第三十五話 子供の旅立ち
平原の封鎖が解かれたのはやはり一週間が経ったあとのことであった。その間、孝雄実たちは確りと英気を養い、魔力を高めるべく人知れず詠唱破棄に勤しんでいた。セイとルイも暇があればこれに参加し、キャメルも意外と多く参加している。そして妙に仲の良くなっている、孝雄実にやきもきしながら待ち時間は過ぎて行ったのだ。
何処に居たのか、平原へと通じる門には大勢の人間が早く開けてくれと列を為して待機していた。
「ひぇーまさかこんなに人がいるなんて…」
孝雄実は目の前に並ぶ人だかりを見てそう驚いている。列は二列、それでも門からは相当な距離がある。その周辺では門番兵が整列して待つようにと声を掛けている。
孝雄実たちの後ろにもいつの間にか多くの人が並んでいた。この時、彼等は馬を売り払っていた。何と言ってもミレムと言う巨鳥がいるのだ。最早人目に付かない場所であればミレムでと考えるのが自然の流れである。
「あっコンドウさんではありませんか!」
そうしていると兵士が話しかけてくる。見やれば何かとお世話になったブンドの部下の一人であった。
「えーっと、ブンドさんの部下の方ですね?」
エレオノーラがそう彼に対して尋ねる。
「ええそうです。本日は此方に狩りだされておりまして…あっそうだ。少々お待ち下さい!」
彼はそう言うと持ち場から離れて行った。当然離れる際に一言周囲の兵に言葉を掛けてからである。
暫く待っているとブンドを連れてきた。
「こんにちはブンドさん」
孝雄実を始め皆が彼に挨拶を行う。
「やあ君たち。そうか今日出発するのだね」
「はい。その節は本当にお世話になりました」
最初の出会いは彼等である。元々この街はマリアンの奴隷契約の為に立ち寄っただけである。まさかここまで深く事に関わるとはその時思いもしなかった。だが大元はオークであろう。これの討伐が全ての出会いの始まりであった。
「いや気にしないでくれ、俺はあくまでも職務上必要な処置を取っただけだぞ」
「それでもですよ。本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げられると照れてしまうのがブンドであった。
「おい止めろよ…恥ずかしいじゃないか…それで皆はもう別れは済ませて来たってことだな?」
何とか話しを変える切っ掛けを掴んだブンドである。
「ええ、四日ほどは完全に何もすることがありませんでしたからね。その間に終わっていますよ」
特に昨日は酷いものであった。最後にと、ワレンスナがこの街では高級な部類に入るレストランを予約しての夕食会となった。参加者は主賓の孝雄実たち送る側にワレンスナ、デンたちが加わり、お忍びでロームルンとルチアが参加していた。しかし、お忍びが全くお忍びに為らずにお店側は大変な気遣いが生じていた。
しかし、内容はいたって平凡なものであった。お酒が入るまではである…高級店であるにも拘らず飲めや食えやで結局支払いはワレンスナとロームルンの折半と言う形になった。
「そうか、ならばいいさ。またここに来てくれ。たいした事は出来ないがお前たちを出迎える者はいるからな!」
「目的を為したら必ず!」
そういって彼との別れを済ませる孝雄実たちであった。
門が開き順次平原方面へと人が流れ出す。漸く長い列も流れが生まれる。それだけで歓声が起こるのは修学旅行で飛行機が飛んだときに上げる歓声に似ているかもしれない、変なテンションとでも言えばいいだろうか。
その列も半分ほど進んだとき後ろから声が聞こえた。
「た、孝雄実さん!」
間違いなくキャメルであると皆は思った。此の街でそう呼ぶのは彼女しかいないからだ。そうして振り向けば間違いが無い事を確認する。
「キャメルさん、どうしたんですか?」
見れば何やら旅をする格好をしている事に気が付いた。
「え、ええ……実はですね。皆さんとご一緒しても宜しいでしょうか!」
彼女の言葉に皆は話しを聞かなくてはと一度列を外れることにした。時間に追われての移動では無いのだ。門が閉まるまでに外に出られればいいと彼等は考えている。
「それでどうしたんですか、一緒に何て…」
敢えてエレオノーラが中心となって話を行う。まるで奥向けの話しの様相である。
「実は私も冒険者になろうと思いまして、それに…」
そう言って見た先は孝雄実であった。三人の女性はやっぱりと言う気持ちであった。薄々分かっていた事であるが、彼を名前で呼び始めた頃から確信へと彼女たちの考えは変わった。
それは昨日、夕食会の後の出来事である。ワレンスナとキャメルは当然ホスト役である為にお酒は口を着ける程度であった。宴もたけなわのうちに幕を下ろしていた。二人はその足でギルドへと戻り残した業務の片づけを行っていたのであった。内容はと言うと後任への引き継ぎに際しての資料作成が主である。
速いもので、ワレンスナの辞職願はあっと言う間に受理された。彼女には敵が多い。辞めたいというならはいどうぞ、と言う感じで通ったのだ。既に後任人事も選任されて到着を待つばかりと言うことになる。
「ワレンスナ様…」
粗方の業務を終えたキャメルは思い切って彼女へと今の思いを打ち明ける。
「どうしたキャメル深刻そうな顔をして」
そうは言うが、彼女の目には明らかに新たな何かを思っている事が分かっている。既にここでキャメルが行う事は片付いている。彼女が居なくともワレンスナ一人でどうとでもなる様には準備し終わっているのだ。
「大変申し上げにくいのですが、明日私も彼等に付いて行こうと思います」
意を決して彼女はワレンスナに打ち明ける。だがどうだろう話されたワレンスナは平然としている。まるで驚く様子が無い。
「そうか、やっぱりそうなるか…」
彼女の予測した通りであったからだ。難破した船から一人、海岸に居た少女を助けたワレンスナ。名前をキャメルと話す少女は彼女に付き従った。そうでもしなければ生き残れなかったからとも言える。
この時キャメル十五歳、ワレンスナ二十八歳である。今でこそ犯罪であるがこの世界では親子と言ってもいい間柄である。
ワレンスナに付いて行った彼女はそれから七年の年月を経て優秀な秘書と成っていた。まさに互いに切磋琢磨して今の地位に辿り着いたと言ってもいい。その地位をワレンスナはあっさりと放り投げる。別にもう止めたという訳ではない。だが、人生の分岐点と言う点では今回のことはタイミングが良かった。
「最後までお供出来ず申し訳ありませんが、どうしても彼等に付いて行きたいのです」
そう言ってキャメルは許しを乞う。
「思えば、海岸で出会わなければ私もキャメルもこの場所には居なかったろうな…」
ワレンスナは昔を懐かしむように話し出す。冒険者を引退し、ギルドのトップにとはその当時、彼女の夢である。
「私には最悪の時でしたね。まさか嵐で全てを失うとは思いもよりませんでした」
今でこそ、そう言えるが暫くは口も利けないほど精神的に追い詰められていたのだ。それを甲斐甲斐しく面倒見たのはワレンスナであった。
「そこからだな、苦節七年。他の者に比べれば圧倒的な早さで出世を果たして今の地位に至るわけだ」
「多くの敵を作りましたね」
ワレンスナが最初にやった事は汚職の摘発である。どんな身分であろうとも一切の差別なく行った。やった事には問題はないが次第に敵を作る結果となる。だが、正しい事をしている手前表立って文句は言えなかった。
「その結果がこれだ。まるで待っていました、と言わんばかりである速さだ」
ワレンスナはそう言って一枚の辞令を放り投げる。空中にひらりと舞うそれは彼女の辞職を認める旨の書かれた紙であった。
「キャメル、長い間本当によく尽くしてくれた。お前がいなければ本当に今の地位にいられなかったろう。多大な苦労を掛けた事も申し訳なく思っている」
「違います。全ては私の意思です。あの日、ワレンスナ様に助けていただけなければ今の私は在りません。恩返しではありませんが、この仕事は私には天職だと思っております。そう考えればワレンスナ様には感謝しきれない物があるのです!!」
そう言うと意識していないにも拘らず瞳からは涙がこぼれ出す。それを厭わず彼女はワレンスナを見続ける。
「そうか、それではその言葉有り難く受け取ろう。私はな、お前を拘束しすぎたと後悔していたんだ。私のわがままで冒険者ギルドの職員となり、そのまま私の秘書になった。キャメルはこの仕事以外何一つしてこなかったろう。それは恋愛を含めてだ!行って来い、キャメル。本当の母親ではないがお前は私の娘の様な存在だ。必ずコンドウを落としてこい!!」
最後の言葉にキャメルは赤面する。せっかくのシリアスな場面が台無しである。
「え…なっ!ち、違います!そうではなくて…」
「私はお前の母親の様な存在だと言ったろ。お前の態度を見れば一目瞭然だ。恐らくエレオノーラ達も勘付いているぞ。同性であればこそ、分かるというものだ。いいか、こう言うときは間違っても仲間に入るという考えは捨てろ。自分が奪い取るぐらいで行かないと、コンドウを振り向かせる事は出来ないからな!!」
ワレンスナはそう言うと席を立ち上がり、壁棚に仕舞われていた高級そうな酒を持ってくる。
「飲もう!最後の別れとはなるまいが、親の元を去る時の儀式だと思え!!」
そう言うとコップに酒を互いに注いで軽く打ちならして二人は酒を飲むのであった。この儀式は夜通し行われ、尽きる事の無い話しで盛り上がるのであった。
翌朝、流石に夜通し飲み明かせば起きる時刻も遅くなる。準備は終わらせていた為に問題は無かった。
キャメルは急いで、身支度を済ませるとワレンスナのもとへと出向く。彼女はいたって普通に支部長室で業務をこなしていた。
「おはようございます!」
キャメルは勢い良く室内に入る。
「おはよう。随分と遅かった。まあいい、気を付けて行けよ」
彼女は素っ気ない態度でキャメルへと言葉を掛ける。まるで早く行けと言わんばかりの態度である。
「はい、本当にお世話になりましたワレンスナ様!」
流石に昨日の今日で母親だの何だのと言われても、呼び方を変えるには彼女は成長しすぎていた。
しかし心の中では確りとお母さんと言う言葉を呟いていた。
「さあ早く行って来い。あいつ等に置いて行かれるなよ!!」
この言葉でキャメルはギルドを飛び出して行った。
キャメルは関わりの在った人間に確りと挨拶を交わして孝雄実の元へと向かう。出会いかどうかは分からないが、今日の予定で出発すると聞いていた。追いかけるべく彼女は駆け足で彼等を追いかける。
その後をデンたち五人組が見つめる。
「良いのかロイン。キャメルの奴行ってしまうぞ」
ゼーファがロインに向けてそう言葉を発する。
「ああ良いんだ。キャメルがそう行動したいなら俺はさ…」
「まあ、お前がいいなら何も言わないが…」
ロインは何処かすっきりとした顔でゼーファに答えた。
「セイとルイもいいのかお前ら孝雄実に惚れていたんじゃないのか?」
デンはその辺の事によく気が付き人間である。何事も人間関係に繋がる事には少しうるさいのが彼である。そもそも彼女たちが原因で最悪の事態を引き起こすまでになった事は忘れ難い話しである。
「そうね、切っ掛けはそうでも流石にあの輪には入れないわ」
「うん、そもそも付いていけないわよ」
『ねー』
最初は彼の魔法を知りたくて近づいた。勿論周囲にはそうではなく、彼に興味があってと思わせてである。そこで起こったマリアンとの諍いは彼女たちにとっても想定外であった。
「そんなに彼等は凄いのか?」
ゼーファは興味深そうに二人に尋ねる。
「そうね。はっきり言って孝雄実は別次元だし、エレオノーラもそう、サラも同様ね。辛うじてマリアンに追いつけるかも知れないってところよ。まあ無理でしょうね…」
セイはそう彼等を評価する。
「私も姉さんと同意見だわ。ただマリアンお姉さまもはっきり言えば異常よ。魔力では無くて発想がね」
ルイは彼女をそう呼ぶが意外とみんなにはすんなりと受け入れられていた。
「つまりはあれか、全員が化け物揃いであった。そう言いたいんだな?」
デンがそう総評する。すると二人が頷いた。
「付いて行っても私たちでは無理。必ず彼等と袂を分かつわ」
「私たちは既に限界に近い成長を見せているけれど、彼等はこれからなのよ。そんなものを見せつけられては到底彼等に付いて行く事は出来ないわ」
「そうか、それじゃあ俺たちはまた今まで通りに狩りをして冒険者業に勤しもうではないか!」
『おー!!』
こうしてパワーアップを遂げた彼のチームは、ドランデストハイムに無くてはならない戦力として重宝されるのであった。
さて話を戻す。キャメルは孝雄実たちに一緒に連れて行ってくれと懇願している。三人の女性陣は既に諦めている。後は孝雄実の判断である。
「いいですよ」
簡単な言葉であるが。キャメルには心強い言葉である。
「ありがとうございます!」
彼女はその様に言うと頭を下げる。ギルドを、ワレンスナの元を飛び出した手前、彼に断られたらと思うとどうしようも無かったのだ。
「よろしくねキャメルさん」
「よろしくお願いしますキャメルさん」
「よろしくキャメルさん」
三人は続けて挨拶した。冒険者となる手前、戦力は多い方が良い。特に彼女は冒険者に為ってはいないが職員として、支部長の秘書として裏を知っている人間である。この点を取り上げても貴重な戦力になること間違いないのである。
「拙い!急いで列に並ばないと!!」
孝雄実はふと見た瞬間焦りだす。気が付けば時間が迫り、さらにはその列がまだ続いていたのだ。夜はミレムでの移動が出来る為になるべく遅くに出た方が彼のにはプラスになる。しかし、出られなければどうしようもないのであった。
「それではお気を付けて!」
その様な言葉を掛けられてドランデストハイムを後にする五人と動物たちは颯爽と街を出て平原へと続く道を歩んでいくのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
結局キャメルは必要人員と言うことで連れて行くことに致しました。
次話以降王都への旅が再開されます。どうなるかは内緒ですが、そろそろ男の仲間が欲しい頃合いです。
ご感想等お待ちしております。
誤字脱字等ありましたらご報告いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春
ブックマーク気が付けば百件を越していました。本当にありがとうございます。よく記念してお話しをと、ありますがやるべきか…




