことは身の回りのことは自分たちでと言うことになる。但し、生活費はフェーバル王が自費で賄っている。一般の平民、この場合は王都に住む者を指し示すが、半年は暮らせるほどのお金を一月分として彼等に渡していた。
この辺りの金勘定はエレオノーラしかできないのが痛いところだ。サラもお金で苦労しているはずなのだがどうも疎い所がある。マリアンはドンブリ勘定で、キャメルは平民の収支を知らない。孝雄実も同様であるし、レイスレットとフェータはそもそもお金を必要としている生活では無かった。
マリアンは自慢の料理である鍋を振舞うことにした。丁度街中で新鮮な肉が手に入ったのだ。これを使用しない訳にはいかないと、手慣れた手付きで肉塊を解体して食べ易い大きさに捌いて行く。
「随分と手慣れているのですね、マリアンさん」
レイスレットは初めて見る調理に新鮮味を以って眺めている。何と言っても今までこのような料理は食べた事が無い上に調理中の光景も見た事が無いのだ。
「なんだ、レイスレットは初めてなのか?」
孝雄実はそう畏まった言葉を用いることなく彼に話しかける。
「はい、此処でも向こうでも食事は料理人が作った物を食べるだけでしたから」
そう言われて孝雄実はそう言えば王族だったなと改めて思い出した。
「そうか、でも料理するのもいいものだぜ。経験は無いよな?」
「はい。残念ながら…」
そうレイスレットが少し悲しそうな表情を見せる。
「じゃあ今度やってみるか!?」
その言葉でレイスレットは目を輝かせる。
「はい、是非お願いします!!」
「何か珍しいわね…」
「そうなのですか?」
「ええそうよ。そもそもこうやって話せる歳の近い男友達っていなかったもの」
エレオノーラの呟きにキャメルが反応を見せる。彼女にはとても珍しいと映っていたのだ。たしかに歳の近い人物と言えば彼女の弟にダンがいるが、どうしてもロットロン領からは出られないとして、壁が在ったと言っても言い。ドランデストハイムでも、そこそこに近い者がいたとはいえ余り話す事は無かった。
しかし、今は違った。レイスレットは言わばアウトローな存在である。真実を公に出来ず、人付き合いを限定し生きて行かねばならない存在である彼は、孝雄実と少し似ている境遇で在るかもしれない。そう考えれば二人が仲良く話しているのは必然かもしれなかった。
「そう言えばそうね。孝雄実の場合私たちぐらいだったものね」
サラも孝雄実たちと知り合ってのことしか知らないが、それでも孝雄実の周りには歳の近い男友達がいないことに気が付いた。
「レイスレット様も同様です。歳の近い者と言えば私以外居りませんでした」
彼女は幽閉先での話しを掻い摘んで話しを始める。そもそも貴族の子供は学術院へ入学を果たさなければ気心知れた供は作れない。特に王家ともなれば格別なものである。結局胸襟を開いて何でも話し合える者は彼にとってはフェータしかいなかったのだ。
「これも王族の宿命なのかしらね…」
サラがそう呟くのも無理は無かった。今の彼女でもレイスレットに気軽に話そうとするには抵抗感がる。どうしても彼の本来の姿を知っているためだ。本能で王族に対する線引きが為され、畏れ多いと言う考えが生まれてしまうのだ。
「そうですね。本人はその様に接して欲しいとは思わないのでしょうが、貴族で在る場合はそれが普通なのでしょう」
フェータもフェーバル王からの下命が無ければサラの様に接していた事は間違いない。最初は苦労したが今は違う。彼女も慣れるのに一月は掛かったのだ。
「だからこそ孝雄実に懐いているのかしらね」
四人の目にはその様に映っていた。その光景は仲のいい友達とも、仲の良い兄弟の様にも見えているから不思議であった。
「それで、未来のお嫁さんはどうやって彼を射止めたのかしら?」
そうフェータに尋ねたのはサラだった。鍋料理以外にも炒める料理をしている為に孝雄実たちには彼女等の声は届かない。
「えっ、射止めたって…そんな私は別に……」
そう言って言葉尻がドンドン小さくなる。顔も真っ赤になりこの手の話には免疫が無い彼女である。勿論尋ねたサラを始め全員に免疫があるわけでもない。最年長のキャメルでさえそうなのだ。だからこそワレンスナの元を送り出される際に『奪うつもりで』という有り難い訓示をいただいて来たのだ。
「そうね。王子と一貴族の娘の恋。在りえない話しではないけれど話題提供としては十分に喰い付ける話よね」
エレオノーラもサラの話しに乗っかる。彼女はフェータの経験を自分にも行かせないかと言う思惑があったのだ。此方の経験では明らかに先達であるフェータへの視線はそれはもう真剣なものである。
「その様な面白い話しでは在りませんよ…」
フェータも少し年上の女性とこのように話す機会などありはしなかった。幽閉先では彼女とレイスレット以外は皆オーバーフィフティで在ったからである。そこまで歳が離れているとどうしても会話は事務的な物になりがちであった。それに身分の差がありどうしても普通に会話をするのも難しいことであったのだ。だから今の彼女にはどう答えていいかと言うよりも戸惑いの方が大きいかもしれない。
「まあ二人とも、今話し辛いのであれば後日にしましょう。ほらそろそろ料理も出来上がるようですよ」
「キャメルさん…」
その様に救いの手を差し伸べたのはキャメルであった。彼女も本音は知りたいのである。しかし、此処は敢えて我慢の一手であった。こうすることでフェータの心を引き寄せるという戦略で在ったのだ。情報を一手に集める事が出来るかもしれない相手を自分に引き入れることは重要な戦略の一手である。
ワレンスナの言葉を忠実に守るキャメルは、こうして一歩彼女たちよりもフェータの心情を捉まえると言う戦術的勝利を収めたのだ。
「みんな出来たぜ!私特製の鍋料理と炒め物だ!」
そう言って調理場から彼女は料理を運んでくる。後ろには孝雄実とレイスレットが同じように料理を運んでいる。それだけの分量がこの料理には求められていたのだ。ドットゥーセ王国は基本的に四季があるが、どちらかと言うと寒冷地が少し入り込んでいる。その為に寒くなる時期が早い。既に日が沈めば火が無いと肌寒い物に感じる事があるほどだ。寒い時はみんなで鍋料理を!の言葉通り彼等は二つの鍋料理を前にしている。
一つは動物から出汁を取った物でもう一つは味噌の様な物を投入した物である。どちらもいい匂いがしている。それが刺激となり空腹をより増大させる。腹の中からは早く食べさせろ、の大合唱が聞こえかねないほどである。
何故待っているのかはブラックとホワイトへ食事を出していたからである。この二頭は本当に良く何でも食べる。だが猫舌なのはネコ科の動物で在れば変わらないのかもしれない…
二頭は熱い物が苦手であった。故に別の大きな肉の塊を切り取って提供していたのだ。それに時間を割かれていたのである。
「それじゃあ、早速食べようか!」
孝雄実はいただきますと述べて、他は宗教上の祈りを奉げ、または直ぐに食べ始めるなど多様なものであった。しかし、全員が同じ言葉を口にする。
『美味しいー』
この言葉はどの様な食べ始めでも物が美味しければ出る言葉であった。美味しい食事は自然と会話を滑らかにさせる。人は美味しい物を食べると気が安らぐものだ。これによって、レイスレットとサラたちの壁の様なものが取り払われればいいと節に願うのはフェータであった。
レイスレットを知る彼女であるからこそ願うものである。今彼女が見る彼の表情は今までどんな状況でも見る事の無い柔らかな、彼の自然な笑みで在ったからである…
最後までお読みいただき有難う御座いました。
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それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




