第二十四話 おい、後ろ後ろ!
体重約五百キロのグルンを台車に乗せる。此の台車は馬などで牽引するもので、車輪は前後に二つずつ付けられている。当然此の大きなものを乗せるために持ってきている為にそれなりの積載は可能である。しかし、どう見ても千五百キロ分を乗せるには無理があると皆は考えている。
「なあ、これって嫌がらせか?」
「そんなわけないでしょ!間違っても臨時の冒険者に対してそんなことしないわよ!」
そう孝雄実にエレオノーラは言うが彼女も少しは思っている。嫌がらせは正規の冒険者に為ると起こる。所謂、派閥だ何だと、冒険者内で新たな利権などが生まれて、それに反する者や邪魔な者を取り除くために職員を引き入れて工作を行うのだ。
「それでも一頭が限界よね…」
「そうだな、これもう一体乗せたら車輪が壊れるぜ」
サラとマリアンはそう言って悩んでいる。しかし、運んで戻らなければ成らない。臨時の為に罰則は無いが、本来は罰則が付いてしまう。
「うーん軽くするか…」
孝雄実はそう言って考える。台車のスペースは余裕がある。問題は重量である。現時点で撓る音が聞こえている状態だ。一頭ずつ運んでは時間を大幅に浪費する。
「いっそのこと魔法で浮かすか…」
彼はそう言うとグルンに風の魔法を掛ける。ボウガンをグルンに着けると下に向かって風を起こさせる。しかも一ヶ所では無く数か所に風を起こさせて浮かせる算段を取った。
「えっ、それ浮かせているの?」
エレオノーラはそう言って驚く他の二人も同じ様な表情である。
「ああ、重量が原因ならば浮かせてみてはと思ってな。案外簡単に出来た。サラなら出来るんじゃないか?」
彼はそう言うと、どの様な感じで魔法を起こしているかを説明する。
「成程ね…分かったわ。やってみる」
そう言うと彼女は言われたことと見た事を頭の中で思い描く。魔法レベルが高い彼女は此処でも難なく詠唱破棄が可能なのである…
少しずつ風の様なものが現れるのを感じ取ることが出来る。地面が風の影響で砂埃が発生しているからだ。少しでも浮けば此方のものである。一度感覚を覚えると意外と出来るものであった。
「提案なんだけどさ、今日はこの三頭で終わりにしないか?」
孝雄実の言葉は正論である。これ以上は輸送力に限界を迎えているから放置しなければならない。
「そうね。それで残りの二頭はどうするの?」
「まさか魔法で、って言わないよな。ご主人様?」
二人はそう尋ねる。こう言うが残された方法は一つしかない。
「そのまさかで、俺とサラが可能な限り魔法で運ぶ。それで限界が来たら誰かを残して、若しくは誰かがギルドへと向かって応援を呼ぶ。これでどうかな?」
彼は三人を見る。いくらか穴がありそうな話ではあるが、現状他に案が無い為にこの作戦で行くことにした。
「……」
魔法は切れることなくドランデストハイムの城門まで移動する事が出来た。孝雄実は少し疲労感がるといった程度であり、サラは疲れたわね、と口で言える程度である。本当にしんどい場合は言葉が出せないのである。
辿り着いたのは言いが、そこで問題が発生した。城門ではまだ日が高い時間帯である。多くの人間が出這入りを行っている。出るよりも入る方が時間を要するのだが、彼等の獲物が余りにも目立っていた。その騒ぎで兵士たちが駆け付ける事態となってしまったのだ。
そして、冒頭の沈黙に戻る。兵士は目の前に見える大物を見て絶句していたのだ。当然孝雄実たちはその事を知らない。彼等はグルンを獲ってきただけと思っているのだから。
「あのーどうかしましたか?」
一番近くに居るサラが尋ねる。兵士は三名いてその誰もが同じ状態である。
「はっ、い、いえ…それよりもこれは何処で狩って来たのでしょうか?」
一人がそう尋ねる。もう一人は此の事を知らせに戻り、サラに一人は周囲の動揺を抑えるべく奔走する。サラは狩りをしてきた平原の話しをした。次第にその兵士の顔が悪くなり、しまいには蒼白くなる。
未だに四人は事態が飲み込めていない。
「おいおい、何か凄いのがいると思えばグルンビッグじゃねーか!」
その声で漸く話しが動き出す。四人と二頭はその声の主を見やる。丁度ドランデストハイムから出てきたばかりの冒険者たちであった。編成は男が三の女が二と言うものである。身形からしてそれなりに稼げている雰囲気である。
「デンさん、こんにちは」
兵士は声に気が付いて声の主に挨拶をする。対して彼は手を上げて返すだけであった。
「このグルンビッグはお前らが狩って来たのか?」
デンは孝雄実たちに尋ねる。デン以外の者も真剣な表情で見ている。
「はい。丁度臨時冒険者として任務をこなしていまして…」
孝雄実がそう答えると彼等は一斉に驚きの声を上げる。それを示す様にもう一人の男が口を挟む。
「おいおい、莫迦を言うな。このグルンビッグは臨時で倒せる相手じゃいんだぞ!」
デンを始め他の四人はそれに異議を唱えない。と言う事はそれが真実なのである。
「失礼ですが、これはグルンでは無いのですね?」
エレオノーラの言葉で話しに齟齬が生まれている事に気が付いた。そこで孝雄実たちとデンたちは、列から外れて話しのすり合わせを行う。特に孝雄実たちの方が話さなければならない。
「いやー驚いたぜ。まさかグルンだと思って倒すなんてな…」
デンは感心した様な口ぶりで喋る。他の者も似たり寄ったりな感想を述べている。
「じゃあ、本来のグルンは…」
「ああ、こんなもんだぜ」
そう言うのはゼーファという男が答える。彼は自分の腕を横に広げて大きさを示す。凡そ一メートル無いかと言う小ぶりである。その説明であの台車である事に合点が行った孝雄実たちであった。
それからほどなくして、門番の隊長であるブンドが数名の兵を引き連れて孝雄実たちのもとへとやってきた。
「この騒ぎは君たちであったか…」
開口一番はその言葉である。幾分安堵の表情もあるのはオークの件が済んでいない事から、彼等が無事であると言う態度である。
「こんにちはブンドさん」
孝雄実が代表して彼に挨拶をする。
「なんだ、知り合いなのかブンド?」
デンはそう言って彼に尋ねる。
「ああ、まあ別件でな。それよりも、もうすぐギルドの方からも人が来る。もう暫く此処で待っていてくれ。それとグルンビッグの事を聞かせてくれ」
再度同じ話しか、と孝雄実たちは思ったが仕方が無いと諦めて同じ説明をする。そうして、ブンドは話しを聞くにつれて最初の兵士と同じ顔に為る。だが、彼はそこで終わりでは無かった。直ぐに紙に何事かを書くと部下に族長への使いを出したのだ。さらには平原付近の立ち入りも制限する旨の命令を発する。
俄かに兵士の動きが慌ただしくなる。数名の兵士が馬に乗り、荷物を積み込んだ馬車を伴い出発していく。さらには街へと入ろうとする列は急速に短くなる。これは緊急措置であった。逆に出る方はブンドの裁量で禁止を告げられている。
「あ、あのう…デンさん?お話しを窺っても宜しいですか?」
孝雄実は低姿勢で彼に話しを聞こうとする。
「なんだ、そんな言葉使いじゃなくていいぞ。それで何を聞きたいんだ?」
「グルンビッグの事です。どうしてそこまで慌てているのかなと…」
これは孝雄実を含めた四人の思いである。
「ん、なんだ。もしかして君たちはこの辺りの者ではないのか?」
ドランデストハイムは確かにエルサンド族が大半を占める。しかし、自治を認められた彼等が治める領地は広大である。爵位で言えば侯爵位をドットゥーセ王国から授けられている。それ故に統治を行う村などが此処以外に二十程ある。この辺りではグルンビッグ出現の報告は緊急事態に等しいことであり領民であればだれもが知ることであった。
「はい、私たちは王都グローリンバリーへと向かう最中です。出発地はブラスト辺境伯のオリマッテ・ロットロン男爵が治める村から来ました」
エレオノーラがデンに説明する。この話しは孝雄実では出来ない事である。
「ああなるほど、だからグルンを間違えてっ……って可笑しいだろ!あれを間違えて臨時の奴が倒せるわけが無いだろ!!」
そう一人突っ込みをかますのはロインという男である。幾分青年の面持ちを残す男である。後女性二人を紹介すればセイとルイ、双子の姉妹でありチーム最年少である。
「その事には理由があるわ、ロイン」
声のした方には冒険者ギルド、支部長の秘書をしているキャメルが居た。
「キャメル?どうしてここに?」
ロインはそう尋ねた。きちんと話を聞いていれば、彼も理由は分かるであろうが、それとは別の感情を含んでいる為に思考が追い付いていない。
「グルンビッグが運ばれてきたと聞いてね。エレオノーラ様のチームでしたか…」
未だにエレオノーラ達はお客様である。それ故にキャメルはその言葉使いである。基本兵士は臨時であろうとも、冒険者の狩って来た獲物などに触れる事は許されない。それはギルドの権益を国家が侵害しようとする行為であるからだ。
既に三頭のグルンビッグはギルド職員が検分を行い始めている。見た目はそうであるが、此処まで育ったグルンと言うこともあり得るからだ。そもそも見た目では区別できないのがグルンの特徴である。一応大きさで見分けているが本当に分かるのは体内である。両者の違いは心臓の位置である。グルンは右、ビッグは反対に心臓がある。
「キャメルさん間違いありません。三頭ともグルンビッグです…」
その言葉で孝雄実たち以外の顔が変わる。
「分かりました。確認ご苦労さまです」
キャメルはそう言うとブンドと話しを始める。勿論、二人以外は聞こえない距離で、である。
「あのーデンさんそれで先程の…」
「ああ、そうだな。グルンビッグは確かに倒せない相手では無い。だがな、本当の恐ろしさはこれを捕食する方の存在なんだ」
そう言うと彼はその正体の説明を始める。
彼はその正体について鳥だと説明する。但し、空は飛べない。物凄い速さで地上を駆け抜けるその鳥は、雑食であり何でも食べる。何でも、という言葉には人も含まれると彼は説明する。ドランデストハイム周辺では最重要警戒魔物として恐れられているのであった。
今まで現れたそれは最大二十メートルの大きさである。その当時は辛うじて倒す事は出来たが、受けた被害も相当なものであったと言う。
孝雄実はその説明でダチョウを想像していた。でかくて硬い卵を産み、つま先での攻撃は強力であり走ると早い。正しくその姿である。仮称ダチョウ(以下ダチョウ)の話しは続く。
なぜグルンビッグが現れるとダチョウが出現するのか。理由は簡単である。食物連鎖の最上位にこのダチョウが収まる。栄養価頭が箆棒に高いのがグルンビッグであると言うだけである。ダチョウはその大きさゆえに、他の物では満腹感を得られないのだ。だからこそ、必ず現れるのである。
「こいつの名はフェリシャス。魔法を物理攻撃も効きにくい、とにかく素早い魔物だ」
未だに想像の中でしかその姿を創りだす事が出来ない孝雄実たちである。実物を見れば意識は変わるだろうが、見たことも無い物を説明されても、同じ認識を持てと言うのは難しいものである。
だが此処とは余所に着々と進む。フェリシャスはグルンビッグが尽きるまでは恐らく平原に居るはずだ。そう考えるのはブンドとキャメルである。それ故に領民の避難を行う前に討伐してしまおうと言うのが二人の考えである。濫りに非難を実行して生産活動を邪魔してはならないと考えたからだ。
そう結論を出すと直ちにブンドは屋敷へと向かう。この考えを族長のロームルンへと申し入れる。これが承認されれば軍と冒険者の連合軍を以ってフェリシャス討伐を行うことに為る。
兵士が頑張ったおかげで中へと入ろうとする領民などは全て収容し終わる。此処には孝雄実たちだけが残っている。キャメル達は彼女を残してグルンビッグを持ってギルドへと引き上げて行った。
「それでキャメル、彼等はなんだ?」
デンは秘書と言う立場のキャメルに尋ねる。彼女であれば答えられない事は無いからである。
「そうね。何れ分かる事だから話しておきましょう。構いませんね、エレオノーラ様?」
そう確認をしてから彼女は紹介を始める。先ずは事の経緯からである。
「五人はオークの話しは覚えているかしら?」
この話しは年季の入った冒険者の間では有名になっている。偶然通りかかった者が倒したという内容が出回っているのだ。
「ああ知ってるぜ。まさか彼等がそうだと?」
「そうよ。それにオークだけでは無いわ。ハイオークが居るからその話を流したのよ」
「ハイオークだぁ!?」
彼女の言葉にゼーファが大きく反応する。
「そうよ。今兵士が確認に行っているわ。恐らく二、三日もすれば帰ってくると思うけれど。支部長と私が証拠となる部位を確認しているの」
その言葉に五人は一様に驚嘆を込めた溜め息を吐く。
「なるほどな、間違ってグルンビッグを討ち取る訳だ」
彼等の臨時と言う言葉だけでとらえればそうなるかも知れなかった。しかし、前提が間違えばその評価は様変わりする。
「しかし、よくハイオークを倒せたな」
「そうだな。あいつは相当頭も切れれば力もある」
ゼーファとロインはその事で不思議がる。
「今はその事はよろしいのでは?それよりもデンさん、冒険者は集合が掛かると思いますので一度ギルドへとお戻りください」
キャメルの言葉にハッとなる。彼等も何某かの任務を受けての外出であるが事態が事態なだけにキャンセルが起こること間違いないのだ。報酬も今のよりもぐんと高くなる事が分かる為に彼等は急いで戻るのであった。
「さて、皆さまは如何なさいますか?」
キャメルは孝雄実たちに尋ねる。それだけでは説明不足と話しを続ける。
「エレオノーラ様以外は臨時の冒険者として活動しております。グルンビッグを狩られた以上、実力をお持ちであると推察いたします。選択肢は二つ、御一緒に戦っていただくか、街でお待ちいただくかで御座います。臨時での任務はこの際キャンセルとさせていただきますのでご了承ください。また、グルンビッグを狩られた報酬はきちんとお支払いいたします。もし、素材をお売りいたしたい場合は此方で買い取らせていただきます。その際は仰ってください」
長々と彼女は説明していくが無駄な話は一切ない。要約すればフェリシャス戦どうするか、グルンビッグの支払いは任せろ、の二つである。
「少しお時間を戴いてもよろしいですか?」
突然のことで未だに状況が整理できない四人は、エレオノーラをしてそう言わせる。
「承知しました。恐らく、族長からの依頼は明日の昼までには出されると予想されます。それから半日、任務の受付を行いますので、参加される場合はその間にお願いします」
そう言うとキャメルは引きあげて行った。彼女は孝雄実たちであるからそうしたのだ。彼等の実力を求めてと言う打算である。
これにはそうするしかない理由がある。強制に依頼する場合は報酬が二倍ないし三倍と言う額に跳ね上がる。これは自由が売りの冒険者を縛り付ける事の対価である。労働組合ではないが冒険者ギルドと冒険者ではその立場が異なる。ギルド側は彼等を使う側であるのだ。つまりは会社側と言い換える事が出来る。対して、社員と言う程ではないにせよそれなりの福利厚生等も受けられる立場で、給料は頑張った分と言う、絶対の保証が無い形態である。それでも社員側と言えるだろう。
嘗ては強制であろうと、倍なんてありえなかったが遂に現役冒険者が立ちあがる。今でこそ、民間で働く労働者(被雇用者)には、権利であるストライキが認められているが、この世界にはそんなものは無い。 しかし、その時は本部と支部共において、ほとんどの冒険者が一月に渡り任務を受け付けなくなっていた。特に実力者たちが全く受け付けなかった。
最初は金に困って直ぐに止めるだろう、と高を括っていたギルド側は話し合いに応じなかった。しかし、実力のある冒険者などは財力がある。それらを切り崩し、商人へと話を付け、貴族を引き込んでの大騒動に発展していた。ギルドはあくまでも中間の取り纏めでしかない。これに取って代わる組織を立ち上げて商人や貴族と連携すると言うことも出来るのだ。それを予測し、恐れたギルド側が遂に折れたのである。以後公式に頼み、強制する場合は報酬の増額を決めたのであった。後世において、これがストライキの起源であるとこの国では考えられるのであった。
四人は答えを出すべく宿へと戻る。
「お帰り、お客さんたちはどうする?」
店主はそう尋ねる。その訳は彼ら以外の客は既にキャンセルして此の街を出るのだと彼は話す。
「俺たちは此処に居ないといけないので、それまでは泊らせてください」
孝雄実の言葉に彼はそう言えばと此処に泊る理由を思い出した。
「そう言えばそうだったな。悪いな…」
店主はそう言うと鍵を渡して奥へと戻る。今この時間は料理の仕込みの時間であるのだ。彼らだけのためとはいえ職人の鑑である。
彼等に参加しないと言う考えはない。少なくとも事の発端を見つけた者である。当然明日の参加をするべくギルドへと向かうことを決めたのであった……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
タイトルはグルンビッグを捕食する魔物を指しています。○村後ろでは無いですがそんな感じで考えていいのかな…
ご感想等お待ちしております。
誤字脱字ありましたら御一報いただけると幸いです。
それでは次話で御会い致しましょう!
今野常春




