第三十七話 過去の因縁
孝雄実たちが居るヘイレスと言う街には城壁が無い。元々が船を行き来させるだけの場所に宿が出来て、その他のお店も造られ発展した街である。それ故に防御を考えての街造りは行われなかった。今でこそ簡単な土塁が設けられ、空堀があり柵が施されているが、仮に攻める者がいればあっと言う間に侵入出来てしまう。
そこで治安維持として、王家直轄地という観点からも王家の軍と近衛騎士団が駐留している。後者は全ての能力に置いて優秀な者が入る事の許される部署である。家を継ぐ事の出来ない貴族の人間にとっては目指すべき場所なのだ。その数五十名と王家軍合わせて五百名がヘイレスを護っている。しかし、その数が多いのか少ないのかの議論が度々王都で為されているが、今日その答えが出される。
「お頭、合図です!」
ヘイレスを望む丘からは街の明かりが一望できる。とは言え夜ともなれば光が灯る場所は限られている。そんな中、突如火の光がぼんやりと現れ、丸い円を描きだした。回数にして五回である。それを見ていた者がお頭と呼ばれた男に報告したのであった。
「よし、間違っても騒ぐなよ。お前は確認の合図を送れ。最初はあそこに居る兵士を片っ端から潰す。船は燃やして連絡を付けさせるな。行くぞ」
そう言うと一段が動き出した。
夜、孝雄実たちは不安を胸に抱きながらも旅の疲れを取るべく早くに寝ることにした。念のためにとブラックとホワイトを分けて部屋に置いた。ちなみに孝雄実の部屋にはエレオノーラとマリアンが共にする。サラとキャメルは悔しそうに二人を見て隣の部屋へと入って行った。
異変に気が付いたのはやはり動物たちであった。ホワイトは孝雄実たちの部屋で休んでいたが耳をピクリとさせ、体を起こすと突如唸り声を上げて、叫ぶ。ほぼ同時に近いタイミングで隣でも声がした。階段にはサラたちの方が近い、と言う事は下から上がってきた訳ではないのだ。しかし、不思議なことにその声を聞き取れたのは部屋に居る者だけであった。
彼等は事前に話し合い、二頭が鳴いたら襲撃だと思うようにと打ち合わせをしている。彼等はすぐさま行動に移る。案の定部屋の外では足音が聞こえ、さらに話し声も聞こえる。
どれもが形容しがたい言葉であり、それにつれてマリアンの怒りが膨れ上がる。勿論エレオノーラも孝雄実も同様であるが元賊の彼女としては尚更であった。
賊の行動はマリアンが一番詳しいだろうと言うことで、彼女に任せるという事が話されていた。第一に踏み込むのは当然扉からである。しかも静かに音を立てずに進入してくるという。これは相手に少しでも気が付かせないためだと彼女は説明する。そこで、暗がりで在ればと扉の裏側に当たる部分に隠れることになった。入れない者は少しでも隠れられる場所へ、移動する。
案の定、静かに扉が開かれる。ゆっくりと開かれる扉は、隠れる側からすればあまりにも時間が掛かるように感じた。孝雄実たちの部屋に入ってきたのは四人、全員が持つ武器に月の光が反射する。
三人が寝ていたベッドの一つはホワイトが隠れている。さらに一つは彼等の荷物が、そしてもうひとつは空である。
四人はその下卑た表情を変えようともせずに布団を剥ぎ取る。しかし、天罰は突然に、運の悪い事にホワイトと言う当たりを引いてしまった。そして当然賊は悲鳴を上げる。それを合図に戦闘が始まる。
「私たちを襲わなければ生き残れたのにな!」
マリアンが背後から彼等を襲う。彼女の持つ大剣を横一閃。あっと言う間に三人を仕留める。纏まっていたのが良かったのであろうか。残りの一人もホワイトに首を噛みちぎられて絶命している。皮肉にも声を上げられたのは布団を捲った者だけであった。
「凄いわね。まさか一振りで三人も倒せるなんて…」
エレオノーラはそう言って驚く。マリアンがいち早く出ただけで、彼女も一人は倒すはずであった。
「いやなんだろ。今までよりも凄く武器が軽いんだよ。まるで木の枝を振り回す様にさ」
そう言うと彼女は武器を背負う。彼女は以前までは両手で武器を扱っていた。しかし、今は片手で武器を振り回していたのだ。
「無事?」
彼等の部屋にサラとキャメルが入ってきた。彼女達も一戦終えて来ていた。
「そっちも無事の様だな」
サラとマリアンがそう言って全員の無事を確かめあった。
「さて、どうするか…」
一行は孝雄実たちの部屋に集まっている。倒した賊は見栄えが宜しくないということで隣の部屋へと移してある。
また、仲間の賊に再度襲撃されない様、扉にはベッドを寄せて入ってこられない様に設えてある。
「どうすると言ってもね…」
孝雄実の言葉に返す答えが無いエレオノーラはその様に言葉を発する。
だがその状況を鑑みて思案に耽っていたキャメルが話しだす。
「少しおかしいですね」
「どうおかしいんだ、キャメルさん?」
彼女の言葉にマリアンが尋ねる。
「確か宿泊客のほとんどが賊のはずですよね?」
「ああそうだぜ。まあ人相だけで判断は出来ないけどな。でも雰囲気も合わせれば賊で間違いない」
マリアンはキャメルの言葉に自信を持って答える。
「ならばどうして、あの人数以外が襲ってこないのか。若しくは何処かに行っていないのか。証拠にこの宿は余りに静かすぎます」
その指摘に緊張感が増す。彼女の言葉は一々尤もであり、流石にワレンスナの元で付き従って来た人物であると全員が再度認めるところであった。
「じゃあどうする。全てを調べてみる?」
「それは効率が悪い様な気がするわね…」
エレオノーラとサラが意見を出し合おうとするがどうも考えが出てこない。
「ミレムを使おう。ミレムに外から室内を見て貰うんだ」
孝雄実は部屋にカーテンが無い事を見てその考えを言う。
「ミレムをね…うん確かにそれならば、ばれることなく調べられるわね」
「でも時間的に大丈夫かしら?」
そう心配するが、その時ミレムが孝雄実に直接話し掛ける。
『主よ、御安心ください。時間はそれほど要しません』
その言葉で早速行動に移す。孝雄実は全員にミレムの言葉を自分の言葉として説明した。
この部屋の窓を開けると直ぐにミレムが飛び出して行った。後は結果を待つばかりである。その間も音が聞こえないかとマリアンは扉に耳を当てて何とか廊下の音を聞き取ろうとする。
「駄目だ。やっぱり物音一つしないぜ」
普通寝ているにしても鼾くらいは漏れてもいいはずである。それほど防音に力を入れてはいない造りであるからである。
「となると…」
キャメルはそう言って黙りこくってしまった。孝雄実を除いて最悪の展開を考え始める。
『主、主!』
ミレムは窓を嘴でつついて開けるよう催促する。声が聞こえるのは孝雄実だけである。彼はそれに従い窓を少し開けてミレムが入れるようにする。
『やはり人が居りません。一階を調べようとしましたが、窓が塞がれているようで、不可能でありました』
『わかった。報告有難うミレム』
孝雄実がそう言うと羽を広げて答えるミレムであった。彼はその結果を彼女たちに伝える。それはミレムの行動で結果を示す様に敢えて話していたからだ。
「となると一階に降りる際には注意が必要ね」
「ええ、此処はマリアンが先頭を務めた方が良いわね」
「ああ、任せておいてくれ」
そう言って行動を開始する。
一方街中はと言うと、時系列では孝雄実たちの襲撃が最初であった。これは急遽行われた事である。何と言っても美人を四人も引き連れている客である。襲わないのは余りにも勿体無いと思ったのだ。彼等には自制心と言うものが無いのだ。その結果返り討ちに遭ってしまった。
だが、彼等の計画は概ね順調である。何と言っても城壁が無いのが有利に働いた。城壁の上から見張るという事が出来ず、接近に気が付く事が出来なかったのだ。さらに、大挙して押し寄せた孝雄実たちの様な人間である。これによって警備に当たる兵士の注意も疎らになるのだ。最もこれは運が味方したに過ぎない。
合図を貰った彼等は静かに行動して、ヘイレス入り口まで気が付かれる事無く辿り着く。城壁が無いだけで、入り口は限られている。土塁を登るにしても、どうしても音が出る為に乗り越えるのは諦めたのだ。
街の構えは川を背に土塁をコの字に設けている。空堀を含めれば相当な高さに為る。入り口は東側に二か所だけ、という造りである。その二か所も厳重に護られているが、あくまでも外に向けて注意をしているに過ぎない。まさか中からと言うやつだ。
今それが起こっている。先行して入り込んでいた仲間が警備兵(王家軍兵士)を静かに刺殺し、仲間を向かい入れる。
「行くぞ!」
この大声は街中にも聞こえるほどであった。その声に呼応して様々な場所で声が上がる。
その声は近衛騎士団にも聞こえる。彼は分散して寝泊りをしている。十人を五か所に割って配置している。さらに彼等には寝ずの番の様な物は無い。それはこの街の警備兵が行うものと決まっていたからである。だからこそ、賊の声によってほぼ全員が目を覚ます。
まさに奇襲成功であった…
準備は周到に行われていた。重要拠点への襲撃は事前に入り込んでいた賊が行い、後から来た賊は騒ぎを大きくして慌てさせるといったものだ。出来れば対岸へと渡りだそうとする瞬間が船を沈めるには望ましいものであった。
理由は一つ、乗り込んだ人間を一緒に葬り去る事が出来るからであった。
その者はフレテスト・ホートマンという男爵家の三男であった。彼はその日どうにも寝苦しい気がしていた。彼は数日前から街の雰囲気がおかしいと感じて上官へ報告をしていたが聞き入れて貰えなかった。残念ながら彼は新米の騎士団員であったのだ。加えて、この街で騒ぎがあるのは喧嘩程度である。それ以外の事は一度として無かったのだ。
彼は目を覚ましていた。その御蔭で外の様子が変なことに気が付けたのだ。
「なんだ…」
彼等騎士団は個別の部屋が用意されている。外からは数名が固まって移動する足音が聞こえた。どうしても音と言うものは起こりうる。彼はその窓からちらりと外を見た。
「あれはっ…」
思わず口を塞ぐ。目にしたのはどう見ても賊であったのだ。まるで此方を囲むように何かを準備している。恐らく此処を襲撃するとフレテストは考えた。思わず武器を手に取る。人を起こしている時間は無いと判断した。
「行くしかないか…」
物音を立てない様に用心しながら移動する。フレテストが気が付いたと思わせない様にする為だ。彼は裏口を確認する。此方には誰かが居る気配が無い。つまり賊は正面にしかいないという事が分かった。賊は全部で十名倒せない相手では無い。ではどうするか。まさにそこである。正面から当たるのは無謀である。となれば、当然裏からとなる。
残念ながら彼には頼りになる人間が居なかった。近衛騎士団とは言え、この街に染まれば緊張感と言うものが抜けてしまうのかもしれないと彼は思わされた。今も物音に気が付くことなく、残りの九名は夢の中であった。
フレテストは静かに、しかし、何時事が起きるか分からない為に迅速に賊の後方へと回る。流石に諸君に忠実な彼は、街の造りを頭に入れてあった。
彼が配置に付いた時、漸く賊らが何をしようとしているのかが理解できた。完全に騎士団員の宿舎を襲撃することが理解できる。
その時である。ヘイレス全体で男たちの大声が響き渡った。それは並みの様に入り口側から川の方へと、つまり東から西へと伝播している。その声は怒号である。一体どれほどの賊が声を上げているかが分からないほどだ。だが、フレテストは好機と見た。
(今だっ!)
彼は隠れていた場所から駆けだす。賊はまさに油断していたと言ってもいい。まさか、裏から抜け出すほどの者が居るとは思っていなかった。それほどまでに彼等は舐められていたのである。
賊は声を上げて各自が持つ武器を空に掲げている。
フレテストが十人を倒すには十分な間であった。駆けだした彼は近くいた賊から撫で切りにして行く僅かな時間、気が付けば賊たちの大声は収まっていた。それとは別に悲鳴だ、なんだと別の音や声が街に木霊し始める。血を拭って息を吐き出すフレテストは宿舎を見る。すると漸く上司たちが起き出したようで声が響き渡っていた。
「仕方が無いか、これも俺の運命だ…」
彼はそう呟いて今までの報告を含めて宿舎へと戻って行った。
孝雄実たちはマリアンを先頭に下へと続く階段を降る。階段は端に設えてあり一番近い部屋が、サラたちが寝ていた部屋である。ゆっくりと確認しながら彼女は進む。確認が取れ次第、合図を出して孝雄実たちを呼ぶ。続くのはサラ、孝雄実そしてキャメルとエレオノーラと言う順である。孝雄実の二頭の虎は最後に続く。これは彼等の荷物を運ばせているからである。大きくなったメリットがここで活かされた。
マリアンは一階へと辿り着く。そこで、彼女は嫌な臭いを嗅ぐことになる。
血臭であった。幾度となく、幾度となく嗅いできたものだが未だにそれは慣れるものではない。彼女の中には慣れたら人では無くなるという考えがある。それ故に常に自分に言い聞かせているのだ。
「待ってくれ…此処は恐らく…」
マリアンは入り口へと向かうのではなく、宿の主人たちが暮らしている部屋へと向かう。どんどん血臭が酷くなっていた。
「ご主人様とキャメルさん、エレオノーラは入り口を頼む。私とサラはこの奥を調べるからさ…」
そう言って敢えて彼を遠ざける。そうする理由がこの先に在るからであった。
それを知るエレオノーラとキャメルは何かを言おうとした孝雄実を連れて、入り口へと移動する。これも重要な使命であるから彼も文句は言えなかった。
「くそっ、やっぱりこうなっていたか…」
マリアンが部屋の扉を開けると、そこには無残に切り刻まれた主人と、その家族が打ち捨てられていた。日中、彼一人が店を切り盛りしていた時点で、こうなっていたか人質として拘束されていたかもしれない。そう思うと彼女はやりきれない思いであった。
「マリアン…」
サラには掛ける言葉が見つからなかった。元賊という立場でどの様な気持ちなのかが分からないからだ。無闇に声を掛ける事は出来ないと彼女は思ったのだ。
二人は静かに彼等の死に対し頭を下げて祈りを奉げる。
そして孝雄実たちへと合流を果たした。後ろに居たキャメルが二人に気が付いて二人を見る。するとマリアンが首を横に振る。それだけでキャメルは分かったようであった。
次いで二人も気が付いてマリアン達を見る。
「駄目だ、残念ながら此処の店主たちは殺されていた…」
その言葉に最も傷ついたのは孝雄実であった。
嘗てはマリアンが敵であった頃、即ちブラスト辺境伯らと行動を共にした深い森、賊殲滅作戦の時の話である。彼も二人、彼女に付き従った賊をいとも簡単に切り倒した事がある。それは彼の意識するところでは無かったのである。だが、人の死、簡単に殺されてしまうという現実を、今目の前にして言い知れない恐怖が彼を襲うのであった。
「孝雄実大丈夫?」
いち早く彼の異変に気が付いたのはエレオノーラだった。彼以外、一度は人間を倒している。それこそこの世界に生きるものであり、冒険者、貴族、ギルド職員と危険な物に従事する事があれば必然とその機会が訪れるのだ。
気遣う彼女に何とか元気そうに彼は返答するのであった。
そうしている時に彼等にも賊たちの大声が響き渡るのであった。
長い夜はこうして幕を開けるのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
御感想等お待ちしております。
誤字脱字ありましたご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




