第三十八話 過去の因縁 決着
賊の声と同時に事前準備されていた箇所から火の手が上がる。対岸にばれる可能性大であるが、そこは致し方が無いと最小限の範囲に抑えるべく部下に徹底する。
前もって潜入していた賊は百を下らない数である。計画は一月前から始まっている。一人、また一人と街へと進入していた。それが成ったのが、孝雄実たちが到着した日であった。
彼等の目標は戦力の無力化を第一に考えている。次いで、連絡しようと対岸ドレイスへと渡る船を沈める事この二点を重視している。後は自由である。暴れまわったら引きあげるそれが彼等の決まり事である。
「始まったな。ご主人様、恐らく賊が至る所に現れると思う。どうする?」
マリアンはそう言って孝雄実を見る。そもそも彼等に対処できる事案ではないのだ。今はとにかく身を守る事が最優先であるはずだ。
「どうするって…」
「とにかく賊を倒すか、この場で守りを固めて兵士達が鎮圧するのを待つかって話しだな」
そう話している間にも遠くの方では破壊音や悲鳴が聞こえ始めている。
「守るのは難しくは在りませんが、気になるのはこの街の兵士です。私も何度となく此処を利用していますが、その錬度と言うものが…」
キャメルは特に昼間の兵士の態度等が気に為っていた。そこには近衛騎士団も含まれている。
「つまりキャメルさんは鎮圧には大分時間が掛かると?」
エレオノーラはそう尋ねると彼女は頷いた。
「すると、ここで守っているよりは、早々に打って出て賊を倒した方が良いんじゃないかしら?」
被害が大きくなればまたこの街で足止めを食う可能性は否定できない。であれば、なるべく被害を抑えた方が良いとサラは考えたのだ。
「そうだな、まだこの辺りは火の手が見えていないが確実に行うだろう。それとな、あいつ等の時間は向こう岸から応援が駆け付けるまでだぜ。それまでには引いていると思うけどな」
マリアンはその様に説明をする。自分が指揮をするならば、と言う考えである。時折懐かしい様な手口を思い出す彼女であった。一瞬思い出したくも無い顔が過るのを頭を振って追い払う。
「とは言えあの川幅ですからね。相当時間を要すると思いますよ」
「だったら、川の方へ向ってみる?」
サラがその様に提案した。
「それじゃあ移動は裏を通って行くぜ。前は私が行くから皆はさっきの順番で着いて来てくれ!」
そう言うと彼女は急ぎ足で移動を始める。とても初めての街中とは思えない足取りである。そこは経験がものを言っていた。
「マリアン!」
後ろでサラが叫ぶ。すると全員が脚を止める。まだ川岸までは距離がある。言い出した彼女が何故と皆が思った。
「どうしたサラ?」
孝雄実が尋ねると槍でその方角を示す。そこには賊と兵士が戦っている戦場が見えた。
「どうする?」
「勿論行くしかないでしょ!」
マリアンの問い掛けにサラはそう答える。と言うのもあそこで戦っているのは近衛騎士団の面々であるからだ。これを放置すれば貴族として後に問題になりかねないと彼女は思っていた。
サラは駆けだす様にその戦闘に加わる。
戦場は大通りである。川へと向かおうとする賊とそれを押し留めようとする戦いである。数の差は圧倒的に不利である。加えて数人は寝起きである彼等は、未だに体が言う事を利かない状況であった。
「助太刀します!」
サラはそう言うと槍で突き殺す。丁度団員と鍔迫り合いをしていた賊であった。
「感謝する!!」
そう言う彼は鎧を身に着けていない。そんな余裕はなかったのである。在るのは象徴である盾と剣であった。遅れてマリアン達も戦いに参加する。
「君たちは誰だ?」
戦いに余裕が生まれている中で男はそうサラに尋ねる。彼女はカラドヌルクを身に纏い戦いに参加している。それを見たことも無い出で立ちと男は判断して尋ねていたのだ。
「私はっ!元サラ・フロランスと名乗っていました!」
そう言いながら彼女は賊を倒していく。正面からは倒してもきりが無いと思えるほどに賊が流れ込んでいる。
「今はサラ・ロースロンド男爵と言います!」
最後に一突きしてこの間に四人の賊を倒していた。
「フロランス……そうか、あのフロランス家か!」
男はそう言って納得する。貴族の間では有名な話しであった事から、瞬時に分かることであった。
「ええ、ですが今は賊を倒す事を優先しましょう!所でお味方はどれ程ですか?」
サラはこの場で戦っている人間の少なさに疑問を持っていた。樽や木箱等を簡易的なバリケードとして賊と対峙している近衛騎士団の人間は八人。つまり他にも居るのだと彼女は思っていた。
「この場で戦っているのが全員だ…」
その言葉にサラは言葉を失う。
「御冗談を…この街を守るにはもっと人員は居るはずですよね?」
「ああ、そうだ。でも他の連中は我先にとドレンスへ逃げ出した」
この言葉は孝雄実たちにも聞こえていた。
この場に居る騎士団の人間は混成部隊である。五つの部隊に分けられていた彼等は平均二名がこの場に参集した。賊の目的が明らかになったからだ。そこで一番近い部隊の人間がそれを知らせる信号を発する。これは彼らだけで分かる物である。
当然全員が無事に辿り着けば五十名となるが集まったのは十人であった。聞けば何処の部隊も後方へ退避していったという。名目は船を破壊されないためと言うことだった。
この場にはフレテストの存在も確認されている。
「賊の目的は此処の戦力の殲滅だそうだ。一応我らもその中に入っているようでな、先程の集団が六つ目だ」
男はそう言って一度空気を吐き出した。
「それにしてもどうして此処まで酷い事に為っているのです?」
サラの中では近衛騎士団とは最精鋭の集団と言う認識である。加えて王家軍兵士も此処に駐屯していれば此処まで後手に回るはずが無いのだ。
「完全に弛緩し切っていたのが原因だ。腑抜けた上官共がまさにその根本だよ…」
男は嫌そうな表情で語るのであった。
戦闘は他でも起こっているが賊は此処をメインとして人数をぶつけている。他の圧力が減れば儲けものである。
「来なすったな…聞け!あれが恐らく賊の本隊だ。これを乗り越えられれば道が開けるぞ!」
そうは言うが孝雄実たちを含めても十三人である。対して、賊の集団は二百をゆうに超えると見られている。此処までに倒した賊を含めると軽く五百は下らないのだ。それを考えると彼等は相当に優秀な人間である。
男の声に皆一様に緊張した面持ちに為り、武器をきつく構える。孝雄実も宿屋で見せていた雰囲気は払拭されている。双剣を握りしめ気合を再度入れるほどである。
「おい、おいおいおい。どーなってやがるんダ!!どうして此処のお前が居るんだ、マリアン!」
賊の本隊先頭を歩く大男はそう言って孝雄実たちの中に居たマリアンを発見する。その男にとって忘れもしない女性であった。
男の声で孝雄実たちは一斉に彼女を見る。
「ガルイナ…」
彼女はそう言って大男の名を呼んだ。
「テメェ死んだと思ったら生きてやがったのか!」
ガルイナはそう言って当たり散らす様に横にある家屋をたたき壊す。信じられない事に彼の背丈は三メートルに為らんとしている。加えて筋骨隆々な為にド迫力であり、手に持っている金属製の棒はとんでもない大きさであった。
「そういうテメェは何で生きているんだ!」
マリアンは気後れすることなく言い返す。互いに訳などは話す気が無い。
「済まない、ご主人様。あいつは私が責任を持って殺す!」
そう言うとバリケードを乗り越えて彼女は駆けだして行った。それには全員が驚く。まさかそうなるとは思いもよらなかったからである。
「あいつは俺の獲物だ。手出すんじゃねーぞ!お前らはあいつ等を葬れ!!」
ガルイナはその様に指示を出すと一斉に声を上げて賊共が突撃を始めた。
「おらー!」
マリアンはその素早さを生かしてガルイナへと攻撃を始める。彼女は他の賊には目もくれず彼へと立ち向かっていた。
「ふんっ!!」
鉄棒を巧みに操りマリアンの攻撃を防ぐ。
「大分成長したじゃねーかマリアン。まさか俺の手を痺れさせるとはな…」
「うるせぇ、てめぇがどうして生きているんだよ!」
彼女が言うのには理由があった。ブラスト辺境伯へと逆撃したときのメンバーに彼が加わっていたのだ。義賊を標榜する彼女の対極にいる存在が彼である。とにかく奪い尽くすという最悪の賊であった。あの時は緊急であるがために集合を掛けたが、出来る事ならば顔も見たくない存在であった。
「途中で逃げ出したからな…」
恥ずかしげも無くガルイナは話す。加えて少し笑みを彼女に見せてである。それが余計に彼女を苛立たせる。
「そもそも、あんな攻撃で本当に崩せると思ったのか?」
「何だと!?」
「前日、魔法で多くの賊がやられていた。お前の所は知らねえが、俺のところにはその情報が入っていてな。とてもではないが、参加しても無意味と判断したのよ」
その言葉にマリアンは衝撃を受ける。最も情報だ、なんだと考慮せずやりたい放題な男の口から、その単語を聞かされるとは思わなかったのだ。
「最も、あそこまで諸侯軍が脆いとは思わなかったぜ。最初は俺の判断ミスかと思った。だがどうだ、思った通りあの魔法が決め手となって、大半の…いやほぼ全滅だな。俺たちは早くに場所を離脱していてな。あの魔法使いには感謝しないとな…あれで完全に俺たちを倒したと勘違いさせてくれたんだからな!!」
ガルイナは戦いながら話す程にその威力を増していく。マリアンもそれに合わせるように戦いを続ける。その時、男の中では信じられないと思っていた。力だけで見れば圧倒的に自分が勝っていると自負している。マリアンとの差は、彼女が持つ統率力である。彼女であったからこそ五千人もの賊が、そしてボスが終結したのだ。この事だけは決して真似出来るものではない、そう彼は思っている。
だがどうであろう、体格差でも筋力でも全てにおける戦闘力では決して負けるはずが無い。そうガルイナは思っていた。だが、目の前のマリアンは互角に渡り合っている。それ以上に、以前とは違うが武器の形状は似ているのだが、それを片手で扱うではないか、それが彼には理解できなかった。
「おい、マリアン。おめぇ何があった!?」
鉄棒を大きく振り払い、彼女を一度遠ざける。僅か二ヶ月足らずの間に、見た事が無い力を使う彼女に彼は恐れを徐々に大きくする。二人の実力は、それほど短い間に差が埋まるという事が無いのだ。
「知らねえ、気が付けばこうやって武器を使えるようになっていたな。後は、私は奴隷としてご主人様のお世話になっているってことだけだな!」
間合いを取らされる形となった彼女は、再度突撃するべく駆けだす。その言葉に彼はハッとなる。その強さの原因に彼は思うところがあった。
「まさか!?テメェの主人って奴は…!」
そこまで言うと彼は口に出来ていない事に気が付いた。
だが、マリアンの言葉は確りと耳にすることが出来た。
「私の御主人様は『呼ばれた者』だ」
人は切れ味のよい物で首を刎ね飛ばされると、ほんのしばらく意識が残ると言われる。まさにガルイナはその状況であった。マリアンは彼が目に追えない速さで飛び込んで両手に持ちかえていた大剣で首を刎ねたのであった。
ガルイナの最後の声は大きく響く様であった。彼が居たからこそ賊たちは此処へと侵攻していたのだ。そして戦えていたのだ。結局彼等は弱い者には強いが一度でも不利を悟れば弱いものである。
「今だ!賊共を殲滅するぞ、生きて帰すな!」
近衛騎士団の一人がそう叫んだ瞬間、何処からともなく声が上がる。気が付けば王家軍の一部も此方で戦っていたのだ。マリアンの戦いはある意味で勝負を決めた戦いであった。賊はガルイナの断末魔に近い言葉を聞いて戦意を失い、逃げに転じようとし始めていた。だからこその言葉であった。
今まで防戦一方であった彼等はその力を爆発させる様な行動を見せる。あっと言う間に賊に追い付けば斬り付け、刺突を繰り返していく。何も命を取る必要はない。動けなくすれば後ろで止めを刺す人間が居る。それを思って前を行く者は速さで以って行動する。
結局この場から逃げ出した賊は入り口へ辿り着く事は無かった。ガルイナが恐怖で支配していた賊たちは忠実に言われた事を行っていた。この街に居る兵士を殺す事と、対岸へと向かう船を沈める事を第一として行動していた。その為に戦闘が激しさを増していたこの場所に全賊が集結していたのだ。目に見える船を沈め、やる事が無くなった者も律儀に戦闘に参加していたのだ。本来自制心と言うものが利きづらい彼らではあるが、ガルイナが近くにいると知れば命令を逸脱した事は許されない。彼はそう賊を調教していたのである。
その報告を受けて皆は一様に驚いていた。挟撃されていたのである。幸い王家軍も彼等の元に集まっていたおかげで無事でいられたが、そうでなければ全滅していた事は間違いが無かった。
「そうか、報告有難う。君たちは街をくまなく調査してもらいたい。困った者がいればその場で対応するか此方へ知らせてくれ」
近衛騎士団のサラに話していた男がそう王家軍兵士らに指示を出している。現在指示を出せる者で一番上が彼なのである。賊は兵士だけでは無い。此の街ヘイレスを治める人間達も殺していたのだ。それによって街の機能はマヒしている状況であった。
孝雄実たちはあの時どうしていたのか、マリアンが彼に一言詫びを入れるとガルイナへと向かって行った。彼等が止める時間も無くである。それと入れ替わるように目の前の賊が怒涛の如く攻めかかって来たのである。
「孝雄実は弓で攻撃して頂戴!!私とエレオノーラは障害物を活かして凌ぐわよ。キャメルさんは孝雄実の護衛をお願い!」
サラはそう言うと直ぐにバリケードの前に着く。とにかく此処で凌がなければならないと直感で感じていたのだ。それはこの場に居る者の総意であると言ってもいい。近衛の男も似たような指示を出している。
この時点では十三人での防衛戦であった。始めは孝雄実の攻撃である。弓、ボウガンでの魔法はより磨きが掛かり、二十本同時に狙いを付けて射抜けるまでになっていた。この時孝雄実は相手の恐怖を呼び醒ますべく火の元素で魔法の矢を作製していた。
「食らえっ!」
孝雄実はそう言葉を発すると引き金を引く。その瞬間、一本であった火の矢は二十本の矢へと分裂して、先頭を駆ける賊に吸い込まれていった。火と言うのがミソである。
多少明りがあるものの、そこは闇夜の街である。突如発火した賊は勢い良く火柱を上げる。それが良く目立つのだ。兵士たちも一瞬驚くが、歓声を上げて戦意を高揚させる。
体が熱くなっている事もそれに拍車を掛けていた。これで一部の賊は戦意を失う。しかし、それは極一部である。孝雄実の思惑は外れたが、悔しがる時間は無い、放てるのは後一射である。その後は乱戦に突入する事が予想できるからである。
「ヒッ!?」
突如、目の前から明るい光が迫ると彼の前に居る男に突き刺さる。すると人の倍は在るだろう火柱が男から上がる。それも綺麗に二十本の火柱である。横一線に先頭を駆ける仲間が燃えていた。至る所で駆けながら魔法だと叫ぶ者が居るが、それでも勢いは衰えない。そこで停滞し、作戦が失敗すればその後の方がよほど恐怖であるからである。
『怯むなぁ!!突き進むぞ!!』
彼等に代わり先頭を掛けるようになった男がそう言ってさらに駆けだす。皆はそれに呼応して声を出しながら後に続く。その瞬間また先程と同じ光景が展開された。結果は同じである。
威勢よく言葉を発した男は火柱を上げて燃えていた。
だが、これで弓の有効範囲からは脱した。
『構う事はねえぇ!一気に押しつぶすぞ!お頭に恥を掻かせるな!!』
その言葉に怯んでいた賊の男も導火線に火が付く様に体に力が漲った。
そこからはいかにバリケードを越えるかと越えさせないかのせめぎ合いである。孝雄実もボウガンから双剣へと再び戻して戦いに参加する。既に怯えも何もない、目の前の賊を唯倒すことだけが彼の頭を支配していた。
キャメルも彼に合わせ、見事なフォローをして賊を屠る。
だが如何せん十二人対多数の戦いである。必ず綻びが生まれるのである。バリケードを正面に横一列で戦っても相手とは一対二、一対三の戦いが続いていく。孝雄実が確実に倒した賊は四十人である。概算では未だに百五十近くは生き残っているのだ。この通りは横幅で言えば三十人は並べ広さを誇る。物資の輸送や人の往来を考えて造られているからだ。今はそれが徒となっている。
『おらぁああ!行けっ!攻めろ、相手は少ないんだ!!』
賊の一人がそう叫ぶと余計に圧力が増す。ガルイナと言う恐怖の対象が後方に居るだけでこれである。孝雄実たちの目には必死の形相に見て取れたのである。
孝雄実は話しで聞いた旧ソヴィエトの督戦隊を思い出した。退却する味方を臆病者であるとして攻撃するべく配置された部隊である。独ソ戦において転換点と考えられるものに、スターリングラード攻防戦と言うものがある。その時に組織されたとも言われている部隊だ。最前線で戦う兵士は前門の独逸兵後門の督戦隊と言う図式で戦っていたのだ。
退けば殺される、孝雄実には目の前の賊の表情がそう訴えていると見えた。哀れと思うしかないがそれも運命である。孝雄実は手に持つ武器で相手を斬る。鮮血が彼に返ってくるが怯む事はなかった。
次第に圧力が弱まる。それは此方の人数が増えていたからだ。身に着ける物が異なることから王家軍の者と判断して皆は戦う。言葉を交わしている余裕などは無い。気を抜いた瞬間に殺されるからである。事実、ほんの僅か、息を吸おうとしただけで隙を生み出す戦場であった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
戦闘描写は少ないですが上手く伝わったでしょうか?
作中に置いて障害物とバリケードと言う言葉を交互に使用していますが、字数削減を考えての事です。分かりずらいと言うご意見をいただきましたならば統一致します。
また、心情を説明する際に督戦隊や実際の戦場名称を使用しております。 確認の為にと調べました物はウィキでありますので間違っているなどと言う事があるかもしれません。その際は仰っていただけると幸いです。
ご感想等をお待ちしております。
誤字脱字有りましたらご報告いただけると幸いです。
それでは次話でお会い致しましょう!
今野常春




