オリマッテ・ロットロン領地開発記 その3
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オリマッテとロドム等に加え使用人へと落とされたアレバレルは窮地に立たされている。
「さあ死ね!オリマッテ、老いぼれ!!」
その様に言葉を発するのはグーテコバ・モノースル男爵である。彼は完全武装した兵士三十名を率いて命令を出そうとしているのだ。
残念ながらオリマッテ等の命も僅かである。周囲では領民が固唾を飲んで見ている。明らかにグーテコバが悪者役であるが大きな餌を前にしては気にも止めない。
「申し訳ございません、ロットロン男爵」
「何を謝る必要がある。それにまだ死ぬと決まったわけではないぞ」
アレバレルは心底教育を誤ったことを後悔しオリマッテに謝罪する。だが当の本人は諦めてはいなかった。
「おい、いくら貴族様とは言え横暴が過ぎるだろ!」
「そうだ!」
突如として民衆の中から声が上がる。それも一人、二人ではない。方々からグーテコバへ避難の声が上がる。
これには彼だけではなく兵士たちも驚いた。
「な、貴様ら平民風情が貴族である私に逆らうというのか!」
まさかのあり得ない行動に慌てるグーテコバは余計に怒鳴り散らす。武装しているのは自分の兵士であるという自負がある。いざとなれば領民であろうとも容赦はしないと言う考えである。
但しグーテコバにそれだけの器量を魅せていればの話である。だが、彼の元に仕える兵士は領民であった。
「旦那様もう止めましょう。我らにこの様な事を命じる事を撤回してください」
隊長であるベリルは、オリマッテらに武器を構えながらもグーテコバに懇願する。だがそれに対してグーテコバは受け入れる訳が無かった。
「何!貴様どう言う事を言っているのか理解しているのか!?」
彼はその様に言葉を発するとベリルに掴みかかる。
「承知しております。ですがよくお考えください。我らがこの様な事をすればモノースル家がどうなるかとお考えになられませんか?」
今迄散々アレバレルを始めとした家臣等が述べて来た言葉である。それが煩わしくてグーテコバは家臣等を排除して来た。そうして自分にとって邪魔な者が居なくなり、やりたい放題出来る環境を築いていた。しかし、隊長格の人間に言われるとは彼も思わなかった。あくまでも兵士は領民で、その纏め役に過ぎない。
「ええい、貴様もその様な態度であるならば私にも考えがあるぞ!」
「どうぞご自由に為さって下さい。私にはもう貴方の命令を聞く事は出来ない。散々無辜の領民をこの手にかけて参りましたが、それも限界で御座います。皆も自由に行動せよ!」
ベリルの言葉は大きな後押しと為った。次の瞬間オリマッテらに武器を向けていた兵士等が一斉にグーテコバへと向け変えたのだ。
「な、なななな!何をする貴様ら!分かっておるのか、この様な事をして貴様等の家族がどうなっても知らんぞ!」
この場には多くの聴衆が居る事をグーテコバは忘れている。この時代、証言が最も重要視されるのだ。司法と言う概念が厳格に存在する訳ではないが、それでも裁く事は出来る。この言葉からも彼がとんでもない領地経営を行っている事は明白であった。
「お忘れですか旦那様?どうなるも、それを実行して参りましたのは我らである事を。それが今あなたに刃を向けていると言う事がどう言うことなのか、流石に理解なさっていただいてもよろしいかと私は考えます」
ベリルの言葉に、自身の権限を強力に行使できる素地を築いていた恐怖と言う虚構が崩れ去った。
グーテコバは周囲を見渡す。冷静に考えればこの場に純粋な貴族と言うものは彼だけである。そこで過去に実父ドロネンの言葉を思い出し、アレバレルの五月蠅いまでの指摘を思い出したのだ。
『貴族は平民、領民が在ってこそ貴族で居られる』『蔑にすれば必ず報いを受ける』
まさに重要な言葉である。しかし、彼はその言葉を聞いておくか、と言う感覚で気にも留めていなかった。今更ながら思い出すだけましなのかも知れないが、時すでに遅きに失した。
「グーテコバ様、素直に降伏なさいませ。アレバレルは貴方様と死にましょう」
兵士の囲みを抜けるとアレバレルはその様にグーテコバへと話し掛ける。彼には此処までの事態へと発展すれば主人であるブラスト辺境伯からの重たい処分は回避出来ない事を悟っていた。
「何を、何を言っている?私が死ぬ?馬鹿を申すな!何故私が死なねばならぬ!!」
既にグーテコバの顔は尋常では無い汗が噴き出している。それを拭うことなく喚き散らしている。
「いいえ、これで終いです。既にそれだけの行動を為さってしまっているのです。それは私にも責任が在りますが、元凶は貴方に責任が在ります。恐らく数日の後にでもブラスト辺境伯様がお越しになるでしょう。その時まで慎ましくお過ごしくださいますようお願い申し上げます」
「わかった、それでは大人しく…」
グーテコバはその様に言いながら顔を下に向ける。アレバレルは後悔して頭を下げているのかと考えていたがオリマッテは違った。そして彼の護衛役として付いて来たロドム達もだ。
「アレバレルを守れ!」
「死ねー!!」
オリマッテとグーテコバの言葉が重なった。
オリマッテは、彼がこの様に素直に話しを聞いていればこの様なことになる筈が無いと考えている。ほんの少しの間に考えが変わる訳が無いとも思っていたのだ。ロドムも少なからず殺気と言うものを察知する事が出来る。
グーテコバは隙を狙っていた。話しを聞く振りをして、せめてアレバレルかオリマッテを殺すと言う考えに取り憑かれていたのだ。そうして機会が訪れた。近くに居た兵士の剣を奪うと、アレバレルへと斬りかかるのだった。
だが、寸でのところで剣は防がれた。ロドムの剣がアレバレルへと突きささる前にグーテコバの剣を防いでいたのだ。
「また貴様か!オリマッテ!!」
「殺してはならん。ブラスト辺境伯様がお裁きに為られる。全てを任せる為にも捕縛せよ。それと屋敷の方にもな」
オリマッテは後一日すればレイバーグがやって来ることを予想している。そこでロドムへは厳しい注文をする。
「厳しい要求ですが、やらざるを得ないですね」
アランとウォーレンも参加して気持ちが昂り切るグーテコバへと対峙する。
「貴様が、そもそも貴様が現れなければ!」
だが勝負と言うものは呆気ないものである。遊びたい放題にしていたグーテコバが剣の鍛錬をする筈が無い。奇襲は成功するかもしれないが、鍛えている者と対峙すれば敵う筈が無かった。
彼が剣を振りかぶりロドムへと振り下ろしたところを軽く受け流し、踏ん張りが利かなかったのか前につんのめる。それを逃すはずもない。足を引っ掛けて転ばせる。それをアランとウォーレンが捕縛する。
「まあこれぐらいの怪我は許容範囲ですか?」
「まあそうだな。ご苦労であった、ロドム」
彼は剣を鞘へと収めながら近づいて来たオリマッテへと言葉を掛けた。
「アレバレル、これでいいか?」
「そうですな。ですが、モノースル家三百年の歴史の終焉と言う物にしては無慚すぎる結果です。私はブラスト辺境伯へと内情を包み隠さずお話して死を賜ることと致します」
周囲は歓声に満ち溢れていた。この場に居た平民はロットロン領を目指している移住者である。彼等の新しい領主がこの様に体を張れる人物であると知り安心と期待を含んでのものである。それとは反対に兵士等は恐怖の対象であるグーテコバが捕縛されても表情は晴々としたものでは無い。この後に起こる惨劇を考えれば致し方の無いものである。
恐怖の対象がグーテコバ在ればその実行者が兵士たちである。領民全体が兵士たちによって恐怖を植え付けられていたからだ。事情が在るにしても唯の領民が理解出来るはずもない。
兵士たちの危惧は直ぐに的中する。村入り口で起こった事象はあっと言う間に全体に伝わる。人口千人にもなる村である。この規模で在れば、町へと呼称が変わるのも時間の問題である。
領民はグーテコバ捕縛の知らせを一早く伝達していた。幾らグーテコバの命令とはいえ領民の恨みは兵士へと向かったのだ。皆は手に武器となりうる物を持って入り口へと集まりだした。
その集団が十数名集まりだした時、オリマッテ達は事態の深刻さを理解した。兵士らも既に武装解除してグーテコバと同様に捕縛されている。これは自分たちも結果的に加わっているからとベリルが言い出した事だ。現在はオリマッテが代行して指示を出しているが余りの人数の少なさに四苦八苦しているところであり、とてもモノースル領の領民まで手が回っていなかったのだ。それが結果として裏目に出てしまったのだ。
「領主がいたぞ!領主を殺せ!」
とある領民が声を上げる。本来自分たちで兵士を捕まえ積年の恨みを晴らすつもりであった。しかし、彼が見た光景はグーテコバと一緒に捕縛される兵士たちである。幸いなことに怒りの対象は領主である彼に注いだ。しかし、彼等の前にオリマッテは危険を顧みず立ちはだかる。
「誰だね、君たちは?」
オリマッテは努めて冷静に領民へと問い掛ける。此処で彼を死なす訳にはいかないからだ。何が何でも守り抜いてレイバーグの前に引きずり出さなければならない。
「誰だと、俺は此処の領民だ!あいつのせいで俺たちの家族は殺されたりしたんだ!」
必ずとは行かないが、グーテコバの行動によって少なからず被害が領民に出ているのだ。中でも多いのが食料の徴発である。この村の納税は穀物で行う。年間食べられる量を残して税金として納めるのであるが、事あるごとに徴発を行われ餓死者が出ていた。
その話を聞くにつれてオリマッテも申し訳ない気持ちと為る。隣の平民が此処まで酷い事になっているとは知らなかったからである。
彼等が知らないのも無理はない。幾らモノースル領を通過しないとロットロン領へと辿り着かないとはいえ、その通り道である場所は確りと食べられる者が住んでいる場所であったからだ。一歩奥へと入れば餓死者が出るほどの惨劇であったのだ。
この場に集まれたのは体が動かせる者であった。そう言われ、よく見れば確かに骨ばった者が多く存在していた。近くに居る移住者と比べても違いが分かるほどである。
食べ物の恨みは中でも激しいと言われる。商人であったオリマッテはそれをよく知るところである。全ては領主の手腕であるが此処まで酷い状況は初めてである。
「話しは分かった。私はロットロン領主のオリマッテと言う。此処は一度収めて頂けないだろうか」
突如大声で領民へと語りかける。それには多くの反発の声が飛ばされたがめげる事はなく必死に言葉を発する。
「この者らはブラスト辺境伯様の元で裁かなければならない」
「では死んでいった者たちはどうすんだ!」
「そうだ。子供は飢えながら死んで行ったんだぞ!」
中には言葉にはできないほどの事が在ったが此処では差し控えよう。
「それでもだ。もし此処でこの者らを君等が殺してしまえば、この村は全員が処刑対象になるのだぞ!」
領民の反乱は厳禁である。一度でも起こせば首謀者を始め関わりのあった者、家族を事如くを処刑することと為っている。それを知るのは貴族たちだけである。それを周知するかは領主の考えである。
だがその言葉で反発する声がなりを潜める。オリマッテはここが勝負だと声を大きくして話し掛ける。
「君たちがどの様な暮しをしてきたかは分かった。だが、約束しよう。此処を支配されるブラスト辺境伯様は決してこれ以上苦しい思いはさせる事はない。だから今一度貴族と言うものを信用してもらいたい」
そう言うと彼は土下座スタイルを執る。物語の初め孝雄実がエレオノーラに対して決めたジャンピング土下座を思い出しての事だ。オリマッテはその当時の説明で今このようにするべきだと考えていたのだ。
その突然の好意に領民は元より移住者も驚きを隠せないでいる。貴族とは、グーテコバまでとは行かなくとも上から見下すような連中であると言うのが領民たちの認識である。汚れる事も厭わずに必死に頭を地面に擦りつけて懇願する貴族はいないであろう。それを目にする領民は次第に恨みを込めていた殺気を抑え始める。
「分かりました。あなたを一度だけ信用致しましょう」
領民集団の奥から一人の老人が現れる。
「長老!?」
彼は御年九十にもなる男性であった。先代、先々代の統治を知る数少ない人物である。善政を敷けば素晴らしい発展が望める事を知る彼は、オリマッテの人物像を評価していたのだ。
「皆も聞きなさい。確かにこの男の行為は許せないでしょう」
彼はその様に述べるとグーテコバを一目見る。この態度でどれだけ彼が恨みを買っているかが理解できよう。長老は話しを続ける。
「しかし、彼はお隣のロットロン領を治めるお方である。その評判は聞いていましょう。それに見なさい、あそこに居る方々は移住者でしょう。それだけの規模を求めるだけの手腕を発揮しているのです。信じてみる価値は在ります」
彼の言葉はこの場に居る領民を納得させるのに十分な効果を発揮した。
「分かったぜ、長老。ただしあの男爵様だけだぜ。それ以外は駄目だ」
これは若い世代筆頭の言葉である。
「如何でしょう男爵様、我らの事をお頼みしてもよろしゅうございますか?」
「うむ、分かった。必ずどうにかしよう」
こうして領民の武装蜂起は未然に防ぐ事が出来た。しかし、本来ないはずの他領を裁くことなど許されるはずはない。ベストではないがベターな選択とは言える。この事はレイバーグが到着してから決まる話しである……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
読者の皆様にはご迷惑をお掛けいたしまして、大変申し訳なく存じます。
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それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春
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