第四十一話 天は人に二物を与えてるじゃねーか!!
「アレイセン兄上!」
チャレンは嬉しそうに次期王としての教育を施されているアレイセン・ドットゥーセに走り寄る。アレイセンは王としての素質を如何なく垣間見えさせており王国の未来は明るい物と考えられている。貴族を始め、平民らも噂をするまでになっている。
とはいえこの平民まで噂をすることに為っているのは、貴族側が意図的に流しているに過ぎないのである…
正しく彼等の先走りであり、将来を見込んでの行動である。しかし、これも貴族社会では必要な嗅覚である。
「どうしたチャレン、勉強は終わったのか?」
この二人は十の年齢差がある。この時アレイセンは優秀な成績でグローリンバリー学術院と言う、学校を卒業した。初等科を十一の時に入学し、二十歳で高等科を出ていたのである。
「はい!それで兄上に見ていただきたい物があるのです!」
アレイセンは兄弟にダダ甘な部分がある。特に彼には甘くなっている。それは他の兄弟も同様である。異母兄弟であるにも拘らず珍しいとも言える家族である。
「デール、時間はどうか?」
後ろに控える男はそう言われて簡潔に答える。
「本日の予定は終了しております。後はお食事のみであります」
デール・シュゲイン・ダッケンル子爵はその様に話す。歳は六十を超える人物であり、フェーバル王が信頼している男である。彼の仕事はアレイセンの身の回りの世話と貴族社会のなんたるかを確りと教え込む事である。つまり、学術院で教わらない事を教え込むことが彼の仕事である。
三人はアレイセンの自室へと移動をしてチャレンの言う事を見ることにした。
「さてここならば問題は無いだろう。チャレンが見せたい物とはなんだ?」
彼はそう言うと楽しみな感情を見せている。デールも幼いころから知るチャレンの姿に目を細めている。年齢差を考えれば孫の様なものであるからだ。
「はいっ!それではお見せいたします!!」
チャレンはそう言うと嬉しそうにあの魔法を披露した。まさかの展開にアレイセン等は何も口に出来なかった… そこでチャレンは驚いて言葉が出無いと判断していた。
「兄上如何ですか!今まで出来ないと言われた詠唱破棄が出来ました!!」
そう言われた瞬間アレイセンは内心怒りに震えていた。対象は勿論チャレンの教師陣である。何故こうなる前に止める事が出来なかったのか。それよりもこうする事の結果をどうして教えていなかったのか。考えれば考えるほどに怒りが膨れ上がる。
「それはどうして出来たのだ?」
努めて怒りを外に出さぬようにしながらチャレンに話す。手は彼の頭を撫で褒めている。しかし、その表情は冴えないものである。この行為はそれを見せない為であった…
「前から考えていたのです。どうして詠唱をしなければ魔法は発言しないのか。詠唱が無くても魔法が使えればどれだけの事が出来るのか。さらに道は広がると私は考えました!」
そう言ってチャレンは嬉しそうに説明を行う。この時のチャレンは十歳である。翌年アレイセンと同じ学術院へ入学する事が決まっていた。
アレイセンはデールにフェーバル王を呼びに行かせると、チャレンを確りと見ながら語りかける。
「いいかチャレン。今から言う事を確りと聞いておくんだ」
「はい、兄上!」
チャレンは彼の雰囲気を察する事がまだ出来ないでいた。未だに褒めてもらえると思っていたのだ。
「今行った詠唱破棄は今後一切、決して誰にも見せないでくれ…」
この時に為って初めて予想とは違う展開に首を傾げるチャレンであった。しかし、未だ何故その様な表情で、辛そうな声で話しかけているのかが分からなかった。
暫くしてフェーバル王がアレイセンとの部屋を訪れた。勿論デールも彼に付き添っての事である。彼もまたアレイセンと同様の表情であった。加えて、急いで駆け付けたという様な息の切らし方であった。
「アレイセン……デールから話しは聞いた。それは本当なのか?」
フェーバルは息を整えることも無くアレイセンへと問い掛ける。すると彼は言葉を発することなく頷くだけであった。
「何たることだ…」
そう言葉を発するとフェーバルは項垂れる。此処に来てチャレンは漸く自分のした事が良く無かった事であると考えるようになった。
「お父様…?」
チャレンは不安げな表情と声でフェーバルへと言葉を発する。
「チャレン、アレイセンも言っただろうが、絶対に詠唱破棄を使用してはならん!」
彼はチャレンへと言葉を掛けながら、最後は語気を強めて警告を発する。
その表情と声はチャレンが知らないものであった。彼は褒められこそあれ、怒られるという事が無かった。勿論教育係の者は彼を叱る場合があるが、そこはやはり王族の人間だと厳しく接していると思っていても、深層心理では『必要なあと一歩が踏み込めない』と言う感情があるのだ。
だからであろう。初めて見るフェーバルを見てチャレンは盛大に泣き出した。だがそれ以上にフェーバルとアレイセンの落胆が大きかった。将来は間違いなく魔法使いとして名を残すであろうと期待が大きかったのだ。しかし、それも既に闇へと葬り去らねば為らなかった。
翌日、チャレンの死が公表された。未だ、平民にはチャレンをお披露目していない為に、この話しは貴族の間で流されただけである。これにより、来年入学予定であった話しは無くなった。チャレンとの誼を通じて王家との繋がりを、新たな利権を求めたいとしていた貴族の落胆は大きなものであった。これは大人もそして子供も同様なものであった。
チャレンはどうなったのか。昨夜の段階で、身一つで王家所有の領地でガレンという場所へと移動していた。敢えて言葉を用いなかったが、幽閉である。家族の中ではチャレンの名は呼ばれるが王家からは抹消された人物となる。
此処へと連れてこられた理由は、冷静に考えられるだけの思考力が付くことである。それまでチャレンは数名の供と暮らすことになる。
チャレンの事はフェーバル王にしてもショックな事件であった。それが影響して孝雄実たちが来るまで、詠唱破棄の言葉は知っていてもその光景を忘れていたのだ。チャレンが孝雄実たちへと披露した時の彼の心情はとんでもないほどに乱れていたのだ。王たるもの常に平常心であれ、先代の王からの教えである。今彼はその教えを有り難いと思っていた。
「残念ながら余の息子ではあるが既に王家の人間では無い。それと同時にチャレンには新たな家を与えてある。チャレン」
フェーバル王は孝雄実たちに長々と事の次第を話した後に、今の事を話した。此方へと戻るに当たり、チャレンには新たな名前と家が与えられていた。態々彼が幽閉地へと赴いた瞬間から築いて来た家である。今更過去の人物となるチャレンである。他の貴族が不思議がる話しでは無くなっていた。
現在、貴族たちの関心事はアレイセンの結婚であった…
「レイスレット・ベンゼンデントです。改めましてよろしくお願いします!!」
チャレン改めレイスレットは既に仲間入りを果たしたかのような口ぶりで孝雄実たちに頭を下げて挨拶を行う。未だに彼等はこの事について許可してもいないのだ。
「ちょ、ちょっとお待ちください!」
エレオノーラが此処で漸く動き出す。ここまでは完全にフェーバル主導で話しが進んでいる。此のままではすんなりとレイスレットが仲間入りすることになる。悪くは無いのだがどうしても彼の実力が気になる所である。
「どうしたエレオノーラ」
「はっ、恐れながら私を除いた者は冒険者の資格を取得しておりません。そんな中でありますが、レイスレット様は如何でありましょうか?」
本来ならばキャメルが尋ねたい話しであるが、ワレンスナの悪名は王家にまで届いていると彼女自身が述べていた為に控えている。因みに、であるがキャメルは冒険者の資格を所有していない。単なる職員であり、秘書であれば持つ必要が無いからだ。
「チャレンの実力は問題ないとの報告を受けている。心配ならば君たちも見てみるかね?」
フェーバルの言葉で、ではそうさせていただきます、という運びとなった。
この場ではフェーバル王は参加できない。表向きは普通の貴族であるレイスレットである為だ。今はアレンゼントルの関係として連れられて来た、という形で訓練場へとやって来ていた。
「ケール!」
アレンゼントルが大声を発してその者の名を呼ぶと、一人の騎士が大急ぎで駆け寄ってくる。
「閣下!いかが致しましたか?」
普段から甲冑を着込んでいる彼等は王都グローリンバリーを、そして何よりも王と王家を守護する近衛騎士団の最精鋭の部隊である。つまりドットゥーセ王国最強の一団である。
「済まないがこの者の腕を見て貰いたいのだ」
彼はそう言うとチャレンをケールへ見せる。その後ろには孝雄実たちの集団が続いている。彼には余りにも不自然な事に困惑していた。
「は、はぁ…それは構いませんが、閣下の後ろに居ります者は?」
「それは気にせんでもいい。とにかくこの子を試して貰いたい」
アレンゼントルはそう言うと有無を言わさぬ目つきでケールを見やる。付き合いの長い彼は、それ以上は聞けないと悟りすぐさま承諾して準備に取り掛かる。
この場所は王宮内に設えてある闘技場である。主に近衛騎士団の者が使用する鍛錬場所として使用される。そんな場所に突如現れた軍部のトップと子供らしき貴族に歪な集団とまるで異物である。特に孝雄実たちに視線が集中している。何と言ってもこの場にはブラックとホワイトの虎二頭も付いて来ているのだ。
この場で鍛えていた人間はその様に感じてもおかしくは無い。ケールはその中でも団長を務める人間である。その彼が、急遽鍛錬の中止を宣告してチャレンの実力を測るというのだ。注目を集める事は必須である。
「私の名前はレイスレット・ベンゼンデントと申します。本日はよろしくお願いいたします!!」
レイスレットが扱う武器はウォーハンマーである。体格は細身であるが振り負けないだけの身体能力はある。本来この手の武器は相当体格の良い者でなければ武器の効果を十分に発揮する事は無い。そんな武器を彼は選んでいる。入念な準備をすることは無く単にハンマーを振り回すだけで終わっていた。
対戦相手は近衛の中では中位に当たる実力者である。これはアレンゼントルが指名した実力者がその者であったからだ。
「閣下と隊長からは本気でと言われている。本当に良いんだな?」
相手は兜まで被っているが声は女性のものであった。剣と盾は本物である。騎士団が持つ盾は戦闘時に有力な打撃系の武器へと変化する。特に近接戦闘時、相手が突進してくるときは思い切り相手にぶつけることで効果を発揮する。造りがそうなっているのだ。それ故に訓練時等使用が禁止されている。
「はい構いません!」
レイスレットはそう言うと武器を構える。ハンマーを両手で持つと左足を引いて何時でも攻撃に移れるようにしている。対して相手も騎士団で教え込まれたスタイルで構えを取る。左に盾を構えたものだ。合図はケールが行う。
「それでは、命を奪う行為は禁止とする。始めっ!」
ケールが述べた言葉は止めを刺す行為である。
その言葉で先に仕掛けるのはレイスレットである。基本両者の戦い方は両極端なものだ。
「はあっ!」
レイスレットは勢い良く相手に対して飛び込む。右側に大きく振りかぶっていたハンマーを振り抜いた。
『速い!!』
どこからともなくその言葉が重なる。孝雄実たちも近衛の者も同様の言葉を発していたのだ。
対して相手はそれを動じることなく盾を構えて受ける腹積もりである。だがあの速度とハンマーの質量を考えれば、幾ら鍛えてあろうとも大男でもなければ受け切れるわけが無い。
それが一般的な考えである。事実孝雄実たち、取り分けサラとマリアンはそう考えている。不思議なのがエレオノーラと孝雄実であった。何やら見慣れぬ光が彼女を包んでいたのだ。それをこの二人は見ていた。
ハンマーが盾にぶち当たると形容しがたい強烈な衝突音が響き渡る。地下にある闘技場では尚更音が響く。レイスレットは右側から左側へと振り抜く、それを盾で受け流すだけで激しい音を生み出した。真正面から受ければ恐ろしい結果となっていたであろう。
レイスレットはその遠心力を活かして、左足を軸として回転してさらに盾目掛けて打ち抜く。
「すげえぇな…」
「不思議よね。どうしてあそこまで戦えるの?」
光を見て不思議に思う二人を余所にサラとマリアンは驚きを以って目の前の戦いを見ている。二人は両者共に信じられない戦いをしている事に気が付いている。
騎士は只管に耐える。ハンマーの特徴は一撃必殺である。質量を活かした打撃技がメインの武器であることから基本は一度攻撃すれば隙が生まれるものだ。彼女はそう考えていた。だが蓋を開けてみればどうだろう。一撃目、二撃目…レイスレットの攻撃は休む間もなく続けられる。まるで剣を振る様な勢いで攻撃しているのだ。これには彼女も焦る。
しかし、そこは近衛騎士団でも最精鋭に位置する部署に居る以上負けられる筈が無い。
そのプライドが彼女を奮い立たせる。今一度冷静に見るとどう見ても武器に手が加えられている訳ではない。であるならば、答えは絞られる。彼女は戦いの中でそう考えている。
一つ目は武器にホルト王国製の物を採用している事。となると彼は魔法使いであると判断できる。これが一番有力な答えだと思うが、近衛でも導入が難しいホルト製の武器である。
聞いたことも無い家名を持つ貴族に、その様な物を導入するのは難しいとも彼女は考える。となれば彼の実力が抜きんでているとしか考えられない。とある考えが浮かんだが、その考えは直ぐに立ち消えになる。
その彼女はどうしてそのハンマーを受ける事が出来たのか。それは今彼女が考えたホルト王国製の装備品を用いているからである。
そんな時、漸くその隙が生まれたと彼女は判断する。右上段に構えたレイスレットはそのまま袈裟斬りよろしく左下段へと振り抜いた。その時彼女の盾捌きによって勢い余って地面にハンマーが埋まるという事が発生した。これを彼女が見逃すはずが無い。彼女は膝を曲げると足元に力を加えて高く跳び上がった。
本来この攻撃は許されるものでは無い威力を持つ。だが、彼女はそれを行わなければ勝利は無いと戦っている中で判断している。落下速度を加えた一撃必殺の攻撃である。
「貰った!!」
彼女は未だに地面に埋っている状況の武器を見て勝利を確信する。片腕で扱う武器である騎士団の剣は確実に彼に当たると思った。この事態にアレンゼントルは焦る。勿論他の者も同様である。
「やべぇ!」
「当たるぞ!」
孝雄実とマリアンの言葉が同時に発せられるが、他の者異口同音である。
しかし、外野はそう彼女が明らかに有利で、勝利が間違いないと言ったものであった。だが、戦う彼女とケールはそうではない。
(不味い、やられる!)
彼女は剣の切っ先が当たる瞬間、レイスレットのハンマーが自分へと延びるのを視界に収めていた。速さで言えば圧倒的に彼女が有利なはずであった。しかし、それ以上の速さで彼のハンマーが彼女の盾を打ち抜く。瞬時に盾を構えたのは彼女であったから出来た行為であった。今度は受け流す様な事は出来ない。まともに彼の攻撃を受け止めた。
その時の音は最初の時以上であった。と、同時にありえない事が起こる。
(バカな…)
「ありえん!なぜあの盾が破壊されるんだ!!」
観戦していた騎士団の男が悲鳴のような声を上げた。これを皮切りに様々な声が上がる。
ここで勝負が付いていた。
彼女はハンマーで飛ばされる事は無かった。少し後ろには飛ばされるがレイスレットから少し離れた場所に着地を行う。着地をしたという感覚は無い。今は盾の破壊によって完全に戦意喪失をしていたのだ。
「これで勝負ありですね」
レイスレットはハンマーを彼女の顔元に近付けてその様に言葉を発するのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
ご感想お待ちしております。
誤字脱字ありましたらご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




