オリマッテ・ロットロン領地開発記 その1
オリマッテ・ロットロンは壮大な計画を実行しようとしていた。
孝雄実たちが以前暮らしていた場所を中心に、新たなコミュニティーを創り出そうとしていた。そこは広大な畑に適した土壌改良が孝雄実によって為されている。これを周知すればあっと言う間に移住者は応募するであろうとオリマッテは考えている。
理由は簡単だ。何と言っても孝雄実が驚いたこの世界の作物事情である。深さ四メートルを掘り返してしまえば、大抵の物が作れてしまうのだ。加えて成長の速さである。その場所は未だ手付かずの状態である。領主にしてみれば見逃せるわけが無い。彼等が居た時から練り始めていた計画は、商人時代の伝手などを駆使して必要な物を取り揃えていた。
ロットロン領は彼が領主となる前からある既存の施設を残して発展を続けて来た。そしてオリマッテが工夫を凝らして区画を整備してきたが、それも限界を迎えようとしていた。
これ以上の発展は厳しいとオリマッテは考えていた。開発を行うには力のある男衆の存在が不可欠である。たかが五百名程の村人でその人口構成を考えれば圧倒的に人数が少ない。深さ四メートルを掘り返すのも意外と苦労する。それ故に実りある事が約束されても農地を拡大する事が無かったのだ。
しかし、此処で孝雄実の行動が功を奏した。さらには井戸が造られていた事である。井戸掘りはさらに深く掘らなければならない。それを彼はあっと言う間に実行していた。
本来この場所は中心地とは離なれている場所である。以前の人間は遠すぎる井戸の場所に嫌気がさし、この家を手放していた。しかし、オリマッテがこの家を用意した理由は何と言ってもマリアンの存在である。村人が彼女の存在を知り、恐怖に怯えるのではないかと当初は心配されていたのだ。だが、蓋を開ければ彼女の社交性の高さと、人懐っこい態度が村人に受け入れられていた。それが失敗とはオリマッテは考えていなかった。分からない時の不安からこの場所を与えたのだ。これを知るのは三人の中ではエレオノーラだけである。
「オリマッテ様ー」
彼を呼ぶ声が屋敷の外から聞こえる。その声はあいつかと執務室の窓からオリマッテ・ロットロンは顔を出す。すると案の定想像した人物であった。
「どうしたダン?」
ダンはエレオノーラの一つ違いの弟である。ロドムをリーダーとした冒険者集団の一員である。現在は孝雄実たちが暮らしていた家に移り住んで、計画の現場担当官の役割を務めている。基本的にオリマッテはダンから進捗状況を聞くことになっている。これも教育と言う点で任せているのだ。
「資材の運搬が遅れる報告を受けまして参りました」
木材は伐り倒せばいいが、他の資材はそうはいかない。加えて資材が到着しないと建設に進めないのだ。既に彼の村には資材が底をつき始めている状況で、予備を出すには躊躇われる。
「どう言うことだ?たしか昨夜の報告では間違いなく到着すると…」
彼はそう手紙で知らせを受けている。伝書鳩を用いた連絡手段を取っている。相手はレイバーグ・コレスタント・ブラスト辺境伯、オリマッテはレイバーグの陪臣貴族と言う位置付けである。彼が受け取った手紙には丁寧には、レイバーグが住むブラストルアイクをオリマッテが求めている物資を乗せて商隊が出発した、というふうに書かれてあった。
「あーそれが…」
隣にはロドムがいた。彼が冒険者を統率する男である。
「どうしたんだ、ロドム?」
「実はあそこの領主が足止めしているようでして…」
彼は気まずそうに話す。それを聞いて、普段温厚なオリマッテが激怒する。
「あーくそ!どうしてあいつが我が領地の前に居るんだ!!」
その様に言う理由にはこの場所の立地が影響している。あいつと呼ばれた領主グーテコバ・モノースル男爵は、勿論オリマッテと同様にブラスト辺境伯の陪臣である。とは言え決定的に違うのは元平民のオリマッテとは違うことだ。代々ブラスト辺境伯家の陪臣貴族としてこの辺りの地を治めていた中核の家である。
だがそれも先代までの話しであった。現当主は領地経営を家臣に任せて遊び呆けている。それをブラスト辺境伯が知り、激怒してロットロン領を取り上げてしまった。丁度御用商人をしていて信頼を勝ち取っていたオリマッテに与えたのだ。
完全に自業自得であるのだが、グーテコバはそうは考えられなかった。『あいつが居るから領地を取り上げられた』と都合の良い勘違いをして、逆恨みをしているのだ。このようにロットロンへと向かう際は必ず彼の領地を通過しなければならない。
意外にも彼の男爵家の領地は交通の要衝を抑えている。それは代々のモノースル家当主が辣腕を振るい、命懸けで尽くしたことでブラスト辺境伯家から認められてのものであった。グーテコバは言わば貯金を切り崩している状況である。
残念ながらその横暴ぶりはブラストの耳にも届いている状況で、お家取り潰しも検討されていると噂される程である。何とかモノースル家の家臣等が抑えてはいるが、いつ爆発するか分からない状況であった。
ロットロン領は他に整備された道が無く、迂回をするにしても獣道である為に馬車が通る事は不可能である。足止めされていると言う知らせは商人仲間が知らせていた。幸いにも商人は伝書鳩を所有していて、ロットロン領の領主の屋敷を知っていたのだ。足止めされている事を隙を突いて知らせたのだ。
オリマッテはこの計画に心血を注いでいる。何と言っても貴族に成ってから初めて行う大事業である。心踊らない訳が無い。だからこそ彼が先頭に立ち、町割りから資材調達まで全てをこなしていたのだ。
しかし、それを快く思わない人間も居る。元商人である彼には当然商人時代の敵も居る。彼がレイバーグと懇意であったと言う事は、割りを食う人間も居るのだ。どこで手に入れたのかオリマッテが練りに練っている計画を知り、それを逆恨みしているグーテコバへと知らせている人間が居た。グーテコバのオリマッテへの嫌がらせは、商人の間では有名な話である。これで飯を食う人間も居るぐらいである。
彼はオリマッテを逆恨みして、さらには変にライバル視している。それは当然オリマッテにしてみれば大いに迷惑な話である。彼としては相手にしたくないと言う気持ちである。
しかし、付き纏われている状況ではどうする事も出来ない。二人の主人であるレイバーグが問題を解決するしかないのだ。
グーテコバはオリマッテの領地が成長する事が許せないと考えている。それが及ぼす影響がどうなろうとも関係ないとばかりに妨害を行う。
だが、まともな思考力があればロットロン領が成長すれば、その道中に在るモノースルの領地も自然と成長し、お金が落ちるはずなのだ。それを分かっていればこのような妨害はしない筈である。
オリマッテは直ちにレイバーグへと連絡を取る。伝書鳩高速便と言う通常よりも大きな鳥を使用して行う。しかし、調教が難しくブラスト辺境伯家家臣の中でも限られた者が所有を認められている。オリマッテは急いで手紙を認めて飛ばした。ロットロン領からブラストルアイクまでは馬を飛ばしても一週間は時間を要する。加えて間違いなくモノースル領で足止めを受ける事を考えればこちらが正しい選択である。この高速便は一日でレイバーグの元へと届ける事が出来る。
だが、それだけで終わる訳ではない。現在モノースル領で商人が足止めを食らっているのである。命までは取られないとはいえ、運搬中の物資を奪うくらいの事はする可能性が在った。それ故に急いで開放して貰わなければ計画に支障が出る。
「ロドム、急いであいつの元へと向かうぞ。準備してくれ!」
オリマッテはそう言うと衣装を着替え始める。彼の移動は基本馬車であるが、今回は馬で移動をすることになる。
連れだって行く者はロドム、アランとウォーレンの三名であった。ダンは計画の進捗状況を遅らせない様に指示を出す人間として残されている。
「何っ!オリマッテが大規模な開発を行うだと!!」
話しは少し遡る。モノースルに在るグーテコバの屋敷では、とある人物からその情報を聞かされていた。それを聞いたグーテコバは怒り心頭に発していた。
「はい。わたくしが入手いたしました情報では、鬼を退治した資金を用いまして、領地開発が行われると」
下卑た顔でグーテコバへと話す男は、嘗てはオリマッテとライバルとして切磋琢磨していたヴュールと言う名の商人であった。しかもグーテコバは言葉を大きく解釈する傾向がある。今も領地開発とだけ話したが、彼の頭の中では大規模開発と言う言葉に変更されていた。
「許せん!元は我の領地であったはずだ!!それをあいつが手を加えるなど在ってはならん!」
グーテコバはその様に叫ぶと一人の男を呼んだ。
「旦那様、お呼びで」
「うむ、これより我が領地を通過する者は全て調べ上げよ。それとロットロンへと向かう者は足止めをするように」
その様に言う事は、ある意味当たり前のように行われる妨害行為であった。彼は領地を守る兵士の隊長である。幾度となく命令される嫌がらせは、彼も辟易していたが彼にも生活がある。当主の言葉には逆らえるはずが無かった。
「はっ、旦那様のご命令通り、全ての者を調べてロットロン領へと向かうものは足止めを行うことといたします!」
そう言うと彼は部屋を出て行った。
「それにしても良く情報を持って来てくれた。これであの忌々しいオリマッテに対して仕返しが出来る!」
グーテコバはそう言うと商人へと袋を渡す。机に置いた時、鈍い金属音が聞こえた。
「男爵様、此方は?」
彼は敢えて尋ねる。これが彼のやり方である。
「何、有益な情報を持って来たお前に褒美だ。これからも頼むぞ」
「へへーこれは大変ありがたく頂戴いたします!!」
そう言って頭を深く下げる商人の顔をグーテコバ知ることは出来なかった…
しかし、この話しを聞いて頭を抱える者が居た。
先代、先々代そして現当主と仕えてきた家臣のアレバレルは嘆いていた。まさに今日、明日にも家が潰れるのではないかと言う不安にである。
既に彼の戒めは無意味なものと為っている。先代までは右腕として活躍していたが、一使用人へと格下げさせられていた。当然、グーテコバが当主へ就任した当時は、彼の補佐役として辣腕を振るいモノースル家を支えてきた。しかし、家を思うが故に余りにも厳しい指摘と為ってしまう。それに嫌気がさしたグーテコバは彼を解任してしまったのだ。
せめて家に残せないかものと他の家臣たちの進言が行われた。結果今の役職と為っていた
これは完全な嫌がらせである。それでもアレバレルが家に残ったのは単にモノースル家への忠義である。彼のグーテコバに対する忠義は皆無である。むしろ引きずり降ろせるならばそうしたいのだが、他に成り手が居ないのが現状である。
と言うのも、嘗てグーテコバには三人の弟が居た。居たと言う過去形になればお分かりの通り、既に故人である。理由は様々であるが、中でも有力な説はグーテコバが殺したと言う話である。
科学捜査の無いこの世界では物的証拠を見つけるのは結構難儀なものである。それ故に疑惑はあっても全く証拠が見つからなければ白となる。事実彼は疑わしいだけで結局は調べは終わってしまったのだ。
しかし、アレバレルは今でも彼を疑っている。それがつい態度に出ていたのかもしれないと過去を振り返る。それを敏感に感じ取ったグーテコバは彼を遠ざけた可能性があったのだ。だが、それも過去の話し。今目の前にあるものは、お家取り潰しの是非である。既に何度もロットロン領への嫌がらせが行われていた。それを嗜めるのも家臣の仕事であるが、そう言う煩い者は領地から出されるか、一家皆殺しにあうかの二択となっていた。勿論実行は先程の兵士等である。彼らもまた家族が居る。その恐怖で嫌々ながら実行していた。
グーテコバにはプライドがある。それは代々ブラスト辺境伯家に仕えてきた重臣であるという自負である。とは言え、それは代々の人間が行ってきた成果である。今の彼は名声を喰い潰すだけの存在である。
そんなときである。アレバレルは懇意にしている人物よりロットロン領へと向かう商隊を兵士等が拘束したと言う情報が入ったのだ。
彼は急いで急行するとそこには十台の馬車と五十名ほどの人間が集められていた。周囲は武装した兵士が囲んでいる。抵抗することなく商隊の人間達は端へと移動している。
「ああ、既に遅かったか…」
彼はその時こう考えていた。既に何度も妨害を行いブラスト辺境伯は我慢の限界を迎えている。人事の権限はレイバーグが握り、何時でも介入することが出来るのだ。それを先代との関係から目を瞑って貰っていたのだが、オリマッテの方を重要視するレイバーグはもう切り捨てるだろうと予想していた。
アレバレルの予想は現実味を帯びてくるのだが、現状ではモノースル家三百年の歴史が崩壊する道を開拓しきったと言うことである……
最後までお読みいただき有難う御座いました。
同じ様な内容を掲載して申し訳ありません。
章作り新たに変更しようかと試みましたがその機能を見つける事が出来ず、またコンテストに出品しております為に、既存の話しが削除できない様な内容を見かけましてそのままにしてあります。
もし削除しても大丈夫だよと仰っていただける方が居りましたならば削除致します。
このお話しは三話まで投稿致します。
今野常春




