第二十八話 報告ミス、致命的なミスの代償は…
フェリシャスを誘い込むべく造られた大穴は、嬉しい誤算とも言える速さで完成した。丁度その頃先行した冒険者の一部が到着し、デンたちを安心させる。
その彼等は大穴の両側に並行して造成された台地へと集まっていた。なおこれは孝雄実が整地したもので、その大半の土砂を運んだのはマリアンである。台地は横十メートル縦五メートルの長方形である。高さは三メートルとあるが中央にある大穴から外へと傾斜が設けられている。掘られた土の量等細かい事は勘弁願うとして、一同はその大きさに圧倒されている。
「凄い…これが孝雄実の魔法か!」
デンはそう言って感激している。勿論マリアンの事も忘れていないのだが、どうしても彼の前にはかすんでしまう。しかし、そうと捉えない人物がいた。
『ごめんなさい…』
セイとルイの姉妹はマリアンに深々と頭を下げている。孝雄実の詠唱破棄した魔法は確かに素晴らしい物だと思っている。しかし、それ以上に衝撃だったのは奴隷と下に見ていた彼女が詠唱破棄を行い、人形を作り上げた事、さらには発想の違いを思い知らされた。
所謂、格の違いを見せつけられたのだ。
だからこそ素直に謝る事が出来たと言える。
「な、何だよいきなり…」
そう素直に謝られては彼女も困惑してしまう。彼女とて喧嘩云々を言い出した手前、罪悪感は少し在るのだ。
「悪かったわ、あの時貴方の事を奴隷だと言ってしまったわ」
「今更発言は取り消せないけれど、謝らせてください」
とにかく謙虚に謝る二人にマリアンが取るべき道は一つであった。
「ああ、いいって気にするなよ!私も喧嘩腰で悪かったからお互い様だろ」
乱暴に彼女は話すが照れ隠すである事は明白である。
一方キャメルはワレンスナへと完成の報告を行っている。予想通りワレンスナはその速さに驚いたが、喜んでばかりもいられない。何時、フェリシャスが襲ってくるかも分からないのだ。何と言っても本体には、彼等の求める物を持って移動をしているのだ。急いで移動しなくてはならないのだ。
『ご苦労だったキャメル。この事はロームルン族長へ直ちに知らせる。お前たちは移動して…いやその場で待機してくれ。例の物はなるべく早く届ける様にさせる』
『待機ですか!?承知いたしました』
まさかの言葉に彼女は驚くが、否とは言えない。
「キャメルそれで俺たちはどうするんだ?」
急造チームのリーダーであるデンは彼女に尋ねる。すると彼女は首を横に振る。デンの予想は後方に、即ち本隊の冒険者部隊に移動と言うものだと考えている。
「残念ながらこの場に待機と言われました」
「何、この場に待機だと!」
少なくともここで戦うには無理がある。何より戦力も必要な物資も無いのだ。
「はい。ワレンスナ支部長からはそう指示を受けました。既に先行していた一部の冒険者は本陣到着予定地へ到達しております。必要な物資は速やかに届けられる筈です」
とは言え、その待ち時間が無性に長く感じるのは無理も無いだろう。何時襲ってくるかもしれない恐怖とも戦わなくてはならないのだ。デンを始めゼーファ、ロイン等は必死に恐怖と闘っていた。
十名と二頭はなるべく固まって待機をしている。物資を送り届ける者を早くに見つけようと台地で見張り続けている。周囲には動物や魔物も居ない。見渡す限り草に覆われた大地が見渡せる。空も済み渡りコンクリートジャングルで育った孝雄実にはとても新鮮な光景である。自然と顔も綻んでくる。
「楽しそうね?」
エレオノーラが彼に話しかける。自然と彼等の立ち位置は決まってくる。孝雄実の前にはブラックとホワイトが犬座りをして遠くを見ている。恐らくは孝雄実と同じものである。
「まあね。俺が住んでいた場所はこんな風景見る事は出来なかったからな」
勿論知らない訳ではない。テレビでもネットでも見ようと思えば視覚では手に入れられる。しかし、聴覚と嗅覚さらには触覚など、実際にその場に行ってみなければ味わえないものと言うものが在る。
森林浴と言う言葉が在る様にその場に赴かなければ手に入れられない物が在るのだ。
「どんな場所なんだ。ご主人様の居た所は?」
マリアンが興味深そうに尋ねる。サラも彼女に続いて話しを聞こうとする。
「コンクリート…土の様な物何だけどさ、それを固めたもので道から建物から造られていたよ。勿論木材で造られている家もあるけどね」
大まかに孝雄実は説明する。他にも彼の生活基準で喋って行く。学校などの仕組みや移動手段等孝雄実が話し、エレオノーラ達が聞き返すというものだ。何時しかキャメルやデンたちも参加していた。
「孝雄実は帰りたいと思っているの?」
ふとそこまで彼が話していて、エレオノーラは気になった。彼の話している表情が懐かしさを含んでいる様に見えたからだ。気が付けば此方の世界へと放り込まれ、流れでこうしているが本来の生活が彼にもあったと思いなおしたのだ。
だが、彼は首を横に振る。躊躇することなく、否定する。
「いや、そりゃあ生活レベルで言えば向こうのほうが断然いいよ。それでも俺はこっちが良いって言えるね。エレオノーラ、マリアンにサラ、この二頭の虎を始め、多くの人と居られる方が俺は楽しいからな」
目的が有るわけでもない中、大学へと進学した。孝雄実はそんな中で前期の日程を終えようとしていた。そんなときに此方へとやってきた。余りにも急な展開であったが、日を追うごとに此方の生活に慣れる。そうしていくと、こちらのほうが孝雄実にはマッチしていたのだ。
言葉で言えば『充実している』である。また魔法と言う彼にとっては非現実的な部分も楽しめる要因である。
暫く和気藹々とした雰囲気が周辺を包み込む。とてもフェリシャスと言う巨鳥を退治しに来ている様には思えない光景であった。しかし、後方にある本陣にエルサンド族軍と冒険者の連合軍が揃うと、戦場の雰囲気へと変わりだす。何と言っても、速度を出す為に造られた馬が牽引する馬車が来た事で緊張が走るのだ。
「皆さん、それでは行きましょう」
キャメルがそう言うと喋る事も出来ない様な空気が流れる。彼女を先頭に場所へと向かうとワレンスナとロームルン、家令のルチアが居た。さらにはそれらを護るための兵士が二十名ほど待機している。
「報告、デン以下十名無事に穴の作製及び護衛の任務、完了いたしました!」
ワレンスナを前に彼はそう言って形式に則った話し方をする。此処にはロームルン等も居る為である。
「うむご苦労。族長、一言お願いいたします」
彼女はそう言うと恭しい態度でロームルンへと言葉を繋ぐ。
「わかった。みんにゃ…みんなご苦労であっちゃ、あった…」
なんともしまらない挨拶ではあるがこれが彼である。それを知るものがこの場には多くいる為にさして問題は無い。
「族長に代わりまして皆さまには感謝を述べさせていただきます。わたくし家令を務めておりますルチア・エルサンドと申します」
その様に言うと深々とお辞儀をする。
そうしている合間に他の者が物資を穴の中へと放り込む。それは孝雄実たちが臨時冒険者の時に狩ってきたグルンビッグの死体である。これら三頭を全て投入した。これで餌となる物も仕掛け終わり、待つだけである。全てを終えた一行は一度本陣へと戻ることになった。待っていても仕方ないからである。
「こんなんで本当に掛かるのかな?」
「どうなのかしら?」
孝雄実は隣を歩くエレオノーラに話しかける。しかし、その話は彼女でも分かるはずが無い。
「あれでいいんだよ。ワレンスナから資料貰ったろ?」
デンはそう尋ねる。資料とはフェリシャスの生態などが書き込まれた物である。
「はい、確かにあれには今の作戦で成功を収めていますが…」
孝雄実はそれでも一抹の不安を抱えている。
「私も気になるな。コンドウ話してみろ」
ワレンスナが会話に割り込んでくる。『呼ばれた者』と言う彼の立場から、彼女らが見えていない視点で考えているかもしれないと思ったからだ。
「資料にはフェリシャスは雑食だと書いてありました。そこには人間を捕食する事もです。であるならば、今回動員した兵士や冒険者の方へと行く事は無いのですか?」
「それは大丈夫だ。何と言っても人へ優先順位は低い。たとえ集団であろうとも魔物から始まり、動物最後が人間となっている」
だが此処で重要な事を忘れていた。
「おいキャメル。お前さんワレンスナには報告したのか?」
デンは一番重要な事を忘れてはいないと信じてはいてもどうしても聞かねばならなかった。
「ええ勿論支部長にはお知らせしてあります」
その言葉に一同沈黙する。幸か不幸かこの場にはロームルンたちエルサンド族軍の人間は居なかった。
「どうしたんだ、お前たち?」
「報告は致しましたが、改めて申し上げます。私たちが此処へと来る間、魔物は一切遭遇せず。さらには動物も小動物がほとんどでした。此方へと移動する中でお気づきに為られませんでしたか?」
ハタと彼女はキャメルの報告を思い出す。彼女とて完璧な人間では無い。しかし、こと今作戦実施においては致命的ミスを犯していたのに気が付いた。
「…済まないキャメル、すっかり失念していた……」
それでは済まないのが現状である。彼女はそう言うと至急ロームルンへと報告を行うべく自身で出向いて行った。
では、みんなの頭にはこの言葉が浮かぶ…
『何処に居るのか?』
出くわさなかったのが奇跡であるとデンたちは考える様になる。
一向にその疑問が解決しないまま時は進む。ワレンスナの報告でロームルンは多少取り乱すが、家令のルチアによって事なきを得る。そして再度偵察を行い、同時に一部部隊を後方へと下げることにした。この本隊はあくまでも、孝雄実が魔法で穴を作製するに当たっての囮として編成されたものである。予定以上に早く仕上がったことで遊兵化しては意味が無い。早い所では早々に部隊の撤収作業が始まっている。 彼等とて何をする訳ではないが、こんな場所には居たくはないという気持ちで一杯であった。
大部分が撤収を始めて二日が経過する。その間にもたらされた情報は、フェリシャスは雌であったという事である。中々移動していなかったのはタマゴが関係していたのだ。彼等は大地に巣を造る。何と言ってもこの平原では最強の生物である。矢鱈滅多ら周囲の魔物も動物も近寄りすらしないのだ。だが、人間の場合は別であった。タマゴを産むべくエネルギーを蓄える為、平原の大半の物を食べ尽くしてしまったフェリシャス。人間はそう言った中で巣を見つけることに成功したのであった。
「雛が孵っている?」
孝雄実たち九名はロームルンが居る本陣の天幕へと集められた。勿論ワレンスナとキャメルも同席している。偵察兵はルチアの指示のもと彼に情報を集約させるようにしたのだ。この時点でワレンスナには発言権は与えられていない。あの大失態で指揮権を移譲させられていたのだ。今はロームルンから指名を受けてルチアが説明を行っている。
「はい、孝雄実さまたちがグルンビッグを狩り取った以前から恐らくは孵化を行っていたのでしょう。その証拠に魔物、大型動物の姿を殆んど確認出来なかったという報告を受けました」
これはワレンスナが放っていた偵察同様の情報である。当然出陣前であるからこの事はロームルン等にも伝わっている。ルチアはそこで大量に居ないという点に着目してある仮説を導き出していた。それが孵化であった。それを元にルチアはロームルンの承認を得て偵察兵を動かしていたのだ。
そして仮説は見事に的中する。
「つまり親鳥はまだ巣に居るということか?」
「はい。しかし、兵の見立てでは今日にでも動き出すだろうとのことです」
流石に領主の軍である。冒険者もさる者ながら、エルサンドの人間で構成された軍はこの地域に特化した強さを持っている。強いというのは情報である。エルサンドは自治を与えられる前は遊牧民として暮らしていた時の知識が有る。フェリシャスがタマゴを孵化させようとする場合等の知識、は平原を移動する際重要な知識だ。此処で後発組の冒険者ギルドが損をする羽目になったのだ。
後になり、ワレンスナは恨み節炸裂で自棄酒を煽るのだった。
「そうすると此方へと来るのも時間の問題だな…」
デンはフェリシャスの移動速度を思い浮かべて話す。地図には件の巣穴が記されており、罠の位置からすれば直ぐにでも駆け付けられる距離である。
「はい加えてこの際フェリシャスを根絶したいと考えておりまして…」
ルチアはそう言うとワレンスナへと視線をやる。
「済まないがコンドウ以下四名で巣穴に向かって貰いた。キャメルを付けるからよろしく頼む…」
彼女は非常に悔しそうに孝雄実等に命令を発する。誰もが見てはいなかったがルチアの目は勝ち誇った目をしていたのであった。つまりはエルサンド族と冒険者ギルドの権力争いが起こっていたのだ。彼女はそれに敗れ、以後エルサンド側の要求を聞かなくてはならなくなったのだ。
「ちょっと待ってくれ!孝雄実ら四名って…それで勝てるのかよ!?」
彼らにはあまりに無謀な作戦に思えた。幾ら彼等が詠唱破棄を使えるからとは言え。もし万が一フェリシャスに遭遇すれば一溜まりも無い。縄張りを、ましてや雛鳥が住む彼等の巣を侵すのである。人間とは言え容赦は無いだろうことは簡単に予想が付く。
「大丈夫でしょう。コンドウ様を始め皆さまが詠唱破棄をお使いに為られる事は把握しております。加えて雛鳥は魔法も物理攻撃も効果が有りますので安心してください」
冷酷な目で、冷酷な口調でルチアは語る。此の場には彼等とロームルン以外は居ない。全ては外で待機しているのだ。おかしなことにデンを始め彼に嫌悪感を抱いているがロームルンは平然としている。ワレンスナが唯一気になった所である。
結局その作戦には否とは言えず、孝雄実を含む五名が報告のあった巣へと向かうことになったのだ……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
話しが長くなりますので少し短いですが此処で切らせました。本日中に投稿できればと考えております。
ご感想等お待ちしております。
誤字脱字ありましたら御一報いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春
ご感想いただき有難う御座います。読み直した後、返信致したくあります。誠に申し訳ありませんが、一日程お待ち下さい。




