第二十六話 ご主人様に色目を使うんじゃねー!
「お前たちにはこの場で聞いた事一切口外するな」
ワレンスナ支部長の、この言葉で始まった。
「そうだな…セイ、ルイに問う。詠唱破棄は可能だと言えるか?」
彼女は二人に尋ねた。デンたちのチームでこの二人の姉妹が魔法を使用出来る。姉のセイが火と水、妹のルイが風と土である。お世辞にもサラの様に魔法レベルは高いとは言えないが、それでも役に立つ程だ。
「いいえ、詠唱破棄は不可能です」
「私も姉の意見に賛成です。多くの書物にもそう書かれていますから」
そう当たり前の返答が返ってくる。ワレンスナは分かった上でそう尋ねたのだ。
「そうだな。私も話しを聞くまではそうであった。コンドウ、済まないが何か魔法を使ってくれないか?」
その言葉にデンたちは凍りつく、さも簡単にワレンスナが言った言葉にである。何か魔法を使ってくれ、つまり二人の常識を取っ払う事が可能であると言う事を彼等は実感する。
「いいですよ。それじゃあ…」
孝雄実はそう言うと指先に集中する様に見せる。火を発現させるのであるがこの手の事は軽く意識するだけで可能なレベルに成っていた。
「ほぅ……これ程とはな!」
ワレンスナは内心歓喜に内奮えている。今まさにキャメルの言っていた事が実証されたのだ。あの時のキャメルの興奮した様子が漸く実感できたのだ。
「う、ウソ…」
「なんで…あれは魔法?」
二人以外は声が出せないほどに驚かされている。辛うじて、魔法の知識などがある彼女たちは思考を働かせることが出来た。
エレオノーラ達は既に見慣れ、且つ自分たちも実践している為に気にはしていなかった。
「これでよろしいですか?」
そう言って孝雄実は魔法を止める。それと同時に驚きに包まれていたデンたちの雰囲気が氷解した。
「ああ、態々有難う、コンドウ。さて、私も初めて見たがこれが詠唱破棄だと私は断言する。二人はどうだ?デンたちは?」
ワレンスナは孝雄実に労いの言葉を掛けると五人へと視線をやる。論より証拠とはこの事である。
「確かに否定のしようがありません。彼の魔法は確かに詠唱破棄です…」
「姉と同じ意見です。しかし、分かりません有史以来魔法が詠唱破棄を…」
妹のルイが先を言おうとしてデンが話しに割り込む。
「いや、待て二人とも…ワレンスナ確認したい」
そう言って彼女を見る。すると頷いて先を促す。
「コンドウ・タカオミは『呼ばれた者』ではないのか?」
デンはそう尋ねる。彼とて魔法は使用できなくとも、それなりに知識は在る。その中にタイゼンという『呼ばれた者』が居た事を思い出したのだ。彼等は基本的に歴史には残されない。特に国の史書では記述自体が存在しないのだ。それでも口伝でその話しは伝えられる。『呼ばれた者』には生涯を全うし子孫を残している者も居るのだ。その内の一人がタイゼンである。話しの内容は虚々実々、彼が現れたのは今から五百年も前の事である。伝言ゲームを思えば、話しの内容が少しずつずれて行くのは想像出来るだろう。俄かには信じられない話しも混じるが、必ず物語の終わりに語られる言葉がある。
『全ては詠唱なしで…』
この言葉はタイゼンが死の間際に残した言葉とされる。彼はそれを思い出したのだ。正しく詠唱破棄、死の間際の言葉はそれを示しているのだと彼は確信した。
「私も詳しくは知らんが恐らく当たりだと思う。どうだ?」
彼女はその様にデンに答えると孝雄実を見て尋ねる。
「そうです。俺も良く分かっていませんが此方の世界では『呼ばれた者』と呼ばれる存在です」
「そうか…そんな顔をするな。俺はお前を責めている訳じゃないぞ。むしろ感謝している」
デンがそう言うのにワレンスナが訳を話す。
「こいつはな、こんな成りで『呼ばれた者』への研究を行っていて、コンドウも気に為る事があれば聞いてみるといい。ただし事が終わった後でな」
これでデンたちは詠唱破棄に関して口を挟む事はなくなる。この事の有効性を理解しているからである。彼等のチームでは魔法は奇襲、先制攻撃が可能な場合に限定して使用している。詠唱時間と言うものがネックに為っているからだ。よく物語には、魔法使いは近接戦闘に弱い等があるがこの世界では間違いである。
「しかし、羨ましいな、なあコンドウ。いつかこの二人にも教えてやってくれないか?」
「その話は後にしろ。今はそれどころではないのだ…」
「ああ、そうだったな。済まん」
「それでは説明するぞ。あくまでも、コンドウが我らの求める穴の作成が可能として練られている。エルサンド族の兵五千と我ら冒険者少なくとも五百この連合軍が本隊となる。これは囮だな」
彼女は地図を広げると指を指しながら説明する。
「我らはこの辺りまで進出する。みんなにはその前方で予め穴を作成して欲しい。とは言えコンドウ以外は彼の護衛だな」
地図にはこの周辺の詳しいものである。ドランデストハイムを中心に描かれるそれは南東部にブラスト辺境伯領と書かれている。この中にオリマッテの村も含まれる。フェリシャスが居る平原は北西に位置する。
本隊を示す駒を地図に置いたワレンスナは、街を出る様に進めると直線距離で平原へと移動させる。駒はある程度平原を進ませると中頃手前で止める。そして違う駒を本隊の前に置いた。
「お前たちはこの辺りに移動して貰いたい。穴の作成が完了してから本隊は移動を開始する。その為にキャメルを付ける」
ワレンスナがその様に言うとキャメルが頭を下げる。
「彼女は連絡要員だ。戦闘経験は在るがお前たちほどではない。あくまでも彼女を抜きにして護衛を考えてくれ」
「皆さま今回はよろしくお願いいたします」
キャマルはそう言って挨拶した。
その後は特に決める事や報告、話し合いをすることは無かった。その為に準備整い次第作戦を開始するとの言葉で解散となった。
「取り敢えず親睦を深めるべく何処かで食事でもしようじゃないか」
デンの提案で一行は近場にある食堂へと移動した。デンたち五人と孝雄実たち四人に加えてキャメルの十名と言う大所帯である。フェリシャスの可能性が報じられてからと言うものドランデストハイム内はどこか殺伐とした雰囲気となっている。そう言う訳か、昼を少し過ぎた頃であるにも拘わらず人は疎らである。
「それじゃあ酒は禁止であるが、これからよろしくってことで乾杯っ!」
音頭を取るのはゼーファである。六人掛けの席を横につなげ、六人ずつが腰掛けられる様にした。
孝雄実の左右に早く話を聞きたいと考えていた姉妹が座る。彼の前にキャメルが、彼女から見て右隣にロイン、左隣にエレオノーラが座る。彼女の隣にマリアンとデンが続き、彼の前にゼーファが座る。ゼーファの左隣にサラが腰掛けるという席順に為る。
これには少し孝雄実たちの女性陣が不満を露わすが、エレオノーラが大人な対応を見せて事を荒立てないようにする。特にマリアンが苛立ちを露わにしているが何とかエレオノーラとサラが宥める。
食事は量が多く大いに楽しむ事が出来たはずであった…
「ねえ、詠唱破棄ってどうして出来るのかな?」
「姉さんの言う通りね。わたしたちにも教えて下さらない?」
姉妹はオリエンタルチックな美貌を持つ女性である。髪、瞳の色さらには肌の色も近い三人には違和感が無い。それが余計に彼女等を苛立たせるのだ。しかし、等の孝雄実は気にすることは無い。あくまでも臨時編成となった味方と言う見方である。
「えーっと、そうだな…二人は魔法を発現させるとき何を考えている?」
これはみんなが質問されたことだ。当然その後の言葉も予測できる。
『勿論詠唱の文言よ』
姉妹だけあり同じ声で話す。
「そうだね、でも俺は違う。そもそも詠唱に必要な文言を知らない。文字の読み書きも初めて間も無い状況だよ」
孝雄実はそう説明する。読み書きを始めたのはオリマッテの場所で、三人で暮らし始めてからである。漸く自分の名前を掛けるようになり、簡単な字を読める様になったばかりである。彼の話しは全員が聞き入る様にしている。目の前に居るキャメルも興味津々である。
「えっ、それじゃどうやっているのよ?」
「詠唱しないにしても文言も知らないで魔法なんて…」
二人の言葉にキャメルやデンたちも頷く。
「イメージだよ」
『イメージ?』
鸚鵡返しの様に二人は尋ねる。意味も無く、椅子を寄せて肌が触れ合う位置へと詰めよる。
「うん。俺は頭の中でこんな風にしたい、ああしたいと思い描いているんだ。先程指先に火を出しただろこれはそのイメージ何だよ」
流石に此処では出来ない事である為に、なかなか口のみで説明するのが難しいと彼は感じる。そこはマリアンたちとは違うところだ。
「とは言ってもイメージって難しいわね」
「そうね。いままで詠唱するのが当たりだったものね…」
自然に目に見えている物が答えなのだが彼女たちにはピンと来ていない。
「簡単だよ。火はどんなものだ?」
「…?熱い?」
「明るいわよね?」
「それもそうだけど見た目だよ。例えば…蝋燭に灯されている場合の火を見てみなよ」
そう言って孝雄実は店内の明りを見る。それに合わせて二人はそれを見る。
「勿論熱いし、明るいよね。さらにはあの形と色も頭で思い浮かべるんだ」
「やっぱり難しそうよね…」
「そうね。姉さん…」
そう言っただけで二人はどう行動するかを決定する。触れ合いそうな腕を密着させ口元を孝雄実の顔に寄せる。
『口だけでは分からないわ。よかったら教えて下さらない?』
これには孝雄実もたじたじである。彼の周りの女性もさることながら、何かと耐性は出来たと考えていたはずが、見事に崩壊させられる。
何やらゴムが千切れる音が聞こえた…
「おいテメェ!何ご主人様にやってやがるんだ!」
マリアンは我慢の限界を迎えていた。エレオノーラとサラも此処は止めるべきではないと、彼女たちの代弁者として彼女を送り込む。
『何か問題があるのかしら?』
二人は同じしぐさで頭を傾げる。孝雄実を中心し二人は座る為、その仕草で頭は彼の方へと当たる。
「喧嘩売ってんだな。勝ってやる!外へ出ろ!!」
彼女の怒りはさらに高まった。流石にこれ以上は不味いとキャメルやデンは止めさせようと動き出すが、遅きに失する。
「その辺にしなさい、マリアン」
だがしかし、そこにエレオノーラが止めに入る。その一言でその怒りは少し和らぐ。
「何で止めるんだよ、エレオノーラ!お前はムカつかないのかよ!?」
矛先が彼女へと向かう訳ではないが、それでも予想を裏切られた様にマリアンは感じる。
「勿論それは在るわ。でもね、貴方の今の立場を考えなさいよ」
それはマリアンと孝雄実の関係がある。それは誰の目にも明らかである。主人を護る立場にある彼女ではあるが、彼の意思を阻害してまですることは許されない。それに加え彼の立場を危うくする可能性がある。そう言われては彼女もグッと堪えるしかなかった。
しかし、この言葉でキャメルとデンが話しに入り込める状況を生み出した。
「お話しはそこまでにしましょう。私たちはこれから仲間として行動を共にするのです。争う事は得策ではありません」
「セイ、ルイお前たちも詠唱破棄を知りたいのは分かるが、軋轢を生んでまで教えを乞おうとするのはよせ。済まなかったな嬢ちゃん…」
デンのマリアンへの言葉は今の彼女がそう見えるからである。賊として部下五百名を纏め上げていた時は、立場ゆえに年齢以上に大人びて見えていた。それは最初暮らしていた時もそうである。しかし、それも時間が経つと年相応の見た目へと変化が現れた。四人の中で最年少である彼女は、孝雄実たちも気が付かないほどに変化していたのだ。
「分かったわ…」
「ごめんなさいね、でも何時か教えてね」
渋々と言ったものであるが二人は椅子を元に戻す。この事が大事の前の小事であればいい、と節に願うキャメルであった…
この日はそのまま解散となる。とてもではないが食後も仲良くと言う雰囲気ではありえなかった。キャメルは業務が残っている為にギルドへと戻る。それではとデンたちは孝雄実たちと別れた。これはエレオノーラとデンの間で話し合いがもたれてのことだ。明日、どちらにせよギルドで会うことに為るのだから時間を置こうということになった。
しかし、マリアンの怒りは収まりそうにない。歩き方にもそれが現れている。
「あーくそっ!あの二人ムカつくぜ!!」
物が近くにあれば八つ当たりをしかねないものである。
「悪かったな、マリアン」
「ご主人様が謝る事じゃないだろ!あいつ等が悪いんだ!!」
それは彼女の言う通りであるが、孝雄実はマリアンがそう怒る事に申し訳なく感じているのだ。
「とにかく今は収めなさいよ、マリアン。怒りで冷静さを失えば、上手くいくことも行かなくなるわ」
サラがそう言ってエレオノーラを補佐するように彼女に話す。それで渋々納得するように抑えるマリアンであった。
「そんなことがあったのか…」
キャメルは食堂での出来事をワレンスナへと報告する。彼女はこの事が作戦へ影響を及ぼすのではないかと思っての事である。
「はい。エレオノーラ様が何とか抑えてくださいましたが、マリアンの怒りは収まっていないものと…」
彼女自身あの二人の言葉は良く思っていなかった。
「まったく、デンの奴は…」
ワレンスナはそう言って盛大に溜め息を吐いて椅子に体を投げ出す。そう言う態度にさせたのは明らかにデンの責任である。万が一孝雄実たちに拒否をされれば堪ったものではないのだ。当然そうすると彼ら自身の評価にも影響があるが、それでもその原因を問われれば責任の一端はデンたちであると分かるのだ。
「それで、キャメルはどう考える?」
「表面上問題は無いと考えています。幸いデンとエレオノーラ様の間で話し合いが持たれました。互いが冷静でありましたので影響は少ないかと…」
そう言うが表情は優れない、実際にはその場にないと分からないというのが答えなのだ。
「明日もう一度会うのだ。その時少しでも違和感があればセイ、ルイとマリアンの事を考えねばならないな…」
冒険者間のトラブルを処理するのもギルドの役割である。当然支部長クラスがどうこうするものではない。しかし、今は介入するべき事態である。冒険者を率いてエルサンド族軍へと共闘しなければならない彼女は細かい事には構って居られない。しかし、作戦のメインとなる人間の諍いである。無碍には出来ないと彼女は考えている。
彼女は冒険者の参加人数を見やる。提出された報告書には合計人数が書き込まれている。
「千名か…」
大人数である。参加しただけでは報酬は出無い。何かしらの結果を出して初めて報酬が出るのが冒険者である。それでもこれだけいるのはその大半がこの地域出身だからであった。
出来る事なら無事に返したい。それが彼女の考えである。だからこそ、孝雄実の魔法を知った時は歓喜したものだ。彼が此処に居る時にフェリシャスが現れた事は、僥倖であったと言わざるを得ない。
だから無理をしてでもロームルンに話しを持って居ったりしたのだ。向こうも渡りに船であるが、思う事は同じであった……
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それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




